第99話(アーダの泉に行こう14/帰宅1)
[九十九]
最終日も、それまで同様に、エルンストの布団に潜り込み、抱き込んでもらうようにしてアスピスは寝ていた。
この体勢が、一番怖い夢を見ないで済む形であった。
おかげで、泉に遊びに来ている間、過去の夢を見ることなく済んでいたため、目覚めを毎日気分良く迎えられていた。
今日もそうであった。
帰宅するため、いつもよりも早く起き出し、みんなが布団をたたんだりと動く中、アスピスも着替えを済ませて布団の片付けを手伝ったり、テーブルを元の位置へ戻したりした後、一階へ下りていく。
朝食はいつもより簡単なもので済ませられ、みんなが片付けを終えると、本日は食後のコーヒータイムはなしにして、それぞれ冒険装備に着替え始める。
そして、全員が着替え終わった後、フォルトゥーナとエルンストがコテージ内を一周して忘れ物がないか確認し終えると、コテージを後にする。鍵の返品その他は、布団の件もあったので後回しにされることになったようである。
帰宅方法であるが、行きと同じく町には寄らず、野営を2回して、3日目の夜も少し遅い時間になるがそのまま王都へ戻る予定ということであった。そして、本日は舗装された道を通るため、エルンストがアネモスに馬車を引っ張ってもらう形でアイテムボックスから馬車を取り出すと、御者を習いたがっているシエンとカサドールが御者席に座り、残りのメンバーが後ろの馬車の中に納まる形で出発した。
レンガでしっかりと作られた道なので、揺れることはほとんどなく、安定した走りであった。
そして陽が傾いてきたころ、適度な木の下で一回目の野営を組む。
中央部分の準備は、エルンストとレイスがほとんど行い、他のメンバー適当な場所を見つけて防水シートを敷き、寝床を確保していた。
アスピスもアネモスに指示される形で防水シートを敷くと、その上にアネモスが乗り横になるのを確認する。アネモス的に、寝心地がよさそうで野営する際に安全と思われる場所を選んでくれているようなのだ。だから、アスピスも何も言わずに指示されるままに防水シートを敷くことにしていた。
そして、アネモスに寄りかかるようにして丸くなり、夕食の準備が開始されるのを静かに待っていた。
人数が10人もいると、寝床も密集していて、顔を起こすと他人の顔が覗けてしまったりしていた。
レイスとフォルトゥーナが揃っていることで、手伝うことはほとんどなく、傍にいるだけで夕食の準備は終わってしまう。そして夕食後の食器洗いも、イヴァールやカサドールが率先しておこなうため、あまりやることはなく済んでしまい、食後のコーヒーをもらうと寝床へ向かって行き、適当なところへカップを置くと、アネモスに顔を埋めて横になる。
そして、うつらうつらしてしまていたらしく、ハッと目を覚ますと、周囲に寝床をこしらえた人たちは眠りに就いていて、見張り役にシエンとイヴァールが焚火の前にいることに気が付いた。二番目はカサドールとエルンストで、三番目がレイスとカロエとなったらしいことは、コーヒータイムのときに、焚火の前で大人たちが離しているのを聞いていたので、知っていた。けれども、それ以上の記憶が無いことから、その辺で眠ってしまったのだろう。誰かが毛布を掛けてくれていた。
いつもにも増した密集率のおかげで、周囲の人の寝顔がよく見える。それで、まだ寝てていい時間なのだと実感できてしまい、再びうとうとしていたら、見張りが二番目のカサドールとエルンストに代わっていた。
それを見て、なんとなく毛布をかぶってエルンストの脇へと向かって行き、隣に座ると、エルンストに寄りかかる。
「って、おい。見張り中なんだぞ」
「かまわないじゃないか。傍にいたいのだろ」
エルンストが慌てる傍で、カサドールが微笑ましそうにアスピスを見つめる。
「あまり、眠りが深くなかったようだな。アンリールにもよくあることだ。傍にいてやるくらいしか、俺たちにはできないからな」
「悪いな、見張り中に」
「気にするな。数少ない我が儘くらい叶えてやらないでどうする」
そんな2人の会話をどこか遠くで聞きながら、アスピスはエルンストに寄りかかり眠りに落ちていった。
(やっぱり、エルンストの傍が落ち着く……)
目を覚ますと、いつものようにアネモスに寄りかかって寝ていたことで、見張りが終わったエルンストがアスピスを寝床へ戻していってくれたらしいことに気が付く。そして、周囲がすでに動いていることで、アスピスも置き出すと、寝床を片して、コーヒーの入ったカップを手に、ピッチャーと洗面器が置かれているところへ行き、中身を捨てると、バケツの中にカップを入れる。
