黄金ヶ原のダンジョンマスター ~効率的なダンジョンは小麦畑!?~
本編三周年なのに特別なものが無いのもアレなので、それこそ三年前に告知した事のある【黄金ヶ原のダンジョンマスター】をプロローグだけですが投稿します。厳密にはライトサーガと真正の英雄譚は別物なのですが、一話だけ投稿するのもアレなのでこちらに投稿しました。
日付を見れば書き始めたのが三年前の九月、そして最終更新日が二年前の四月でした……。
この文調で続けられる自信が無かったので投稿しなかった作品です。なのでこのままプロローグのみになると思います。
広大な草原で一人の少年が空腹で倒れていた。
孤児だった少年は住んでいた村から、口減らしとして追い出されてしまったのだ。
そして村から出て数日後にゴブリンに追われて、上手く逃げ切れたものの食糧も尽き、草しかない草原に迷い込んで今に至る。
「……僕はもうここで終わりかな……せめてもの救いは魔物に殺されなかったことぐらいだな……」
もう動く力の無い少年は仰向けになりながら独り言を呟いた。
少年が死を覚悟して目を閉じようとした時、空から何か降って来るのが見えた。美しい光りを放ちながら落ちてくるそれは流星のようだ。
その物体は自然現象にしては不自然な軌道を描きながら、少年を目指して真っ直ぐに向かって来る。
「…綺麗だな…これが死者の国からのお迎えかな…良かった…怖い所じゃなさそうだ…」
そう言いながら少年は顔を少し緩めた。
自分目掛けて隕石が落ちてくるような状況ならば、誰でも逃げそうなものだが少年は目を閉じることすらしなかった。もう既に死を覚悟していたと言う理由もあるが、流星が自分を受け入れてくれる気がしたからだ。
不思議と近くに誰かが居るような気までする。
そして遂に流星は少年に直撃した。少年は光に呑み込まれた。
そこで自分の存在が曖昧になるような不自然な体験を少年はしたが、不快には感じなかった。むしろ少年は安らぎを覚えた。
(汝の願いは?)
(……僕は、飢えることの無い世界で生まれ変わりたい……僕みたいなのでも一人で生きて行けそうだから……それに…)
声ではない声に質問され、次に生まれ変わるのなら何処にしたいのかと聞かれたと思った少年は、今までの自分を思い返しそう答えた。
しかし質問の意味は違った。
(飢えることの無い世界を造りたいのだな? 了解した。……ダンジョンマスターの力を汝に与えよう)
(え? それはどう言うことで──)
最後まで言う前に少年の意識は途切れた。
「うん? 僕は何を?」
少年は気が付くともう光りは無かった。周囲に流星が衝突した形跡も無い。辺りはすっかり暗くなっている。
しかし不思議と意識がしっかりとしていた。先程死にかけていたとは思えない程に。
──ぐぅーー──
だが空腹感は消えていなかった。
「ううっ、早いとこ食べ物を探さないと」
空腹感に負けた少年は流星を幻覚か何かだったと深く考えるのを止め、食糧を探し始めた。
自分が動けない程衰弱していたことも忘れて。
一度は死を覚悟してしていたが、死にたい訳では無かったのだ。
「こんなに草があったら食べ物の一つや二つ、ありそうなんだけどな」
そう言って、自分の背丈ほどある草をかき分けながら探していくが、何も見つからない。あるのはどれも同じような少し濃い緑色をした草だけだ。
一時間以上探しても同じ草しか見つからない。
「……この草、食べられるかな……うわっ! ぷっ、ぷっ、ぺっぺっ!」
空腹に負けて草を少し噛ってみたが、あまりの不味さにすぐ吐き出した。
「な、なにこれ、こんなの人が口にしていいものじゃないよ……っぐ」
そして涙が流れた。ここまでのつらさを思い出したと言うのもあるが、それほどまでに不味い草だったのだ。
少年が口にした草はゴブリン草と言い。繁殖力が強く何処にでもあり不味く、何の役にも立たないどころか害にしかならない。まるでゴブリンのようだと言うことからこの名が付いた草だ。
しかしその味はゴブリンの比ではなく、ゴブリン草を食うくらいならばゾンビを食った方がましだとよく言われる。
少年が泣くのも無理はない。大の大人が口にしても泣きだすような代物なのだから、精神的に追い詰められている少年が泣くのは当然のことだ。
