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第173話(引っ越し8/引っ越し作業開始2/お留守番1/ロワの決意)

[百七十三]


 朝になり、エルンストが離れていくのを感じて目を覚ます。

「ほら、やっぱり起きちゃったじゃないですか」

「俺はゆっくり動いただろ。アスピスが敏感なんだよ」

「仕方ないですね。それじゃあ、俺が代わりに……」

 言下にベッドの上へ移動しようと身を乗り出すレイスの肩を、エルンストが慌てて掴む。

「とか言って、お前も朝食の準備があるんだろ」

「アスピスがねだってきたら、ボイコットさせてもらいます」

「目がマジだな」

「かなり本気ですから」

 朝から元気なエルンストとレイスのやり取りを聞いている内に、アスピスの頭の中もはっきりしてくる。

「あたしも起きるの。レイスのお手伝いするよ」

「じゃあ、一緒に朝食を作りましょうね」

「うん」

 レイスの応じに、アスピスは満足そうに頷くと、毛布から抜け出してきて、ベッドを下りていく。そしてハンガーラックに掛けられた、シンプルなワンピースの中から1枚を選び取ると、アスピスはそれをベッドの上に一度起き、寝着をスポンと脱いでいく。

 それと並行して、室内ではそれぞれ三方向を向きながら、着替えを済ませていく。

 冒険中の大部屋などでは、アスピスはエルンストとの約束で、衝い立ての後ろで着替えるようにしているが、レイスもエルンストも、手早くはあるが、室内で普通に着替えをするので、これくらいのことは珍しいことではなく。風呂あがりにパンツ一枚でうろつくことをしないレイスも、着替えではパンツ一枚になったりしていた。

 現状もそうである。

 ショーツにキャミソール姿のまま、アスピスがレイスの方を見ていたら、エルンストがそれに気づいて頭を殴ってきた。

「お前にはデリカシーってもんがないのか?」

「いいじゃん、ちょっと見てただけじゃん」

「よくねぇから言ってんだろ」

 アスピスが開き直って言い返すと、エルンストから再びゲンコツが下りてくる。それを避けようとしてふらついたアスピスを、着替え途中であったレイスが慌てて、支えに来てくれる。

「なにやっているんですか、2人とも。下着姿でじゃれ合って」

「一番の被害者が気づいてないぞ。良かったなアスピス」

「だって、ちゃんと覚えておかないと。仕分けするときに困るもん」

「いつ、レイスのパンツを仕分けするんだ?」

「エルンストと結婚したら、パンツ洗わせてくれるって言ったでしょ」

「そこで、なんでレイスが出てくるんだ?」

「だって、エルンストが洗わせてくれるなら、他の人も洗わせてくれるんじゃないかなって。そのためにも、ちゃんと形を把握しておかないと困るから。それに、家族も増えるから、みんなのパンツ覚えないとダメでしょ。パンツって、服を分けるより大変なんだよ。みんな似たり寄ったりだから」

