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12/22

孤高の世界最強~ボッチすぎて【世界最強】(称号だけ)を手に入れた俺は余計ボッチを極める~ その2

【ボッチ転生】100話到達記念その2です。


20〜



「で、どうやったら早くスキルを上げられるんですか?」

『実現出来るかはともかく、方法としては簡単です。目指すスキルレベルで使えるようになる力を自力で使えれば簡単に上がります』

「それってめちゃくちゃ難しいんじゃ?」

『はい、ですがそれにも抜け道が有ります。武技と言うものです』

「武技?」


 武技と言われて思い浮かべるのは、ゲームキャラクターの技。

 ゲームによってはアクティブスキルとか呼ばれているアレだ。

 でもアクティブスキルのレベルを上げようとしているのに、アクティブスキルを使うのは矛盾している。

 実行できる時点で求めるものを持っている。


『貴方の思い浮かべるアクティブスキルと、貴方の持っているアクティブスキルは全くの別物です。貴方の持っているこの世界のアクティブスキルは技ではありません。現に水属性魔術は技ではなく魔術の分類です。

 ですが、武技は貴方の思い浮かべたアクティブスキルとほぼ同等のものです。必殺技のようなものですね』

「おお必殺技! そんなのがあったんですか!?」


 さっそく試しに腕を十字にクロスさせたり、両掌を球を掴むようにして引いてみたり、頬に電気を溜めようとしてみるも、うんともすんとも言わない。


 もう少し型に拘らないと駄目か?


 アイテムボックスから、大量の衣装の中に紛れ込んでいた赤白帽を取り出す。

 そしてつばを縦にして装着。


 再び十字。

 ダメ押しで超演技発動!

 我ながら完璧な構えだ。見よ! この完璧な猫背!


 しかし何も出て来ない。


 こうなれば赤メガネも装着。

 額でダブルピース。


 やはり出ない。


 サイズの問題かな?

 よくよく考えたら赤メガネは変身アイテムだし。

 超演技をしたところで差異が有り過ぎる。


 気を取り直してオレンジの道着に着替える。

 こっちは外見上人間だし何とかなる気がする。

 そして何故かこちらは衣装一式が揃っていた。


 後はツンツン頭にしてと。


「か〜〜〜!」


 …………。


「〜〜〜〜!」


 両掌を開いて何か溜まってくるのを待つも、何も来ない。


「め〜〜〜!」


 まだうんともすんとも言わない。


 これはサイズの問題ではない。

 この場合はきっと中身だ。

 俺は安全第一の平和主義者。強い奴を見つけてワクワクしたりしないし、闘った後に仲間になるようなコミュ力を身に着けていない。

 会っただけでポンポン友達になるパリピでは無いのだ。


 俺は友達をしっかり選ぶ人間。

 断じて居ないのではなく、基準が医師免許取得ぐらい難関なだけだ!


 …………ぐすん。


 気を取り直して別の方向から。


 髪を赤に染め……早速難関にぶち当たった。

 流石に染料は無い。


 この様子だと流石に電気鼠の必殺技とかは無理そうだし…どんな必殺技を試すべきか?


『……ごほん。そんな事しても必殺技は出せません。試すのは結構ですが言われる前に察してください』


 そんな風に考えていると、女神様がイタイ子を見る目で俺を見てきた。


『貴方は一体何歳ですか?』

「……男の子はいつまでも幼心を忘れないんですよ……」


 振り返れば随分恥ずかしい事をしていた。

 また黒歴史だ……。


「それで、本当はどんな必殺技なんですか?」

『人が主人公のゲームみたいな技です。ドラゴンのクエストのような。それなら何となくイメージ出来ませんか?』

「何となくなら」


 そうならそうと早く言ってほしかった。


『ゲームで言うアクティブスキルのようなものだと初めから言ってました。必殺技の部分だけを聞いて行動したのは貴方です。人のせいにしないでください』

「それならそれでもっと早く止めてくださいよ! 絶対俺を弄んでいたでしょう!?」

『はい』

「即答!?」

『さて、武技の話に戻りますが』

「気にも止めない!? もはや俺で遊ぶのは当然なんですかね!?」

『そんな当たり前の事はさておき、武技の話をしますね』


 本当に何事も無かったかのように俺の訴えをスルー。

 俺の人権どこ行った!


『貴方と共に有りますよ。ただし私にも神権と言うものが有ります。つまり貴方に人としての権利が保証されるように、私にも神としての権利が保証されているんです。神々は見守るお仕事ですから、相手のプライバシーを気にしなくても良いんですよ』

「なんですかその本物の免罪符みたいな権利!? と言うか本当に有っても基本的人権の尊重って言葉知らないんですか!?」

『知っていますが私は神なので守る義務はありません』


 本当に神様かこのひと


『考えてもみてください。貴方達人間は動物を愛護します。しかしトイレは丸出し、閉じ込めつつも壁の無い檻。それと同じようなものです』

「人間をペット扱い!?」

『つまり神々は貴方達人間を愛していると言う事です』

「今の話からどうやってそこに飛びました!?」

『人間からして動物に動物権はありません。しかし動物に対して責任を持とうとします。それでいて新たに動物を飼いならそうとする。つまり権利や義務では無く、枷をはめる分責任を持とうとするんです。住む場所を奪った分何とかしようと、飼うと決めたからには最期まで面倒を見ようと。

 そしてそれを成り立たせるのが愛です。愛故に動物に関心を向ける。愛故に自ら責任を持とうとする。だから根底にあるのは愛なんです』

「つまりプライバシー無視して見るのも愛故だと、そして義務は無くても結局愛しているからその分は保護するって事ですか?」

『まあそんな所ですかね。我々は面白……じゃなくて好きであることが始まりと言う事です』


 今、面白いと言おうとしていたが、結局人間を愛しているからこそ見ているから義務が無くても果たすと捉えていいのだろうか?

 好きが何よりも優先されるから他はどうでもいいとかじゃ無いよね?


 うん、その筈。

 少なくとも動物だとその筈。


 ……なんか女神様の微笑みが恐ろしげに見えてくる。

 いつも俺の心を読んで来るのに、こんな時に限って沈黙の微笑み。

 せめて何かを言ってほしい。この状況で何も言わないのは、本当に言えない事だからだと思えてしまう。

 はっきり言ってくれた方が冗談だと思える。


『勿論、前者ですよ』


 ふふふと笑みを浮かべながらも、そうはっきり言った。


 いやいや、はっきり言うのはこっちじゃない!

 いや内容的にはこっちを圧倒的に求めるべきだけども!

 と言うか今答えるって、前者って、俺の心を読んでいたって事だよね!? 何故このタイミングで発言!?


『勿論、貴方をからかう為です』

「…………女神様、俺を一体なんだと思っているんですか?」

『玩具』


 はっきり言われてもこの発言はどうしてだか冗談っぽく聞こえない。


でも(・・)安心してください。人類を(・・・)玩具と思っている訳ではありませんから』

「何だ、もうからかうは止してくださいよ? ん? でも?」


 何故かこの接続詞が引っかかるが、まあ気のせいだろう。

 そう言う事にして、しておく。







『では、武技の話に戻りますね』


女神様が再び武技の話に戻す。


「どうすれば使えるんですかね?」


俺も元の話に戻そうとはしない。

引っかかりは残るが、あそこで終わらせておくのが懸命だと勘が告げているからだ。


取り敢えず話してみたらそこまで変な発言では無かった。この結論が一応は得られたのだからそれでいい。

そこで止めておくべきだ。


『簡潔に言えば、武技は魔力を対価に型を引き出すものです。つまりゲームのように、魔力があれば同じ技を何度でも使う事が可能です。感覚的には、一時的にその身に英雄を宿すかのように、完璧な技を使えます。残念な言い方をすれば超補正ですね』

「じゃあ、魔力を流せばいいんですね?」


早速俺は手で十字を作りながら、魔力を流してみる。

どう流せば良いかは聞いていないが、多分手に集中させれば何とかなるだろう。


『いや、ですからゲームのような技であって、更には型も決まっていますから、そんな光の巨人みたいな技は―――』


うわっ!

貯まり過ぎた!

スパークがまで発生している!

暴発しそうな雰囲気だ!


取り敢えず放出!


バシュンッッ!!


すると透明の雷とビームの狭間のようなもの、透明の真っ直ぐな雷の光線が出た!


直線上にあった木はベキベキと折れ裂け、薙ぎ倒される。

派手に爆発したりはしておらず物理的な破壊のみだが、それでもちょっとした空き地程の面積が拓けた。

オリジナルには遠く及ばないだろうが高威力だ。


魔力を止めると、透明の雷にバラけ消える。


『なんかそれっぽい技、使えましたね……』

「どうです? 俺の初の武技は!」


全てが狙った通りでは無かったが、どう見ても見事な必殺技。

少し胸を張りながら女神様の感想を待つ。


『いや、それは武技ではありませんよ』

「へ?」


しかし待っていたお褒めの言葉は無かった。


『魔力を流すと言っても、あれはただ魔力を放出しただけです。そもそもまず前提として、スキルありきの技が武技です。魔力を放出して攻撃する“魔力弾”と言う武技もあるそうですが、これは無属性魔術の武技、つまり貴方には発動出来ません』

「じゃあ、あれは? 結構な威力が出ましたけど?」

『普通の魔力放出です。魔力操作と大量の魔力による力技ですね。この流れで言うのもあれですが、魔力弾よりも高難易度かつ高威力ですよ。何故貴方は毎度難易度の段を踏めないんですかね? しかも毎度奇行付きと、せめて行動だけでも普通にできないんですかね?』


聞けば武技を使うよりも凄い事をしたのに、何故か貶される。

しかし奇行の辺りは弁明も何も出来無い。

ちょっとハイになって試してしまったが、十字ビームを出すのは確かに奇行。厨二病どころかチビっ子がやる様な事だ。


くぅ〜、やるなら亀の拳法の方にすれば良かった!


『そう言うところです。奇人に奇行をするなと言う方が間違いだったかも知れませんね』


嫌味と言うよりも、溜息と共に素でそう言われた。


……以後、気を付ける事にしよう。


幸いまだ現地人に会っていないし、高校デビューならずの異世界デビューのチャンスがまだ俺には残されている。

まだまだ挽回出来るどころか、友達百人も夢じゃない!


『うぅ………貴方と言う人は』


そんな決意を固めるとハンカチ片手の女神様。


「本当に俺の事、何だと思っているんですか!?」



何故か俺もハンカチを持つハメになったが、やっと本格的な武技の説明に入る。


『実のところ、貴方は既に武技を使用していました。鑑定です』


武技を知る過程でかなり脱線してしまったが、答えはとても単純なものだった。


「えっ? あれが武技だったんですか?」

『正確には、戦闘と関係のない技を文技と呼ぶのですが、呼び方以外は全く同じです。スキルがあるだけで対価を支払えば達人級のことが出来る、それが武技ですから。そしてさっきの光線のような一から構築する技は武技ではありません。簡単に本来なら出来ないレベルの技を使える、この点が武技の最も大切な要素です』

「じゃあ、鑑定みたいに念じるだけで使えるんですか?」


思えば、アイテムボックスだって当たり前のように使えている。

魔術のように術式を覚えるまでもなく、使おうと思うだけで使えた。

それにギフトだって、悔しいがボッチギフトに関しては自由自在、超変身だって使おうと思えばそれだけで使える。


『スキルによって違います。鑑定やアイテムボックスのように元々出来ない行為に関しては、スキルがあるだけで使える場合が多いです。しかし剣術など元々スキルがなくとも出来る行為だと、スキルだけでは使えない場合が多いです』

「普通出来ないスキルの方が簡単に使えるって変ですね?」

『そうでもありません。普通に出来る行為は出来てしまうからこそ武技の障害となります。

例えば剣術の武技“回転斬り”ですが、剣を持って体を軸に回転する必要があります。つまり仮に簡単に発動出来たとして、元々の体勢を整えておかないと大惨事に発展します。発動した時踏ん張っていたら足を盛大に捻りますし、だからと言って体重をかけないと剣が何かに衝突した場合そちらが軸となり体の方が回転してしまいます。

武技と通常の行動が一致しなければそもそも武技の形にならないんです。武技が通常の行動よりも優先される事もありません。同時に動いてしまいます。脳は一つでも、武技は意思だけで発動してしまうものですからね。

対して鑑定やアイテムボックスは元々出来ないものですから、動きを阻害しようがありません。だからスキルがあるだけで使えるそうです』

「魔術の場合はどうなるんですか?」

『魔術も一応剣術などと同じく、通常の行動も一致していなければ使えません。変に意識して魔力を動かこそうとすると、魔術が破綻しますから。しかし完全に同じでもありません。

まあここら辺は実際に試した方が早いでしょう。“ファイヤーボール”……は危ないので“ウォーターボール”を使いたいと念じてみてください』


うん、俺も女神様に同感。

ファイヤーボールは危ない。

火の魔法は暫く封印だ。


「念じるだけでいいんですか?」

『はい、それだけで結構です』


出でよウォーターボール!


うわっ! 念じただけで出た!

術式も組んでいないのに自動で組まれた。

しかし早くて便利なだけじゃない。


「なんか消費魔力が、自力で発動したときよりも多いような?」

『それが武技の特徴です。勝手に発動してくれる分、魔力が対価に必要な訳です。そして魔術の場合は元々魔力を必要としていますから、武技で魔術を発動する場合、負担が大きくなってしまいます。剣術などの武技で例えると、二回武技を使用しているようなものです。

しかし武技で魔術を使うのが主流です。低難易度で強力な魔術を使えますから。そして武技として使うからこそ、真の術式を教えられる者が極端に少なくもあります。そこで魔術師は主に武技としてしか魔術を使えず、それに伴って魔力量の多い者しか魔術師に向かなくなっています。なので、魔術師はそこそこ希少らしいですよ?

魔力量も多く自力で魔術を発動出来る貴方は結構有望株ですよ?』


おっ、珍しく女神様がお褒めの言葉をくれた。


『とてもそうには思えませんが』


いや、女神様は女神様だったらしい。


でも、悪口っぽくても、悪意は感じない。


もしかしてこれまでの悪態も女神様の優しさだったのかも知れない。

俺は今までこんな面と向かって悪口を言われた事が無かった。

友達がいな……少ないからだ。


認めてくれていたからこそ、そう言ってくれたのかも知れない。


思い返せばいつもそうだ。ふとして失言して怒られても、悪意自体は無かった。


あっ、女神様の耳が、微かに赤くなった。








『では、次に移りましょう』


女神様は何事もなかったかのように振る舞う。


俺も一々突っかかるなど、無粋な事はしない。


『魔術の完成形を意識して、武技を使用してみてください。ウォーターボールの形、大きさ、速さなどですね』


形は球形、渦巻く球形。

大きさは人の頭程、両手で包めないくらい。

そして速さはプロの魔球、高速のドッジボール。


出でよ、ウォーターボール!


すると、想像した通りウォーターボール出てきた。


そして気が付く。


「何故か武技のときよりも消費魔力が少ないんですけど? 余計な注文をした筈なのに何故少なく?」


武技の魔術でも自力で発動した時のように、ある程度自由がきく事は分かったが、普通に考えたらオプションを付けたほうが使う魔術は多くなる筈だ。

セットメニューは何かとお得だが、元のメインよりも安い事は無い。


『それは本来の武技の術式の一部を自力で変化させているからです。つまり術式を出現させる工程を一部カットし、それに伴っていた魔力コストも減ったと言う訳です』


どうやらセットメニューで考えると、自分で一部調理したら安くなるパターンのようだ。


「でも、イメージしかしていませんけど?」

『そのイメージも、魔術の発動方法の一つなんですよ。基本的に地球にあった物語の魔術発動方法の殆どが、ここでは実際に使えます。勿論発動し易さの優劣がありますが』

「じゃあ、イメージだけで魔術が使えたりします?」

『はい、ですがそれはかなり上級者向けです。ステータス的には魔法適性、魔法の欄にある魔法のレベルが高い程、イメージ魔法は使えるそうです。そしてこれはスキルよりも上がり難いものです。貴方の場合は魔力操作や感知ができるので、術式で発動した方が簡単だと思いますよ?』


試しにイメージだけでウォーターボールを発動してみる。

すると確かに水球が現れる。


しかし遅い。

術式での自力発動は勿論、武技よりも発動速度が遅い。


そして疲れる。

明らかに集中力が必要だ。

それと魔力でイメージを強引に現実のものにしている。


これは俺が魔力操作出来るからそう思うのかも知れないが、少し油断するとすぐにぶれて別の魔術に変わってしまいそうな気がする。

イメージを現実に変えるのも大変だが、すぐに色々なものへと変わろうと定まらない魔力を制御するのも難しい。


でも術式なんか要らない。

勝手に魔力がイメージによって流れて術式になろうとする。

書こうとする必要は無い。

元の術式を欠片も知らなかったら、こっちの方が断然楽だ。

魔力さえ有れば何とかなる。


魔導書を取り出せない急を要する状況下の為にも、使えるように練習しておいた方が良いかも知れない。



『ウォーターボールはイメージだけで発動出来るようですね。ですが、一度も発動した事の無い魔術はそう簡単には使えません。使えたのは術式で発動したときの感覚もイメージとして込められたからです。自力で使った事の無い魔術を発動するには細かくイメージを補完する必要があります。

効果的なのは実物を見る事ですね。まあ、貴方には魔導書が有るので必要無いかも知れませんが』

「それなら、武技はどうやって覚えるんですか? 魔術は魔導書読んだりイメージすれば良いって分かりましたけど」


武技を発動してみたものの、やはり今一武技がどう言うものなのかはっきりしない。

型を魔力で呼び出すものと言う本質みたいなものは分かった。

しかしそれを、自分が使うと言うところに繋いで考えると判らない事の方が多い。

術式やイメージと言った身近な理解し易いものが無い。


『本来、武技の方が使い易い筈なんですが、貴方の場合は反対なんですよね』


悩むようにそんな事を言う女神様。

何やら俺に説明し難い理由があるような言い方だ。


『本当は原理がどうでも良くなるくらい、通常の魔術発動は難しいんですよ』


どうやら頭がこんがらがるのは、考えなくても良いような難しい事からやっていたかららしい。


『結論から言いますと、武技の方が普通は簡単に発動出来ます。しかし、その原理は他の方法よりも難しい、と言うよりも複合したものです。そして武技以外の方法では技を成立出来ず、魔力がその差を埋めることで武技として発動する。これが武技発動、そして獲得の手順となります』

「つまり、どう言う事ですか? 結局武技はどうやって覚えるのが普通なんですか? やっぱり今一違いが分かりにくいんですけど?」

『まとめると、色々試行錯誤した末にいつの間にか使えるようになるって事です。

そして重要なのは、本来武技とは自力で発動出来ない技を魔力を対価に無理矢理使う技です。よって自力で身に着けるよりも簡単に習得でき、自分の実力よりも高度な技を使う事により、結果としてスキルレベルが上がりやすいと言う訳です』


最初のスキルレベルを効率的に上げられると言う話に繋がった。

しかしだからと言って、この方法が実行出来るかは別の話だ。

肝心の習得方法が試行錯誤ではどうにもならない。

それに多分、魔術に関しては武技になる前に使える。


「結局、俺にとって魔術の武技はあまり意味がないって事ですか?」

『そう言う事ですね。魔力感知も魔力操作も出来る貴方にとっては、多分遠回りです』


……今までの話は何だったのだろうか?


