表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/208

オープニング(記憶/目覚め)

[op]


 長いこと外界から身を護ってくれていた、細い糸を幾重にも編み込み分厚く頑丈に作った膜が、徐々に引き裂かれ薄くなっていくのに比例するかのように、浮上していく意識。破れ開いた隙間から差し込んでくる光が、瞼を通して、赤く光る。

 それとほぼ同時に、それまで虚無だった暗く閉じられていた空間は瓦解し、一気に世界が広がった。


     * * *


 アトラエスタ歴351年

 アトラエスタ大陸、下アトラエスタ内キセオーツ王国、王城。赤子の鳴き声が響く王妃の部屋。

「なんて不吉な。双子を産むなど、お前は自分の立場が分かっているのか?」

「王よ、すみません」

 すみません。と、何度も繰り返しては泣いてみせる王妃の両脇に寝かされている赤子を見下ろしながら、キセオーツの王は瞳を大きく歪ませる。

「この国の王族に女などいらん。殺してしまえ!」

「王よ、どうかそれだけは……」

 許してください。見逃してください。と続けようとした王妃の台詞は、キセオーツの王が王妃の右側に横たわる赤子を無造作に持ち上げたことで、かき消されてしまった。

「こいつを始末してくれるのは、誰だ?」

 キセオーツの王は張りのある大きな声で、室内にいるメイドや使用人たちへ、問いかける。

 この国、キセオーツ王国の頂点に座す王の発言は絶対であった。

 そのことを噛みしめるように、ひとりのメイドが一歩前へ進み出る。

「私めが確実に始末させていただきます」

 深々と頭を下げながら、うやうやしく言葉をつづる。

「ほう、お前がやってくれると?」

「はい。必ずや」

「よかろう。お前に任せよう」

 そう言うと、キセオーツの王に宣言してみせたメイドへ、放り投げるようにして赤子を引き渡す。その瞬間、キセオーツの王の頭の中から、双子の片割れとなる女の赤子の存在は完全に抹消されてしまった。

「おぉ、おぉ。よくぞ産んでくれた」

 踵を返し、王妃の左側に横たわっていた男児を丁寧な動作で、キセオーツの王は抱き上げる。

「お前に名前を授けよう。私からの一番最初のプレゼントだぞ」

 嬉し気に告げると、王は男児の両脇に手を差し入れて、高く持ち上げる。

「イヴァール。そう。お前の名前は今からイヴァールだ!」

 宣言するように言い放たれたキセオーツの台詞に、周囲はワッと盛り上がる。

 その賑わいの陰に隠れるようにして、女児を抱いていたメイドは、静かな動作でその部屋を後にした。



 アトラエスタ歴351年

 キセオーツ王国、城下町。人気のない裏路地。

「売りたいってのは、その赤子か」

 古び薄れた、今にも破けそうな服を身に纏い。ところどころ破れ穴の開いた布で包んだ赤ん坊を抱いている女性に向け、形こそ町民が着ている服と変わらないが、使われている布地が高価なものだと伺いとれる格好をした男が問いかける。

 表情や態度は、着ているものの価値を無にするような、がらの悪いものであった。

「性別は、女だったな」

「はい」

「金に困ってるからって、産んだばかりの娘を売るなんて、あんたも大概だな」

 クククと喉を鳴らしながら、楽しそうに告げてくる男は、無造作に女の手の中から赤子を乱暴な動作でひったくる様にして、自身の腕の中に収めてしまう。

「産んだのが女でよかったな」

「え?」

「キセオーツでの女の地位は低いからな、この国の民として生きていくには男の方が断然優位だが、売り物となると全く逆になるんだよ。ほら、男と違い、女は精霊使いになる可能性があるからな。だから、赤子でも引き取ることにしているんだ。だが、男だったらそうはいかねー。育てるにしたって金がかかるからな、使いものになる年まで成長してからじゃねーと、買わねーことになってるんだよ」

 ニヤニヤと笑いながら、男は赤子が巻かれている布を開いて、性別を確認する。

「よし、ちゃんと女だな」

「嘘なんてつきません!」

「いやいや、念のための確認だ。気を悪くしねーでくれ。たまにいるんだ、女と偽って男の赤子を売りつけてくる奴がさ」

 男の行為に引き攣る女性に、男は悪びれることなくあっさりとした口調で説明した。

「まぁ、女だからって、成長してからじゃねーと、こいつが精霊使いとして使いものになるかならないかわからねーし、育てる手間賃はこっち持ちだ。それに、精霊術を使えねー女なんて、このキセオーツじゃ、見栄えがよくなきゃ、穀潰しでしかねーからな。払える金は働ける年になった子供の半分以下になるけど、かまわねーよな」

「はい。もちろん、お金さえいただければ」

「なら、商談成立だ」

 前のめりになるよう女が大きく頷くと、男は女を見下すような視線できっぱりと言い切った。



 アトラエスタ歴356年

 キセオーツ王国、スラム街の一角。スラム街には不似合いな大きな邸宅。

「おいっ! 何度目だと思ってんだ、殺すぞ! コラ!」

 邸宅の地下から地上へつながる階段を駆け上ろうとした、ボロボロの布切れみたいな服を着た、未だ10歳にも満たない少年が、見張りの男に捕まり。階段がある側とは反対の方へと投げ飛ばされる。

「男は力仕事が主だからな。体力がなけりゃ売りものにならねーからな。だから、女と違って脚の腱を切る訳にいかねーっつーのに……」

 面倒くせぇ。と、廊下に倒れ込んでいる少年の体を二度三度と蹴り飛ばす。

「ったく。今日はミニュイのマナの内包量や精霊使いとしての素質を確認する儀式があるから手薄だってぇのに」

「だから、だろ。つーか、それ以上蹴ると売り物にならなくなるから、いい加減にしとけよ」

「ふん。ひとりくらい減ったところで、どーってことな――っなんだ、なにが起こった?」

 ぼろ布の服の襟首を掴み、手近な牢へと放り込もうとしたところで、廊下の最奥の部屋の扉の隙間から光がこぼれ出てきたことで、男の動きがぴたりと止まる。

 それからほどなくして光が消えると、中から男たちの仲間が慌てたように駆け出してきた。

「おい! やったぜ。マナの内包量も、精霊使いの素質も極上だ。容姿が並みだし、暗闇で瞳が赤く光るから不気味だったんで売り物になるかどうか心配してたが、赤子から育てた手間賃もこれで無事回収できるうえに、大金が手に入るぞ」

「そいつは、本当か?」

「見ただろ、今の光り! ここまで素質を持った奴なんて初めてだ」

 嬉し気に興奮しながら語る男の話に、先ほどまで脱走しようとしていた少年に怒りをあらわにしていた男もつられるよう怒りを鎮め、少年を牢に放り込む。そして、喜び勇んで階段のすぐ脇にある監視部屋の中へ、祝杯でもする気なのだろう、他の男たちと肩を組みながら入って行った。