 アーダの泉に大勢で行ったとき、アンダーシャツもだが、本当にパンツの仕分けには苦労したのである。

 そのことを思い出し、しみじみと語ったアスピスへ、エルンストとレイスが困った表情を浮かべてみせる。

「いや。まぁ、お前がパンツに妙にこだわっているのは知っていたけどな。その、なんつうか。いいけどよ」

「いいんですか? 訂正しておかなくて」

「いや。なんか、あっちに住み着きそうな気もしなくもないし」

「なに言っているんですか。なんのために、この家を売らずにとっておくことにしたと思っているんですか。ちゃんと教えてあげないと」

 レイスの言葉に、アスピスが、体勢を立て直し、くるんと体の向きを変え、レイスに問いかけた。

「このお家は売らないでおくの?」

「え? えぇ。エルンストがそうしたいって、言ったもので」

「それって、いつかはここへ戻って来るってこと?」

「アスピスの期待しているのとはちょっと違うんですが……」

「なにが違うの? それに、このお家じゃみんな入ることできないでしょ? あっちのお家はどうするの?」

 せっかくみんなで住むことになったというのに、また別れて住むつもりなのかと、それはそれでショックを感じてしまうため、アスピスは真面目に問いかける。

 すると降参するように、エルンストが口を開いた。

「べつにこっちへ戻る予定はないが、他人に住まれるのも嫌だし。定期的に空気の交換と掃除をしに来れば、それなりに維持できるから、売らずに取っておこうと思っただけだ」

「空気の交換と、お掃除をすればいいの? だったら、頑張る。そうすれば、このお家はこのままなのね?」

「あぁ。そうなるな」

「良かった。このお家に知らない人が住んだりしたら、とても悲しいだろうなって思ってたの。その心配がなくなっただけでも、とても嬉しい」

 アスピスが、心配事がひとつなくなったことで、にこにこと笑いながら、ワンピースを手に取り、それを身につけ始まる。

「エルンストも、レイスも、早く着替えないとでしょ」

 ダメだなぁ。と、ちょっと上目線になりながら、呟くのを聞き、2人はそれぞれ着替え始めた。そして、複雑そうな表情を浮かべたまま、アスピスを連れて3人で1階に下りると、エルンストはお風呂へ。レイスとアスピスは洗面所に立ち寄って顔を洗った後、台所へ向かって行った。



「それじゃあ、行ってきますね」

 昨日予定していた通り、ルーキスとエルンストとレイスとレフンテの4人が、フォルトゥーナが住んでいたアパートの一室へ、引っ越しの準備をしに向かうので、アスピスとシェリスとフォルトゥーナとロワとカルテイアが留守番組として、「いってらっしゃい」と「怪我をしないよう気を付けてね」と4人を見送った。

 そして、4人が見えなくなるまで見送り、留守番組の5人は家の中へ戻ると、一度テーブルでくつろぐことにした。

 その前にと、アスピスは洗面所へ向かって行き、洗濯ボックスの中を軽く確認して、洗浄ボタンをポンと押す。同時に、ボックス内が動き出した。

「アスピスはえらいわね」

「ありがとう。でもね、あたしが協力しないと、レイスがひとりでやることになっちゃうの。エルンストもカロエもお手伝いしないから。あたしまでなにもしなかったら、レイスが大変でしょ?」

「あら、うちと一緒ね。私になにか起きないと、ルーキスもロワもお手伝いしてくれないのよね」

「それを言ったら、うちだってそうよ。レフンテはなにもできないもの。私がいない時なんて、水と保存食ですごしているのよ。しかも、洗濯物はすべてため込んでおくし」

「ルーキスの場合、一応家事は一通りできるんだけど、大雑把なのよね。料理なんて、雑多煮のスープだけなのよ。味は決して悪くないのだけど、見た目がねぇ。しかも、具を変えるだけで、それしかできないから、私が数日家を空けて帰ってくると、ロワが飛びついてくるわよ」