俺が始めた話ではあるが、何とも言えない気分になる。

それもどちらかと言うと、高度な事が出来るからこんな話になったのに、喜びや優越感、正の感情が一切湧いてこない。

だからと言って、抱いている感情が何なのかもいまいち分からない。

有るのは脱力感だ。


『まあ、魔術系やアイテムボックスのように初めから使えるスキル以外では役立ちますから、覚えて置いて損はありませんよ』


若干の慰め口調で励まさせる始末。


「……全部魔術か初めから使える系なんですけど?」

『……まだ異世界生活は始まったばかりです』


取り敢えず言えるのは、これは俺の思い描いていた異世界生活とは違う事だ。









武技について聞いた俺が次にする事は、朝食だ。


いや、時間的に昼食。


昨日からぶっ通しで消火をして寝落ちしたせいで何も食べてない。


武技の話を聞いて、それが役に立たない情報だと知った精神的な疲れも空腹に追い打ちをかけてくる。

疲れが全てどっと出て来た。

精神的な疲れで本来なら感じるであろう、何もかもがどうでも良くなる無気力感まで、そのどうでも良いで疲れを無視できない空腹に合流させる助けとなっていた。


ごそごそとアイテムボックスから尽きないパンを取り出す。


「あぐっ……」


相変わらず美味い。


空腹も極上のスパイスとなって万札を出しても良い程の、しかし金で買う事の出来ない最高の美味さだ。


しかし感動は沸いてこない、いや、湧いてこない。

気力の全てを使い果たして心は空っぽだ。


心を動かそうとすると、疲れという負に引っ張られて火事やらの悪い記憶ばかりが蘇って来る。


さっきまではスキルアップや必殺技やらで、自分でも気が付いていなかったが、相当ハイな状態だったようだ。

そのせいで元から疲れていたのに余計消耗し、疲れが悪化したのだろう。


美味いパンも、何日も食べ続けた味気無いものに感じる。


まあ、本当にこの世界に来てからこのパンを食べ続けて来たのだが……。


あっ、そう言えば龍の肉も食べていたか。

あれは美味かったな。


そうだ、違う美味いものを食べて休めば疲れも癒やされるかも。


ごそごそ、アイテムボックスに龍の肉の在庫は無し。


一欠片でも残って無いかと思ったが、やはり無かった。


そもそもパン以外に食べ物は入れてくれなかったのか?


そう思っていると、如何にも魔法がかかっていそうな水筒が現れた。

女神様のくれた物に付いてる転移機能、つくづく便利だ。


でも水筒を見ていると違和感を感じた。


何故、水を求めた時に、この水筒では無く魔法の練習をする為の水晶球が現れたのだろうか?

どう考えてもこの水筒の方が転移してくるべきでは無いのだろうか?


そんな違和感を感じつつも、民族工芸品のようにびっちり銀の術式が刻まれた円筒水筒の蓋を開ける。

水を生み出し続けたが飲んではいないから、水筒を見ると無性に喉が乾いてきた。

多少の違和感、どうでも良い。


ぐびっと一杯。


そして俺は、盛大に吹き出した。


「あっつぁーーーーッ!!!!」


熱い! めちゃくちゃ熱い!!


と言うか水じゃない!


喉が焼ける!


中身は熱々の味噌汁だ!!


「何で水筒に味噌汁が入ってるんだよぉーーーー!!」


俺の心の底からの主張が、何度も何度も周囲の山脈から返ってくる。


そして昼休みとして、姿を消していた女神様からの返答も返ってきた。


「割と水筒にスープを容れている人はいますよ?」

「そう言う事じゃなくて!? いや容れているにしてもそれ専用の水筒でしょうが!? これはどう見ても水飲み用の水筒ですよね!? 後、異世界なんだから洋風のスープに出来なかったんですか!? 何故に味噌汁!? 水筒は異世界風なんだから中身もそれっぽいのにしてくださいよ!?」

「中身が味噌汁なのは、一応私が日本所属の神だからです。他文化のスープを生み出す術式は知りません。知ったところで相性的に無限に味噌汁を生み出す水筒なんて創れません。水筒の外見だけでも異世界に寄せたのを、感謝してほしいくらいです。

それに、例え中身が普通の熱々のお茶でも、同じ事になっていましたからね? 全ては貴方の不注意です」

「……」


言い返せない。


中身が味噌汁で、分かる訳無いだろうと抗議した訳だが、完全な不注意だ。

全く女神様の言う通りで、中身がお茶であっても同じ事をしていただろう。


だが、これだけは言わせて欲しい。


「だったら中身を、普通のお茶には出来なかったんですか?」

「……」


あっ、また姿を消した!



女神様が再び去った後、俺のする事と言えばただ一つ。


食事だ。


パンを噛りつつ、味噌汁を啜る。


うん、どちらも美味いけど合わない。


だがこの二つしか無いのだからどうしようもない。


尚、味噌汁の種類は蓋を閉めて魔力を込めれば変えられた。

ワカメの味噌汁、ナスの味噌汁、ジャガイモの味噌汁、有名どころは何でもいけた。

流石に豚汁までは出なかったが、アサリや茸の味噌汁と言った味噌汁と名の付くものは選び放題。


火傷しそうになったが最高のアイテムだ。


しかしパンとの相性が悪い。

空腹はどうにかなってもモヤモヤする。


そろそろ食料集めを開始する頃合いかも知れない。

と言うか一番始めにするべきだったものだ。


やらなければ永遠にパンと味噌汁。


だからと言って、今の状態で魔物がいるであろう土地に飛び込むのも躊躇を覚える。

空洞と魔術で何とかなる気もするが、おそらく魔物と遭遇したら冷静に対処出来ない。

十中八九辺りを焼け野原にする気がする。


前科二犯のポテンシャルを甘く見てはいけない。


何かいい手は無いかと魔導書をぴらぴらと捲る。


うん、読めない……。


先に実行したい方法を思い浮かべなければ駄目だ。


シンプルに食材を召喚する魔法とかないのか?


おっ、魔導書が独りでに開いた。


有るんだ。


早速使って―――ッ!?


渦に吸い込まれる様に急速に流れ取られる魔力。


「キャンセルキャンセルっッ!!」


流れ出した魔力を強引に断ち切る。


明らかに消費魔力が莫大だった。


薪を生み出した時と同じだ。

いや、それ以上に魔力を持っていかれかけた。

一歩間違えていればミイラになっていただろう。


多分、俺の持つ魔法属性では使えない魔法だ、

魔導書はそれでも強引に発動できるようだが、魔力量的に使える気がしない。

あまりにも危険だ。


直接召喚は行わない方針で行こう。


ペット皿に水を容れて魔力回復。


感覚的に、ペット皿で魔力を回復しながら行っても成功するかは賭けでしかない。

それも分の悪い賭けだ。


他の魔法で使えるのは?


そうだ、ファンタジーでお馴染みの探知魔法を試してみよう。


「出でよ! 探知魔法!」


独りでにページが開く。


いや、これも危険な可能性が。

もう少し条件を絞ろう。


「出でよ! 簡単な探知魔法!」


よし、この条件でも独りでにページが変わった。

簡単な探知魔法は存在するらしい。


魔力を流す。


すると大まかな効果とその魔法名が感覚的に伝わってきた。

魔導書による追加効果では無い。

魔力操作の恩恵だ。


「“ウィンドソナー”!」


ブワッと俺を中心に風が広がる。


すると脳裏に風の通り道が漠然と伝わってきた。

色々なところを撫でているような不思議な感覚。

かなり大雑把に地形が、そこにある物が伝わってくる。

それぞれはっきり何かは分からない。


それでも半径三十メートル程の事は感じ取れた。


しかし、その距離は大まかにだが目視出来る範囲。


探知の感覚と、実際にそこにある光景が一致しない。

おそらく木なのだろうと言う感覚は分かったのだが、目の前の木を実際に見るのとでは精度が恐ろしく違う。


使いこなすにはかなり練習のいる魔法だ。


多分、先の道が行き止まりかどうかしか分からない。


練習あるのみだ。

安全に探索し、豊かな食生活を手に入れる為。

全力で取り組もう。









「“ウィンドソナー”!」


まずは何度か自力で探知魔法を発動してみる。


魔力の増減。


変わるのは魔法の範囲だけ。

精度は全く変わらない。


今度は詳しく知ろうと意識しながら。


これは成功した。


風の進みが遅くなり消費魔力も増えるが、普通よりも一つの対象に対しての情報が増えてきた。

しかしそれでも曖昧。

目を瞑って歩いているよりも粗い情報。

目を瞑って感じる陰影程度でしかない。


何度やっても同じだ。


風の進みが遅くなり、感覚の陰影が多少濃くなるだけ。


やはり慣れるしか無さそうだ。


試しに何度も連続で発動してみる。


「“ウィンドソナー”! “ウィンドソナー”! “ウィンドソナー”! “ウィンドソナー”!」


するとこの方法でも感覚の陰影が濃くなった。

別の箇所が欠けた同じ写真をパラパラ漫画にしているようだ。

しかし感覚での陰影情報でしかない。


精々読み取れるのは凹凸。

風の通り道があるか否か。


木なら何とか判別出来るが、背の低い藪はそれが石なのかそう言う地形なのか区別がつかない。

食料など、見つけられる筈も無い。


それは何度繰り返しても同じだ。


多分、実物を確認しながら何度も行わないと判別出来ないと思う。


今度は細かく魔力を操作して、魔術の改良を試みる。

魔術の隅々まで魔力を通し、改良点を探る。


「っ!?」


途端、効果範囲が鮮明に見えてきた。

そう、目で見るかのように鮮明な情報が読み取れる。


風で読み取るのではなく、風の魔力を読み取るようにすれば情報が探れた。

様々な魔力が見える。


草木の瑞々しく穏やかな魔力。

落ちて行く葉から漏れ拡散する魔力。

小さな虫の小さくも確かな魔力。

飛び交う鳥の自由で愉快な魔力。

大地や風の魔力まで見える。


美しい光だ。

何時までも見ていられそうだ。


そして見たところ、小動物はいるが、魔物はおろか大型の動物もこの付近にはいない。

これは詳しく見えないが、寄せ付けない何かがこの神殿跡地にあるらしい。

女神様の言っていた聖域と言うやつだろう。

色んなところの魔力を知っている訳ではないが、この付近の魔力は澄んでいるように感じる。


「あれ……?」


魔法を何度も使って見ていると、急にクラリと来た。

魔力の消費が激しいとかでは無い。

若干頭が痛く感じる。


雨を降らした影響で風邪でもひいたのだろうか?


取り敢えずペット皿から水を飲もう。

ゲーム的な要素の回復用だとは思うが、多分風邪くらいなら治せる筈だ。


そうだ、水以外を容れて飲んだら効果はあるのだろうか?

これで味噌汁を飲んでみよう。


「おお〜」


効いた。

頭痛が吹き飛んだ。


俺はまた探知魔法による観察を続けた。



《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 パッシブスキル〈並列思考〉〈高速思考〉を獲得しました。

アクティブスキル〈探知魔法〉を獲得しました。

パッシブスキル〈並列思考〉〈高速思考〉のレベルが1から3に上昇しました。

アクティブスキル〈風属性魔術〉〈探知魔法〉のレベルが1から3に上昇しました。》



夕方まで探知魔法を使っていると、またスキルを獲得し、スキルレベルが上がった。

その効果もあってか、探知魔法での探知能力がかなり上がった。

魔法自体にも慣れて耳をすませるくらい簡単に使えるようになった。


今いる神殿跡地の周辺、山脈に囲まれた高原内は全て探知出来た。


またそのすぐ外も。


やはり山脈内の魔力は外と比べ澄んでおり、魔物の一匹も存在しない。

山脈の外、外面には邪悪な、濁った刺々しい魔力を放つ魔物が確認出来た。


そして重大な事実も知った。


「ここ、どこ……?」


魔力の持つ限りまで、範囲を絞り距離を伸ばしと探索範囲を広げたのだが、どこまでも人の存在が確認出来なかった。

山脈の外は低い山々、その奥は低い山々、その先は森だ。


探索範囲を絞り細くすると数キロは探索範囲が伸びたのだが、そこまでずっと無人だ。


“千里眼”と言う魔法も使って調べて見たが、どこまでも森。

人里など有りはしない。

明らかに人工物なものも各所に点在するが、大部分は木の下。

ほとんど崩れ遺跡と化している。


ボッチ環境を超え隠棲、いや仙人が住むような環境だ。


「女神様、ここどこですか?」


姿は見えないが、女神様に問いかける。


『ここはフィーデルクス世界、デルクス大陸の中央、アルガンリテル皇国の跡地です』


すぐに答えてくれたが、固有名詞だらけで何も分からない。


「もっと詳しく」


大陸中央と言う事は以外に人里も近い?


『…………。ここはかつてこの世界で最も栄えていた国の最高神殿の奥の院、最も重要だった聖域です。私も伝聞でしか知りませんが、今から六千年前、第一次魔王侵攻のおりに最後の戦場となり、人類は勝ちましたが戦いで散った魔王の血肉でこの地は汚染され、人類は他の大陸へと旅立ったそうです。六千年後の今は聖域から流れる魔力で中和されたので安全な土地になっています』


詳しい情報を教えてくれた風だが、肝心な情報が抜けている。


「現状は?」


正直歴史などどうでも良い。

今の情勢下での立地が重要だ。


『……六千年の歴史の中でこの大陸は伝説と化し、つい二百年程前に再発見されたばかりです。今はまだ、沿岸部の開拓しか進んでいません』

「……ここ、大陸の中央って言いませんでしたか?」

『言いました。つまり、残念ながらここは、この世界で最も人の世から離れた辺境と言う事です。これも、貴方のあまりに強い属性ボッチに引かれてしまったようでして…………』


……まあ、誰も存在しない世界を始めに引き当てたんだ。

自分で言うのも何だが、最も人里から離れた土地を引き当てても不思議ではない……。


兎も角、今世の俺は地域からしてボッチらしい。

俺は直立したまま崩れ去った。


空が、青い。

そして気持ちも、同じ色だった。





25



ショックで仰向けに崩れ去ったまま、女神様に問う。


「……あの、世界を救う気概を持てとか言ってましたが、この立地でどうしろと? 開拓も進まない未開の地を大陸半分も移動って、物語一つ分の大冒険ですよ? クラスメイトが魔王討伐している間、俺は港に行くだけで物語終わりますよ? これ事実上の島流しですよ? 勇者生命どころかリア充生命終わってますよ?」

『……御冥福を、お祈り致します……』

「諦めるなコラぁ!? 色々ミスしてここに連れてきたのは女神様でしょうが!?」


と言うか、この状況はライトノベルで言うところの追放系、その追放された後の状況だ。

始まる前からこの状況って、あまりにも酷すぎる。


悪気が無いだけ感情の行き先が無くて、俺も自分がどんな感情なのかイマイチ分からない。

なんの動機にも変わらないし、これから何をすれば良いかも思い浮かばない。


『えっと、スローライフと言う選択肢もありますし?』

「スローライフじゃないでしょうこれ!? 完全に人を避けた仙人ライフですよね!?」

『貴方の場合、ボッチライフでは無いかと……』

「…………ぐすん」


異世界でもボッチライフ……。

俺、実は異世界転生していなかったのかな?

普通に死んだままだったのか?


『え〜、その……、生物学上はしっかり異世界転生して生きています……』

「そこはハッキリ普通に生きてるって答えてくださいよ!?」


何で必死に伝えにくい言葉を変換するように伝えて来るかな!?

ここは断言で良い筈だよね!?

俺ってマジで死んてるの!?


ボッチだって生きてるよ!


別に死んだような人生じゃ…………ぐすん、無いんだからね!?


『……ついに壊れて、ツンデレっぽい要素が混じりませんでした?』

「……………………………………」

『何でも良いから何か応えてください!!』

「…………」

『そうだ空間属性魔法!! 空間属性魔法さえ覚えればどんな僻地でも自由自在に行き来可能! 他にも飛行魔法とか色々な移動方法がまだ残っています! ボッチ生活も脱却可能です!』

「ボッチ、ダッキャク、カノウ?」

『そうです! 外に出れば奴隷も買えます! ボッチ脱却どころか奴隷ハーレムライフ到来ですよ!』

「奴隷! ハーレム!!」


只今現世に帰還致しました!


俺の未来はまだ明るい! 

なんせこの世界には奴隷が存在するのだ!


そう思い直していると、山彦が聞こえてきた。


『『奴隷、ハーレム! 奴隷、ハーレム! 奴隷、ハーレム!…………』』


「『……何かごめんなさい……』」




やるべき事を見つけた俺は空間属性魔法の練習をする、のでは無く、まずは森へと向かった。


初めにやるべきは食料調達だ。


安全と分かった森を、尚も探知魔法を駆使しつつ探索する。


異世界の森だと内心わくわくしていたが、あまり違いが分からない。

それは元々植物に興味ないから分からないだけかも知れないが、少なくとも日本で見たことない気がしても、海外には有るだろうと気にならない程度の普通の植物しかない。

明らかにおかしいものが成っている訳でもなければ、派手な色をしている訳でもなく、極々普通の木々だ。熱帯や亜熱帯っぽい植物すら無い有様だ。

魔法的な木花は見たところ無い。


どこまでも普通の森。


六千年もの間、閉ざされた未開の地だと聞いたが、もののけのお姫様が出てくる大樹の森、太古の森と言った雰囲気も無い。

寧ろ木々に若干の細さまで感じる。

森の道まで光が差し歩き易く、木々の密度まで低い。


鬱蒼とした森の雰囲気は、都会とまでは言わなくとも、地方都市ではある地元の近所にある森の方がまだある。


ここは明るい、何処か清涼感のある森だ。

下を見れば余程光が射し込むのか、木々の根本までふさふさとした芝のような背丈の低い草まで茂っている。

少し見上げれば、どこからでも木々のほとんど無い雪の残る山々が見えた。

異世界へ来たと言うわくわく感は沸かなかったが、ピクニックに来たような気持ちよさがある。


焦げ臭いのが玉に瑕だが、これは気にすまい……。

湿地帯のようにもなっているが、これも気にしてはならない。


探知魔法を頼りに暫く歩くと、赤い実の成っている木を見つけた。

近くで見ると林檎のようだ。

少し小さい、どちらかと言うと姫林檎に近いサイズだが形はよく見る林檎だ。


ちょうど手の届く位置にも実っていたのでさっそくもぎ取る。


軽く服で拭いてから一口。


「カキュ…………」


……林檎じゃない。

いや、林檎だとは思うが俺の知っているアレでは無い。


まるで芯を食べているようだ。

筋張ったように固く、更にはボソボソとしている。

そして酸っぱい。

吐き出す程では無いが、美味く無い。


まだ青い柿の方が美味いような気すらする。


一応鑑定してみる。


名前:野生古代林檎

効果:なし

説明:古代に栽培されていた林檎が野生化したもの。栽培古代種は現代に及ばなくとも品種改良された種であったが、永きに渡り野生化していた事で原種に近いものになっている。希少価値はあるが鳥の餌。


