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孤高の世界最強~ボッチすぎて【世界最強】(称号だけ)を手に入れた俺は余計ボッチを極める~

【ボッチ転生】100話到達記念です。

ここに来て在るべき場所に載せておきます。

内容は【ボッチ転生】の原文(作者見返し用)になります。

内容は殆ど同じです。

「」



0〜19


空の世界、転生した俺が真っ先に感じたのはそれだ。

果てしなく広がる空。それは本来境界であるはずの大地や海、宇宙が崩壊していることで成立していた。

頭に鳴り響くアナウンスを無視して俺は魅入る。


恐らくこの光景は何もかもが滅びた結果なのだろう。

そしてこれが俺が救う事になる世界。

だがどうしようもなくこの世界を美しいと思ってしまった。


嗚呼、ここが異世界! 俺の生きて行く新世界!




『すいませ~ん! 送る世界を間違いました! 其処じゃありませ~ん!』




俺は気が付くと転生前に居た空間に戻っていた。

そして不自然な満面の笑みを浮かべる女神様。


「あの、俺異世界に転生したんじゃ?」

俺は半眼で聞いた。此処に戻る直前に答えは聞いたがはいそうですかとは納得がいかない。

俺の感動を返してくれ! あれは初めだから許される思いなんだ! 恥ずかしい……。


「間違えて他の異世界に送っちゃいました」

しかし俺の思いを無視し、笑顔で乗り越えようとする女神様。


どうやら強く言わないといけないらしい。

「可愛い顔で誤魔化してもダメです。とりあえず座ってください!」

「はい……」

女神様は正座した。


「何故転生先を間違えたんですか?」

「あの世界、貴方の属性ボッチと剰りに相性が良すぎて、引っ張られちゃいました。誰もいない世界ですから」

誰もいない世界と相性が良すぎる……。


「って! 誰がボッチだー!」

俺は断じてボッチなどではない。ただその、あれだあれ、何にしろ勝手な憶測はやめてほしい。

「えっ? 違うんですか? 履歴書(えんまちょう)には、友達ゼロ人って書かれていますが?」

「そ、それは、俺は友達を選んでだな、その……プライバシーの侵害だー!」

プライバシーの侵害はよくない。そう! プライバシーの侵害はよくない! 俺はボッチじゃないからそこは関係ない! 俺はプライバシーの侵害に対して訴えたいのだ。


そんな遺憾の意を表明する俺に対して、女神様は悟ったように慈愛を込めて俺に語り掛けた。


「大丈夫です。あなたは失敗をした上で人生を一からやり直せるのですから。きっとお友達も作れますよ」

暗に友達が作れなかったことを失敗と言っている。失敗じゃないから…それに作れなかった訳じゃないから、作らなかっただけだから……。


それに。

「二度目の人生、早くも終わったんですけど?」

誰もいない世界じゃ友達なんて作れるはずがない。そもそも空があるだけで食糧の一つもありそうにない世界、まさに人生終了だ……なんで俺はそんな世界に感動していたのだろうか……。


「ああ、大丈夫です。完全に召喚される前にギリギリで戻しましたから、まだあなたは転生前の状態です。例えるなら、目的の駅に着いて電車の扉は開いて降りたけど扉が閉まる前に戻った、と言うのがさっきの状況ですね」

「なら俺の二度目の人生は始まって無いって事ですか?」

「はい、ギリギリ大丈夫です。と言うことで正しい世界に転生してもらおうと思うのですが? あ、先に見せておきますね」


女神様はそう言って転生先の世界を俺にも見せてくれた。


そこには、先に転生したのであろう同級生達が広い神殿の広間でわいわい騒いで、ステータスを見たり、説明を聞いていたりする場面が……。

俺と同時に死んだ奴らが居ないと思ったら……。


「あの、完全に出遅れてるんですけど?」


あっ、広間にある如何にもな召喚陣が消えて行く。

出遅れたどころか同じところにも行けそうにない……。


「……お詫びに貴方のギフトを一つ増やしましょう。ほら、主人公は後から登場するものですし! さあさあ!」

女神様はもので解決する方針に変えたらしい。まあ、いいとしよう。どうせあいつらは友達じゃないし、出遅れたところでそんなに変わらない……。


思考が漏れていたのか、また女神様から慈しみの眼差しを頂戴する。


「異世界では、奴隷も買えますよ」

とニッコリ。強制的に友達っぽく振る舞わせられるってか……それも悪くは……。

「いや! そこまで友達に不自由していないから! そんな末期じゃないから! あとボッチじゃないから! 友達を選んでるだけだから!」


そんな俺の叫びを女神様は分かっています分かっていますの頷きだけで、まともに相手にしてくれない。


「さて、二つ目のギフトを差し上げましょう。……あれ? 一つ目のギフトは?」

「何も貰っていませんけど? ギフトって?」

「……えー、ギフトとは不思議パワーです。戦闘とは無縁の方でも持っていれば魔物を簡単に倒せる、異世界転生には必須の力です」


女神コノヤロウ……。


「それ、ある意味違う世界に転生させようとしたことよりも問題なんじゃ? 魔物って、そんなのがいる世界に着のみ着のままで放り出されたら、普通に死にますからっ!!」

「えーあー、さーて、三つギフトを差し上げると言う話でしたね! さっさっと始めましょう!」


女神様は無理矢理誤魔化すように光を両手ですくい取るように集めだした。

まあ、三つギフトとやらをくれるのなら見逃してやろう。


「ギフトは貴方の器の関係上、貴方の性質に近いものになります。一つなら殆どのギフトを差し上げる事が可能なのですが、今回は三つなので私の方でもどんなギフトになるのか判りません。それでも宜しいですか?」

「はい、お願いします」

「では……」


女神様が集めていた光が三つの球体になり、俺の方に飛んでくる。


そして俺の身体に触れたかと思うと、光は俺の身体に衝突することなく透き通り、また戻ってきて同じく透き通るのを繰り返し、加速し、やがて光輪となり縮小し、俺の中に溶け込んでいった。


同時に自分が大きくなったような、増えたような、不思議な感覚を覚えた。

他に異常は何もない。


「これで貴方には三つのギフトが身に付いたようです。そのギフトは〈空洞〉〈風景同化〉そして〈超演技〉」


うん、如何にもボッチなギフトだ…。

〈超演技〉は謎だが他の二つは明らかなボッチ能力。友達でグループを作る中、取り残され自分の周りに自然とできる空洞、そして誰からも相手にされずそのまま風景と化す俺……。

あれ? 目から汗が。


そんな中、女神様は優しく語りかけてくれた。

「貴方のボッチ属性は私の想像以上だったようです」

声音と違って内容は酷い……。


「ですが安心してください。ボッチギフト二つは相性が良すぎて器に空きができました。なのでギフトを制御して、〈超演技〉を貴方に差し上げる事ができました。

貴方は根っからのボッチ属性です。きっとこれまで通りだと友達を作ろうとしても失敗するでしょう。だからこのギフトで演技してみてください。自分を強制的に変えるのです。そうすればきっと、貴方にも友達ができる筈。演技から生まれた友情でも真なる友達なら素の貴方も受け入れてくれるでしょう」


女神様はそう言って微笑んだ。


「女神様……」


この人は女神だ、いや本当に女神様だけど。


「さあ、新しい世界へ行きなさい。貴方ならきっと出来る」


俺の足下に魔方陣らしきものが現れる。


「二度目の人生、悔いの無いように」


俺の身体を魔方陣から発生する光に呑み込まれて行く。


「女神様! ありがとう! 俺、頑張ります! 俺の幸せをどうかここで見届けてください!」

「ふふ、楽しみにしています。

では貴方に祝福を。どうか世界をお救いください」


その女神様の言葉を最後に、俺の視界は変わった。




《多田倭文の転生が完了しました。これよりステータスを有効化します。

ステータスの有効化が完了しました。

名前の表記をマサフミ=オオタに変更します。

転生の女神アウラレアの介入により、ギフト〈空洞〉〈風景同化〉〈超演技〉を獲得しました。

スキル〈鑑定〉〈アイテムボックス〉を獲得しました。

加護〈転生の女神アウラレアの加護〉を獲得しました》


自分があやふやな中で無機質な声が全身に響いた。

同時に女神様の温かさを感じる。


《称号を更新します。

【異世界転生者】【異世界勇者】【複数の世界を知る者】【ボッチ】【唯一絶対】を獲得……【唯一絶対】の獲得に失敗しました。【唯一絶対】を他称号に再構築します……【世界最強】【至高】を獲得、【ボッチ】と【至高】より【孤高ボッチ】を獲得しました》


……はっ!? 【世界最強】!?












光が収まると森の中にいた。

やはり同級生達が転生していた神殿には行けなかったらしい。


いやいやそれよりも途中で聞こえたあれは何だ。

なんか【世界最強】とか言っていたぞ!

ステータス、ステータスってどう見ればいいんだ!


あ、出てきた。



名前:マサフミ=オオタ

 称号:【異世界転生者】【異世界勇者】【複数の世界を知る者】【世界最強】【孤高ボッチ

 種族:異世界人

 年齢:15

 能力値アビリティ

 生命力 1000/1000

 魔力 1000/1000

 体力 1000/1000

 力 100

 頑丈 100

 俊敏 100

 器用 100

 知力 100

 精神力 100

 運 100

 職業ジョブ:異世界勇者Lv1

 職歴:なし

 魔法:全属性魔法Lv1

 加護:転生の女神アウラレアの加護

ギフト:空洞Lv1、風景同化Lv1、超演技Lv1

 スキル:鑑定Lv1、アイテムボックスLv1



うん、やっぱり何故か【世界最強】がある。

と言うかその前に聞こえた【唯一絶対】って何だ! 最初の滅びた世界に行ったせいか!? 誰も居なかったからか!?


『はい、そうみたいです』

「うわぁっ!? 女神様!」

『そうです。まだ転生直前だから話せるんですよ。だから最後に色々と説明しようと思いまして』


と言うことらしい。


「それで俺は【世界最強】なんですか?」

『称号はその人を表す別の名前みたいなものです。だから本来【世界最強】を持つ方は本当に世界最強なんですが、貴方の場合は称号だけです。世界最強っぽく振る舞うことは可能ですが』

「なるほど、名前だけだと」

『そうなります』


役に立つものでは無いらしい。どうしよう、称号だけ持ってるイタイ人だと思われたら。


『それで最後に説明しようと思っていたのはステータスについてです。称号はさっき説明したのでいいとしましてまずは能力値アビリティ、これは言ってしまえば貴方の身体の性能を表しています。貴方の数値だと一般人の10倍に設定してありますから、それを基準に見てください。

職業ジョブはその方向に成長させる力だと思ってください。レベルを上げると貴方ならば【異世界勇者】に近付き、レベルを最大の100にすると誰から見ても【異世界勇者】になれると言うことです。

魔法は使える魔法の属性を示す欄です。魔法の適性ですね。レベルが上がるごとに適性は上がっていきます。因みにあくまで適性であって、魔術が使えると言う訳ではないので注意してください。あと貴方の〈全属性魔法〉と言うのは〈地属性魔法〉〈水属性魔法〉〈風属性魔法〉〈火属性魔法〉〈光属性魔法〉〈闇属性魔法〉を一つにしたものです。基本的な属性魔法のセットですね。他にも色々な属性魔法があるので興味があったら獲得を目指してみてください。

加護は加護ですね。貴方のは私の加護です。これから見守っていますよ。

最後にスキルですが、これは一言で言うと出来る事ですね。例えば貴方に差し上げたスキル〈鑑定〉〈アイテムボックス〉で言うと、あらゆるものを鑑定出来たり、アイテムボックスと言う収納空間を使えると言うことです。これにもレベルがあって上がるごとに出来ることが増えていきます。

まあ全部要約すると貴方はゲームのキャラクターみたいになっていると言う事です』


うん、最後のが一番分かりやすい。


「〈鑑定〉って、さっき自分のステータスが出てきたんですが、それですか?」

『いえ、自分のステータスは念じれば見える仕様です。そうですね、アイテムボックスを念じてみてください。どんな形でも大丈夫ですよ』


アイテムボックス? 念じろと言ったってどうやって?

あっ、開いた。本当に何でもいいんだ。少し開きたいと思えば開くとは便利なものだ。


手元に空いた空気の歪みのようなものに手を突っ込んでみる。

おっ、色々入ってる。

取り敢えず手に当たった皮袋を出してみる。ズッシリとした巾着袋だ。


「これは?」

『ここで鑑定を試してみてください。これも鑑定したいとか、これを知りたいとか思うだけで簡単に使えます』


どれ鑑定。

おっ、出た。


名称:女神手製皮袋の財布

効果:不壊、防犯、転移、空間拡張

説明:女神の手で作られた皮の袋。用途は硬貨入れ。中に金貨99枚、銀貨99枚、銅貨100枚の合計1000万フォンが入っている。


「いっ、1000万!?」

〈鑑定〉の力、そんなのどうでもいいっ!! そそそ、それよりも1000万の金がおおお、俺のアイテムボックスの中にっ!!

『はい、お詫びの気持ちを込めて。転生先が同級生の皆さんの場所と狂ってしまいましたから。本来なら王国のサポートで得る筈だったお金です。因みに物価は違いますが大体1フォンは30垓ジンバブエドルとほぼ同価値です』

「さっ、30垓ジンバブエドル!? 30垓っ!? ってそれっていくら!?」

『垓は京の上の単位で、京は兆の上の単位です』


ジ、ジンバブエは知らないが、ドルってアメリカのあれだろ!? 1ドルはたしか100円ぐらいだから……3000垓円!?

そ、そんな大金あったら何が買えるんだ!? 国が幾つも買えるんじゃないのかっ!?


「……これだけの金があったら友情を買うこともきっと簡単だ……」

気付いたらいつの間にか呟いていた。そうだ、奴隷なんか買わなくたって勝手に友達が集まるぞ!


思わず涙付きのガッツポーズをしていると女神様が申し訳なさそうに……。

『…すいません…本当にごめんなさい。1フォンは日本の1円とほぼ同価値です。つい大金に見せたくて……私の失態、全部塗り替えてくれるかなって……貴方の心がそんなにも寂しいとは思いもせずに……』


…………………………。


『あっ、で、でも1000万フォンもあれば大抵の奴隷は買えますから! 特殊な奴隷でもない限り100万フォンもあれば買えますから! 安い奴隷は1000フォンで買えますから! と、友達もそれで百人はいけるかも知れませんよ!』


……そうだ、1000万円でも十分に大金だ。そこを忘れてはいけない。

ドレ…おっと、人の尊厳を保つ為に一言言っておかなければ。


「女神様~、何を言ってるんですか~、友達は金で買えるものじゃないですよ~、ははは」


これに対して女神様はニッコリ、静かに話題を変えてくれた。


『お金の他にも必要そうな物資をアイテムボックスの中に入れておいたので、後で確認してください』

「ありがとうございます! 女神様!」

女神様の好意を、色々な意味でありがたく頂き、俺は感謝を込めて告げた。


『それではそろそろ本当にお別れのようです。

繰り返すようですが、貴方に祝福を。どうか世界をお救いください。

とは言っても異世界の勇者は大勢います。この世界は滅び一歩手前と言う訳でもないですし、貴方は自分のために第二の人生を歩んでください。いつか、貴方のお友達を紹介してくださいね。良き人生を』


その優しい声音を最後に響かせ、女神様の存在は遠ざかって行った。




女神様の声が去ったあと、俺はここでやっと周囲を見渡した。


今いる場所は小高い丘のような岩の頂上で、その周囲は森、そのまた奥は雪の残る山々だった。

近くに人の居そうな気配は一切ないし、残念なことに如何にもな異世界風景もない。しかし日本には存在しなかったであろう大自然だ。

異世界の風景と言うことを抜きにしても感動を覚える。


俺は山か海か、遊園地か自然かを問われたら山や自然を選ぶ人種だから尚更だ。

……海も遊園地も一人では辛いしな……一人でも楽しめる風景は最高だ。そもそもインドア派だけど……。

あれ? 頬が濡れてる。今日は雨かな。



兎も角これからの予定を立てねば。


まずアイテムボックスのチェックを。


「え~と、中に入っているのは」

とりあえずアイテムボックスの中身を全部出して行く。


異世界な服が数セット、妙に綺麗な剣が一つ、普通に見えるパンが一つ、如何にも魔法な地図が一枚、食器調理器具が一式、如何にも魔法な水筒が一つ、テントらしき布の巻いたやつが一つ、分厚い本が数冊、その他用途不明の道具が数種等々。


予想を遥かに越えるアイテム群がアイテムボックスに入っていた。


「凄いな、これ」


何よりも驚きなのが、数よりもそのアイテムの質だ。

鑑定しなくとも尋常ならぬ一品であることが見て窺える。仮に大した性能がなくても置物としてそこそこの値段で売れそうだ。


試しに剣を鑑定してみると。


名称:女神手製ミスリルの剣

効果:所有者固定、再生、転移

説明:女神の手で作られたミスリルの剣。魔法の杖としても使える。


「ミスリルってよくゲームに出てくるあれか。流石は異世界、ファンタジーだな」


立派な鞘からミスリルの剣を引き抜くと、太陽の光を通すと静かな澄んだ美しい光を放つ。銀よりも銀らしいと思える材質だ。

武器として使うのが勿体無いくらいである。


まだ鑑定はしていないが、恐らくこれと同等のアイテムが他にも沢山。

とんでもなく手厚いサポートだ。

王国に転移出来なかったお詫びと言っていたが、もしかしてその王国とやらに転生していたらこれだけの物が貰えたりしたのだろうか?

なんにしろ女神様には感謝しよう。神殿を見つけたら祈ってみるのもいいかも知れない。



さて、アイテムの鑑定は時間がかかりそうだから使うときでいいとして、次ぎは何をしようか?


「そうだ、服を着替えよう」


多分この服、学校の制服じゃ目立つだろうし、異世界の服と言うものを着てみたい。

俺は格好から入る人種だしな……まあ格好の段階までしか行けなかったとも言えるが……。

なんにしろ着替えだ着替え!


「さて、服以外のものをアイテムボックスに仕舞ってと。

それにしても……何でこんなにあるんだ?」


異世界の服といっても何着もある。似たような服、同じ服が何着もあるのではない。

学校の制服と祭りの法被はっぴ程に違う複数の服がアイテムボックスには入っていたのだ。

並べて見るとコスプレイヤーがコレクションを並べているようにしか見えない。


「と言うかこれは服にカウントしていいのか?」


なんか女神様に遊ばれているようにしか思えない服も多数あるが、まずは着てみよう。


制服を脱いでと……。


「待てよ……ここはどう見ても無人の地、人里からは離れているし、人っ子一人いそうに無い」


パンツも脱いでと。


俺は両手両足を大きく広げ大自然の一部となる。


「ふははははっ!! 俺は自由だー!!」


嗚呼、この解放感! これが俺の生きて行く新世界!



「ふははははっ!!」



「へっくしっ!」

うう、体を冷した。ついでに頭も冷えた。

地球と季節合ってないなここ、死ぬ直前は夏だったのにここは春の始めくらいの気温だ。そう言えば山に雪があるし。


慣れないことはするもんじゃ無いかも知れない。

偏見かも知れないがこういう事をするのは馬鹿な体育会系だ。根暗な文科系の俺には向いていない。

馬鹿な事をした。ストレスの溜めすぎかな?


「さてそろそろ着替えるか」


俺に露出癖は無いからな、体も鍛えてないし。

さっさと服を着るとしよう。


「え~と、まずは、……一応着てみるか」


着やすい。

動きやすい。

通気性も抜群。


難点は。

首飾りが重い。

股間がスウスウする。

そして見かけ最悪。


「奴隷の突貫服か。何で女神様はこんな服入れたんだ? でもそんなに悪くはない」


見かけは汚ならしくてボロボロなのに清潔で肌触りも良い。

でも当然却下だな。

こんなもの着てたら奴隷に間違われる。一枚でズボンどころかパンツもないし。あと首輪で首を痛めそうだ。


次の服に行こう。


一端服を脱いでと。

ふはははは、おっと危ない。


「これがパンツか? 着にくいな…」


伸びないオムツみたいで履きにくい。


他の服も着にくい、と言うよりも着方が分からない。

このアコーディオンみたいなの何だ? これは帽子か? これは豪華な絨毯か?


