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戦記  作者: 米丸
1/1

ゆるキャラ

 マスコット  B  120724,160127


 肩に羊をかついで、歩いて回ったんだ。敵の船のマスコットだ。

 俺たちがアウェイで勝った夜。

 戦利品だ。

 別にもらおうとか、食っちまおうとか、考えてないよ。もともと俺は何も考えてないんだから。どうだっていいと思っていたよ。

 Sが戦利品みたいだって言ったから、かついで一周しようと思ったんだ。羊は軽いよ。

 だいたいが毛で出来てる。

 Oみたいなもんだ。

 そしたらPが俺に言うんだ。面倒になりますよ。

 おまえの方が利口だ。かついだまま俺は言ってやった。

 ありがとう。大きく開けた紫の目で羊を見ながら、Pは礼を言った。

 だが馬鹿だって必要だ。

 やれやれ。RとPの声がダブったよ。俺は羊を揺すり上げて、少し楽にしてやった。そのまま、担いだままフィールドを、一周して降ろしたんだ…


 それはマスコットだ。かん高い声がした。

 俺もだ。言って俺は笑った。

 戦士のくせに。かん高い声の持ち主が言った。

 おまえのマスコットは俺に懐いたぞ。俺は言ってやった。

 誰にだって懐くんです。そいつは言った。

 それじゃマスコットでも、なんでも、いいじゃないか。俺は指摘した。

 なつかないと危険な動物です。そいつは言った。


 …思い出したぞ。上空で横転して、俺の胴体を蹴った者じゃないか? いい度胸だ。


 一発、殴らせろ。俺は頼んだ。

 そんなことをしたら私は死んでしまいます。敵は、かきくどいた。

 じゃあ羊をかついで一周だけ飛んでもいいか? 俺は提案した。

 落とさないでしょうね。かん高い声が、もっと高くなった。

 羊の方で、しがみついてくるから。

 凱旋飛行ですね、悔しそうに言われた。五点も入れたじゃないですか。

 <X>と<Y>か、なるほど。俺は笑った。


 ひじでコンソールを押して、俺は三回ほどエンジンを吹かしてから、真っすぐに駆け出して舞い上がった。フィールドの少し外側、俺たちの愛好者の、赤い旗の辺りを回った。羊にはすごい風圧がかかる。空気だけで出来てる獣みたいだ。

 そしたら…

 何か黒いものが、ぽろぽろおちていくんだ。

 下に。

 生きた羊が削れてしまったかと、びっくりして、俺は空中で黒いところ、あっちの脚、こっちの脚と調べてみた。

 どこも削れてない…

 …手が臭い。

 糞だ! 飛んで興奮した羊は糞をばらまいてやがったんだ! しかも俺たちの愛好者の上に! こんなことになったなら、すぐ…

 詫びを入れないと。


 すいません。先に謝ってきたのは、かん高い声の者だった。

 俺の名前を刺青してる者も居るんだぞ、下には! 俺は心配してやった。

 一緒に謝らせて下さい。敵は提案してきた。


 そして羊を担当者に戻して、赤い旗を振ってる枠に二人で飛んでったんだ。

 たちまち旗は巻かれ、みんなは整然と俺を見上げて敬礼した。

 あのう。敵は言った、皆さん私を殺しませんか?

 ぺっ。ぺっ。愛好者たちは敵の言葉に唾を吐いた。

 この羊は特別で… 敵は大声で説明した。化石化したサクランボも食べるんです!

 石を食べる? 俺は突っ込んで聞いてみた。

 見つけて、飲み込むんです!

 第二化ルビーじゃねえか! 誰かが叫んだ、お宝だ!

 だからフンが当たると痛くて、すみませ… 敵の語尾はかき消され、愛好者たちは、みんなで黒い丸いものを探し始めた。

 あった! 他より大きな糞を差し上げて、筋肉隆々の旗持ちが言った。

 割って見ろ。誰かが叫んだ。

 ハズレ。旗持ちが溜め息をついた。

 あった! 声の大きい歌い手が歌った。いつもの顔ぶれだ。

 割れ、割れ。人波が、歌った。

 ハズレ。歌い手が応えた。

 俺も見つけたぞ! 俺は高々と羊の糞を差し上げて叫んだ。一瞬周りがしーんとして、みんな少し離れて、それから大騒ぎになった。

Bさんなら当たりだと、みんなが叫ぶ。

かもしれません。敵が甲高く言い添えた。


 ありがたいと、俺は思ったよ。

 重たいよ。割ってみた。何か入ってる。敵は慌てて血止めの布をポケットから出して、それを拭いてくれた。

 指輪だった。


 俺は糞のついたまま、指輪を中指に嵌めてみた。

 ぴったりだ!

 旗を振れ、旗を振れ、<統率者>は宇宙一の船。

 愛好者が歌ってくれてる間に、俺と敵は更に大きな糞を探してる愛好者たちと離れて、指輪の持ち主を探し始めた。羊に草と果物をくれてやれる者が、問題だ。

 七歳の女の子がいて… 敵は言った、その子からでないと、エサは食べません…

 男物のでかい指輪だぞ。俺は言った、事実、俺の指にぴったりだった。

 この住区は古くて、古豪が宝物を持っているんです。

 こごう?

 代々お金持ちの人たちが。

 ふうん、宝物か。俺は言って指輪を持ち上げて見た。

 カタナも、宝石も絵も珍しくありません。

 すごいな。俺は一応、話を合わせてやった。

 みんな宝物を交換しては、楽しんでいます。敵は言った。

 空戦上は満杯だ、<双>も人気じゃないか。

 宝物に興味のない人たちには。


 仕方がないから、船に戻って仲間に聞いてみた。羊なんて知らないし、敵のマスコットなら殺してしまえとか、みんな言う。立派な指輪なんだと言っても、Cが目を丸くしただけで、<奴>も<彼>も興味を示さない。戦士だから、仕方ない。

 俺は船を出た。

 愛好者たちの赤いゲートに向かった。そしたら歌が聞こえてきたんだ。

 旗を振れのメロディで。 

 Bのもの、Bのもの、Bが見つけたから、Bのもの。愛好者は歌ってくれたよ。

 何かを贈るようなことになったら、その時に贈るよ。

 誰かに。


 何? 糞?

 よく洗うよ!

  何、あれ?   N 120809


 死んだ羊? 生きた羊? だってBは葬送者じゃない! どうして動物を運ぶのさ。生きていて、しかも動物。しかもBは飛んで回ってる。

 人間の、戦士の死者に失礼ってこと。

 分からないのかね。

 Bの脳みそはね、拳骨の中にあるんだ。だから拳骨を作らないと、脳みそがないの。手のひらをでっかく広げて、羊を持ったから何も考えられなかったのかもね。

 誰もやめろって言わないし。

 それより、みんな喜んで…

 えっ?

 嫉妬してる? 僕がBに?

 僕には羊なんて要らないから。自分の速さだけで充分だから。問題はさ、フンじゃない?