 シェリスとフォルトゥーナがくすくすと笑いながら、「そんなものよねぇ」と言い合う。

 そして、フォルトゥーナはシェリスの抱くカルテイアを見つめ、笑みを零した。

「カルテイアは女の子ですもの、きっとお手伝いをしてくれるようになるわよ。将来的には、お母さんの変わりができるようになってくれるんじゃないかしら」

「そうね。そうなってくれたら嬉しいわね」

 そんなことを語りながら、カルテイアを中心に、2人が幸せそうに笑っているのを見つめ、アスピスもいっしょに笑みを零す。

 なんだかよく分からないが、とてもポカポカした気分になってくるのだ。

「カルテイアはすごいよね。カルテイアがいるだけで、お家がとても明るくて、賑やかになるの」

「そうね。でも、アスピスやロワだって同じよ。2人がいるだけで、家の中が明るくて、賑やかになるのよ」

「そんなことないのよ。このお家は、カロエが明るくしてくれているの。そのカロエがいないから、お家がシーンとしちゃっているの」

「あら、あの2人もダメね。アスピスにこんなことを言わせちゃうなんて」

 真実を打ち明けたら、シェリスが困ったような顔をする。それを受け、フォルトゥーナがおかしそうに笑った。

「あの2人も、結局はお兄ちゃん止まりだもの。ルーキスみたいに、パパには未だなれないみたいよ」

「そうよね。独り身だし。なにより、あの2人も、家庭を知らないで育ってきたものね。親がどんなものなのか、知らないのよね」

「私たち全員がそうよ。なのに、シェリスとルーキスは、それがどんなものなのか分からないまま、家庭を手に入れようとしたんだもの。勇気あったわよね」

「勇気があったのは、ルーキスよ。私は家庭を持つことが怖かったもの。でも、子供は欲しかったのよね」

「ちょっと分かるわ、その気持ちは」

 手を伸ばすカルテイアに、人差し指を差し出すフォルトゥーナは、幸せそうに笑みを零す。

「って。そうだったわ、昨夜も寝不足でしょ。カルテイアの世話は私に任せて、寝て来てちょうだい」

「昨日たくさん寝させてもらったもの、今日は元気よ」

「無理はしないで。先は長いんだし。もちろん、協力は惜しまないけど、お母さんじゃなければできないことも沢山あるのよ」

「ありがとう。お昼に少し寝させてもらうわ」

 シェリスはそう告げると、フォルトゥーナも納得したようで、2人で楽し気に笑いながら、カルテイアを中心に、話しの花を咲かせていた。

(昔からのお知り合いだもの。お話ししたいことたくさんあるよね)

 アスピスは、納得するようにひとり頷くと、そっとイスから下りて、食堂を後にする。そして、階段を上がっていくと、アネモスに寄りかかり、児童小説を読んでいるロワを発見した。

「ロワってば、ここにいたんだ。アネモスは気持ちいいでしょ?」

「アネモスはかっこいいよね。ボク、アネモスが大好きなんだ」

「そうなんだ。アネモスも喜んでるよ」

 自分の大事な使い魔を褒められて、アスピスの顔が自然と笑顔になっていく。そんなアスピスにオルトロスやエクウスも近づいて、アスピスの体に体を押し付けて来たり、肩にとまったりしてくる。

「オルトロスも、エクウスも、アネモスに負けず劣らずカッコイイよ。2人ともそれぞれ手触りも最高だし」

「おう! オイラの毛はふかふかだからな。おじちゃんに負けたないぞ」

「うん。とても柔らかいよね。オルトロスは、お父さんやお母さんはどうしちゃったの?」

 毛並みから。未だ幼い子供であることは伝わってくる。つまりは、両親に守られているべき年齢なのではないだろうか? と疑問が湧いていたのだが、アスピスは勇気をもって問いかける。

「オイラねぇ、パパとママに嫌われてるみたいなんだ。色が違って、気味が悪かったのかなぁ。だから、少し早いけど自立することにしたんだ! だけど、ご飯の取り方を教わる前だったんだ。でも、そのことが分かったのは、飛び出した後で、お腹が空きすぎて動けなくなってきたころで」

「我が、オルトロスが満足に動けなくなっているところを見つけ出し、マスターのマナが美味いことを教えてやったのじゃ」

「幻獣や、私たち霊獣、それに神獣などマナを主食とする種族は、大地のマナが噴出する場所を中心に、種族のコロニーを築き、住んでいる。食事は、噴出口から流れ出てくる大地のマナを、同じ種族同士が分かち合いながら暮らしている。そこから出て生き残る手段は、使い魔となって、主人のマナを分けてもらうだけだ」

 それはつまり、りっぱな大人になって独り立ちしたとして、その場を離れることはできないということでは? と、思いつつ。そんな重要なことも親に教えてもらえなかったのだと。もしくは、そんな重要なことを教えられる前から、親や仲間のもとにいながらも、孤独に過ごして来たのだと知らされる。

 けれども、オルトロスはものすごく前向きであった。

「じゃあ、オイラは運が良かったんだね。こんなに美味しいマナがもらえるんだもん」

「そうじゃな」

「主人よ、私だけでなく、オルトロスも。おそらくアネモスも。色が違うことで、仲間から、親から、冷たい眼差しを向けられ生き続けてきた。それが、異種族とはいえ、同じ仲間に会えたのだ、心から感謝している」

「エクウスはね、マスターのマナは最高だって、いつも褒めてるんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、しばらく冒険はないみたいだから、今の内にみんなにたくさんあげないとだね」

 引っ越し騒動で、寝る場所も別々になってしまっていて、こうして落ち着いて自分の使い魔と会話したのは数日振りである。ご飯のマナはあげているが、食べ終わるのを見ずに立ち上がってしまっていたことを後悔する。

(使い魔になってもらったんだから、私がお母さんになって、みんなを大事にしないといけないんだ!)

