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炭焔の支配者 炭職人の不本意な日常とアンミール学園への誘い

モブ達の物語第一弾、炭火料理の屋台のアベル君が十二歳の頃、アンミール学園入学前の話です。


 

 俺の名はアベル。

 炭職人と料理人の見習いをしている。


 今日も丁寧に一切の手を抜くこと無く作った使い捨ての竈に、伐採したてのトレント種の木材を殆ど隙間なく敷き詰め、火を入れ竈の入口を塞ぎ、一晩中その管理をしていた。

 実はスキルを使えば焼き芋を作るように簡単に作れるのだが、俺はそんな事はしない。簡単な方法で作れるものには限界がある。精々よく燃える薪程度しか作れないのだ。


 炭とは文化文明を支え人々を守護してきた偉大なる燃料である。

 料理は勿論のこと、その薪に出せない火力は数多の金属を溶かし文明を発展させてきた。

 確かにただ火力を求めるのならば魔法なり石炭なりいくらでも方法がある。しかし魔法は誰にでも使えるものでは無いし、石炭とやらは稀少でその煙は人の身体を蝕む。何れも一部の者にしか恩恵が無く、文化と言える程の流れを造り出すには及ばない。

 だが炭は違う。材料は何処にでもある木材で、一度俺達職人が作ってしまえば誰でもその恩恵にあやかる事が出来る。当然数も多く供給出来たから多くの人々が利用し、文化の水準を上げてきた。


 炭とはこれ程までに偉大なのだ。

 仮に簡単に作れたとしてもそんな失礼な事は俺には出来ない。そんなものは炭造りとは言えない、真の炭造りは簡単では無いのである。だから俺は真剣に時間をかけて炭造りに専念している。

 そして何時か全ての木で炭を造り上げてみたい。それも素材に力を全て以上出し尽くす最高の炭を。



 そんなこんなで今日も炭竃で炭造りの修行をしていると、使い魔の鳥が手紙を運んできた。


 その内容は。


「…………俺は炭職人だぞ。何でドラゴンの討伐を依頼されるんだ?」


 炭職人と料理人を目指している俺だが悩みがある。

 それは何故か無闇矢鱈に頼られる事。しかも今回なんかはドラゴン討伐だ。そんな感じの依頼が家にはよく来る。


 家は先祖代々炭職人をやっている家系だ。貴族号こそ持っているが、貴族では無いし断じて戦士の家系だとかでは無い。由緒正しくただ炭造りをしてきた家なのだ。

 しかしご先祖様も何故か大昔から頼られて来たらしい。騎士の勧誘や時には王になって国を興してくれと言う話も少なくは無かったと聞く。なんでも今もあるらしい。

 嘘だと思うかも知れないが本当の事だ。俺も毎朝夢だったと言う落ちを信じているが、一向に夢が覚める気配は無い。


 流石に勧誘が多いのにも一応は理由がある。

 それは俺達のご先祖、始祖様が偉大なる英雄だったのだ。それも現在も山のように英雄譚が出回っている世界的な英雄だ。

 その始祖様が数々の功績をこの地にもたらし、現在では神の如く敬われ神格化されている。

 そのせいで俺達子孫は大英雄の子孫、そして神の子孫として人々から頼られているのだ。


 因みにその始祖様も俺達の記録では炭職人だったそうだ。仮に本当に神に至っていたとしても、炭の神に、その子孫に何を頼むと言うのか? この世界は理不尽だ。


 そしてその頼み事は多すぎる。大半を無視して親父達が残りを解決しても残る程に。

 それで俺にもその厄介事が回ってくる。


「たく、ドラゴンぐらい自分達でどうにかしろ!」


 嘆願書によると現れたのはランク9の魔物ファイアドラゴン。ドラゴン種の最低ランクは8であるから下から二番目の種である。

 そしてランク8の魔物ならば冒険者ギルドのB級冒険者パーティが居れば倒せる強さだ。A級冒険者ならば一人で倒せる。A級冒険者は国に一人しか居ない時もあるが、B級冒険者ならばいるだろうし、それに近い強さの戦士もいる筈だ。