 宝探しの方が、<双>より面白いんなら、とっとと出ていけばいいんだ。

 それも嫉妬してる?

 じゃあ、僕も探してくるよ。どう、この素直な態度。僕も大人になっちゃったなあ。

 とっとと褒めないなんて、どうかしてるよ!


 …あった、あった、大きい方が中に何か入ってる確率が多いんでしょ。

 なんだこれ!

 うへえ、虫だ。細長くて、くねってる。最悪だ!

 まだフンは、ある?

 分かった探してみる。ぽい、踏みっ、ぐりぐり。

 あっ!

 何かが飛び出てきた! 金属っぽいよ。どれ… あれっ。指輪だ! 洗うよ!

 B、Bったら。また指輪が出てきた…

 あれっ。

 そっちは洗った?

 僕はこう見えてもBを信頼してるんだからね。質問して何が悪いのさ。

 洗った、洗った。そう。

 あっ…

 くっつくよ、この二つの指輪!

 彫刻のとこが嵌まる。

 それで、一つの長細い指輪になる…

 Bにちょうどなの? じゃあ、Bの絆の相手が他に居るんだってことじゃない? Cよりも大きい戦士が。でも羊の住区のどこにいるんだろう… 餌やりをする人とかかな… 羊は勝手に拾い食いしてる? ええっ、じゃあ誰のだか分からないや。

 指輪なんて、羊の腸に絶対悪いと僕は思うがな。ほったらかしといて、いいのかね。

 ねえ、B、指輪。

 何をもたもたしてんのさ。僕の親指にだって大きいよ、これ。

 そんなのを二つも拾って食べるなんて、ここの羊も変わってるよ。歯が折れなかったのかね。丸のみ? 羊を船の、どこに乗せているの? なんだか、あんまりな気がするよ。

 動物愛護!

 ルームにいるっていうのはいいけど、どこかの星か住区で放されて、餌を勝手に拾わせてるってのが、なんか人間の仕業? 悪しき血のせい? 僕は羊の味方だからね。

抱いて飛ぶBもBだよ。

 どうせフンの出るツボとか気づかずに押しちゃって、汚い物を撒いちゃったんだよ。しかも僕たちの愛好者の上にね。わざわざアウェイについてきてくれたのに。


 さて、と。

 こっちのフンには何が入ってるんだろう… あっ、ピンクの玉。当たり? これが? サクランボの化石? 誰かが欲しいなら、あげるけどさ…

 物が欲しいっていうのって、いったい、どうなんだろうね。

僕は勝てればいいし、彼にスクエアをキメてもらうのが一番だな。ずどんと。

 こんなフンを拾って、あとでトッテモ手を洗わないと… またピンクが出たよ。二つ目。

 あげるよ。

 争わない、争わない。

 だいたいみんな、奇麗だから欲しいの? 貴重なの?

 分かってない人に上げても仕方がないか。もらっても仕方がない? 全くだねえ。

 でも指輪の方はB以外にあげないよ。何か大きすぎて、<双>に関係がありそうだもの。


 お持ち下さい。鈴を振るような声が後ろから聞こえたよ。

 あんた首機だったっけ?

 はい。敵は答えた。

 ずいぶん<彼>のタイプと違うんだね。僕は不思議がった。

 みんな心配して私に従ってくれます。その小柄な若者は、淡々と言ったよ。

 なるほど。

 お分かりいただけて…

 うん、これ、あんたの? 僕は言って指輪の方を差し出したんだ。

 この住区は古くて、宝物が出てくるんです。と、敵の首機は首を振りながら言った。

 でも二つ繋がってて、僕とBが見つけるなんて不思議だよ。

 あなたが持っていて下さい。若者は微笑した。

 僕、Bと絆が出来るのって嫌だな。こっそり僕は言ったんだ。なのに…

 何が嫌なんだ? そんな時に限って、よく通るBの声がしたりしてね。

 僕はこれ以上Bと仲良くは出来ないぐらい仲良いよね。僕は急いでBに言ったんだ。

 俺は敵味方全員と仲がいいんだ。Bが言うと、敵の首機は吹き出した。

 空から、くじを撒いたよね。うんざりして言って僕は言い添えた、当たりはずれのある、黒くて臭いのを。

 羊が勝手に糞をしたんだ、俺が命令したんじゃないよ。Bは言い放った。

 でも敵味方なく拾って、割ったじゃないか。

 なんか落ちてくるなあって見上げるのが俺たちの仕事なんじゃないか? Bが、なかなかいいことを言ったよ。

 僕とBは下を見ていたよね。僕は正直にフンを探したことを言った。

 こんなに近くにいたんだ、仕方がないじゃないか。つい拾った言い訳をBはしたよ。

 あんたには参ったよ。僕はBに言い返した。敵はクスクス笑ってる。

 Cにはブカブカだ! 指輪を上げてBは言った。絆のことを考えてるのが分かったね。

 隠しときなよ。僕はBに提案した、僕の指輪もあげるから。


 ルビー探しはいよいよ佳境に入った。フンは臭かったけど、ほっこりしてたからそんなに嫌な気分じゃなかったよ。愛好者と僕たち全員で、七つぐらいピンクの玉が採れて、敵の首機はびっくりしてたんだ。珍しくないとは、言ってたんだけどね。

 羊の宿便じゃないの? 僕は気づいて指摘した。

 ああ、でかいやつな。Bが賛同した。

 B、あんたが驚かしたんだ! 僕は指摘した。

 かもしれない。敵の首機は言った、あなたたちのところで一番強いのは?

 O。胸を張って僕は答えた。

 あいつは俺より強いんだ。Bが力強く言った。

 Bあんた、簡単に言い過ぎ。言ったくせに僕は諌めた。

 あなたが首機になるんじゃないんですか? 敵の首機がBに向かって慎重に言った。

 それにだけはならない。どかっと座ってBは言った、CやJだ。

 あなたに向いていると思う、強そうだから。敵は軽く言った。

 Pの方が強い。Bは指を立てて言った。

 Oじゃなかったの? 僕は馬鹿にして言った、Pの相棒のTが笑うよ。

 指輪は俺には要らない。Bは反っくり返った。

どうするの。僕は聞いた。

 <彼>と<奴>にやるよ。Bは決めたらしい。

 多分、返されるだろうけどね。僕は納得して答えた。

 けものの戦士 O  160130,31


 Bが見つけた指輪を見せてくれました。みんなが取り合わないので、私が進み出たのです。私は獣の戦士と呼ばれています。戦っている時の呻きや、吠え声、恐ろしい形相や長い体毛などから、そう呼ばれているのです。<葬送者>です… Bと同じ制式。

 今や、無用のもの。

 聖なるリーグが発足し、殺し合うことがなくなってから、私もBも前に出ることが、なくなりました。それでもBは、恬淡として幸せそうに戦ってますよ。

 戦えればいいらしい。

 私は… 悼まなければ満足できない。人の死を望まないのに、そういう性格をしているのです。何故けだものと呼ばれるのか分からなくなるのは、そんなふうに思う時です。

 とても人間らしい。

 複雑で。

 そう自分を思っています。もとより…


 …獣に指輪は似合うでしょうか?


