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第12話(新たな出会い/告白3)

[十二]


 宙に浮いたような気分で過ごした昨夜。

 眠れたようでいて眠れてなかったような心地で朝を迎えてしまい、アスピスはこれ以上布団に入っていても仕方がないと掛け布団を払いのけ、勢いよく起き上がる。

 それに準ずるように、アネモスも起き上がった。

「我がマスターはおもてになるようだな」

「うるさい。っつーか、ずっと聞こえてない振りしてたんなら、それを全うしてよ」

「いや、なに。そんな貧相な体で、数々の好青年をどのように手玉にとられたのかが、不思議で不思議で」

 それを考え出したら眠れませんでした。と、嫌味を述べるアネモスは、ひとつ大きなあくびをしてみせた。

「そういうのは、当事者でもないアネモスが考えてもしかたないでしょ」

 アスピス自身、不思議でしかたないのだから。と、内心で思いながら、アネモスへ余計なことを考えないように釘を刺しておく。

「まぁ、たしかに」

 素直に頷くアネモスを従え、アスピスは一階へと下りていった。

「おはよう」

「あぁ、アスピス。おはようございます」

 今日はまだ、朝食の準備が終わっていないらしく、レイスはスープが入っている鍋をかき回している。

「初の冒険はいかがでしたか? 疲れたでしょう、よく眠れましたか?」

「え。あ、うん。ばっちりだよ」

 ちょっぴりぎこちない返事になってしまったが、添えた満面の笑みの効果で、レイスは何の疑問も抱かなかったらしい。仕上げの香料を、鍋の上で削ぐようにスープへ落とし入れながら、満足そうに「それはよかった」と呟いた。

 そこで、スープが完成したらしい。脇に置かれたスープ皿にスープをよそい始める。

 それを、ひとつずつアスピスは受け取ると、みんなが座る席の前へ順にスープ皿をおいていった。

 まるでそのタイミングを待っていたかのように、上からカロエとエルンストが下りてくる。

「はよー」

「おはよう」

 階段の途中で、朝の挨拶を落としてくる2人へ、レイスとアスピスも挨拶して返す。

「おはようございます。2人ともよく眠れたみたいですね」

「おはよう」

 いつも思うが、レイスの丁寧さというか、気遣いは一品である。

 そんなことを思いながら、一階に着くと同時に各々の席へ腰を落としてしまうカロエとエルンストのことを視界の外で意識しながら、ルーキス一家も加わって食事をしたときに座った席に、アスピスも腰を落とす。

 パンはどうやらアイテムボックスにしまってあるようで、それぞれの前にレイスはパン皿とスプーンを並べ終えると、おもむろにアイテムボックスを開いて中からカゴに入ったパンを取り出す。

 それをみんなが座る中央に置くと、レイスも椅子に腰を落とした。

 それが合図代わりとされているかのように、それを機にみんなで声を揃えるように「いただきます」と口にすると、食事が開始された。

「あれ? このパンって、いつもの店のじゃないの」

 カゴの中に3種類くらいあるパンの中から、丸いパンを掴み取り、思い切りよくかぶりついた後、カロエが不思議そうにレイスに問いかける。

「いえ。新作らしいですよ。美味しくありませんでしたか?」

「いや! すげーうめー」

 感動した! そう言いたげに笑みを零すと、残りのパンを勢いよく口に突っ込んでしまった。

 そんなカロエとはテーブルの角を挟んで隣に座る。つまりは、カロエの正面に座っているアスピスとも、角を挟んで隣となるのだが、そこに座っているエルンストが黙々とパンとスープを交互に口にしていた。

 どうやら、これが3人の場合の食事風景らしい。

 そんなことを考えながら、カロエが美味しいといった丸いパンを食べることにしたアスピスが、カゴに手を伸ばそうとしたところで、玄関から来客を知らせるノックの音が響いてきた。

「こんな早くに、誰でしょうかね」

「フォルトゥーナじゃね? アスピスの初の冒険に置いて行かれたの、かなり根に持ってたしさ」

 不思議そうに首を傾げるレイスに対し、すでに次のパンを頬張っているカロエが、閃いたように名をあげる。

 それに同意した訳ではないのだろうが、他に思いつく人もないことから、エルンストもフォルトゥーナが訪問してきたのだろうと思ったのだろう。億劫そうに席を立つ。

「ったく。今出る、ちょっと待て」

 実際のところ、外の人間に届いているのかどうか怪しいが、エルンストが面倒くさいと言いたげに、外に向かって呟き。普段のきびきびとした動きはどこへやら、わざとなのかと突っ込みたいくらいのろのろと玄関の前に向かって行った。