……次に行こう。


続いて見つけたのはこれまた若干小ぶりなブルーベリー。


今度は先に鑑定をする。


名前:ビルベリー

効果:なし

説明:食用とされる木の実。ブルーベリーの仲間。野生のブルーベリーと呼ばれる。ブルーベリーと違い果肉まで青い。ジャムの材料として重宝される。


ブルーベリーでは無かったようだがしっかり食用の木の実のようだ。


さっそく腰より低い低木に実ったそれを収穫。


汁が滲み出て手が青くなる。

美味しそうな色合いだ。


どれ……。


「酸っぱい……」


野生林檎と比べれば全然イケるが、好んで食べるようなものじゃない。


ジャムの材料って、そういう事かと納得してしまうような味だ。

多分、料理の材料としてはブルーベリーよりも使える。

その分、生で食べるものじゃない。


パンはあるから一応摘んでおく。

尽きないパンどころか味噌汁まで有るのだから、砂糖もアイテムボックスに入っているだろう。塩も有ったし。


後でジャムを作るとしよう。



最終的に、探索して手に入れた最高の収穫物は、桑の実だった。

他は酸っぱめのベリー類が少々。


自給自足は難しいようだ。


そして失って始めて、地球の食生活の有り難みに気が付くのだった。




26



丘に戻ってベリーを煮込む。


砂糖はやはり調味料セットが入っていた。


ジャムの材料はこれで良い筈だ。

分量は適当。

ベリーは片っ端から入れてみた。


片手でそれをかき回しながら、片手には魔法練習の水晶球。


魔力を流す毎に空間が歪む。


空間属性魔法の練習だ。

木属性の時と同じく、一回使う毎に魔力は全て持って行かれるが、水を容れたペット皿で即回復。

慣れたものだ。

片手間で出来る。


集中しているのはどちらかと言うとジャム作りなくらいだ。

ジャムは薪を燃やして煮ているので火加減が難しく、焦げ付かないように混ぜ続けなければならい。と言うよりも焦げそうで怖くて手を離せない。


空間属性魔法の練習中でなければ魔術でなんとかなったかも知れないが、毎回魔力を使い切る練習中に魔術は使えない。

昔の人はどうやって火力を操作していたのだろうか? 先人の偉大さを感じる。


そうこうしている内に日が傾いてきた。

探索やジャム作りで昼から相応の時間が経過していたようだ。


一旦火から離し、鍋の中を改めて確認する。


正直、ジャムがどの時点で完成するのか分からないが、かき回す感触は重く、色は濃くなっている。


手っ取り早く試食してみよう。


「熱っつぁ!?」


指にジャムを付けてみたら熱々だった。

考えてみれば当たり前だが、火から離したせいでそこまで熱くないと思ってしまった。


息を吹きかけて冷まし、口に入れて指からジャムを拭い取る。

うん、美味い。


そして指がヒリヒリする。


水だ水、水を出そう。

火傷した右手から直接魔法で水を出して冷ます。


この世界に来てから困ることもあったが、魔法とは便利なものだ。

使いこなしたらこの世界の方が快適かも知れない。


まあ、最低限人里に出たらの話だが……。


「あっ、氷を出そう」


水が出せるなら氷も出せる筈。

冷やすなら水よりも氷の方が断然良い。

ちょうど水晶球も出ているし、氷なら水晶球でも出せる筈だ。


「出よ氷、……!?」


早速出してみたが、予想外に魔力を持ってかれてしまった。

木属性と空間属性の時と変わらない。

一瞬で空っぽだ。


氷は水属性では無く、氷属性が別にあるらしい。


まずはペット皿で魔力を回復させよう。


ペロペロ。

回復終了。


ん? 痛みが引いた。


火傷した指を見ると、赤みも引いていた。


そう言えば、ペット皿の説明には魔力を回復するじゃなくて、ただ回復するって書かれていた気がする。


名前:女神手製家畜の水皿

効果:不壊、聖水精製、所有者固定、転移

説明:女神手製の家畜に水を与えるための皿。準聖杯化しておりこれで水を飲んだものを回復浄化させる。


うん、鑑定し直しても間違いない。

このペット皿は傷も回復してくれるようだ。


形状は最悪なのに便利過ぎる。


と言うか、道具で回復出来たと言う事は、初めから水を出すのでは無く、回復する魔法を使うと言う選択肢も有ったかも知れない。


「開け回復魔法!」


魔導書を呼び出し、検索をかけるとやはりページが開いた。

回復魔法は実在するようだ。


地球とは常識が全く違うと実感させられる。


火傷は回復したが、せっかく魔導書を召喚したので回復魔法を使ってみる。


「わっ、キャンセルキャンセルッ!?」


しかし使えなかった。

魔力を流すとそれを呼び水に、急速に魔力を奪われたのだ。

この感覚、どうやらこれも魔法属性が既に獲得したものと違ったらしい。


これも練習が必要そうだ。


兎も角、今は火傷も治り、ジャムも完成していそうなので、鍋の中身を移そう。

出よビン!


「……あれ?」


アイテムボックスからビンが転移してこない。


どうやら、ビンはアイテムボックスに入って無かったらしい。

想定外だ。

このジャム、何に容れよう?


「ビン作りの魔法があったりは…、有るんだ…」


出したままの魔導書が独りでに開いた。

ビン作りの魔法まで有るなんて、万能過ぎる。

この世界の職人は魔法でビンを作っているのだろうか?


「“クリエイトジャー”」


使ってみると、まず地面に干渉。

土を少し浮かせると、加熱。

土は真っ赤に赤熱し、融けた。

そして瓶の形になり、赤熱が解ける。


そして魔法終了。


ポンと虚空から生み出すのでは無く、材料を採取して一から作成する魔法のようだ。


冷却効果は無いらしくまだ空気を歪めているが、ガラス製のビンがあっと言う間に完成した。

魔術が切れ操作を失う前に、比較的平たい岩の上に移動させる。

因みに蓋までガラス製。


冷却効果が無い事と言い、使用属性を極力減らしているようだ。土属性と火属性だけしか使用していない。

多分、その方が使い手が多い、逆に言えば属性を増やしてしまえば使い手が限られてしまうのだろう。


水晶球とペット皿のような道具が無ければ新たな属性の獲得は難しい。例え属性の適性があっても、スキルを獲得するのは大変だ。

水晶球のように安全装置が無ければ危険だし、使った魔力の回復だけで多くの時間を使ってしまう。


それに変にそこに労力をかける時間があるなら、多分地球と同じ方法でビンを作った方が早い。

だから二属性使用ぐらいがちょうど良いのだと思う。


まあ、俺は他の属性もあるからそれで別に冷却しよう。


「出でよ、冷却魔法!」


あとは魔力を流すだけ。


「ちょっ、キャンセルキャンセルッ!?」


そうだ、氷属性は全属性の対象外だった……。


と言うかさっきそう実感したばかりだ。


学ぶべきことが色々な意味で多い。


『ぷふふっ』


……姿は見せていなっかったが、女神様にもしっかり見られていたらしい。

笑うより先にアドバイスをしてもらいたいものだ。


『少し前の事も教訓にしないのは神にも予想できぬことです』


……言い過ぎだと思いたい。


からかいに来たとしか思えない女神様を無視して冷却作業に取り掛かる。

氷がダメなら水だ。

水なら何度も生み出した経験もあるし問題ない。


魔術は使わず、水を生み出すとそれを操作し、まだ熱々のガラスを覆う。

ガラスはジュウゥと言う音と共に蒸気に包まれた。


接触させた水は制御を解き、重力で丘の斜面に捨て、途切れることなく次の水でビンを冷却。

うっかりビンを倒さないように水で包むのが難しい。

しかしすぐに蒸気は消えた。

順調に冷却できているようだ。


が、パリンと言う不吉な大きな音が聞こえてしまった。

見れば、ガラス片がビンを置いた岩の下に錯乱していた。


『熱したガラスを冷やすと割れる、小学生でも周知の事実でしょうに』

「……それ、作りたてでも有効なんですね」


取り敢えず、何とか反論は言う事が出来た。

不幸中の幸いと言う事にしておこう。





27



結局、ジャム用のビンは自然冷却される事を待つことにした。


その間、ジャムは放置と言う事になるので鍋ごとアイテムボックスに収納。

こんな事なら初めからアイテムボックスに収納しておけば良かった。

鍋は使えなくなるが、そもそもジャムの他に煮込むものなど無い。


そう気が付いた俺は夕食を迎える事にした。


なんだかんだで日は沈んでしまった。

焚き火を焚いたままでの夕食だ。


立派な火は有るのに焼くものが無くてどこか虚しい。


戯れに無限パンを千切り、木属性魔法の力で生み出した木の枝に刺してさっと火に潜らせる。


「どれ、……おっ、香ばしくなった」


焼き立てふわふわパンがこんがりパンに変わった。

地味ながら、ちょっした感動がある。


そうだ、仕舞ったばかりだがジャムも使ってみよう。


鍋に千切ったパンを直接つける。


「おお、ジャムだ」


色々混ぜたから何のジャムかと問われれば答えられないが、普通にジャムである。

普通に美味しい。

まあ、普通でしかないが適当な実を摘んで初めて作ったのだから十分及第点だろう。


「ズズ……」


どこか悔しいが、味噌汁が美味い。


パチパチと弾ける薪。

日の沈んだ空には満天の星々。


なんだかんだで、充実している。

良い夜だ。



夕食を終えると、時々薪を新たに焚べながら、魔法の練習を再開した。


水晶球で空間属性の歪みを生み出す。


暗くて歪みが生じているのかよく分からないが、確かに魔力は持って行かれるから無事発動しているだろう。

そもそも失敗した事は無い。

この水晶球は万能だ。


だが、火の前とは言え暗い中でやるとなんだか不気味だ。

変なものが空間の歪みから現れそうな気がしてくる。

炎の前で水晶球まであると、傍から見たら悪魔召喚の儀式をしているように見えるだろう。

客観的に見て悪魔召喚の儀式に見える行為が健全である筈が無い。


空間属性の修行は明るい時間帯にしよう。

時と場所は弁えるべきだ。


とは言っても、光属性はスキルまで習得したし、火もとっくに習得している。

夜でこそ映える属性は残っていない。


ん? 待てよ? 

持っていなかった回復魔法の属性なら明るいかも知れない。

少なくともおどろおどろしい何かが水晶球から生み出される事は無いだろう。

回復魔法にそんなイメージは無い。


ものは試しだ。


魔導書に魔力を流した感覚を元に、その属性を水晶球に求める。


すると全魔力を抜かれ、代わりに優しくも強い美しい光が生まれた。

見ているだけで春の木漏れ日を浴びているような気分になる。

同時に綺麗過ぎる光にも感じられた。


これが回復属性、不思議な光だ。


眩しい光では無いのに、かなり広い範囲を照らしている。

いや、照らしているのでは無く、呼応しているように見える。

自転車とかに付いている、光を当てられるとキラリと光るあれに近いように感じられる。

反射じゃない。光を当てられたところが薄っすらと光っている。


回復魔法は、人以外にも有効と言う事だろうか?


そんな光景を繰り返し、長い間楽しんでいると、不意に脳内にアナウンスが響いた。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 魔法〈聖属性魔法〉を獲得しました》


回復属性と言う名称では無く、聖属性魔法だったらしい。

聖なる光、確かにピッタリな気がする。


どうせならこのままスキルを獲得してしまおうと、今度は水晶球無しで発動してみる。

前は水晶球を使っていたが、散々魔術を使って慣れたから簡単な魔法なら自力で使える。

多分、聖属性魔法もそれに漏れないだろう。


目論見通り、水晶球で出したのと同じ光を生み出せた。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 アクティブスキル〈聖属性魔術〉を獲得しました》


そして早くもスキルを獲得した。

既に他の魔法で魔法そのものの基礎技術が身に付いていたからだろう。


この流れに乗じて氷属性の修行を行う。


聖属性と比べて地味だ。

氷のブロックをポコポコ生み出すだけ。


炎の色に染まった姿は美しいが、やはり聖属性と比べると一段劣る。

おまけに生み出せば生み出す程、冷えてくる。

元々ここの気候は涼しい。寒い程でも無いが、長袖は必須だ。

大量の氷はそんな涼しさを寒さに変えた。


更には夜と言う環境がそこに拍車をかける。


取り敢えず薪を増やそう。


それでも少し物足りないので焚き火の数を増やしてみた。

前後だと後ろが怖いので、前に元々あったものを一つ。斜め後ろの少し離れたところに二つ設置した。


うん、今度は熱い。

氷の増産を急ごう。



《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 魔法〈氷属性魔法〉を獲得しました》


焚き火が別の方向で修行の役に立った。

短い時間で大量の氷。

それは成果を短時間で返してくれた。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 アクティブスキル〈氷属性魔術〉を獲得しました》


スキル獲得もあっと言う間だ。


今日はこれくらいにして布団に潜り込もう。

また氷の分量を間違えて寒くなってしまった。


早く布団で暖まりたい。


俺はマジックテントを展開し、眠りにつくのだった。




《3日目終了時ステータス》


名前:マサフミ=オオタ

 称号:【異世界転生者】【異世界勇者】【複数の世界を知る者】【世界最強】【孤高ボッチ

 種族:異世界人

 年齢:15

 能力値アビリティ

 生命力 1011/1011

 魔力 1024/1024→1206/1206

 体力 1000/1000

 力 100

 頑丈 100

 俊敏 100

 器用 100

 知力 100

 精神力 100

 運 100

 職業ジョブ:異世界勇者Lv1

 職歴:なし

 魔法:全属性魔法Lv1→2、木属性魔法Lv1、→聖属性魔法Lv1、→氷属性魔法Lv1

 加護:転生の女神アウラレアの加護、龍の力

 ギフト:空洞Lv1→Lv5、風景同化Lv1→Lv3、超演技Lv1

 パッシブスキル:再生Lv1→2、→魔力回復Lv3、→睡魔Lv1、→就寝魔法Lv1、→並列思考Lv3、→高速思考Lv3

 アクティブスキル:鑑定Lv2、アイテムボックスLv1、魔力感知Lv1→3、魔力操作Lv1→3、→神託Lv1、→風属性魔術Lv3、→水属性魔術Lv1→4、→土属性魔術Lv1、→木属性魔術Lv1、→火属性魔術Lv1→2、→光属性魔術Lv1、→闇属性魔術Lv1、→無詠唱Lv1→3、→連続魔法Lv1、→探知魔法Lv3、→聖属性魔術Lv1、→氷属性魔術Lv1






28




目覚めて、テントから出ると、まだ暗かった。

果の空は茜色では無く、まだ薄紫。


どうやら時計が無くて分からなかったが、昨日の就寝時間は思いの外早かったらしい。


文明の灯りは偉大であった。


光が無ければ良い子は八時までを遵守してしまうようだ。

流石に八時には寝ていないか?


やはり時計が無いと分からない。

が、この調子だと時計が必要になる時は遠そうだ。


掌から水を出してそのまま顔を洗う。


そう言えば、ここに来てから風呂に入っていない。

寝ぼけて水を被ったぐらいだ。後は自家製雨を少々。

身体を洗っていない。


汚れを落とす魔法でも無いものか?


そう思うと魔導書が開いた状態で現れた。

やっぱり有るらしい。


「“クリーン”」


使ってみると、風のような光のようなものが身体を抜けて行った。

そしてさっぱりとした感触。

服まできれいになった気がする。


が、汗のベットリ感は残っていた。


もう一度、今度は魔導書無しの自力で発動してみる。


「“クリーン”」


すると何故汗は拭われなかったのか理解出来た。

服に染み込んだ汗では無く、体表にある汗は身体と同じく魔力が通っているらしい。

それが魔術を弾くのだ。

一体化している事で汚れとして認識され難いのに加え、魔力が境界を生み出し干渉を弾いている。


しかしそれが分かれば対象も出来る。


「“クリーン”」


ただその事を意識して汗を汚れと捉え、干渉を強くすると汗も完全に拭われた。

風呂で洗うのとも布で拭うのとも違う、味わったことの無い不思議な爽快感がある。


しかしその慣れない感触に、汚れは落ちたのに風呂を恋しく感じる。


衣食住の内、今度は住に取り込むべきかも知れない。



朝食を食べ終わった後、早速風呂を作る事にした。


待てよ?

山だから意外と温泉が近くにある可能性も?


火山と言うよりも一枚岩っぽい山々だが、山奥と言えば秘湯。

ここにもあるかも知れない。


でも今まで湯気を見かけていない。


温泉探知魔法でも有れば良いのだが。


そう思っていると、魔導書が開いて現れた。


そんな魔法まで有るのか……。


「“温泉探知”」


魔法名もそのまま。

別の魔法を応用して使うのでは無く、温泉探知専門の魔法らしい。

火、水、土、三つの属性が混合された魔法だ。

今までの魔法と比べても大分難しい。

多分、本職の魔術師が使う魔法だ。温泉の専門家には発動が難しいように思える。


この探知魔法は魔力が球状に進んでゆく。

地下も地上もお構いなしだ。

しかしその地形自体は探知出来ない。

温泉しか探知出来ないらしい。

有るのは魔力が拡がっていく感覚だけ。


すると明確な温かいお湯のイメージが、ここの真下から返ってきた。

その瞬間、その間にあった経路の詳細、位置関係だけだがそれが伝わってきた。


まさかこの丘の真下に温泉が眠っていたとは。


それもかなり巨大な反応だ。


地下深く、まあ百メートル程の下に有る巨大な熱源に、周囲の山々から流れる水が集まり、温泉となっている。

百メートル下と言うとこの高原の標高よりも大分低い、つまり外から見たら山の中に熱源がある事になる。驚きだ。

流石は異世界。


早速掘り当てよう。


温泉を造りたい場所に移動し、魔導書に穴掘り魔法を求める。


「“ディグ”」


ボゴっと地面に一辺一メートルの正六面体が出来た。

……まあ、穴だけども。


この魔法で百メートルも掘るなんてとんでも無い。

幅が一メートルもある穴など落ちそうで怖すぎる。


土を押し固めて穴を掘る魔法のようで、掘った土や石を捨てなくて良いのは評価出来るが、とても温泉掘りで適切とは言えない。


温泉掘り魔法が有ったりは?


「…………」


魔導書は開かない。

探す魔法は有っても掘る魔法は存在しないようだ。

この魔法を使った人も、別の方法で掘り当てたのだろう。


試しにディグを自力で発動を試みる。

しかし求める形に出来ない事も無いが、術が破綻してしまう。

これなら水を操作したように、魔術と言うよりも地道に操作した方が簡単だ。


今度はそれを試してみよう。


地道に魔力を馴染ませ動かすから時間はかかるが、術として固まって無ければその時間は変わらない。


地面に魔力を馴染ませて行く。

そしてディグの応用で、十センチ四方程度の土を端に圧縮、穴を作る。

この調子なら行けそうだ。


一メートルも掘り進むと、岩盤に当たった。


今は草も生えているが、本来この丘は岩だったらしい。


少し抵抗が大きくなる。

しかし土属性は石も土も対象だからか、少し程度の違いしか無い。


探知魔法の応用で、まずは深くまで魔力を通し、その後密度を上げて一気に馴染ませる。

そしてまた圧縮させると、その圧縮時間はゆっくりだったが、一気に二十メートル程深くまで掘れた。


温泉探知が届いたからと、今度は温泉ぎりぎりまで魔力を通してみる。

行けた。


まだ温泉までは繋げない。

途中で温泉が流れ込んで、作り途中の穴が崩れるかも知れないからだ。


魔力をじっくり馴染ませる。

広い範囲の分、魔力が満ちるまで時間がかかるが、着実に進んでいる。


念の為、多くの魔力を込めてゆく。


そして一斉に圧縮させた。

魔力を満たしたおかげか、さっきよりも時間がかからず、一瞬で穴が開通した。


後は最後の一堀りをするだけ。


その前に、お湯が汚れないように穴の側面を念入りに固めて行く。

元々多くは岩で、圧縮させたが、お湯が通るとどうなるか分からない。石を生み出す感覚を頼りに、圧縮を完全な一つの石に変える。

何度も試行錯誤してゆくと、浴場の石のようなツルツルで水を通さなそうな石に変化させることが出来た。

上部は土を圧縮させた事から、石に変換するには材料不足であったが、そこは石を生み出し、それを混ぜる事で石に変えた。


最後に継ぎ目がない完全な一枚の岩の管とし、温泉を貫通させる。


ふぅ、我ながら完璧な作業だ。

魔力も一度も回復させる事が無かったし、この道の才能が有るのかも知れない。


そう思って穴を眺めていると、熱々の温泉が吹き出してきた。


「熱っだ熱熱っっ!!??」


間欠泉(?)に吹き飛ばされたのか、自分から避けたのか定かでないが、勢い良くバク転、と思いきや着地失敗からのローリングで丘の下まで。


「か、か、回復、魔法!」


起き上がるよりも早く、今の自分にも発動出来る最上級の回復魔法を魔導書に求めた。


「エ、エクストラ、“エクストラヒール”」


魔力を限界まで使用しての聖属性回復魔法。

怪我を確認するよりも前に、痛みが引いてゆく。


念の為、ペット皿で魔力回復後もう一度。


「“エクストラヒール”」


これで多分、完全回復した筈だ。


改めて現状確認すると、服がドロドロだ。

全身、満遍なく泥やら草が付着している。


まさか汚れを落とす為に温泉を掘って、ここまで汚れる羽目になるとは。


これは意地でも温泉を完成させるしか無い。







29



上に戻りながらクリーンを無詠唱で使う。


しかし一向に泥は取れない。

いや、取れてはいるが焼け石に水だ。

落ちる汚れにも限度が有るらしい。


この魔法は汚れを分離し分解、そしてそれを吹き飛ばす魔法らしいのだが、ここまでの泥だと吹き飛ばせないようだ。

魔力を込めてもこの泥の前では誤差程度でしか無い。


早いところ温泉に浸かろう。


上に戻ると、間欠泉の如き噴出は治まっていた。

始めに使ったディグの跡地が湯船のようになり、そこに温泉が溜まっている。

泥風呂だったが……。


湯船、先に造っとくべきだったようだ。

そりゃあ、ただの穴にお湯を貯めたら泥水が出来上がる。


まず、お湯を止めよう。

噴出口にピッタリサイズの石を生み出し塞ぐ。


そしてお湯に魔力を浸透させ、お湯を湯船代わりの穴から追い出す。


水を操作するよりも操作が難しい。

多分、温泉が水属性だけでは無いからだ。

火属性、さらには土と混ざって土属性、そして何故か聖属性ともう一つよく分からない属性が含まれているのを感じる。

浸透させる魔力の性質を合わせなければ、そもそも浸透していかない。


しかし難しいだけでお湯を追い払う事に成功した。

適性を獲得しておいたおかげだろう。

よく分からない属性も、他の属性を持っていたからか強引に行けた。


後は浴槽工事だ。

ディグの穴を外に押し潰し、穴を拡げてゆく。

旅館の露天風呂サイズまで拡げたら、今度は形を整える。

形は円形。

露天の温泉なので、人工的な形は、直線は極力排除する。

そして圧縮した土を、石に変えてゆく。


う〜ん、石を温泉でよく見かけるタイルぽっくするのは難しい。

石に変換すると、自然石のような模様が付かない。

質感は無理矢理変えられるが、模様は材料次第だ。その場その場で代わり、それぞれ同じような土だからか、石の個性はほぼ同じ。

どうしても一枚岩のようになってしまう。


石を生み出し、それを混ぜる形で石を再構成してみる。

駄目だ。混ざった瞬間のような模様になってしまう。これでは自然石と言うよりも作品だ。だからと言って完全に混ぜたらそれも一色タイルになってしまう。


こうなれば諦めて洋風にするべきか?