 アトラエスタ歴357年

 キセオーツ王国、スラム街の一角。キセオーツ王国に根を張る奴隷商人の住む大きな邸宅。

「ミニュイ、こっちへ来い!」

 牢屋の扉が開かれ、ひとりの名前が口にされる。すると、緑色の瞳の、腰まで伸びた青銀色の髪は櫛を通したことがないのかぼさぼさに広がり、着古され薄汚れたボロボロのワンピースを身に纏った5歳の少女が、自分が指名されたことに気づき、ゆっくり立ち上がり扉の元へ歩いて行くと、動作が遅くてイラつかれたのか、首根っこを掴まれるようにして牢から引っ張り出されてしまう。

 そして、再び牢にカギをかけると、男はミニュイの首根っこを掴んだまま引きずるようにして階段を上がり、大きな屋敷の中へと入っていった。

「お待たせしました、こいつがミニュイです」

 屋敷の中に入ってすぐにある扉を開くと、中で待つ巨体の男に、首根っこを掴んでいた少女のことを紹介する。

「ほぉ。ところで、本当にこんなちっこいのが六式使いなのか?」

「見た目なんて関係ありませんぜ。ちゃんと儀式で出た結果ですよ」

 巨体を折り曲げ、ミニュイのことを覗き込むようにしてなされた男の問いに、奴隷商人は揉み手でも作りそうな雰囲気で陽気に応じる。

 けれども、買い手らしい巨体の男は、それには返事をせず、独り言のように呟いた。

「まぁ、確認すればいいだけのことか」

「そうですよ。それで、成功した場合――」

「わかっている。約束通り、そちらのいい値で買わせてもらう」

 そう言うと、ミニュイの手を掴み、巨体な相手が態勢をまっすぐ伸ばしたことで、体半分引っ張り上げられる格好にて、屋敷の奥の部屋へと連れていかれた。

 入れられた部屋の中央には六芒星の陣が描かれており、部屋の隅には、ミニュイや地下にいる少年少女たちとほとんど変わらないボロボロの服を着せられた、ミニュイと同い年くらいの少年と、数歳年上だと思われる少年が立たされていた。

 一瞬そちらへ気を取られかけたが、掴まれた腕に力が込められたことで、巨体な男の方にミニュイの意識が戻される。

「この石は精霊石といって、中には年季ものの六式精霊が封じ込められている」

 ミニュイを捕まえている手とは逆の手をポケットに入れ、中から長さ2センチ直径1センチくらいの小さな水晶を取り出しながら、語り掛けてきた。

「今からこいつと契約してもらう。印は右手の人差し指がいいだろう。そこの六芒星の陣の中心に立ち、この精霊石を右手の人差し指の付け根へ押し当ててみろ」

 そう言い切ると、巨体の男は、精霊石を手渡して、ミニュイを六芒星の陣の方へと押し出す。

「さぁ、やってみろ。契約できたら、お前は今日から俺のもとで働いてもらう」

 カカカと笑い、腕を軽く上げる仕草で、ミニュイを促す。

 ここで反抗するのは無意味だと悟るミニュイは言われるままに、六芒星の陣の方へと歩みを進め、中央で立ち止まる。それから一度深呼吸をするように息を吸い込み吐き出すと、先ほど巨体の男に言われた通り、右手の人差し指の付け根へ精霊石を押し当てた。

 瞬間、光り出す精霊石。

 ゆっくりと少しずつ、ミニュイの人差し指の付け根の中へ、光りを放ちながら精霊石が沈み込んでいく。

 そして、精霊石を右手の人差し指の付け根の辺りが完全に飲み込むと、徐々に光りが失われ、光りが消えると共に精霊石が埋め込まれた部分に見たこともない形の印が表れた。

「ほー。半ば信じられずにいたんだが、どうやら本物らしいな」

「ですから、そう言ったじゃないですか」

「いや、疑って悪かった。四式辺りまではそれなりに売りに出されるが、六式使いともなると、魔法大国のイシャラル王国でさえ貴重品だ。ましてや、武力王国のキセオーツ王国では市場に出回ることなんて無いに等しいことだからな。まさか、出会えるとは思っていなかったんだが、足を延ばしてみるものだな」

「それは良かったです」

 気を悪くするな。と、巨体な男は奴隷商人の肩をバンバン叩く。

「それじゃあ、ミニュイが本物と分かっていただけたわけで。お代の方を……」

「ちょっとまて。その前に、おい、お前らこっちに来い」

 不意に思い出したように、巨体の男は、壁際に立っていた、男の子たちを呼びつける。

 2人の立場も、ミニュイと似たようなものなのだろう。言われるままに2人はミニュイの前まで歩いてきた。

「こいつらは、魔族といって魔の血を引いているから、精霊使いが使い魔にできるんだ。今からミニュイの使い魔にしてもらう」

 そう言うと、ミニュイと同年代くらいの、黒い瞳で白銀の髪をもつ少年の肩をがしりと掴む。

「こいつが、エルンスト」

 言い終えると同時に、今度はミニュイより数歳年上と思われる、黒い瞳で茶色の髪を持つ少年の肩をがしりと掴んだ。

「それと、こっちがルーキスだ」

 どうやら使い魔となる少年たちの紹介をしてくれたらしいことに、ミニュイは気づくが。とはいえ、そんなことはミニュイにはどうでもいいことであった。

 巨体の男にとっても些細な気まぐれで、どうでもいいことであったのだろう。あっさりとした紹介を終えると、巨体の男は少年たちに向け確認を取る。

「教えた通りにすればいい。ミニュイのマナ内包量は格別らしいから、契約後はお前たちの暴れたい放題だ!」

 さぁ、契約して来い。と、巨体の男は2人の背を勢いよく押し出す。その勢いで、若干ふらつく感じでミニュイの傍まで寄ってくると、同い年くらいの少年――エルンストがボロボロのズボンのポケットからナイフを取り出し、逆の手でミニュイの右手を掴み取った。

「ちょっ、なにするのよ!」

「いいから黙っておとなしくしていろ」

 思わず逃げ腰になってしまうミニュイに対し、エルンストは一喝すると、ミニュイの右手の人差し指の先の方にナイフの刃を押し当てる。

 スーッとナイフが動かされ、できたばかりの1センチくらいの筋から、赤い血が湧き上がり始める。

 そして、その血が指の根元まで零れていくのを確認してから、エルンストはミニュイの右手の人差し指に舌を絡めるように口の中へと突っ込んでいく。

 そのまま数秒。

 小さな痛みと動揺からミニュイが固まっていると、右腕が解放され、エルンストはゆっくりと顎を上げるようにして天井を仰ぎ見ると、瞳を閉じた。

 さらに待つこと数十秒。

「御意」

 ぽつりと呟かれたエルンストの言葉が室内に響くと同時に、右手の人差し指の付け根にある印から光が伸び、エルンストの体をその光で覆った。

 けれどもそれは一瞬のことで、すぐにエルンストの体から光は消え。ミニュイの指にできた印からも光りが消えてしまう。

「さぁ、次はルーキスの番だ」

 エルンストの契約はどうやらうまくいったということなのだろう。満足げに先を促す巨体の男に言われるまま、ルーキスもエルンストと同様の行為を繰り返し、「御意」の言葉を発すると同時、一瞬の光りに包まれた。