試行錯誤を繰り返し、何とか形にする。


太い二又別れの帽子、襟巻き蜥蜴のような謎のあれ、やたらひらひらの付いた目のチカチカするような色合いの服、金と赤、青い生糸で編み込まれた派手すぎる絨毯のようなマント、豪華なブーツ、そしてオムツのような何か、貴族の服装だ。


「うん、貴族だよな? 道化の服じゃないよな? とんでもなく高そうだし」


オムツのようなズボン兼パンツと豪華なブーツのせいで変態のように見え、襟巻き蜥蜴のあれと変な帽子のせいでふざけているように見えるが、きっと貴族の服だ。


正装として普段から着るのもありかも知れないが、何だか落ち着かないし着にくいからこの服も却下だな。

そもそも動きずらいし、息苦しいから森の中では向かない。街にでもついたら着る事も考えておこう。


また服を脱いでと、はははっ、この解放感!

おっと危ない危ない。




「何だこの服? ……まあ着てみるか、誰も見てないし」


次の服は思いっきり色モノだった。初見から使わない事は確定。

でも折角なので着てみる事にした。


面積無くて狭いしすぐはみ出るな……これはもうここで諦めよう。

えっと後で止めるんだよな? 難しいなこれ。

下半身寒い。


「……女装メイド、完全に変態だな、俺……」


ノリで着てしまったが、着てから軽く後悔した。

と言うか本当に何故女神様はこんなものを俺のアイテムボックスに入れたんだ?


「だが、ここまで来たら……」


ゴクリと生唾を飲み込む。


メイド服にはオマケも付いていた。

ケモミミカチューシャに尻尾。

これを着けたら完全に変態スタイルだ。でもここまで来たら!


「はうっ!」


完成だ。

とりあえずそこらを一周は

歩く度に違和感があるが構わずに歩き回り色々なポーズ。


「はっははははー!! 俺は自由だーー!!」


………………。


……………………俺は真人間、そうきっと真人間だ。

……セーフ、セーフだよな?

まず脱ごう。うっ……。


暫く全裸で遠くの景色を静かに眺めた。


ふぅ……。


次の服に行こう。


「今度のはまともだな? まともだよな? これは本当にどうやって着るんだ? うわっ!?」


突然光が発生し視界が消えた。

そして次の瞬間には狭まった視界が戻ってきた。

どうやら着ようと思っただけで装備されたようだ。


「って冷たっ!?」


一瞬で着てしまったのは白銀の全身甲冑。

全裸のまま装備されてしまったから全身がとんでもなく冷たい。


でも動いてみる。

おっ、思ったよりも動きやすい。重さも殆ど感じない。能力値のせいか? 欠点は視界が兜のせいで狭まる事ぐらい。音も普通に聞こえる。

でも冷たい!


「却下却下! どうやって脱ぐんだこれ!」

あっ、脱げだ。


見掛けは誰から見ても聖騎士のようで格好いいし、着心地も良いがこれを着るのは他の服を着ている時にするべきだな。

服を選び終わったらその上から着れるか試そう。



さて次。


「もうとびきり変な服は無さそうだな。コスプレ感はどうしても抜けないが……」

いきなりそれぞれ極端な服を着たからもうそんなに驚きが無い。


パッパと着ていこう。


「これは……暗殺者とか密偵の服か?」


漆黒フード付きマントとを初めとした全身黒装束。

視界以外全てを隠す徹底されたセットで、怪し過ぎて本物の密偵何かは着れない服だと思うが、影の者をイメージした服装には間違いないだろう。

因みにシンプルな面も付いている。


「神官かこれ? 勝手にこんな恰好していいのか?」


白い清潔感のある少し着にくい服。

性能から考えて不要なものや構造が多く儀式的だ。断定は出来ないが神官の服、少なくとも宗教関係の服だと思う。


「これは……誰得?」


露出とヒラヒラがやたら多い派手な服。

多分、踊り子の服装だ。もしかして旅芸人か? 兎も角そんな感じの服。見た感じ男物だ。


せめて女物なら高揚感が味わえるのに……ハッ! まるで変態じゃないか、浮かれすぎだ。

俺はまとも俺はまとも俺はまとも!


「フワァハッハッ! 次の服だ次の服! さて次はこれか!」


頭の隅に浮かんだ危険な思想を消し去る為に大声で全裸の解放感を叫び、独り言を叫びながら俺は試着を続けた。




「ふぅ、後二着か。随分と時間がかかった気がするな。今何時ぐらいだ? ってもう夕方か!」


試着と全裸を繰り返していたらいつの間にか空が茜色に染まっていた。

初めはまだ昼前ぐらいだったのに……まさか転生初日の大半を試着と全裸に費やしてしまうとは……。


「何にしろさっさと試着を済ませてしまおう」


最後に残った二着は如何にもな特に言うことの無い平民の服装と、丈夫かつ動きやすそうな旅人の、冒険者の服装だった。


選ぶまでもない。着るまでもない。これだ。

見ただけでわかる。俺がこれから着ていく服はこの二つだ。他は人前では着れないものばかり、俺の度胸で着られるのはこの二つだけだ。

何故、数多の服がアイテムボックスに入ってる中で、これが最後に出てきたのだろうか? まあ楽しかったからいいか。


「もう服選びは良いとして、寝床の確保をするか。野宿確定だしな」


出しっぱだった服を全部アイテムボックスにしまって次を考える。


その時、また声が降りてきた。


『やっと全ての服を試着し終えたようですね』

「女神様!?」

『はいそうです。全部見ていましたよ。貴方が転生してからずっと』

「…………へ?」


今、女神様は何て言った? 全部見てた!?

全裸で騒いでいたのを!? 変態な服装で騒いでいたのも!?


『いや驚きましたよ。異世界に来て興奮しているとはいえ、まさか全裸で騒いだり変態コスプレをするなんて。引っ込み思案で大人しいと聞いていたのですが、そう言う方でも内に狂気を潜ませていたんですね』


うわぁぁぁぁあぁ!! 全部見られてたぁぁぁあぁ!!


「いやいやぁ!! 元はと言えば女神様がコスプレみたいな服装を準備していたのが!!」

『はじめからパンツまで脱いで騒いでいたでは無いですか』

「そ、それは!!」

『それにしても本当に驚きましたよ。まさかケモミミメイドの尻尾まで装着するなんて、あれ、本当に冗談で入れたので』

「くばっ!!」


もう、ダメだ……終った……。

羞恥心で死にそうだ。俺、人に注目されるのすらダメなのに……。


『まあまあ、誰にだって人に言えない趣味の一つや二つありますよ。そう言う趣味も、人に見せなければ、そして迷惑をかけなければ問題ありませんし』

と女神様。分かっています分かっていますと優しく頷く。


完全に俺はそう言う人間だと思われてしまっている。


「いや趣味じゃなくて!! 勢いでヤっちゃっただけなんです!!」

『そう言うならまず服を、せめてパンツを履きましょうね』

「あっ……」


急いで旅人の服を着る。

うわっ!? 慌ててるせいでうまく着れない。

どわっ!? パンツが引っ掛かって!


スッ転んで全裸よりも恥ずかしい姿を見せる俺。

わっわっわっ!!

早くっ! 早く体勢を!

どわっ!? いぎゃっ!? うわっ!?


…………。


……。



「うわぁぁぁぁん!」

恥の上塗りだ…俺は恥で作られているんだ……。

もういぎでいげない……。

二度目の人生、早くも終った……。


『えっと、その、泣かないでください! 異世界には露出教と言う宗教もありますから、大丈夫です! 貴方でもきっと馴染めます!』

そうですよ! どうせ俺は変態としか馴染めないような奴ですよ!


「うわぁぁぁぁん!!」

『えっ!? 何でさっきよりも泣いてるんですか!?』

「ううっ、ぐすっ……女神ざま、ざんどめのじんぜいは、恥をかがないじんぜいにじでぐだざい」

『いやまだ人生終わっていませんから! 始まったばかりですから! と言うか貴方がこのまま貴方でいる限り転生しても恥をかきますから!』

「うわぁぁぁぁんっっ!!」


酷い、女神様酷い。

まるで俺が根本的にダメみたいじゃないか……。


女神様は宥めるように優しい口調で話しかけてくる。

『本当に大丈夫ですから。例え貴方が根暗で人に話しかける勇気も無い、それでいて能力的に平凡、それどころか運動が少し苦手な引きこもり体質で特に誇れるものもない、どうしようもなくボッチな貴方でも大丈夫』

あれ? おかしいな? 優しい口調でボロクソ言われている気がする。


『この世界では本当にやり直せます。幾つもの成長と出会いが、貴方を常に待っています。何故なら貴方はこの世界に足りないものとして召喚されたんですから。世界が、貴方を必要としているんですよ。他に沢山貴方より優秀そうな同級が召喚されていたってそれは変わりません』

最後の言葉は余計だが、世界が、俺を必要としている……何て嬉しい言葉だ。


その言葉に奮い起たされて、俺は涙を拭う。

そして顔を上げた時に目に入った光景は、きっと俺にとって一生、いやきっと次の人生でも忘れない程に、美しい光景だと思えた。


それは地球でも見ようと思えば見れた、感じられたであろう茜色に染まる空と大地、ただの夕焼けだ。それも適当に雲の散らばったありふれた風景の一つ。

でもこの時ばかりは、二度と見られない奇跡に見えた。何も欠けてはいけない、偶然もしくは運命のみが作り出せる奇跡に。


気が付けば俺はその光景を、大切に仕舞い込むように、日が沈むまで眺めていた。


「……女神様、ありがとうございます。お陰で元気が出ました」

『それは良かったです。内に秘めた狂気も貴方の大切な一部、重要なのはそれをどうするかであって、存在自体を否定するものではありません。それも世界を彩る飾りです。前向きに歩んでくださいね』


若干、女神様に変態と言われ、俺もそれを認めてしまっている節があるが、この際どうでもいい。

まあ、まだ見られた恥ずかしさは消えないが。


「あ、そう言えば女神様は何で俺に声を? そもそも会話自体出来なかったんじゃ?」

『それはですね。実はここ、大昔の力ある神殿の跡地でして、そもそも私は地球に属する女神なので神殿でも本来は特殊な条件下でないと神託も降せないのですが、ここは放棄された神域ですからこの世界の神々と交渉したら頂けたんですよ。それで会話可能になったのでサポートを続けようと。

まあ、面白そうだから、でもありますけどね』


絶対、面白そうだからが主な理由だと思う。

でも触れてほしくないものが俺には多すぎるから、指摘するのはよそう。


「でサポートと言うのは?」

『え? あ~、それは~、そうだ! アイテムボックスの中にマジックテントがあるので使ってください』

と女神様はニッコリ。


俺をからかいに来ただけで、サポートなんか本当に考えていなかったようだ。

俺は言葉に出さずに空に視線で訴えかける。


『さーて、もう遅いので、ここら辺で失礼しますね。それではまた明日!』


逃げるように女神様の声は遠ざかって行った。



俺は女神様に言われた通り、テントを張る事にした。

神殿の跡地にしては何も無いし、周囲は森だから見た感じ今夜休めそうな場所は無い。

自分で作るしか無いだろう。幸い、神殿の跡地のせいかここには木が生えていないからテントは張りやすそうだ。


「え~と、テントは、これか?」


アイテムボックスからとりあえず出したのは布の巻かれた棒、畳んだキャンプ用の椅子を長くしたようなやつだ。

多分これがマジックテントだと思う。


ひとまず鑑定。


名称:女神手製マジックテント

効果:不壊、防犯、転移、空間拡張、自動

説明:女神手製のマジックテント。自動で稼働する。


やはりマジックテントで合っていたらしい。

そしてどうやら自動で動いてくれると。

早速試してみる。


「マジックテント、展開!」


折り畳まれていたマジックテントはあっという間に広がり、独りでに立ち上がる。

もう完成だ。少し小さい気もするが、立派なピラミッド型の三角テントが出来上がる。


さて中は。

腰を屈め扉代わりの布を捲って中を覗く。

そして驚いた。


空間拡張と言う文字で、見かけよりも広いのだろうと想像していたが、予想以上だった。

正方形だからハッキリとは判らないが、学校の教室程はあるのではないだろうか? 少なくとも俺ん家のリビングがすっぽりと入る大きさはある。

壁の傾き具合い等は外見と同じで、そのせいか天井の一番高いところは十メートル以上あるようだ。


俺はゆっくりと中に入る。

そしてまた驚き。

室内は温かかった。肌寒い外に比べて快適な温度。

テントの癖に空調が用意されているらしい。

しかし見たところ家財道具の類いは明りのランプ以外に一切無かった。


床は感触からして石のようだが継ぎ目がなく、そして白単色だから何なのかよく分からない。

一言で表すと床だ。


そのまま中心まで移動してテントの隅々を観察する。


テントの四角には呪文のような溝の刻まれた木の柱があり、テントの頂点で合流している。

そしてその頂点と各柱の中心にランプが吊るされ、テント内を照らしていた。

このランプも魔法に所縁のある品らしく、木漏れ日のような光だ。


隣り合う柱の間に張られた壁の材質は分からない。

外から見た感じは布に見えたがそれでは無い、と言う事しか分からない。

自然色、曇の雲のような白色で、近付いて触ってみるも、ガラスのような完全に固定された感触が返ってくるだけで何なのかは分からなかった。

一言で表すのなら壁だろう。


恐らくこのテントの本体は四本の柱で、それ以外は魔法で創られたものなのだろう。

だから床、壁と言う最低限の役割りしかそれ等には無い、仮設の建物に壁紙を張らないのと同じ理屈だと思う。


「ほぼほぼ白の空間だな。寝るときどうしよう? いやランプ消せばいいのか? と言うかランプのスイッチどこだ? どうやって消すんだこれ?」


あっ、ランプが消えた。


まさかの音声操作?

一応声に出さずに明かりよ灯れと念じてみる。


やっぱり付いた。


「随分と便利だな。もしかして鑑定した時に出た自動って、勝手に組上がるだけじゃなくて空調とランプも含まれるのか? だとしたら他の機能もあるかも…。

壁の色よ変われ!」


おっ、透明になった。

外の景色がよく見える。もう真っ暗だな。

ただし空間拡張のせいか拡大した景色だ。全面拡大された景色で変な気分だが、遠くまで見えて悪くは無い。


「外も透明になっているのか?」


そう思い一端テントの外に出てみる。


「おっ、変わって無い。最初と同じ白のままだな。でも今更ながらこれ目立つな」


白である程度大きいものなど自然界にはなかなか無い。空には当然として雲があるが、地上でこの色は目立ち過ぎる。

魔物がこの世界にはいるらしいし不安だ。


ここは外見も変えられるか試してみよう。


「迷彩柄になれ!」


成功だ。テントはパッと軍服みたいな迷彩柄に変わった。

しかし今は暗くなったからいいが、丘の上で迷彩柄は目立つ気がする。


「透明になれ!」


テントは消えた。

中が見えるともなく、初めからまるで何も無かったかのようにテントの姿は消えた。

凄い。これなら魔物に見つかる心配は無い。


だが問題が一つ。

入口が判らない。

とりあえずまだテントは白にしておいた。




「とりあえず寝床はこれでいいとして……夕食にするか」


色々な事で忘れていたが、今日は昼食を抜いている。不思議とそんなに空腹を感じないが食べないと言う選択肢は無い。

ちょうどテントの外に出たし、このまま外で食べることにする。


とりあえず暗いからランプを一つ出してと。


「あっ、食料どうしよう……」


そう言えば服を着るのに夢中でそこのところを何も考えていなかった。

今から森に入って木の実でも採ってくるか?


「そう言えばアイテムボックスの中にパンが一つ入っていたような……」


ふと思い出したのでアイテムボックスを探ると有った。

パンとしか言い表せない程シンプルなパンだ。それがなんの包装もされずに入っていた。

まだホカホカで温かい。


大丈夫だろうが一応鑑定をかける。


名称:女神手製焼き立てのパン

効果:焼き立て、再生、所有者固定、転移

説明:女神手製のパン。一種のマジックアイテムで女神の手料理ではない。


色々と気になる所はあるが大丈夫そうだ。


「いただきます」

近くにある岩に座ってパンを一口噛る。


「ほっ、焼き立てだ。なんの変哲もないパンだが旨いな」


特段旨いパンではないのだが、いい感じの焼き上がりでいくらでも食べれそうだ。


「再生ってこういうことか。無限に食べれるってことか?」


パンは噛るそばからモコモオと再生された。

地味に見えるがこれ、実はとんでもない神器だったりしないか?

これがあれば飢えることはどこにいようが無さそうだ。

女神様に感謝だな。


「う~ん、パンばかり食べてると喉が渇いてきたな」


しかし水はアイテムボックスの中で見た覚えが無い。

アイテムを鑑定すれば見つかるかもしれないが、そんな労力をこんな時間に使いたくない。

しかし水が欲しい。


「どこかに水を出す道具はないのか? ってうわっ!?」


そう愚痴を溢したとき、俺の手の中に重い球体が現れた。

落としそうになるそれを慌てて掴む。


「何だこれ? とりあえず鑑定だ」


名前:女神手製魔力操作球

効果:不壊、所有者固定、転移

説明:女神手製の魔力操作球。初級の魔力操作、魔術の修行には勿論、上級者の修行にも使える。


「見た感じ、俺の持ち物には間違い無いらしいが?」


鑑定してみてもよく分からない。

何だこれ? 魔法の修行?


「多分転移とやらで手元に現れたんだろうが……何でこれが?」


転移は今まで鑑定してきたアイテムにもあった謎の機能だ。しかし突然これが現れたところからすると、恐らく転移とは望めば手元に現れるとか、そんな機能のことだろう。

だが俺が求めたのは水、魔法の修行に使うらしい道具なんか求めてはいない。


「もしかして魔法を使って水を出せってことか? でもどうやってこれ使うんだ?」


見かけはただの無色透明な水晶玉、多分魔力を込めたりすると何かが起こるのだろが、まず魔力をどう出すのかも分からない。


こう言う時にこそ女神様のサポートが必要なんじゃ無いのか? さっきみたいに余計な時じゃなくて。

今更ながらあの女神様、色々と……。


『モグモグモグ、ん、ふぁい、めはみでふ! ゴク。サポート神託を有能な女神が降しますよ!』


とそれ以上言わせないタイミングで女神様の神託。

なんか食事中だったらしい。

やっぱりこの女神様……。


『はい、疑問にお答えします!』


やはりこれ以上言わせない気らしい。

まあ触れないでおこう。


「女神様、食事中みたいですが大丈夫ですか?」

『御信仰をちょっといただいていただけなので大丈夫です』

「御新香? 渋いですね。と言うか女神様って食事するんですね」

『食事? 必要は無いのであまりしませんよ』

「ん?」

『はい?』


なんか話が噛み合わない気がするが、本題に入ろう。


「あの、この水晶玉、どうやって使うんですか?」

『水を出したいんでしたね? なら水を出したいと念じながら魔力操作球に触れてください。それだけで大丈夫です』


女神様に言われた通り、水が欲しいと念じてみた。


途端、手から何かを吸われる感触。俺の中から何かが流れ、消えて行く。

そして青く輝く水晶玉。

やがて水晶玉から水が溢れだす。

バケツを引っくり返したとまでは言えないまえでも、バケツから注ぐ程の水量はある。


「ってうわっ!?」


座りながら使ったせいで足に大量の水がかかった。

水は意識が水晶玉から外れたのと同時に止まったが、一瞬でびしょ濡れだ。


そんな俺に女神様の声は笑う。

『ふふふ、水が出るんだから濡れるに決まっているじゃないですか~』

「知ってたなら先に言ってください」

『いやー、すいませんねー』

絶対わざとだ。駄女神扱いしようとした仕返しか?


そう思うと突然女神様は叫んだ。


『駄女神じゃありません!!』


「あの、もしかして俺の心、読めますか?」

『そりゃ読めますよ! ここ、私の神域なんですから!』

「なんか、ごめんなさい」

一応謝っておく。俺が悪いのかこれ?