「お前なら、ここの朝食時間くらい把握してるだろ。少し時間をずらして来るくらいの知恵を――ッ」

 説教でもするように、鍵を解き。チェーンを外し、玄関を開きながら苦言を呈するエルンストの台詞が、最後の方で急に途切れる。そして、その代わりというように、浮かべる表情を少し険しいものに変えて来訪者を迎え入れた。

「なんの用だ、シエン」

 促されるようにして入って来たのは、180センチ近くありそうな長身の、黒い瞳で、サラサラとした腰まである黄金色の髪を後ろでひとまとめに括った、20歳を少し超えたくらいの、美形というより、美人といった方が近そうな綺麗な青年であった。

 その青年を視界に収めた瞬間、アスピスは不思議そうにシエンと呼ばれた青年に向けて疑問をぶつけていた。

「シェーン様、ですよね? 今日は幻術かけてないんですか?」

 実態となる、現在の青年の姿の上に、常に女体のオーラを纏い女性として振舞っているシェーンの姿を見るにつけ、ずっと不思議に思っていたのである。

 瞬間、エルンストとカロエ、レイスの3人が息を飲むよう黙り込み。複雑怪奇な空気を漂わせたことで、これは口にしてはいけなかいことだったのだと、アスピスはここにきて気づいた。

 けれども、当の本人となるシエンは、気にした風もなく、にっこりと微笑みながら、アスピスの傍らの席に腰を落とす。

「さすがは、六聖人(赤)の位に就くだけありますね」

「いえ、幻術がかかっている場合、右目に六芒星を持つものならば誰でも見破れるそうなので」

 大したことではない。と、アスピスが言おうとしたが、シエンはゆっくりと首を振った。

「それは誤情報ですよ。右目に六芒星を持っている者でも、必ず見破れるという訳ではありませんよ。幻術を用いた術者より、精霊使いとして格下の者は、右目に六芒星を持っていたとしても幻術に気づくことはできませんから」

「そうなんですか?」

「えぇ。実際、俺に幻術を掛けてくれているのは、八式使いの六聖人(青)のアンリールですし。彼女が意図的に複雑に八色を組ませたレシピを用いた精霊術を、見た目だけでなく体も女性のものにするため、体内に六芒星を描く配置で埋め込まれている秘跡に注ぎ込んでくれたものなので、アスピスみたいに見ただけで見破ることができるのは六聖人の位に就く者か、それに準ずる精霊使いとしての力を持つ者くらいですよ。実際、六式使いのフォルトゥーナには、右目に六芒星があるにもかかわらず、俺にかかっている幻術を見破ることはできてませんからね。ただ、六聖人(赤)の代役を務める者として、情報として事実を教えてあるので、シェーンの体が幻術によるものだと知ってはいますが」

 そんな重要事項をペラペラと第三者のアスピスにばらしちゃっていいのだろうかと、不安になりつつ、興味が勝り、シエンの説明をまじまじと聞いてしまう。

「まぁ、王家の事情といいますか。王の第一子が女性でなければならない、複雑な事情がありまして。こうして、男の身でありながら、普段は王女に扮し、キセオーツ王国の第三王子イヴァールの婚約者を演じているという感じですかね。って言っても、イヴァールもこのことは承知しているので、数年後には本当にシェーンとイヴァールは結婚するんですけどね」

「はぁ……」

 話の内容が難しくて、12歳のもつ知識ではついて行けない部分があり、アスピスはただただ感心してみせる。

 それが少々、周囲には哀れに感じられたのか。それとも、そんな細かなことまでアスピスに暴露するとは思っていなかったのか。脇で話を聞いていた3人が、停止を求めるよう口を挟んできた。