 アトラエスタ歴361年

 キセオーツ王国の隣国、イシャラル王国のとある森の中の要塞。盗賊団アジトの地下の狭い一室。

 買われた先でのミニュイの扱いは、前みたいに殴られたり蹴られたりすることは限りなく少なくなったが、一日一度の食事以外はほぼ放置であった。

 室内にあるのは簡易なベッドと、トイレのみ。

「あ。くっ……」

 突然襲ってきた痛みに、体を折り曲げながらなんとかベッドまでたどり着き、体を抱え込むようにくの字になって横たわる。

 エルンストかルーキスか分からないが、どちらかが村を襲い暴れている最中にケガを負ったのだろう。その痛みが、軽減はされているみたいだが、ミニュイにも伝わってくるのだ。

 今の傷み具合からすると、かなりの深手だったようである。

 2人が盗賊として村に駆り出されるようになってから知ったのだが、使い魔が怪我を負っても、ミニュイが生み出すマナの力で瞬時にケガが治るらしい。

「これじゃ、傷が残らないだけましかもだけど、前にいたところで蹴られたり殴られたりして痛い思いしてたのと変わらないじゃん」

 まったくもー。と、軽く唇を尖らせながら呟くと、意識を宙に向けていく。

 しばらくすると、瞳に映る部屋の景色に重なるようにして、どこかの村の村人を襲っている景色が浮かび上がる。それと一緒に、逃げ惑う村人の声、それを煽る盗賊の声。家や物が壊される音。何かが燃える音。それらが耳というより、頭の中で響き渡ってきた。

 使い魔の見ている景色や音を主人であるミニュイも見たり聞いたりすることができる、いわゆる視覚や聴覚の同調である。

(やっぱり、エルンストたち、また村を襲っているんだ……)

 それが彼らの仕事だと言ってしまえばそれまでのことだが――。

 魔族だからなのだろう、他の盗賊よりも素早い動きをするエルンストとルーキスは常に先陣を切るように村の中へと飛び込み、強そうな村人たちを率先して倒しながら走り回っているので、視界は周囲がくるくると流れるように変わっていく。

 草原を走っているときなどに同調を行えば、爽快感が味わえて気持ちいいのだ。けれども、こういう場面を見るのは、アスピスにとって後味の悪いものである。しかも、タイミングが悪いと、女性たちを襲っているところを目の当たりにしてしまうときもあった。

 とはいえ、未だ幼いエルンストはあまり興味がないようで、数回体験しただけでやめてしまったようである。反面、年頃に差し掛かったルーキスは、それ以外にも時間が空いたときなど、他の盗賊たちと盗賊団へ持ち帰って来たさらった女性を襲ってみたり、わざわざ女性を買いにいって遊ぶことも時々あった。

 そんな事情もあり、最近では同調するのはもっぱらエルンストの方にしていた。

 今みたいに、村を襲っている場合はあまり見たくはないが、エルンストが見せ聞かせてくれる景色や音は、小さな部屋に閉じ込められているミニュイにとって、なにもかもが新鮮で素晴らしいものに感じられたからである。

 唯一の気晴らしともいえた。

 実のところ、こうして同調することで2人の気配を身近に感じてはいたが、契約したとき以来、エルンストにもルーキスにも会ってはいない。けれども、同調することによって2人と繋がっていることが良くわかり、狭い室内に独り閉じ込められている中で、ミニュイは孤独なんかではないのだと自身によく言い聞かせているのであった。



 アトラエスタ歴362年

 イシャラル王国のとある森の中の要塞。盗賊団アジトの地下の狭い一室。

 今日もミニュイは手持ち無沙汰であったため、いつものようにエルンストと同調することで、彼の目を通して外の世界を覗き見る。

 開ける視界に映るのは、膜を張ったように濁って見える、この部屋の風景。それに重なるようにして、エルンストの瞳を通して、くっきりと地上に築かれた盗賊団のアジトが見えていた。それに混じるようにして頭に響く、女性の悲鳴や泣き声、喘ぎ声。それに覆いかけるようにして響く、男たちの怒声や笑い声。

 どうやら、本日は盗賊団としても村を襲う予定がないのか、アジトで所属する盗賊たちが各々好き勝手に過ごしているらしい。そんな中、暇つぶしになのだろう、どこかの村から捕えてきた女性たちに乱暴している仲間の盗賊たちを尻目に、エルンストはアジトから抜け出し、アジトの周りを取り囲んでいる森の中へと入って行く。

 動きは素早く、周囲の風景が流れるように動いていくことに、ミニュイはまるで風にでもなったような気分に浸る。

 辿り着いたのは、大きな木の前。その木に登ると、枝に実っている、未だまだ幼い少年の手のひらに収まるくらいの大きさの果実をもぎ取り、服で軽く擦って果実の汚れを落とすと、エルンストが勢いよくかぶりついたのが見て取れた。

 味は分からないが、シャリシャリと果実を噛み砕く音や、食べ終えては次の果実を手に取り勢いよくかぶりつき続けるエルンストの様子から、ミニュイは美味しいものなのだろうと想像する。

 そうこうする内に満腹になったのか、登った木の上から周辺の景色を見下ろし始めた。

 辺り一面を緑が覆う。そんな中、茂る木々に不似合いな人工物が、森の中にそびえ立っているのが視界に入る。

 盗賊団のアジトである。

 それだけだったらなんとも思わなかったのだが、アジトから黒い煙が立ち上がっていることにミニュイは違和感を覚えた。

 それは、エルンストも同様だったようである。

 急いで木から飛び降りると、エルンストはアジトの方へと走り出していた。

 ほどなく近くまで辿り着くと、アジトから響く人々の喚き声や悲鳴に混じるよう、剣がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 異常事態を察し、さらなる速足でアジトに近づくと、アジトを中心に周辺では、統一された鎧を身に纏っている兵士たちが、盗賊団を襲っていることが見て取れた。

 その中へ、躊躇うことなくエルンストが飛び込んで行く。

 同時に、そこでミニュイは我に返るよう同調を途切れさせ、意識を自分のものだけにする。

 耳を澄ます必要もなく、地上から争う音が響いてくる。

(なにが起こっているんだろう……)

 ちょっぴり不安になりながら、時折はしる痛みに耐えるよう、ベッドに横たわる。

 逃げようにも、時折走る痛みが動くのを邪魔をするし。それ以前に、奴隷商人の元にいたときに切られてしまった脚の腱を切のせいで、短い距離ていどなら普通に歩けるのだが、長距離を歩いたり、走ったりすることができなくなっていた。

 それに、部屋の鍵も固く閉じられていて、ミニュイの力ではびくともしない。

 これはもう、なるようにしかならない。そう覚悟を決め、痛みに時折体を固くしながら、ベッドに横たわり、外の騒動を極力気にしないようにしていたら、ドアの外にある廊下を走ってくる複数の金属音を耳にした。

(あぁ、あたしも殺されるんだ)

 ついに。

 でも、それも仕方のないことだと思う。今まで生きてこれたことの方が、きっと奇跡なのだから。

 そう思い、ミニュイが覚悟を決めて殺されるときを待っていると、大きな破壊音と共に扉が勢いよく開かれた。

「ここにもいたぞ」

 外に向け、頭から足の先まで鎧を纏っている人物が、大きな声を上げる。

 似たような台詞が、他からもいくつも響いていた。

 この地下には、ミニュイと同様に、使い魔と契約させられた精霊使いの女性たちが幾人か閉じ込められていたので、その女性たちも見つかってしまったのだろう。

 そして、後は殺されるだけだと思い、ミニュイの部屋に入って来た鎧の男をじっと見つめていたら、鎧の男は武器を治めながら、ゆっくりとした足取りで、慎重にミニュイの方へ近づいて来た。