『まったく、今度そんな事考えたら、あなたの恥ずかしい姿、四六時中監察して記録して、ばらまきますからね! 女神に隠し事は通用しませんから!』

「勘弁してください!」

『分かったのならいいです。あそうだ、水を出せるようになってもコップが無かったですね。どうぞこれを』


と女神が言うと、天からペットに水をあげる時に使うような皿が降ってきた。

……これで水を飲めと?

と言うか水は魔法で出せって言うくせに、コップは容易していなかったのか。


「あの~、この皿は?」

『水が飲みたいのでしたよね。コップです』


……どっかの神殿に行ったらチクってやる。


『なっ!? まっ、待ってください。それっ!!』

ペット皿が神聖な光で包まれる。

『鑑定してみてください!』


なんか必死なので鑑定してみる。


名前:女神手製家畜の水皿

効果:不壊、聖水精製、所有者固定、転移

説明:女神手製の家畜に水を与えるための皿。準聖杯化しておりこれで水を飲んだものを回復浄化させる。


「準聖杯!?」

詳しくは知らないが聖杯ってあれだ! 聖剣みたいなとびきりの秘宝、万人が求めるような大宝物だ!

ペットの皿どころか家畜の皿と書いてあるが、そんなの些細な問題だ。うん? 些細か?


『はいそうです。私はこれを渡したかっただけなんです。偶々準聖杯がペット皿の形をしていただけで、悪意なんてありません』

声だけだが笑顔で誤魔化そうとする女神様の姿が思い浮かぶ。

絶対、最初は悪意しか無かっただろうが……家畜の皿って部分、消えてないし……。


『あ、そうでしたそうでした。これも渡すの忘れていました。それっ!』

買収に失敗したと見るや、女神様は次の手段に出た。


また天から何かが降りてくる。


大きな笹のようなものにくるまれたものだ。

早速開けると中には肉が入っていた。


『今日の夕飯にどうぞ。転生祝いです。それでは今度こそまた明日!』


そう言って女神様の声は遠ざかって行った。



「まあいいか、せっかく肉を貰ったし、今夜はバーベキューにするか」

明らかに買収されたような構図だが、パンしか無かったところに肉は有難い。水に流すとしよう。


ペロペロ、聖水も美味しいし。


「だとすると問題はこの肉をどう焼くかだな。ここは異世界の定番、焚き火に挑戦してみよう」


しかしそう思ったところで早速問題発覚。

辺りがかなり暗い。

この丘の上は星明かりで明るいが、薪や石を拾えそうな森は真っ暗だ。ランプはあるが入りたくない。


しかし薪とそれを囲む石が欲しい。

そう思っているとアイテムボックスにしまい忘れた水晶玉が目に入った。


「この水晶玉なら水みたいに出せるんじゃないか?」


水晶玉の下に足が無いことを注意しながら、俺は石を水晶玉に求める。


するとまた俺の中から何かが、恐らく魔力が水晶玉に流れ消費され、川原にあるような石が水晶玉から生成された。

成功だ。

水晶玉の下にパッと現れては落ちてゆく。石が無から創造されたようで不思議な光景だ。


十分に石が確保できたところで石の生成は止め、円形に並べる。


そして次の試みに移った。


「薪よ出でよ!」


水晶玉を両手で持ちながらそう念じる。


流石に何でも出せるとは思えないが、薪ぐらいならなんとかなるだろう。


しかし今度は何かを奪われるような感覚に襲われた。何かが流れるなんてそんな生易しい感覚ではない。


「ぐわぁぁぁあっ!」


自分の一部が無くなっていると漠然と理解させられる。本当に胸のなかにぽっかりと穴が空いたような感覚だ。

魔力とはなんなのか、ハッキリ自覚でき程の喪失感。

これが魔力、今俺に足りていない俺の一部が魔力。

理論的にはまだ知らないが、感覚的には刻み込まれるように理解した。



落ち着いたところで水晶玉の下に目をやると、そこには薪が一本落ちていた。


……あんなに魔力を奪われて一本?

しかも小さい。火の用心の叩くやつぐらいしかない。


もしかして実はそんなに魔力を使ってないのか?

水を出したときの魔力が少なすぎただけかも。


鑑定で自分の魔力残量を見てみる。


魔力 0/1000


うん、空っぽだ。

全部余すことなく消費されている。


「……何故?」


実は小さい薪が燃え尽きないような凄い薪だとか?


名前:薪

効果:なし

説明:乾燥した燃料用の木材。


そんなわけ無かった。


《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

スキル〈鑑定〉のレベルが1から2にアップしました》


あっ、今のでスキルレベルが上がったらしい。

そう言えばスキルレベルが上がると出来ることが増えるとか女神様が言っていた。

もしかしたら今なら鑑定で新しい事が判るかも知れない。


今度は水晶玉の方を鑑定する。


名前:女神手製魔力操作球

効果:不壊、所有者固定、転移

説明:女神手製の魔力操作球。初級の魔力操作、魔術の修行には勿論、上級者の修行にも使える。

触れた者の魔力で強制的に属性ごとのクリエイト系魔術を発動できる。全ての属性に対応しており、使用者に適性の無い魔法でも発動可能。尚、適性の無い魔法を発動する場合は膨大な魔力が必要。安全術式が組み込まれているため、生命力を消費してまで魔術を強制発動させることはない。


おっ、説明が増えてる。


「なるほど、俺に適性が無いからあんなに魔力を消費したのか。薪って全属性じゃ駄目だったんだな。植物属性魔法とかがあるのか?」


魔力大量消費の謎はこれで分かった。


「でも分かったところでどうにもならないな。魔力が無いんじゃこれ以上薪は作れないし、仮に魔力が有っても小さい薪しか出せなかったし」


それに魔力が空っぽになったせいで気分が悪い。

健康的には問題なさそうなのだが、自分の一部、あって当然常にあったものが急に無くなり、乗り物に酔ったような気分だ。

今更薪集めに行ける気分ではない。


「はぁ~、とりあえず水でも飲んで落ち着くか……」


ペロペロ……!?


「ぐおぉぉぉあぁぁーーー!!」


ペット皿の水を舐めたところで、空いた穴に激流が流れ込んできた。

受けたこと無いがボディーブローが直撃したような衝撃だ。

それでいて痛みは無い。それどころか不快でもなく逆に心地よい。


これは恐らく魔力の回復だ。そうに違いない。


魔力を見るとそれは当たっていた。


魔力 1000/1000


全回復だ。


「そう言えば鑑定したとき浄化回復させるとか書いてあったな。回復って魔力もだったのか。ペット皿の癖に無駄にハイスペックだな……」


兎も角、これなら薪を必要数出せそうだ。

相当キツそうだが……。


「さて、やるか!」




膨大に消費、膨大に回復。

さらにそれを一瞬で行ない繰り返すことで、魔力がハッキリと感じられるようになってきた。

分からない方がおかしい膨大な魔力の動きから、だんだん小さな魔力の動きへと、感じられる範囲が細かくなってきたいく。


初めはただ穴が空いたと思っていた体内の魔力の流れが今なら分かる。

肉体ではなく自分の中心から鼓動のように湧き出る魔力は自分全体に行き渡り、また引き寄せられるように中心へと戻る様子。

ただ循環しているのではなく新たに生み出され続ける。そんな魔力回復の様子も分かった。


また一部は外に流れ拡散し、代わりに外の魔力が引き寄せられ新たな自分の一部になる。

自分の外の魔力も感じられるようになってきた。


《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

スキル〈魔力感知〉を獲得しました》


あっ、なんかスキルを獲得した。



さらに繰り返していると、今度は魔力消費が少なくなってきた。

慣れたのか?


《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

魔法〈木属性魔法〉を獲得しました》


「わっ!? 急に魔力消費が減ったぞ!?」


ドサドサと水晶玉から薪が出てゆく。

僅かに思考停止している間にも薪は生み出され続け、あっという間におおよその必要量、薪が貯まった。


《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

スキル〈魔力操作〉を獲得しました》


ついでにスキルも手に入った。



「火よ出でよ!」


薪と石を並べ終わったところで火を付けにかかる。

勿論水晶玉を使ってだ。

火は生み出すと上にしか発生しないようなので少し難しいが、薪の一本を点火することに成功。


水晶玉を使って風を送ると上手く他の薪にも燃え移り、立派な焚き火が完成した。


「後は肉を焼くだけか。たしか調理器具はアイテムボックスに入ってたよな……」


ゴソゴソとアイテムボックスを探るといろいろとあった。

フライパンに鍋、まな板に包丁、ご丁寧に基本的な調理料まで一通り揃っている。


その中で目についたのは長い金属の串だ。


「これで串焼きにでもしてみるか。家庭科の授業でしか料理したこと無い俺でも簡単に作れそうだし」


そう決めブロック肉を切って串に刺す。

それを焚き火の周りに並べてと。

後は待つだけだ。


ジュウジュウと焼ける音、食欲誘う香り、滴る油。

ゴクリッ、自然と生唾を飲んでしまう。

滴る油のせいで肉が紅の炎に包まれて凄いことになっているが些細な問題だ。焦げて食べれなくならない限り何でもいい。


塩を軽くふって。

引っくり返して。



「そろそろいい頃だな。多分」


時間的にはそんなに経っていないが、炎に包まれているからきっと大丈夫だ。


串焼きを一本取ってみる。

うん、見かけは大丈夫そうだ。


「それでは、あぐっ――――」


――――。


――――――。


「――って危ねぇ! 旨すぎて呼吸忘れかけた! 旨すぎるだろこれーーー!! 一体何の肉だぁーーー!!」

旨すぎる!! こんなの人間が届く食べ物じゃない!! まともな感想すらいえねぇ!! 力も馬鹿みたいに湧いてくる!! 一体何だこの肉は!!


《龍の肉を取り込みました。龍因子を獲得、寿命が延びました。

ステータスを更新します。

パッシブスキル〈再生〉を獲得しました。

パッシブスキルの獲得により、ステータスのスキル表示をパッシブスキル、アクティブスキルに分化します》


……龍の肉だったらしい。

食っただけで寿命が延びた……。


「いや!! 今はそんなことよりも肉だ!! 旨ぁぁーーーーいぃっっ!!」


夢中でバクバクと龍の肉を味わう。

途中、滅多に喋らない俺が今日何回も叫んだことで、喉に限界がきて血が口の中に広がったが些細な問題だ。龍の肉の前では血すらも調味料にしかならない。

夢中で食べ続ける。


《龍の因子が増加しました。寿命が延びました。

ステータスを更新します。

加護〈龍の力〉を獲得しました》




「…………ふぅ、旨かった」


1キロ程あった肉を全て食い終わると一気に落ち着いた。

落ち着いたと言うよりも満腹と焚き火の揺らぎ、そして心身の疲労で眠くなってきた。

もう余計なことを考えるのは止めよう。疲れるだけだ。


水晶玉から水を出して火を消すと、そのままテントに戻る。


そしてアイテムボックスからベットを取り出すと……何故ベットが入っているかは考えない、今考えてはいけない、穏やかに眠れなくなる……。


兎も角、内装を透明に変え布団に潜る。


「はぁ、異世界転生して、そのわりには一日を着替えと全裸、バーベキューに費やしたのに、とんでもなく濃くて、疲れる一日だったな。冒険もしてないのになんか色々と身に付いたし。

……俺の今世、一体どうなるんだろう……」


俺は若干の嫌な予感を胸に、それでいて気持ちよく眠りについた。






名前:マサフミ=オオタ

 称号:【異世界転生者】【異世界勇者】【複数の世界を知る者】【世界最強】【孤高ボッチ

 種族:異世界人

 年齢:15

 能力値アビリティ

 生命力 1000/1000→1011/1011

 魔力 1000/1000→1024/1024

 体力 1000/1000

 力 100

 頑丈 100

 俊敏 100

 器用 100

 知力 100

 精神力 100

 運 100

 職業ジョブ:異世界勇者Lv1

 職歴:なし

 魔法:全属性魔法Lv1、→木属性魔法Lv1

 加護:転生の女神アウラレアの加護、→龍の力

ギフト:空洞Lv1、風景同化Lv1、超演技Lv1

パッシブスキル:→再生Lv1

 アクティブスキル:鑑定Lv1→Lv2、アイテムボックスLv1、→魔力感知Lv1、→魔力操作Lv1





「……」


ぼんやりと目を開くと紫から水色に変わる空に、茜色が差し始めていた。

不思議な景色だ。

空に一点、アンティークかつファンタジーなランプが浮かんでいる。

太陽が昇るのと共にランプの明かりは弱くなってゆき、世界は明かりを強めた。


こう言うときはこう言えばいいのか?


「…知らない天井だ」


そう言うと、声が降りてきた。


『おはようございます』


女神様だ。

そうだ。俺は昨日急にクラスまるごと死んで、転生して、はしゃいで疲れてテントで寝ていたんだっけ。

テントの内装は透明にして外の景色にしたからこう見えるのか。


「……色々あったな」


『寝ぼけてないで起きてください。タダ=ヒトリさん』

「誰がタダ=ヒトリだー! 俺の名前は多田オオタ倭文マサフミだぁー!!」

寝ぼけた耳にも聞こえてきたその言葉の暴力に、俺はガバッと布団から起き上がり反論した。

確かにそうとも読めるけど、その間違いは許せない!


『すみません。起こすための冗談です。マサフミ=オオタさん。まさかここまで反応するとは思ってもいませんでした。もしかしてこれでイジメられたことでもありましたか?』

「いえ、別にそんなことはありませんでしたけど。イジメとして触れてくれる友人以下もいませんでしたし……」


そう読める事と、その内容、そして自分の状況が運命付けられているように思えて嫌だっただけだ。

実際に言われたことは一度もない。


『……なんかごめんなさい』

「余計に悲しくなるので謝らないでください……。

それで、なんの用ですか?」

『とりあえず朝の挨拶をしただけです。実は転生担当の女神って暇なんですよね~。ほら、異世界転生何て毎回毎回起きる現象ではありませんし、転生した後は基本見守る事しかできませんから』

「そうですか……暇潰しで人の心を抉らないでください」

『あはは、まあサポートもしてあげますから。そうですね~、魔術の使い方とかスキルの使い方とか教えますよ』


サポート()じゃなくてサポート()してほしい。

まあ好意として受け取ろう。


「じゃあお願いします。でもまだ起きたばかりなので、もうちょっと後にしてもらっても良いですか?」

『勿論です。では暫くしたらまた声をかけます』



さて、まずは顔を洗おう。


テントの中で水を出すのは嫌なので外に出る。

薄い霧を含んだ空気が冷たい。目を覚ますのには最適な風だ。

起きたときよりも明く、空を見るといよいよ朝を迎える様子が見てとれた。

幸い朝日は山に隠れてまだここには昇りきっていない。

せっかくなので異世界の日の出を見にテントの裏に移動する。


昇る前に顔を洗っておこう。

水晶玉で水を……洗面器無かったな。

いっそのことペット皿に顔を突っ込むか?

水飲む容器で顔を洗うのは嫌だな。


「そうだ……」


俺はバッと服を全て脱ぐ。

そして水晶玉を頭上に。


「出よ水!」


溢れる冷たい清水。

それが頭から滝のような勢いで俺の身体中を流れ落ちる。

眠気も何も押し流されてゆく。


「あばばばばっっ!!」


慌てて水を止める。

頭が覚醒して一気に現実に目覚める。

また馬鹿なことをしてしまった。


「へっくしっ! 寒っ!」


そう後悔していると、不意に暖かい風が吹いた。

山の縁が朝に染まっている。

ついに異世界の日が昇るようだ。


そしてゆっくりと光が差した。

道を作るようにこちらまで延び、飲み込んでゆく。

暖かな太陽だ。俺は今までこれほどまでに優しく暖かい太陽を見たことが無い。


冷えきっていた体が暖められてゆく……あぁ、冷えていたせいでそう見えただけか。……よく見たら地球との違いは見受けられない。

なんか体が暖まって心が冷えた気がする。


知らない方が良いことって本当にあったんだな……。


「まあ良いや、このまま朝食にしよう。

いただきます」


アイテムボックスからあの無くならないパンを取り出してかぶりつく。

外で食べる日の出を見ながらの朝食も良いものだ……びしょ濡れで無ければだが……。


そう言えば朝食自体食べるのは久しぶりな気がする。

俺、朝には腹が減らないタイプだからな。活動量が少ないからか? それが今日自然と食べているのははしゃいでいたからかも知れない。

よくよく考えたら、昨日あんなに肉を食ったのによく朝食食えるな。自分でもビックリだ。


「ごちそうさまでした」

でも何だかんだパン一つ分で満足して朝食を終えた。



む、なんか食ったら今度はトイレに行きたくなってきた。

そう言えば昨日は全く出していない。

さて、トイレはどうしたものか?


「流石にアイテムボックスにトイレが入っていたりしないよな……あった」


まさかと思いアイテムボックスを探ると当たり前のようにトイレが入っていた。

白い大理石らしき物で作られた和式トイレだ。

何故このご時世に和式にしたんだ?


とりあえずそれを出して地面に置くと、そのまま地面にめり込んで固定された。

和式の癖に高機能だ。

出来ればこの機能の代わりに洋式トイレにしてほしかったが、きっと好意でトイレまで準備してくれたのだから文句は言わない。


「和式ってこう使うんだっけか?」


少し戸惑いながらも用を足す。

ふぅ、すっきり。


「あっ、トイレットペーパーが無い!」


アイテムボックスを探るが、これは無かった。

……トイレよりも、くれるんならトイレットペーパーの方が欲しいと思うのは俺だけだろうか?


『すいません。トイレットペーパーを渡すのを忘れていました。でもその和式トイレにはウォシュレット機能がついているので、それを使ってください。“いざ(go to)天国へ(heaven)”と叫べば発動します』


いざ(go to)天国へ(heaven)!」

随分と恥ずかしい発動方法だが、死活問題なので実行する。


ぷしゅーっ、と汚れを局所的に射ち流す清水。

はぁぁ~、天国へ昇りそうな気分だ。

ふぅ~、すっきりすっきり。


流石は転生の女神様、天国への導きかたを熟知している。使い方まで教えてくれたし……。

…………ん!?


「め、女神様っ!?」

俺はバッと股間を隠す。

ふ、服は? あっ、今俺全裸だ!


『はい、なんでしょう?』

「ももも、もしかしなくても見てましたっ!? ずっと!?」

『勿論見てましたよ。いやぁ~、まだ幼さがギリギリ残る年頃とは言え、全裸で和式トイレで踏ん張ったり、ウォシュレットで恍惚とする姿は見苦しかったですが、ちゃん見守っていましたよ』

「…………」


羞恥心で死にそうだ。色々な事がこんがらがって頭の中がチカチカする。

女神様の異常な行動にも突っ込む力が湧かない程だ。

きっと声だけじゃなくて女神様の姿もあったら俺は今頃羞恥で死んでいる筈だ。いや、昨日の時点で死んでいたかもしれない。


『まあまあ、神は人々を見守っていますから。全ての人の失態も神々には筒抜けですから気にすることはありませんよ。神に見られるのは当然と言っても過言ではありませんし。

証拠にほら!』


女神様がそう言うと、涙で霞む視界に何かが無数に映し出された。


同じクラスの神藤、いつもクラスの中心にいるイケメンリア充野郎ががベットで眠っている。

その両隣には見覚えの無い美女が……。


ギラリと刺し貫く視線で他の映像を覗く。


男子の隣には見覚えの無い美女。

女子の隣には見覚えの無いイケメン。

それぞれ同じベットで眠っている。


………………。


「……あの、ナンですか? このハニーでトラップな状況は?」

俺は静かに、精神肉体共に静かに問う。

羞恥心? ナンだソレ?