 軍隊を動かせば数の力でも勝てるだろう。


 だから俺は必要ない。と言うか見習い職人に何される気なんだか。

 本音を言えば俺ならば倒せる。特に火属性に偏るファイアドラゴンならば簡単に倒せるだろう。

 それでも本職の戦士はいるのだ。俺の出る幕ではない。と言うか出たくない。今は炭造りの修行中なのだから。


 そう思いつつも俺は出発の準備を始めた。

 残念なことに断る訳にはいかないのだ。断れるものはとっくに親父が省いている。

 嘆願書と共に来た親父の手紙によると、どうやら今回は脅されたらしい。


 勝手に王位を譲るぞと、来なくても巨大な石像を造ってそこに王冠を載せるぞと……またくろの教団が取り仕切っているあの国か。

 あの国は頭がおかしい。炭の神を崇める教団がそもそも国のトップ何て、創造神とかそれらしい神を崇めていた方がよっぽど良いと思う。何を持って炭にした……。

 確かに英雄譚の後の神話によるとこの世界の神々は始祖様に一斉に傅いたとあるが……普通に考えて絶対に嘘だろう!


 溜息と文句しかでない事を考えながら俺は、造りかけの炭に炭竃ごと固有スキルの力を使った。


「“焔炭化”」


 途端、炭竃は丸ごとよく燃える炭のように赤熱した。

 続けて俺自身に固有スキルを発動する。


「“我真招炭”」


 今度は赤熱した炭竃が赤熱したまま灰塵のようになり、俺に吸収されていく。

 そして俺の中に膨大な魔力と生命力が満ち、俺が赤熱したように淡く輝き出し、俺から大量の火の粉が舞う。


 俺の固有スキル〈炭焔すみび〉は一言で言えば炭を操る能力だ。

 と言うかまだそれくらいしか判らない。固有スキルは同じものが存在しないとまで言われる程稀少なものなので、俺が使いこなせるようになるまで知ることが出来ないのだ。

 少なくとも今の段階で、炭の保有する能力を極限まで引き出し、魔力生命力に変換する事が出来る。そしてそれ等を自分の一部に出来る。


 そんな能力で俺が何をしたのかと言うと自分の強化だ。

 ここにあった炭の力を余すこと無く吸収した事で、今の俺は身体能力魔力生命力全てにおいて倍以上となっている。特に魔力に関しては桁が違う。


 そして俺が求めていたのはその魔力だ。

 俺に元からある魔力量ではこれからする事、移動手段を発動するのにはとても魔力が足りないのだ。


 俺は懐から特殊な炭を取り出す。

 見ればうっすらと紅く輝いている。しかし熱くはない。

 俺はこの炭を握ったまま、詠唱する。


「“我、汝の求めに応じ降臨す”」


 短くこれだけだ。


 すると俺から魔力が外に放出され、炭に吸収されて行く。

 そろそろか。転移が発動する。


 魔力の流れが止まった。一瞬炭の周りの空間が歪む。

 刹那、バッと紅い焔が解放される。

 焔は俺を包み、俺自身も焔に溶け込むように一体化した。視界を完全に焔が塞ぐ。




 視界から焔が消えた時には、俺は土属性魔法で造られた簡易的な祭壇の上に浮いていた。

 正確には俺の使った転移の魔法道具である“炭神器マリフェコール”の対となる魔法道具、“炭神の烽火”と呼ばれる炭の上に。


 何でも始祖様の造られた、始祖様を呼び、その呼び声に応える為の魔法道具だ。巷で“炭神の烽火”の方は神器として奉られていると聞く。

 性能だけで言えば、“炭神器マリフェコール”は“炭神の烽火”のある場所に転移する魔法道具である。


 かつて炭職人で戦士などではなかった始祖様だが、何だかんだお人好しで危機的状況のときに自分を呼ぶ為、各地に“炭神の烽火”を配ったらしい。

 他のご先祖様も同じくお人好しで、世界各地に奉られているそうだ。

 まったく。


 さて、愚痴っていてもしょうがない。


 俺は俺を召喚した連中を見た。

 平伏している連中は結構、いやかなりズタボロだ。重厚で魔法的な力を感じる堅牢そうな鎧は、所々抉れ裂かれ変に融け固まり、屈強であったであろう戦士達は血と埃にまみれ疲弊が見てとれる。