ただ少年にも幸運だったことがある。それはこの草が獣や魔物はおろか虫ですら食べることはない非常に不味い草だと言うことだ。
その為草食の魔物や動物、それを補食する生物がこの草原には存在しない。この草原は少年が安全に過ごせる土地なのである。
尤も食糧がまるで無く、長く留まることは出来ないが。
「……なんでだよ……僕が何をしたって言うんだよ……こんなのあんまりじゃないか……」
しかしそんな事情を知らない少年は嘆いた。何年も我慢していた涙が頬を伝い落ちる。
少年は村を追い出されたときも、他の村に入ることを拒まれたときも、ゴブリンに追いかけられたときも嘆かなかった。
だが不満を覚えなかった筈がない。その閉じ込めていた感情が、ゴブリン草を引き金として溢れ出してしまったのだ。
「……そもそも村を追い出すのなら……もっと食べ物を持たせてくれても良いじゃないか……パン三つでどうしろって言うんだよ……お金だって銅貨三枚だけじゃ通行税も払えないよ……野垂れ死ぬしかないじゃないか……ズズッ……」
一度嘆いてしまったらもう自分では抑えられない。少年は誰も居ないにもかかわらず、愚痴をこぼし続けた。鼻水まで垂れてくる。
「……村にも入れずに彷徨っていたら……魔物に殺されるしかないじゃないか……僕だって残酷に殺されるのは嫌だよ……良くても餓死だ……」
そして悲観的思考の中で少年は気付いてしまった。
パン三つと銅貨三枚は自分を生かす為のものではなく、自分が村から離れたところで死ぬようにと渡されたものだと言うことに。
「……村に余裕が無いのは解るよ……飢饉なのも解ってる……ズズッ……でも……でも……せめて村で死なせてくれても良いじゃないか……皆の為に口減らしになったんだから……食べ物が無ければどちらにしろ死んじゃうんだからさ………僕は魔物の餌かよ……」
少年の声はどんどん細く小さく、消え入るようなものになっていく。最後の方は肌寒い風の音に消えそうな大きさだ。
「……それになんだよ……なんだよあの草は……家畜だって食べないよ……僕は家畜以下ってこと……あれが最後の晩餐かもしれないのに……こんなの酷すぎるよ…………ううっもうっ!! こうなったら何がなんでも生き抜いてやるっ!! 絶対に美味しいものを食べてやるんだっ!!」
そして最後にゴブリン草のことを思いだし少し元気になった。
一周回ってしまったのだ。
少年は再び食糧を探しだした。
しかしいつまで探してもあるのはゴブリン草だけ。食糧どころかゴブリン草以外の植物も存在していなかった。
水も無い。生命力過剰なゴブリン草が吸い上げてしまうからだ。
少年は途中草原を出ようともしたが、外から聞こえてくる狼の遠吠えを聞き断念した。
野獣や魔物に遭遇するような場所に行く勇気や自信等、武器もなければ仲間もいない少年は持ち合わせていなかった。
それにもう月明かりを頼りにしなければ歩けない程暗くなっていた。草原の外に広がる森は真っ暗だ。獣の雄叫びが聞こえなくても進むのを躊躇する。
少年がゴブリン草の草原から出ないのも無理はないだろう。
仕方なく少年は草原の奥へ奥へと歩を進め、やがてゴブリン草の生えていない大きな岩を見つけた。
とくに行く宛のない少年は自然とそこを目指した。
岩に辿り着いた少年はその高いところに腰を下ろす。辺りで一番明るい場所のような気がしたからだ。
そして少年は全ての所有物が入っている袋の中身を改めて確認した。僅かにも食糧が残っていないか探す為に。
しかし中身は銅貨三枚、火打石、ナイフ、服、小袋、後は少年が集めた宝物であるガラクタしか入っていなかった。食糧は何も残っていない。
唯一見つかったのはどこかで紛れ込んだ麦が一粒だけ。
「……もし安住できる場所を見つけたらこの麦を植えて畑を作ろう」
座り込み最後の期待を裏切られた少年は、悲しみがまた込み上げてきそうになったので紛らわせる為に独り言を呟いた。
一粒の麦を握りしめながらその光景も想像する。
たわわに実をつける麦の姿を。
すると拳の隙間から黄金色の優しい光が漏れてきた。
「え? なにこれ?」
少年はゆっくりと手を開いた。
麦が黄金色に光っていた。
開いた手から一粒の麦はゆっくりと浮き上がる。
そして大地に降りた。
そこから黄金の光が麦の形を取り成長し、あっという間に成熟した麦が姿を現した。