『召喚術式って隷属の効果が無いですから。とある世界で起きた召喚勇者のよる一国奴隷化事件、それ以来勇者を無理矢理従わせる方法が無くなり、自主的に協力してくれるよう仕向けるようになったんですよ。例えばこのハニートラップのように。

と言っても彼らの場合、勝手に美女とイケメンがベットにもぐり込んだだけですが。今回は異世界転移じゃなくて異世界転生ですからね。流石に一晩でハニーなことは起こりませんよ。家族友人知人との別れだけでなく自らの死までも経験したのですから』


…………。


「つまりその内、ハニーなことになると?」

蛇の睨みを内包する眼で女神様に問う。

『は、はい!』

「俺もちゃんと召喚されていればハニーになっていたと?」

『そ、そうですっ! すいませんでしたっ!』


「ギフトが三つ?

1000万円?

衣食住のアイテム完備?

サポート?」


ゆっくりと女神様に提示する。


「足りねぇわ!! ギフト三つあったってボッチギフトでどうなる!! 召喚詫びギフト一つとハニーが釣り合うかっ!! 1000万あっても衣食住アイテムあってもハニー以前にあいつら持っていそうだしよ!! アイテムあったってこっちは結局野宿だ!! それにサポート? ほぼ恥ずかしいところ見られた覚えしかねぇわ!!」


ハァハァハァ、俺の人生最大の叫びはあちらこちらの山に跳ね返され、何度も何度も反響する。


『最後の部分以外は本当にごめんなさい! 友達も作れないあなたから唯一童貞を卒業できるかもしれないチャンスを奪ったのは本当に申し訳なく思っています! その分精一杯サポートしますから!』

「うわぁぁぁーーーんっっ!!」


女神様、本当に酷い……。


『後、服は着ましょう!』



《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

アクティブスキル〈神託〉を獲得しました》




女神様の姿が見えるようになった。

恐らく〈神託〉スキルの効果だろう。


う~ん、見かけは物凄く神秘的で美しい女神様なんだけどな~。


『何か誉められているよう貶されているような気がするんですが?』

おっと、心の声を聞かれていたらしい。

いつもならここで怒るのだろうが、今回は俺の訴えを受けてか静かにしている。


「そんな事よりもサポートって何してくれるんですか?」

『まずはギフトの使い方を覚えて貰おうかと思っています。それがあなたにとっての最大の力、この先を切り開く大きな力ですから。

それでどうします? もう始めても大丈夫ですか?』

「もう落ち着いたので大丈夫です。お願いします」


そんなこんなでギフトの練習が始まる。


『ではまず〈空洞〉からいきましょう。これはあなたの適性から生まれたギフト、あなたはすでに使い方を知っています。思い出すように意識すれば自ずと使い方が分かる筈です』

「使い方を知っている? でもそんなの……あっ、できた」


本当に知っていたように、いや手足を動かすように当たり前の事として使い方が分かる。

それに従い発動させる。


すると俺を中心に灰色の世界が拡がった。

何者も近付けない、そんな力だ。

これが〈空洞〉か、まさか自然とできていた空洞を自分から作れるようになるとは。俺は一度も自分から人を避けようと思った事は無かったのにな……。


『それが〈空洞〉、空洞を生み出す、もしくは空洞にする力です。結界のような力ですね。それを発動する間、何者もあなたには近付けません。それどころか剣も魔術もあなたに触れることが叶わないでしょう。

それでいて一定の空気や音、光は通しますので安心してください。ボッチ領域に維持する力でもありますから、例え海底の底でもぽつんと存在できますよ』

「そうですか……」


どうやら凄い能力らしいが、それ以上に悲しい内容に聞こえる。

海底にぽつんと存在って、寂しすぎない? ボッチ領域の維持って何?


『では次に〈風景同化〉を試してみましょう。これも既に使い方が分かる筈です』

「風景同化!」


この力も手足を動かすような感覚で使い方がわかったのですぐに発動した。

しかし何の変化もない。感覚的には確かに発動しているのだが、特に変わった事は起こらなかった。


「……何か変わりました?」

『勿論変わってますよ。今のあなたは風景の一部となっています。姿は何の変化もしていませんが、今のあなたを見つけられる者は殆どいない筈です。この能力は相手に認識されない力。仮に警備厳重な城に正面から堂々と侵入しても相手に触れたりしなければ発見される事はありません。警備兵にとってあなたはそよぐ風と同じものとして認識されます。

友達の輪から外れた風景、それを自ら体現する力ですね』

「そうですか……」


これまた凄い能力と言うよりも悲しい能力だと思うのは俺だけだろうか?


『因みに〈空洞〉と〈風景同化〉、とんでもなく相性のいいギフトなので魔力の消費無しで使えますよ。

あれ? どうして泣くんですか?』

「……凄い能力でうれしいからです…………」


強力な力を対価も無しで使えるなんて、俺には一体どれだけ才能ボッチがあるのだろうか?

しかも強力は強力でも守りの能力だったり、隠れる能力だったり、どうせ俺に積極性はありませんよ……。


俺、このまま人を拒絶して避けながら、やがてぽつんと誰にも知られることなく死ぬのかな?

はは、拒絶する相手も避ける相手もいないけどな……。


『ちょっ、何で独身中高年の悲しい未来を想像してるんですか!? 何かもっと悲惨ですし!』

「犬と猫、どっちがいいですかね?」

『ペットの話!? あなたまだ希望に溢れる若者ですから! しかも夢一杯の異世界転生ですよ! もっと前向きに!』



悲しい老後の想像から現実に戻ってきたところで最後のギフトに移る。


『〈超演技〉は私が無理矢理与えたギフトであなたと相性が良いわけではありません。ですので魔力も必要ですし、思い出すようには使えません。このギフトは明確に何かに成りきると意識して発動してください。

いきなりは難しいと思いますので、服装から入るといいと思いますよ。その為に沢山用意しておきましたから』

「えっ、あれってただの遊びじゃなかったんですか?」

『絶対使わないだろう服を入れたのも事実ですけど、全部が面白さ求めてじゃないですよ。私をなんだと思っていたんですか?』

「すいません。人を玩ぶポンコツ駄女神だと思っていました」

『……』


それにしても服装から演技できるって事は、今までも勝手に能力が発動していたりしたのか?

今更だけど俺、服に興味ないしな。見てくれ気にしたって見てくれる相手いないし……。

このギフトのおかげで自分にないテンションで試着してたのかもな。


特に露出趣味なんか一欠片も無かったのに、女神様に見られるまで全裸を隠す気にならなかったし、凄い解放感だったし。

そうだ。そうに違いない。


「女神様、もしかして俺、結構〈超演技〉発動してました?」

『いえ、今まで一度も発動していませんよ』

「……ん? 試着と全裸にほぼ一日費やしたのは?」

『紛れもない素のあなたです』

「…………」


落ち着け、これは何かの間違い。俺は真っ当な普通の人間。断じて変人でも変態でもない。


俺は真人間!


そう思うと身体から魔力が抜け、違う何かになって舞い戻ってくる。まるで何かが俺に降りてきたようだ。

自然と身体が動く。


「ははは、ご冗談がお上手で。僕は真人間ですよ」

服装を整えながら笑顔で対応。

『ちゃんと〈超演技〉が使えたようですね』

「…………」


降りてきた何かが拡散する。

途端に真顔になる俺。


……えっ何? 今のが〈超演技〉?

確かに身体の動かしかたとかが急に分かったけど……。

……俺って演技しなきゃ真人間じゃないの? ギフト使わなきゃ真人間に成れないのっ!?

いや演技する必要ないことも演技しちゃうギフトなだけだよねぇっ!? そうだよねぇっ!?

確かに笑顔なんか作れないけどさぁっ!?


『演技とは自分でない何かとして振る舞うことです。演技を構成するパーツはあなたから引き出したものですが、完成するのはあなたとは別の存在です。

えーと、つまり、残念ながらあなたは真人間ではないと言うことですね』

「…………グスン…」


やはり悲しいギフトばかりだ。

適正のあるボッチギフトは俺から溢れるボッチを具現化した力。そして与えられた〈超演技〉はきっと、俺がボッチだと知らしめる力。


こんな力で俺はどうこの世界を生き抜いて行けば良いのだろうか?




『ギフトの次は魔術の練習をしましょう』


ボッチギフトに俺が落ち込んでいるのを見て、女神様はギフトから魔術の練習に切り替えてくれた。

やはり女神様の本質は女神様、優しい。


『地球でもやがて魔法使いになれたであろう貴方なら、すぐに魔術を習得できますよ』


……訂正、女神様は優しくない。

でも悪気は無さそうだから聞き流す事にしよう。


『ではまず、魔力操作球を出してください。ああ、もう出していましたね』

「ん? そう言えば顔洗った時から出したままでした」


朝から置きっぱにしていた水晶玉を俺は手に取る。

水出せるのこれだけだから重宝するんだよな。

でも普段水晶玉なんか持ち歩きしないから置物感覚で使った後、置きっぱにしてしまっていた。

これは謂わば持ち歩き可能なインフラそのもの、不壊だったり求めたら転移してきたりするが大切にせねば。


『その魔力操作球、一応私の創り出した神器ですからね。本来なら神殿や国の宝物庫に安置されるようなものなので本当に大切に使ってくださいよ』

「はい、大切にします……」


思った以上に大切に扱わなければならないものだったらしい。

すぐ忘れそうになるけどそう言えば女神様って本物の神様だしな。よく考えれば神授の物ならなんでも問答無用で国宝だ。

今度からはトイレの手洗いとかに使わない方がいいかな?


『いえ、迷うことなくトイレの手洗いに使ってください。洗わないと汚いですから。

それで話を戻しますが、何でもいいのでそれを使ってください』


言われた通りに風を出す。

水晶玉からはぶわっと風が生まれ、俺の髪をかき上げ服を震わす。

周りが濡れたり火傷したりしないから、単純に使うのなら風がお得だ。


『その感覚を意識したまま水晶玉を放してください』


魔力が風に変化するのを感じながら、意識しながら水晶玉をゆっくりと放す。

なんと風は発生したままだった。水晶玉も風に包まれ俺の手の間に浮遊する。


水晶玉は手がすぐに触れる位地にあるが、魔力は水晶玉に流れていない。

水晶玉を経由せずに直接魔力が風に変化している。


『おめでとうございます。今貴方は自力で魔術の発動しています』

「……もう、魔術が使えてるって事ですか?」


思った以上に早い。

ギフトと違って道具がなければ使えないからそれっぽい修行が必要かと思っていた。

そして使えるようになって大喜び。

魔法はそんなものだと思っていたのに……まあ使えて嬉しいは嬉しいが、感傷に浸れない。


『これで貴方も地球では立派な魔法使いですよ。勿論未使用じゃない方の意味で』

後やはり女神様の言葉が余計だ。余計に感傷に浸れない。


「こんなに早く魔法って使えるものなんですか?」

『いえ、普通はもっと時間がかかりますよ。平均的に五歳から練習を初めて十歳で初めて魔法が使えるようになるそうです』

「えっ? そんなにかかるものなんですか!?」


本当は俺の想像以上に時間のかかるものだったらしい。


まさか俺にこんな才能が……っ!?


俺はじっと風を発生させてる手を見つめる。


『格好つけてるところすいませんが、魔法の習得が早かったのは貴方が異世界勇者だからです。

人類の命運がかかった大ピンチ! 異世界の勇者よ! どうか我らに救いを!

と、そんな状況で一般人、それも魔獣もいない比較的平和な世界の非戦闘員をそのまま喚ぶ訳ないじゃないですか。ちゃんと喚ぶだけの理由、素質と力が異世界勇者にはあるんですよ』


まさか俺にこんな力が……っ!?


俺はじっと自分の手を見つめる。


「俺、本当に勇者召喚されたんですね」

ギフトと言う特別な力を貰ったが、勇者云々の力の実感は今が初めてだ。

理由なんて何でもいい。特別と言うだけで十分過ぎる。

まさか俺が特別な才能を持つ勇者だなんて……。


『確かにそもそもが特別でしたね。死んだ後に召喚だと現実を飲み込めずにそのまま慣れていくので、勇者の凄さに気が付く人って殆んどいないんですよね。私もすっかり忘れていました。

それにしても、貴方って厨二病なんですね』

「ん……はい?」


優越感に浸っていたが、それを取り払ってしまう聞捨てならない言葉が女神様から放たれた。


「厨二病? 俺が!?」


俺は断じて厨二病なんかではない。

もう卒業…いやいや一度も厨二病だったことなどないのだ。

外で眼帯をしたことも無いし、外でマントを羽織った覚えはない。技名も運命さだめも家の中、自分の部屋でしか叫んだことはない。

だから厨二病ではないのだ。


『色々やってますね。そして貴方はどこまでいっても内気だと』

「なっ、女神様、俺の心を!?」

『まあ今更だと思いますよ。すでにここで色々とやらかしていますから』


否定出来ない……。


『そんなに気にしなくてもいいと思いますよ。地球では厨二病でもこの世界では当たり前のこともありますし、今までの行動もただの馬鹿じゃなくて、厨二病ってことに出来ますから。馬鹿よりも厨二病の方がマシ……なんですかね?』

「うぐっ! 俺に聞かないでください! と言うか今まで俺のことを馬鹿だって思ってたんですか!?」

『はい』

「即答!? でも思い返すと否定が出来ないーーっ!!」


両手で顔を覆いながら、仰け反り叫ぶ。

厨二病を知られた羞恥心、そして馬鹿にされても怒れない、否定出来ない行動を見せた醜態。

今の俺にはこうやって叫ぶことしか出来ない。


視界を手で塞ぐと脳裏に浮かぶのは失態醜態の数々。

どうすれば救いがあるのだろうか?

もうヤダ……。



俺は縮こまり女神様から顔を背けながら、ただただ魔法の修行を繰り返す。

ある種の現実逃避だ。

なんか現実を逃避した先にあるような世界に転生したのに、現実逃避ばかりしている気がする。


もう一日中風でも出していようかな?


《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

スキル〈風属性魔術〉を獲得しました》


途端、俺が生み出す風の大きく吹き荒れる。

風で手の間に浮かべていた水晶玉は遥か上空に。

スキルを獲得して風魔法が格段に強力になったらしい。


風魔法の修行が終わった。

俺の現実逃避先は修行にも無いようだ。


いや、まだ他の属性がある。


バッゴーンッ!!

ちょうど飛ばされていた水晶玉も落ちてきた。

……危ない。あと少しずれていたら二度目の転生を味わうところだ。流石にそこまでは現実逃避先に苦労していない……と思いたい。


何にしろ今は修行だ。


俺は水晶玉に水を望む。

途端、流れ落ちる水。

少し方向を間違えて足がびしょびしょだが今は関係ない。


水の流れ、魔力の流れを意識しながらゆっくりと手を離す。


「あがっ!!」


自分から出始めた水に加速された水晶玉が俺の爪先に激突。

だが今ばかりは関係ない。すぐに引く痛みなど何ともないのだ。

今は永遠に消えない傷《黒歴史》から逃げるとき。


《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

スキル〈水属性魔術〉を獲得しました》


……早い。

水は水晶玉で使いまくったのせいかほぼ一瞬の獲得だった。

…………。

次だ次!


さっさと水晶玉を拾って石を出す。

勿論、爪先から離しての使用。


『凄いへっぴり腰になってますよ』


女神様から体勢を指摘されるが無視する。

現実逃避が最優先だが当然痛いのはごめんだ。

俺は実益を優先する男。

どうせ友達の一人も、異世界のここでは知り合いの一人もいないから格好を気にしてもしょうがない。

女神様には醜態という醜態を見られているからこの程度今更だ。


『……なんかすいません。でも、ボッチ脱却するには普段から最低限の身嗜みは気にした方がいいですよ』

「……」


また同情された。

女神様とはまだ短い付き合いの筈なのに、既に何回同情されたのだろうか……。

俺、神様に同情される程の前世?


……あれ?

水魔法の修行はやめた筈なのに目から水が。


無心だ。

……無心で修行を続ける。



《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

スキル〈土属性魔術〉を獲得しました》


へっぴり腰のまま石を生成し俺はお目当てのスキルを獲得した。


足元を見れば大量の石が積みあがっている。回転しながら生成した結果、足の周りにバケツ程の隙間しか無い程だ。

さっきまで風と水しか出してないので気が付かなかったが、俺は予想以上に魔法を使っていたらしい。

これだけやればスキルを獲得出来ると、納得の量だ。


逆に魔法を学ぶのに普通は時間がかかるというのも理解出来る。

俺は平均の十倍魔力が有るらしいから、俺の十分の一以下の魔力が平均。まだ平均に届かない子供なんかが練習しても一日でほんの数個しか石を出せない。

しかも道具がないと初めから魔法を使えないから、そこまでにも時間がかかる。

そりゃあ、魔法の習得に時間がかかる訳だ。


ふっ……、やはり俺には魔法の才能がっ!


『へっぴり腰のまま格好付けてもアホなだけですよ』


いけない。考えていた事が行動にも表れていたようだ。

これでは厨二病疑惑が確定してしまう。

うむそうだ、この深淵の底から溢れ出る我が大いなる魔法の才能、これを元に我が正統性を示して見せよう。


「格好付けているんじゃないです。我が秘めたる大魔導王の片鱗が、封じきれず溢れているだけです」


だから俺は厨二病ではないのだ。

演じているのではない。本物であるから仕方がないのである。


『厨二病確定ですね』

「何故っ!?」

『……動画で撮ってあげましょうか?

あと教えてあげますが、貴方が魔法をすぐに覚える最たる原因は、スキル〈魔力操作〉ですからね。勿論異世界勇者であることも関わっていますが、〈魔力操作〉と比べると些細な違いです』

「〈魔力操作〉?」


確かにそんな名前のスキルを昨日獲得した。


『〈魔力操作〉は魔力を操作するスキル、魔力を術とする魔術ではなく魔力を直接操作する力です。例えるなら魔術は電気で灯りをつける術、魔力操作は電気を直接使った落雷。こんな違いがあります。まあ電気を使うと電気を操るの関係と言うことですね。

つまり、魔力操作は魔術よりも難しい技術なんですよ。本来はこのスキルを魔術スキルよりも先に獲得することはありません』


どうやら魔力操作は高等技術だったらしい。

成り行きで獲得したのに……。


「ん? でもそれって結局は俺に才能があるってことなんじゃ?」

『確かにありますね。隠しきれないボッチの才能と馬鹿の才能と厨二病の才能が』

「…………」

ただ光を求めて確認しただけなのに何故かより深き暗闇に突き落とされた。


『覚えてませんか? 〈魔力操作〉を獲得したのはあり得ない程の魔力消費と回復を繰り返したからです。そりゃそんなに魔力任せで無理矢理魔術を発動し続けたら、術式の根幹にある魔力の動きだって理解出来ますよ。

一応地球の女神なので詳しくは分かりませんが、きっと前代未聞ですよ? 貴方みたいな方法でスキルを獲得したのは。魔力任せならいくらでもあるかも知れませんが、使いきった魔力を何度も回復させてまで魔術の行使を続けるなんて正気の沙汰ではありません。しかもたかが薪を出す為だなんて、ある意味歴史に残りますよ?

例えるのなら天然水を飲むために必死で走りながら、何本もの水道水を飲み干して山に水汲みに行くようなものですからね?』

「…………」


話を聞くと本当に俺にあるのは魔法の才能ではなく馬鹿の才能だったらしい。

薪出し、結構頑張ったのに……。


………………。


いやいや、俺は賢い男。

ここで認めてしまっては駄目だ。俺はボッチ厨二病馬鹿と言うことになってしまう。


そもそも一つでも当てはまっては不味いものが三つ揃うなどそうそうあり得ないのだ。しかもそんな激レアな人間がさらに激レアな現象、異世界転生されて、しかも集団勇者転生の筈が一人だけ別の場所に転生される確率なんかある筈がない。

故に俺はボッチでもなければ厨二病でも馬鹿でもないのだ。なんせ奇跡的な確率、いや奇跡によって異世界転生を一人だけ別の地で果たしたのだから。


『変なところは頭が回りますね。知力も十倍になったからですかね?』


未だに俺をボッチ厨二病馬鹿と断定している女神様が何か言っているが無視だ無視。


同時に反論もしない。

出来ないのではない! 心の広い俺は何でも受け入れてやるのだ!

本当に反論出来ないから反論しないのではないのだ!