いや、やはり俺は落ち着ける温泉が欲しい。


方式を変えて再挑戦だ。


まず、浴槽の基礎は全て一枚の岩に変えてしまう。

そこにツルツルの石を生み出し敷き詰める。

石の数が多くなるとそれらしくなって来た。

今度は成功だ。


噴出口を塞いだ石を底石と融合させ取り払うと、敷き詰めた石の隙間からポコポコとお湯が湧き上がる。

今度も間欠泉のようにはならなかったが、かなりの湯量があるようで、あっと言う間にお湯が溜まってゆく。



早速入って汚れを落とそう。


おっと、その前に湯加減を知らなければ。

また火傷するかも知れない。


でもどうやって温度を知れば?


そう思っていると、文字が浮かんできた。


対象:破邪の湯

温度:40℃


この表示のしかたは鑑定だ。

温度も鑑定出来たらしい。


何であれ、40℃なら適温。

安心して入れる。

と言うか、この温度なら実は火傷していなかったんじゃ? 転がり落ちた時のダメージの方が大きそうだ……。


気にしない事にしよう。

気にしてはいけない。


泥だらけの服を脱ぐと、お湯を操作してシャワーのように自分にかける。

幸い、服の下はそこまで汚れていなかった。

手と顔を中心を洗うだけでジャリジャリ感は無くなる。


もう大丈夫だろう。


どれ。


「くはぁーーー」


いい湯だ。

少し熱い気もするが、疲れた身体に効く。


ゆっくりと全身の力を湯に預けてゆく。


湯船は石を並べただけなので、少しゴツゴツするが、それがまたツボを刺激するようで丁度良い。

温泉の湧き出る位置では、その上に有るあちらこちらの石の隙間からお湯が勢い良く出ていて、石のゴツゴツ感と合わせてジャグジー付きのお風呂に入っているようだ。


そして丘の上からの眺望も最高だ。


温泉を造っている間に日は昇ってきたらしく、山脈の隙間からまだ微かに赤みを帯びた太陽が覗かせている。

そんな暖色で明るい静かな光が、山々や丘の周りの草原、疎らな森を照らしていた。

森の木々の下に広がる大きな水溜りも、鏡となって二重に森の木々を照らしている。

穏やかでいて、目をはっきりと覚めさせてくれる景色だ。


いつの間にか、朝日が日に変わる。


知らず知らずの内に、時間が経過していたようだ。


少し熱くなってきた。

でもまだまだ入っていたい。


取り敢えずペット皿から水を飲む。

すっかりここでのコップと言えばこれだ。

既に疑問を抱かなくなっている自分がいる。

人里に辿り着いたら気を付けなければ。


しかし水を飲んだところで、のぼせて来るのは少し遅くなっただけ。

寧ろ少し冷まされたからか、余計に温泉を熱く感じる。

温泉の効能か、少しピリピリする感じも強くなってくる。

再び水を飲んでも引くのは一時に過ぎない。


長湯を出来る魔法でも無いだろうか?


魔導書は現れない。

流石に無茶であるらしい。


せめてこの症状を緩和出来る魔法は?


あっ、今度は存在したようだ。

のぼせ回復魔法だろうか?


「“聖域(サンクチュアリ)”」


発動すると、美しく緻密な魔法陣が現れた。

そこから聖なる光が拡がってゆく。


そして身体は軽くなった。

どうやらこれは広域型の聖属性回復魔法と呼べるようなものらしい。

範囲は無駄に広いが、効果は抜群。見た目だけの回復力がある。

だが、やはりこの規模は要らない。

魔力のほとんどを持って行かれた。

ついでに美しい魔法陣だが、景色と温泉との調和もいまいちだ。


この場に合わせて改良出来ないか、自力発動を試みる。


しかしこれは何時もの様には行かなかった。

魔法陣が緻密で、そこまでは魔力を制御出来ない。

今までとは格段に難しい魔法だ。


この魔法を使うのは諦めよう。


しかしのぼせても回復すると言う魔法は有用だ。

是非とも活用して行きたい。


聖属性の回復魔法なら、同じように効果が有るだろうか?


「“エクストラヒール”」


おっ、回復した後だからはっきりとは分からないが、回復したような気がする。気分が若干楽になった。

しかしこの魔法も発動時に光って少し派手だ。

落ち着いた温泉の景観に合っていない。

汚れを落とす風呂として造ったが、温泉は昔からのんびりする場所だと決まっている。眩しい光は要らない。


どうにか光を抑えられないだろうか?


魔力を少なくしてみる。

光は弱くなった。

しかし回復箇所、この場合全身が輝く事には変わらない。


今度は指向性を内側に強めてみる。

全然変わらない。

寧ろ光が強くなった気までする。

そもそも発動する時点で光が生まれてしまう。発動の光と回復した副産物の光と二重に存在しているようだ。


いっその事、体内で発動出来ないものか?


一瞬だけ魔法の形となるも、すぐに拡散してしまった。

エクストラヒールの性質は外から当てる回復であって、内側からのものでは無いらしい。

しかし、一瞬なら内側からでも発動出来た。

もしかしたら、元々内側から発動する魔法が存在するかも知れない。


試しに聖属性に変換した魔力を体内で動かしてみる。


成功だ。

やはり自分に流れている魔力は、多少変質させても体内に流す事が出来るようだ。


そして、聖属性の魔力を体内に巡らすだけでも、大分楽になった。

一向にのぼせる気配が無い。

聖属性自体に回復効果があったようだ。


更には流すだけだと特に光も発しない。


これで長風呂を満喫出来そうだ。





30



暫く聖属性の魔力を色々と動かしながら長風呂を満喫していると、ある事に気が付いた。


温泉にも聖属性の魔力を流すと、明らかにリラックスする事が出来た。

泉質まで良くなるらしい。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 パッシブスキル〈邪属性耐性〉を獲得しました》


ついでに、邪属性とやらへの耐性まで手に入れた。

聖の反対と言えば邪。

聖属性の力が宿って身に付いたのだろう。

まさかの嬉しい副産物だ。

そう言えばこの温泉の名前も破邪の湯と出ていたし、元々そんな効能も有ったのかも知れない。


そして邪属性とは聖属性の回復とは反対でダメージを与えるもの全般を司っているのか、更にのぼせなくなった。

色々な相乗効果で一日中でも入っていられるかも知れない。


よくよく考えたら学校も無ければ、人里に向かうのだって急ぐ旅では無い。ボッチ過ぎるだけだ。

やろうと思えば幾らでもスローライフが満喫出来る。

温泉付きのスローライフなんて最高だ。

暫くこのままでも良いかも知れない。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 魔法〈聖属性魔法〉のレベルが1から2に上昇しました。

アクティブスキル《聖属性魔術》のレベルが1から2に上昇しました》


ついでに聖属性の魔力を色々と使っているから、適正もスキルも上がった。

のんびりしながら修行にもなる。

ここまで素晴らしい修行を俺は他に知らない。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 パッシブスキル〈邪属性耐性〉のレベルが1から2に上昇しました》


更には鼻歌交じりに寛いでいるだけで邪属性耐性がレベルアップ。

聖属性の方は一応修行と言えない事も無いが、これは完全に棚ぼただ。

素晴らし過ぎる。


どうせならこの鼻歌で歌唱スキルなり歌手スキルなりを獲得出来ないだろうか?


ペット皿で水分の補給と魔力の補給をしつつ、鼻歌交じりに聖属性の魔力を振りまいていると、突然地鳴りが聞こえてきた。


『グワァァァァオォォァァ…………』


まるで生き物の咆哮にも聞こえる不気味な地鳴りだ。

消え入りそうでも、強い抵抗を感じる、それでいて粘着質にも思える気持ち悪さも併せ持った不思議な地鳴り。

多分、温泉のゴポゴポと湧く音が地下で混ざったのだろう。

不気味だが、不思議と恐怖を感じない。

総じて不思議と言う感想の強い地鳴りだ。


温泉を掘ったせいで少し地盤がずれてしまったのだろうか?


それを証明するように、温泉が少し濁ってきた。

石を擦り合わせたような、そして鉄錆のような匂いがする。色も鉄分の多そうな感じだ。

強めの温泉に行った時、こんな感じのお湯だった。


泉質が悪くなったと言う雰囲気では無い。

単純泉が酸性強めの温泉に変わったと言う程度の変化に思える。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 パッシブスキル〈邪属性耐性〉のレベルが2から3に上昇しました》


現に、温泉の効能が上がった気がする。

スキル獲得からレベルアップにかかった時間よりも短い。

普通、レベルは上に行くほど上がり難くなるものの筈なのに、このレベルアップ速度。

間違いなく温泉の効能が上がっている。


ただ、温度も高くなったのか、早くものぼせそうになって来た。

聖属性の魔力を身体中に巡らし、温泉にも振りまいているのにだ。


魔力の出力を上げてみる。

おっ、のぼせる感覚が引いた。


うん、全然問題無い。

魔力消費は多くなったが、ペット皿から水を飲む頻度を上げれば全く問題ない。

やはり素晴らしい温泉に進化した結果だけで終わった。

素晴らしい変化だ。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

パッシブスキル〈状態異常耐性〉〈精神耐性〉〈毒耐性〉〈病耐性〉〈瘴気耐性〉〈呪耐性〉〈炎耐性〉〈石化耐性〉〈腐食耐性〉〈酸耐性〉〈崩壊耐性〉を獲得しました》


……訂正、引くほど素晴らしい温泉に変化した。

スキル獲得量がえげつない。


新破邪の湯、恐るべし。


確か女神様はここが魔王の侵略があるまで世界の中心だった聖なる土地とか言っていたし、もしかしたらこの温泉が有ったからこそ、かつてこの土地が選ばれたのかも知れない。


さっきの地鳴り、その発生源はやはり温泉関係の地盤で、そこが崩れて本流に繋がったのだろう。

これはますます出られなくなった。

手のシワすら刻まれないし、このまま一日中入ってみるのも良いかも知れない。



《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

パッシブスキル〈状態異常耐性〉〈精神耐性〉〈毒耐性〉〈病耐性〉〈瘴気耐性〉〈呪耐性〉〈炎耐性〉〈石化耐性〉〈腐食耐性〉〈酸耐性〉〈崩壊耐性〉のレベルが1から3に上昇しました》


十分もしない内に、スキルレベルが2も上がった。

もはや恐ろしい程の効能だ。


そして時々、あの地鳴りが響くようになった。

その度になんだか温泉の効能が上がっている気がする。

まだまだ温泉は本気を出していなかったようだ。


効能の上昇と共に温度も上昇しているのか、のぼせそうになってしまうが、これもやはり聖属性の出力を上げることで対応出来た。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 魔法〈聖属性魔法〉のレベルが2から3に上昇しました。

アクティブスキル《聖属性魔術》のレベルが2から3に上昇しました》


「この温泉、素敵過ぎる!」


ついには叫んでしまうくらい素敵な温泉だ。

効能に加え、聖属性魔術の修行にもなる。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

パッシブスキル〈状態異常耐性〉〈精神耐性〉〈毒耐性〉〈病耐性〉〈瘴気耐性〉〈呪耐性〉〈炎耐性〉〈石化耐性〉〈腐食耐性〉〈酸耐性〉〈崩壊耐性〉のレベルが3から4に上昇しました》


素敵効能は留まる事を知らない。

一体どこまでスキルを上げてくれるのだろうか?


違う系統のスキルであるから魔法修行の時とは比べられないが、一番レベルの高い水属性魔術でも寝ても尚、発動し続けてやっとレベル4に上がった。

そのレベル4に温泉でリラックスしているだけで複数上がり続ける。


ここまで素晴らしい温泉が他に有るだろうか?





31



温泉の効能は止まらない。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 パッシブスキル〈再生〉のレベルが2から3に上昇しました。

〈魔力回復〉のレベルが3から4に上昇しました》


魔力の大量消費、大量回復を続けていたおかげか魔力回復スキルまでレベルが上がった。

再生スキルのレベルも上がったが、これはきっと再生スキルでも魔力の回復が出来たからだろう。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

パッシブスキル〈状態異常耐性〉〈精神耐性〉〈毒耐性〉〈病耐性〉〈瘴気耐性〉〈呪耐性〉〈炎耐性〉〈石化耐性〉〈腐食耐性〉〈酸耐性〉〈崩壊耐性〉のレベルが4から5に上昇しました》


そして止まらない耐性スキルのレベル上昇。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 アクティブスキル〈浄化〉を獲得しました》


更には新スキル。


この温泉は破邪に必要なスキルまで授けてくれるのかも知れない。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 パッシブスキル〈邪属性耐性〉のレベルが3から4に上昇しました》


破邪と言うよりも、守りや回復特価の耐性なり聖属性だが、それは些細な問題だ。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 魔法〈聖属性魔法〉のレベルが3から4に上昇しました》


レベルアップが続くと、差が見えてきた。

これまでは魔術スキルの方も一緒にレベルアップしていたが、魔術としては使っていなかったからか、適正の方だけが上がった。


しかしこの魔法適正が上がるだけで、のぼせ回復の効果は前回と同じく上昇。

やはりこの聖属性の魔力操作の威力等には、魔術スキルはあまり関係無かったらしい。


魔術スキルは精度、適正は威力、と言うよりも魔力の質的なものが上がると言ったところだろうか。

もっと例えるなら、魔術スキルで剣を作るとしたらそのレベルアップでその剣の完成度が上がる。一方、適正ではレベルアップで鉄の剣から鋼の剣に変化すると言ったように、根本的な何が変化する。

そんなところだろう。


勉強にまでなるとは、この温泉はどこまでも凄い。

何でもかんでも絶賛したくなってくる。


そう思っていると、今までよりも一際大きな地鳴りが聞こえてきた。


『グルォオォォォオォアァァァァァァァ』


今度は途切れ無い地鳴りだ。

これが地球なら不安になっただろうが、地鳴りがするだけで揺れは無いし、仮に地震が起きても倒れてくるものの一つもない開けた丘で有るから一欠片の不安も無い。

反対に更に良いお湯が来るのかとワクワクしてしまう。


あっ、そう思っていたら軽く揺れて来た。

少し軽く見ていたかも知れない。


だが、温泉の出もゴポゴポと激しくなる。

上にある石がポコポコ動く程の勢いだ。石の下をあちらこちら潜って、色々なところからお湯が湧き出す。

地震が起きたが収支プラスだ。


地鳴りも地震も収まらないが、この変化したらしい温泉に比べれば些細な問題である。


おっと、今度の温泉はいつも以上に効く。

熱さが倍増でもしたのか、一瞬でのぼせて来る。

しかしこんな温泉の効能が素晴らしい事を、のぼせ易い温泉ほど効能が高い事を経験則上知っている。


上がる事など微塵も考えず、聖属性の出力を上げた。

今回のは強い。

圧を感じるほどののぼせ力だ。

魔力がばんばん消費されてゆく。

ペット皿から口を離せない程だ。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 パッシブスキル〈邪属性耐性〉のレベルが4から5に上昇しました》


少し楽になる。

しかし少しに過ぎなかった。

今まではスキルアップで大分楽になったが、今回のはそんなレベルじゃない。


しかしスキルレベルが上がった事から、やはり効能も素晴らしいものであるようだ。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

パッシブスキル〈状態異常耐性〉〈精神耐性〉〈毒耐性〉〈病耐性〉〈瘴気耐性〉〈呪耐性〉〈炎耐性〉〈石化耐性〉〈腐食耐性〉〈酸耐性〉〈崩壊耐性〉のレベルが5から7に上昇しました》


一気にスキルがレベルアップすると、流石に楽になって来た。

それでもまだ、のぼせそうになる。

これも良薬苦しと言うやつかも知れない。


と言うか、2レベルもアップした。

この温泉、素晴らし過ぎる。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 魔法〈聖属性魔法〉のレベルが4から5に上昇しました》


聖属性への適正が上がった事で、やっと普通の状態になった。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 パッシブスキル〈再生〉〈並列思考〉〈高速思考〉のレベルが3から4に上昇しました。

〈魔力回復〉のレベルが4から5に上昇しました。

アクティブスキル〈魔力操作〉のレベルが3から4に上昇しました。

〈浄化〉のレベルが1から2に上昇しました》


ここまで来ると、再びリラックス状態だ。


しかしリラックスは出来なかった。


途切れる事なく続いていた地鳴りの強さが、明らかに変わったからだ。


『グルゥラァアアァァァァァァ!!!!』


音により地面が揺れているのか、地面が揺れているからここまで大きな地鳴りが響いてくるのか判断が付かないほど大きな地鳴りが響く。


それに伴い湯量が莫大に増えた。


石積みの下に源泉が有るから、間欠泉の如く勢いよく噴き出すことはなかったが、湯面が少なく見積もっても十センチ以上も上がり、温泉の外に滝の如く流れる。


「ぐぅっ!」


同時に温泉の色はより濃く赤みを帯び、のぼせ力が爆上げされた。

思わずうめき声を上げてしまう程だ。


慌てて聖属性の魔力を出力全開、つまり全力で開放しても、のぼせ力は大して引かなかない。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

パッシブスキル〈状態異常耐性〉〈精神耐性〉〈毒耐性〉〈病耐性〉〈瘴気耐性〉〈呪耐性〉〈炎耐性〉〈石化耐性〉〈腐食耐性〉〈酸耐性〉〈崩壊耐性〉のレベルが7から8に上昇しました》


幾つもの耐性が上がっても、まだ押し負けている。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 パッシブスキル〈邪属性耐性〉のレベルが5から6に上昇しました》


少し楽になる。

されど少し。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

パッシブスキル〈再生〉のレベルが4から5に上昇しました。

アクティブスキル〈聖属性魔術〉のレベルが3から4に上昇しました。

〈連続魔法〉のレベルが1から2に上昇しました》


少し楽になる。

こちらは申し訳程度。


だが強いと言っても所詮はのぼせ力。

倒れそうなまでの域には行ってない。

まだ意識がちゃんと保てる。


まるでサウナの中にある温泉に入っているようだが、温泉の効力に比べればこれくらいは許容範囲内だ。

寧ろ、これくらいの我慢も必要とせずスキルレベルが上がるのなら、申し訳無いくらいだ。


全力で聖属性の魔力に魔力を変換し、体内では効率よく、もはや自分自身が聖属性の塊であるかのように、体外では大胆に、地下の源泉まで聖属性を浸透させる意識すら持って、聖属性の魔力を解き放って行く。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 ギフト〈風景同化〉のレベルが3から4に上昇しました》


すると、今度はギフトまでレベルが上がった。

そして上がると同時に、自分への聖属性の浸透性親和性が明らかに上がった。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 魔法〈聖属性魔法〉のレベルが5から6に上昇しました》


更にギフトのレベルアップを引き金に、聖属性への適正がまた上がった。

この変化は大きく、サウナの中で温泉に入っているような感覚から、ちょっと熱めの温泉に長時間入っている程度の感覚にまで回復した。

今までと比べ、聖属性の魔力の質が大きく上がっている。


しかしそれで満足せず、一気に温泉ののぼせ力を追い返すように力を込めてゆく。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

パッシブスキル〈状態異常耐性〉〈精神耐性〉〈毒耐性〉〈病耐性〉〈瘴気耐性〉〈呪耐性〉〈炎耐性〉〈石化耐性〉〈腐食耐性〉〈酸耐性〉〈崩壊耐性〉のレベルが8から9に上昇しました。

〈邪属性耐性〉のレベルが6から7に上昇しました。

〈魔力回復〉〈再生〉のレベルが5から6に上昇しました。

〈並列思考〉〈高速思考〉のレベルが4から5に上昇しました。

アクティブスキル〈魔力操作〉のレベルが4から5に上昇しました。

〈浄化〉のレベルが2から3に上昇しました》


やっと余裕が出てくる。


辺りを見渡せば、まだ日はそんなに高く無かった。

怒涛のスキルアップでかなり長時間入っていたように思えるが、実際はまだ一時間も入っていないらしい。

特に、最後に温泉が変化を見せてからは十分も、下手したら五分も経っていないように思える。


こんな短時間にこんな変化をもたらしてくれるとは、もはや恐ろしい程の効能だ。


そして時が経つと共に、余裕は増えてゆく。

普通の長風呂とは逆だ。

温泉にも聖属性の魔力が満ちてゆく。


のぼせさせる力の強いと感じるお湯ほど、スキルアップの効能が高かったから、流石にそろそろ上がる潮時だろうか?