少年はただ呆然と現れた立派な麦を眺めていた。
「……幻かな?」
少年は呟くと麦をひと粒穂から取った。
そして生のまま、脱穀もしないまま麦を口に入れた。ポリポリと咀嚼する。
続けてもう一粒もう一粒と口に運んでいく。
「……生で食べたことないけど、多分本物だ」
少年は少し落ち着くと、自分にも起きていた変化に気が付いた。
「麦から少しだけど僕に力? が流れている気がする」
不思議と麦を数粒食べただけで、これまで少年を蝕んでいた空腹感も随分と和らいだ。
少しの余裕が出来た少年は考え始めた。
「もしかして僕、魔法を覚えたのかな?」
それしか思い浮かばなかった。
大抵の不思議現象は魔法の一言で済ませられる。
少なくとも少年は魔法をそういうものだと認識していた。
少年にとって魔法は遠い存在だ。
自分は勿論、周囲の人間も使えない。見たことも無い。
伝聞だけの存在。
話として伝わるのは華としての価値があるものだけで、伝わるまでに存分に装飾される。
魔法を万能と思っても仕方がない。
そしてそれは間違いでも無い。全能で無くとも万能の力ではあるのだ。
しかしそれは魔法を使えて尚且つ極められたらの話でしかない。
魔法はある日突然使える力ではないのである。
飛び抜けた才能があれば簡単に魔法が使える事もあるが、少年は今まで生きている間に使えた事は一度も無かった。飛び抜けた才能が無いのは証明されている。
万能の力もそもそも使えなければ意味は無い。つまり少年の前で起きた現象は魔法によるものでは無いのだ。
そんなことを知らない少年は魔法が使えるか試す事にした。
片手を前につき出して魔法名を叫ぶ。
「ファイアボール! ……ウォーターボール! ……アースニードル! ……サンダー!」
しかし当然魔法は発動しない。ただ少年の声が何処までも広がった。
実際に見たこともない、名前しか知らないような魔法の名を叫ぶだけで発動出来る筈がない。
少年はまだ諦めなかった。
今度は適当に呪文らしいものを唱えてみる。
「障害を燃やせ 燃えろ やっつけろ ファイアボール!」
だがこれも発動しない。
風と草の音しかない草原に声がよく響き渡っただけだ。
虚しくなり、さらに自分の遮られる事のない声で孤独感が刺激された少年は再び岩に座り込んだ。
お尻がひんやりとする。
寂しさを紛らわす為に少年は胸の内を声にした。
「どこかで判ってたよ……魔法が使えない事ぐらい。……でも……少しだけなら……夢を見てもいいじゃないか。…………何言ってるんだろう僕……」
しかし声に出しても少年の心が癒される事はなかった。
寧ろ寂しさが増してしまいから笑いする。
少年は涙を流さないように空を見上げた。
すると、そこには雲一つ無い星の海が広がっていた。涙で歪んだ視界でも見逃す事の出来ない美しい夜空が。
少年はその光景に息を飲んだ。
潤んだ目が乾く程に眺めた。
この世界に灯りの類いは少ない。
どこでも同じように満天の星空が見える。
しかし灯りが無いことで少年は深い夜の景色を知らなかった。明るい時間帯で生活してきたのだ。
だから少年はこの夜空を初めて見た。
「……綺麗だ……」
少年はただ一言だけ感想を溢した。
言葉に変える空きは無いが、言わずにはいられなかった。必然とも言える。
そして少年は元気を取り戻していった。
「そうだ……僕、世界を知れたんだ。……初めて村を出て……想像もしていなかった光景を……見れたんだ。……入れてもらえなかったけど……他の村を見て、……ゴブリンに襲われたけど……森を探索して、……食べ物が見つからなかったけど……草原を知れたんだ。……不思議な光景も見れた。……そして……この星空を見る事が出来た」
少年は気付いたのだ。
自分が大きな一歩を踏み出していた事に。
それはただ押し付けられた道だ。
ありふれた貧乏くじを引かされたに過ぎない。
それは世界にとって日常だ。
不幸とも幸運とも評される事はないよくある出来事。
しかしそれでも少年の世界は確かに変わった。
少年は生き延びたのだ。
もし途中で死んでいたのなら死に場所が変わっただけ、少年も含め誰からしても精々不幸な日常でしか無かっただろう。
少年もいきなり村から追い出された訳ではない。事前に知らされていた。最後の選別も全て。
