第15話(誘拐事件2/情報収集)
[十五]
「会って来たぞ」
六剣士の位を利用し、朝になるとすぐに手紙にてシェーンと謁見の約束を取りつけたエルンストがレイスと共に、城に出向いて行った。
その間に、アスピスと使い魔の3人が住んでいる家へ、簡単に事情を説明した手紙を受け取ったフォルトゥーナが訪れて来る。
息子のロアの心配をしている、ルーキスとシェリスの夫婦を慰めつつ、この世界では一日二食が普通で、昼食というものを摂る習慣はあまり浸透してないのだがまったくないという訳でもなく。また、昼と夜の丁度中間で、疲れを覚えたり小腹が空く時間でもあることから、休憩を兼ねて気軽に手で摘まんで食べられるような軽食を取ることが多く、フォルトゥーナがそんな軽食の用意を始めて少し経った頃、レイスと共にエルンストが帰ってきた。
「どうだったの?」
揚げたジャガイモに塩を振ったものや、ジャガイモを潰し小麦粉と練り合わせて焼き上げて醤油のようなもので味付けたものをテーブルに並べながら、フォルトゥーナが誰よりも先に口を開いた。
応じたのは、エルンストである。
「もちろん、会って事情を詳しく話してきたさ」
「それで? 協力してくれるって」
「あぁ。だが、足元を見やがった」
あの男女と言外で吐き捨てながら、エルンストは自身に割り当てられている席へ、勢いよく腰を落とす。
「どうかしたの?」
機嫌の悪そうなエルンストを無視し、フォルトゥーナは苦笑しているレイスに向けて問いかける。もちろん、当然のことながら、ルーキスとシェリスも、カロエもアスピスも、シェーンの返事が気になることから、視線が自然とレイスに向けられていた。
そんなみんなの熱い視線に耐えながら、レイスは小さく肩をすくませる。
「どうやら、城の奥の特殊な間へ入って行ける位の持ち主の中では、アスピスに手を下すにしても、そういう下賤な手段を取りそうな輩は数が少ないらしいんだ。だから、話をした時点でおおよその検討がついたみたいだし、その辺はできるだけ早く解明してくれるそうだよ」
「あぁ。シェーン様」
よかったと両手を合わせ握り込むようにして、シェーンに感謝の意を表すシェリルと、一緒に喜んでいるルーキスを、レイスは軽く微笑むように見守った後、アスピスの方へ視線を向けてきた。
「それでね、アスピスに、ぜひ王城へ来て欲しいって。近日中に、できれば明日にでも、六聖人(赤)の部屋へ来るようにって、いうのが言付けなんだけど。それが、今日にも調査を開始するけど、収集した情報の開示はアスピスが王城へ顔を出した際に行うと言われてしまいました」
「なーんだ。それくらいのことなら」
エルンストが怒っているからどんな条件を出されたのかと思えば、単にシェーンやイヴァールに、アスピスが顔を見せればいいというだけのことである。お安い御用だと、胸を張る。
そんなアスピスに、シェリスとルーキスが「おねがいね」「頼んだよ」と真剣な顔をして告げてきた。
なるべく早い方が良いという相手側の希望もあり、要望のあった翌日の昼を過ぎるころ、フォルトゥーナが買い揃えてくれた服の中で、王城へ着て行っても大丈夫そうなものを選び着替えて、アスピスは一階へ降りていく。
「アネモスはおいてくから、よろしくね」
どうせ寝ているだけだろうから。と、留守番役のカロエと今日も来てくれていたフォルトゥーナに一応の報告だけはしておく。
一階には、今日も、シェリスとルーキスが、昨日とは異なり、テーブルの隅の方で座ってこちらの様子を伺っていた。
レイスとエルンストは、特に仕事があった訳ではないが、昼になる前に王城へ出向き、それぞれの部屋でなにかあったときのために待機してくれているので、なにもないとは分かっていても、ちょっと心強く感じる。
「私も一緒に行かなくて大丈夫? 王城の六聖人(赤)の部屋へひとりで行くのって初めてでしょう」
「平気だよ。万が一の時は、城の人に聞くし」
気遣い屋のフォルトゥーナが、心配そうに聞いてくるのを、アスピスは笑って受け流す。
テーブルの奥から向けられてくる期待の眼差しには、敢えて、気づかない振りを決め込む。正直、掛けるべき言葉が、今はまだ見つからないのだ。
