1日の終わり
9話、日常回です
「ふぅ……」
VR機器を外し、ベットから起き上がる。
ここはさっきまでいた草原やシアター、では無い。
ごく一般的な男子高校生が使う四畳半の自室。
机の上にあるデスクトップ型のPC、漫画やライトノベルの詰まった本棚、教材と西山オフラインのグッズがごちゃごちゃに詰められたクローゼット……。
そのありふれた物の数々が、ここは現実世界だという事を証明させている。
ピンポーン
「……来たか」
インターホンの音が神城家に鳴り響いた。
俺は自室を出ると、足早に玄関へ向かった。
時刻は午後七時。
荷物の予定も無いし、こんな夜遅くに訪ねて来る人物等、一人しかいない。
「こんばんわー、宗谷いるー?」
「おーう、いるぞー」
出迎えに来た俺を、緩んだ表情で待つ青年。
本日二度目の訪問、響だ。
「今日、親がいないんでしょ? なら、家で一緒にご飯食べない?」
「ん、いいぜ。俺もそろそろ響が来ると思ってたしさ」
「やった。んじゃ、早速準備するから家に来て」
ほいほい、と誘いにのり、響の家へ……というか隣だからすぐ着く。
神城家は両親が共働きしており、こうして家に帰ってこない事も珍しくない。
そのせいで夜は基本一人で過ごすようになった俺だが、晩御飯をインスタントやコンビニの弁当で済ませており、響に注意されていたのだ。
そんな状況を見かねたのか、以来響が琥珀家の晩御飯に俺を招待するようになった……というか最初は無理やりだったけど。
「一名様ご案内~!」
自宅から僅か一分未満の場所。
ファミレスの店員みたく、響がリビングまで案内する。
ヤケにテンションが高いけど、 深夜テンション突入には二、三時間早いぞ。
「お邪魔しまーす」
琥珀家のリビングに入る。
すぐ近くのキッチンを見ると、タッパーに入った食材や切る前の野菜が置いてあり、料理途中だった事がうかがえる。
「俺がご飯作っている間、宗谷はソファーでゆっくりしていてー」
「え、そんなの悪いよ。俺も手伝……」
「いいから。今日は俺一人でやるって。ほらほら」
「お、おう……」
俺を無理やりソファーに抑え込むと、響はキッチンで料理を始めた。
琥珀家の料理はいつも母親か響、もしくはその両方で作っている。
俺が琥珀家にお邪魔するようになってからは、野菜を切る等の手伝いをしていたのだが……今日は何故か、響一人でやろうとしていた。
「今日誰もいないのか?」
「お母さん今日は同窓会でいないよ。だから俺一人」
「ふーん……」
ジュージューと、炒める音と共に響が答える。
珍しい、琥珀家に誰もいないなんて。
まあ、そんな日もあるか。
「宗谷―、こっち来てー」
「ん? どうしたー?」
「口開けて」
「え、あー……」
「ほいっ」
「んむ……」
キッチンに呼ばれたかと思えば、開けた口に何かを入れられた。
硬くてシャキシャキする、甘辛く、病みつきになる味だな……
「ホイコーローか」
「正解! 今日はホイコーローパーティーだよ!」
そう言うと、響は再び料理に戻った。
俺を呼んだのは暇潰し兼試食係としてだろう。
しかし、あのホイコーローうまかったなあ。
タレも絶妙な配分だったし、これは晩御飯が楽しみになるな。
◇◆◇
「ほいっ! おまたせしました!」
「おー待ってました」
テーブルの上に料理が並べられる。
白ご飯、サラダ、そして中心には大皿に盛り付けられたホイコーロー。
白い湯気に食欲をかき立てる甘辛い味噌の匂い。
ああ、早く食べたい。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます!」
早速、メインのホイコーローに手を出した。
うん、美味い!
