第107話(六聖人のお仕事Ⅲの3/往路2)
[百七]
朝になり、シュンテーマに蒸しパンの作り方を教えてもらい、朝食はエウリュを除き、干し果物が入った蒸しパンを食べる。
そして、アネモスに朝食を与え、口元を拭ってやり、寝床を片付け、防水性のシートに描いた魔法陣を使って、洗い物を一度で済ませると、それらを所定の場所へ戻す。そして、汚れたタオルを食料品庫の中の汚れ物の中に入れ、アスピスは準備を終える。
ちょっと時間がかかったが、エウリュも動作がゆっくりしていることで、それほど目立つことなく馬車の後ろへ向かって行くと、エルンストがいつものように乗せてくれる。
今日はノトスが御者をするようだ。
アネモスは、先日の馬車との並走で、もっと早く走っても大丈夫だという確信を得たことで、やる気が満々のようである。今朝起きたときからとても楽しそうにしていた。
エルンストのときに試さず、ノトスのときに試すところが、いまいちまだノトスが甘く見られていると解釈すべきなのだろうか。それとも心を開いていると、解釈すべきなのだろうか。
後ろの準備ができたことを確認すると、ノトスがアネモスへ少しずつ早めるように指示を出す。
それには素直に従ったアネモスだが、確実に常よりもスピードがでていた。
赤道なので動きはスムーズで、なんの問題もないのだが、前から入ってくる風が、常よりも少し強さを増していた。
「やりやがったな、アネモス」
「なんか、すごくやる気満々だったもん」
事態を把握したエルンストに、アスピスが今朝のアネモスの様子を聞かせる。
「まぁ、赤道なら問題なさそうだな」
「うん。草原だと、ちょっと大変かもね」
2人で感想を言い合っていると、シュンテーマが加わってきた。
「どうかしたのか?」
「ん? あぁ、この間カサドールの馬車に乗せてもらったんだが、その時アネモスが並走していてな。いつも馬車を走らせているよりスピードが出ていたんで、もう少しスピードアップをしても問題なさそうだと、アネモスとは話していたんだが。それを今、実行しているようなんだ」
「あぁ、それで、昨日よりもスピードが出ているのか」
敏感に、昨日との違いを察していたらしいシュンテーマが納得いったと、笑ってみせる。
「でも、赤道上ならこれくらいでも問題ないんじゃないか? 草原だと凸凹しているから車軸や車輪に負担がかかりそうだが」
「あぁ。俺らもそう思っていたところだ」
素直に感想を述べるエルンストは、ノトスの背を眺め見る。
こちらの会話は聞こえているだろうから、状況は判断できているだろう。しかし、スピードを弱めないということは、ノトスもこのスピードで問題ないと思っているのだろう。
ただ、エルンストではなくノトスが御者のときに、断りもなくチャレンジしたアネモスの行動に対して、色々と思うところがあるだろう。とは、感じられた。
知性の高い魔物。というか、聖獣を扱うのは大変だということである。
ただ、赤道上だけとはいえ、スピードを上げられることは移動が速くなるということで、それだけ移動距離が稼げるなることに繋がるため、その点は歓迎すべきところだろう。
しかし同時に、車輪や車軸などに関しては、補強補整道具などと一緒に予備を用意しているし、使った後は検査に出しているし交換などもしているが、スピードを上げることで負担が増すのは事実であり、いいことばかりではないことも頭に入れておく必要はあった。
「とにかく、昼休憩まではこのままでいって、車輪や車軸の傷み具合をみてみるさ」
「そうだな、そっちも気にする必要があるからな」
「そうなんだ。馬車って早ければいいもんでもないんだね」
「まぁな。だが、まだ、アスピスが気にする必要はないさ」
エルンストは言うと同時に、首を傾げてしまったアスピスの頭を軽く掻い操った。
昼休憩のときに馬車の下へ潜り、状態を見てみたところ、普段と通変わりがないことが分かり、スピードはこのままで行けそうだと判断を下されたことで、アネモスの好きなように走らせて、陽が暮れるころになると、2度目の野営に入ることにする。
そのため、大きな木を見つけ、その傍に馬車を止めると、それぞれ野営の準備に取り掛かる。
エルンストは、いつもと変わらず、焚き木を取り出し小さな斧で適度なサイズに切り分けると、焚火の準備をし。手慣れた仕草で火をつける。
そして、みんなに配るお茶用のお湯を沸かし始めていた。
その脇では、シュンテーマが蒸しパンと、干し肉のスープを作り始めていた。
アスピスが保存食のままではほとんど食べないことを知っていたので、気を遣ってくれたらしい。
その間に、アスピスはアネモスに夕食を与え、汚れた口音をタオルで拭うと、いつも通り陣を描いておいた食器洗浄用のシートに結界を築き、洗い物を済ませる。そして、食品庫の汚れ物入れにアネモスのタオルを入れておく。
その間にシュンテーマの料理が完成したらしく、みんなを呼び集める声が響いた。
シュンテーマの場合、燃やしてしまえば済むことから、蒸しパンを紙皿にのせ厚紙で作られたフォークとスプーンを付けてみんなに配り、紙で出来たスープ皿に干し肉のスープを注ぎ、それもみんなに配ってくれる。
エウリュもそれに関してはなにも言わずに受け取っていたが、不機嫌そうな様子はそのままであった。
前回の時も、決してにこやかな人ではなかったが、ここまであからさまに機嫌が悪いことをアピールしているような人ではなかったと、アスピスは思いながら、たまにチラチラとエウリュを見てしまう。すると、視線が合った瞬間、すごい勢いで睨まれてしまい、アスピスは慌てて視線を逸らし、それ以来、エウリュを見ることを避けていた。
(なにか嫌われるようなこと、したっけ?)