 鼻につく鉄錆びの臭いは砕けた鉄の臭いか、はてまた血の臭いなのか判らない。


 そして驚く事に損傷した装備から、彼等が高い地位にある実力者である事が判った。一般人ではとても手の届かない高名な職人の作で、物によってはミスリルが使用されている。

 恐らく団長クラスの騎士や宮廷魔術師、そして高ランクの冒険者に間違いない。それも複数いる。


 これは早く話を聞いた方が良さそうだ。ファイアドラゴン一匹でここまでの被害が出る筈が無い。


「一体何が起きた?」


 俺の問に騎士団長らしき男が応える。


「ファイアドラゴンの群が攻めて来たのです」

 どうやらファイアドラゴンは一匹では無かったらしい。だから俺を呼んだのか。

「大体事情は解った。しかしこの惨状は何だ?」

 俺は大きく辺りを見回しながら言う。


 辺りには野営の大型テント、そしてそこからはみ出しシートの上に横たわる大勢の怪我人、そして走り回る治療師や戦士達。

 明らかに人数が多い。それも一国の軍よりもだ。何ヵ国もの軍隊が居るように見えた。

 これだけ居れば群であろうとこの怪我人が出る前に倒せている筈だ。


 そう言う疑問を伝えると平伏している連中達は次々と語った。


「始まりは我がアルベリオ炭神国を初めとした、周辺国をも巻き込む大地震でした」

「大地震?」

「はい、それはもう凄いものでした。魔物の脅威から長年人々を守っていた城壁が幾つも倒壊する程です」

「それは大丈夫だったのか?」

 下手したらドラゴンの被害よりも大きそうだ。この人数ここに居て大丈夫なのだろうか?


「はい、それは貴方様の御父様方に救援に来て頂けたので」

 あー、だから俺にこの嘆願が。

「そして大地震後程なくして、【魔の火山帯】にある砦より報告がもたらされました。大噴火が起きたと。

【魔の火山帯】は噴火の度に魔物の氾濫を引き起こして来た場所です。ですが大地震の影響でどこも動けませんでした。幸いにしてそこには幾つもの砦が築かれています。なので後回しにされたのですが――」


「ファイアドラゴンが現れたと」

「はい……しかも大地震の影響で砦も崩壊しており、最初は一匹でしたのでとりあえず前線を退いて更なる援軍が来るまで時間稼ぎに邁進しておりました。しかし氾濫した魔物は予想以上の数で、比較的普段は奥に籠って害にならない魔物までも刺激してしまい僅かな時間で被害は拡大。先日やっとここ【炭神の竃跡】まで前線を戻したところです」