2人の子供ロワを無事発見し、2人の手元に戻すことが、今期待を込めてアスピスを見つめている2人に対する返事になるのだと、心に言い聞かせる。
(誘拐犯を炙り出してくれていればいいんだけど)
わざわざ出向いて来いというのだから、相応の情報を開示してくれなくては。と、アスピスは強く思う。
「とにかく行ってくるね」
「えぇ。気を付けて」
シェリスは、元から形だけでアスピスを殺す気など微塵もなく、失敗という形になったとはいえ、実際の解決はしていない。そのことが気になるのか、アスピスの身を案じるフォルトゥーナが常よりも不安気に、それでも黙って送り出そうとしてくれている。
フォルトゥーナも、六聖人(赤)の代役として。その本物であるかのように長年立ち居振舞ってきた中で、危険な目にも遭ったことがあるかもしれない。そんな身を危険に晒され易い六聖人を守るために、六剣士が存在するのである。
だからこそ、アスピスの身を案じてはいても、ロワの身を案じ祈り続けているルーキスやシェリスを側にしていて、すべての不安を圧してでも現状で一番優先すべき事柄がなになのか、分かっているのだ。
そして、アスピス自身も、再び狙われる可能性を否定できない中、犯人がどこかに隠れているとわかっている王城へ来いというのだから、行ってやろうじゃないかと勇んでいた。というのも、いっそ、狙って来たら、これ幸いと返り討ちにしてやるというのがアスピスの覚悟であったからだ。
なんとなくといった記憶を頼りに辿り着いた、六聖人(赤)の部屋。
主となるはずのアスピスが使っていないことで、室内に生暖かく濁った空気が滞っている、誰もいない空虚な空間となっていた。
「思わず、窓を開けたくなるところだよね」
一応は学習しているのだと、空気を入れ替え、風を通したくなる衝動をぐっとこらえて、アスピスはソファーに腰を落とす。
毎日ではないだろうが、定期的に掃除はされているようで、座った勢いで埃が立つとかいうことはなかった。
「さて、シェーンを呼び出しますか」
ゆっくりしか歩けないアスピスには、到着するまでどれくらい時間がかかるか計算できず、連絡は目的地に着いてからと決めていた。そのため、事前に用意していたシェーン宛の手紙を、アイテムボックスを開き、ポストへ投函する。
それから対して間を置かず、シェーンから返事が戻ってきた。
「すぐ行きます、か」
本当に用件のみの、宛先の方が断然文字数のある手紙が届いたことで、アスピスはほっと溜息を洩らしだす。
(これで、第一段階は終了ってね)
あとはとにかく、シェーンが来るのを迎えるのみだと、アスピスはソファーに座ってその時が訪れるのを黙って待つことにした。
気持ちとしては、忙しいシェーンにアポなしで会うのだから、そこそこ待たされるだろう覚悟をしていたのだが、そんなことはなかった。ほどなく、専属のメイドに誘導されるようにして、イヴァールと共に姿を現した。
「あなたは、部屋に戻っていていいわ。誰も、この部屋へ近づかないようにしておいてちょうだい」
「はい。わかりました。シェーン王女。そのように護衛のものに伝えておきます」
シェーンの命じにメイドがそう応じるのを待ち、イヴァールを引き連れ、シェーンは室内へと入ってくる。それを見送ったメイドが、扉を閉じ、部屋の前から立ち去って行く足音が、室内にも静かに響いてきた。
同時に、アスピスはソファーから立ち上がる。
「呼び出しに応じて、お伺いしました」
しゃべると同時に、頭を下げる。
相手は、シエンと同一人物ではあるが、置かれる立場は全然異なる、この国で唯一の王の子供であり、王位継承権第一位という現王が逝去された際にはこの国の頂点に立つことになるシェーンが相手では、敬意とは異なるが礼儀上から、さすがに軽口を叩く気にはなれなかった。
けれども、そんなアスピスの心境を感知することなく、シェーンは気軽な感じで、笑みを零す。
「そんなに畏まらないで欲しいわ」
シェーンの時は、必ず女性として立ち居振舞うと決めているのか、口調は軽いが、台詞自体は女性が発するものであった。