あと目から流れている水は習得した水魔法である!


…………とりあえず俺は、無心で修行の続きをすることにした。



土魔法を習得した俺が次に開始したのは木魔法の修行だ。

水晶玉から薪を一つ生み出すとその感覚を頼りに自力で生成して行く。


魔法に慣れたせいか今なら分かる。

この魔法の特異さが。

魔法属性を手に入れた後でもこの魔法は他の魔法よりも難しい。魔法式と言うべきものの構造自体が複雑なのだ。なんと言うか言語が違うように感じる。


しかしそれでも何回も無理矢理発動した魔法。

今の俺には意図も簡単に発動できる。魔力を一回も回復させずに、夜に出した以上の数と大きさの薪が俺の足元には転がっている。


《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

アクティブスキル〈木属性魔術〉を獲得しました》


スキル獲得までも短い。少なくとも風魔法よりも早い習得だ。

現実逃避的には喜べないが何処か嬉しい結果である。



「さて後は風、水、土、木ときて……火にするか」


魔法と言えば真っ先に思い浮かぶような火の魔法だが、これは後回しにしていた。

単純に危なそうだからだ。


『成る程、火は怖かったと』

「なっ!? 違いますよ! ただ安全第一なだけです!」


断じて怖い訳ではない。

火が手に着いたらどうしようとか、服が燃えたら、顔に来たらどうしようとか思ったことは一度もない。

俺は手を目一杯伸ばした状態でライターを着ける妙技を持つくらいに、火にはなれているのだ。


『……』


そう思っていると女神様の呆れるような視線を頂戴した。


疑うのなら証明してやろうと水晶玉をつき出す。

へっぴり腰に見えるかもしれないがこれは水晶玉に魔力を集めるただのポーズだ!


ともかく火魔法発動!


バフッ。


「ひっ!」


ビビってなんかいない。ちょっと前に発動したときとは違って上方向に火が出てビックリした……んじゃなくて女神様に危ないですよと注意しようとしただけである。


なんにしろ次は水晶玉を使わずに発動だ。


「ファイヤァァァァーーーッッ!?」


おおおお俺の手が燃えてるぅゥゥーーー!?


『……燃えてません。手から火が出ているだけです。ビビって集中出来てないから広範囲から火が分散して出てしまうんです。火の方向とか出す場所とか、ある程度は制御できますから』


そう言われて俺は必死に前に火が出るように念じる。

制御の理屈も方法も分からない。

ただ俺に出来るのは念じるのみだ。


「火よ! あっちに行けぇぇぇぇぇーーーぇいっっ!!」


すると俺の電車の中でトイレに行きたくなった時のような必死の想いに応じてか、火の向きが変わった。

掌から前方に向かっての放射だ。


「ふぅー…………ふっ、計算通り、見ましたか女神様、俺の魔法捌き」


余裕が出来た俺は魔力を消費して想定通りと言ったアピールをする。

女神様が俺をビビりとか勘違いしていたら困るからな。


この落ち着き、そしてこの堂々とした態度に、演技じみたポーズ、これで勘違いに気が付かない者はいまい!


『……早速〈超演技〉を使いこなしていますね』

「演技じゃないですよ! そそうだ、さっきのビビって見えたのが演技なんです!」


そんな俺の訴えをきれいに無視して女神様は一言。


『あと、引火してますよ』

「へっ?」


見れば薪に火が着いている。

そりゃ、燃やすための木だからなぁ~。

…………。


「いッぎィャァァァァーーーッッッ!!」


積み上がった石、その中や上に撒き散らされた大量の薪。

俺の回りは完全に巨大な焚き火だ。

そして中心にいる、石の所為で身動きの出来ない俺は調理を待つばかりの新鮮な肉。


「助けてぇぇぇーーーーーーっっ!!」


俺は女神様に助けを求める。

しかし。


『素晴らしい計算ですね。計算通りなのでしょう? あまりに高度な計算で私には貴方が何を考えているか全く分かりませんが。

そしてそうやって助けを求めているのもきっと私を欺く為の演技なんですよね? いやぁー、真に迫っていますねぇー』


と女神様は楽しそうに、いや愉しそうに笑う。

助けてくれるつもりはないらしい。


「すいません! あれは嘘です! 俺はビビりですよ! だから助けてぇーーー!!」


火は俺を取り囲むように引火し、徐々に迫ってくる。

もう熱気がっ!

このままではこんがりボッチだ!


『残念ながらそもそも我々神は地上に干渉出来ないんですよね~』

と呑気な女神様。


「いやいや! なんか色々と道具くれたりしてましたよね!?」

『本当ですよ。道具みたいに依代がある状態じゃないと力を行使出来ないんですよ。特に私みたいに違う世界の神は。

と言う訳で自分で頑張ってください。大丈夫ですよ。今なら死んでもまたここに転生させられますから』

「死んだら全然大丈夫じゃないですから!!」


もう女神様は宛にならない!

でも俺にはどうしようも……そうだ!


「空洞よ!!」


俺を中心に拡がる灰色の世界。

これにより火の進行が止まった。

常に俺に迫ろうと火は燃え盛っているが、まさしく俺の周りに空洞が出来たように火が進まない。半球状の世界が火の侵入を妨げている。


しかし。


「うわっ、中の薪に火が着いた!! なんでっ!?」


《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

アクティブスキル〈火属性魔術〉を獲得しました》


「あっ……」


火、出しっぱだった……。


『本当に馬鹿でしょう、貴方……』


俺は〈風景同化〉も駆使して気配を消した。



《ステータスを更新します。

ギフト〈空洞〉、〈風景同化〉のレベルが上昇しました》



俺の視界は炎の壁で埋め尽くされている。

全然炎が消えない。薪の質と吹き付ける風、そして風通しの良い適度な石と薪の隙間、普段なら喜べる条件が重なったことで火は強くなるばかりだ。

まるでキャンプファイヤの中に入っているようだ。


幸い〈空洞〉でこちらに熱が伝わることは無いがとんでもなく恐い。


こんな状況がもう何時間も続いていた。

腹時計からするともう昼を過ぎている。

その間、空洞の結界はずっと維持。おかげでレベルが上がる程だ。

ついでに女神様にそっとしといてもらう為に発動していた〈風景同化〉までもレベルアップした。


レベルアップしたのは頼もしいが、本当に大丈夫か不安が尽きない。

〈空洞〉使い続けているけど、どんぐらいの衝撃まで耐えられるんだ?

そもそも持続時間制限とか無いよな?


『いえ、私も驚いてますが、その二つのギフト、貴方と引くほど相性がいいので、多分死ぬまで発動し続けられますよ? しかも破られてもすぐに発動し直せます』


と言う事らしい。

……引くほどボッチギフトと相性が良いって……。


……深くは考えないようにしよう。


今は……そうだ、安全性が一応は保証されたから昼食にしよう。


まずは緊張と炎の景色で喉が乾いたから水を。


「水よ」


手で皿を作ってそこに水を出す。

うん、自分で出した水だが水道水よりも美味しい。

ふぅー。


…………。


「『あっ………』」


奇遇にも女神様と重なった。


そうだ。炎から空洞の結界で身を守るのではなく、初めから魔術で水を出して消火すれば良かったのだ。

そうすれば怯える必要も無かったし、こんなに鎮火を待つ必要も無かった。

何故こんなにも簡単な事に気が付かなかったのだろうか? 女神様も気が付かなかったみたいだし……。


クラス丸ごと転生で良かった。特にまだ見ぬこの世界の人達にとって。

自分で言うのもあれだが、もし滅びを回避するために必死に祈り答えた神が女神様で召喚された勇者が俺だけだったら、あまりにもこの世界の人達が不憫過ぎる。

必死にトイレを我慢して、トイレの列に並んで自分の番が来たら実はカレー屋の行列だった、それほどの絶望的状況である。


女神様もそう思っているのか、いつも人の心を読んで反発しているのに、今回はそれがない。

ここはお互いの為に静かに消火活動を始めよう。


「水よ」


水を勢いよく前方に放出する。

しかし空洞の結界に弾かれた。


どうやら空洞結界は内からも外からも干渉出来ないらしい。


消火活動は早くも失敗したが、少しホッとした。

水での消火を思い付かなかった失態が、少しだけ薄れたからだ。これなら初めから分かっていて水を使わなかったと言うことにしておける。

まあ、それを示す相手なんかいないけど……。

なんにしろ少しは楽に慣れた。


《ステータスを更新します。

ギフト〈空洞〉、〈風景同化〉のレベルが上昇しました》


あっ、水が外に抜けた……。

ギフトのレベルが上がって中からは外に手出しが出来るようになったらしい。


「レベルアップ早くない!?」

思わず叫ぶ。

『……はい、そのギフト、世界中が涙するほど貴方と相性がいいですから……』

叫んだ俺に対して女神様はそう、ハンカチを目にやりながら答えた。


…………。


どうやら、羞恥心や驚きよりも哀の感情の方が強いらしい……。

こうして俺は魔術を幾つか覚え、どうでもいい方面で少し賢くなった。

そして俺は少し湿って薄く塩味のするパンを齧りながら、無心になろうとただ放水を続けた。



《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

アクティブスキル〈無詠唱〉を獲得しました》



目からも水魔法を垂れ流しにしながら消火すること数十分、火は完全に鎮火し何故か新たなスキルを手に入れた。

スキルは名前の通り無詠唱で魔法を使っていたから覚えたのだろう。

と言うか態々スキルがあるって事は本来魔法を使うには詠唱が必要だったんだな。


「ふぅー、何であれ一件落着」

俺は久々に空洞を解除する。

気分の問題だろうが空気が旨い。空洞を発動していたときには感じなかった焦げ臭さや煙たさが今はあるが、それでも空気が旨く感じる。


狭い石の隙間から這い出ると思いっきり体を伸ばした。


『自業自得なのでお疲れ様と言うのも変かも知れませんが、とりあえずお疲れ様です。なんか結果的に凄いギフトの訓練になりましたね』


確かに自滅して焼かれるような状況だったのにギフトを使いこなすような結果になった。


「ギフトってこんなにも簡単にレベルアップするものなんですか?」

『いえ、前代未聞です。確かにギフトの種類と相性によっては急成長することもありますが、あんな馬鹿なトラブルでレベルが上がるほど安い能力じゃありません。何てたって勇者の切り札みたいなものですからね。

だからこればかりは誇っていいと思いますよ。ボッチの才能が溢れている選ばれし究極のボッチだと』


と女神様は頬笑む。

……女神様は珍しく本当に誉めてくれているのだろうが何故だろう? 全く嬉しくない……。

また目から強制的に水魔法が発動されそうだ……。


話を変えよう。


「〈無詠唱〉ってスキルが手に入ったんですけど?」

若干上を見上げながら女神様に聞く。

もうすでに何度も雫を見せた気がするが、だからと言って簡単に見せていいものではない。


『それは名前の通りのスキルです。詠唱をせずに魔術が使えるスキルですね。一応高名な魔術師レベルでないと持っていない上級者のスキルらしいですよ?

貴方って相変わらず変わったスキルから取得していきますね』


目論み通りに話が変わり、女神様は解説してくれた。

あまり深く考えていなかった話題だが意外と有用そうな中身だ。このまま少し聞こう。

少し呆れたような口調で言われたがそこはもう気にしない。


「詠唱をしないで魔法を使うって凄いことなんですか? 俺、多分一度も詠唱なんかしなかったと思いますけど? そもそも詠唱って?」

『詠唱ですか? ……呪文のことですかね?』


あれ? すぐに答えてくれると思ったら思考を放棄したような応えが返ってきた。


「女神様、ふざけてます?」

『ふざけては無いですよ。ちょっと待ってください。なになに、……詠唱とは魔術式を展開する為の補助機能であり、魔術式構築の難易度を大幅に下げる事が可能である……だそうです』

そう女神様は分厚い本を朗読した。


「…女神様、知らなかったんですね」

『しょうがないじゃないですか。私、地球の女神ですよ? 異世界転生を担当していても異世界担当じゃないんです。調べてあげただけでも感謝してください』

「もしかして今までのも本の知識ですか?」

『はい、この世界の神々から雑談がてらに聞き齧った事もありますが、殆どは本と鑑定で視た知識です』

「今まで専門家みたいに解説してたのに!?」

『ちゃんと解説してあげているのですから感謝してください。調べるのも面倒なんですからね?』


そんな素人知識で俺は上から目線でとやかく言われたのか…。

女神様は俺の為に態々調べものをしてくれた、お互いの為にこの事実のみを認識しよう。

大切なのは好意、はい決定。

他のは幻覚か何かだ、きっと。


さて、幻覚を無視するために話を修正しよう。


「で、結局のところ詠唱って何なんですか?」

『う~ん、そうですね~』

女神様は色々な分厚い本をめくりながら唸る。

こう俺の為に頭を悩ましているところを見ると、やはり好意が大切だと本心から思えてくる。俺の為に自分でも分からない事必死に勉強してくれるなんて。


『馬鹿でも理解できる説明、難しいですね~。このままじゃ理解できないでしょうし~』

ん? 幻聴と思いたい言葉を女神様が呟いた気がする。


よく見れば女神さまが読んでいる本のタイトルは“サルでもわかるマジュツショ”、“バカでもできるマジュツガクニュウモン”や“馬鹿を育てる”、“幼児に伝える解りやすい教育”等とふざけた題名をしていた。

恐らく前者二つの漢字すら一つも無さそうな馬鹿にした本が超簡単で柔らかくした解説書、内容の書いてある本で、漢字も使われている後者二つの本は教育者向けの、分かりやすく伝える為の本だ。

つまりは徹底的に馬鹿にされている。


いや、そこまでして調べているから善意ではあるのだろうけど……。

馬鹿だと思われている理由も心当たりがあるし……。

うん、好意善意思いやり、大切なのはこれだ。静観しよう。


『要約しますと、詠唱とは魔術式を呼び出すキーワードみたいなものです。

魔術を料理に例えると、魔術の構築に必要な魔術式は食材や料理技術等の組み合わせで、魔術式を構築するには野菜を作るとこからの努力が必要です。一方詠唱とは料理で言うレストランでの注文、もしくはレトルトを作るようなもの、僅かな手間しか必要ありません。

まあつまり魔術を一から構築するのと詠唱との関係は、手作りと既製品みたいな関係ですね』

「なんとなく理解はできました。でもなんか簡易化し過ぎてて少し分かりずらいんですけど?」


好意として情報を受け取りつつ、さりげなく抗議する。


『そうですか。では電流が流れる流れないの二進法でプログラミングするのと、アプリケーションを使う。こんな関係と言えば分かりますか?』

「……すいません、俺、文系なんで」


まだ例えで言われたが今一理解出来なかった。

……うん、俺は文系だから仕方がないのだ、例えと相性が悪かった。仕方がない。

……なんにしろ、女神様の好意をありがたく受けとることにしよう。


馬鹿だと少しでも思われない為に会話を伸ばす。

本題に戻すとも言う。


「それで、詠唱が魔術を簡単に発動出来るようにしてるって分かったんですけど、何で俺は今まで詠唱をせずに魔術を使えたんですか?」

『それは今までの魔術が簡単だったからですよ。ほら、魔術を料理だとして、目玉焼なら簡易化するまでもなく誰にでも出来ますよね?

後は魔力が多いと言う要因もあります。どんなに料理が下手な人でも、卵が百個あればその内成功しますよね? そんな感じの理屈です』


と女神様。手に持った本が気になるが分かりやすい。

もう本格的にそこはスルーしよう。


そんな事を思いつつ、俺は残りの魔法の修行に移った。





《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

アクティブスキル〈光属性魔術〉〈闇属性魔術〉を獲得しました》



残りの魔法、光魔法と闇魔法の修行は数分のうちに終わった。

〈魔力感知〉、〈魔力操作〉、〈無詠唱〉スキルのコンボは基本的な魔法を覚えるのに効果的らしい。


多分、〈無詠唱〉があると詠唱していなくても詠唱した扱いになるのだと思う。

それを感知し操作出来る術まであるのだから覚えが早いのだろう。

歌に例えると曲と歌詞がタイトルだげで思い浮かび、絶対音感を持ち楽譜に変えられ、声の出し方まで分かるような状態だ。そんな能力があればどんな初心者でもすぐにプロ並みの歌が歌える。


何はともあれ何だかんだで適性のある魔術スキルはコンプリートだ。

これで俺も立派な魔法使い。

俺は香ばしい完璧な魔法使いポーズを決める。


『超演技中、水を刺すようですが貴方はまだ魔術を発動出来るだけですからね』


しかしそこに女神様の一言。


「えっ、全部の属性魔術覚えましたけど?」


香ばしいポーズを決めたまま、覚えた魔術を軽く披露して聞き返す。


『基礎の基礎が出来ているだけです。全く、そんなんで一体どうやって魔物を倒すというのですか?』


言われてみれば確かにそうだ。

どの魔術も出せるだけ。水を出して石を出してどうすると言うのだ。使えるのは精々火ぐらい。

こんなんでは魔物の倒しようが無い。


まあ、俺はそんな魔術の練習で死にかけたけれど……。


「あ、でも、日常生活では困らないんじゃ?」

『確かにそうですが、戦闘では困ります。そんなんでどうやって世界を救うんですか? 日常生活の技術で世界が救えたら苦労はしません。本当に世界を救う気、ありますか?』

「無いです」

『即答っ!?』


俺も、初めの方はやる気があった。

明確な夢を前世で持たなかった俺が初めてそれを夢として、人生の目標として掲げたぐらいにはやる気に満ち溢れていた。

しかし、現実に気が付いたのだ。


この世界の皆さんの為に、世界を救うために召喚されたと言ってはいけないレベルで救世主として不適合である事に。


それこそ日常生活で使う魔術で、死にかける救世主がどこに居ると言うのだ?

当然世界を救うことの出来ない基礎中の基礎の魔術で、その練習で死にかける人間が一体どれほど居ると?


ライトノベルでよく見かける出来損ない召喚者を処分しようとすると為政者。彼らも目の前にしたら膝から崩れ落ちるレベルの絶望的救世主だ。

そこに至る全ての労力を、そして掴もうとした未来を徹底的に否定された気分に陥るだろう。


今回はクラス丸ごと転生で本当に良かった。

呼び出されたのが俺だけだったら、今頃葬式ムード一色だ。

と言うか、本当に俺が勇者として大勢の民衆の前で担ぎ上げられていたら、ショック死して人生のエンディング一直線である。


『いやいや、確かに貴方は救世主に向かないでしょうけど世界を救うって気持ちぐらいは持ちましょうよ!! ほら、陰から世界を救うとか最近ではよく聞きますから! 死人のような顔して拒絶しないでください!!』

「……大勢の前で大々的に勇者だって紹介されるのを想像したら気持ち悪くなって……一対一のやり取りすら全然慣れてない俺に、劇の主演みたいな事、本当に出来ると思いますか?」

『……すみません』


説得的な態度から一転、まるで見てはいけない気不味いものを見てしまった人であるかのような様子で謝罪をしてきた。

自分から言っておいて何だが、女神様に肯定されると何とも言えない気分になってくる。


神認定の低コミュ力とは一体?