「それで疲弊していたところをファイアドラゴンの群に襲われた」

「……はい……」


 それを聞くと【魔の火山帯】への唯一の入口である【炭神の竃跡】まで、前線を戻せたのはなかなかの偉業かも知れない。

 なら後は引き受けよう。一応俺もこの地域に住む者だしな。


「分かった。後は任せろ!」

 俺はにかっと笑って言った。

「ありがとうございます! 炭子様!!」

「「「ありがとうございます!!」」」

 皆涙を流しながら感謝してきた。まだ倒して無いって。




 怪我人達の居る野営地から大分離れた場所、そこでは今も守りを固める重装な騎士達を、一方的にファイアドラゴンの群が蹂躙していた。

 唯一の救いはファイアドラゴンが思いっきり火属性に偏っている事だ。そのお陰で対火属性で守りを固める事ができ、何とか持ちこたえている。


 俺はアイテムボックスからこれまでに造った高品質な炭を取り出した。〈炭焔〉の力でそれを俺の周囲に浮かべ、俺自身も飛んで急行する。


 目標は今にもブレスを放とうとしているファイアドラゴン。

「グゴォォッ」

 息を吸い込みチャージしている。


「グボォォーーー!!」

 そしてブレスは放たれる。純粋な火炎にしか見えないが城壁をも融かす凶悪なブレスが。


 俺はそのブレスの延長上に潜り込む。

 そしてその火種・・をちょうだいした。俺の周りの炭がそのブレスを全て吸収する。


 これが俺がファイアドラゴンに負けない理由だ。俺は火であれば炭に吸収させて無効化できる。たとえ火山であれ、小規模ならばただの山にできるだろう。

 ファイアドラゴン程度に負けはしない。


 俺はそのまま戦士達に向けられるブレスの間に潜り込み続けた。

 それに気が付いた戦士達から声が上がる。


「見ろ! 炭子様だ!」

「炭子様が助けに来て下さったぞ!」

「俺たちには炭子様がついてる! まだやれるぞ!」

「「「オオオォォオオ!!」」」


 まだ来たばかりなのに、凄い士気の上がりようだ。まあ良かった。元気そうで何より。


 そして炭に火が貯まってくると、また〈炭焔〉を使う。


「“我真招炭”」


 俺の身体からさらに大量の火の粉が舞う。

 ファイアドラゴンによるブレスの力がさらに昇華され、俺の力となる。

 これで万が一にもファイアドラゴンに敗れる可能性は消えた。仮に炭が無くともブレスを無効化できるだろう。


 しかし、一つだけ問題がある。

 俺は炭職人の見習いだ。当然、武術何か使えない。魔術は使えるが攻撃魔術など覚えていない。

 そう、攻撃手段が無いのだ。


 いつもは強化した腕力と木を倒す用の斧で解決しているが、流石にファイアドラゴンはそうはいかない。

 一応は試してみよう。


「ふんっ!」


 俺は斧をファイアドラゴンの首目掛けて振り下ろす。因みに〈斧術〉は使えないのでいたって普通の一撃だ。


「ギュガァアァァーー!?」


 斧がぶち当たると凄い勢いでファイアドラゴンは吹き飛んで行った。そのまま地面に激突し、盛大な土煙を上げる。

 斧は折れてしまった。木を伐る道具だから仕方ない。


「ギュ…ア……」

 ファイアドラゴンはフラりと立ち上がった。かなりふらついた状態だが、首は鱗を粉砕して辛うじて血を流させる程度で、ダメージの大部分は地面との激突が与えたものだろう。

 恐らく時間が経てば回復してしまう程度だ。

 やはり決定打にはならない。


 一応魔術の方も試してみる。

 標的は新たなファイアドラゴン。墜落した方は戦士達に任せよう。


「“炭化”」

 〈火属性魔術〉〈風属性魔術〉〈炭造〉〈炭焔〉そして〈料理〉まで駆使して、簡易的な炭造りができる魔術を発動した。


 ファイアドラゴンが激しい炎に包まれ一気に燃え上がる。いや、空気に逃げられ焼かれる。

 そしてファイアドラゴンは断末魔の声を上げるまでもなく炭化した。


 呆気ない。


「……成功したな」

 戦闘中にも関わらず、思わず声が漏れてしまった。まさか炭造り用の魔術が効くとは思いもしなかった。


 確かに炭窯に生き物を放り込んで火を入れたら生き残るものなど皆無に等しいだろう。しかし相手は魔物、それも強靭な生命力の代名詞ドラゴンだ。それも熔岩の中で生活している種である。

 ファイアドラゴンの討伐例を知っている訳では無いが、多分火属性の魔術では倒せない。宮廷魔術が複数人寝込む程の火属性魔術を撃ち込んでも恐らく効くのはその魔術の衝撃だけだ。


 そんなドラゴンが炭造り用の魔術で炭になった。

 力なく地に落下して行く。


 …………。


「何でもいい、討伐を続けよう」


 言葉に出して自分に言い聞かせる。

 そうだ。どうでもいい些細な事だ。ドラゴン由来の炭が出来ただけ。


 いや待てよ……ドラゴンの炭?