 おまえだと指輪が見えないな。Bは言いました。

 なんでですか? 私は聞きました。

 指の毛に埋もれるよ。Bが説明しました。

 そうかな?

 たぶん。

 かもしれない。

 してみろ。

 どれ。


 私は指輪を嵌めてみました。白っぽい太い指に、ぴったりでした。

 

 <彼>と<奴>に上げるんですか。惜しくなって私は聞きました。

 うん、たぶん。

 欲しがっていなかった。私は指摘しました。

 でも二人の物だ。

 そうですね。

 うん。Bは誇らしげでした。

 あなたと私でしてみては?

 ああ、怖いな。Bは笑って答えました。

 なるほど、すごいな。我ながらそう言いました。

 二人で嵌めたら、人殺しのコンビみたいだな。

 反対なのに。

 本当だ、反対なのにな。Bは軽々と言いました。

私たちは死を悼むけれども、招かない。

 今は。

 ああ、今は。私は言って悲しみ、失礼をしてしまいました。

 殺戮者扱いでも、俺は構わないよ。Bは答えました。

 かつて、あなたは殺しましたか? 私は聞いてしまいました。

 さあ。Bは笑っています。

 どっちですか? また私は聞いてしまいました。

 どっちかって言えば… Dが後ろから声を掛けてくれました。

 事故だ! びっくりしたようにBは言いました。

 そういうこと。Dが言いました…


 私は指輪を抜き取りました。ぎざぎざの飾りがついていて… 全部が金属で…

 がっしりして重たい。

 似合うと言えば私に似合うかもしれない。Bがしたら少し艶めいて見える。

 どこが違うのだろう?

 私とBの。

 分からない。うやむやにしたくない。知りたい… Iのようなことを私も考えていました。Bは筋肉質だが、無駄がない。私は全身が筋肉だらけで、その上を薄く皮膚が覆っている感じです。Bは部分部分がくびれていて、私はがっしりしている。どちらも葬送者ですがBは喜びにあふれ、私は悲しみに満ちている。

そも…

何故Bが羊のフンの中から、指輪なんか見つけ出してきたのか。

 どんなめぐりあわせで?

 分からない…

 考えるのをやめて、Dが引っ張ろうとしてIが嫌がっている、深紅の小さな耳飾りを目で追いました。Iの耳たぶから下がって揺れていて、あれはフォノだった。

 <彼>の意志を聞き取るもの。

 首機の。

 だとすればJの、もしかしたらCの意志も。なのにNは首機に何故ならないのだろう…

 速すぎるのかもしれない。

 率いるのには。

 私のパートナーに選ばれたNを、頭を巡らせて私は探し、見つけ、その手にもBと同じ指輪があるのを見つけて愕然としました。

 反対の手の中の二つの宝石にも…

 とても驚いて…

 それから当たり前のように考えてしまった。<彼>の船ですね、ここは。

 奇跡が当然だ。

 戦士が装身具なぞ、とても美しいI以外に持つのは意外であるのに、みんなが手にしている美しい物を、当然のように私は眺めている。もたらした偶然に驚いたにせよ、それを当然と考えて。

 フォノ以外の…

 装身具は不思議だ。私たちは戦士であるのに。

 持っていれば目立ちますよ、とても。なのに…


 なのにBは私に指輪を差し出してきた。

 私の毛に隠れないほど、がっしりと大きい指輪を。


 私とBがしたら、とても釣り合うでしょうね。

 大きい強い二人が。

 でも贈ってしまう。それこそが戦士という気もしますよ。

 手放してしまう。


 かつて…

 これを嵌めていた人たちは、何かの理由で指輪を、きっと手放してしまったのでしょう。

そして、もう死んでしまったのでしょう。

 そんな気がします。


 そして戦士だった。

 二人とも。

 きっと、そうでしょう…

 悼みましょう。

 心で…

 


プレゼント  G 120815,160127


 汚いよ、奇麗だよ、汚れていて、光っている。それは宝石で、それでいて糞だ。

 俺は気になったよ。

 ならないよ、そんなもの、世界にあふれている。泣きたい時、握り締める。洗ってからだ、洗ってはだめだ、でも誰かが途中に入ってきて洗ってしまうんだろうな。

 おせっかいだ。

 俺はしない。するかもしれない。意外と俺は綺麗好きなんだ。汚くても平気だ。

 どっちだ?

 その、ものによるんだろうな。

 プレゼント?

 Nが言ったのか。言われたのか。何か贈りたい時に宝石を贈れと。それは糞だ。でも中身なんだ。それでもいいと言ったのか、Nが。言わなかったのか、Nが、贈る相手を。

 指輪の話は聞いているよ。

 そんなもの<彼>と<奴>に贈ったら、もう何か贈る相手なんかなくなっちまう。なくならないよ、好きな相手に贈ればいい。いなければ贈らないで、泣きたい夜の為に取っておくんだ。取っておかないで飾って置くんだよ。すぐ手に取れるように。隠せるように。

 Cみたいに。

 違う、Bみたいに。Bは指輪を嵌めて殴りはしない。何をされてもいいんだよ。放っておいて欲しいんだよ。

 Cもだ。Cは違う。Cに指輪を贈るのがいいんだろうな。宝石だな。いけないかもしれないな。不審な目で見るかもしれないな。戦う時に握り締めて… 落とすだろうな。

 どうしたらいいんだ?

 戦う時に持っているとしたら?


 あんたたち次の首機だよね。Nが言って、CとJに二つの宝石を渡した。あげる。

 そいつは、糞の中に入ってたんだぞ! 俺は思った。

 そいつは糞の中に入ってたんだ! <奴>が叫んだ。テレパシーだ。

 たちまち2人とも取り落とした。そっと拾って、こわごわ手のひらで転がしてる。

 糞って? しゃがみ込んだままJが聞いた。

 前回の戦いの時の、敵のマスコットの糞だ。<奴>が言った。

 マスコットって、生きているの? Jが聞いた。

 羊だ。横からBが言った。

 戦いの時に、幸運をくれる。<奴>が答えて笑った。

 本当? Jが不安がった。

 本当だとも。と、俺は真剣に答えた。

 うん、そんな気がする。Nが言った、だから贈ったんだよ、首機殿たちに。

 飛行手袋の甲に縫い付けます。Cが言った、もちろん左手に。

 靴に縫い付けたら、攻撃の時に取れちゃうね。Jが困った。

 おまえ、口にくわえてたらどうだ! 極端なことをBが言って、Jが嫌な顔をして、口の前にあてがって見せてて… つるり。


 ごくん!