「シエン。話は、まぁ、それくらいにして。あなたも一緒に朝食でもとりませんか?」

「そうそう。いっぺんにお家事情を詰め込まれたら、アスピスの頭の中がパンクしちまうよ」

「それより、アスピスが見破っているだろうと分かっていながら、わざわざシエンになってここへ訪れるなんて。なにか事情でもあるのか?」

 三人三様にそれぞれシエンに語り掛けながら、なんとか話を逸らせるように試みてくれる。

 それに乗じたという訳ではなく。単に、エルンストの台詞に気を引かれたように、シエンは「そうそう。そうだった」と、話題を切り替える仕草をみせた。

 なんとなくだが、ホッとした空気が、周囲に満ちる。

 けれども次の瞬間、一気に空気が凍り付いた。

「これなんですけどね。ひとり出遅れてしまいましたが、俺のは発注して作ってもらったので、同じものが他にないっていう特注品なんですよ」

 そう言いながら腰のベルトポーチから取り出した小袋の口を開くと、手のひらの上にふたつのリング載せるように落としてみせる。

「俺と結婚してください。そして、子供をたくさんつくりましょう!」

「シエン!」

 爆弾発言をしたシエンの台詞を遮るよう、エルンストが大き目な声を張り上げる。

 それが気に入らなかったのか、シエンはエルンストを軽く睨みつけた。

「感情を伴うものなのですから、早い者勝ちなんてこと。言いませんよね?」

「だとしてもだ。お前の場合、理由が違うだろ」

「なーんだ。エルンストは気づいていたんですか」

 エルンストからきつめに睨み返され、シエンは「仕方ないなぁ」と肩をすくませる。

 そして、改めてアスピスと向き合った。

「もちろん、結婚するにあたって、俺は君を大事にするし。頑張って、君のことを愛するつもりでいるし。君からも愛されたいと思っているよ」

「でも、が付くんだろーが。お前の話には」

「そう、先走らないでくれるかな。エルンスト。嫉妬は醜いよ」

 全く話が見えていない、アスピスは当然として、カロエもレイスも首をひねりエルンストとシエンのやり取りを見守る中、エルンストひとりが必死になって、シエンを牽制しつづける。

「横取りさせるつもりもねーが。お前のはそれ以前の問題で、話にならねぇんだよ」

「そんなことないですよ」

 さっさと話を切り上げて帰ってくれと言わんばかりのエルンストへ、心外だと、シエンは訴える。

「いいですか? いくら高等な幻術で、体も女性のものにできたとしても、さすがに子供は産めないんですよ」

「そりゃそうだろ。そもそも、女と偽ってイヴァールを婿にもらうってこと自体無謀な話だってーのに。裏技使って、強行突破なんてするからこうなるんだ」

「そうはいいますけど、キセオーツ王国と友好関係を築き続けるには、これが最短で最良の方法なんです。それが分かってるから、イヴァールも俺の正体を知っても協力してくれてるんです」

「だとしてもだ、そこへアスピスを巻き込むな」

 同じ六剣士でも、持ち得る情報量が違うのか。それとも、エルンストが個人的情報源を持っているのか。その辺は分からないが、きょとんとしているレイスをよそに、エルンストは言葉荒くシエンをあしらい。シエンの方も、必死な感じでエルンストに食い下がる。

「だって、仕方ないじゃないですか。アスピスのもつ瞳から、色々と調べた結果、イヴァールの双子の妹だと分かってしまったのですから。アスピスに子供を産んでもらうのが、血統的に、最適なんです。なんといっても、アスピスはイヴァールと双子なのですから、イヴァールにとても近い血をアスピスは持っているはずですからね」

「やっぱ、瞳のこと気づいてたのか」

「当然ですよ。俺の持つ情報収集能力をあまくみないでください」

 そう言うと、再度、アスピスの方へ向き直る。

「王女であるシェーンはそうはいきませんが、シエンとしての俺は自由の身ですから。これから先、君だけを見つめていくつもりでいます。切っ掛けはこんなことになってしまいましたが、これからふたりで協力して恋愛をし、ちゃんとした恋人。いずれは夫婦になりましょう」

 そう言うと、ゆっくりとした動作でアスピスの左手を手に取り、既にはめられた指輪をしばし見つめた後、親指に特注品だというだけあって、他の3つより豪華な細工のしてあるペアリングの一方を差し込まれた。

 しかも、親指の付け根に届くころには、返事をしていないというのに、アスピスの指にちょうどいいサイズに変化していた。

「え? なんで?」

 話が大きすぎて、ついて行けず。了承するつもりなどなかったのだが、結果として、了承したことになってしまうのだろうか。と、ぴったりとはまっている親指の指輪を見つめながら、アスピスが右に左に首を傾がせる。

「やりやがったな」

「条件も、スタートも、皆さんに比べて非常に不利なもので、強制的に婚約の契約をさせてもらいました。でも、出会ってからが重要なのですから。これからの時間を使って大事に俺への気持ちを育んでもらえればいいことですから」