「って、そうそう。まずはこれを渡さないと」
そう言うと、アイテムボックスを開き、中から大量の服が掛けられた、キャスター付きハンガーラックが、ふたつほど取り出された。
「こっちが、私が選んだ服で。こっちがイヴァールが選んだ服ね」
「は……はぁ」
「パーティとかに着れるドレスから、普段着としても使えそうな服まで揃えてあるから。あとでゆっくり見てちょうだい」
「あの、これって」
「私とイヴァールからのプレゼント。って、あぁ、それからシエンから送らせてもらったアクセサリーだけど、あれも受け取ってちょうだいね」
そう言いながら、アイテムボックスから、今までアスピスが返品したと思われるアクセサリーの入った箱がきれいに並び入れられている紙袋を取り出してくると、アスピスの前に強調するように置いてみせた。
「国のお金は使ってないから。シエンが冒険者として稼いだお金で買ったものだから、もらってあげて」
「え……、っと」
他人事のように言っているが、シェーンがシエンなのである。
シェーン的には、それなりに演じ分けて、別人扱いとしているようだが。
しかし、だとしても、アスピスには、目の前に立つシェーンの姿は、シエンがシェーンの姿をかたどったオーラを纏っているようにしか見えないのだから、別人として扱えと言われたところで無理である。
「情報提供に、関わりますか?」
「そうね。これらをすべて受け取ることも条件内だわね」
「そうですか……」
思わず溜息を洩らしながら、アスピスは仕方ないというように、アイテムボックスを開いた。
「それでは、これら一式、頂戴させていただきます」
そう言うと、アスピスはキャスターを使って、ゆっくりと『S』のアイテムボックスの奥の方へハンガーラックを引っ張っていく。
そして、キャスターを止めた位置には、既にフォルトゥーナからもらった服が大量に掛けられたキャスター付きのハンガーラックが置いてあった。
(みんな、人のことで楽しんでるなぁ)
最初、着替えも持っていない状況であったから、フォルトゥーナから服をもらえたのは助かったが、それはお古とかで十分だったのである。なのに、送られてきたのは、高価そうな可愛らしいの大量の服たちであった。
だから、正直、これ以上の服は。というか、少女趣味系の服は不要であったのだが、シェーンやイヴァールが寄越してきたのも、少女趣味系の服ばかりであった。
(このあたし相手に、みんな、なにに夢を見ているんだ?)
思わず溜息をつきながら、もうひとつのハンガーラックをアイテムボックスに入れ、シエンから送られてきたアクセサーの入った箱をきっちり詰め込んである紙袋を、その脇辺りに置くと、アスピスはアイテムボックスを閉じ、改めるようにしてシェーンとイヴァールに向き合った。
「それで、ですね」
本題に入りましょう。と、促そうとしたところ、シェーンの両の手でアスピスの両手を包み込むようにして、胸元に持ち上げる。
「イヴァールが、あなたのことをとても心配しているの」
「はぁ」
「だから、今回の件はエルンストやレイスに任せて、アスピスは手を引いてくれないかしら」
「嫌です」
お願いだから。と、頼み込むようにして紡がれてきたシェーンの台詞に、アスピスは断言するように言い切った。
「あたしに降り掛かって来た火の粉なんだから、自分で払わないでどーするっていうんですか? それに、ルーキスとシェリスの子供であるロワは、あたしを暗殺するための人質に利用されたんだから。それなのに、当事者のあたしが、ロワを助け出す前に、逃げ出せるわけないじゃないですか!」
「だが、アスピス。お前はまだ幼い。本来は親に守ってもらいながら、学校に通ったりしてぬくぬくと育つ時期なんだよ。分かっていないようだけど」
「でも、あたしにはそんな親いませんから。自分で道を切り開いていくしかないんです」
横から口を挟んで来たイヴァールに向け、アスピスは真実をそのまま口にする。
途端に、唇を噛みしめるようにして、イヴァールが謝ってきた。