「もう大丈夫だ。辛かったろう」

 口調は優しく。

 助けに来たぞ。と告げると、鎧の男はミニュイのことを抱き上げたのだった。



 アトラエスタ歴362年

 イシャラル王国、王都。その傍の森の中に築かれた掘っ立て小屋と薬草畑。

「はい、これで素地陣の完成よ」

 優しい笑顔の女性。名をビオレータという、盗賊団の元から救い出されたミニュイの身元引受人となってくれた、イシャラル王国では高位の地位にあるらしい年齢不詳の美女は、ミニュイの両手の甲を確認し終えると、長い髪を後ろに払いのける。

 ミニュイの格好は、以前と異なり、お風呂にも毎日入れてもらえるようになり、髪もハサミや櫛を入れてもらっていることで、腰まであるおさげも形よく伸び、服装もところどころにレースがあしらわれた膝丈の可愛いワンピースを着せてもらい、身ぎれいにされ。そのおかげか、以前よりも緑の瞳が明るく輝くようになっていた。

「わー。ありがとうございます。ビオレータ様」

「ふふ。いいのよ。でも、アスピスの場合、契約させられた精霊が良かったのね。右目にも魔法陣がすでに取り込まれているから、素地陣はべつになくてもかまわないし。左目にあるレシピの数も多いし」

「でも、素地陣はあった方が便利だって教わりましたから」

 精霊術を使う時のみ浮き出てくるという特殊な方法で、右手の甲には正三角形を、左手の甲には逆正三角形を彫り込んでもらえたことで、ミニュイは満足げに笑みをこぼす。

 ちなみに、奴隷商人につけられたミニュイという名前は、一度に扱える色の多い貴重な六式使いとして知られてしまっているので、念のためにとアスピスという別の名前を付け直してもらうこととなった。アスピスにとっても、ミニュイという名前は、奴隷商人の元にいたときも、盗賊団の元にいたときも、その扱われ方にあまりいい思い出はなく。だけでなく、暗闇の中にいると緑の瞳がなぜか赤くなり不気味に光ることから、化け物ミニュイと蔑称で呼ばれていたこともあって、名前に執着がなかったことで、変名することに抵抗はなく。名前を変えることになることを告げられた時は、あっさり頷けた。

 同時に、これから先名乗る名前の希望を聞かれたが、それも特になかったので、完全な人任せとなってしまい、命名してくれたのが誰だか知らないし。なぜにこの名前になったのかも分からないのだが、ビオレータに引き取られるときには、アスピスとして紹介されていた。

「精霊術は、六芒星で築いた重なり合う六角形の結界内にのみ、左目にあるレシピの中から使いたい術を送り込むことで発動するの。だから基礎となる六芒星の位置や大きさが重要になるのよ。それに、六芒星の周りに描く円の中に描く文字によっては、陣と陣を繋げて一瞬で移動したりとかもできるし。六芒星やその周りを囲む陣は精霊術の基本中の基本となるから、よく覚えておいてね」

「はい」

 事前に説明を受けていた、右手の平をしたに右手の甲の上に左手の平を重ねるようにして築かれる、素地陣。緻密さに少々欠けるが、素早く、目視で陣の位置と大きさを決められるので、精霊使いは皆この両手に素地陣を掘っている。中にはアスピスのように右目にすでに六芒星の魔法陣をもち、素地陣がなくても目視で陣を築ける者もいるそうだが、右目が何らかの理由で使えない場合など、陣が作れなくなってしまうので、右目に魔法陣を持っている者でも、そのほとんどが素地陣を併用していると説明されていた。かくいうビオレータもその内のひとりである。

 ちなみに、精霊術には赤の火、青の水、茶の地、灰の風、黄の雷、緑の木の六色が基本とされ、他に黒の過去(闇)と白の未来(光)があるそうだ。王国に仕える上位の精霊使いの中には、この二色も加え一度に八色交えた複雑なレシピを使える八式使いがいるらしい。もちろん他にフリーの八式使いもいるそうだが、数が少なくとても貴重なので、基本として名前が把握されているとのことであった。

「それはそうと、結界の張り方はきちんと練習してる? 精霊術で結界内に雨を降らせたり、風を吹かせたり、温かくしたり、寒くしたりできるから、薬草を育てるのにもとても便利なのよ」

「はい!」

 マナから作り出した糸を織るようにして、結界は作られる。

 そのため、糸の強度、糸の編み方重ね方で、結界の強度が決まる。厚く作ればいいというものではない。

 だから、結界を張るためには熟練度が必要で、練習は必須だった。

「少しずつですが、強固な結界が張れるようになってきました」

「そう。あなたのマナは標準よりもかなり質がいいから、精霊使いとしての素質は十分もっているものね。結界も強力なのが張れるようになるはずよ」

 がんばって。と、ビオレータは微笑み返すと、ふと思い出す様に両手を重ねた。

「あと、それから。これは法陣カプセルというものがあって、これなんだけど」

 どこからともとり出されたのは、精霊石と同じくらいのサイズをした、真ん中に左右に分けるような筋が入っている透明な石であった。

「これは、2つに別れている石を重ねる形で作られていて、素地陣と同じように、重なる面に特殊な技法で六芒星の魔法陣が彫られていて、結界と同じ効果がこの小さな石の中に築かれているの。だから、その結界の中に魔法を注入し、六芒星の形を崩す要領で石の上下をくるっとずらして魔法を封印してしまうの」

「スロットのある武器屋やアイテム、機材などに、それを入れて使うんでしたよね」

「えぇ、よく覚えていたわね。使う前には、上下をもどしてきちんと六芒星に戻すことをわすれないでね」

「水道とか、お風呂。シャワーとか、法陣カプセルを活用しているんですよね」

「そうね、街灯とか家の照明具。コンロなどもそうね。あと、これは精霊術師の力量やコントロールで威力や使用時間や使用回数が変わるのだけれども、武器に仕込むと属性を与えたり、鎧に仕込むと強化したり、回復術を使えるようにできたり、靴に仕込むとスピードを速くしたり、高く飛べるようになったりとか。他にもいろいろとあるのだけど、中に注ぐ精霊術は精霊使いの実力の見せどころでもあるから、法陣カプセルの新地開拓に心血を注ぐ精霊使いもいたりするのよ」