32




もう十分スキルを手に入れ磨けたし、上がるのに丁度良いかも知れない。


『グゥゥゥオオォォォォォォォ!!!!』


そう思っていると、地響きが桁違いに大きくなった。

まるで断末魔のような、力を振り絞った強い音だ。


地響きが鳴り響いた直後に、源泉から灰色の、灰色の中にほんの少し赤黒い地獄の炎のような色が混じった光が、莫大な湯と共に噴出してきた。

光は、可視化された魔力だ。


急ぎ全身を聖属性の魔力で満たす。

更に今まで放出し、湯と共に丘の下へと流れて行った魔力をかき集めた。

俺の聖属性の魔力も可視化され、清々しく光輝く。


しかしそれでも温泉に呑み込まれそうになる。

もはや感じるのはのぼせる感覚どころでは無い。

意識や思考どころか、感情も感覚も、全てが奪われそうになる。


豊富な聖属性の魔力を届く限り集める。

駄目だ、補充が追いつかない。


苦し紛れに空洞を発動。

灰色の空間が広がる。


しかし極寒の地で空に撒いた熱湯のように霧散した。

五重になっていた、その全ての層がだ。


しかし一瞬は防げた。


聖属性魔力の生成吸収、ペット皿での回復、それに加え幾度も空洞を発動するするも、まだ押し負けている。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

ギフト〈風景同化〉のレベルが4から5に上昇しました。

魔法〈聖属性魔法〉のレベルが6から7に上昇しました。

パッシブスキル〈状態異常耐性〉〈精神耐性〉〈毒耐性〉〈病耐性〉〈瘴気耐性〉〈呪耐性〉〈炎耐性〉〈石化耐性〉〈腐食耐性〉〈酸耐性〉〈崩壊耐性〉のレベルが9から10に上昇しました。

〈邪属性耐性〉のレベルが7から8に上昇しました。

〈魔力回復〉〈再生〉のレベルが6から7に上昇しました。

〈並列思考〉〈高速思考〉のレベルが5から6に上昇しました。

アクティブスキル〈魔力操作〉のレベルが5から6に上昇しました。

〈聖属性魔術〉のレベルが4から5に上昇しました。

〈魔力感知〉〈浄化〉のレベルが3から4に上昇しました。

〈連続魔法〉のレベルが2から3に上昇しました。

パッシブスキル〈魔力吸収〉〈魔力回収〉〈魔力貯蔵〉〈魔力耐性〉〈体内術式〉を獲得しました。

アクティブスキル〈限界突破〉〈魔力収集〉〈魔力精製〉〈魔力変換〉〈体内術式〉を獲得しました》


大分こちらの押す力が増えた。

数多のスキルが上がったと言うのもあるが、魔力操作や並列思考に高速思考がレベル6になったのは大きい。

今までもそうだが、5と6のレベルアップには、おそらく壁がある。しかしその分だけ、上がるとスキルの力が増大するようだ。

魔力を操作する力もその範囲も、そしてそれを制御し変換する能力も格段に上がった。


耐性スキルの最大レベル10への変化も大きいが、5から6への変化の方が大きい気がする。


そして今までやっていた事がスキル化され、自然に、当たり前のように出来るようになった。

特にパッシブスキルは、まるで生態が変わったかの様に、行えるようになった。

無理矢理かき集め自分のものにしていた魔力が、当たり前のように自分のものになってゆく。


だが、それでもまだ足りない。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

パッシブスキル〈魔力吸収〉〈魔力回収〉〈魔力貯蔵〉のレベルが1から5に上昇しました。

〈魔力耐性〉のレベルが1から3に上昇しました。

アクティブスキル〈限界突破〉〈魔力収集〉〈魔力精製〉〈魔力変換〉〈体内術式〉のレベルが1から5に上昇しました》


新たに獲得したスキルが急激にレベルアップしてもそれは大して変わらない。

まだ押し負けている。


《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

ギフト〈空洞〉〈風景同化〉のレベルが5から6に上昇しました》


しかしこのレベルアップで、大きく力関係は変わった。

空洞の灰色の世界は五重から六十四重に代わり、より聖属性の魔力と一体化した。

押され続けていたのが、押し合う状態へと変わる。


が、向こうの押す力が変わる訳では無い。

あくまでも拮抗しただけだ。

微かにも手を抜く事は出来ない。


温泉から出ようにも、一歩も動けない状況だ。

完全に囚われている。

そしてそれで済ます為に全身全霊。

このままでは温泉卵ならずの温泉ボッチになってしまう。


「うぉおおおおぁぁあっ!!」


声に出して、精神論頼りの気合いも全開で温泉を押し返す。



《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

ギフト〈空洞〉〈風景同化〉のレベルが6から7に上昇しました。

魔法〈聖属性魔法〉のレベルが7から8に上昇しました。

パッシブスキル〈邪属性耐性〉のレベルが8から9に上昇しました。

〈魔力回復〉〈再生〉のレベルが7から8に上昇しました。

〈並列思考〉〈高速思考〉のレベルが6から7に上昇しました。

〈魔力吸収〉〈魔力回収〉〈魔力貯蔵〉のレベルが5から6に上昇しました。

〈魔力耐性〉のレベルが3から4に上昇しました。

アクティブスキル〈魔力操作〉のレベルが6から7に上昇しました。

〈聖属性魔術〉〈限界突破〉〈魔力収集〉〈魔力精製〉〈魔力変換〉〈体内術式〉のレベルが5から6に上昇しました。

〈魔力感知〉〈浄化〉のレベルが4から5に上昇しました。

〈連続魔法〉のレベルが3から4に上昇しました》


一体どれ程の時間が経っただろう?

いや、日の昇り方からして一分も経っていない。


再び怒涛の勢いでスキルレベルが上がった。

新獲得スキルのほとんどがレベル5の壁を越え、空洞は六十四層から倍の百二十八層へと変化した。

この変化はかなり大きい。


特に新獲得スキル、魔力をかき集める系のスキルが5の壁を越えた事、更にそれぞれの相乗効果で俺の生み出した魔力なら一気に全て掌握出来た。

相当な魔力を放出していたようで、かき集め可視化された聖属性の魔力は眩しい程に輝いている。


「ぐぅおおぉああっ!!」


その魔力を全て一度体内に入れ、風景同化で一体化、再び完全な自分の魔力とし、放出した時よりも高い聖属性の適性で生み出せる最高純度の魔力に変換精製、一気に源泉に向け、放出した。


自分由来、再度一体化させた魔力ではあるが、剰りの量に身体が焼き切れそうになる。

しかし最後まで、自分を保護する分だけ残して全てを一気に絞り出す。


度重なる変化で、鉄錆のような色合いだった濁り湯が、魔力に触れる側から清い光を発し底まではっきりと透き通った澄んだ清水に変化してゆく。

源泉から放出されていた黒ずんだ灰色の魔力も、清水色の光に分解。

源泉の入り口まで進むと、ダイヤモンドダストのような光を噴出させ、源泉口を聖属性の魔力は突き進む。


湯気の代わりに清水のようなオーロラ光が昇り、魔力が熱源まで到達すると、いよいよ地鳴りは叫びとしか言い得ないものとなった。


『―――――――――ッッッ―――!!!!!!』


それも断末魔としか捉えようの無い叫び。


『ッッッッ!!!!!!!!――――――』


全ての魔力が熱源に到達すると、爆発の如き断末魔が轟き、爆発の如きオーロラ清光の波が丘全体、いやこの高原全体に広がった。

そしてそこら中から光の粒子が昇ってゆく。


身体の内から、そして温泉からのぼせる力が引いた。

同時に温泉の勢いかも無くなる。


《【原悪の魔王】ディオネルザオルを討伐しました》


「へっ?」






33



《【原悪の魔王】ディオネルザオルを討伐しました》


「へっ?」


衝撃過ぎるアナウンスはそこで終わりではなかった。


《経験値が一定値を上回りました。

ステータスを更新します。

 “異世界勇者”のレベルが1から50に上がりました。

 “異世界勇者”のレベルの上昇を確認。

 “スキルポイント”機能を解放します。

 “異世界勇者”のレベルが10に到達。

 “セカンドジョブ”機能を解放します。

 “異世界勇者”のレベルが20に到達。

 “サードジョブ”機能を解放します。

 “異世界勇者”のレベルが30に到達。

 “勇者武装”機能を解放します。

 “異世界勇者”のレベルが40に到達。

 固有スキル〈勇者直感〉を獲得しました

 “異世界勇者”のレベルが50に到達。

 “勇者”の職業ジョブを獲得しました。

 称号【勇者】を獲得しました。

 勇者と認定します。

【魔王】の討伐を確認。

【魔王の眷属】の討伐に成功したと認定します。

 “異世界勇者”のレベルが50から70に上がりました。

 “異世界勇者”のレベルが60に到達。

 “ポイント交換”機能を解放します。

 “異世界勇者”のレベルが70に到達。

固有スキル〈絆の力〉を獲得しました。

ギフト〈空洞〉〈風景同化〉のレベルが7から10に上昇しました。

魔法〈聖属性魔法〉のレベルが8から10に上昇しました。

パッシブスキル〈邪属性耐性〉のレベルが9から10に上昇しました。

〈魔力回復〉〈再生〉のレベルが8から10に上昇しました。

〈並列思考〉〈高速思考〉のレベルが7から10に上昇しました。

〈魔力吸収〉〈魔力回収〉〈魔力貯蔵〉のレベルが6から10に上昇しました。

〈魔力耐性〉のレベルが4から10に上昇しました。

アクティブスキル〈魔力操作〉のレベルが7から10に上昇しました。

〈聖属性魔術〉〈限界突破〉〈魔力収集〉〈魔力精製〉〈魔力変換〉〈体内術式〉のレベルが6から10に上昇しました。

〈魔力感知〉〈浄化〉のレベルが5から6に上昇しました。

〈連続魔法〉のレベルが4から6に上昇しました。

パッシブスキル〈精神耐性〉が固有スキル〈不屈〉に覚醒しました。

アクティブスキル〈魔力操作〉がパッシブスキル〈魔力操作〉に覚醒しました。

称号【全裸の勇者】【湯の勇者】【原悪を打ち滅ぼしし者】を獲得しました。

世界神【露出教主】マリアンネの介入を確認。

 加護〈マリアンネの祝福〉を獲得しました。

 称号【露出教名誉司教】を獲得しました。

 アクティブスキル〈聖職者〉〈全裸強化〉を獲得しました》


押し潰されそうになる程の膨大なエネルギーが俺に押し流れてくる。

しかし感じるのは全能感。

圧倒的だが、暴力的では無い。

寧ろ安らぎすら覚える。母に還り、生まれ変わっているようだ。

そうしてエネルギーが、俺になる。

作り変えられたのでは無い。型に沿って拡がった。そんな不思議な感覚だ。


だが、それで終わりでは無かった。


『……ありがとう…』

『異界の…勇者よ……』

『…あなたは…人々を救った……』

『誰も見ていなくとも…我らだけは知っている……』

『……君は…闇を……払って…くれた』

『…私たちの……代わりに…』

『…心よりの…感謝を…』

『どうか受け取って……欲しい…』

『我らに出来る……最後の力……』

『…あなたの為に……』


『『『感謝を込めて』』』


そんな掠れているが身に染み込むような声が突然聞こえ、地中から六つの光の柱が昇った、と思うと、俺に向って降りて来た。

優しい光が俺を包む。


《【光と法の旧神】セルアモール、【闇と術の旧神】ガゼアノート、【火と鍛冶の旧神】フルアシュアー、【水と流通の旧神】ウィルセアン、【土と農業の旧神】マルダモネ、【風と旅の旧神】エシュフロンが介入しました。

ステータスを更新します。

称号【旧神の後継】を獲得しました。

加護〈旧神の力〉を獲得しました》


『『『さらば…愛しい子ら……さらば………異界の勇者よ…………』』』


それは子の巣立ちを見送るような、そして憂いなく眠りにつくような声音。そんな声は空に溶け消えるかの様に消えて行った。

ゆっくりと湯気のように、光もその気配も、静かに完全に無くなる。



が、感傷に浸っている暇は無かった。


今度はステータスの変化では無い。


目の前の空に、直視せざるを得ない程神々しい、巨大な魔法陣が現れた。

木々の成長を早送りで見ているかのように魔法陣は描かれ拡がり、緻密な魔法陣が完成してゆく。

魔法陣と言っても、魔力は感じない。ゼロではないが、別の力で画かれている。


そんな魔法陣は完成すると、神々しい光を更に強め、そこから木漏れ日が漏れるかのように、光芒が降りてくる。


そして女神が降臨した。


「…………何しているんですか? 女神様?」


降臨したのはうちの女神様だ。

派手な登場で、それしか頭に入って来ない。

目立つ登場を何故ここでするのだろうか?

実は目立ちたがり屋だった? 陰キャの俺には理解できない。


「……それはこちらのセリフです。登場はそう言う仕様です。あと私、正真正銘の女神ですからね? 女神が降臨した感動とか無いんですか?」

「今更感動とか言われても…」


と言うか、来るなら温泉でのぼせそうになって困っていた時に来て欲しかったものだ。


「私も忙しいんですよ。神域も地上も大騒ぎなんですから。現在進行形で」

「大騒ぎ?」

「はい、ですから特に用も無いなら呼び出さないでください」


困っている時に来て欲しいと思っていたら、じゃあ困ってない時には呼ぶなと言われた。

ごもっともな意見ではある。


だが、前提を間違えている。


「俺、女神様を召喚なんかしていませんけど?」

「はい? じゃあ何で私がここに居るんですか?」

「知りませんよ。と言うか女神様、何で今回は映像みたいなのじゃ無くて、実体があるんですか?」

「実体? ……本当ですね。確かに貴方の力では、と言うよりも人間の力では神を実体のある状態で降ろすなど、まず不可能な芸当です」


女神様は、本気で俺が召喚したと思っていたようだ。

しかし女神様が言うとおり、やるやらない以前に女神様を召喚するなど出来ない芸当だ。

まだまだ異世界初心者の俺でもそんな事は分かる。

神を召喚なんて、チートですらない。


「ところで、大騒ぎって何が起きたんですか?」


だが、そんな女神降臨問題よりも、こっちの方が気になる。

地上どころか神域も大騒ぎって、どう考えても尋常じゃ無い出来事だ。

一体何が?


「魔王が現れました」

「魔王って、ラスボス的なアノ?」

「その魔王です」


あまり現実味のある話では無いが大事件だ。

どんな創作物でもそれは共通した事実だろう。


「あれ? でも、そもそも魔王が現れたから俺たちが召喚されたんじゃ?」

「その通りです。今回現れたのはその魔王とは別の新たな魔王です。だから大騒ぎになっています」

「新たな魔王!? 魔王が二体になったって事ですか!?」

「なので地上も神域も大騒ぎです。おまけに誰もこのような事態は想定していませんでした。魔王はその時代に一柱、それも最短で三百年の年月を経て現れていたそうです。未来を見通す予知の女神も巫女もこの事態は予見出来ず。更には新たな魔王は現れて間もなく、その気配を完全に消しました。神をも欺く大魔王が誕生したのでは無いかと、それは大変な大騒ぎになっています」


そんな事になっていたなんて、今回ばかりは周囲に人っ子一人いないボッチぶりに感謝だ。

巻き込まれずに済みそうである。


「貴方も異世界の勇者の一人なんですが……?」


とジト目な女神様。


「俺は勇者である前にボッチなんです。残念でしたね」


もういっそ、空間属性の練習もやめて平穏な余生を目指そうかな?


「……もはや清々しいほどのボッチですね……」


女神様の視線は痛いが、何事も安全第一だ。





34




女神様の突然の降臨と、新たな魔王登場と言う話には驚いたが、魔王と言えば俺にも驚いた現象がついさっき起きた。


「そう言えば女神様、俺、温泉に入っていたら突然レベルアップして、【魔王】の討伐がなんたらって言うアナウンスが流れたんですけど?」

「魔王の討伐? 温泉に入ってレベルアップしたとか、始めから意味不明なんですが? 遂にヤバい薬にでも手を出してしまいましたか?」


割と本気で俺の頭を心配してくる女神様。


「遂にって、俺を一体なんだと思っているんですか!? そんな薬に手を出そうとも思った事はありませんよ! と言うかこの無人の地でどうしろと!」

「じゃあ間違って変なキノコを食べたとか?」

「キノコみたいに食べれるか判断出来ないものなんか食べません!」

「確かに、貴方は臆病ですからね。失礼しました」


何故か、何故かキノコを安心性の方面から語っただけですんなり納得された。

これはこれで解せぬ。


「まあ、変なものを食べた訳でない事は納得しましたが、温泉でレベルアップなど有り得ません。レベルアップは基本的に、魔物を倒さねば出来ないものです。ジョブによって経験値対象は変わる、例えば料理人なら料理をする事でもレベルアップするので、温泉に関わるジョブならレベルアップするかも知れません。ですが、そんなジョブは聞いた事もありません。何より貴方は“異世界勇者”である筈です。温泉でレベルアップするジョブではありません。

と言うかこの温泉、いつの間に掘ったんですか?」

「成り行きで」


女神様はそう言うが、魔物なんか討伐した覚えがない。

と言うかこの世界に来てから、動物、鳥や虫すらも見ていない気がする。

レベルアップは状況的に、温泉によるものとしか思えない。


「因みに、温泉に使ってスキルを獲得したりは?」

「それは、余程の秘湯なら可能性が有るかも知れませんが」

「ここ、とんでもなく秘境ですよ? こんな秘境の秘湯ならいけそうじゃ無いですか?」

「……確かに、この世界においてトップレベルの秘湯ですね。聖域の跡地ですし、割と有り得るかも」


そんな話をしていると、ガガガガガと言う地響きが聞こえて来た。

同時に湯が再び湧いて来る。


もしかして、まだ温泉の効能アップは終わっていなかったのか?