そして顔を洗うと、タオルで顔を拭き、バケツの中に溜まっているカップを洗うと、いつの間にか傍に着ていたレフンテがそれを受け取り、拭いて行く。
「おはよう、レフンテ」
「お前、あまり眠れないのか?」
「そんなことないよ」
ちゃんと昨夜もぐっすり眠れたと、アスピスは笑って答えると、朝食の準備をしているレイスとフォルトゥーナの元へ行く。
そして、お茶の準備もスープのかき混ぜもフォルトゥーナがやってくれていることで、アスピスにはやることが特別なさそうだと思い、少し離れたところにある木の根っこの部分に腰を落とすと、朝食の時間を待つことにする。
そうしていたら、すぐそばにシエンやイヴァールも腰を下ろしてきた。
「なぁ、エルンストと付き合っているというのは、本当なのか?」
唐突に、シエンがアスピスに問いかけてくる。
「エルンストがそう言うなら、そうなんだと思うよ」
「って、それじゃあ、アスピスとしてはどう思っているんだ?」
アスピスからの想定外の答えに、シエンは驚いたように問いを重ねる。
「エルンストは大好きだよ。傍にいると、とても安心できるから。それにね、他の女の人と仲良くしているところを見るのは、嬉しくないなぁって思うの」
正直に思うままに応えると、シエンが困ったように首を傾げる。
「それじゃあ、俺がこれまで通り、アスピスに物を贈ったりするのは困るか?」
「んーとね。シエンとはまだそんなにお話とかしたことないから、よくわからないの」
「じゃあ、一緒に冒険とかしてもっと知り合えれば、贈ったものとか使ってくれるか?」
「うん。シエンのことは嫌いじゃないから。もうちょっと仲良くなったら、貰ったもの使うのに抵抗なくなるかな」
アスピスは考え考え答えると、シエンをまっすぐ見つめ返す。
「でも、もうシエンからはいっぱいもらっているから、気を遣ってくれなくて平気だよ」
「あっと。あれは気を遣っているんじゃなくて。シェーンが忙しいから、シエンとしてアスピスと会える機会が少ないだろ」
「うん」
「だから、俺のことを忘れないでくれって、贈り物をすることで俺の存在を強調しているっていうか。定期的に『好きだ』って伝えているっていうか」
シエンが言葉を探り探り告げると、アスピスが困った表情を浮かべてみせる。
「シエンのことを忘れたりはしないけどな。それに、シエンはあたしのこと好きなの?」
率直な感想である。
シエンはどのことに一瞬躊躇しつつ、真実を口にする。
「どうだろうな。アスピスを見ていると、色々と魅力的で好きになるだけの価値は十分すぎるほどに備え持っているとは思ってはいるんだ。それにもう好きは好きではあるんだが、未だ愛しているには至ってないかもしれないな」
「だよね」
これでも一応は女性ということなのか。その辺の機微には、意外と敏感にできていた。だから、シエンから好きだと言われてもなにかずれているような気がするのである。
「それに、無理にあたしを好きにならなくてもいいんじゃないかな。シエンの気持ちを優先させた方がみんな幸せになれると思うよ」
「そうかもしれない。とは、分かっている。けれども、アスピスに流れている血が欲しいと思っているのが本当のところだ。そのためにも、俺は不幸になることは望んでいないから、アスピスに惚れるのが一番正しいと思っている。実際、気持ちもアスピスに傾き始めている」
「変なの」
アスピスは首を傾げながら、シエンの台詞を聞いている。
もしかしたら、シエンの言っていることの半分くらいも、アスピスは話が分かっていないかもしれない。それが分かっていて、シエンは真面目に誠実に接してくれていた。それが、これから自分が愛そうとしている相手へに対して取るべき態度だと、シエンは思っているからなのだろう。
真摯にアスピスと向き合おうと、努力してくれている結果であった。
「アスピスが成人するまでには、絶対に愛してるって言い切ってみせるよ」
「そういうのって、無理してすることじゃないと思うの」
「うん。そうだな。でも、本当に無理はしていないんだ。予感っていうのかな。アスピスには分からないだろうけど、君って色んな可能性を秘めていて、本当にとても魅力的なんだ。みんながアスピスを大事にするのは、君が時間を止めらえていた娘だからっていうのもあるだろうけど、それだけじゃなくて。みんな君に惹かれているんじゃないかなって思うんだ」
「なんか難しくて分からないけど、優しくしてもらうのは好きだよ」
アスピスはシエンに向かってにっこり笑う。
11年間分の知識の欠如は、簡単には埋まらない上に、取り入れる知識は完全に偏っていて、アスピスはたまに小さな子供程度の理解力しかみせないことがあった。