「スロットにそれぞれの位置に合わせた色の術を閉じ込めた法陣カプセルを差し込んだ結界棒を使って国や城を守る強固な結界を張ることもしているんでしたよね」

「えぇ。法陣カプセルに使われる石にも段階があって、四式までが通常の水晶。五式が奇石、六式が奇石。国や城を守る七式、八式は秘石がつかわれているのよ」

 これまで教わって来た、使い魔以外の、精霊使いとしての知識を確認するよう言葉を重ねるアスピスに、ビオレータは嬉しそうにほほ笑み、アスピスの頭をやさしくかいぐる。

「この短い期間に、よくおぼえたわね」

「本を読むのが楽しくて! 今まで本とか見たことなかったから」

「精霊術について知るのも大切だけど、薬草についても勉強するといいわ。覚えるととても便利よ」

「はい。少しずつ本を読むようにしています」

「そう」

 にっこり微笑み、アスピスの目を静かに見返す。

「それじゃあ、もうひとつ。精霊との契約について学んでみましょうか?」

「あたし、すでに契約してますけど……」

「それは、他人が生み出した精霊でしょ」

 クスリと笑って、ビオレータは手のひらを宙に向ける。

「目を凝らしてよくごらんなさい、世界には精霊たちで満ちているのを」

 言われるままに意識して瞳を凝らすと、徐々に空の中をたくさんの手のひらにすっぽり収まるくらいの大きさの淡くひかる丸い玉がゆっくり動き回っているのが、視界に入ってくる。

「見えて?」

「はい」

「この子たちが精霊よ。この子たちが精霊術の素であり、術者の生み出すマナを吸収して、精霊使いの願い通りの色に染まってくれるのよ」

 ゆっくりと説明するビオレータの言葉に、アスピスは「わー……」と感動するように周囲を見渡す。

「さぁ、そのうちのひとつだけ。ひとつだけよ、手のひらに乗せて、指でつついてごらんなさい」

「はい」

 アスピスは言われるままに、注意しながら光る玉をひとつ選ぶと手のひらに乗せ、指でつついた。

 すると、たまがくるくると回り出し、勢いよくパーンと割れると、長さ2センチ直系1センチくらいの石に変化した。

「それが、精霊石よ。中に、あなたに合った精霊が……って、ちょっとまって」

 入っているの。と続けるはずだったビオレータの台詞は、途中で切り替わってしまう。

「あら、やだ。この子、八式使いの精霊だわ」

「え?」

「アスピスは、八式使いだったのね。六式六式って念を押す様に繰り返されていたから、こっちも確認もしなかったからなんだけど、気づかなかったわ」

 クスクスとすごい発見ね、と冗談めかして告げながら、アスピスの右手にビオレータは右手を添えると、ゆっくり持ち上げる。

「あとは、そうね。中指がいいかしら。石を中指の根元に押し当てて……既に精霊との契約はやったことあったわね。以前と同じようにやってみなさい。レシピは、アスピスの持っているものなら、精霊の式数によるけど、どの精霊も共通よ。効果は契約した精霊の成長度に見合ったものになるけど、あなたの生み出した精霊は八式だから、今までのレシピすべてが使えるわよ」

「あの、陣は必要ないのですか? 以前契約した時は……」

「あぁ、そのことね。あのね、実は精霊や使い魔との契約に、本当は陣は必要ないの。でも、あなたを捕らえていた奴隷商人や盗賊団みたいに悪意ある者が好き勝手できないように、表向きはわざと難しい陣を必要としていることにしてあるの」

「そうなんですか」

 茶目気たっぷりに笑みを零しながら教えてくれるビオレータに、つられるようにアスピスも笑いを零す。

「さぁ、ではやってみて」

「はい」

 アスピスは小さく返事をすると、以前盗賊団の親方に言われるまま行った行為と同様に、精霊石を右手の中指の付け根にゆっくり押し当てた。



 アトラエスタ歴362年

 イシャラル王国、王都。その近くの掘っ立て小屋と薬草畑のある森の中。

 5歳の時に六式使いと分かったものの、赤子の時に捨てられ父も母も知らずに孤児院で育ったため、引く手あまたで却って引受先がなかなか決まらず。見かねたビオレータが6歳の頃から色々と教えてきたので、立場的にはアスピスの先輩となる、2歳年下の、茶色の瞳で、ふんわりとした茶色の髪を肩まで伸ばしたフォルトゥーナを連れ、勉強を兼ね森の中へ薬草を摘みに2人で出かける。

 とはいっても、森の中の探索の仕方に関しても、薬草に関する知識に関しても、完全にフォルトゥーナの方が上なので、どちらが連れていってもらう立場か、正直なところ微妙であったが、その辺は棚の上ということで、アスピスは考えないことにしてしまう。

 そして、掘っ立て小屋の周辺で育てている薬草以外の、見慣れぬ薬草や食べられる果実や草根を教えてもらいながら、森の中を進むこと三時間くらいといったところだろうか。

 十二時を少し過ぎたころとなり、そろそろお昼にしようかと話していたところで、草木の影がガサゴソと動いた。

 反射的に魔物かと思い、フォルトゥーナを背後に回す様に立ち回る。そして、恐る恐るガサゴソ動く草木の方へと近づいて行くと、まるで不意を突くように、少年がアスピスの足元に倒れ込んできた。

 次の瞬間、倒れ込んだ少年を庇うように、倒れた少年よりも幼い少年が、アスピスたちと向き合うように姿を現す。そして、幼い少年は、アスピスとフォルトゥーナを、警戒しながらしばらく交互に見つめた。

「おまえら、精霊使いか?」

「そ、そうだけど?」

 だから、なに? と、問うように、アスピスも幼い少年を警戒するように問い返す。

 途端に、少年は表情をぱあっとさせ、アスピスに縋りついてきた。

「この先、おまえのために命を懸けることを約束するから。だから、頼む。こいつはオレの唯一の家族なんだ。命を助けると思って、使い魔にしてくれ!」

 叫ぶように懇願する少年に、刹那的に気圧されはしたものの、すぐにアスピスは地べたに倒れ込んでいる少年の方へ駆け寄った。

 腹部には魔物かなにかに引きちぎられた傷があり、見た目もだが、血の流れ方からも、かなり深いことが伺い知れた。

「あんたたち、魔族なの?」

「魔族? 冗談じゃない! オレたちは聖族だ! 捕まってたところから、やっと逃げ出したっていうのに――」

「聖族って……」

 かなりの希少種のはずである。本には、生涯出会うことはまずないとあった。

 けれども今はそれどころではないと、アスピスは両手で頬を軽く叩くと、右手の中指に歯を立て皮を思い切り噛み破いた。

 勢い良すぎて、予定より深く傷つけてしまったが、そんなことを気にしている余裕はない。

「口に含んで、血をなめるて!」

 倒れている少年の、荒い息をしている口の中へ、アスピスは強引に指を押し込み命令するように言い放つ。

 数えること5秒くらいか。そろそろいいだろうと、言われるまま血を舐めたらしい様子も指先の感触から見受けられたことで、倒れた少年の口から指を抜き取る。

 それから見守ること数十秒。

「御意」

 少年の口から弱々しく響いた呟きと同時に、アスピスの右手の中指の付け根にある印から光が伸び、倒れた少年の体がその光で覆われた。

 一瞬のことであったが。

 そして次の瞬間、みるみると少年が負っていた傷が塞がりはじめた。

「レイス!」

「あぁ、カロエ……君は無事だったんだな」

 よかった。と、レイスと呼ばれた少年は手を伸ばし、カロエと呼んだ真ん中で分けられたサラサラの髪をした少年の頭を優しく撫でる。

 唯一の家族ということは、兄弟ということなのだろう。よくよく見ると、2人とも青い目で緑の髪の、どことなく顔の作りが似ている、やたら整った顔立ちの少年たちであることが分かった。