前回別れる時までは、普通であった。
(って、こないだのパーティで、対だったエルンストを途中で奪っちゃったっけ)
フォルトゥーナも一緒に奪ってしまい、エルリュはノトスと組まされることになってしまったはずである。アスピスは六聖人と六剣士の人間観海を把握していないが、ノトスとエウリュはあまりいい組み合わせではないような話があった気がした。というか、ノトスはエウリュを苦手にしているようである
(それが、原因なのかなぁ)
蒸しパンをちぎって口に入れながら、アスピスは真面目に考えてしまう。
そのため、食べるのが遅くなり、みんなが食事を済ませた後も、アスピスは夕食を続ける羽目に陥ってしまった。
そして、限界の量に達すると、無言でエルンストに押し付けて、エルンストに食べさせる。
「これくらい、食えるようになれよな」
「うん、頑張ってはいるんだよ。頑張ってはね……」
ただ、胃が追い付いて来ないのだと、アスピスは主張する。
「でも、蒸しパンとスープはとても美味しかったよ。ありがとうシュンテーマ」
「それは良かった。保存食の固形パンや干し肉の味がそれぞれ違うし、干し果物の種類も違うから、スープや、蒸しパンの味もかわるんだぜ」
「そうなんだ」
「あぁ、だから、何個か用意しているなら、同じものばかりでなく、順繰りに食べるといいんだ」
保存食なんてみんな同じだと思って、1つしか開けてなかったことで、そのことに気づかなかったと。アスピスは素直に感動する。
「まぁ、俺は料理が得意じゃねぇから、作れるものはこれくらいだけどな。保存食で色々と料理するやつもいるんだぜ」
「そうなんだ」
「まぁ、大半はそのまま食べちまう奴が多いけどな」
あっさりとシュンテーマは告げると、あすぴすの頭を掻い操る。
「エルンストのパーティはレイスやフォルトゥーナがいるからな。まず保存食を食べるってことをしねぇから、こういう味気ない食事にはなれねぇだろ」
「うん。ちょっとね」
「まぁ、何事も経験さ。調理を楽しむパーティだってそれなりにいるからな」
そう言って、アスピスを抱き上げようとしたら、脇から伸びて来たエルンストの手に邪魔され。エルンストの方へ引き寄せられてしまった。
「そういえば、俺が仕事でいない間に、アスピスを喫茶店へ連れて行ったそうだな」
「美味しいお店を見つけたんでね。あの辺は入れ替わりが激しい分、当たりがあったら急いで行かないと、気づくと無くなってたりするんだ」
それがどうしたと言わんばかりに笑みを浮かべて応じるシュンテーマに、エルンストはちょっとムッとするように口を開く。
「人の彼女を連れまわすのはやめてもらおうか?」
「喫茶店は行こうと誘ったら、二つ返事で了承がもらえたぞ」
「……」
ここはシュンテーマに文句を言うべきか、アスピスに注意をしておくべきか。エルンストとしても悩ましいところだったのだろう。無言でしばしば考え込んでいたところへ、エウリュが昨日と同様に「見張りは、1番目でお願いね」と言い残して、自身の寝床へ行ってしまった。
「んじゃあ、今日は俺が不足分を担当するか」
シュンテーマは伸びをすると、自ら見張り役を2人分することを宣言する。
「一番目と二番目を俺がするから、エルンストは、二番目と三番目を頼むわ。ノトスは三番目な」
「了解」
「そんじゃ、俺はもう寝ておくか。アスピス行くぞ」
「え?」
エルンストはアスピスに声を掛け、アスピスを抱え上げると、アスピスが寝床にした場所へエルンストも一緒に来てしまう。
「数時間仮眠をとるためだけに、シートを敷くのも面倒なんだよ」
「それはいいけど、きつくない?」
「それは問題ねぇよ」
エルンストはそう言うと、アスピスを抱きかかえるようにして横になる。そして、そういえばとばかりにアイテムボックスを開くと毛布を引っ張り出してきて、自分たちの上にかけていく。
「お前も、寝ちまえ」
「うん」
アスピスとしても、エルンストの腕の中で眠ることは、結構お気に入りだったので、嬉しそうに頷くと、寝やすい位置を見つけ出し小さく丸まる。それを改めてエルンストは腕を伸ばして抱え込み、片手を軽く曲げてその上に自身の頭を乗せると、目を閉じた。
抱きしめていてくれた腕が、いつの間にか消えていることに気が付いてしまう。それが原因で、アスピスは目を覚ます。
(見張り、してるんだ)
アスピスの分も含めて見張りをしてくれているので、2日間もほとんど寝ていないエルンストの背中へ視線を向けていく。
(あたしにだって、少しは見張りできると思うんだけどなぁ)
ちゃんとやったことはないし、遅い時間になると眠くなってしまうのだが。それでも仕事だと思えば、出来なくもないのではないかとアスピスは考えていた。