だから生き延びれる可能性がほぼ無い事も判っていた。どこに行って余裕が無く受け入れてもらえない事も、森に入っても食べ物は無いどころか魔物に襲われる事も。
でも少年は死に抗った。
それは特に意識して行った事ではない。死にたく無かっただけ、全て当然と言える範囲の行動だろう。
誰もが選ぶ道の一つ。
その結果も大したこと無い。全て失敗と呼ばれるものだ。
醜い足掻き、愚行と呼ぶ者も居る程度の事をしたに過ぎない。少年を動かした感情も死への恐怖。
助かったのは奇跡と言いようがない偶然からだ。偶然来た流星に偶然選ばれただけ。
しかし生き延びた事で全てが覆った。
愚行は知識に。
恐怖は勇気に。
絶望は希望に。
少年は知る世界を広げ、生きる場所をそこに移した。
「……夢を見よう。最期まで……」
そして初めて生きてみたいと思った。死にたくないでは無く、生きてみたいと。
「“ステータスオープン”」
少年は静かに呟く。
少年は今までの自分と区切りをつけようと、今の自分を見る為にステータスを開いた。
少年の目の前に少年にしか見えない文字が現れる。
名前:ルク(12歳)
称号:辺境の放浪者、ダンジョンマスター
スキル:迷宮創造Lv1、農業Lv1、家事Lv1
「……ん?」
少年、ルクは目を擦る。
「これ、僕のステータスだよね?」
誰も居ない草原で少年は疑問を口にした。
誰も居ない草原で、少年、ルクは自分のステータスを見て固まっていた。
それはステータスが変化していたからだ。
まず村に居た時の称号は【辺境の村人】だった。それが今は【辺境の放浪者】と【ダンジョンマスター】に変わっている。
放浪者の方は少年にもすんなりと理解出来た。自分の今の状況をそのまま表しているだけだ。
それに村を出て一日と少しが過ぎた頃にステータスのアナウンスで変化した事を知らされていた。タイミングからしても大体予想が出来たから少年に疑問は無い。
しかし【ダンジョンマスター】の方は理解出来なかった。
そもそも少年はダンジョンの事自体知らないし、ステータス更新を知らせるアナウンスも聞いていなかった。
唯一流星の光の中で聞いた覚えがあったがよくは覚えていない。
ダンジョンとは簡単に言うと魔物が自然発生する領域の事だが、何処にでもあるものではない。当然少年の居た村の付近にも無かった。
少年が知っているのはダンジョンから溢れた魔物をどこどこの英雄が倒した、ダンジョンでお宝を見つけた冒険者がいる等の話だけだ。直接ダンジョンについて聞いた事はない。
微妙な知識はあることで少年は少し怯えていた。
「ダンジョンって魔物がいる所のことだよね? マスターの意味は解らないけど、もしかしてここがダンジョン? お宝はこの麦かも知れない……だったらここに魔物が出るの?」
だけどもこの見通しの良い草原を何時間も彷徨い歩いた事を思い出し、その考えを捨てた。
結局少年はダンジョンマスターの意味を理解出来ないまま次の項目に目を移した。
それが夢じゃないかと怯えながら、そして喜びを内包して。
「……〈迷宮創造〉、ある」
少年はそれが夢じゃないと確認した。
「やっぱりあった! 僕の三つ目のスキル!!」
少年は想いっきり歓喜した。知らずに涙が零れる。
この世界に生を受けてから一番嬉しい出来事だと少年は思った。
一つ目のスキル〈農業〉を獲得した時も、二つ目のスキル〈家事〉を獲得した時も一人ではしゃいで大喜びした。
しかし今回はその時よりも遥かに嬉しかった。
命を含め全てを失いかけていた少年が絶対に自分から無くならない力を手に入れたのだ。
何処までも底の部分では心細い中に一筋の光が差した。
生きようと意志しか無い所に、その道へ導く力を手に入れたのだ。心の支えと共に。
そして少年は認められたのだ。
スキルとは力であると同時に証でもある。世界にスキルを手に入れる程の技能を手に入れたと認められたのだ。
スキルは単なる日常生活では手に入らない。
例えば〈家事〉であれば毎日の家事を続けても手に入らないのだ。正確には手に入いるが主婦のように仕事として取り組まなければならない。最低限や手伝い程度では下手をすると何十年もの時間を必要とする。
つまり主婦が通常の家事を数年続けて手に入れるような技量が無ければスキルは手に入らない。スキルを手に入れるには専門的な努力が必要なのだ。