沈んだ空気になってしまったが、結局魔術の練習をする事になった。


世界を救う気になったからでは無い。

気分を入れ換える為だ。


同情的な視線を伴って『とりあえず気分、入れ換えるましょう?』と言われてしまっては応える他ない。応えなければ泣くしかないからだ。

あんな理由で同情される中、泣いてしまっては神も認める気の毒な存在に確定してしまう。もう割と手遅れかも知れないが……兎に角応えるしかない。


「女神様、水出しましたけど?」


そんな訳で、俺は今、魔法で水を出していた。


『では説明を。まず貴方が今使っている魔術はクリエイト系、本物の水を生み出す魔術です。ですが普通の水とは違うところがあります。それは水の軌道です』

「水の軌道?」

『はい、貴方の出している水量は毎秒コップ一杯分ほど。それを掌という広い範囲から出しています。物理的にそれでは精々真下より横程度にしか落ちません。しかし貴方は今、斜め下に向けて水を放出できています』


ただ濡れるのが嫌だから遠くに出していただけだが、言われて見れば確かにおかしな現象かも知れない。

と言うか魔法と言う不思議が目の前にあったら気が付かない差異だ。


「それで?」


今それを聞いても、正直だからどうしたとしか思えない。

しかしどうやら重要であったらしい。


『この魔術は言い換えると、偽物の水を生み出し本物に変換する魔術です』

「偽物の水?」

『はい、それが魔術の肝です』


聞いても重要なんだろうなと言う事しか分からないが……。


因みにそう思っていても今回は女神様に馬鹿にされなかった。

ただ淡々と市販の本棚では大きさ的にも重量的にも収まりきりそうに無い分厚い本を朗読しているから、きっと女神様も理解出来ていないのだろう。


地球に魔法なんてものは存在しないのだから仕方が無い。

そう、俺達が理解出来ないのでは無く、きっと魔法に慣れていなければ誰も理解出来ない無い内容なのだ。


意味もなく俺達は親指を立て合った。

なんか初めて女神様と分かり合えた気がする。


そして何事も無かったかのように朗読を続ける。


『この偽物の状態は、思い描いた事が一時的に具現化している状態です。クリエイト系の魔術は完成された魔術なので結果は変わりません。ただ本物の水を生み出す魔術です。ですがその範囲を超えない限りであれば、その具現化に書き加える事が可能です。だから生み出した水の動きを変えられました』

「なるほど」


俺はうんうんと頷く。

アイテムボックスに入っていた伊達メガネも完備で完璧だ。

〈超演技〉のある俺に死角はない。


「そしてもう一つ大切な事が。地面に流れた水を宙に浮かべてみてください」


そう言われたので下に流れたり土に染みてしまった水を意識した。

意識すれば普通の水と俺の水が明確に違う魔力が流れているのが分かる。

えっと、この水を上に。


あっ、なんか難しい。

感覚的に俺の魔力が込もっていればいいのだが、俺が創った水なのに必要分まで足りず、込め難い。

先に何かが入っている、器が狭いような感じだ。

しかしコツを掴めば簡単に出来てきた。


「よいしょっと」


地面から水滴や水流が昇り、一つに集まってゆく。

俺は言われた通りに水を浮かして見せた。

うわっ、凄い水量。

我ながらビックリだ。


『えっ、あ、あれ? ……えー、あー、こ、このように本物の水を操る事は出来ません。自らが生み出したものとは言え、既に魔術では無いからです。想像力だけでこなせるのは純粋な魔術である段階のみです。魔術でないものを操作改変するのも不可能ではありませんが、それには対象への理解と魔力を浸透させる力と時間が必要です。ほとんどの場合、儀式や錬金術のように定まった手順が必要となります』


……どうやら本来生み出した水の操作は出来ない方が正しかったらしい。

と言うか内容が難解なこの場合、成功してはいけなかったようだ。例えるなら酸素が物を燃やすのに必要であると示す理科の実験中、密閉した容器の中でロウソクが燃え続けている様な状況だろう。そんなんでは小学生を納得させられないし、説明も出来ない。

女神様は当然対応出来ず、見なかった事にして朗読を続けている。


「なるほど、それで?」


俺も伊達メガネをクイクイ上げながら、相槌に徹する。

元より右も左も分からないのであるから、これから進みようが無い。


未だ昇り続け、池の如く集まる水なんて視界には無いのだ。

如何に神秘的で、如何に量が集まってきても、気にしてはいけない。


『このことから、実用的な魔術、実戦での魔術は偽物のまま構築します。魔術で造られた偽物はこの世には留まれませんが、結果のみは本物のと同じものを再現出来ます。例えば、偽物の火でも着火させる事は出来ますし、偽物の風でも木を吹き飛ばす事が出来ます。

つまり、実用的魔術への第一歩は、本物へ変えない事です。本物に変換しない事で自由度が大幅に向上すると共に、変換に使う魔力も回されるので威力が大幅に向上します。

そしてその方法は色々とあります。例えば詠唱や魔法陣がそれです。これらの魔術式は基本的に最後まで魔術状態のままの魔術の術式です。何度か感覚を覚えれば使えるようになるでしょう』


魔術は本物にしない様に使った方が良い、未だ深くは理解出来ないが一つ疑問が浮かんできた。


「女神様、俺が修行してきたクリエイト系の魔法? それはやった意味があるんですか?」





「クリエイト系魔術の意味?」

「はい、魔術は最後まで未完成のまま発動した方が良いなら、完成した普通の水を出したりする魔術を練習したのは余計なんじゃ?」

「それもそうですね」

「…………」


もう本当は魔法の事を殆ど知らないのを隠そうともしなくなってきた女神様。

説明出来る部分が減り、遂に俺と同じ側にまで来てしまった。

そうだと知っていても不安になるから最後まで演じてほしい。


「少し待って下さい。今調べてみます。少なくとも初心者用の本にはクリエイト系魔術から始めましょうと書いてあったのですが、理由となると」


そう言いながら女神様はペラペラとページを捲って行く。

同時に幾つもの本も独りでにページが変わっていた。どうやら検索魔法だか機能があるらしい。

しかし中々答えは出てこない。


女神様曰く殆どの本に魔術はクリエイト系のものから始めると書いてあるらしいが、理由は記載されていないそうだ。

もしくは小学生が初めに平仮名を習うような誰も理由を疑わないものなのかも知れない。

しかし魔法を知らない世界の俺達には一欠片も理解出来ない。もはやただの習慣で理由なんか無いのではと思ってしまう。


しかし丁度理由が無いのではと疑い始めた時、答えが分かった。


「あっ、ありました。何か魔法研究の序文に書いてあります。えーとですね、『魔術を初めて習う時、クリエイト系統の魔術から習得を初める。これによりステータス上での“魔法”、つまり魔法適性を獲得し、種々の魔術を習得する。魔術士の数が極端に少ない地域では所謂実用魔術から初める為に、“魔法”を獲得できずに初期段階で延滞しているケースが多い』だそうです」


どうやら術そのものを覚えるよりも、まず適性を得てから修行した方が効率が良いらしい。

多分、それが無いとそもそも術と言うレベルで使えないからスキルに辿り着くまで時間がかかってしまうのだろう。ただ棒を振り回すだけで剣の達人に成れたら誰も苦労なんかしない。


「と言う事は、魔法適性を得る為って事ですよね」

「そう言う事ですね」


だが、これで分かってめでたしめでたしで終わるとは限らない。

世の中知らない方が良い真相もある。


「と言う事は、元々魔法適性を持っていた俺には余計な練習だったんじゃ?」

「……結果的にスキルを獲得出来て結果オーライ、えーと、テへ?」


ゴメンちゃいとポーズする女神様。

何故だろうか? 女神様だけあって見た事が無いレペルで可愛くはあるのだが、怒りしか沸いてこない。

今すぐ一発ぶん殴りたい。


「あっえっそのっ、つ、続きがありました。読みますね。

『ここから“魔法”獲得にはクリエイト系魔術が有効であり、実用魔術は効果が薄い事が判る。つまりステータスにおいて実用魔術はクリエイト系魔術に劣る存在だと推察できる。この事から魔術は本来全て、クリエイト系の魔術と同様に創造魔法と分類される真物質を生み出す魔術だったのでは無いかと考えられる。

一つの事実としてスキルはスキルレベルを10に極めると、上位のスキルに覚醒する事がある。上位スキルへの覚醒は非常に稀な事からまだ多くの謎が残るが、属性魔術スキルの上位スキルが魔術スキル、そのまた上位スキルが属性魔法スキルと言う名称であることは知られている。またそれによって生み出されるものは殆どが真物質であるとされる。

即ち本来は属性魔法スキルこそが広く浸透していた技能、スキルであり、それ故に魔術の適性がステータスでは”魔法“と表示されていると考えられる。そして真物質を生み出す技能こそが本来魔法であり、クリエイト系魔術は魔術と呼ばれるが本来魔法に分類されるもの、少なくとも通じるものであるからこそ”魔法“獲得に有効であると考察する事ができる。

また歴史的な観点から見て、神話や伝説には地形をも形成する、山や湖を生み出した大魔法使いがしばしば登場する。実用魔術で生み出したものは一定時間経過後に消失する事から、魔術で地形を変化させるのは難しい。その事から通説ではあくまで伝説であり真実では無いとされてきた。しかし地学の発展してきた近年では、あきらかに自然のものでは無い環境も判明した。その中には神話伝説に語られる地が多く含まれていた。

となると神話や伝説は作り話では無く歴史である可能性が高くなる。古代文明の遺産が現代では再現が及ばない程に高度なものであることも含めて、魔法に溢れていた可能性が高い。

これらの推測が正しいとすると、一つの仮説が浮かび上がってくる。長年謎とされてきた古代文明衰退の謎、それは魔術の存在が関係するのでは無いかと言う事だ。

まず魔術が魔法よりも簡単であるから広まった。しかしそれでは技能自体が伸びず、継承できる者が居なくなってしまったのでは無いか? 

そして魔術と言うものが何なのかも見えてくる。魔術とは人が魔法から生み出した技術であり、逆に魔法は初めから存在した本能的な能力の一端であるのでは無いだろうか? 人では無い龍を始めとした神代生物は魔法を使用する事からも、そう言えるのでは無いだろうか?』

だ、そうです」

「…………」


女神様は明らかに意識を逸らすために只管朗読を続けたのだろうが、文句を言おうにも内容が難解過ぎて理解できないから何も言えない。

実は本当に質問の答えが混じっている可能性もあるからだ。


何にしろ何が何だか分からないから率直に内容を聞く。


「つまりは?」

「……基礎を大切にって事です、多分」

「……なるほど」


絶対女神様も内容を理解していないなと思いつつも、結局何も言えなかった。気力を消耗してしまったようだ。

聞いているだけで気力を削ぐとは、催眠術よりもよっぽど凄いかも知れない。恐るべし難しい話、ただ詰まらない校長の話を超えている。内容が分からないからから共感なんて持てないし、聞けば聞くほど只管混乱してしまう。


まあ、俺にとっては殆ど全ての話が共感できないのだが……群れる奴らの話は聞けば聞くほど虚しくなるだけだ……。


「さて、では次の修行に移りましょうか? ……あの、そんなに難し過ぎましたか? 目が死んでいますよ?」


女神様、それは別件です。


幸いにもよく心が読まれるが、全てが読まれる訳ではないらしい。

多分、先に大雑把な感情を読み取ってから気になる時だけ詳細に心の内を読み取るとかそんな感じなのだろう。

今回は虚無と言う重なるものだからスルーしてくれたようだ。


心を読まれない内に気分を入れ替えよう。

何かすればすぐに忘れられる筈だ。


「大丈夫です、俺の青春は初めから死んでいますから……。それでどんな修行をすれば良いんですか?」

「……深刻ですね。取り敢えず、青春の汗を流しましょう」


女神様がとても慈悲深い憐れみの目になった。

母性本能ならずの女神本能を俺がくすぐったらしい。


早速青春の汗とやらが俺の目から流れてくる。


その目を向けてくるのが女神様で本当に良かった。

これが人を憐れむ神じゃなくて同じ人間にされていたら昇天できる自信がある。


「では先ず、初級の魔導書を取り出して下さい」

「魔導書? あっ、これですか?」


聞き覚えの無い単語を聞き返したら、独りでにその魔導書とやらが現れた。

転移とか言う効果、改めて便利だ。


「それです。鑑定してみて下さい」

「どれ、“鑑定”」


名前:フィーデルクス初級魔導書写本――観測院フィーデルクス魔術大使アルバシス・リューン・クオン・マクシサム著――

効果:魔導書、検索、不壊、所有者固定、転移

説明:フィーデルクス世界において魔術系スキルのみでの発動が観測された魔術の術式や呪文、解説が記された魔導書。ページを開き魔力を通せばそこに記された魔術を発動する事ができる。 

完成した術式のみが記されている為、一定以上の魔力を流すとそれを呼び水に強制的に魔術が発動する可能性がある。その場合限界を超えて魔力を吸われる事があるので注意が必要。また、術式が完成している為に改変できず魔術の制御調整が難しい。魔力を大量に流し出力を上げるのが限度。


「なるほど」


どうやらこの世界にある殆ど全ての魔術が記され、魔力を流すだけでそれが発動できる道具らしい。水晶玉の凄いやつって事だろう。

と言うかこの世界、フィーデルクスって言うんだ。


気になる点として、安全装置が無いと言う点、即ち危険な道具であると言う点だ。


「女神様、これのどこが初級なんですか?」

「……さあ?」






ペラペラと魔導書を捲る。


そして極めて深刻な問題が判明した。

危険云々以前の重大な問題点が。


「……女神様、この本、何語で書かれているんですか?」

『……日本語ではありませんでしたね』


魔導書の文字は日本語では無かった。

何て書いてあるのか全く分からない。

分かるのは画かれている図形が魔法陣なんだろうなぁ〜と言う幼稚園児でも分かりそうな、役立たない情報だけだ。


「女神様は地球の女神なのに読めるんですか? 元々女神様がくれたものですけど?」

『読めます。この言語は統一標準語、この世界フィーデルクス独自の言語では無く全世界で最も広く使われている言語で、神々が標準的に使用する言語の一つです。私は異世界担当の女神として他世界の神々とやり取りをしますから、よく使うんですよ』


女神様もこの言語が読めていないのなら、どこかに抜け道が、内容だけ知る事が出来る方法があるのかと思ったが、どうやら普通に読めるらしい。

だが読めると言う事は正攻法が使える。


「じゃあ女神様、内容を読んで教えてくれますか?」

『面倒ですが、そうするしか無さそうですね。ではどのページを読みますか?』

「じゃあこれを」


俺は今開いているページを指した。


『魔法名は―――』


しかし女神様は口を噤んだ。


「女神様、早く読んで下さいよ」

『…………』


何故か一向に答えてくれる気配が無い。


もしや読めないのか?

そんな俺の考えを読み取ったのか、女神様は口を開いた。

 

『…………』


だが何を言っているのか声が小さ過ぎて聞き取れない。


「大きな声でお願いします」

『…………ません……』

「もっと大きな声で!」


『言えるかああぁぁぁーーー!! この変態がぁーー!!』

「ひゃいッ!」


声を大きくするよう催促していたら、突然とんでも無い形相で怒鳴られた。大きな声ってそう言う事じゃ無い。


一体なんの魔法のページだったんだ!?


ただ怒鳴られたのでは無く俺を変態扱い。

だからと言って怖いから何だったのかも聞けない。

読んでもくれなかったのに教えてくれる筈が無い。聞いてしまえば実力行使に移られる予感がする。


そこで俺は努めて無視をした。

何事も無かったように違うページを差し出す。


「この魔法は?」

『…………』


再び訪れる嵐の前の静けさ。

えっ、まさかのこれも!?


急いで他のページに変える。


「こ、この魔法は?」

『…………』


慌てて次に。


「こ、この魔法、は?」

『…………』


顔色を伺いながらゆっくりと次を……。

『…………』

駄目だ他のページッ!


『…………』


次次次次次次ィッーーーっッ!!


『……いい加減に、しろぉおおおおぉぉーーーーッッ!!!!』

「ハヒィッ!?」


遂に女神様は爆発した。

何故か怒りだけでなく羞恥心まで覗かせて。

本当に何が書いてあるの!?


『ハアハアハァ……』


物凄く気になるが聞き出せる雰囲気では無い。

と言うかこれ、俺れが悪いの?

俺、悪くないよね。と言うか被害者でいいよね?


「ヒィッ!?」


ギラリと睨みつけられた。

美女の睨みめちゃくちゃ怖い。


あっ、柔らかくなった。

さてはこの状況でも俺の心を読んでるな?


心を読んでいるならさっきから魔法の内容を知りたいと思っていたのも知っている筈だが、それについては何の反応もしてくれない。

相当言うのが嫌らしい。


この状況で俺はどうすれば良いだろうか?

気になる気にならないを放置したとしても、魔導書を読めなければ先に進まない。しかしこの様子だとまた同じ事を繰り返しそうだ。


だからと言って別の話題に切り替えられる程、俺に対人経験はない。

と言うか会話が続かなくて困った事の時点で皆無と言っていい。 

何故なら必要最低限の会話しかしてこなかったから。

会話には、必ず相手が必要…………。


不思議だ。

魔法の修行が出来なくて困っているのに、たらーと静かに目から水魔法を使えるようになった。

はは、本当に不思議だな……。


『あの、私もこの件に関しては全く悪くないと思いますが、何だか、すみません……』


感情を爆発させた人?にまで同情された。


自然と目から出る水量が増える……。

わーい、水魔法が上達した……。


『あの、その……そうだ、魔法が気になるならこの際試してみればいいですよ! その今開いているページの魔法なら、危険とかも無いでしょうし!』


さっきまでの頑なな態度を一転させる俺とは一体……?


ともかく魔法を発動させてみよう。

気分転換としても、元の目的からしてもそれしかない。


「注意事項とかはありますか?」

『攻撃系では無いので特には。ですが魔導書の基本的扱いに関して、魔導書は自分で読むようにして使って下さい。そこに描かれている魔法陣などの形ある術式には方向があります。正の向きから魔力を流し込まないと正常に発動しません。普通、魔力でその術式を描くので自力で発動するのなら全く関係ありませんが、魔導書は回路が刻んであるだけなのでそこだけが注意すべき点です』

「因みに逆から魔力を流すと?」

『主に効果が反転するそうです。ですが反転させても炎の魔法が氷の魔法になったり水の魔法になったり、時には吸熱の魔法になったりと定まらず、更には使う魔力も増え、そして多くが暴発するそうです。ごく稀に強力な魔術となる場合もあるそうですが、使えないと思って良いと思いますよ』

「分かりました」


全く読めないが、言われた通り魔導書を読むように持つ。


『上下が逆です』


……思った以上に読めてい無かったようだが、今は使えれば問題無いだろう。

静かに魔導書を持ち替える。


「あっ、上下の向きは間違ったらどうなるんですか?」


流石に本の内と外を間違えることは無いが、上下は正直なところ見分けが付かない。

魔法陣が片方に寄っていれば分かりやすいものだが、残念ながら堂々の真ん中に掛かれている。


これはうっかり間違えてしまう可能性がある。


『上下は間違えても問題ありません。そもそも大規模な術式でもない限りすぐに魔力が術式の魔力回路に流れるので、上下を変えたところでどこから流れるかは決められません。ですのでその初級の魔導書に関しては問題ありません。

あっ、中級は儀式前提の魔術も書かれているそうなのでそっちは念の為まだ使わないで下さいね。儀式魔法は方角まで大切な術式があるそうなので、読まないと危険です』

「中級の魔導書まで入れていたんですね」

『はい、ついでに全三巻なので上級も入れています。まあ、中級上級の魔導書に書かれている魔術の儀式や多人数が前提なので、使う時は術式の見本として使って…………』


話している途中に急に言葉を詰まらせる女神様。

その表情は何故か申し訳なさそうだ。


「どうしたんですか?」

「……いえ、中級上級は永遠に使う事が無いと思っていてください」

「何故?」

「……その、多人数が、必要、なので」


無用に気遣いから来る回避不能な刃の数々が、俺の心をハリセンボンに変える。


「…………ヒクッ……今日は雨ですね……」

「いえ晴て、何でもありません。雨でしたね」


異世界に来てから、やたらと天気雨になることが多いようだ。


思い返せば、こっちに来る前は誰かからこんなに優しくされる事は無かった。

優しい声かけなどある筈も無い。

話す相手が誰も居なかったから、人と上手く話せなかったから……。

でもここに居るてくれるのは女神様。人じゃないからか普通に話す事が出来る。


優しさとは、気遣いとは、こんなにも刺さるものだったんだな……。


『…うぅ……私なら、何時でも相談に乗りますからね……大丈夫、貴方には、私が、私だけは何時でも付いています……私は何時だって、人を見守り続けてきた、女神なんですから……』


ハンカチで涙を拭く哀れみマックスの女神様。

有り難いが、本当にグスグスと心がハリネズミになる勢いで突き刺さってくる。


そんな女神様の言葉を努めて聞き流しながら、俺は魔導書を構えた。






魔導書に魔力を流すと、そこに描かれた魔法陣が光り輝いた。


魔力が渦を巻くように吸い込まれて行くのが分かる。


魔力を吸う事に魔法陣の輝きは増し、青白かった光が灰色に変わる。


弾ける魔法陣。

魔導書の魔法陣の輝きが弱まり、描かれていたのと同じ魔法陣が周囲に展開された。


そして前方上空に現れる灰色の渦。

やがて中心に集まり渦の球となる。


渦の球は縮みに縮み、光として大爆発を起こした。

衝撃波までありそうな轟音が轟き、辺りは魔法の残滓か灰色の大気が広がる。


しかし発動の場所が高過ぎたのか、地上部に大きな変化は無い。

精々強い風で草が倒れたくらいだ。それも多分、真下に立っていたとしても人が倒れる事は無いと思える程度でしか無い。


その癖、取られた魔力は俺の魔力量の殆んど。

無駄に流れる魔力が無いように注いでそれだ。


多少高い所で発動したにしても、もう少し効果が有っても良いと思う。水だって少ない魔力で大量に出せたのだから、割に合わない。


「結局、何の魔法ですかこれ?」

『直に分かりますよ』

「直に分かるって、もう発動した後ですけど?」


疑問を呈するも女神様は答えてくれず、ただ目線を爆心地の方へとやる。


目線の先には魔法の余波で出た灰色の大気が広がっているだけだ。

それ以外には元の風景との違いは無い。

その灰色の大気も広がり徐々に薄れて行っている。煙よりも晴れるのが遅いが、この調子だと長くとも数分後には消え去るだろう。


灰色の大気が俺の所まで到達する。


砂埃のように当たる感覚も無ければ、匂いもしないし息苦しくもなら無い。

ただ不思議と均一で整った魔力は感じる。


そしてその魔力が俺の中に溶け込んでゆく。

自分で発動した魔法の余波だから魔力でも回復したのだろうか? 微かに身体が熱を帯びてくる。


うん?