濃すぎず、薄すぎない味加減の味噌が豚肉と見事にベストマッチしている。
ホイコーロー、ご飯、ホイコーロー、ご飯……交互に行ったり来たりする俺の箸。
ダメだ、箸の動きが止まらない。
「やっぱ響の料理は美味いなぁ……うまうま」
「にへへ、そう言ってくれると作りがいがある、ってもんだよ。でも最近は宗谷の料理も上手くなっているでしょ?」
「俺なんてまだまだだよ。簡単な物しか作れないし」
「それでいいんだよ。簡単な物でも料理はできた方がいいし」
と、大皿にのった最後の肉を取る響。
料理の手伝いをするようになってから、俺も自分一人で料理ができるようになった。
それでも野菜炒めやチャーハン等、料理というには少し簡単すぎる物ばかりだ。
「地道にやれば上手くなるって。ここ、ゲームと料理って同じでしょ?」
「そうだな……まぁ地道にやるしかないか」
「そうそう。焦らず、ゆっくり、スローペースに」
スローペースという言葉とは裏腹に、大皿にのったホイコーローはハイペースで消費されていく。
「最後……」
「あっ……」
最後に残った肉を取ろうと箸を伸ばした……が、ほぼ同時に響も箸を伸ばしていた。
「最後食べていいぞ……」
「いやいや! 宗谷、遠慮しなくていいよ! 俺はいつでも作れるし!」
「作ったのはお前だしやっぱり……」
「いや宗谷が……」
「いや響が……」
俺たちはこういう時、譲り合いの精神が発動し、話が平行線を辿って進まなくなる。
いっその事、大乱闘して奪い取った方がシンプルで手っ取り早いかもしれない。
だが、激しい事はゲームの中で十分だし、俺たちはそんな性格ではない。
なので……
「「じゃーんけんほい!」」
じゃんけん、これが一番平和的に済む。
「よし、俺だな。あむっ」
「あー負けたかー」
チョキとパーで俺の勝利、最後のホイコーローを食べる。
最後、というだけあって冷めているがそれでも美味かった。
行程はそこまで難しくない、と響が言っていたし、今度俺も作ってみようかな。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「お粗末さまでした」
テーブルを立ち、流し台へと食器を運ぶ。
料理は響一人でやっていたが、食器洗いくらいは俺も手伝う。
他人の家で飯を食べておいて任せっぱなし、というのは流石にダメだしな。
「宗谷はどうしてグローイングのままで行ったの?」
皿を洗っている途中、響が話しかけてきた。
「ん? まあ、動画の為……というか俺も久々に縛りプレイ出来て楽しかったからかな?」
「ふーん……」
歯切れの悪い受け答えをする響。
どうやら、まだ納得出来ていないようだ。
なら、もう少し詳細に語った方がいいな。
「縛りプレイでさ、一番の醍醐味って何だと思う?」
「え? うーん……何?」
「それはな……"達成感"だ」
「"達成感"……?」
響はいまいち、ピンと来ていないようだ。
それもその筈、響は基本縛りプレイはしない、せいぜいハードモードに挑戦するくらいだ。
「結局そこにたどり着くんだよ。こんな事成し遂げたぜ、お前らこんな事出来ねえだろ、そして何よりリスナーを楽しませたい……」
「なるほど……」
「だからさ、俺は成し遂げたいんだよ。こんなハズレ職業でも、頂点に行けるって」
「うん……わかった」
どうやら響も理解してくれたようだ。
結局、縛りプレイも殆ど趣味みたいな物だ。
本来ゲーム会社も想定してないようなプレイでクリアする。
RPGでたたかうボタン禁止、金色の鯉一匹でクリア等、先人たちはいくつもの鬼畜縛りに挑戦してきた。
そのどれもが、自身への達成感やリスナーを楽しませたい、という思いでプレイしていたのだと俺は思う。
「頑張ってね宗谷。俺も出来る限りサポートするから」
「サンキュー響。ま、無理だった時はマジでごめんな」
「まだ諦めるのは早くない? サービス開始して1日だよ?」
「はは、そうだな」
気が付けば、食器は全て洗い終わっていた。
時間というのは経つのが早いものだ。
だからこそ、一秒も無駄に出来ない。
それはゲームに置いても同じ事だろう。
「そういや、ホイコーローの味噌ダレ美味しかったけど配分どうなってんだ?」
「んー? 適当だよ? んまんま」
「今日のお前ミラクル多すぎじゃね……?」
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