 素晴らしいものが出来たじゃないか!

 そうと分かれば性能チェックだ。


 まずは本当に炭なのか。

 そうであれば俺が操作出来る筈。それも俺の作ったものだからかなりスムーズに動かせる筈だ。


 地に落下し燃え落ちた家のようになった炭化ファイアドラゴンを元の位置に戻そうと意識する。

 するとゆっくりとだがドラゴンが起き上がり、ここまで羽ばたいてきた。


 凄い! ただ浮かぶのではなく、生前のように飛んでくるなんて!

 我ながら凄い炭を作ったのかも知れない。


 もしやと思い命令してみる。


「あのファイアドラゴンを焼き落とせ!」


 途端、バッサッ!と炭化ファイアドラゴンは飛び去る。

 やはり知能も残っている。いや、増して存在している。恐らく俺が直接操作しなくても命令するだけで動くだろう。


 飛び去った炭のドラゴンはファイアドラゴンの真上に陣を取った。そして空気を吸い込む。

 黒い炭の身体は空気を吸い込んだ口元から激しく赤熱し、体表が炎を放って行く。激しい炎に包まれてなお赤熱したその身体はここからでも判別できた。

 素晴らしい熱量だ。炭として間違いなく合格である。


 やがて炭のドラゴンは翼の端から尻尾の先まで口元と同じ色になると、口を閉じ顔を標的のファイアドラゴンに向けた。


 そして一気にブレスを放出した。

 その剰りの熱量に、真下にブレスが向けられているのにも関わらず、上方向に噴火規模の火柱が立つ。


 標的にされたファイアドラゴンは一溜まりもない。

 一瞬でブレスに呑み込まれて蒸発した。

 ブレスは直進し、下の岩場をドロドロに融かす。ほどなくしてサウナよりも熱い熱気がここまで広がった。


「凄い……まさかここまでとは」


 思わず声が漏れた。

 炭のドラゴンは身体の一部が灰になり、サラサラと風に流されて行くが、炭だから仕方が無い。

 そんなことよりも半自律的に動き高い熱を発する、実に素晴らしい炭だ。是非とも極めたい。



 ブレスが放たれてから暫くすると、早くも勝鬨のような歓声が上がった。派手なブレスは大きな印象を与えたらしい。もう勝利を確信しているようだ。


「流石は炭子様だ! 見たかあの炎! 我らの希望の光だ!」

「なんと頼もしい! なんと偉大だ! 俺達には炭子様がついているぞー!」

「……なんと言う光景だ。……神は確かに存在するのだ。この神話の光景、多くの者に伝えなければ!」

「残りのファイアドラゴンも、あのブレスで一発だ!」

「勝利だー!」


「「「「「ウォオオオオーーーー!!」」」」」


 何か凄い盛り上がっている。炭窯の中よりも熱いかも知れない熱狂ぶりだ。

 一部狂信者予備軍までいるし……。


 多分、いや間違いなく俺達にやっかいごとが舞い込むのはこれが原因だろう。実際に彼等にとっての神に値する力で、彼等ではどうにもならない事を救ってしまっているからだ。

 奇跡を目に見える形で見せ続けているとも言える。

 そりゃ始祖様への信仰が狂信的なレベルにもなるし、それを実行している俺達は頼られる。


 見事な悪循環だ。


 しかし情けは人の為ならず、どうやら自分の為でもあったらしい。素晴らしき炭とその製法を手に入れた。


 さあ、ファイアドラゴン狩りと行こう。悪循環なんか関係ない。

 今考えてみればブレスで蒸発したやつは惜しいことをしたな。素材を一つ無駄にしてしまった。

 まあ良い。まだまだあるからな。


 俺はファイアドラゴンに向かって高速で飛行し、続けざまに技を放つ。


「“炭窯結界”、“灰化炭焔”」


 熱を閉じ込める絶縁結界に囲まれたファイアドラゴンが、結界を張る瞬間に投げ込んだ炭の全開火力で焼かれる。


 “灰化炭焔”は炭を一瞬で灰になるまで燃やし尽くす技だが、その分周りも全て灰になる程の火力を得る事が出来る。この熱と結界による窯、そして俺の炭造り技能があれば即席でも、高品質の炭を造る事が可能だ。