 誰が洗ったんだ? 俺は思った。

 誰が洗ったんだ? Bが聞いた。テレパシーだ。

 あんた馬鹿だね、自分で洗ってたじゃないか。Nが噛み付いた。

 じゃあトースターから出したばかりの翼より奇麗だな。Bは威張った。

 信じられるか? <奴>が言って、Jは首を振った。真っ青な顔だ。

 羊は肉を食わない、羊は草を食うんだ、糞は腐ってないよ。Bが無茶苦茶を言った。

 吐き出させなさい! 鶴の一声、<彼>だ。

 それからは大格闘だ。何人も背中をさする者、勢いの声を掛ける者、叱られるB、笑い転げている<奴>。

俺は無理やりにJに水を飲ませて、その咽喉に指を突っ込んだ。

げえっとJが言って…


 出た!


 ころんと転がり出た宝石を、Jは握り締めて、涙目で、手で空に持っていくと言うんだ。信じられない、危ないよ。危なくない、拳を握りしめていれば。でも…

 守護者以外は翼を使えない。

 もちろん、手もだ。

 握り締めて行ったって、何か持ってたら駄目なんてルール、無いよ、有るよ、<X>も<Y>も<Z>も手で持ってたら駄目だ。

 他のものは大丈夫だ。

 ただ腰のコンソールを巧く叩けない。エンジンの制御が、おろそかになる…

 危ないよ。

 そんな時に強い敵に当たったら…

 そのゲームではナマケモノだった。ああ、ついマスコットを気にするようになってしまったな。本当はマスコットなんて気にして無いよ、相当な敵だから。

 翼の端が少しだけ折れている。

 飾りだ。

 でもすごいスピードだ。Nだって追いつけない。身体の使い方が巧いみたいだ。

 なら、こっちは高高度からの急降下がある。<彼>に頼りきりの戦いになってしまいそうだ。その通りの戦いになった。下の方の敵を総勢で撹乱する。<彼>が空の果てまで上がって行って、急降下で攻撃する。危ない、ぎりぎりで負けそうだった、ぎりぎりで勝った。俺たちはだ。なんとか勝てたんだ。

 みんなJのところに集まった。

 今日の首機だからだ。

 関節のところが真っ白になってるくらい、Jは宝石を握り締めている。この石が無かったら、負けていたかもしれない。勝てなかったかもしれない。

その通りだ。

 そんなことはないよ。力は<彼>から来たんだ。宝石からじゃない。

 でも首機はJだ。

 Jは力んでいた右手を、張り付いた指を剥がすようにして開いた。


 宝石は砕けていた。


 勝手に砕けて、いないよ、何かが壊したんだ。Jだ。

Jじゃない。

内側からの力だ。

ころんと小さな金色の竜が出てきた。これ、本当に桃の化石か? これ、本当に桃の化石じゃないよ。サクランボの化石じゃない。第二化してない。ルビーじゃない。

 細工物だ。

 もともと。

 なんで、そんなのが糞に紛れていたのか分からない。分かる、勝つためにだ。分からない、何のためだか。

 みんな、ざわざわした。

 そこへTが進み出た。その竜を私に下さい。

 竜の戦士だ、竜の戦士だ。みんな口々に言った。

 持って戦うのか? <彼>が訊ねた。

 飲み込んで。

 ええっ。全員が驚いた。

 冗談です、個室の棚に飾って置きます。Tは生真面目に答えたよ。


 竜の戦士だ。

 だからだ。もちろん…


 鳳凰の戦士 P 160126,27,28


 私が一番、強いことになっている。


 赤い宝石から光のように出てきたのは、小さな、指先で挟めるような、金色の竜でした。でも私の方が強いことになっています。葬送者のOやBよりも…

 竜の戦士よりもね。

 だから満足しているのかな? 私は?

 鳳凰が出てこなかったのに?

 竜も翼をつけているのに。何故でしょう… 私の方が悪知恵が働くからでしょうか。


 敵に回すなと言われています…

 私を。

 女戦士とも仇名されています。かもしれませんね。確かに私は敵に回したくないような女性ホルモンを、他の仲間よりも多く持っているようです。

 戦うための。

 そう思えば強いのも道理でしょう。そして本当は欲張りです… 得た全てのスクエアは私が作用したと思いたいのです。敵に打ち勝った全ての防御も同じ。

 自分が一番、巧みだと思いたいのです。

 そして見た目も、自分が一番、端正であると思いたい。

 だから私が一番、強いと言われて嬉しくないはずがありません…


 隠れて喜んでいますよ。


 …そして私は、嫉妬の名人です。

 隠れて妬むのですから…

 名人です。

 自分より強い者がいたら、ありえないと思い、自分より速いNは、いつか事故に遇うだろうと思い、自分よりも高く飛ぶ<彼>には、完全に負けたと思っていますよ。

 自分よりも美しい者は、絶対に許せません。

 それが鳳凰の戦士の正体なんです。

 本当はね。

 Bが指輪を見つけたと聞いたら、どうして私でないのかと訝しみ、Nが指輪と宝石を二つ見つけたと知ったら、その中の一つでも自分が見つけなかったのかと嘆き、<彼>と<奴>が指輪を贈られたら妬み、首機をやる若い二人が宝石を分かち持ったことを知ったなら、もちろん自分にも宝石が欲しいと思いますよ。

 どうしても。

その石の中から小さな金色の竜が出てきたなら、もっと小さな極彩色の鳳凰は何故そこから出てこなかったのかと思います。

真剣にね。

 でも…

 ただ思っているだけじゃない。

 私は、行動もします。

 だから、恐れられているんでしょう…


 縫い付けましたか? ルームで私はCに聞きました。

な。何をですか。Cは言って、後ろ手に何か隠しました。

 宝石。

 まだです。ほっとしたように言って、Cは両手を前に回し、そこに持っていた手袋と宝石を見せてくれました。

 詳しく見せてくれませんか?

 どうぞ。指に挟んだ半透明の石を、Cは私に手渡しました。

 この中にも竜が入っているのかな? 透かし見ながら私は言いました。

 きっと鳳凰でしょう。美しい笑みを見せてCは言いました。

 だといいけれど…

えっ?