(それにしても、エルンストがいなくなったせいか、なんか物足りないっていうか)
思考がだんだん我が儘になっている証拠だと思いながら、アスピスはアネモスに近づくとぎゅっと抱きしめる。
(これはこれで気持ちいいんだけどねぇ)
柔らかな毛並みに、それと、毛の薄いお腹の部分の肌の湿り気や肌独特の感触。生きている証拠でもある、その生暖かさ。これは堪能してみないと分からない楽しみだとアスピスは思う。
そしてしばらくアネモスに抱きついて、足りないと思っていた部分を補っていたら、アネモスが鬱陶しいと感じたらしい。前足でアスピスのことを押し退けてくれた。
(マスターに対して、この仕打ちって……)
コロンと転がされ、シートの上に寝転がされたアスピスは、アネモスに心の中で文句を言う。
しかし、確かに寝ている間に思い切り抱きつかれたりしたら睡眠の邪魔をされたのと同じで、鬱陶しいと感じられても仕方がないと思い、いじける気分で毛布にくるまり寝ていたら、譲歩してくれたのだろう。アネモスがいつの間にかアスピスに寄り添うように寝てくれていた。
そして、その日はその恰好のまま眠りに入り、朝を迎える。
ちょっと寝不足なのは、あれからなかなか眠れなかったからである。アネモスがぴったり寄り添って寝てくれていなかったら、エルンストの所へ行っていたかもしれないと思ってしまう。
「アネモス、ありがとうね」
ぎゅっと抱きつきお礼を言うと、アネモスは小さく溜め息を洩らす。
「我がマスターは世話が焼ける。マナを少し分けてもらわねば割に合わんぞ」
「あはは。ごめんって。家に帰ったら要求して。結界オーラ編んであげるから」
「約束じゃぞ」
「うん。その代り請求するの忘れないでね。」
アスピスはアネモスの首元に顔を埋めると、気持ちよさそうに瞳を緩ませていく。
魔物系の使い魔が聖狼のアネモスで本当に良かった。こんなに気持ちいいんだもん。馬車も引けるし、戦闘も強いし。
契約する際、アネモスから要求してきたのでどんな関係になるか心配ではあったが、アネモスは使い魔としても優秀であった。きちんとマスターであるアスピスを、さり気に持ち上げてくれるし、優先して考えてくれていた。
魔物系の使い魔で、これほど優秀な使い魔は滅多にいないことだろう。と、親ばかになり始めているアスピスは、アネモスのことを心からべた褒めしてしまう。
家でのアスピスの部屋にて見せている、まるで犬か? と言いたくなるような姿のことは、現状頭の中にはなかった。また、あったとしても、あれはあれでアネモスの可愛い一面として捕らえていたので、使い魔としてもアネモスの評価に関わることは一切なかった。
そして、アネモスを一通り堪能すると、アスピスはゆっくりと立ち上がる。
否。立ち上がろうとした瞬間、背後に人の気配を感じたところで、思い切り羽交い絞めにされてしまった。
「ちょっ……」
「お前、アネモスにこれだけ引っ付くんだったら、もっと俺にくっついてきてくれてもいいんじゃねぇか?」
「エルンストは、人間でしょ! アネモスは動物なの。毛がふさふさで気持ちいいの!」
アスピスが焦って言い訳をしながら、アスピスを抱きしめてくるエルンストに告げると、エルンストがまじまじとアネモスを見つめる。
「まぁ、こんな毛並みはねぇけどさ」
「地肌のお腹も、また違った良さがあるんだよ。しっとり湿っていて、生暖かくて。とても柔らかくてぷにぷにしていて」
「おまえが、動物フェチになりかかっている。というか、アネモスバカになりかかっているのはよく分かった」
「え?」
「でも、一番は俺の傍じゃねぇと困るんだが」
「エルンストの腕の中も好きだよ。落ち着くから」
「落ち着く、ねぇ」
複雑そうな表情を一瞬浮かべたが、エルンストはアスピスの頭を緩く掻い操る。
「まぁ、今はそれでいいか」
「なによ。ちゃんと褒めたし、認めたじゃん」
「はいはい。それより、さっさと寝床を片そうぜ。シュンテーマが蒸しパンとスープ作ってくれてっからさ」
「わっ! 本当。嬉しいなぁ」
アスピスは笑顔を浮かべると、アネモスにどいてもらって毛布とシートを片付ける。その際毛布の数が手持ちの数を越えていることに気づいたのだが、エルンストの毛布だと気づいたことで、後で洗って返せばいいやと思い、そのまましまっておくことにする。
そして、シュンテーマから朝食の準備ができたことを知らせる声が上がったことで、アスピスはアネモスに急いで朝食の準備をしてあげると、焚火の方へ向かって行った。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




