第10話(冒険者ギルド)
[十]
途中、赤道の脇に入り野宿をして、翌日の昼頃王都にたどり着く。そして、その足で先ずはという感じで冒険者ギルドに向かった。
昼間ということで、冒険へ向かう者は出掛けてしまっているのだろう。ギルド内は人が少なく、掲示板の前のイートインコーナーに数名の人が座っているだけで、受付前には人がいなかった。
そんな中、エルンストに背中を押されるようにして、アスピスは受付の前に半強制的に押し出されていた。
「いらっしゃいませ。どうしました?」
先日の、エルンストに片恋しているらしい女性とは異なるギルド員が、戸惑うように受付窓口の前に立つアスピスを認め、問いかけてくる。
「あのー。その、魔物を退治したので。それの受け渡しと、報酬を受け取りたくて」
「あぁ。エルンスト様たちのパーティですね!」
背後に立つエルンストを見て、納得と言った感じに女性が笑みを零す。
「あ、いや。魔物を退治したのはこいつひとりなんで、今回の討伐功績は、すべてこいつのものってことで」
結局はエルンストが口を挟む形で、受付嬢に説明する。
「分かりました。そういうことでしたら、まずは倒した魔物の確認からさせていただきますので、解体室の方でお願いします」
納得したのかしていないのか分からせない、営業スマイルを浮かべながら、受付嬢は地下へ繋がる階段の方を手のひらを上にする形で指し示す。
それを受け、エルンストがアスピスを引き連れ地下へ降りようとしたとき、外で待たせていたアネモスが勝手に中へ入ってきてしまった。
普通よりもかなりミニサイズではあるが、黄金色の聖狼が入ってきたことで、ギルド内にいた者たちが急にざわめき始める。
けれども、アネモスはそんなことに頓着することなく、アスピスの傍へと寄ってきた。
「外で待っていろと言っておいたはずだが」
「道行く者が立ち止まり、我を好奇の目で見るものでな。人だかりができ始めたので、逃げて来た次第だ」
つまり、自分は悪くないと言いたいようである。
「ったく。混んでなかったからいいものを、混んでいたら外の人込みどころじゃ済まなかったぞ」
「我とマスターを引き離そうとするから、こうなるのだ」
「引き離したんじゃねーだろ。ちょっと外で待っていろって言っただけじゃねーか」
そんなこともできないのかと、エルンストは頭を抱えつつも、来てしまったのなら仕方ないと、アネモスも連れて地下へ降りて行く。
そして、下りてすぐにある扉を開けると、中に数名の男たちが魔物を捌いている姿が、アスピスの視界に入って来た。
「おう! エルンストじゃねーか。また、魔物でも狩ってきたのか?」
冒険者クラスが、六剣士の補正があるとはいっても、Sクラスだけあって、既に顔見知りと言った感じである。気楽な口調で魔物を捌く手を止めたひとりが、エルンストから魔物を受け取るために近寄ってきた。
「大猟なのか?」
「あぁ、大猟は大猟でも、今日はこいつがひとりで倒したヤツばっかだけどな」
「なんだ、だらしねぇなぁ。こんな小さな嬢ちゃんに負けたのか」
ガハハハ。と威勢よく笑い、「すごいな嬢ちゃん!」と褒めながら、『6番』と書かれた、アイテムボックスを開いたときと似たような入り口をした倉庫の前に、アスピスを連れていく。
「こん中に適当に放り込んでくれ。そんで、入れ終わったら、こっちに教えてくれ。魔物のランクと名前。それに、解体した魔物から獲れたコアとアイテムをメモして上に回すか――って、こいつもそうなのか?」
ふと、アスピスを見直したら、その背後に黄金色の聖狼が付いて歩いていることに気づき、驚いたように問いかけてくる。
「まさか、だろ。こいつは、アスピスの使い魔だ。騎乗用のな」
「って。この狼、聖狼の希少種じゃねーか! SSランクだぞ」
「だけじゃねーよ。倒した魔物の中に、魔法生物のSランクが数体入ってるぜ」
「ほぉ。そいつは、楽しみだ! じゃあ、適当に魔物を突っ込んでおいてくれ」
そう言うと、忙しいのだろう。男は再び元の位置に戻り、魔物を捌き始めてしまった。
「ってことで、アスピス、アイテムボックスを開いて、俺も使えるようにしてくれ」
「うん。ていうか、いちいち設定し直すの、本当に面倒なんだけど」
「しかたねーだろ。それが一応の決まりごとっていうか、なんだからさ」
文句を言いつつ、アイテムボックスを開いたアスピスは、エルンストの使用許可を念じる。
そして、エルンストと共に魔物用のアイテムボックスから6番倉庫へ、倒した魔物の移動を開始した。
時計はないが、一時間以上は確実に待たされただろう。
荷馬車と馬を返しに行っていたレイスと、アネモスの見張り役だったカロエもギルドの中に入ってきて、4人と一匹で、受付窓口から呼ばれるのを待っていた。
そして、いい加減そろそろだろうとエルンストたちが思っていたところで、アスピスが呼ばれた。
「今回の討伐ですが。その魔物も、今回、使い魔にしたのですか?」
「え? あ、はい。騎乗用として捕まえました」
質問されたことで、面接でも受けてる気分になりながら、アスピスは真摯に答える。
「そう。そうなると……」
ちょっと待っていて。と、受付嬢は席を立つと、後ろの方に座って仕事をしている上司の方へ歩いて行き、耳元でそっとなにかを囁いていた。そして、その答えをもらうと、再び受付窓口へと戻ってきた。
「こちらが、この度の報酬となります」
「ありがとうございます」
想像していた以上に大きな袋が満杯となった状態の報酬に、ちょっと驚きながら、アスピスは素直にそれを受け取ると、重いこともあり、すぐ脇に置く。
「それで……」
冒険者クラスのことを聞こうと、アスピスが口を開くのと重なるように、受付嬢が手にした用紙を読み上げた。