これも竜かもしれない。私は嘆きました。

 割ってみますか。Cは淡々と言いました。

 よせ。横からNの声がしました。

 僕には首機の印なんか要りません。きっぱりとCは言いました、本当は。

 ないとフォノに、意志を飛ばせない。<奴>が言いました。

 すみません、印じゃなくて宝石です。Cは私の指の間を指しました、宝石は要りません。

 なるほど? <奴>は言いました。

 最初は手袋に縫うとか、言ってたじゃないか。見つけ主のNが指摘しました。

 大事に思いました。Cは答えました。

 それでいいんだよ。Nはそっくり返りました。

 でもJのが割れたから。Cは言い返しました。

 だから何。Nは眉をひそめました。

 それで竜が出てきたから、僕の石の中に何か入っているなら、割って出してあげた方がいい。

 待って、待って。私は止めました。

 鳳凰が入ってるかもしれないのに。Cは私を見つめて言いました。

 知りたいんだね! 知りたがりのIが横から叫びました。

 閉じ込めておきたくありません。Cが唇を引き締めて言いました。

 きっと竜ですよ。鳳凰に違いないと思いながら私は言いました。

 だからって… Cが言い淀みました。

 割らないことにしましょう。私は言いました。

 でも… Cが言いつのりました。

 隠しておきましょうよ。私は頼みました。

 Pらしい。<奴>が言いました。

それで済ませましょう。私は決めてやりました。

 どうやって済ませるって? Nが馬鹿にしたように聞きました。

 もし壊したいなら、私のナイフで切りましょう、いしを壊さずに。


 ところが切れないのです。


 斬る…

 どうしたらいいのか。きっと、もっと切れるナイフで切ったら、中身が分かるかもしれない。

 カタナで。

 そう思った時、私の心に、この宝石が見つかった住区で頼まれていたことが蘇りました。

 カタナを受け渡して欲しいと。

 名家と名家だから、打ったり差し上げたりするカタナをやりとりする時に、戦士を間に立てたいと、Gの親戚が言っていたらしい。そのことを思い出しました。

 Pが、うってつけだと。

 今だ。

 そう私は思いました。

 ぜひカタナを運びましょう。

 羊がマスコットだった住区に戻って。


 ナマケモノがマスコットの敵と戦ったら、二日ばかり戦いがない。その時に。

 石を斬るためでなくて、カタナを運ぶ報酬をもらうために。

 それで…

 こんなふうにCから受け取った石を、指輪に仕立ててもらおうと思ったのです。

 入っているかもしれない細工物ごと。


 何か秘めている感じが、いいじゃありませんか?

 謎めいていて。

  出掛ける J 160127,28


 でも、綺麗だよね!


 僕は宝石を飲み込んじゃったんだ。

 あのヤギみたいにね。

 それでフンに出したんだ… ヤギはね。

 うん、宝石。Nが二個も見つけた内の一つ。すごいんだよNは。指輪を一つと、宝石を二つも見つけちゃったんだ、前回の戦いでね。合計三つも見つけたんだ、Nは。

 最初に探したBは、指輪一つだったのに。

宝石までNは見つけたよ!

その一つを僕は受け取った。すごい光栄だと思ったのに、首機の証として口に、くわえて飛べとか言われて、冗談だろうって思いながら唇に持っていったら、ころっと口の中に入っちゃった。それで飲み込んじゃったんだ、びっくりしたよ! そのまま消化されて糞… になったら、おトイレで回収できるかもって少し思って、諦めたんだ。

 宝石をね。

 そうしたら、そこで汚いって言われたんだよ。

 消化するのにはね!

 もちろん、その通りだと思って自分の目が、白黒しちゃうのが分かったんだ。みんなが、いろんなことをして、誰かが僕の口にビンを突っ込んで、水を飲ませてくれた。

 そして指を突っ込んで…

 涙と鼻水が、いっぱい出たよ。よだれも出たけど、仕方がないよね。

 …出たよ!

 みんなが心配したり喜んでくれたりしたんだ。嬉しいよね。

 だって仲間なんだ!

 しかも、それを僕が率いていいなんて、信じられないよ! 僕が明日は首機なんだ。CやSの他は、みんな僕より年上なのに!

 すごく光栄だよ!

 宝石を手に持って飛ぶっていうのは、もちろんNの思いつきだけど、やってみようって気になったんだ。もちろん戦う時に持っているってことだよ。お守りがわりにね。

 それで…


 ナマケモノを下に見ながら、宝石を握りしめて飛んだら、割れちゃったんだ。こなごなにね。 

 すごくガッカリしたよ。

 それを、みんなに見せたんだ。

 カケラだけは取っておこうと思って、ゆっくり広げたら、中から金細工が出てきた。

 うん、竜。

 信じられないよ! 宝石じゃ、なかったんだね。何かを練って固めた、人工の石だったんだよ。その中にPみたいな控えめな人が、こっそり竜を隠したんだ。

 どうしてだろう?

 見つからないようにだよね。

 なんで?

 取られちゃうから? かもしれないよね。だから隠したんだ… 見つかっちゃ、困るから隠したんだよ。もちろん。

 でも、どうして?

 誰かの目を、ごまかして竜じゃなくて宝石を持ってるっていうように思わせたいんだ。竜であることを隠すなんて、鳳凰の愛好者だよね。

 表向きは。

 きっと、きっとそうなんだ! Pが前の船だった時。

 違うかな…

 ただの、おまじないかな?

 竜は、戦士だけを言うんじゃないよね。空や惑星や、水を竜は守ってる。鳳凰は?

 よく知らないから僕は、Pに聞こうとしたんだ。


 P、鳳凰の意味って何? 僕はストレートに聞いたよ。

 分かりません。Pは答えながら、きょろきょろしてる。

 何をしてるの? ルームを見渡して、僕は聞いた。

 出掛ける支度。言ってPは、足元の小さな荷物を広げた。

 僕も連れていってよ。

 構いませんよ。

 やった、やった、何するの?

 大丈夫ですか…

 うん、Pと出掛けるなんてね。

 私もJと出掛けるなんて、嬉しいですよ…

 ありがとうP、何に出掛けるの。

 物好きですね、あなたも。

 うん!

 カタナを運びます。

 カタナ?

 短い距離ですけれども。

 ふうん、持って運ぶんだね。

 ええ。

 短い距離って、どこからどこまで?

 宝石が見つかった住区の中ですよ。

 Tも一緒に?

 もちろんです。

 二日、あくもんね。

 はい、息抜きを兼ねて。

 どうしてカタナなんか運ぶの? その理由は?

 運ぶと軍票がもらえるんです。

 僕、分け前は要らないよ、何も欲しくないから。

 本当ですか。

 今は。

 ありがとう。

 Pは何が欲しいの?

 秘密です…


 それで僕たちは出かけたよ。鳥籠の燃料を確かめて、点検をしてね。

 大丈夫。

 鳥籠は船の後ろから、ゆっくりと出発した。Pが操縦しているから、安心だよね。

 後ろに僕と並んでTが乗ってる。当然だよね、いつも二人は一緒だから。

 竜と鳳凰の戦士!

 羨ましいよ。

 僕とCは首機だけど、Cの絆の相手はBなんだ。誰かって言われれば僕はNと、よく一緒にいるけど、とってもNは性格がきつい上に、Nの絆の相手はOなんだ。

 だから僕は、こんな機会があったら逃さない。

 こんな、出かける機会はね。

 誰かと親しくなれるよ! とてもね!

 ただ今回は、TとPだけど、それでも親しさの秘密を知るのに、いいよ。

 どうして二人は仲がいいんだろう。

 幼馴染みだから?

 ただ、それだけじゃないよね。互いに殺し合うのだって嫌じゃない戦士が、他の者と絆を結ぶのって、とっても大変なんだ、本当はね。

 難しいよ。


 何が秘密なんだろう! 