(そういえば、聖族や魔族って美形ぞろいとか書いてあったっけ)

 どうでもいいことを思い出しながら、自身で傷つけた右手の中指をハンカチで巻こうとしたところを、カロエと呼ばれた少年が、強引に奪い取るように己の口へと運び込み、零れ出ていた血を舌に絡めるように舐めとった。

 同時に開放されたアスピスの右腕と、カロエに起こった沈黙の間。

「御意」

 カロエがきっぱりと言い切ると、アスピスの右手の中指の印が光り出し、カロエの方へ伸びると、カロエのことを瞬間的に包み込んだ。

「これで、約束は果たしたぞ。レイスを救ってくれた借りは、この命で払ってやる。好きに使えばいい。今日からおまえがオレたちのマスターだ! ただし、オレたちに恥をかかせるようなことはするんじゃねーぞ」

 どちらが主人なのかと、思わず問いたくなってしまうような尊大さで、カロエはきっぱり言い放つ。

 ちなみに、主人となったアスピスの名前を知るのは、翌日になってからのことであった。



 アトラエスタ歴363年

 イシャラル王国、王都。その傍の森の中に築かれた掘っ立て小屋と薬草畑。

 国境が多方に存在しているイシャラル王国では、戦争こそ起きないものの、小さな諍いはちょくちょく起こるらしい。そして、どうやらその諍いに、ミニュイと呼ばれていた頃から使い魔であったエルンストとルーキスが駆り出されているようであった。

 これはビオレータの見解で、アスピスには詳しいことは分からないが、最近体に痛みが良く走っていたことで、寝込むことが多くなっていた。

 本当は同調すれば、状況を把握するのは容易いが。なんとなく秘め事までもを覗き見してしまいそうで。だけでなく、もう人の生き死にを目の当たりにするのが嫌で、敢えて同調することを避けていた。

「リンク率が高すぎるのね。少し、絞れればいいのだけれど」

「でも、そうすると、傷の治りが悪くなるって……」

 そう言われて、盗賊団では常にリンク率100%にできる限り近くあるよう求められていた。もちろん力量や相性。それにマナの含有量がゼロになると精霊使いも使い魔も死んでしまうので、マナの消費量が大きいことも含んで、不純物の存在でリンク率100%になることも、仮に可能だったとしてもあえて100%にすることも、まず有り得ないことなのだが。

「アスピスは、マナの含有量が多いから無理をさせられてたのね」

 可哀想にと、寝込むアスピスの頭を撫でる。

「リンク率を下げる方法を教えてあげるから、やってみない?」

「そうすると、エルンストとルーキスが困ることになるから」

「そう……」

 刷り込まれてしまった考えを改めさせるには、未だ時間が必要なのだろう。と、ビオレータはちょっと困った顔をしながら、溜息を零した。

「でも、これから先、4人もの使い魔をあなたのマナで養っていかなくてはならないのだから。だけでなく、精霊術にもマナは使うし。リンク率を下げる方法を学んでおくことは悪いことではないから、今度調子がいい時に教えてあげるわね」

「ありがとうございます」

 再び、エルンストとルーキスのどちらかが怪我を負ったのだろう。体に走る痛みに瞳を歪めながら、アスピスはビオレータに礼を言う。

「気にしないで、今は寝てなさい。痛みを和らげる香を焚いてあげるから待ってて」

 そう言うと、ビオレータが踵を返そうとしのだが。その前に、勢いよくフォルトゥーナが室内に飛び込んできた。

「ビオレータ様! 結界の外に六聖人(青)のアンリール様が今までにない厳しい顔をして。それに、六剣士の方々や複数の兵士たちも……」

「!」

 泣きつくようにビオレータに抱き着くフォルトゥーナの台詞に、ビオレータは刹那的に動揺してみせる。

「大丈夫よ、フォルトゥーナ。あなたはアスピスの傍にいてちょうだい」

「ビオレータ様……。わかりました」

「それから、アスピス」

 怯えるフォルトゥーナの肩を抱きながら、異常事態だと察して半身を起こすアスピスに向け、目線を落とす。

「右手の薬指を出しなさい」

「え? はい」

 言われるままに右手の甲を上に向けた状態で、ビオレータの方へ薬指を差し出した。

 すると、ビオレータは無言のまま、自身の右手中指の付け根をアスピスの薬指の付け根に押し当てた。

 瞬間淡い光が指の間から零れ落ち始め、しばらくそれが続くと、すーっと光りが消えていった。

 途端に右目が痛み出し、頭の中でざーっと様々なレシピが流れだした。

「今から、あなたが六聖人(赤)を名乗りなさい」

「ビオレータ様?」

 何が何だかわからないまま、アスピスは目の前に立つ、この約1年の間やさしくアスピスを見守り指導してきてくれた者の名前を口にする。

 けれど、ビオレータはそれに応えず、部屋の外に向け、この家にいる他の残りの2人の名前を呼んだ。

「カロエ、レイスもこちらへいらっしゃい」

「はい」

「なんでしょうか?」

 ビオレータの声音から、何か察することがあったのだろう。日ごろからまじめ一辺倒のレイスはもとより、普段イタズラ好きのカロエも緊張した面持ちで部屋に入ってきた。

「あなたたちは、アスピスの使い魔として、主を守りぬきなさい」

「それは、もちろんですが……」

 レイスの台詞に覆いかぶせるようにして、ビオレータは言葉を続ける。

「おそらく、アスピスを奪い取りに来たのでしょう。気づかぬ間に監視されていたのね。貴重な八式使いと分かった上に、アスピスのマナの質も含有量も破格なものだから、放っておくのが勿体なくなったのね」

「だったら、あたしが素直に従えば……」

「そんなことになったら、アスピスは一生籠の中の鳥よ。王族や元老院に都合良く利用されるだけされて、自由はなくなるわ」

「そんなことくらいどーってことないです。今までだって」

「だからよ。フォルトゥーナにもアスピスにも自由でいてほしいの。私の大事でかわいらしい弟子だもの」

 幸せになってね。と、告げながら、フォルトゥーナとアスピスの額へキスを送る。

「アスピスが六聖人(赤)になったからには、王族も元老院もそう好き勝手には扱えないはずだから、安心してちょうだい。だから、たとえ他人に譲渡するように言われても、決して譲ってはだめよ! いいわね? これは私の命令よ! 忘れないで」

「じゃあ、ビオレータ様はどうなるのですか?」

「私? 私はそうね、六聖人(赤)の位を授かりながら、今まで好き勝手に暮らしてきたんだもの。位を失った今となっては、戦場に送られても文句はいえないでしょうね。でも、大好きな薬草に囲まれ、可愛い弟子を2人も持てて、もうじゅぶん満喫してきたもの。そろそろイシャラル王国のために尽くす時間が訪れても不思議はないわね」

 うふふ。と、悪戯っぽく笑うビオレータはみんなに背を向けると、ゆっくりと部屋を後にする。

「エルンスト! ルーキス! お願い助けて!」

 初めての、契約を交わした時の一度しか顔を合わせたことのない2人に向けた心からの叫びであった。

 この場へ呼んだところで、なにが起こるというわけではないと分かっているが。ビオレータが結界の外にいる者たちになにをされるか分からない現状、これまでの経験から戦闘に長けているだろう2人に訪問者を追い払って欲しいと切に願う。

(お願い! 召喚に応えて!)