「すまない。古すぎる風習だというのに、未だ双子を忌み嫌っている、キセオーツがどうかしているんだ。そのせいで、本来なら王位継承権第三位として、男尊女卑は根強く残ってはいるが、王の血を引く者の証とする瞳を持っているからな。他の女性とは別格として、大事に扱われていたはずだというのに」
「現実から目を逸らして、ありもしなかった空言に夢を馳せたところで、意味のないことでしょ。あたしが歩んできた12年間……でいいのかな? まぁ、とにかく、今日まであたしが歩んできた道を否定しないでよ。否定されたところで、消えたりもしないけど」
「だとしても、だ。お前の歩んできた道はあまりに過酷で。俺が国で、印を持たないことで、印を持った娘よりも格下として、蔑まれ。選ばれなかった子供として、冷遇された生活を呪い。いつか見返してやると思い送って来た成人するまでの日々が、苦しくて恨み呪ってきたのだが、アスピスのこれまでの人生と比べたら、どんなに甘いものであったか」
「ばっかじゃない。他人と比べてもしょうがないじゃない。あたしは、奴隷商人の元で捕らわれていた時は、文字を知っている子に、文字を教えてもらうのが楽しみだったの。そして、盗賊団にいるときは、時にはおぞましいものを目にすることになったりもしたけど、使い魔の目を通して外の世界を見ることがなによりもの楽しみだったわ。ビオレータ様の元にいたときは、天国にいるようだった。知っていた文字を駆使して絵本を読むことから始め、足りない知識を、ビオレータ様やフォルトゥーナから教わり、様々なことを補充していき。色々なもので自分が満たされていくのを実感できる日々を送れたの。愛してもらうっていうことが、どういうことかも、ビオレータ様たちから初めて教えてもらえたわ」
それで十分じゃない? そう問うように、アスピスはイヴァールを見つめる。
「たとえ、仮に双子だったとして、あなたの国じゃ死んだことになっているんでしょ? いない子のことなんて、気にかけてくれなくていいんだよ」
「そんな! 確かにお前は死んだことになっているから、公になにかしてやることはできないけれど。陰から支えることくらい、させてほしい」
「それって、イヴァール王子の自己満足のためでしょ? そんなのに付き合う気なんてないよ」
アスピスはそっけなく言うと、がっくりと項垂れてしまったイヴァールから視線を外し、アスピスの両手を握り込んだままでいるシェーンに視線を戻す。
「ねぇ、まさかこんなことを言わせるために、あたしを呼んだわけじゃないよね?」
「ふふ。本当にアスピスは思った通りの子ね。あるがままを受け入れているから、潔くいられるし。だからこそ、大切なものも間違えないのよね」
「え?」
「でもね、王の子の証を持っていなくても、王族は王族。王の子であることに変わりはないのだから、王の子として力を振るうことはできるのよね。特に、キセオーツ王国の国王の子として成人すると同時に、女王となるこの私の婚約者となってこの国に訪れたイヴァールの存在価値って、そのふたつしかない。でも、だからこそ絶対であり最強でもあるのよね。だから、これからこの先、なにかの役に立つこともきっとあると思うわ。そのときは、大手をふって利用してやりなさい。イヴァールは喜んで利用されてくれるから。イヴァールは、あなたのためになにかしたくてしょうがないんだもの」
「はぁ」
「だいたい、必要ないと思っていたものに、利用する価値が出てくるなんてこと往々にしてあるのだから、事前にわざわざ必要ないと宣言する必要なんてないのよ。本当に無用だったら放っておけばいいだけのことなんだから」
「ひどいなぁ。俺の婚約者殿は」
楽し気にアスピスを諭すシェーンに向け、イヴァールが肩をすくませる。
それに向けて、シェーンはちょっぴり意地悪な瞳を浮かべた。
「あなたに証がなかったから。だからこそ、生まれるとすぐに、両国の友好のためという名目の、政治利用が決まったのだし。一番敵に回してはいけない武力王国のキセオーツとの友好を維持するために、政治利用させるために、生まれたばかりの私は、母からこの体を与えられたの。そして、この体を使って、私はあなたに、この国の次期女王の婿という居場所を作ったわ。違って?」