 絆のね。

 創意工夫  C  160127,30


 どうやったって危ない。


 <奴>に針と糸を借りた。大切な宝石は縫い込めるべきだ。でも防炎服に留めると、縫い目から熱が入り込んでしまう。防炎服の内側に入れると、でこぼこして身体が痛い。

 どこも。

 飛行靴の上側というふうにも、考えた。でもフィールドで、もし足を踏まれてしまったら、ものすごく押されて痛いだろう。やっぱり守護者の飛行手袋に限る。

 手の甲。

 そっちに宝石があっても、何も問題はない。

 何も当たらないから。

 運が悪くなければ。なのに手袋は二重じゃないから、布の隙間に入れられない。上側に縫おうとしても、宝石が滑って、うまくいかない。糸で縛るしかないのに肝心のルビーが滑る。

 落としてしまう。

 危ない…

 首機のしるしなのに。

 しるしというか、宝物…

 宝石を見つけたら、そうなるのだろう。最後尾で必死で叫んでいる僕を、Nも<奴>も憐れんだんだろう。だから僕にも渡してくれたんだろう。

 宝石を。

 でもJは…

 違う。別格だ。若い天才。僕は最年少で守護者だけど、JはLみたいな万能機のタイプとは、少し違うとしても万能の天才だ。とても感覚が鋭いんだ。まだ幼くて、いろんなことを間違えるけど、いつか、とてもよく率いることができるようになる。

 必ず。

 僕と違う。ああ、<2>のように僕は嘆いてしまう。何かが少し、うまくいかなくて、その軋轢の中で何かを、うまくやるタイプだ、僕は。

 少しの苦しみの中で。

 宝石も、そうだった。Jみたいに握りしめて飛べない。空から降りてきたらJの石が割れて、中から金の小さな竜が出てきた。Jの幸運、そのもののように僕には思えた。

 宝石を見つけたNから、割ったJに託したような。

 まるで。

 羨ましい。そんなふうに僕はできない。戦いで両手を使う僕は、宝石を握っていては機能できないし、うまく手の甲には取り付けられない。どうしたらいいのかと途方に暮れていた。

 Pが話しかけてきた。

 その時に僕の頭の中に鳳凰が飛んだ! 極彩色のしっぽの長い鳥。Pは昔の船でも闇の王子と呼ばれ、<彼>が掛け合って引き取った戦士だ。

竜の戦士Tと対になっている。

 僕の石には?

 Nが見つけた二つだけど、愛好者たちが、もっとたくさん見つけたとBは言っていた。その中の全てに金細工が入っているとは思えない。けど、Nが見つけたのは二つだ。

 対かもしれない。

<双>のように。

<彼>と<奴>のように。

 BとNが見つけた指輪のように。

 僕が持っているより、Pが持っていた方がいいかもしれない。

 Tと。

 だから、あげてしまうことにした。僕なんかが宝石を持っていたって仕方がない。

 Pに似合う。

 竜が存在しているのなら、なおさらだ。

 石は鈍い光を放ってて、ピンクがかった赤で、暗く半透明で重たかった。Jが割ってしまった石とは双子みたいだった。だからやっぱり人造のもので、中に何か入ってるんだろう。

 割ってみたいと… 思ってはいけない。

 絶対に。

 あげてしまうまでは。僕の宝物に加えたいと、思わないわけでもなかった。

棚の上に。

でもPのものだ、これは。最初から手放す運命だったんだ。

 竜と対だから。

 自分のものじゃない、でも、そう思うと、なおさら欲しくなる。そんなものだと思う。仕方がない。そして、それを正直にルームでBに言ってみた。


 欲しかった。唐突に言ってしまった。

 指輪が? Bが聞き返してきた。

 指輪? びっくりして僕も聞き返した。

 俺の糞から最初に出てきたのは、指輪だったんだ。Bは説明した。

 俺の糞… 僕は、もっと驚いて絶句した。

 違う違う、最初に俺が割った羊の糞から、出てきたのだ。さらにBは説明した。

 ああ、Oに見せていた指輪…

 そうだ、最初にルームで、みんなに聞いたんだ、要るかって。

 要らないって言われていた…

 そう。

 敵地だった。僕は考えた。

 敵地二連戦だ。Bは説明を足した。

 うん、僕たちにもマスコットが欲しい。僕は正直に言った。

 欲しい欲しい、ばっかりだ。Bはニッと笑った。

 不安で… 何か、ないと…

 分からないけど、分かるよ。横でGが言った。

 そういうことだな。Rも溜め息をついた。

 この船には必要ないよ、マスコットは。Bが言った。

 私がマスコットだ。<奴>が堂々と言い放った

 自分を見下げるな。Rが釘を刺した。

 見下げてないよ。<奴>がRに、やんわりと言い返した。なんだか昔の、あの殺伐とした雰囲気がない。ほのぼのして安心してくる。

 動物扱いしてる。Rが突っ込んだ。

 崇拝の対象にまで持ち上げてる。<奴>が説明した。

 そうだ、持ち上げてる。なんと<彼>が言った。

 そういうことになるのか? Rが<彼>に聞き返した。

 大切にされてるよ。<彼>は説明した。

 私の糞には宝石が入ってるんだ。<奴>が言ってケケケと笑った。

 汚いよ、綺麗だよ、ああ。Gが嘆息した。

 よし、<二人>に正式に引き渡そう! Nが立ち上がって、室内着のポケットを探った。

 うん。Bも言って、ポケットを探った。


 ない!


 二人が叫んだ。

 どういうことだろう…

 

 


  どうやってみても  <2>  160131


 俺は盗ってないよ。


 俺は盗ってない。何も。どんなことも、たくらんでない。そんな余裕はないよ。そんな余力はないんだ。

 でも…

 俺が疑われるっていうのは、分かってたよ。ただ俺は悪党じゃない。

 悪党になるほどの力が、ないんだよ。

 分かってる。

 みんなが、そこを分かってくれないっていうことは。ただ俺は両足利きで、真剣に練習を積めば器用な戦士になれる。それはIが証明してくれてるよ、練習場で。

 いつもだ。

 なのに、俺は練習をする気力が少ないから、いつだって、うまくいかないんだ。どうせ、俺はF-<2>でしかない。それだけの実力なんだよ。

 そこ止まりだ。

 素晴らしいって、みんな言ってくれる。だけど本当かって、疑うんだ。今日だって指輪を盗んだのが、俺かもしれないって、なんだってできるLが、俺の個室に来たんだ。


 ああら、お見限り。Lは変なことを言った。

 何も見限っていないよ。俺は必死で答えた。

 ああら、そんな。Lは長い髪を振って、口を押えて笑うんだ。

 俺を見限ってるのは、みんなの方だ。

 みんな見限っていませんよ。見るとLは、短めの髭をたくわえていて、なかなかハンサムなんで、がっかりした。

 何故ここに来たんだ。がっかりしたまま俺は聞いた。

 なくしもの探し。

 誰が何を、なくした。

 ふんふんふ、よく分かっている。Lは謎のようなことを言った。

 分かってないよ。俺は溜め息をついた。

 <彼>と<奴>が、なくしましてね。

 何を!