 必死の思いで、2人を呼び出す。

 遠くにいる使い魔を一瞬で傍らに召喚させることは、主人の持つ権限のひとつで、強制の場合は拒否することは許されていない。拒否した場合、使い魔との契約は半永久的なものなのだが、契約違反を犯したとして、主人の一存で解除できるようになる。と、ビオレータからも、書物からも、学んでいた。

 けれども、エルンストとルーキスが姿を現すことはなく。

 ビオレータの背を追いかけ後をついて行ったみんなの前で、結界を解いたビオレータは鎧を着た兵士たちに捕らわれの身となってしまった。



 アトラエスタ歴363年

 イシャラル王国、王城。地下のとある一室。

「まさか、ビオレータがこんな暴挙にでるなんて。想定してなかったわ」

 年はアスピスより数歳年上と思われる。碧眼で腰まで伸びる緩いウェーブのかかった赤髪の肌がとても白い少女、六聖人(青)の位につくアンリールは、心底から困ったように呟き洩らす。

 どうやら、かなり予定が狂ったらしい。

「まぁ、許可なく高位の。しかも精霊使いにとっては最上位となる六聖人の座に就いたことには、罰は必要じゃろうな」

 入室するとまず行われた挨拶で、元老院の座に就くウロークと名乗った老人は、なにがうれしいのか、やたらと笑みを零してみせる。

 そのせいか、見るからに碌なことを考えてない雰囲気が伝わっきてしまう。

「そうそう、お前さんの生み出せるマナの量は無尽蔵だそうじゃないか」

 いい案があるぞ。と、カカカと笑う老人を、アンリールも快くは思っていないのだろう。言葉には出さないが、自覚があるのかないのかアスピスに知りようもないが、視線が自然ときついものになっていた。

「ここは、そうじゃのう。城の結界を維持するのに役立ってもらおうかのお。お主ひとりのマナで十分賄えるじゃろうからな」

「ウローク様。結界の維持は六聖人全員の役目です」

「なんじゃ、アンリール。異論があるとでも」

 反論をされるとは思ってなかった相手からの横槍に、ウロークの瞳に剣が走る。

「いえ。異論というか、聞いた話では今回の譲位はビオレータの一存によるもので、アスピスにはなにが起こったか分かってなかった訳ですし……」

「だから、罪はないと? 罰は必要ないと?」

「いえ、そこまでは……」

 成人前の小娘に、60をゆうに超えているだろう老人を説き伏せることなど不可能に近いということなのだろう。

 黙ってろと言わんばかりのウロークの語調に、アンリールは一歩下がるようにして口を閉じた。

「さて、話を戻すが」

「ちょっと待ってください。その前に……」

 アスピスは、ウロークが何かを言い出す前に、済ませてしまいたいことがあった。

 口を開くと同時、ウロークが反応するより早く、ウロークたちが立ち並ぶ側に立っているエルンストとルーキスの前に移動する。

「契約している意味、あたしにはないから」

 ぽつんと呟くと、右手の人差し指をエルンストの額に押し当てる。

「解除」

 言葉と同時に、エルンストの体が一瞬光輝いたかと思ったら、その光が奪い取られるようにして、アスピスの人差し指の印の中に取り込まれていった。

 そして、同じことがルーキスにも行われる。

「これで、エルンストもルーキスも、自由だよ」

 命の共有がなくなった代わりに、視界や聴覚が同調されることもない。そのため、プライバシーが覗かれるようなこともなくなった。

「もう、彼らはあたしとは一切関係ないから、解放してあげて」

 死なない兵器として駆り出されていた戦場へ、再び、今度は単なる盾として駆り出されるようなことだけはないでほしいと祈りたい。その程度には、一度しか会ったことのない使い魔であったが、2人に対して情が生まれていた。

「わかりました。使い魔でなくなった2人がここにいても意味はないですから、出て行ってもらいましょう」

 2人を外へ。と、アンリールは扉の傍にいた兵士に案内を頼むと、エルンストとルーキスを連れて、部屋の外へと出て行ってしまう。

 老人の反応の鈍さなのだろう。アスピスの行動が素早すぎて、止めることのできなかったウロークは一連の出来事を苦々しく表情を歪めるようにして見つめていた。

 いくら怪我を負っても死なない兵士。しかも、マナの心配も不要という2人の貴重な人材を失ったことに、ひどく不満があるようであった。

「なに、勝手なことをしてくれたんだ」

「使い魔の所有は、精霊使いに一存されていると、ビオレータ様から伺ってましたが。違いますか?」

「それはそうじゃが、お主には勝手をした罪がある。これ以上の勝手は許されないぞ」

「元から、エルンストとルーキスは、あたしの意思とは関係なく。買われた先の盗賊団に契約させられた使い魔です。それとも、ウローク様は死なない兵士をご所望で?」

「うっ、うるさい。たかが小娘が、なにを分かった風に」

 表立って、死なない兵士が欲しいとは、さすがに口にはできないのだろう。

 しかも、これまでアスピスが聞いて来た情報をまとめると、アスピスほど無尽蔵に使い魔にマナを注ぎ込んでおいて、使い魔ともども生きていられる精霊使いは、現状では他に存在しないらしい。

 べつに、だからと、ウロークたち側に嫌がらせをした訳ではない。

 初めて、本当に必要としたとき、飛んできてくれなかった2人のことが、本当に不要となっただけのことなのだ。そんなに自由に生きたければ、自由にしてやる。そんな気持ちで使い魔から解放したのである。

(これで思い残すことはなくなった……)

 いままで散々捕らわれの身であったのだ。今さら、再び捕らわれの身となったところで、苦痛など感じることはない。

「それで、あたしはどうすればいいのですか?」

 覚悟を決めて、静かな口調で問いかける。

 マナを搾取したければ、好きなだけ搾取すればいい。と、本気でそう思い問いかけたのだが、帰って来た台詞は想定外の台詞であった。

 ウロークの怒りを完全に買ってしまったようである。

「お主には眠りについてもらう。時を止めさせてもらうぞ」

「え?」

「六聖人(赤)だというなら、その役目を全うしてもらおうではないか。今まで散々好き勝手してきたビオレータの分も働いてもらうぞ。お主の身受け人でもあったんだ、無関係とは言わさんぞ」

「ウローク様、それはあまりにも」

「ええい、うるさい。六聖人(赤)のまま眠りにつかせてやるんだ、この王宮をまもる結界棒の秘石に永遠にマナを送り込み続けてもらうことくらい当然じゃろう」

 怒りで我を忘れてしまったのか、周囲の諭す声に一切耳を傾けず、ウロークは断言するように言い放った。

「その代わり、願いをひとつくらい叶えてやってもええぞ」

 自分の将来を悲観し泣きわめけ。と言わんばかりの口調で、ウロークは意地悪くひとつの提案を口にする。

 対するアスピスは、正直ウロークがなにを言っているのか正確に把握していなかったこともあるが、とても冷静であった。

「それなら、エルンストとルーキス。カロエにレイス。我が使い魔たちが望む未来に進めるようご助力を。決して戦地などに赴かせたりしませんよう、お願い申し上げます」

「わかりました。彼らが望む道に進めるよう、協力を惜しみません。ましてや、あなたが王城をお守りくださっているというのに、あなたが望まぬようなことなどいたしません」

「はっ! 何を勝手に。約束事はひとつと――」

「ウローク様。アスピスが望まれてるのは、ひとつだけです。使い魔の幸せだけなのです。それすら守れないというのでしたら、私は一切の協力をできません。おそらく、他の六聖人に依頼したところで同じ答えでしょう」