「その通りだよ」
「この国でのイヴァールは、生涯を通してキセオーツ王国と友好を保つために派遣されてきた大切な客人であり続けると共に、次期女王の婿という立場も持っているから、高位な地位を既に国から与えられていながら、甘い汁を吸おうと寄り付いてくる大物も多いわ。その割に、よそ者という扱いから抜け出せずにいるから、束縛は緩く、結構自由に動けるのよ。私みたいに、身代わりなんて必要とせずにね」
「はぁ」
「つまりね、情報収集とかに意外と使えるのよ」
そう告げると、ようやく本題に入れるわというように、アスピスの両手を開放すると、シェーンは背を正し、2人にソファーに座るよう促す。
「感謝しなさいなんて、言わないは。これはイヴァールが自ら望んで、アスピスのために手に入れた情報なんだから。まぁでも、それでも感謝したいと思うなら、無駄にしないであげることと、アスピスが無事でいることだわね」
ひとり用のソファーがふたつ並ぶ片側にアスピスが腰を落とし、その正面に置かれた2人用のソファーに、アスピスと向かい合う位置にシェーンが、その隣にイヴァールが座ると、シェーンがおもむろにしゃべりながら、ところどころに細かな細工が施された、いかにも高価そうな透明なガラスのテーブルの上に、どこからともなく取り出した数枚の用紙を並べていった。
「おそらく、今回の首謀者は元老院のひとり、ウロークね。彼、他の元老院に比べて、ものすごく思考回路が単純だから。他の元老院だったら、仮に暗殺者を使ってアスピスを亡き者にしようとした場合、手近なシェリスを利用したりしないで、たとえその暗殺者が捕らえられたとしても、自分の身元がバレたりしない、切り捨ての利く者を用意するでしょうから」
「ウロークって……」
あのウロークかと、アスピスの時間を止め眠ることを強いた人物を思い描く。
それがシェーンに通じたようで、シェーンが苦々しい表情で、頷いた。
「それで合っていると思うわ。元老院の位に就くウロークってひとりだけですもの」
そう言うと、政などの監視役とされている元老院の6人の名前と、六聖人の監視役とされている六賢者の6人の名前が記入された用紙を選んで、アスピスの前に差し出した。
「ただね。今回の件には関係ないらしいことは分かったんだけど、六賢者の中のこの人。一番下に名前が記入してある、ラドールって男なんだけど。六聖人の誰かと組んでなにか企んでいるっぽいそうよ。あなたのマナや精霊術を利用とする可能性があるから、気を付けてちょうだい」
「わかりました」
シェーンの説明に、アスピスは素直に頷く。
「ところで、つまり、今回の犯人はウロークってことでいいの?」
「ここでは呼び捨てでいいけど、あなたより上位だから、人前では『様』を忘れないでね」
「あー、そっか」
そんなこと念頭にもなかったと、アスピスが返事をすると、シェーンは話を元へ戻す。
「六賢者の中には、ウロークほど単純明快な行動を取る者はいないし。そもそも、元老院の者たちよりも六聖人というか八式使いの貴重性を分かっているから。元老院は自分の地位や威厳を守るための道具として八式使いを抱え込んでいる人がほとんどだけど、六賢者は違うは。自分の欲望を果たすための同志として、それぞれ独自のルートで、八式使いと通じていると思っておくべきね。しかも、六賢者の内の3人は当人が八式使いだし。そんな事情もあって、六聖人(赤)の位についているアスピスを、代役がいるとはいっても、フォルトゥーナは六式使いだし。アスピスの次に六聖人(赤)の位に就ける者を用意せずに、葬ろうとする者はいないでしょうね。だけでなく、六聖人の中でもアスピスは特別だから。そのことをよくわかっている六賢者にとって、アスピスは活用する対象にはなっても、殺す対象とは認識されてないはずだわ」
「うわー、それも嬉しくないなぁ」
「ふふ。そうかもしれないけど、そういうものだと理解だけはしておいて」
アスピスが嫌な表情を浮かべてみせるのに対し、シェーンは軽やかに笑ってみせる。