 指輪。

 えっ大変だ。俺は慌てた。

 じゃあ、違うのか。

 えっ。

 あなたが持っているかと思いました。

 何を、指輪を。

 ええ。

 どうして。

 拾ったのかと思って。


 カッとした、止められなかった。俺は前のめりになって個室から飛び出して、Lに拳を当てようと腕を振り回した。

 Lは疑ってる。

 分かってる。何か、なくなったら俺が疑われるんだ。盗んだとは面と向かって、言われなかったけど、拾っても黙ってるって、思われてる。

それは、本当だ。

Lが言った。

きっと、いじきたなくて、必死で運を呼ぼうとしていて、なんでも見つければ、跳びつくって思われてる。

信じられない。

 仲間なのに。俺が拙いからって、疑うんだ。あとから仲間に入ったからって、軽く見てるんだ。

 ちくしょう。

 俺を分かってくれるIは、どこだ。Lを止めてくれる<彼>は、どこだ。

 どこにもいない。

 翼廊には。

 ちくしょう、打って出てやる。打ち倒して詫びを入れさせてやる。どうしたって誰かが、なくした何かを俺が持ってるなんて思った者に、反省をさせたいんだ。

 どうしたって。


 俺が細長い腕で振り回した拳は、あっと言う間にLの、生あったかい大きな手に包まれてしまった。腕は逆さに捩じ上げられて、俺は捕えられてしまった。

 しまった…

 これじゃ疑いが増すばかりだ。きっとLは一人一人、指輪を見なかったかって聞いてるだけだ。拾って、忘れてるのかって聞いてるんだ。

その中の俺は一人に過ぎない。きっと。

なのに…

打って出たりなんかしたら、疑われる。

 打って出たから。

 これで最後だ。最悪のことをしでかした。もう、この船に、いられない。<彼>の船から降ろされるんだ。最悪だ。

 ここにいられない。

 <彼>ともIとも、一緒に飛べない。みんなと一緒にいられない。

 そう思ったら、俺は泣き出した。

 俺が勝手に泣き出したんだ。

 俺は泣いてない、なんて、Gみたいな矛盾したことを考えた。


 しばらく俺は泣いていた。


 さあさあ、泣きやんで。少ししてLが励ました。

 ちくしょう。そう言うのが、やっとだった。

 あなたは悪くない、盗んだ指輪を出しなさい。泣いたから、もっと疑われた。

 ひどい。俺は言った。

 じゃあ、拾った指輪。

 俺は盗んでいない。すすり泣きながら俺は言った。

 信じますよ、じゃあ誰でしょう?

 おまえか?


 俺の背を撫でていたLは飛び退った。そして大声で笑い出した。

 何が、おかしいんだ?


 あなたが持っていないのはハッキリしましたね。Lは言った。

 おまえが持っているのか? 俺は聞いた。

 持っていませんが見当はつきました。

 何の。

 大勢の戦士が眠っていますが、あなたは起きていました。

 何が言いたいんだ。

 誰か来たり出かけたりしませんでしたか?

 何も見てないよ。

 誰も?

 うん。がっかりして俺は答えた。役立たずだ、俺は。

 でも泣き止んでくれましたね。

 それが、なんだ。

 どうして泣いたんですか?

 疑われたからだ。俺は嘘をついた。

 四捨五入 D  160131


 どっちかって言ったら…


 二つの指輪は盗まれたのでしょう。二つ同時に、なくすなんてことは有りえない。

 BとNが。

 戦う神経のかたまりのようなBや、何をやらせても素早いNが、うっかりと二人同時に指輪をなくすなんてことは、考えられない。

 出し抜かれて…

 誰かに…

 …指輪でなく宝石を、それもIが盗んだ、というのなら分かります。盟友の俺が言うのも変ですが、Iは好奇心が強すぎて変なことを、しでかす。戦記の読者なら、もう、お分かりでしょう。

 一つの宝石は砕けた。

 そして、もう一つは…


 整理しましょうか。


 Bが空戦場で、羊のフンから指輪を見つけた。敵と一緒にいた時でしたね。

 次にNが、同じく指輪を見つけた。

 その次に、Nが宝石を見つけた。また次に、もう一つ宝石を見つけた。


 俺たちの船に宝物は、四つ見つかったことになります。


 Bが銀と黒の指輪を見つけた。

 Nが同じような指輪と、赤い宝石を二つ見つけた。


 指輪の二つはNとBのポケットから、なくなった。

宝石の一つは砕けた。中から金細工が出てきた。

 もう一つは砕けないまま、中に何が入っているのか分からないままCの手にある。

 Iなら垂涎の的でしょう。

 知りたくて。

 中身を。

 だから割って中を見たいでしょうね… どっちかって言ったら宝石がなくなったら、Iを疑っていい。でも、なくならなかった。

 そして…

どうしてLは指輪がなくなった時に<2>の個室に行ったんですか。

端から行った?

 確かに。

 それが正解だ。どっちかって言ったら、Lは嘘をつけない人ですよ。陽気で妙なことを口走るが、おおむね言うことは正確で気は優しい。FやEやWの個室は、歴戦の重鎮らしく奥にある。そして疲れを取るために、とてもよく眠っている。

 みんな。

VやXの個室は、若者らしく手前にあって、音楽でも聞いているはずだ。

もしくは違う戦いをディスクで見ているのかもしれない…

大歴戦のAときたら<彼>扱いで、個室は最奥になる。

 端から攻めたら…

 まずは当然<2>の個室になる。あの翼廊での騒動は、そんな誤解から生じたのでしょうね。

 どっちかって言ったら…

 誤解ですよ。

 ただの。そうです… そうあって欲しいものです。Lのような見た目の変わった、けれども気のいい純粋な人が、騒動に巻き込まれるなんて…


 F-<2>もです。

 保身の嘘は言うかもしれないが、根は悪くない。

 仲間たちに対しては。

 そうでなければ<彼>の船に選ばれてはこない。俺たちに大切なのは仲間の弁別です。仲間を見分けて味方しなければいけない。どこでも、いつでも、そうです。

 だいたい…

いくら栄誉ある<統率者>とは言え、中身は戦士たち、もともとは戦う人間です。誰かを敵に回す方が、味方にするよりも簡単だ。

 味方にするのは難しい。

 戦士であるなら。

 血の濃い者ならば。どっちかって言ったら互いに争う方が容易い。妬み、打ち叩き合ってしまう。反対に、守り、助け合う方が難しいんです。俺たちが今ある絆という絆を、かたくなに保守的に守るのは、そんなわけがあるんですよ。