「Sランク5体。AAランク10体。他、Aランク、Bランク、Cランク多数。それと、聖狼の希少種、SSランクを使い魔にした功績も加算されて、アスピスさんの冒険者クラスが上がることになります」
「本当ですか!」
やったー。と、無邪気に喜ぶアスピスとは対照的に、どこか疲れた面持ちの受付嬢が、ギルドの証明書を提示するよう告げてきた。
「はい。これが証明書です」
エルンストに助言され、事前に肩掛け鞄の中にしまっておいたギルド証明書を、言われるままに受付嬢に差し出す。
「Cクラスになれますか?」
「それなんだけど。あなたの今回の功績は、Aランクにも匹敵するもので……」
惑いを見せる受付嬢が受け取ったギルド証明書を、受付窓口の受付嬢側となる端に置かれた四角い箱の中に差し込んだ。同時に箱が光り出し、その光が消えるのを待って、受付嬢は中からアスピスの証明書を取り出した。
「はい、これ。話し合いの結果、今日からあなたはBクラスになることになりました。これからのご活躍を祈っております」
そう告げると、受付嬢は、アスピスにギルド証明書を返してきた。
その証明書をよく見ると、名前と職業が記された脇の枠に『B』と大きく太文字で書かれていることを確認する。
「ありがとうございました!」
「特例よ。あまり大っぴらにしないでね」
「はい!」
元気よく返事をすると、ぺこりと頭を下げ、みんなの元へ戻ろうとして。受付嬢に「賞金を忘れないで!」と呼び止められ、慌てて賞金を担ぐように両手で支え持つと、改めてみんなが待っている席へ戻って行った。
少人数とはいえ、ギルド内にいる人々の視線を一身に浴びることとなったアスピスは、居心地の悪さを感じ、みんなを促すようにして、家路に急いだ。
足を動かすことも重要だろうと、「我に乗れ」と、アスピスの歩みの鈍さに言外で苦情を述べていたアネモスの意見は無視して、みんなに歩調を合わせてもらい、ちょっぴり時間をかけて家に到着する。
そして、疲れた体を休ませようと、椅子に腰を落とし。ゆっくりしようとしていた矢先、それまでぐっと我慢していたらしいカロエが感動したように叫び出した。
「すごいじゃん飛び級なんて」
「やっぱ、こいつの存在が決め手なんだろうな」
素直に喜んでくれるカロエの脇で、エルンストがアスピスに付き従うアネモスを見つめていた。
「べつに隠し事ってわけでもないですし。これから先、アスピスが騎乗し続けるんですから、しかたないですよ」
フォローするように告げるレイスの意見ももっともである。
町中で連れて歩いていれば、いずれ知れ渡ることになるのだから、早いか遅いかの違いでしかない。
そんなことを考えていたら、手にトレイを持ったレイスが傍に寄ってきた。
「これ、ジュースです。飲むと疲れが少しとれますよ」
そう言いながら、レイスはアスピスの前に緑色の液体が入ったコップを置いていく。その後は、カロエやエルンスト。最後に自分の前にも、アスピスと同じものを置いていった。
レイス以外、コップに手を伸ばさないのは、なにか理由がありそうである。
そう思い、しばらく飲むのを様子見ようと思いながら、アイテムボックスを開き、中から先ほど受け取った賞金を取り出した。
「とにかく、これ分けようよ」
「おう! 待ってました! アスピスには悪いけど、借金持ちとしてはすげー助かる」
兄のレイスにアイテムボックスを買ってもらった代金を、月々少しずつ返しているらしいカロエは、正直な思いを口にする。残る2人は六剣士の役職に就いているので、特に分けてもらう必要はないらしいが、アスピスのたっての希望だったので、ありがたく分けてもらうことにしたらしい。
「すげー。結構入っているぞ!」
「そりゃ、魔法生物のSランク5体にAAランク10体。Aランクに至っては魔狼だけでも10数体いたからな。高額になって当然だろう。」
魔法生物のコアで武器を作ると、法陣カプセルを使わなくても、魔法生物の持つ属性が武器に付くらしい。だから、他のSランクより高額で引き取ってもらえるのだそうだ。
魔法生物と強調するように語る2人に何故かと問うたら、そう説明された。
「均等でいいんだよな」
「うん」
「っつーか、アネモスの分もいるのか?」
不意に、なにを考えたのか、椅子に座るアスピスの脇でお座りをしているアネモスへ目線を向けながら、カロエが想定外のことを言い出した。
「四等分でいいから」
「でも、アネモスも騎乗用なら鞍とか必要だろうし。食事の費用もいっぱいかかりそうだし」
「それは、あたしが負担するから大丈夫だって。あたしの騎乗用なんだから」
「そっかー?」
いまいち納得いかない様子ではあったが、それならばと、カロエは賞金を4人分に分け始める。しかし量が思っていたよりあったことで、途中からレイスとエルンストも加わって、なんとか四等分に分け終えた。
「アスピス。おまえ、今度から結界は小さめにしろよ」
「べつに、今回だって好きで大きくしたわけじゃ……」
「そうかもしれないが、毎度こんなんじゃ、不審に思われるぞ。そうでなくても、今回の一件で、ギルドに目を付けられているだろうからな。せっかくフォルトゥーナが身体を張って、六聖人(赤)の代役を買って出てくれているっていうのに、台無しにするつもりか?」
昨日から、エルンストには怒られっぱなしのような気がしてしまうアスピスであったが、エルンストの言っていることもよく分かる。そのため、よい子を演じて、アスピスは「はーい」と返事をしてみせた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。