「対して、元老院だけど。こちらは、別。アスピスの力に脅威を抱く思いの方が強い集団なの。だから、頭の固い人の集まりで、アスピスを葬ろうって発想にまで至ることはそうはないと思うけど、自分の中で政などの邪魔だと感じることがあったら、アスピスを抹殺しようとするでしょうね。今回のクロークのように。とはいっても、他の元老院は、ウロークほど単純な方法は使ってくれないと思っていいわ」
「伏魔殿には敵しかいないって感じかぁ」
「伏魔殿?」
アスピスの放った単語へ、シェーンが面白そうな反応を示したので、アスピスは発信元を素直に告げる。
「エルンストが言っていたから」
「そう。なるほど、うまい表現ね。彼らしいわ」
くすくすと笑いながら、シェーンは関心したように呟く。
「あぁ、そうそう。それで、これがウロークの館の見取り図よ」
そう告げると、館の邸内図が描かれた数枚の紙をアスピスに差し出す。
「今回の中で、イヴァールの一番の手柄ね。アンリールをなんとか口説き落として手に入れてくれたんですもの。シェリスの子供は、確定とまでは言い切れないけど、九割方ウロークの屋敷に閉じ込められているはずよ」
「アンリールからって? 六聖人(青)の?」
「ええ。そう、六聖人(青)の位に就いているアンリールのことよ」
シェーンは肯定するために、アスピスの言葉を繰り返すよう口にする。
「それでね、彼女も複雑な環境に置かれているの。勝手に語ってしまっていいものか分からないけど、彼女は六大貴族の傍系で、彼女の母親という人は、傍系故の屈辱に、きっと耐えられなかったのね。本家に振り向いてほしくて、アンリールになんでも一番になることを強いていたの。そういう意味では、アンリールの母親からも、狙われる可能性はあるかもしれないわね。あなたは、精霊使いとしてはアンリールを大きく越えた存在なのだから」
「えー……、それはちょっと」
「半分は冗談だけど、彼女の母親ならなにをするか分からないところがあるから、一応気にしておいてね」
そう言うと、横道にそれた話を元に戻すよう、シェーンは再び語り始める。
「そうそう。それで……って、どこまで話したかしら」
「アンリールが、一番であることを母親に強いられていたってことまでだよ」
シェーンの呟きに合いの手を差し出すようにして、イヴァールがそっと告げる。
「そうそう。それで、母親の努力というよりアンリールの努力と素質の賜物なんだけど、成人する前に六聖人となることが決まったのよ。その時、ひとり王城で働くのは心細いだろうからと、なにを考えてなのか彼女の母親が急に後ろ盾が必要だと言い出して、直系となる六大貴族の内のエフィリス家ではなく、元老院のウロークにその役目をお願いしてしまったの。以来、自分だけではなにもできないウロークに、いいように使われてしまっていて。とはいっても、幼馴染だったらしいのだけれども。エフィリス家の本家の息子であるカサドールが六剣士(青)になってくれたことで、なにかとアンリールを守ってくれるようになってからは、ウロークの無茶振りもかなり減ったらしいのだけど、ひとりではなにもできないウロークにとって、アンリールの後ろ盾という役目は、とても美味しいはずだから、手放すなんてことするはずないもの。そのせいで、ウロークにずっと縛られてしまっているって形なの」
「だから、だったのかな」
シェーンの説明に、眠りにつくことが決められた際のウロークとアンリールのやり取りを思い出しながら、アスピスは、自分とは全然異なる生い立ちを持ち、アスピスとは異なり、20代半ばになった現在もまだ縛り付けられたままでいるアンリールに思いを馳せる。
あるのは、べつに、同情ではない。ただただ、本心から大変だなぁ。と、感じてしまっただけのこと。
そんなアスピスの反応に、シェーンは小さく笑みを零した。
「結果として、ウロークに加担せざるを得ないアンリールを許してあげて。って言いたいんじゃないの。ただ、人それぞれ事情があるのよ。ってことを一応伝えておきたかっただけだから、今回の件にアンリールが携わっていたら、許せなかったら、なんらかの仕置きをするのもアスピスたちの自由だわ」