下半身に引っかが。

そこには朝方よく見かけるテントが…………今昼だよな? 何故? 暇でも無いのに?


ささっと女神様の様子を伺う。

その表情はさっきから変わっていない。

セーフ。気が付いていないようだ。


気が付かれない内になんとか引っ込めなければ。

いざ超演技“すまし顔”。


さて落ち着け落ち着け。

別に発情している訳でも無いがクールダウン。


しかし戻そうと意識すればする程、逆に意識してしまう情景が浮かんでくる。


ああ、あの逞しい胸板に無視しようとしても見えてしまうボーボーの胸毛を生やしたゴリ雄の顔が浮かんで―――ちょっと待てぇぇいッ!!!!


何でここでゴリ雄の事が出てくる。

俺、あいつの本名すら覚えてねぇぞ!

あんなむさ苦しくて気色わ……悪く思えない!? 何で!?

何故か思い出せば思い出す程あの胸毛に飛び込みたくなってくる。どうしてしまったんだ俺!?


そこに口を挟んでくる女神様。


『どうやら効果が出てきたみたいですね』

「効果? 効果ってまさか!?」


その言葉に超演技を忘れ声を上げる。


『はい、これはイグノーベル魔法の一種、“オカマティックエクスプロージョン”、効果を分かり易く言うなら同性間強制発情魔法です。一応戦況を一発で変える可能性を秘めた戦略級の魔法でもあります』


つまりは男を好きになって発情させられてしまう魔法。


「なんて恐ろしい魔法を使わせるんですか!?」

『いやそんな魔法ばかり見せられた私の身にもなって下さいよ! どれだけセクハラ紛いの魔法を見せられた事か!』


俺がすかさず抗議するも、即座にそう言い返された。

そして判明する驚愕の事実。


「まさか全部が全部あんな魔法だったんですか!?」

『はい、イグノーベルではありませんでしたが全部読む事を強制したらセクハラで訴えられる事間違いなしの大人魔法です! 一体どんな引き運を持っているんですか!?』

「いや知らないですよ!? 完全に不可抗力ですから!? と言うか何でそんな魔法があるんですか!?」


そもそもこんな魔法や大人魔法が複数ある方がおかしい。

それに多分適当に開いたページが全部それだったから全体数はもっとある。開いたので全てだったら、その中から一つ当てるのも難しい筈だ。


『魔法は誰にでも造れる訳じゃ無いんですよ! だからその希少な魔法の造り手によって新しく出来た魔法は偏ってしまうんです!』


ここでまさかの答えが返ってきた。

どうやら本当に大人魔法は多いらしい。


魔法使いって皆エロジジイか何かなのか!?



「で、この魔法ってどうやったら解けるんですか?」


ツッコミ疲れ頭が冷えたところで気が付いた。

今重要なのは魔法を造った犯人探しや文句を並べる事ではなく、どうにかしてこの狂った魔法を解く事だ。


このままだと俺の方が狂ってしまう。


『魔導書によると時間経過で解けるそうです。込められた魔力からすると一時間程度でしょう』

「一時間ですか、って一時間も!?」


永遠にこのままと言う最悪中の最悪は回避出来たがそれでもマズイ。

さっきから下が悶々とし続けているのだ。それもむさ苦しい男の幻想と共に! 一時間でも頭がおかしくなる!


『まあ問題は無いでしょう』

「大ありですよ!」


心からの叫びを無視して女神様は魔導書を見ながら魔法の詳細を語る。


『この魔法は戦略級の魔法、大多数を対象として造られた魔法です。一人を対象としてはそこまでの効力を発揮しません。

この魔法はプロセスとして対象を同性相手に発情させると共に、対象に男性魅了効果を付与します。大人数においては付与された男性魅了効果により、その人数だけ何重にも男性相手に魅了される事になり理性を崩壊させます。そうして阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出し、軍隊を壊滅へと追いやる戦略級魔法です。

つまり肝心なのは男性魅了効果の付与です。それ以外は行動に移させる為の下地作り程度の効果しかありません。それに性の対象を反転させる効果もありません。対象に同性も付け加えるだけです。その効果で異性よりも同性を意識してしまいますが、異性の事を忘れたり嫌いになる訳でもありません。発情効果も正確には精力増強効果です。理性が弾け飛ぶ訳ではありません。

魅了さえ無ければ理性で耐えられるでしょう。一人なら特に問題はありません』


そう長々と説明されたが、全然大丈夫じゃない。

今の状況でさえ大変なのにもう一つ大問題があるときた。


「今ここに男がふらりと来たらどうするんですか!? 俺に魅了されるんでしょう!?」


俺の感性がおかしくなるどころでは済まない。

男なのに何故か処女喪失の危機、オマケに童貞まで喪失の危機ときた。色々と大切なものとオサラバする絶体絶命ほ大ピンチ。

最悪の事態だ。それこそ正気に戻った時、頭が狂うを通り越して廃人になる自信がある。


『まあ大丈夫でしょう。魅了効果は一つだとそこまで強くありませんし、相手が同性を好きになる訳ではありませんから。精々同性でも憧れるとか、あのファッションが気になるとか思われるぐらいでしょう』

「それでも万が一にも元々そう言う性癖の人が来たら!?」

『痔の薬でも用意しておけば良いのでは?』

「そんなもんで心の傷が癒えるかぁーーー!?」


人の貞操を一体何だと!


『冗談です』


冗談でも言わないで欲しい!

でも冗談、良かった。

怒るべきなのか喜ぶべきなのか、非常に複雑な気分だ。

どちらにしろイライラが止まらない。


そんな俺に、女神様は安心させるように優しい口調で言う。


『大丈夫です。男性が好きな男性は恐らく男らしい人が好きだから同性を好きになるのでしょう。あくまで勝手なイメージですが、ボヘミアンな人のような感じの。だから安心してください』


そう言われれば、そんな気もする。

異性が好きならばどうやっても自分を理想の人に近付ける事は出来ない。一部取り入れるぐらいが限界だろう。

だから違う方向に外見を伸ばそうとするが、同性が好きならある程度その外見に近付ける事が出来る。雰囲気くらいなら多分何とかなるだろう。なら、自分の理想に自分の外見を近付けようとする筈。

だったら、ゲイの姿がゲイの好きな姿、少なくともその系統であると言うのは正しい気がする。


でも、何故今その話をしたのかは理解出来ない。


「それのどこが安心出来る要素なんですか?」

『魅力効果が付与されたところで、貴方が貴方である事には変わりありません。日焼けしてない如何にも普段運動してませんと主張しているような細い腕、伸びた髪に覇気を感じさせないなよなよした雰囲気。ほら、大丈夫です』


あれ、おかしい?

相変わらず子供を落ち着かせるような優しい声音だが、何故かボロクソ言われた気がする。


いや気のせいに違い無い。


「な、何が大丈夫なんですか?」

『だから貴方は元が男らしく無いから多少男性魅力効果が付与されたところで、ホンモウな人でも本当の意味で魅力されないと言う事です』


間違いでは無かった……。

やはりボロクソ言われている。


「俺のどこが男らしく無いって言うんですか!?」

『え、もう一度言いましょうか? 頼もしさが感じられないそれと平均よりも低い背狭い肩幅薄い体毛その癖可愛い系でも無いと言う――』

「そうじゃなくてっ!! と言うかどれももう一度じゃなくて新しいし、よくそんな矢継ぎ早にスラスラと出てきますね!! あと最後のは今関係ないでしょう!?」

『でも真実でしょう?』

「グゥ……」


言い返せない。

ただの性別で押し付けた勝手なイメージの差別だと主張したいが、特徴的にはどれも言い返せない程度には心当たりがある。


差別だと話をズラしたら話を変えられるだろうけど、女神様の条件からして俺は完全に敗北する。

言われた俺自身が心を抉られたと思ったのだから、女神様の言う男らしい存在で有りたいとどこかで思っている。


でもここで言い返さなければ、それこそ男が廃る。


「か、髪はそんなに伸びてないですよ」

『男らしい髪型と言うのは長くても短髪までです。伸ばしいて良いのはもみあげと髭と昔から決まっています』

「完全にそれは女神様の勝手なイメージですよね! と言うか昔からって精々昭和だけでしょう!? 昔は寧ろ髪を伸ばしてますよね!? ちょんまげを解いたら髪長いし! 逆にその分以外を剃ってるし!」

『一体いつの話をしているんですか? 江戸だなんて』

「いや昭和も結構前ですからね!? 最近平成も終わったし!」


女神様の最近は、じいちゃんばあちゃんの最近と同じ尺度らしい。

だが、そのおかげもあって汚名返上出来た。


『いや、汚名返上って、でしたらシンプルに貴方の男らしい点を上げてみてくださいよ?』

「…………一匹狼」

『なんか、その、ごめんなさい』


結局、俺はどこまでもボッチだった。


女神様は気不味そうに何も言わなくなったが、余計に元より精神にダメージが直撃する。

総じて頼り甲斐の無いボッチ……。

いや、元々ボッチは独りだから頼るも何も無いかもだけど……なんか考えれば考える程、虚しくなる。


無言の時間が続いた後、耐えきれなくなった女神様が一言。


『あの、一匹狼では無く、貴方の場合、一本草では?』


とどめを刺された俺は崩れ落ちるのだった。






崩れ落ちたまま暫く、何かが俺から霧散した。

とんでも魔法が解けたらしい。


一体どのくらい崩れ落ちていたのだろうか?

流石に気を入れ替えよう。


「……女神様、魔法の練習に戻りたいんですけど、ちょうど良い魔法のページを教えてもらえませんか?」


文字が読めないので、ここは女神様に頼むしか無い。

自分だけでやろうとしては、下手をしなくともさっきのにの二の舞になる気しかしない。


『やっと戻って来ましたか。では、どの世界でも主流と言っていい“ファイヤーボール”から試してみましょう』

「じゃあそのページを――って、そう言えば女神様は透けてますけどページ捲れますか?」

『出来ません。信者の周辺をを見聞きしたりこうして神託を届けるのが限界です。その神託もここのような聖域で無ければ難しい状態です。更には貴方の感受能力としても加護が無ければ断片しか伝わらなかったでしょう』


となると困る。

こんな分厚い本を1ページずつ捲って確認してもらっていたら、何時間かかるか分かったもんじゃない。

不可能でこそ無いが、ページを見つけた時には魔法練習するやる気が欠片も残っていないだろう。


「この本、目次って有りますか?」

『無いですよ』


終わった……。


『必要ありませんから』

「え?」

『その魔導書は検索機能が付いていますから、魔法名を念じたり開けホニャララと唱えたらそのページを開いてくれますよ? ついでに漠然としたイメージでもある程度までなら求めに沿った魔法を検索してくれる便利魔導書です。実用的な魔導書では無くこの世界を知る為に入手した学術的な魔導書ですが、その分検索機能は優れているんですよ』


実用的じゃ無かったんだ。

魔力流しただけで魔法が発動したけど?


『実用的、と言うか普通の魔導書は魔法発動の補助機能とかも付いているんですよ。電球があったところで、同じエネルギーでも電気エネルギーでなければ光らせるには桁違いのエネルギーが必要となるように、元々発動出来る能力が身についていなければ負担が大きくなってしまうんです。それに加え魔導書が高価な事もあって記されている魔法が使える人は買おうとは思いませんから、大体の魔導書は補助機能付きになるんだそうです。

因みにその補助機能分にページ数を取られて、普通の魔導書は使える魔術数が少ないそうです』


正直なところ、この魔導書が凄いのか凄く無いのか分からない。

何と言うか、女神様と言う神様が持っていた物にしては欠点が多い気がする。

女神様の言い方からして誰もが魔法を使える為に有るのが魔導書なのに、一番肝心な誰にでも使えると言う部分が抜けている。魔法の数は凄いのかも知れないが、致命的だ。


「それってやっぱり、この魔導書かなり危険なんじゃ?」


説明に魔力を一度流すと必要分を吸われる的な事が書いてあったから、その魔力が大量に必要と言う欠点は本当に致命的だ。


『その点は安心してください。貴方は既に魔法適性を持ち、魔術スキルを獲得しましたから、薪を出した時のように特殊な属性の魔法で無ければ補助機能はほぼ必要ありません。更には〈魔力操作〉に〈魔力感知〉も有りますから、その特殊な属性の魔法もある程度までなら何とかなるでしょう。それに魔力を直接操作できれば魔力の吸収を強引に断ち切る事も出来ると思います。ですので貴方にとってはその魔導書も実用的な魔導書として使える筈です』


それは何と都合が良い! 

女神様が資料として手に入れたと言ったように、多分本当は辞典とかの類なのだろうが俺にとっては最高の魔導書だ。



安全と分かればいざ実践へ。


「開け、ファイヤーボール」


そう唱える魔導書はバサバサも独りでにページが捲れ、あっと言う間にあるページを開いた。


念の為に確認。


「女神様、このページで合っていますか?」

『はい、ファイヤーボールのページで間違いありません。後は発動してコツを掴む。それを何度も繰り返すのみです』

「はい」


俺は魔導書に魔力を流す。


さっきのとんでも魔法とは違い一瞬で青白い魔法陣の輝きが赤色に変わり、すぐさま弾けて前方に同じものが現れる。

吸われた魔力もとんでも魔法とは違い少量。多分これが発動速度の違いだろう。


魔法陣から赤ん坊の頭大の回転し球状に収束する火球。

現れると直ぐ様魔法陣の垂直方向へ真っ直ぐに飛んでゆく。


飛距離を伸ばす毎に火球は形を失い、ただの炎として拡散し消える。


ここまであっと言う間の出来事。

しかし目で追えない程早くもない。

火球の形成は一秒ほど、球速もテレビ越しでしか知らないが多分アーチェリーの矢よりも遅い。

多分、距離によっては俺でも避けられる。


飛距離は五十メートルくらいと中々あったが、発動時の火球の形を維持出来ていたのは精々二十メートルぐらい。

しかし拡散した時の炎の大きさは人三人を十分包み込める程で、おそらく威力的には飛距離限界でも相当なものだと思う。


これがファイヤーボール。


ゲームやら何やらでよく耳にする技だが、体験してみると中々凄そうだ。

よく耳にするだけにこの世界の魔法使いがポンポン発動していると思うと、冷や汗が出てくる。


「女神様、この先やっていける気がしないんですけど?」

『何を言ってるんですか? ファイヤーボールは確かに発動していますし、自力で使えるようにする訓練にもまだ入って無いですよ?』

「こんな危ないものがポンポン飛び交う業界には、お近付きしたくない思って」


俺は断じて飛んで火に入る夏の虫では無い。

誰が好き好んで危険に飛び込むと言うのだ。


『いや自分から飛び込まなくても、危険は向こうからやって来ますからね? この世界では魔物として? ここは辛うじてかつて神殿だった名残りの聖域ですから魔物は寄って来ませんが、外に行けば日本の野生動物の数よりも多くいるんですよ?』

「じゃあ、やっぱりここで引きこもります!」

『そんな堂々と宣言するような事ですか!? と言うか振り出しに戻ってるじゃないですか!? ここに居たら永遠に独りですよ!? 究極のボッチですよ!? 魔法使いですよ!?』

「どうせ、俺は街に出てもボッチですから……」


ボッチは、周りに全く人が居ないからボッチなのでは無い。

周りに大勢の人がいる中で、ポツンと独りでいてこそのボッチなのである。


まあどちらもボッチなのだろうが、同じボッチなら前者の方がマシである。

だってしょうがないんだもん。

俺のせいじゃない。人類に見る目が無いのでもない。誰も悪く無いのだ。強いて言えば神が悪い。


『なんかこっちに飛び火したんですけど!?』

「…………俺がボッチなのは神のせい俺がボッチなのは神のせい俺がボッチなのは神のせい俺がボッチなのは神のせい俺がボッチなのは神のせい俺がボッチなのは神のせい…………」

『怖い怖い!? 自分を洗脳するようにブツブツ呟か無いで下さい! あと理不尽です! 神にもどうにもならない事があるんです!?』

「ぐはッ! 俺のボッチは、神にも、どうにもならない、事……」


女神様の言葉の刃に思わず吐血する。

まさか、精神攻撃が物理攻撃でもあったなんて。


神もが理不尽だと叫ぶ俺のボッチ……。


「それこそ理不尽だぁぁーーー!!!!」


何度も跳ね返る山彦の中、俺は再び崩れ落ちるのだった。


そして顔から崩れ落ちた俺は顔面を土に埋没させて泣いた……。





地中に顔を埋めて理不尽を嘆いている中、女神様は俺を宥めようと様々な言葉を投げかけてくる。


『えっと、その、間違いでした! 貴方のボッチは神々の手でどうにかなります!』

 

チラリ、地の天岩戸からこんにちは。

まあどうしてもと言うから聞くだけだ聞くだけ。


『人々を洗脳したら、きっと、どうにかなります!』


……地上怖い、俺、地底帰る!

うわぁーーんっ! 俺の塩水でここら一帯荒野に変えてやる!


『じゃ、じゃあお金を積んで! 友達どころか親戚まで増えますよ!?』


……そろそろ、穴に貯まる塩水で溺れそうだ。

急に水位が上がる。

このまま海に沈んで沈めてやる!

うわぁーーんっ!


と言うか洗脳とか金で解決とか、この人本当に女神!?

そして神々がそうする程、俺って酷いの!?

うわぁーーんっ!


『なら……そうだ! 命令、命令すればいいんですよ! 神からの命令ならば貴方の友達になる方も!』


と言うかもうここまで来ると宥めるどころか、とどめを刺しに来てない!?


『神の力も絶対じゃないんですよ! と言うか超常的な力で意思を変えられるとか思っているのでしょうが、どんな手順でもそれは洗脳ですから! 意思を直接変える方法以外は人間のそれと変わらないんです!』


それにしたって洗脳や買収とかよりは、よっぽど良い方法が溢れていると思う。

方法がそれしか無ければ、今頃世の中に友達と言う概念は存在しないし、ボッチも存在しない。


それとも普通の方法じゃ俺に友達は無理だと?


やっぱりこれは確実にとどめを刺しに来ている!

うわぁーーんっ! ぐすぐす、ヒクヒクっ!