 ウロークが不満を漏らすその口を、アンリールははぴしゃりと閉じさせる。

「では、アスピス。人の時を止め、マナを搾取し続けるような陣を用意するのには時間が必要です。それまで、わずかではありますが、六聖人(赤)のお部屋がございますので、そちらで心静かにお暮しください。もちろん、儀式当日まで、城の中のみとなりますが、ご自由にお歩きください」

 そう告げると、ゆっくりと頭を下げ、傍らに立つ、成人になって少し経つのだろうと思われる黒目黒髪の青年に、アスピスやアスピスの使い魔を部屋まで案内するよう静かに指示した。


     * * *


 一気に流れ込んでくる、これまでの記憶。

 受け止め損ねて頭痛がするのをこらえるよう、頭を押さえながらアスピスはゆっくりと置きあがる。

 どれくらい眠っていたのだろうか。

 そう思い、周囲を見回したが、分かるはずもない。

 そして、ようやく自分を起こした人たちの方へアスピスは視線を向けた。

 見覚えがある。といっていいのか、面影があるかなと思われる人が、2人いた。

 アトラエスタ大陸での成人が15歳として。とうにそんな年など越えてしまい、20歳も半ばくらいになっているだろう、アスピスの時を止め眠りにつかせた張本人となる、六聖人(青)のアンリールと、アンリールの従者でアスピスたちを六聖人(赤)の部屋まで案内してくれた、前髪を少し残しただけで、他の髪は後ろにきっちりと流している、見るからに真面目そうな青年、カサドール。

 それ以外に立っているのは、年は20を越えたばかりくらいの、見たことのない左目が青、右目が黒のオッドアイが特徴的なサラサラで腰まで届く黄金色の髪をもった、女性にしては長身の綺麗な人と、女性より15センチくらい高いだろうこれまた長身の、緑色の瞳に肩にかかるくらいの青銀色の髪を後ろでひとつに束ねた青年の2人であった。

 思わずじろじろと見てしまったのが悪かったのだろうか、気を悪くしたとは違うようだが、アンリールが慌てた雰囲気で一歩前に出ると、アスピスに挨拶してきた。

「おはよう。というのも変だけど。ここにいらっしゃる2人は、この国イシャラル王国の王位継承権第一位のシェーン王女と、その婚約者となる、隣国の王子で、王位継承権第五位のイヴァール様です」

「はじめまして」

 思わず、他に言葉が思いつかず、アスピスは頭をぺこりと下げてみせる。

 それにつられるようにして、シェーンと紹介された女性が、おかしそうに笑いながら「はじめまして」と返してきた。

 けれども、アスピスの気になるのは他にあった。

「あの、それで。王女様や王子様の前で失礼ですが。今って……」

「あれから10年が経ってしまいました。本当はもう少し早く起こせる予定だったのですが、ごめんなさい」

「え? あ、なんで? 永遠とか言われてたのに、10年でいいの?」

 想定外の年数を聞いて、アスピスは却って畏まる。

 それが、シェーンには気にいらなかったらしい。頭を思い切り叩かれた。

「あなたは馬鹿なの! こんな理不尽な仕打ちを受けておいて、尚も、怒りもせずにいるなんて」

「え? でも、そういう約束で。っていうか、10年で済む代わり、使い魔を戦場にとか言わないですよね?」

「安心してください。あなたの望み通り、エルンストもルーキスもカロエもレイスも、それぞれ自分の選んだ道に進んでいます。あなたの望まぬ場所へは決して行かせていません。これからも、本人が希望しない限り、そんな予定はありません」

「そっか……」

 ホッとして、一気に脱力する。

「でも、だとして。なんで起こしてもらえたの?」

 髪型こそ変わっていないが、少女という殻を破り、きれいな女性へと変貌したアンリールへ、アスピスは不思議そうに問いかける。

 けれども、返事をしたのはシェーンであった。

「理不尽で許しがたい行為だからに決まっているでしょ!」

「という訳なの。シェーン様がこのことを知って、即断でこんな馬鹿げたことは止めさせるって。だからって、複雑な術を幾重にもかけてあるから、即日って訳にもいかず。解除するのに時間がかかって、ようやく今日実行できたの」

「出迎えるのがたった4人で申し訳ないけど。あなたの使い魔たちなら、きっとあなたの目覚めに気づいているはずよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 他に言いようがなくて、再びシェーンに頭を下げる。

「だから、それを止めてって言っているの。あなたはイシャラル王国の被害者で、私は将来この国を背負う者になるのだから。私も責を負う側なんだから」

 そうは言われても。と、思ってしまうが、これ以上口に出すと、また叩かれかねないと感じ、アスピスは口を閉じたまま、シェーンの言葉に耳を傾けた。

「とにかく、断りを入れはしたけど、実はまだ許可というか。元老院の6人。特にウロークなんだけど、首を縦に振ってないのよ。とはいっても、10年前とは違って、私もそれなりに発言力を持ってきたし。ウロークたちも年を取って、以前ほどの気迫はなくなってきてるから、なんとかなるでしょ! って思っているんだけど」

 クスクス笑いながら、ちょっぴり悪戯っぽい瞳を浮かべる。

「とにかく、あなたはすでに六聖人(赤)の職務を10年分。いえ、その倍以上の働きをしてきたんだから、これから先20年くらい地位の美味しいところだけ吸って、奔放に生きる権利があると思っているし。そうしてもらうつもりでいるから」

「はぁ……」

 気のない返事をしてしまうのは、実感を伴ってないから。

 アスピスにとっては、皆にとって10年前の出来事が、一瞬前の出来事なのである。

 分かれという方が無理と思うのである。

 でも、その辺のことを分かってないのか。分かっていて、無視しているのか。シェーンは気にすることなく独自の意見を続けてみせる。

「とはいっても、あなたの処遇に関してはしばらくは未定の立場に置かれるから、六聖人(赤)の部屋に籠っていてもらうようだけど。なるべく早く、あなたの自由を保障できるようにするから、今少し時間をちょうだい。来客に関しては、基本自由に出入りできるようにしておくから」

 シェーンはそう言い切ると、アスピスに手を差し出した。

「さぁ、こんなところからさっさと出ましょう。せっかく目覚めたんだから、外の空気を吸いましょう」

 言い放つと同時、無造作にアスピスの手を握ると、抱き寄せるようにしてアスピスを寝ていた台から下ろしてしまう。そして、有言実行するように、シェーンは他のみんなを先導するようにして、部屋を後にした。

 それは、アスピスが時の停止から解放された瞬間でもあった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