そしてスキルを獲得したと言うことはその技量、努力を認められたと言う事になる。
これはどれほど力ある者でも否定出来ない。そのスキルの分野においてスキル所持者の技量を否定することは即ち世界を否定する事と同じだ。
まあ〈窃盗〉等のスキルによっては不名誉な事の証明にもなってしまうが、それでも技量と日々の成果が実ったと大抵の者は大喜びする。
スキルの獲得やレベルアップとはそう言うものだ。
殆どを持たない者である少年の喜びは計り知れない。
「どんなスキルだろう!?」
少年は早速スキルを試そうとした。称号の方は殆どが能力を伴わないので試しようがない。
「迷宮創造!!」
とりあえず両手を前に突出しながらスキル名を叫んだ。
すると微かに一本生えていた麦が黄金色に光る。それは星明かりの下で気のせいだと思ってしまうほど僅かな変化だったが、少年は見逃さなかった。
「光った! 麦が光った! この麦はやっぱり僕が出したものだったんだ! 魔法じゃなかったけど凄いスキルだ!」
少年は確信した。麦を生やしたのが〈迷宮創造〉の力であっと、このスキルは麦を育てる力だと。
実際、麦を生やしたのは少年のこのスキルの力だった。
本質は麦を育てる力と言う訳ではなく、もっと遥かに高位の力なのだが少年はその予想だけで心の底から喜んだ。餓死寸前なほど空腹だった事を抜きに考えてもうれしい。
少年は麦に残っていた実を一粒採り、麦よ育てと想いながら投げた。
麦は黄金の輝きを放ちながら地に降り立ち芽吹く。
そして輝きを増ながら花が咲くように、天に昇るように麦は急成長し、立派な穂が実った。
黄金の輝きはゆっくりと消え去り、麦の穂は月光りに照らされる。
「出来た!! 麦を生やせた!!」
少年はこの結果に大声をあげて喜んだ。
そして少年は確かに感じた。
麦を生やすと念じた時の喪失感を、麦が育つにつれて満たされる何かを。
まるで自分が自分から離れ、麦が自分となり大地を自分に染めるようだと。
「ついに、やったんだ」
少年は居場所を手に入れた気がした。例え世界が敵に回っても自分を受け入れてくれる居場所を。
それが何よりも嬉しかった。少年自身は感覚的に感じたに過ぎない。それでも嬉しかった。
「えい!」
喜びの感情を言葉だけでは出し切れない少年は、麦を掬うように収穫し空に上げた。
全ての麦が黄金の光に包まれ大地に芽吹く。
少年を喪失感が襲い、麦の成長と共にそれを越える何かで少年は満たされた。居場所が増えていく。
少年の動きは止まらない。この喜びの前で止まる訳がない。
少年は麦の穂が実ったそばから収穫し、麦を空に上げて蒔いた。
黄金に輝く麦はどれも芽吹き、黄金の世界を拡げて行く。
実る麦の数が多くなるぼど蒔かれる麦も多くなり、加速的に麦畑は拡げられた。
そして拡がる毎に少年の麦を育てる時の喪失感が減り、逆に満たされる感覚が大きくなって行った。少年は踊るように麦を蒔く。
やがて少年は気が付いた。
ある程度麦を操れる事に。
少年が望めば実った麦は独りでに空を舞い、大地に降り立つと芽吹いた。
これにより少年は更らに自分の世界を拡げて行く。
成長しきると輝かなくなる麦も、星の代りに草原を照らす黄金の優しい光を反射させ、黄金の草原が姿を現す。
この動きは朝日が昇るまで続いた。
東の地平線から徐々に、眩いばかりの黄金の草原が光と共に姿を現した。
日が昇って来たのだ。
朝日の光は見事に麦を照らし出した。麦は黄金に染まり拡がる。
「…………うわぁ」
そして少年は思わず感嘆の溜息を漏らす。
あまりの美しさに、つい黄金を拡げるのを止めた。
見渡す限りの黄金。
太陽をその身に写す太陽そのもの。
これこそが後世、人類の太陽、人類の黄金と讃えられる【黄金ヶ原】誕生の瞬間であった。
前書きにもあるように、同じ文調を続けられる自信が無くて中断したものなので、多分続きは投稿しないと思います。
内容はタイトルと本編の内容でご想像ください。因みに流星の正体は本編に登場するなにかです。良ければ推測してみてください。
尚、同時期に告知した【金忌の黄金都市】は更に途中なので投稿の予定はありません。こちらはシリーズものなので、本編自体に登場すると思います。