逆に、とてもませたことを言ったりもするのだが。
そんなアスピスを、シェーンとしてもシエンとしても、可愛いと感じているところがあった。それを惹かれているというのならば、そうなのだろうとシエンは思うし、否定する気もなかった。
「アスピス、俺はね。君と両想いになりたいんだ。色々な意味を含んで。だから、これからも贈り物を続けたいし。できれば使って欲しいな」
「高価なものはダメだよ。特にパーティとかで付けるようなのは、エルンストがダメって言うから。でも、普段使えるものだったら、いいよ」
にっこり笑い、エルンストがアスピスを呼ぶ声が聞こえてきたので、アスピスは立ち上がる。
「エルンストが呼んでいるから、行くね」
「あぁ、行っておいで」
シエンは笑ってアスピスを見送ってくれ、アスピスはゆっくりとした歩調でエルンストの方へ向かって行く。そして、エルンストの元に辿り着くと、腰に抱きついた。
「急に、どうしたの?」
「どうしたの? じゃねぇよ。シエンとなに話してたんだ」
「本当に、嫉妬の塊ね。普通に話していただけじゃない。いい大人がみっともない」
「うるせぇ。油断ならねぇからだろ」
エルンストは、腰に抱きつくアスピスを抱き上げると、フォルトゥーナに文句を言う。
「あいつの場合、国が掛ってるからな。本気で腰を上げたら、どう動くか予想がつかねぇんだよ」
「だとしても、無理強いはしないし。アスピスのことは大事に扱うと思うわよ。それに、最初に案を出したのはイヴァールらしいけど、アスピスと顔を合わせた途端にアスピスに夢中ですもの。可愛い妹が酷い目に遭うようなこと、絶対にさせないと思うわ」
「エルンスト、シエンもイヴァールもいい人だよ」
「いい人だろうと、ダメなんだ」
エルンストはそう言い切ると、アスピス左の腕で抱き込むと、器用に右手でお茶をカップに次々と注いでいく。
「それで、いったいなにを話してたんだ?」
「内緒。教えてあげない」
「は? なんだ、急に」
「急じゃないわよ。女の子には秘密が多いのよ。ねぇ、アスピス」
「うん。秘密が多い女性の方が魅力的なんだって、本に書いてあったよ」
「秘密の内容が違うだろ!」
トレイにお茶を載せながら、次々と配っていきながら、エルンストはフォルトゥーナとアスピスに呆れた声を上げていた。
朝食を済ませ、片付けを終え、野営していた後処理を済ませると、御者をレイスとイヴァールが行い、残りのみんなが馬車に乗り込むと、2日目の移動を開始する。しばらく走っているとファナーリの町が見え、その脇を通り過ぎ、草原の中を走り抜けていく。
アンリールたちの馬車を体験したことで、両側の壁にガラス窓が欲しいとアスピスは思ってしまう。
でもそうなると、きっと強度が落ちてしまうのだろう。手間賃もかかるだろうし、工事時間も必要となってくるだろうし。
金銭面でいうなら、アスピスはかなり持っているので、自分で出せば問題はないのだが、提案したところでみんなに反対されそうだと思い、諦める。
そして、ボーとしながら馬車の中で座り、揺られていると、自然と眠気が襲って来てしまう。
子供は寝るのも仕事だというが、寝すぎだと、アスピスは自分に突っ込みを入れたくなる。だが、そんなことをしたところで、眠いのは眠いのである。
そして、周囲を見回して適当な枕はないかと探してしまう。
「なにやってんだ? きょろきょろして」
「枕が欲しい」
「あ? 眠くなったのか?」
エルンストが呆れたように問いかけると、アスピスは素直に頷き、イスから立ち上がろうとする。
エルンストはそれを阻止すると、自身の腿の上にアスピスの頭を乗せると、横にさせた。
「俺がいるだろ」
「いつもじゃ悪いと思ったの」
アスピスなりに気を遣ったのだと、威張るように言い返すと、エルンストが嘆息する。
「お前の気の遣いどころがわからねぇぞ」
「えー。なんで?」
「こういう時は、必ず俺を選ぶもんなんだよ」
エルンストはそう告げると、不服そうなアスピスの目の上に手を乗せる。
「とにかく、眠いなら寝ておけ。どうせやることがねぇんだし」
「エルンストって、時々訳が分からないよね」
「訳が分からないのはお前の方だろ」
溜め息を吐きつつ、仕方ないなぁという態度でアスピスが寝る体制に入るのを見下ろしつつ、エルンストは小声で言い返す。しかし、本当に眠かったようで、それに関してはなにも返して来ることはせず、アスピスは「くーくー」と寝息を立て始めてしまった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