 そして結界を解くと、そこには初めの炭ドラゴンよりも、さらに力を感じる炭のドラゴンがそこには誕生していた。


 まだだ。まだ行ける。この材料ならば、まだ上の炭が狙える。


 俺は次の狙いを定める。

 ふふふ、生きの良さそうな奴だ。


 そんな事を思っていたら何故かファイアドラゴンが逃げ出した。

 まず一匹、二匹と、まるで恐怖が伝搬するかのように群れごと逃げ始めた。


「おいコラ、逃げるんじゃない。立派な炭にしてやるから」


 まあいい、生け簀で泳がして鮮度を保つのも面白い。普通の炭造りでは鮮度等必要ないが、今回の材料はファイアドラゴンだ。生きが良い方が上質な炭が完成するかも知れない。

 だが逃がしはしない。あくまでほんの少しの間、泳がして置くだけだ。


 おっと、興奮してしまった。

 いつの間にか俺から出る火の粉が雨のように降っている。この火の粉は俺の魔力が漏れでたものだから、感情に反応しやすいのだ。

 これをファイアドラゴンは恐れたのかも知れない。魔力を読み取ったのだろう。


 さて、炭造りの続きと行こう。





「…………」


 正直、やり過ぎた……。


 俺の眼下では戦士達がつい膝を着き、畏敬の籠った目から感涙を流していた。

 その手は祈るように組まれ、俺を見上げている。


「ありがとうございます炭子様ぁ! 御身のお陰で我々人類は存続の道を歩む事が出来ます!」

 偉そうな騎士が涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔でそう祈ってきた。

 もうこれは感謝の言葉ではない。祈りだ。信仰だ。


 それに人類の存続って……強く否定出来ない自分が憎い。


「「「「ありがとうございます炭子様ぁ!」」」」

 続けて他の全員が同じ祈りを続ける。


「必ずや貴方様の神像を!」

「必ずや貴方様の神殿を!」

「必ずや貴方様の福音書を!」

「「「ウォォオオオーーー!!」」」


 もう…手がつけられない……誰か助けて………。


 今すぐにでもここから逃げたい。

 しかし怪我人を放って置くことも出来ない。

 はぁ、仕方が無い。


 俺は家で改めて炭にしようと確保していたファイアドラゴンをアイテムボックスから取り出す。

 空に浮いている俺が取り出したファイアドラゴンは、大地目指して自由落下を始めた。

 俺は愛用の包丁を取り出し、ファイアドラゴンをさっさと捌く。

 そして落ちる前に串を刺してはまたアイテムボックスにしまった。


「これで下準備はよしと、“炭焔”」


 俺は炭に火をつけて周囲に浮かした。

 炭から松明のような焔が上がる。


 そんな事を始めた俺を、戦士達は祈る姿勢のまま、不思議そうに見上げた。

 まあ見ていろ。


 俺は捌いて串に刺したファイアドラゴンの肉を取り出す。

 そして焔に潜らせる。癒しを望みながら“療理”する。

 ファイアドラゴンの肉は火が通り難いようだ。火力を上げよう。

 塩をここでかけてと。


「ほら、完成したぞ。食え」


 俺は数秒で完成した串焼きを重傷者から優先的に渡す。と言うか口に向けて投擲した。

 周囲の反応を全て聞き流し、串焼きを焼き続ける。


 そしてチラリと串焼きを頬張る連中を見た。

 フフフ、さっきまでの信仰心が幻だったかのように、ただ夢中で食っている。

 旨いだろ? これは俺の求めている反応だから素直に嬉しい。


 そう、信仰心なんかいらない。権力も力も金も求めない。

 俺は俺の炭を、それで造った料理を、多くの人に知って貰いたいのだ。

 炭は神殿に納める神器なんかじゃない。こうやって使うものなのだ。




 俺は全員に串焼きが行き渡ったのを確認し、静かにその場を去った。





「おかえりなさいアベル。良かったわ。早めに帰って来てくれて」


 家に帰ると、玄関の前で母さんが待っていた。