そう思ってきいると、最初の間欠泉もびっくりの勢いでお湯が噴き出した。

黄金の輝きを伴って。


「熱っだ!? 熱だだだだバブハフバフブブ!?」


熱々の金の輝きに下から熱湯と共に無数に殴られ、上まで飛んでいた金の輝きに上から殴られ、温泉底に押し付けられる。

空洞を発動してなんとか起き上がると、そこに有ったのは無数の金貨、金貨の山だった。

温泉が金貨風呂に変わっている。


「「一体何がぁっ!?」」


神である女神様にも想定外の出来事であったようで、二人同時に驚きの声を上げてしまった。


「め、女神様、秘湯って、金貨も出てくるんですか?」


念の為、有り得ない可能性を聞いてみる。

ここは異世界、まさかの有り得る可能性もあるかも知れない。


「ある訳無いでしょう」

「ですよね……」


じゃあこれは一体何なのか?


「これ、本物の金貨ですか?」

「……鑑定してみたところ、本物のようです。念の為、貴方も確認してください」


恐る恐る鑑定。


名称:パリオン金貨

分類:金貨

説明:パリオン王朝で鋳造されていた金貨。


念の為にもう一度。


名称:パリオン金貨

分類:金貨

説明:ケペルベック王国でパリオン王朝第三代オルカスⅠ世の時代に鋳造されていた金貨。


うん、なんか少し詳しくなって情報が出て来た。

金貨に間違いなさそうだ。


しかしこの一枚が偶々本物であっただけかも知れない。


他の一枚を手に取って鑑定する。


名称:パリオン金貨

分類:金貨

説明:ケペルベック王国でパリオン王朝第三代オルカスⅠ世の時代に鋳造されていた金貨。


同じ結果だ。

だが、ここで信じきってはいけない。


今度はデザインを確認してから、他のデザインのものを鑑定する。


名称:パリオン金貨

分類:金貨

説明:ケペルベック王国でパリオン王朝第六代オルカスⅣ世の時代に鋳造されていた金貨。


デザインは変わっていたが、説明文で変わったのは何世の部分だけだった。


隣を見れば、女神様も鑑定を続けていた。

やはり信じられないようだ。


試しに齧ってみる。


「あがっ……」


チョコじゃない。

凹んだところも金のまま。



《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 アクティブスキル〈鑑定〉のレベルが2から3に上昇しました》


鑑定し続けていると、スキルレベルが上がった。

これで何が分かるかも知れない。


名称:パリオン金貨

分類:金貨

価値:100000フォン

説明:ケペルベック王国でパリオン王朝第三代オルカスⅠ世の時代に鋳造されていた金貨。パリオン王朝は八代魔王軍に前王朝と王都が滅ぼされた後、王家の血を引き領地が辺境である為に比較的無事であったパリオン辺境伯が王座に就き開かれた王朝である。王都は元パリオン辺境伯領領都パリオンベックに移され、開拓の時代が始まった。オルカスⅠ世の時代は多数の鉱山が発見され、金の産出量はケペルベック王国史上の最盛期であった。その為パリオン金貨の中で最も発行枚数が多い。


どうでもいい情報しか増えなかった。

いや、価値の部分は重要だけれども……。

逆に言えば、そこしか要らない。名称すら金貨で十分だ。


と言うか、スキルレベルが3でこの情報量って、10まで上げたら一体どうなるのだろうか?


その後もいきなりの金貨を信じられず、幾度も鑑定を続けるも、どの金貨も本物であった。

価値が表示される以上、疑いようが無い。


だが、一体なぜこんなにも大量の金貨が源泉から噴き出して来たのだろうか?

数えた分だけで、何と千枚は有った。ぱっと見で一万枚は有るだろう。割と数えられそうな数だが、一枚は丁度五百円玉ほど、かなりの量が有るように思えてくる。


10万フォンが一万枚で10億フォン……。

1フォンは大体1円の価値と言っていたし、10億フォンは日本円で10億円…………。

……何度も意識が飛びそうになってくる。


宝くじが当たったのなら、きっとこうはなら無い。シンプルに一日中喜べる筈だ。

当たらないと思っていても、それは自分から求めていた結果だ。

だがこれは予想どころか妄想もした事の無い事態。あまりに常識と乖離していて現実味の欠片もない。

夢に閉じ込められたような、得体の知れなさを第一に感じてしまう。


しかしよくよく考えると、いくら金貨が有っても使い途がない。

人が周りに居ないという意味で……。

買い物が出来なくては、金貨など何枚有ろうとも綺麗なだけの金属に過ぎない。


そう気が付くと、頭の中がスッキリしてきた。


一旦冷静になろう。


「女神様、この金貨、何で出て来たんですかね?」


今考えなくてはならないのはこっちだ。

真偽を確かめる段階はとっくに過ぎている。


この質問に、女神様もやっと金貨から目を離した。


「……割と、非現実的な現象では無いかも知れません」

「温泉から金貨が出るのは非現実的じゃないっ!?」


まさかの回答につい大声を出してしまう。


「異世界の温泉からは金貨が出てくるんですか!?」

「落ち着いてください。異世界の温泉だから、では無くここの立地の問題です」

「立地の?」

「はい、もう知っての通りここはかつて世界の中心として栄えた聖域です。そして今では見ての通り滅んでいます。滅ぶ直前に、後で取りに帰って来ようと地下に資産を隠していても不思議ではありません」

「確かに」


考えてみればここは考古学者も探検家もトレジャーハンターも、一生を賭けてまで探しても不思議では無い歴史の詰まった大遺跡だ。

それが偶々温泉を掘ったときのルート上に有り、さっきの大間欠泉で詰まっていたのが出て来ても、奇跡的な発見ではあるがそこまで不思議では無い。


謎が解けてめでたしめでたしだ。


あれ? 何かを忘れている気が?





35






金貨の回収もせず、開き直って金貨風呂を満喫していると、元々話そうとしていた事を思い出した。


「そう言えば、この温泉で本当にレベルが上がったりスキルを獲得したりしたんですけど、これは何か心当たりはありませんか?」

「まだそんな事を言っているんですか?」

「本当ですよ。ほら」


俺はステータス画面を表示した。


名前:マサフミ=オオタ

 称号:【異世界転生者】【異世界勇者】【複数の世界を知る者】【世界最強】【孤高ボッチ】、→【勇者】、→【全裸の勇者】、→【湯の勇者】、→【原悪を打ち滅ぼしし者】、→【露出教名誉司教】

 種族:異世界人

 年齢:15

 能力値アビリティ

 生命力 1011/1011→900621/900621

 魔力 1206/1206→903063/903063

 体力 1000/1000→900000/900000

 力 100→90000

 頑丈 100→90000

 俊敏 100→90000

 器用 100→90000

 知力 100→90000

 精神力 100→90000

 運 100→90000

→スキルポイント:350

→討伐ポイント:100000

 職業ジョブ:異世界勇者Lv1→70、→勇者Lv0、なし、→なし、→なし、→なし

 職歴:なし

 魔法:全属性魔法Lv2、木属性魔法Lv1、聖属性魔法Lv1→10、氷属性魔法Lv1

 加護:転生の女神アウラレアの加護、龍の力、→マリアンネの祝福、→旧神の力

 ギフト:空洞Lv5→10、風景同化Lv3→10、超演技Lv1

固有スキル:→勇者直感Lv1、→絆の力Lv1、→不屈Lv1

 パッシブスキル:→魔力操作Lv1、再生Lv2→10、魔力回復Lv3→10、睡魔Lv1、就寝魔法Lv1、並列思考Lv3→10、高速思考Lv3→10、→邪属性耐性Lv10、→状態異常耐性Lv10、→精神耐性Lv10→覚醒、→毒耐性Lv10、→病耐性Lv10、→瘴気耐性Lv10、→呪耐性Lv10、→炎耐性Lv10、→石化耐性Lv10、→腐食耐性Lv10、→酸耐性Lv10、→崩壊耐性Lv10、→魔力吸収Lv10、→魔力回収Lv10、→魔力貯蔵Lv10、→魔力耐性Lv10

 アクティブスキル:鑑定Lv2→3、アイテムボックスLv1、魔力感知Lv3→6、魔力操作Lv3→10→覚醒、神託Lv1、風属性魔術Lv3、水属性魔術Lv4、土属性魔術Lv1、木属性魔術Lv1、火属性魔術Lv2、光属性魔術Lv1、闇属性魔術Lv1、無詠唱Lv3、連続魔法Lv1→6、探知魔法Lv3、聖属性魔術Lv1→10、氷属性魔術Lv1、→浄化Lv6、→限界突破Lv10、→魔力収集Lv10、→魔力精製Lv10、→魔力変換Lv10、→体内術式Lv10、→聖職者Lv1、→全裸強化Lv1


「…………………………」

「あっ、そう言えば女神様にもこのステータス画面見えてます? 俺にしか見えてないなら、見えるようにする方法はありませんか?」

「…………………………」

「あれ? 女神様ぁー? 女神様ぁーー? 聞いてますーー?」


女神様の目の前で手をヒラヒラとかざすも、反応が全く無い。

思い切ってパンッと目の前で手を叩く。


「はっ…」


この反応、意識がどっかに飛んでいたようだ。


「いっ、一体何を、したんですか!?」

「だから温泉に入っていたら――」

「そんな訳無いでしょう!?」

「おっ、落ち着いて」


意識を戻したと思ったら怒涛の勢で今にも掴みかかって来そうな女神様。


「って、たいたい痛いっ! どこ摘まんでるんですかっ!?」

「掴む襟が無いから仕方なくこうしているんですよ!」


襟が無いからと、人の乳首を摘んで来るのは混乱しているとは言え如何なものかと思う。

そもそも乳首で無くとも人の襟を掴んではいけない。

混乱のし過ぎだ。訳が分からなくなっている。


と言うか痛い。

めちゃくちゃ痛い!

女神様の握力は洗濯バサミを軽く凌駕している。


「早く離してくださいっ!」

「そんな事よりも」

「そんなことぉ? あがっ!」


反対したらもう片方まで追加されてしまった。

そのままゆっくりと上に、まさかの襟の掴み上げのように持ち上げられ、爪先立ちにさせられる。


「痛いたいたいッ!? 乳首が取れるーー!!」


美女(女神様)に乳首を掴まれ上に持ち上げられるって、一体どんな状況!?


「一体何してそんなにレベルアップしたんですか!?」


俺の悲痛の叫びは届かず、そのまま限り無く拷問な尋問。

ここは素直に答えるしか無い。


「だから温泉に浸かって――いぎぃゃぁぁあっ!!」


正直に答えたら遂に爪先は離陸。


「巫山戯て無いで答えてください!」

「本当です本当ぉ! 取れる取れる取れるぅーー!!」

「……嘘は言っていないようですね」

「だったら下ろしてぇーー!!」


バシャーンッ!!


離してはもらえたが、背中から無様に入水する。

足を着陸させてから離して欲しかった。


「温泉でのぼせて正気を失っていたのでしょうか?」


俺の扱いがあらゆる面で酷い。


「本当に温泉に入ったくらいしか、特別な事はしていませんよ」

「馬鹿も休み休み言ってください。まあ、百歩譲って特殊な効能の温泉でレベルが上がるとしましょう。ですが、ジョブレベルが1から70に上がると言うのはどう考えても異常です。ドラゴンを倒したってここまでのレベルアップは不可能でしょう」


レベル1から70って、そこまで凄かったんだ。

ドラゴンを倒してもレベルアップ不可能……何故に温泉で?

改めて言われると、正気だったかどうか確かめる為に今度は自分で乳首を抓りたくなるほど不可解だ。

女神様の気持ちも、まああれは襟の代わりらしいが、分かった気がする。

でも、心当たりは本当に温泉しかないし?


「それに、スキルの獲得とスキルレベルの上昇率も異常です。魔物を倒した場合、技術の腕自体を上げていなくとも、戦闘に用いたスキルがレベルアップする事は有ります。しかしそれでも、一定水準に達していなければ上がる事はありません。そもそもレベル10のスキルなど、ものによっては伝説の域です。平和な時代では大陸に一人も所持者がいない事もざらに有ります」


大陸に一人もいない伝説の域。

予想以上にスケールが大きい。

確かにこの前、レベル6でもその道の名匠レベルと言っていたが、まさか10だと伝説にまでなってしまうとは。


空洞、他者を近けないボッチ力が伝説級……。

何故か驚きやそこまで上げたと言う優越感より何よりも、虚しさを感じてしまう。


「ま、まあ、友達はスキルレベル関係なく、後からでも作れます……多分……」


興奮からの追求姿勢だった女神様も、俺の心の中を読み、気不味そうにフォローして来た。

結果はフォローと言うよりも、傷口に塩水だが……。


……レベルアップの異常云々も一旦忘れるくらい、俺のボッチ力って酷い?


せめて友達を作れると断言くらいはしてほしい。


「お気持ちだけは、受け取っておきます……」

「……その、お大事に……。えー、それでですね。特に、耐性レベル10は異常としか言いようがありません」


そして女神様は流れるように、いや流すように話を元に戻した。

まるで全くその気を見せなかった同僚同士が仕事場でキスしている現場を目撃し、目が合い、何も言わずに去るのはもっと気不味いから適当な事を言って逃げるように去る時のような感が漂っている。


その態度が更に傷口に塩をすり込まれているようだが、話題の転換はありがたい。

努めて気を転換する事としよう。


「上げる為にはその攻撃を受け続けなければならないからです。普通死にます。致死性の有る対象に対する耐性スキルの場合、獲得までの間に死ぬ方が殆どでしょう。才能が有って訓練したところで、日常的に毒を盛られる王族ですら、10には届かないでしょう」


変な方向に思考を割かないように、集中して話を聞く。


「そんな有り得ないくらいドロドロの王族もですか?」

「有り得ないレベルのドロドロでもです。耐性スキルを上げるには頻度と強度が必要です。強力な毒を受けてから奇跡的に回復すれば一発で毒耐性を獲得したり、レベルを上げる事も多いでしょう。しかしそれは分の悪い賭けです。そして、盛られる毒と言うのは全般的に致死性の毒です。低レベルの耐性など容易く突破します。そもそも毒耐性を身に着けても殆ど意味を成しません。対策は盛られた毒を摂取しないようにする事です。まず身に着けようとする能力ではありません」


確かに、無力化が目的でない限り、大体盛られる毒は致死性のものだ。毒殺事件は聞き覚えがあるが、毒入れ事件はなかなか聞かない。皆無でも無いが、多分毒殺に失敗しただけだろう。

そんな致死性の毒、摂取しないようにするしかない。


普通に考えて、毒の最高峰は致死性の毒。

と言う事は、スキルも多分、最高レベルまで上げないと致死性の毒を完全に防ぐ事は出来ない。

耐性が身に着く身に着かないでは無く、生きるか死ぬかの問題だ。


「そして身に着ける、自分から訓練するにしても、普通は回復が確実な毒で慣れるようにするしかありません。だからと言って完全に耐えられる毒は、そもそも毒とは呼べないものです。スキルレベルが上がれば意味を成さなくなる。スキルレベルを上げるにはより強い毒が必要となります。レベル5を上げる毒となると、大型の魔物も一撃で昏倒させるような毒、容れた器も侵食し蒸気を吸うだけで倒れるような猛毒になります。用意すら難しいでしょう」


レベル5から6の時点で用意するのも困難な毒が必要……。

改めて考えると、女神様が掴みかかって来るのも納得な異常だ。


しかし、俺に言える事は変わらない。


「……本当に温泉に入っていただけなんですけど?」

「………………」


俺も温泉の効能が凄過ぎると再認識したが、それでも他に思い当たる節が無いのだから、俺に言えるのはそれだけだ。





36





異常を未だ現実だと受け止めきれていない女神様に対して、妙案を思いついた。


「あの、女神様、まずはこの温泉を鑑定してみてくれませんか?」


シンプルに、温泉の効果を確認してもらえばいいのだ。


「温泉を? せいぜい泉質しか分からないと思いますが?」

「だからこの温泉は、破邪の湯と言って特別なんですよ。騙されたと思って見てください」

「温泉の力がじゃないと立証されるだけですよ?」


そう言いつつも、女神様はお湯に目を向けてくれた。


俺も改めて温泉を鑑定してみよう。


名称:滅邪の湯


あれ?

温泉の名前が変わってる。


効能が何故か上がっていったから名前まで変わったのだろうか?

もっと詳しく見てみよう。


名称:滅邪の湯

効果:浄化、聖水生成

説明:浄化された破邪の湯。


ん? 浄化された破邪の湯?

もしかして、聖属性を使い過ぎて浄化された?

使う前は破邪の湯だったのだから、短時間で変化したのだからそう考えるのが自然だ。


それで、スキルを獲得した効能は、聖水生成とやらのおかげだろうか?

多分、この温泉が聖水になっていると言う事だろう。

ファンタジーに限らず色々な物語に聖水が登場する中、聖水にスキルや能力を与える効果があると言う話は聞いたことが無いが、創作の中に正解を求めてはならない。

この世界の、本物の聖水とはそう言うものなのだろう。


上がったステータスからして、聖なる力、魔王に打ち勝つ力を与えてくれるのだ。


「ほら、女神様、ちゃんと聖水生成って言う効能が有ったでしょう? 本当に温泉の力でステータスが上がったんですよ」

「……………………」

「あれ? 女神様? 女神様ぁー?」


話しかけるも女神様からの反応がない。

温泉を覗いたまま固まっている。


素晴らしい効果を持つ温泉が実在したと知らされて、信じきれないのだろうか?


そう思っていると、ふと目の前に鑑定画面が現れた。

俺は鑑定していない。

女神様が出したようだ。


「鑑定って、人にも見えるように出来たんですね」

「……いえ、これは私の見た光景を映し出しただけで、別口の力です」


やっと反応してくれた。

もう立ち直れたのだろうか?


「貴方も、確認してみてください」


……いや、信じきれず、俺にも確認して欲しかったらしい。


「いい加減に信じてくださいよ」


そう言いつつも、鑑定結果を読む。


女神様の鑑定は俺よりも高度なようで、より多くの情報が出ていた。


名称:滅邪の湯

効果:浄化、聖水生成

説明:浄化された破邪の湯。破邪の湯に含まれていた【原悪の魔王】ディオネルザオルの邪気怨念は、破邪の湯の熱源であった【原悪の魔王】が滅びた為に残っておらず、【原悪の魔王】を倒す為に用いられた莫大な聖属性の魔力により環境の属性は塗り替えられ、浄化効果を含む聖水の温泉となっている。

水源は霊峰フィーデル山脈から流れる聖なる水、熱源は【原悪の魔王】が永きに渡り封印されていた為に大地が属性を帯び生じた煉獄。煉獄は浄化により邪属性が抜けきり清く純粋な性質へと変化している。


………………破邪の湯に含まれていた【原悪の魔王】ディオネルザオルの邪気怨念? 熱源は【原悪の魔王】が永きに渡り封印されていた為に大地が属性を帯び生じた煉獄?