「うん。でも、現状から抜け出したくて足掻いていることは加味してあげて欲しいかな。だから、こうしてウロークの邸宅の見取り図が手に入ったんだし。なにより、わざわざ教えてくれたのって、今回の答えだからじゃないかな。って思うんだ」
「わかりました。その辺は、本当の被害者であるルーキスとシェリス。それに、ロワに決めてもらおうと思います」
「そうね。シェリスも過去に捕らわれて、なかなか抜け出せないでいる内のひとりですものね。そのせいで、今回、ウロークに利用されてしまったのだし」
みんな、なかなか思うように生きていけないものね。と、シェーンは寂し気に笑みを零す。
「ねぇ、アスピス。あなたを襲ったシェリスに対しては、なにか仕返ししたいとか思っていたりするの?」
「殺してあげないのが、仕返しだと思ってるから。これ以上、なにもする気はないし。今後も仲良くできたらいいなって思ってるよ」
「そう。ありがとう」
シェリスに対して、多少の思い入れがあるのだろう。なにしろ、仲間になれと。六聖人(灰)の位に就けと言ったのはシェーンなのだと、シェリスが告白していたことを思い出す。
(王女っていっても、人間だもんね)
ちょっぴり微笑ましくなって、アスピスの表情に緩みが出る。けれどもふと、ひとつ疑問があったことを思い出し、後でエルンストたちに聞いてもよかったのだが、後回しにして聞くのを忘れるのも嫌で、シェーンたちに聞いてみることにした。
「そういえばさ、ポストに投函すると、自動で投函したポストの番号とかと差出人が刻まれる仕組みになってるでしょ」
「えぇ、そうね」
「そこをさ、無記名にするってことできるの?」
シェリスたちに送られてきた封筒の、送り主の欄が空欄であったことが、アスピスは気になっていたのだ。
そして、どんな方法を用いたのかと、色々と考えていたのだが、イヴァールからあっさりと答えが返されてきた。
「国の上位職への密告や意見書。苦情や希望。その他いろいろと、匿名で直談判することが許されている、投書用のポストっていうのがあって。城下町にある名の知られたいくつかの食堂に、それらを設置してもらっているんだよ。そのポストから投函すると、相手に正体がバレないこと。つまり匿名性が条件になっているから、どこのポストから投函されたかも分からないように、差出人欄になにも記入されないよう設定されているんだ」
「あー、なるほど。そういうポストがあるんだ!」
「うん。そうなんだ。それでさ、一昨日の夕方、城下町の食堂へ行った際に、ウロークにいつも付き従っている護衛役がそのポストのひとつに手紙を投函しるのが、たまたま視界に入って来ていてね。昨日、エルンストから相談の説明を受けている最中、封筒に送り主の名前がなかったって話が上がってきたとき、ピンと来たっていうのかな」
「は?」
名探偵を気取るイヴァールへ、アスピスは剣を含んだ瞳を向ける
「まさか、ウロークを疑った理由って、それだけ?」
「え! だって、それで十分だろ?」
どこかおかしいところがある? と言いたげに22歳の男が、自信満々に言い切ってみせた事実に、アスピスは心底から頭痛を感じた。
(この男、絶対使えない。っつーか、双子だなんて認めてたまるかっつーの!)
今回の話を、本当に信じていいのか、疑問が生じた瞬間である。
けれども、そんな思いを汲むようにして、シェーンが苦笑を浮かべてみせた。
「アスピス。言いたいことは分かるけど、こう見えてイヴァールの洞察力は結構すごいのよ。それに、アンリールの対応をみる限り、ちゃんと当たりを引いたみたいだし。考え方を変えれば、裏付けが取れたともいえるし。ね。」
ここは穏便に。みたいなシェーンの態度に、アスピスは思わずイヴァールを殴りそうになっていた手を引いていく。
「そうですね。とにかくありがとうございました」
「全然だよ。是非また、俺を頼ってくれることを期待しているよ」
キリっと引き締まった男前の表情を作り告げてくるイヴァールの、見た目や口調に騙されては駄目だと、アスピスは心の底から思ってしまっていた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