 アスピスの周りは、これから一緒に住む仲間たちだけでなく、アスピスの使い魔になってくれた仲間たちも、家族に恵まれずに家庭の温かさを知ることなく育って来てしまったものばかりのようである。

「そういえば、ミロディアは家族ッていないの? フォルトゥーナの使い魔になって、家族は心配してないの?」

「幸い、我は、仲間には恵まれて育ったから、孤独を感じずに済んだが。だが、母は我が幼い内に病気にかかり亡くなり、父はリーダーとして、他の魔物と戦い命を落としてな。残された我は、仲間の協力で立派に成長でき、群れのリーダーとなったのだが、父のように家族を残して死ぬようなことがあっては、残された家族が気の毒に思えてしまっての。そのため、結局家族を持てずにこの年になってしまった。マスターを得たのは、我の人生の分岐点と捕らえているから、心配するな。偉大なるマナを持つ娘よ」

「そっか、ミロディアは、仲間とはちゃんと仲良く過ごせてたんだね」

「今も楽しんでおるぞ。まさかこの年で、高種の、それも変わり種の者たちと遭遇するとはなかなか貴重な体験じゃ。しかも、皆、我を心配し、こうして傍にいてくれているんじゃ。なかなかどうして居心地が良い。良いマスターに恵まれたと思っておる」

「そっかぁ。良かったね。フォルトゥーナもとても喜んでいるし、今はミロディアのお家を用意するために一生懸命なんだよ。もうちょっと待っててね」

 みんなで仲良く住もうね。と、アスピスが笑っていると、ロワがずいっと近づいてきた。

「アスピス、ボクは決めたぞ!」

「どうしたの?」

「ボクは10歳になったら学校へ通うことにした。本当はみんなと一緒にいる時間をたくさん持ちたくて嫌だったんだけど、ママもパパもボクの好きにしていいって言ってくれたけど、ボクは大人になるために、来年から学校へ通うことにしたよ」

 急になにを言い出すのだろうと、ちょっと驚きつつ、ロワの宣言を聞きながら、アスピスは自分の持っている数少ない知識から、知っていることを捻り出して、ロワに告げる。

「うん。学校は楽しいと思うの。だから、お勧めよ」

「そして、15歳になったらノワールと同じく、騎士学校へ入ることにした」

「騎士学校は入るために試験があるんでしょ? 頑張ってね!」

「うん。頑張って卒業するから、無事卒業して、就職したら、ボクを使い魔にして欲しいんだ」

「――ッ」

「ボクはアスピスのことが大好きだから、アスピスのことを一生守ってあげる。それに、アスピスの使い魔なら幸せにしてもらえそうだし」

「あ、あのね。ロワ。あたしね、人型の使い魔はもう増やさないでおこうって、思ってるの。それに、ロワはまだ9歳でしょ。騎士学校を卒業するまで、いっぱい時間があるでしょ。決めるのはまだ早いと思うの」

「ボクね、本当は人間になりたかったんだ。それに、ママもパパも、つい最近までボクは人間で決まりだろうって、言っていたんだ。結局、魔族になっちゃったけど。でもね、アスピスに会って、魔族でもいいかなって思えるようになっていたから、嫌じゃなかったんだ。誰かの使い魔になるなら、ボクはアスピスの使い魔がいいな」

「魔族だからって、使い魔になる必要はないんだよ?」

「ううん。ボクね、アスピスを守りたいの。ママとパパとはずっと家族だけど、アスピスはそうじゃないから。でも、アスピスとずっと家族でいたいんだ。だから、決めたんだ」

 ロワはにっこり宣言すると、アスピスが契約してくれると決め込んでいるようで、笑顔を浮かべつつアスピスに抱きついてきた。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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