 それ自体は珍しくは無い。

 しかし何故か母さんは明らかにほっとしているのだ。しかも心配からでは無いのが見てとれた。


「どうしたんだ母さん? 何かあったのか?」

「それが大変なのよ。始祖様急に降臨なされたの。しかも母さんの実家の始祖様や、他の御先祖様達も御一緒に降臨なされたの。何でもアベルに大切な用があるみたいで」

「はぁっ!?」

 驚き過ぎて口からはこれしかでない。


 始祖様って生きていたのか!? て言うか降臨って言ったよな!? 本当に神に至っていたのか!? それに他の御先祖様達もぉ!?


「何でもいいから早く来て。今はお父さんとお爺様が必死でお相手しているわ」

「まっ、待って母さん! まだ心の準備がっ!」


 俺の抵抗虚しく、無理矢理母さんは俺を連行していく。




 着くとそこでは血族総出の、しかも必死のもてなし……もてなしを受ける始祖様達がいた。


 ……父さん、落雁(供え物の飾り菓子)って供えられる側の御先祖様達でも食わないと思うぞ。御先祖様が気を使って噛ってるじゃないか。早く止めろ。

 ……婆ちゃん、煤払い必要ないから、その人本物で神像じゃないから。迷惑そうにしてるぞ。雑巾で顔拭こうとするじゃない。

 ……爺ちゃん、だからその人は本物! お墓感覚で水を頭に掛けるな! 後雑巾で拭こうとするな!


 まったく。


「たたた只今御参上御仕り御致しこざりましょうで候です。アベルと御申しまする候ですアーメン」


 俺は見本を見せるように華麗な土下寝スライディングで登場し、少し噛んだが出来る限り丁寧な言葉で御挨拶した。


 おっと賽銭賽銭、金貨金貨、有り金全部投げよう。

 それ!それ!それ!

 なっ、御先祖様が痛そうにしている! しかも怒りを抑え込んでいる感じだぞ! 誰だ!


「……“神罰(弱)”」


 御先祖様の声と共に、目の前が開光で真っ白になった。




「目覚めたか。何も言わず動かずそのまま聞け。鬱陶しいから俺が気絶させた。

 それで俺達がここに来た理由だが、アベル、お前をアンミール学園本校に導きに来た」


 俺が目覚めると、始祖様は俺にそう言った。

 まだ意識が戻ったばかりで何の反応も出来ない俺達に構わず、始祖様は話を続ける。


「もうすぐある御方がこの世に降臨され、アンミール学園本校に通う事になる。アベルよ、その御方の力に少しでもなるのだ。お前にとっても悪い話ではない。寧ろお前の為になる話だ。これ以上に良い話は無い。

 いつでも行けるように準備を整えておけ、三ヶ月後にまた会おう」


 そう告げると御先祖様達は幻のように消えた。


 ……御告?


 …………夢?


 だんだん意識がはっきりしてきた。


 アンミール学園と言うのは始祖様の功績の一つで、招致に成功した世界最高の学校の名前だ。今も在るし、俺も来年から通う予定だった。

 だがここは分校と呼ばれている。本校などこの世界の何処にも存在していない。不本意ながら家には世界中の情報が入って来るので確かだ。


 しかしアンミール学園には神話や御伽噺で本校と呼ばれる在ると伝えられている。

 曰く、至高の絶対存在がそこを治めている。

 曰く、生徒は必ず英雄として名を残す。

 曰く、世界の節目に存在が明かされる。

 曰く、そのとき世界は繋がる。


 そして俺は御先祖様の遺した言葉を思い出した。


『世の中には数多の世界が存在する』


 そして今日御先祖様達が現れ告げた。

 疑いようもなくアンミール学園本校は存在し、そしてそこは他の世界に在るのだろう。


「アンミール学園本校かぁ~、懐かしいわねお父さん」

「そうだな。お前との出会いもそこだったな」

「婆さん、儂らも通ったな。一体何時の事だったか」

「何百年経ったのでしょうね?」


 あれ? 俺と皆との間に認識の齟齬がある。

 初めから本校の存在知ってた!?