あまりの情報が飲み込めない中、女神様は鑑定結果の破邪の湯と言う部分に触れた。

その文字が軽く輝くと、新たな鑑定結果が出て来る。


名称:破邪の湯

効果:原悪の怨念、邪水生成

説明:【原悪の魔王】ディオネルザオルの邪気怨念に汚染された温泉。水源は霊峰フィーデル山脈から流れる聖なる水、熱源は【原悪の魔王】。

【原悪の魔王】が霊峰と一体化した旧神により封印されていた為に発生した温泉で、湯は封印の廃水。元は聖なる水であるが、【原悪の魔王】の影響により怨念や毒、瘴気に病魔、呪いなどあらゆる害悪に汚染された邪水となっている。

【原悪の魔王】の活動量に応じてその邪気は変化する。【原悪の魔王】が封印の影響で休眠状態の場合でも、生物を寄せ付けず死に追い込む、生き残っても魔物化させる凶悪な温泉。

破邪の湯が掘られる前は地下水から霊峰の外に流れ出し、周囲を汚染していた。霊峰本来の聖なる水も外に一部流れていた為、霊峰の周囲は邪水の影響を強く受けて汚染され、凶悪な魔獣が闊歩する地域と、魔王大戦による汚染が浄化された地域とが入り乱れている。


……………………。


もはや呼吸も忘れてしまいそうな衝撃過ぎる情報だが、更に追い打ちをかけるように、また新たな鑑定結果を出してくる。


名称:【原悪の魔王】ディオネルザオル

説明:初代魔王。フィーデルクス世界において初めて発生した魔王。魔獣や魔族が変異進化覚醒した存在では無く、初めから魔王であった存在。この世の悪の権化であった魔王であり、限りなく神に近い存在であった。

悪の塊とも言える存在で、全てが有害。存在するだけで辺りを汚染した。善きを滅ぼし悪を眷属に変え、姿を現してから一月の間に最も巨大であったデルクス大陸の四分の一を汚染された死の大地に変えた。

まだ神話の時代、肉体を持っていたフィーデルクスの神々は人類と共にこの魔王に立ち向かったが、幾柱もの神々が肉体を喪い地上で存在する術を喪った。その大戦は大陸の四分の三を焦土に変え、生物の数を千分の一あまりに減らした。

百年にも及ぶ戦いで、やっと神々と人類は魔王以外の眷属を倒し切る事に成功するも、この魔王を倒し切る術はその頃もはや存在しなかった。神々は肉体を喪い、人類の戦士も極少数。しかし残り少ない人類の戦士、後に勇者と呼ばれる戦士達が神々をその身に降ろす事で、魔王の肉体を破壊する事には成功した。魔王から地上に存在し続ける為の手段を奪った。

だが神々が信仰心をエネルギー源とするように、魔王は悪をエネルギー源とした。人類が減り祈りが減っても、魔王には自身が振りまいた大陸を汚染する害悪が存在した。そうなれば神々よりも先に肉体が復活するのは魔王、滅ぼされるのは神々と人類である。その為、魔王を完全に倒さなければならなかったが、神々と人類にそのような余力は残されていなかった。

そこでフィーデルクス世界の始まりの地である霊峰フィーデルに魔王を誘い込み、神々が魔王を押さえつけ、神々の長である六大神は霊峰と一体化する事で魔王を封印した。

この魔王の封印に伴い、神々は世界に還り、実質滅びた。この魔王の討伐により、神治の時代から人治の時代に変わった。現存する神々はこの大戦により神々から与えられた神器に宿る神霊が、生き残った人類の信仰を受け神格を得た存在である。現在の神々と大戦の神々は区別され、世界に還った神々を旧神と呼ぶ。

この魔王は、六千年による封印の影響で害悪から力を得るも浄化され続け弱り、終には異世界から召喚された勇者マサフミ=オオタの聖属性の力により完全に滅ぼされた。


……………………ハハハ……なんか、俺の個人情報まで鑑定結果に出ている……。


初め、信じようとしない女神様を説得する為に鑑定しろと言ったが、何故か俺も信じられない側に回っている。


しかし、何度読み返しても言葉は変わらない。

変わるのは読む度に削られてゆく俺の精神。


どうやらもう、信じるしか無さそうだ。

じゃないと、もう身が持たない。






37




まだ現実を受け止めきれない頭で鑑定結果をまとめる。


温泉に入ってレベルアップしたのは温泉源であった魔王をのぼせ力を排除しようと放出していた聖属性の魔力で倒したから、そしてのぼせ力の正体は魔王から滲み出た邪気怨念。


「どうやら、貴方も状況を飲み込めたようですね」

「……………………一応は」

「頼りない答えですが、大方は貴方の出した結論と同じでしょう。本来上がり難い耐性スキルも、長時間強力な毒に浸かっていたらレベルが上がらず生きている方が不思議です。大方、聖属性の魔力で討伐とありますから、ダメージを回復する為に聖属性を使い続け、それ故に毒と気付かず封印されていた魔王を打ち倒す程の聖属性の魔力を使ったと言う事でしょう」

「……はい、多分……」


毒、そう俺は魔王の毒だし汁にずっと浸かっていた訳だ。

のぼせていたんじゃ無い。毒に侵されていた……。

それも魔王の頭上で呑気に…………。


……よく生きていたものだ。

…………よく、最後まで気付かなかったものだ。


現実だけで無く、自分が何を思っているのかも上手く飲み込めない。

何を思うのが正しいのかすらも、分からない。


過去に恐怖するべきなのだろうか?

愚鈍な自分を罵倒するべきなのだろうか?

それとも、奇跡的に生き残った事に安堵するべきなのだろうか?

なんなら、魔王を倒した事を誇っても良いのかも知れない。


きっと全て正しい。

多分俺も、全部感じている。


それでも分からなかった。

一つの感情だけでも感情の容量と上限をゆうに超えている。


ただ一番に感じるのは、現実だと信じ切れないと言う事。

感情の前に理性がパンクしている。


しかしそれでも、温泉で起きた事の全てが説明出来てしまった。

俺に現実を否定する術は妄想の中にだって無い。


「金貨についてもこれで説明できます。魔王を討伐したのなら10億フォンが出て来て当然です」


既に解決していた疑問まで、この魔王討伐で説明できてしまうらしい。


「はい? 金貨も?」


この予想外の説には、思考回路がパンクしていた俺も思わず聞き返す。


「ん? 言っていませんでしたか? この世界では魔物を討伐すると金貨や銀貨などの硬貨が出現するんですよ」

「え? ステータスとかゲームみたいな要素が多いと思ったら、金貨まで出てくるんですか? もしかしてこの世界、ゲームの中だったりします?」

「ゲームの世界ではありません。ゲームのような要素が多く思えるようですが、実際のところはこのフィーデルクス世界のように、ステータスが有って金貨の出る世界の方が圧倒的に多数です」


地球、まさかの少数派だったんだ……。

割と魔王討伐に匹敵するくらいの衝撃だ。


「まあ、驚くのも無理はありませんが、魔王討伐に匹敵する程驚く事では無いと思いますよ? ゲームのように見えるシステム、ステータス表示はその実、あらゆる情報を数値化しているだけです。地球でもステータスの表示が出来ればまるでゲームのような数値で表示がされますが、それだけで何も変わりません」

「つまり地球よりも魔法とか出来る事とかが元々多く、それを数値化して表示しているからゲームっぽく見えるだけだと?」

「はい、数値化さえしなければ地球よりも現象が多い世界と思うだけだと思いますよ? 例えば外付けっぽいスキルも、スキルがあるから武技が使えるのでは無く、その武技を自力で使えるほど鍛錬を積んだからスキルレベルが上がったと捉えれば、何ら不思議な事ではありません。残念な例え方をすると、資格を数値化したようなものです」


言われた通りに想像してみると、確かにステータスの表示ができると言うだけでゲームっぽくなる。


それを抜きに考えると、魔法や武技が有って人が経験値で成長するだけの普通の世界だ。

ゲーム、管理された造りもの感はそれだけでだいぶ無くなる。

何ら違和感は……あれ?


「金貨が出て来るのは、やっぱり謎なんですけど?」


例え法則が違う世界であっても、金貨が出て来るのは流石に変だ。

自然現象では納得出来ない。

そもそも金では無く、金貨と言うだけで人工物だ。

がっつり人の手が入っている。


「と言うか、金貨が出る世界も圧倒的多数って言っていませんでしたか?」

「はい、その通りですが、これは我々神々からしても謎です。こればかりは何故、どうやって出て来るか誰も知りません」


……神々でも謎なんだ。


「“ステータスの声”、“言語を超えた意思疎通”、と並び“魔物から出る金貨”は“多世界三大不思議”の一つとされています。因みに金貨以外の二つも誰も答えを知りません」


多世界三大不思議、この言い方からして、本当に金貨の出る世界が圧倒的多数である事が伺える。

これを聞くと更に謎が深まる。

一体、その資金源は何処なのか? 

一つの世界の事であっても十分謎だが、規模が大きくなると、不思議から不可能な事のように思えてくる。


そして新たに増えた謎もある。


「言語を超えた意思疎通ってなんですか?」

「どの言語を使っていても、言葉が通じると言う事です」

「そんな翻訳みたいな現象もあったんですね」

「無ければこの世界の言語を覚えてもらっていますよ。それに、これは翻訳とも違います。この世界を含めた多くの世界では、お互いに違う言語を話していても、口元を見なければそれに気付きません。それほどスムーズに言葉の意味が通じます」

「じゃあ、テレパシー的なもので会話しているんですか?」

「それも違います。音を聞いていても、その言語の違いに気付けませんから。完全にその言葉を何事も無く当たり前に理解している状態です。だから謎とされています」


どんな言葉が分かるのでは無く、言語の違いに気付けないと言うのは確かに凄い。

だがとてつもなく便利だ。

どんな相手とでも話す事が出来る。


……まあ、俺にそこまで持って行くスキルは無いのだが……。


言語以前の問題だ……。


それに、現状からしてそもそも人がいない。

この不思議パワーの恩恵を受けるのは、少なくとも当分先のようだ……。


先に、有れば良いな…………。


そう思うと、魔王を討伐していた事もどうでも良くなって来た。


偉い筈の王様も、周りに人がいなければただの人だ。

百人いても、ただのリーダー止まりだろう。寧ろ過剰なリーダーシップとカリスマ性は逆に構成員以下に引きずり落とすかも知れない。

一万人が住む町の町長の方が、そんな王様より多くの尊敬を受けているだろう。

誰もが驚く程の天才も、周りに人がいなければ天才とは呼ばれない。

きっと百人いても、それは特技程度で終わってしまう。

反対に一億人の中で百人同じ事が出来る人がいても、百人しかいなければその人は多分天才と呼ばれる。


比較対象が無ければ、きっと何もかも個性でしか無い。


だから独りしかいないここでは、魔王も炎も同じだ。

魔の王も、魔がそれだけならただ危ないものでしか無い。

比較対象は自分と魔王と炎。自分からして魔王と炎は危険。魔王と炎とでは魔王の方が危険。


後は温泉に浸かっている時に感じた事が全てだ。


ボッチの前では魔王も金貨と同じく大した価値を持たない。

寧ろ価値が有ると思うほど、だからどうしたと虚しくなるだけだ……。


せいぜい、自画自賛しか出来ないのだから…………。







38







「……急に落ち着いたようですが、どうかしましたか?」

と、控えめに、何かに触れないようにそう問うてくる女神様。


どうやら、傍から分かる程度には虚無感を出してしまったようだ。


「どんな言語でも関係なく会話出来ても、話す相手がいない事に気が付いたんですよ……」

「それは……ご愁傷様です……」


慰める言葉が見当たらないらしい女神様に、お悔やみを申し上げられた。

人から悩みを打ち明けられる筈の神として、それは如何なものなのだろうか?

……神が諦めるとは一体?


虚ろな自分の瞳に、光が灯された気がする。

反射という形で……。


「えっと、……その……、そうだ、魔王です! 貴方は魔王を討伐したんですよ!」

女神様は強引に話を戻そうとする。


「それも、俺にとってはどうでもいい事ですよ」

「魔王ですよ、魔王!?」

「魔王も、周りの評価が無ければただの脅威ですから……死にかけ度から言ったら炎の方が脅威なくらいです……」

「いやいやいや、魔王ですよ!?」

「俺だって一応勇者ですよ? そんな俺を、勇者だから凄いと思いますか? 女神様だって女神様なんですよ?」


異世界に転生してから会ったのは、俺も含めて考えると勇者と女神と魔王。

この三人しかいない中で、果たして魔王と言う存在に特別な価値はあったのだろうか?


俺は無いと思う。


「…………確かに、そう言われると…………」


結局、周りに自分以外がいなければ実感こそ全てだ。

後から指摘されなければ、その時感じたもの以外に価値を見出す事は出来ない。

その指摘すらも、一つ二つではちょっとした意見で終わり、価値観を書き換えるほどの力は発揮しない。多分、価値観を変えるにはそれこそ文化が必要だ。


周りがいなければ、魔王も対岸の火事でしか無い。

知ってはいるが、関係の無い事だ。


「ですが、これだけは言わせてください」

だが、女神様は真面目な表情で言った。


「貴方は確かに、この世界の人々を救いました。誰も見ていなくとも、誰も知らなくとも、貴方は世界を救った勇者です」

真っ直ぐと目を見ながら。


「確かに、価値や意味と言うものは自分や誰かの評価の積み重ね、後付けでしか無いかも知れません。剥ぎ取ってしまえば、無意味なのかも知れません。

それでも、貴方の功績は本物です。例え誰も称賛しなくとも、評価しなくとも人々を救った事実は変えようの無いものです。それは、賞状や勲章で与えられる事の無い真実です。

だから、誇ってください。貴方は誰が何と言おうと、例え貴方自身が何と言おうとも、貴方は私の誇れる勇者です」


女神様は魔王を討伐しても、ボッチである事実の方に打ちのめされている俺に同情したのかも知れない。

哀れに思ったのかも知れない。

だから手を差し伸べてくれたのかも知れない。


しかし、その目は、美しい瞳は真っ直ぐだった。

眦は柔らかく下がり、口角は優しく上がっていたが、それでも真っ直ぐこちらを見据えていた。


そんな女神様に、俺は何も答えられなかった。

答えを知らなかった。


それでも、俺の何かが確かに変わった。


少なくとも、虚無感は消えていた。

いつの間にか、ただただ、俺も女神様を真っ直ぐ見据えていた。



そんなこんなの話をしている内に、女神様の身体は透けて来た。

指先からは、光の粒子が溶けるように空に昇っている。


「どうやら、実体化していられるのもここまでのようですね」

「えっ、召喚されたんじゃ?」

「貴方のステータスを見て分かりました。私が実体を伴ってここに喚ばれたのは、貴方が魔王を倒したから、そして〈旧神の力〉、神の残滓によるものです。

喚ばれたのが魔王の討伐、それを祝福する為で、実体は神の残滓が満ちていたからですね。祝福は自動術式だったので気付きませんでした」


そう言っている間にも、女神様の姿はどんどん薄くなってゆく。


「では、改めて」


女神様は俺の頬に触れた。


「貴方に祝福を。ありがとう、私の、私達の勇者」


そう言い残すと、女神様の姿は完全に消えた。


「女神様ぁーーー!!」


俺は消えた女神様に向かって叫んだ。

しかし、女神様が戻ってくる事は――――


『はい? 何か言い残した事でもありました?』


普通に戻ってきた……。


いつの間にか空気に呑まれてしまっていたらしい。

お別れシーンだと思ってしまった。


『ふふふ、意外と貴方にもそう言うところが有るんですね』


生暖かい目で笑われた……。


「それは、如何にも過ぎるお別れシーンだったからですよ!」

『こんなお別れシーンが有る訳ないじゃないですか』

「いやいや、よくテレビとかで見かけるでしょう!? だから仕方ないんですよ!」


必死に弁明しようとするが、女神様はまるで応じてくれない。


『まったく、貴方という人は、やはり気付いていないんですね』


尚もおかしそうに笑う女神様は、下の方を指し示した。


ソコを見ても不思議なトコロは…………。


「にゅ、入浴中に来る女神様が悪いんですよぉ〜〜ー!!」


そこでやっと、今までずっと全裸のままであった事に気が付くのだった。


通りで【全裸の勇者】と【露出教名誉司教】と言う不名誉な二つ名を授かる訳だ……。

と言うか転生初日に流し聞いた露出教、実在したんだ。

てっきり女神様のジョークだと思っていた。


『露出教は残念ながら実在しています。何故か、地球のように存在しない世界の方が少ない、複数の世界を股にかけた大宗教らしいですよ?』

「複数の世界を股にかけるって……」


名前と俺が気に入られた事から察するに、露出する宗教なのに複数の世界に蔓延っているとは、多世界三大不思議よりも謎現象だ。


『服を着ていない事も忘れる貴方には、有り難い宗教かも知れませんね。人里で服を着ていなくとも宗教のせいだと誤魔化せますから』

と微笑みながら言う女神様。


「万が一も誤魔化す事態なんて発生しませんよ! 俺に露出する趣味はありません! プライベートな時に来る女神様が悪いんです! それこそ今回は入浴中に女神様が来たんですからね!」


しかし、俺の抗議などどこ吹く風。


『まあ、一応祝福に来たのですから、そう言う事にしておいてあげましょう』


そう言い残すと、今度こそ本当に女神様は帰っていった。

理論からすると俺の言い分が正しい筈なのに、何故か負けた気がする。

それでも、憎くは無かった。


魔王には勝てても、女神様には勝てないようだ。








39





女神様が去った後、俺は再び温泉に深く浸かった。


平時なら根暗な俺でも燥いでいたであろう黄金に輝く温泉も、今は鬱陶しさを感じる。

それだけ、脱力してしまったのだろう。


あまりの事が怒涛の勢いで押し寄せ過ぎた。


女神様の祝福で精神的な重しのようなものは取れていたが、消費した気力までは戻って来なかったらしい。


まだ時間的に朝風呂のままだが、もう就寝したい気分ですらある。

精神以外の部分では肉体的にもスキル的にも魔王討伐でだいぶ上がっている筈だが、 完全に精神疲労に引っ張られていた。


温泉の浄化効果とやらも感じられない。


温泉に浸かった事で癒やされていく部分も感じるが、これは温泉に入ったと言う行動自体が、温泉は安らぎを与える場所だと刷り込まれた心が感じているものだ。

そう自覚すると、余計に大量の金貨が鬱陶しく感じられる。

俺の心の中の温泉はこんな金ピカじゃ無い。


だからと言って、金貨を仕舞うのも億劫だ。


ただただ、静かにのんびりとしていたい。


目を閉じる。


お湯の音が聞こえる。

温泉が岩と草、そしてもう土台すら殆ど残っていないかつての神殿の名残りが点在する丘を、止まることなく流れる音。

山奥の渓流、それを穏やかにしたような音色だ。


風の音が聞こえる。

あまり聞き慣れない音だ。

田舎とは言え、地方都市であった地元では聞かない音。

人工物の、遮るものが無い広い土地を、自由に駆け巡る音。

風本来の音。


ここでは、色々な風が流れている。


上が空しかない高原一の丘を流れる空の風。

高原のある山に流れ山間を進んでくる地上の風。

山脈から駆け下りて来る天の風。

そして草木を優しく揺らす高原の風。


音も香りも温度も様々。


残念ながら、生き物の声は聞こえない。


それでも、お湯と風と共に、心の疲れは流れて行った。



精神の気力が戻ってくると、金貨風呂を楽しむ気力も出てくる。


後は回復する一方だ。


金貨が先か、気力が先かは定かで無いが、金貨の輝きがそうさせるのだろう。

金貨風呂を楽しめる精神とそうで無い精神との差は大きい。

そして超えたら移り変わりは急激だ。


意味もなく金貨を掴み取っては、チャリチャリと放す。


この一掴みで、一体何が買えるのだろう?


一枚十万、十枚で百万。


ちょっとした車、この世界では馬車でも買えるだろうか?

馬と馬車はセットで売っているのだろうか?

免許は必要なのだろうか?


次々と色々な事が思い浮かんで来る。


確か女神様は百万も有れば特殊な奴隷出ない限り買えると言っていたし、ここに有る金貨だと奴隷軍団だって買えそうだ。


ざっと十億も有れば、値段が付いているものでは買えないものの方が珍しいだろう。

豪邸どころか、ちょっとした城だって建てられるだろう。


いや、そう言えば首里城の正殿の再建費が百五十億円を超えると聞いたような気がする。

新築では無く忠実に再現した再建だから、伝統技術とか特殊素材とかで通常工費よりも高くなるのだろうが、城は正殿だけじゃ無い。

一から造るとなると、城の天守閣(?)よりも石垣を造る方が多分大変だ。それに重機も造った時代は無かったから、その分も大変だったに違いない。


少なくとも百億はする気がする。

熊本城は、城を移動させていたから参考にはならないが、確か諸々合わせて六百億円の復興費。

城は十億では建てられなさそうだ。


そもそも人件費だけで一体幾らになるだろうか?