 問題ないですよね。とは言外で。

 そして、シエンは素早く自身の左手の親指に、対となる指輪をはめてしまう。

「心配しなくても大丈夫ですよ。シェーンとしてもほとんど会ったことありませんし、シエンとしては会うのも初めてですが、俺、アスピスのこと既にかなり気に入っていますから」

「精霊使いとして、かなり使えるからだろ」

「本当に情緒がないですね。エルンストは」

「うるせぇ。つーか、シエンになってアスピスを口説くとか言いつつ、シェーンでやる仕事が多すぎて、どうせ時間なんてほとんどねーくせに」

「いやだなぁ。俺にだって。っていうか、シェーンにですが、有能な影武者くらい存在してますから。必要とあらば、シエンの時間をいくらでも作ってみせますよ。冒険ギルドにだって、既にAクラスで登録されてますから。一緒に冒険できますし」

「ったく。それが謎っつーか。ツテもなく、シェーンの合間に、よくもまぁAクラスになったもんだよな」

 それだけは感心するわ。と、エルンストは呆れたように肩をすくませる。

 そして、邪魔をするのを失敗し。こうなってしまっては仕方がないと、思ったようである。エルンストはややこしいことになったと、前髪を掻き上げた。

 そんなエルンストの態度から、ひとまず一区切りがついたらしいと、レイスもカロエも思ったのだろう。

 シェーンでもあるシエンに対し、失礼があってはならないという考えを持っているらしいレイスが、シエンの前に朝食が取れるようにと、素早くスープの入った皿とパン皿とスプーンを並べる。

 それを見て、カロエは席に着き、一足先に中断されていた朝食を再開した。

 そんな中、アスピスは、この年になるまで特殊な環境にいたため、外界での常識を得る機会に恵まれなかったことで、知識が変に浅いところがあり。ビオレータの元にいたとき、書庫の片隅に積み上げられた恋愛小説を読んだことはあったが、細かい描写などは省かれていたが、特に違和感なく読めていたことで気にしたことはなく。本来ならどうでもいいことだったのだが。ある意味、シエンの話的にはとても重要であるらしいことに対する疑問を抱え込んでいた。そして、それを解決すべく意を決する思いで口を開いた瞬間、周囲が再び。レイスやカロエはもちろんのこと、シエンもエルンストも巻き込む形で凍り付いた。

「ねぇ、子供ってどうやってできるの? どうして血筋が関係するの?」



「お前、盗賊団にいたころ、俺の視界を通して……」

「はっ? なにを言っているんですか。あのですね、赤ちゃんはコウノトリが運んで……」

「ちげーだろ、兄貴。つーか、いいか、アスピス。おしべとめしべが、つまりこうな……」

「みんな馬鹿ですか? アスピス、いいですか。そういうことは、結婚すればいずれは分かることなんです。女性が悩む必要はありません、いざって時はすべて男性に任せればいいんですよ」

「それこそ、馬鹿だろ!」

 エルンストに、レイス。カロエにシエン。みんながそれぞれ前者の言い分を訂正するように、次々と説明を始め。最後によいことを言ったという顔で締めくくったシエンの態度に、たまらずカロエが突っ込みを入れるという形で、話が終わってしまった。

 つまりは、アスピスの放った疑問は、周囲を戸惑わせただけで、結局のところ正確な答えがもらえることはしなかったということになるのだろう。

 それどころか、なぜかみんな、説明するのをあきらめたようで、食事を途中で切り上げて、二階の各々の部屋へ戻ってしまい。元凶のシエンも、このあとシェーンの役目があるのでと、そそくさと帰って行ってしまったために、ひとりぽつんとテーブルに残る形となってしまう。

「聞いちゃいけないことだったのかな?」

 どう、思う? と、脇でお座りしていたアネモスに問いかけたが、アネモスも誤魔化す気なのか。単に答える気がないだけなのか分からないが、大きくあくびをしたのち、二階へと上っていってしまった。

 しかたないので、アスピスも、食器を流しに入れると、アネモスの後について自室へと戻っていくことにする。

 やりたいことがないわけではないのだ。

 精霊術の基本となる結界をはる練習はしたいし。ビオレータが六聖人(赤)としてアイテムボックスに残してくれた本の山も読破したいのだ。

 そう思ったら、元気がどんどん戻ってきた。ついちょっと前のことなど、どうでもいいことのように思え、必要なことならいずれ分かるだろうと、自己完結をしたアスピスは、今日はこれからなにをしようとワクワクしながら自室の中へと入って行った。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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