「ん? アベル、言ってなかったか? 俺達はそこの出身だぞ」

「いや前にアンミール学園を見に行ったときに懐かしいって言ってたじゃないか!?」

「それはね。彼処がアンミール学園本校への入口なのよ。通学路って意味でお父さんはそう言ったんだと思うわ。一般的には知られていないけどね」

「じゃあアベル、もしかして母さんと婆さんが所謂異世界人って事も知らなかったのか?」

「異世界人と言っても地球人ではありませんけどね」


 ――――あれ? 意識が遠――――。




 俺はアベル・ニーク・グランチャコル十二歳。

 アンミール学園本校へ通う事が決定した。極て常識的で模範的な、炭と炭火料理を愛する一般人だ。

 俺の平穏は何処まで遠退いて逝くのだろうか?





 《用語解説》

 ・炭焔

 史上初アベルが獲得した固有スキル。読みは“すみび”。

 炭を造る事にも応用できるが、炭と炭火を扱う能力である。もっと大雑把に言えば炭を自分の身体のように扱える力。遠隔操作のような事も出来れば、純粋に自分の力にも変換できる。

 さらに特質すべき能力は、炭以外のものも炭に見立ててある程度適用できる事だ。主に眠っている力を引き出す事が可能。木の力を引き出したものが炭と言う理屈からだ。


 他にも力は眠っているが、どう昇華させるかはアベル次第である。



 ・炭造

 炭造りの為のスキル。

 炭職人ならば所持している事が多い。

 効果は字の通りである。



 ・炭神器マリフェコール&炭神の烽火

 炭神ガベルの創った転移の神器。

 座標である炭神の烽火に火を着けると、炭神器マリフェコールに知らせが伝わりこの所持者は座標に転移することが出来る。魔力の消費は少々激しい。


 元々はガベルの妻マリフェの為に製作した転移能力を付与した炭。マリフェのピンチに駆けつける為のものだが、実際にこの目的で使われたことは無い。

 以後、神として信仰されるようになってからは、成り行きで炭神の烽火を授けるようになった。炭神の神殿には必ず奉られている。



 ・炭子

 炭神ガベルの子孫に対する敬称。

 天子と同じような意味。



 ・炭神の竃跡

【魔の火山帯】を囲むようにしてに在る、半ドーム状の巨大城壁。

 かつて炭神ガベルが世界最大の火力を誇った【魔の火山帯】を利用し、炭竃を造ろうとした名残。途中でこの大きさが無駄な事に気がき造るのを止めたが、それまでに造られたものは城壁として遺された。

 永きに渡り人々を魔物の脅威から守り、炭神信仰に拍車をかける一因となった場所である。




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〈モブ達の物語〉あるいは〈真性の英雄譚〉もしくは〈世界解説〉
これです。

本編
〈田舎者の嫁探し〉あるいは〈超越者の創世〉~種族的に嫁が見つからなかったので産んでもらいます~
【ユートピアの記憶】シリーズ全作における本編です。他世界の物語を観測し、その舞台は全世界に及びます。基本的に本編以外の物語の主人公は本編におけるモブです。

モブ達の物語
クリスマス転生~俺のチートは〈リア充爆発〉でした~
裸体美術部部長イタルが主人公です。

モブ達の物語
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風紀委員のメービスが主人公です。

英雄譚(短編)
怠惰な召喚士〜従魔がテイムできないからと冤罪を着せられ婚約破棄された私は騎士と追放先で無双する。恋愛? ざまぁ? いえ、英雄譚です〜
シリーズにおける史実、英雄になった人物が主人公の英雄譚《ライトサーガ》です。

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