『……洗脳もお金も駄目なら、うん? そうだ、奴隷です! 奴隷を買いましょう!』


へ? 岩戸からチラリ。

どう言う思考回路をしているのか分からない謎発言に、思わず顔を覗かせる。


『ぎりぎり洗脳でもお金を積むのでもありません! 自由を縛られた人を買うだけです!』


まあそう言えなくもないが……。

だが奴隷とは明らかな上下関係だ。それは神の命令程でこそないが、権力で命令するのは変わらない。


『友達になれと強制しなければいいだけです! 考えてもみてください? 上司と部下は友達になり得ないのでしょうか? 誰とでもなり得るもの、それが友達では無いのですか!? 強制された訳でもない、約束した訳でも無い、決まりなんて初めから有りはしない! それでも一緒にいるのが友達ではないんですか!?

洗脳されている関係は友達じゃない? お金を積まれている関係は友達じゃない? 命令されて出来ている関係は友達じゃない? きっとそうでしょうとも! だからこそ、強制力もなく仲の良い関係が友達なんです! ただ隣の席に座ったから、ただ近くに住んでいるから、ただよく会うから、友達である理由を求めてもあるのは出会い当初の関係だけです! それも何でもない出来事だった事でしょう! 友達とは家族でないのに気が付いたらいつも身近にいる、そんなものなんです! 理由も基準も友達に決まり事なんかありません!

だから、洗脳が解けたのに側に居続ける関係は? お金が無くなっても側に居続ける関係は? 命令が消えても側に居続ける関係は? それは友達では無いのでしょうか!?』


岩戸からこんにちは。

そう熱演されればそんな気もしてくる。

正直なところ、ボッチ故に友達の何たるかを知らないが、それでも女神様の言い分は正しく思えてくる。


漠然と一緒に遊ぶ仲が友達だと思っていたが、友達ではなく遊び友達と言う言葉が存在する以上は、ただ遊ぶ仲が友達では無いのだろう。

規定された訳でも無いのに、気が付けば共にいる存在、それこそが友達。

クラスの風景を思い返せばそんな気がする。


まあ、この定義でも俺はボッチなのだが……。


『初めは奴隷でも良いではないですか?』


熱演から一転、優しく語りかけてくる女神様。


『貴方の扱い次第で、幾らでも友達になりようがある筈です。初めは強制とは言え、共に居れるんです。素晴らしい友達となるきっかけだとは、思いませんか?』


そう言って手を差し伸べる女神様。


俺はその手を掴んだ。

透けて転びそうになったがそんなこと気にしない。


「女神様、俺、奴隷を買います!!」


俺はそう堂々と宣言した。

俺の宣言は何度も山彦で返ってくる。


「……宣言しておいてなんかすみません」

『……勧めておいてなんかすみません』


そして俺達は宣言した内容を山彦で改めて理解し、共に居た堪れない気持ちになるのだった。



だが立ち直り、居た堪れない気持ちになるとは言え目標を決めた以上、やる事は一つ。


魔法の練習である。


「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」


魔導書の魔力吸収が終わった直後から次を発動と、連続でファイヤーボールを撃ちまくる。

そうすると不思議な事に、道具越しなのにどんな魔力の流れで発動しているのかが分かってきた。

使い方どころかファイヤーボール自体のイメージまで流れ込んで来る。


残りの魔力が少なくなったところで、ペット皿(準聖杯)の水を飲んで魔力を完全回復させ、魔導書無しで発動を試みる。


魔導書で感じたものをそのままに。


「“ファイヤーボール”!」


うおっ! いきなり成功した!


まさかの一発成功にひっくり返りそうになるも、感覚を忘れないように連続して発動する。


「“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!」


驚くほどスムーズに発動出来た。

魔導書で連続発動していたときよりも早く次が発動出来る。

しかも一発一発の消費魔力が少ない気がする。


まだ早く出来る気までする。


やれるところまで挑戦してみよう。


「“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、“ファイヤーボール”!、ファイ――アガッ!!」


滑舌の方が追い付けなくなる。

それ程までにファイヤーボールを連射出来た。


しかも噛んだ後にも問題無く発動し続けられている。

と言うよりも〈無詠唱〉があるし、そもそも普通は呪文を使うのに詠唱を省いていたから元々必要無かったようだ。


いよいよ魔力の消費が激しい発動速度になってきたから片手を前に出しファイヤーボールを発動しつつ、もう一方の手でペット皿の聖水を飲み続ける。

魔力の供給がこのまま続けられればまだ先に行けそうだ。


続ければ続ける程、ファイヤーボールの事が鮮明に分かって来る。

ただの感覚だったものが、どんなものなのか理解出来た。

術のどの部分がどの役割を果たしているのか。イメージの違いで何が変化するのか。

例えば単純に魔力を多く込めれば威力が増し、魔力の流し方を変えたりイメージしたら進行方向も飛距離も変えられた。


そして出す場所までもある程度は決められた。

俺を中心として手の二倍の距離くらいまでなら、例え見えていなくとも発動出来た。


その事に気が付き、突き出していた手を下ろす。

もはや自由自在。


こうして俺はファイヤーボールを完全習得したのだった。



《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

アクティブスキル〈火属性魔術〉のレベルが1から2に上昇しました》






《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

アクティブスキル〈火属性魔術〉のレベルが1から2に上昇しました》



暫くファイヤーボールを連射しているとついにはスキルレベルを上げる事にまで成功した。


するといきなり余裕が生まれた。

元々慣れてきていて自由自在に使えると言っても良かったが、更に容易に使える。

スキルの力は大きいようだ。


試してみると、今まで素早く連射出来ていても一つ一つ発動していたファイヤーボールを、なんと二つ同時に発動出来た。

いや、複数同時に使える事に気が付いた。

そんな不思議な感覚だ。


二個三個、四個同時までなら問題無く発動出来る。


そしてこの状態でも続けられる連射。


ファイヤーボールの事が数と密度が凄いことになっている。

ただ連続で発動するぐらいでは感じなかった熱気が伝わってくる。

着弾点、ファイヤーボールが炎になって消える地点は遠くなのに、まるでバーベキューでもしているかのような熱気だ。


しかも炎の玉であるからとても明るい。

いつの間にか太陽が沈みかけていたが、全く気が付かない程の光量。


いつの間にか時間も経過していたらしい。

多分、ファイヤーボールの修行と言うよりも落ち込んでいた時間のせいで時が進んでいるが、その点は気にしない。気にしたら負けである。


ファイヤーボールの修行は花火をしているようで正直なところ楽しいが、マスターした事だしそろそろ止めにしよう。



「どうですか女神様? 俺の魔法捌きは? もう一人前と言っても過言じゃないですかね?」


俺は誇らしげに女神様の言葉を待つ。


『……気が付いていないんですか?』


あれ? 返ってきた言葉がおかしい。


『なら、貴方は半人前ですらありません。ファイヤーボール、使えませんから……』

「はい?」

 

全く以て言っている意味が分からない。

あんなに何発も同時に連続で使えたのに、ファイヤーボールを使えない? どう言う事だろうか?


夢でも幻でも無い証拠に今もメラメラと炎が…………ん? なんで今発動していないのに炎が?


「………………」

『気が付いたようですね。全く、貴方は引火させる事がお好きなようで』


森が、燃えていた。

ハハ、確かにこれじゃ実戦では使えないな……ってそんな場合じゃない!?


「早く消さないと!? と言うか何でも引火したって教えてくれないんですか!?」

『ファイヤーボールの拡散炎で今まで見えなかったんですよ。時既に遅しです』

「じゃあ共犯ですよね共犯ですよね! 俺達仲間ですよね!?」

『ちょっ、一体何言ってるんですかッ!? 私は明らかに関係無いでしょう!?』

「普通は外で不用意にこんな火力の炎を扱っていたら注意するでしょうがっ!?」

『至極真っ当な事を!? と言うかそれでもまず、そんな火力を燃えやすい物の側で使う方がおかしいでしょうッ!?』

「監督責任は明らかに女神様ですよね!? ファイヤーボールにしろって言ったのは女神様ですし!」

『ッ、証拠、証拠はあるんですか!? と言うか魔導書からは真っ直ぐにしか、つまり森の上にしかファイヤーボールを発射出来ませんから、貴方が無闇矢鱈に連射したのいけないんですからね!?』


責任の擦り付け合いをしていると、いつの間にか炎の勢いが増し、風に乗って火の粉まで降り注いで来た。

争っている場合じゃない!


「空洞!」


取り敢えず身を守る為にボッチ空間を展開。


「女神様! どうしたらいいですか!?」

『水魔法です! 考えるより先に無難な消火法を試みましょう!』

「分かりました! 開けウォーターボール!」


ファイヤーボールがあるならウォーターボールもある筈。


「女神様、これウォーターボールで合ってます!? 魔力も足りてますか!?」

『大丈夫です! これこそ心置き無く連射してください!』

「“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!」


わざわざ名前を唱えなくても良いことが判明しているが、気合を込めて叫びながら魔法を連射する。

しかし、魔導書越しでは連射もウォーターボールの操作も自力発動に比べままなら無い。

すぐさま感覚を頼りに自力発動に切り替える。


「“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!、“ウォーターボール”!」


唱える数よりも無数に早く現れるウォーターボール。

燃え盛る森に飛んで行くが、炎に大きな変化は見られない。

炎に呑み込まれて先が見えていない状況だ。


そして幾ら出そうとも、運が悪い事に風が吹いており延焼するスピードの方が速い。

ウォーターボールでは幾ら無数に連射しようとも、広範囲をカバー出来ない。


「女神様、駄目そうです!」

『魔導書に求めれば望む魔法も得られる筈です! 他の魔法に変えましょう!』

「開け、広範囲水魔法!」


求めに応じて開いたページを女神様に見せる。


「どんな魔法ですか!」

『“グレートフォール”、大瀑布魔法です! 必要魔力的に貴方には使えませんし、地形も壊すような大魔法です! 使えたとしても消火した後の被害の方が大きい魔法です! もっと威力の弱い範囲魔法を求めてください!』

「分かりました! 開け、弱い範囲水魔法! どうですか!?」

『“クリエイトレイン”、雨を生み出す魔法です! これならいけます! 消火出来るかは分かりませんが、延焼は緩められると思います!』


女神様のお墨付きを得たことで魔法を発動する。


「“クリエイトレイン”!、“クリエイトレイン”!、“クリエイトレイン”!、“クリエイトレイン”!」


クリエイトレインは学校の校庭くらいの範囲に雨を降らす魔法で、連射する程降雨量が増えた。

規定値の雨量を規定値の範囲に降らす魔法のようだ。だから発動場所の融通があまり効かない魔導書ではこんな効果になるのだろう。


正直なところ、使い勝手が悪い。

多分本来の用途は畑の水やり用。効果時間もその間の雨量も少ない。

魔導書で連射したところで火を消せる程の勢いは無く、濡らすのでは無く湿らせる程度の魔法だ。

日照りの時の水やりでは無く、少し雨が降らない時の普段使い用の魔法。


使い勝手が大きく変わる事を願って、自力で発動してみる。


「“クリエイトレイン”!、“クリエイトレイン”!、“クリエイトレイン”!」


するとその願いは届いていた。

範囲も雨量も時間も魔力さえ込めれば増やせた。


魔力こそ持って行かれたが、豪雨と呼べる量の雨が燃え盛る範囲を超えて降り注ぐ。

俺はペット皿の聖水を飲み続け魔力を回復させながら降り続けるように魔法を発動し続けた。


延焼の可能性が薄れたところで、今度は範囲を燃え盛る部分に絞って更に雨量を増やす。

ゲリラ豪雨を超える雨は、炎に呑み込まれて急激な白煙を生む。


これならいける!


「“クリエイトレイン”!、“クリエイトレイン”!、“クリエイトレイン”!」



《熟練度が条件を満たしました。

ステータスを更新します。

アクティブスキル〈水属性魔術〉のレベルが1から2に上昇しました。

パッシブスキル〈魔力回復〉を獲得しました。》





 

 周囲は完全に暗闇へと沈んだ。

 大量の煙のせいで大気は淀み、空には魔法で生み出した雨雲、星の明かりも今は届かない。


 一切の明かり無し。


 そう、遂に鎮火に成功したのだ。


 どこを見渡しても暗闇、もう炎は残っていない。

 そんな状況が体感時間では既に数時間も経過していた。

 これはもう鎮火したと思って間違い無いだろう。


 しかし消えたと思って実は消えてない事が多々あるのが火の怖さ。

 特に広い範囲の火事なんかどこに火種が残っているか分からない。


 念には念を、気を抜かずに魔法を維持し続ける。



 《ステータスを更新します。

 ギフト〈空洞〉のレベルが3から4に上昇しました。

 アクティブスキル〈魔力操作〉〈魔力感知〉〈無詠唱〉のレベルが1から2に上昇しました。〈水属性魔術〉のレベルが2から3に上昇しました。

 パッシブスキル〈魔力回復〉のレベルが1から2に上昇しました。》



 スキルレベルがまた上がるほど消火に専念していると、遂に地平線に茜がさして来た。


 かなり時間が経った事は分かっていたが、まさかこんなに時間が経っていたとは。


 その事に気が付くと、急に全身が重くなった。

 ここに来て疲れが出て来た、いや思い出したらしい。

 まるで麻酔銃に撃たれたかのような眠気が襲いかかって来る……麻酔銃で……撃たれた事なんか………無いけど…………zzz。




 《ステータスを更新します。

 ギフト〈空洞〉のレベルが4から5に上昇しました。

 アクティブスキル〈魔力操作〉〈魔力感知〉〈無詠唱〉のレベルが2から3に上昇しました。〈水属性魔術〉のレベルが3から4に上昇しました。

 パッシブスキル〈魔力回復〉のレベルが2から3に上昇しました。〈再生〉のレベルが1から2に上昇しました。

 魔法〈全属性魔法〉レベルが1から2に上昇しました。

 アクティブスキル〈連続魔法〉を獲得しました。

 パッシブスキル〈就寝魔法〉を獲得しました。》




 強烈な太陽の光。

 その直後怒涛の勢いで脳内にステータスのアナウンスが響いた。

 そして蘇ってくる最後の記憶。


 もう太陽が高く昇っている。

 長い間寝てしまったらしい。

 だが寝ていた事なんかこの際どうでもいい。それよりも遥かに気になる事がある。


「……おはようございます、女神様。なんかもの凄くステータスが更新されたんですけど?」


 早速目の前に浮かんでいた女神様に疑問をぶつけた。


『……あそこを見てください』


 女神様は静かに横を示す。


「………………」


 そこに有ったのは湖。

 そこだけザァザァと雨が降り注いでいる。


 さり気なく雨を止める。

 うん、自由自在…………。


「とても綺麗な湖ですね……」


 大量の炭が良い働きをしているのか底がくっきりと見える。

 水道水よりも透明度が高そうだ。


『悔しいですが美しさに関しては同感です。それで、何故スキルレベルが上がったのか理解できましたか?』

「何となくは……信じ難いですけど、寝ている間もずっと発動していたって事ですよね?」

『その通りです』


 これぞ正に睡眠学習?

 それとも寝る子は育つ?


「……あの、スキルってこんなにも早くレベルアップするんですか?」

『勿論しません。簡単に言うと、スキルレベル1でも資格取得と同じような難易度です。それも実用的な。それこそ〈調理〉スキルで調理師免許取得と同じと言ったところでしょうか。まあ資格と違って試験時以外の全ての行動も加味されるそうですから一概には言えませんが、加味される経験がほぼ実技のみで、試験さえ合格すれば良い訳ではないので結果的には同じような難易度ですね。

 そしてレベル2ではその資格が無ければ成れない職業の新人から若手、レベル3で中堅、一端のプロ、レベル4で熟練の達人、レベル5でその道の名匠と言ったところでしょうか。スキルで出来る事は地球と比べられませんが、辿り着くまでの難易度と世間的な立ち位置はそんなところですね』

「レベル5でその道の名匠……」


 ……空洞の名匠、ボッチの名匠とは一体?

 睡眠学習がどうとか、どうでも良くなるくらいの衝撃ワードだ。

 そこまで駆け上がるまで一瞬だったし……。


「名匠ってことはレベル5が最大なんですか?」

『いえ、どうやらレベル10が最大のようです』


 助かった。

 俺はまだボッチを極めてない!

 いや、まだじゃ無くてこれからもだけど!

 レベル5なんてまだまだ道半ばだ!


『ですがレベル5以上に昇れない方が殆どのようですね。地方によっては最大レベルが5とされる所もある程、そこから急激にレベルアップするのが難しくなるそうです。レベル6で後世に名の残る名匠と言ったところですかね』


 ……俺はまだ、ボッチを極めて、ない、筈……。

 一度上げられた分、落とされた衝撃が強い。


 あっ、でも名匠レベルとまでは言わなくとも、熟練の達人レベルまで上がった水属性魔術がある。

 流石に水属性魔術の才能があった覚えなど無い。

 と言う事は簡単にレベルアップする抜け道が有るのかも知れない。


「何で俺はこんなに早くレベルアップを?」

『う〜ん、本の知識は普遍的なものが中心ですからね。特殊な例の理由は書いてありません。ですが早くスキルレベルを上げる方法などは書かれているので、おそらくはその条件をクリアしたからでしょうね』

「早くレベルアップできる条件? そんなのが有るなら先に教えてくださいよ?」


 まさかの抜け道は、本当に有ったらしい。

 でも有るなら有るでもっと早く教えてほしかった。

 結果的には寝ている間にもスキルレベルは急成長を遂げたが、こっちはいきなり世界を救えと魔物の跋扈する異世界に放り込まれた平和主義のか弱いボッ……じゃ無くて学生だ。

 安全の為にも救うことになる世界の為にも安全の為にも、そして安全の為にも、攻略法が有るなら最速で教えてほしい。


『か弱いボッチは安全第一なんですね。その割には自分から危険を生み出していましたが……敵から襲われた訳でもないのに、自分から絶体絶命のピンチになる勇者なんて、前代未聞ですよ?』

「そ、それは、か、火事の危険はどこにでも潜んでいるんですよ! 自分から起こそうとする人なんか居ないのに火事はあちこちで起きるように!」

『短時間で二度も起こすなんて故意よりも酷いです。不注意の王様と言っても過言では無いですよ?』

「ぐっ……そんなことよりも、レベルアップの攻略法を早く教えてください!」


 ここら辺で損切りしなければ、それこそ大火傷する。

 と言うよりも申し開き出来そうにない。

 当然納得出来ないがこれ以上は傷を抉られ、変な称号を付けられるだけだろう。


 ステータスにまでも称号欄があったから、下手すると本当に不名誉称号が自分のものになりそうで怖い。


 まあ、もう、【孤高ボッチ】何だが……漢字の部分だけは良さげなのがせめてもの救いだ。





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〈モブ達の物語〉あるいは〈真性の英雄譚〉もしくは〈世界解説〉
これです。

本編
〈田舎者の嫁探し〉あるいは〈超越者の創世〉~種族的に嫁が見つからなかったので産んでもらいます~
【ユートピアの記憶】シリーズ全作における本編です。他世界の物語を観測し、その舞台は全世界に及びます。基本的に本編以外の物語の主人公は本編におけるモブです。

モブ達の物語
クリスマス転生~俺のチートは〈リア充爆発〉でした~
裸体美術部部長イタルが主人公です。

モブ達の物語
孤高の世界最強~ボッチすぎて【世界最強】(称号だけ)を手に入れた俺は余計ボッチを極める~
裸体美術部のボッチが主人公です。

モブ達の物語
不屈の勇者の奴隷帝国〜知らずの内に呪い返しで召喚国全体を奴隷化していた勇者は、自在に人を動かすカリスマであると自称する〜
新しき不屈の勇者が主人公です。

モブ達の物語(短編)
魔女の魔女狩り〜異端者による異端審問は大虐殺〜
風紀委員のメービスが主人公です。

英雄譚(短編)
怠惰な召喚士〜従魔がテイムできないからと冤罪を着せられ婚約破棄された私は騎士と追放先で無双する。恋愛? ざまぁ? いえ、英雄譚です〜
シリーズにおける史実、英雄になった人物が主人公の英雄譚《ライトサーガ》です。

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