仮に百人で一年間の工事を行ったとしよう。

日給は一万円として、一年で三百六十五万、それが百人で三億六千五百万。

百人で造れるとは思えないから、仮に千人で築城したとして三十六億円。

とんでも無い額だ。


その千人の中に、建材を採取し運んで来る人員を入れて建材費を圧縮したとしても三十六億円。

どうあっても高い。


何人で建てたと言う話が、どの段階の要員までを指すのかは知らないが城の場合、十人が十日かけて運ぶ巨石があったとして、日給一万円では、運送費だけで百万円かかる。

これを人件費では無く建材費として考えた場合、城の建築費は恐ろしい事になる。

十億で城を建てられると思った自分が馬鹿みたいだ。


しかしそう人件費で考えると、魔王討伐で得た十億フォンと言う額は高いのだろうか?


一人日給一万フォンで雇うとして、一万の軍勢を集めるには一日だけで一億フォンかかる。

十日経てばすぐに十億フォンだ。

十万の軍勢を集めたら一日で十億フォンかかる。


世界の命運を賭けなければならない強大な存在には、十万の軍勢が十日間死力を尽くしてもまず勝てないだろう。

十万の軍勢は大戦ではあるが、世界では無く国と国との戦争の範囲内だと思う。

そんな兵力で人類存続の危機に追い込む魔王が倒せるはずも無い。


そしてそんな十万の軍勢は十億フォンでは集められるだけだ。

軍隊にするには装備が、維持するには食糧が必要となる。

まともに戦うには、それこそ幾つもの城や砦も必要となるだろう。


更には魔王討伐の場合、精鋭でなくてはならないから、日頃から訓練させる必要もあるだろう。多分、一年ぐらいでは魔王討伐に相応しい精鋭を生み出す事は出来ない。

そもそも日給からして一万フォン、ほぼ確実に命を賭け無ければならない戦いに、日給一万フォンで来る者は殆ど居ないと思っていいだろう。


訓練させてから強者にするよりは、異世界お馴染みの冒険者や傭兵を雇った方がだいぶ安い筈だ。

しかし、プロに依頼するには訓練費用がかからない分、日給は大きく跳ね上がるだろう。


元より、冒険者で有ろうが傭兵であろうが、需要以上の人員は存在しない筈だ。

命懸けの職業、報酬がまともで無いなら他の仕事に就く。

と言う事は、人々の暮らしを守るために魔物討伐をする人員も、素材回収目当ての冒険者を含めてそんなに多くの余剰人員は居ない筈だ。


つまり、プロを雇えば元々彼らのしていた仕事に空きが出てしまう。

仮に、それが街に押し寄せる魔物の大群の討伐なら、彼らが魔王軍討伐に向かう事で街は滅びる。

人類の脅威に立ち向かう為に、人々を犠牲にしては意味が無い。

魔王軍ばかりに注視したら、結局人類が滅びる事になるだろう。


だから、勿論世界屈指の実力者は魔王討伐軍に入ってもらう必要があるが、多くの人員をプロから雇う事は出来ない。

よって、プロの居ない持ち場を埋めるにしても、新たな人員、まともに戦える精鋭が必要だ。

新たに冒険者になる人員を増やすにしても、報酬を上げ釣るしか無い。


何にしろ、新人の育成、つまり訓練費用は必須だ。


一体、いくらかかるか分かったものじゃ無い。

それぞれの国家予算を相当軍事費に回さなければ、魔王には勝てないだろう。


そんな魔王を、封印されていたとは言え魔王を倒したのだから、十億フォンでは安いような気がする。


いや、よくよく考えたらこの十億フォンはただのドロップアイテム。

魔王討伐の報酬では無い。

魔王を倒したら何故か出て来た謎金貨だ。

オマケですらある。


そう考えると十分過ぎる気も?


この金貨ドロップを踏まえると、この世界の経済システムは複雑そうだ。

多少報酬が低くとも、魔物を倒せば勝手に金貨がドロップするから需要以上に、かなりの数冒険者が存在する可能性が高い。

となると、軍事費は思ったよりも低いのだろうか?


魔法やスキルがあるから、城も意外とお安いかも知れない。

武器や食糧も、簡単に作れるかも知れない。


いや、その分魔物がいるから、頻繁に荒らされるかも知れない。

そうなれば、その分の対策が必要になる。

寧ろ割高になる可能性すらある。


う〜ん、分からない。


それにしても、普段使わない頭で知りもしなかった筈の事を、気にもならなかった事を自然と考えていた。 


これもスキルやレベルアップの影響か?


『お金が絡んだからでしょう』

「………………」


俺は、何も言い返せなかった……。






40






完全に昇った太陽を見て、気が付いたことがある。


起きてすぐに温泉に入って、朝食がまだだった。

もう時間帯はすっかり朝と昼の間だ。


流石にそろそろ温泉を出て朝食、いや朝食兼昼食にしよう。


温泉を操作し、身体から引き離しながら上がる。

拭かなくても一瞬で乾いた。

タオルが必要ない、つくづく魔法は便利だ。


さて、後は着替えてと……。


……そう言えば、まともな二着はもう着てしまっていた。

洗わなくては。

特に温泉に入るまで着ていた服はドロドロだ。


洗濯魔法でもないか?


そう思っていると例のごとく魔導書が現れた。

当たり前のように洗濯魔法が存在する様だ。


「“パーフェクトウォッシュ”」


この魔法の効果は激的だ。

特にドロドロの服を見ているとよく分かる。


服が宙に浮き光ると全ての汚れが下に落ちた。

汚れを完全に弾く魔法であるようだ。

更に服のシワが消え、終にはきれいに畳まれる。


完璧な魔法だ。


だが、それだけでは無い。

魔力を感知してみると、服には付与まで付いていた。

消臭効果に芳香、防汚防シワ着崩れ防止色落ち防止、吸汗速乾、全体的な魔力強化まで施されている。


実際に着てみても粗は無い。


恐ろしい程に隙が無い洗濯魔法だ。


洗濯どころか、製造元が抑えておくべき点までカバーしている。


しかし魔法と言う観点からすると良い事ばかりでは無い。

まず難し過ぎる。かなり複雑な魔術だ。

感覚的には洗濯やアイロン掛けをするのでは無く、服を完璧な状態にする魔法、つまり種々の工程を組み合わせた魔法では無く、服の完璧を引き出すと言う一つの工程しか無い魔法であるが、それでもかなり複雑だ。どこがどうなっているか分からない。

属性分けすると、水でも火でもなく洗濯属性としか言いようの無い不思議な術式をしている。


多分、激的な回復と浄化を広範囲にもたらした“聖域サンクチュアリ”の方が倍ほど簡単だ。


そして魔力も、魔力操作のレベルが格段に上がって尚、レベルアップ前の全魔力よりも多くの魔力を消費した。


とんでも無い魔法だ。

こんな魔法、使える主婦は存在するのだろうか?

開発したは良いが、実用化出来なかった魔法のように思える。


しかし便利な事には違いない。

使えてしまえば実に素晴らしい魔法だ。

魔力が格段に増えた俺にとっては、いくらでも普段使い出来る素敵魔法。


本当に、魔法さえ使えれば実に便利な世界だ。


娯楽は無いが、それも人のいるところに行けばある程度は解決するだろう。

漫画は無いにしても、面白い本の一冊くらいは…………そう言えば俺、この世界の文字読めないや……。

ま、まあ、何かは有るだろう。何かは。


魔法を使うだけでも新鮮で楽しいし。


それに元より、俺はそんなに多くの娯楽を必要としない人間だ。

…………ボッチと言う時点で、娯楽の選択肢は少ない…………。


相手が必要なスポーツは論外、対戦相手が必要なゲームも古典電子問わず論外、ボッチの娯楽は漫画や本にアニメとお一人様用限定だ。


そう考えると、この世界は割と娯楽に溢れた世界かも知れない。


本は歴史書で有ろうとも、ファンタジー世界であるから全てラノベ。

物語も全てラノベのようなものに感じる筈だ。

見る光景も魔法を使いだしたら特撮、そうで無くとも鎧姿や中世っぽい町並みがあるだけで映画を見ているのと同じだ。

そもそもゲームの中に入っているようだとも言える。自分が矢面に立っては命懸けだが、見ている分には全て娯楽と言えるかも知れない。

歩いているだけで、何処でもテーマパークと海外旅行のセットだ。


まあ、そうであっても人里はこの辺りに無いのだが……。


何にしろ、きっと住めば都ではあるだろう。


そんな事を思いながら、パンに食らいついた。



のんびり朝昼食を食べ終わった後は、どこまで自分が強くなったのか確かめる事にした。


安全かつ有益な探知魔法を使う。


「“ウィンドソナー”!」


魔力操作と魔力感知が格段に上がったからか、以前よりも鮮明に周囲が分かった。

殆ど目で見るのと変わらない。

寧ろそれよりも鮮明に分かるくらいだ。


そして並列思考と高速思考もあるからか、伝わる情報が一瞬では無かった。

通り過ぎるその場だけが分かるのではなく、広い範囲の事が同時に分かる。

能力値の知力が爆上がりした事も関係しているだろう。


まるでゲームキャラクターを操作する時、ステージを俯瞰して見ているかのようだ。


そして探知の範囲も格段に広がった。

これは単純に魔力が増えたからだ。


魔法の形状を変えなくとも、円を描くように高原全ての光景は丸わかり。

その外も、前は頑張って伸ばし探知した場所も円はすっぽりと覆い、かなり広大な範囲の環境を知れた。


まだ全魔力を込めていないのに、半径数十キロは完全に分かった。


やはり、人の痕跡は欠片も無い。


そしてここは思ったりよりも高所であるようだ。

地形が分かっても測量出来る訳ではないが、富士山よりも高い気がする。


ここは山脈に囲まれた高原の上にある山脈、その中にある高原のそのまた中にある山脈無いの高原であったらしい。

外からだと綺麗に一つの山のように見えるだろう。

その山は相当高い。そして不自然なほど整っている。


鑑定結果の中に、世界の始まりの地とか書かれていたから、普通の山では無いのだろう。

気温が涼しいくらいなのもそのせいだと思う。


木々は山を下るほど深くなり、最外の山脈の外は樹海だ。

この森は人の手の届かない原始の森に相応しく、もののけのお姫様が出て来そうな雰囲気がある。

しかしファンタジーらしさはまだ無い。

地球を探索し尽くせば皆無では無い光景だ。

ここまで来ても魔物も動物も存在していなかった。


問題はその更に外。


そこは乾いた荒野だった。

砂漠では無いが漠ではある荒野。


樹海との間に緩衝地は存在しない。


いきなりの荒野だ。


地形からするとおそらくこの荒野の方が正解なのだろう。

大陸の中央は乾燥しているイメージがある。

地球だと暑い地帯の西側ばかり乾燥しているイメージもあるから、きっと風の影響とかも大きいのであろうが、地形も違えば自転どころか星なのか平面なのかすら分からない異世界で風向きは大して参考にならない。

しかし多くの障害物の先にある地域に雨雲が届かないのはどんな地形でも多分同じだ。


それなのにこの山とその近辺だけは木々に囲まれている。

これは神秘以外の何ものでもない。


そしてその荒野から外には見たこともない生物、魔物が存在していた。


食べ物が多く無い筈の荒野でもその数は多い。

半数以上はアンデッドで、魔物は互いを食料にしているようだ。

しかしそれでも、数が環境に合わない気がした。


問題はその外や、オアシスのような場所。


明らかに強そうな魔物が点在していた。


巨大な厳つい鬼、巨人なのか鬼なのかどっちに分類していいか分からない魔物が複数いる火山帯。

そこは木々すらも明らかに普通では無く、鉱石のような高い木々で囲まれていた。炎もどこか暗い。

火山の高いところのは複数のドラゴン。上空を飛んだりマグマに浸かったりしている。


そして滝が流れ込む広く深い大穴、幅も深さも数キロ単位で有りそうな大穴の中央には大渦潮。

貯まる筈の莫大な水を吸い上げている。

その周囲には巨大な牙が立っている。自然現象では無く魔物だ。


極寒の大地にも巨人とドラゴン。

更には巨大な狼が存在した。きっとフェンリルだ。


特殊な環境であればあるほど、特殊な明らかに強そうな魔物がセットで存在している。


そしてやはり、人の痕跡は全然存在していない。

当たり前のようにゴブリンの大軍とオークの軍勢が戦争している。

人型がいても全て魔物だ。人外魔境だ。


それは、五百キロ半径まで探知しても同じだった。

そこまで広げると流石にざっとしか探知できなかったが、人の気配が無いことには間違い無い。


……どうしろと?

人里から離れているにも程がある。

そして、おおよそ五百キロ半径の事が分かる俺も、十分人外になっているのだなと実感した。


因みに、先に限界が来たのは俺では無く、魔術の方だ。

これ以上は魔術として成り立たなくなるらしい。

俺自身のの限界はまだきていない。


魔物に恐怖を感じても、割とやっていけそうだ……。

何故か、人の定義からもボッチになってきてしまったようだ。





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《ステータスを更新します。

 アクティブスキル〈風属性魔法〉〈無詠唱〉〈探知魔法〉のレベルが3から4に上昇しました。》



周辺探知をしてから、諦めることなく人里を探して探知をし続けていたが、探知出来た範囲に人里は存在しなかった。

逆に分かったのは、魔物が思いの外多い事くらいだ。


仮に大陸沿岸へ向かうとして、確実に魔物と遭遇する事になるだろう。


進めるどころか、ほとんどが城を築いたとしても次の日まで持たないであろう危険地帯だ。

疎らに魔物の存在しない場所も存在するが、その数は少なく、道のように長くは続いていない。


安全に外まで抜けられる道は皆無だ。


空にまで魔物が飛び交っている。

ファンタジー世界らしく、空島も複数発見したが、神秘的な見かけによらず、中にはしっかりと魔物が巣食っていた。


地上と比べれば何倍も魔物の密度は小さく、比較的安全では有りそうだが、あくまでも比較的でしか無い。

音速を超えて飛ぶ飛行機でも大して進めず瓦礫になるだろう。


現実をはっきりと知ってしまうと、本当にどうすれば良いのか分からなくなる。


外を目指すべきか、本格的にスローライフを目指すべきか。


女神様に散々ボッチ脱却を目指せと、諦めるなと言われてきたが、現実問題人里への壁は予想以上に大きい。


そもそも探知出来た半径五百キロの距離だって、歩いて行けばそれだけで大旅だ。

旅行と言うよりも旅と言う言葉がしっくり来る距離だ。


各々出せる力の限りを尽くして襷を繋ぐ駅伝だって、五百キロは走っていないだろう。


魔物を含めた障害物に溢れているどころか、道すら無い未開の土地で、地図もなく五百キロ先に進むのにどれだけの時間が必要なのか、想像すら出来ない。


人里に出るには、女神様の言う通り空間属性魔法が必要だろう。

それくらいしか手がない。


だが、その魔法がどこまでのものか、それによっても答えは変わる。

よくゲームやライトノベルにある、行ったことのある場所に転移する魔法。

多くのゲームで必須とも言える便利魔法便利設定であるが、ここではそれも意味を成さない。


行ったことのある場所なんて、この世界ではここから目視出来る程度の範囲だ。

それも自転車が有っても使わないような距離。


そんな距離を転移出来ても意味が無い。

その程度の無駄魔法と化してしまう。


だから行ったことの無い場所にも転移出来る魔法が必要となるが、冷静に考えてかなり望み薄だろう。

行き先を決めなければランダムに転移させる魔法になる。

そんな危ない魔法は当然使えない。

だからと言って、知らない場所は、知らないのだから目的地になど出来ない。

知らない場所をどうやって指定するのだ?


そう考えると、人里へ行く行かない以前に、行けない。

転移しか進む手段が無いのに、それが出来なくては人里に行く方法が無い。


いや、仮定の話は止めよう。

使い手がいるのか怪しい変な魔法が盛り沢山の魔導書、もしかしたら人里に転移する魔法とかがあるかも知れない。


まずは空間属性魔法を覚えてから。


選択はそれからでも問題無い。


どの道を選択するにしても、空間属性魔法を覚えるまでは決定事項として良いだろう。


『ふふ、少しは前向きになったようですね』


突然現れ、そう微笑む女神様の顔は若干色付いていた。


きっと、俺が女神様の言動の事を、背中を押してくれたと捉えていた、そう知ったからだろう。

そして俺の感じていたものは、正しかったようだ。


何だかんだで、女神様は背中を押してくれていた。


しかし一言、言わせて欲しい。

いや、言わせないで欲しい。


「……あの、俺、お花摘み中なんですけど?」



女神様を退けさせ、さっさと済ましてから、抗議する。


「最低限のプライバシーは守ってくださいよ!」


神とはどうか見守ってくれと祈られ、人々を見守る存在なのかも知れないが、それにしたって限度があると思う。


『トイレ中に大切な進路を考えるのもどうかと思いますが?』

「うっ、ぜ、絶対的な個人空間だから、自分自身の考えがまとまるんですよ!」

『既にボッチ秘境、他社の干渉を受けない場所にいますが?』

「く、癖はそう抜けないんです!」


確かに周りに人は居ないし、このトイレも和式便器だけで個室は無いが、習慣と言う刷り込まれたものは変わらない。


「と言うか、俺が口を濁してお花摘みって言ってるのに、何で女神様がトイレってストレートに言うんですか!?」

『トイレ、それは生命の営み、命の循環の一つです。どこに忌避する必要があるのでしょうか?』


返せない筈の論点にすり替えたのに、何故か俺の方が返せなかった。

女神様と言う存在に言われると、品と言うものも卑しく感じてしまう……。


「ト、トイレの中でも和式ですよ和式! 女神様だって見たくは無いでしょう!?」

『はい、ですが貴方は大きな選択をしようとしていました。どんな状況であれ、見守るのが神と言うものです』


女神様の表情から、本当に背中を押してくれていたと気が付いた事もあって、何故か俺の方が悪い事をした気分になってくる……。


いやいやいや、俺はトイレを覗かれた被害者!


『それに、残念ながら貴方の裸には慣れてしまいましたし、今更です』

「…………」

『貴方も、慣れているじゃないですか? さっきは全裸である事に気が付いていませんでしたし』

「いや、それは、他に意識が取られる事があったからで……」

『見栄も張らなくなりましたし』

「見栄?」


覚えの無い事に聞き返すも、その意を、女神様の斜め下に向ける視線で気が付いてしまった。

それは容赦無い追い打ち。


カンカンカンカンッ!!


俺の心の中にゴングが響き渡った。

敗北を告げるゴングだ。

今俺の心は、色々な意味でノックアウトした。


「…………うわぁぁぁん!!」


いつの間にか暗くなって来た夕暮れ時。

困難や危険が待ち受けていても人里を目指そう、諦めないでいようと決めた俺は、引き篭もっていると言ってもいいボッチ秘境にいる中、更にテントに駆け込み、ベットの中に引き篭もったのだった。


『あっ、ちょっ! 話はまだ入っても!!』




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設定集
〈モブ達の物語〉あるいは〈真性の英雄譚〉もしくは〈世界解説〉
これです。

本編
〈田舎者の嫁探し〉あるいは〈超越者の創世〉~種族的に嫁が見つからなかったので産んでもらいます~
【ユートピアの記憶】シリーズ全作における本編です。他世界の物語を観測し、その舞台は全世界に及びます。基本的に本編以外の物語の主人公は本編におけるモブです。

モブ達の物語
クリスマス転生~俺のチートは〈リア充爆発〉でした~
裸体美術部部長イタルが主人公です。

モブ達の物語
孤高の世界最強~ボッチすぎて【世界最強】(称号だけ)を手に入れた俺は余計ボッチを極める~
裸体美術部のボッチが主人公です。

モブ達の物語
不屈の勇者の奴隷帝国〜知らずの内に呪い返しで召喚国全体を奴隷化していた勇者は、自在に人を動かすカリスマであると自称する〜
新しき不屈の勇者が主人公です。

モブ達の物語(短編)
魔女の魔女狩り〜異端者による異端審問は大虐殺〜
風紀委員のメービスが主人公です。

英雄譚(短編)
怠惰な召喚士〜従魔がテイムできないからと冤罪を着せられ婚約破棄された私は騎士と追放先で無双する。恋愛? ざまぁ? いえ、英雄譚です〜
シリーズにおける史実、英雄になった人物が主人公の英雄譚《ライトサーガ》です。

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