 大切だから。

 貴重で、見出しにくいものだから。

 とてもね。

 <彼>の船ともなると助け合いは熾烈を極めます。ああ、笑って下さい、おせっかいになるんですよ。互いに。

夜の闇のない船と呼ばれている。いじめも喧嘩もない。

おせっかいで。

<彼>の船なんです。だからって自然に助け合いが醸されたわけではない。

この栄誉を守ろうとして、みんな必死だからです。

だから助け合う。

ほんの少しの困難も分かち合う。そして味方になる… <2>も同じです。ここに来たのだから、もう運命の中にいるようなものだ。

どっちかって言ったら…

外ではなく中です。船の闇ではなく光の中にいる。でも、疑われたら凹んでしまうでしょうね。心が弱いからです。まだ成熟していない戦士なんですよ。

全然。


どっちかって言ったら… 俺は<2>よりもIを疑っていますよ。

指輪を盗んだかもしれないと。

理由は…

秘密があるからです。何故BとNが見つけたのか。どうして繋がるのか。敵地のフィールドに落とされたのは何故なのか。

しかも対だ。

俺やIが咽喉から手が出るほど欲しい、絆というものを空想させますよね。

争うのは簡単だ。

でも、絆を結ぶのは難しい。

敵視するのは簡単だけれど、味方になるのは難しい。もちろん<彼>の船にいるという、まとまりはあります。でも一対一、二人で結ぶ絆というものを持っている、何人もの戦士たちを俺は羨ましいと素直に思いますよ。

もっと不思議に思っているだろう、Iは。

血が濃いからです。敵に打ち勝ちたい、人よりも知っていたい。相手を上回りたい、そんな気持ちが強い戦士だから、知りたいし分かりたいしで、指輪を盗ってしまうかもしれない。どっちかって言ったら俺は、Iを疑いますよ。

でも、本当に盗るかどうか…

そこは、微妙なところだ。


<彼>なら盗らなくても、くれるだろうからです。指輪を。

頼めば。


 

 サムライのしるし T 160127,28


 竜をもらいました。個室に飾ってあります。

 入口の棚に。


 美しい金細工です。宝石と見まごう石の中に入っていました。誰が何故こんなことをしたのか。何故こんなところに竜を隠したのか。

 持っていたくて?

 Jが飲み込んで吐き出し、堅く手のひらに握って飛び、砕けてしまったあの不透明の宝石は、石ではなかった。作られた練り物を乾かして、固めた何かだったのでしょう。中からこんなものが出てきたのですから。

 私には分かりませんが…

 具体的には。

 光栄では、ありましたよ。進み出て私にと頼んだら、もらえたからです。竜の戦士と呼ばれる私にとって、竜に関するなんでも、とても嬉しい贈り物ですよ。

 未知からの。

 ただ… Pが、ひねくれてしまって…

 もう一つの中にも竜が入っていると私は思うのですが、鳳凰が入っているとPは思い込んでいるようで、とても欲しがりました。

 そういう戦士なんです。

 ずるくてね。

 少し。

 そこがPの良さだから仕方がない。欲張りだから戦果が上がるんです。抜きん出たいと思うから、あの擬制で敵を引っ掛けられる。

 巧く。


 羊の次のマスコットはナマケモノでした。敵の船のです。

 ナマケモノ…

 優雅で指が長く、敵の兵士の抱えた、大きな木の束に下がって登場しました。

 ゆっくり動く動物が<双>のマスコットだなんて。

 Nでなくても飛び交う速度は、半端でない私たちの戦いの、一つの船のマスコットが。

 信じられません。

 でも、優雅でね。動く必要がない時は、静かに木から下がっている。

 なかなかマスコットにしがいのある動物ですよ。


 …実は私は、怠けるのは好きです。本当はね。

 とても価値のあることです。

 力を使い過ぎない。

 肝心の時に使う。これが肝心かもしれない。Pを見ていて、そう思う。私とは違う戦士だから、勉強になることばかりです。

 とても。

 ところが…

 夜になってPが、前の住区に戻ると言い出しました… 羊のマスコットがいた住区です。出掛けたいと。理由は、剣の使いになりたいからだと。

運よく地続きだったので、鳥籠… 私たちの乗る車に乗って出かけました。

 何故か、ついてきたJと三人で。

 

 どこへ行くのか聞いてないや。Jが言いました。

 前に戦った住区ですよ、ここは。

 ここの、どこに行くの? 空戦場? Jが聞きました。

 羊を飼っている名士の家。

 そこで受け取るの?

 剣を。

 カタナと言うべきだ、T。呑気に運転しながらPが言いました。

 それを、どこかへ運ぶの?

 託されて、その人の友人の家へ。ていねいに私は説明しました。

 僕たちじゃなくたっていいじゃない? Jが心配そうに言いました。

 戦士でないと、今一つだって言われてる。Pが陽気に叫びました。

 受け渡しするのは。私が説明しました。

 迷信? おずおずとJが身を乗り出しました。

 言い伝え! Pが振り向かずに叫びました。

 そう聞くと、かっこいいね。Jが私に、親指を立てて言いました。

 もちろん、かっこいいさ。私は答えてやりました。

 だからJを連れてきたんだ。Pは言いました…


 たどりついた家は、土くれのようでした。無き地球の様式だ。

 とてもね。

 ドアは貴重な木で、私たちの前でギイと軋みました。本物だ…

 本物の名家でした。

 私たちは飛べてさえいれば気が済むので、目をくらまされなくて済むのですが、普通の血の持ち主だったら畏れ多くて、招かれずには、とても入れない。

 現れた老人にPは言いました、カタナを託されたい。

 老人は仰天してから、奥へと退きました。Pが再三そう頼まれ、断り続けてきたのだと、それで分かりました。この申し出は貴重なものなのだと。

 危険で…

 闇の道を行くような。

 確かに、そうでしょう。戦士に剣を託すのは危険かもしれないし、かえって安全かもしれない。複雑な事柄でしょうね。

 私なら…

 幼馴染みという仲を差し引いても、Pを選びますよ。もしくはGを… でもGは、既に資産家の息子だから… ごく普通に育ちあがってきたPが、闇の王子として花開いたのだから、選び出すでしょうね。名家から名家へと刀を受け渡すのなら。

 ぜひにと請うて。

 機会があるのなら。


 そして謝礼に、持参した宝石で新たに指輪を作りたいのだと言われたら、それはもう垂涎の的ですよ…

 鳳凰の戦士が降臨したのですから。

 その願いとともに。

 差し出されたカタナは、美しい白い木の鞘に入っていました。そう長くなく、脇の下に持つものと呼ばれていました。行き先の番地の半分を聞いたところで、Pはカタナをひっつかみました。急いでいるのかな?

 戦いを控えているから?

 いや…

 何か、おどろおどろしい雰囲気をPの全身が放っていました。悪しき闇の王子、そのままの姿でした。鞘ごと握ったカタナが、闇を放ちそうでした。のけぞったJが古風な棚に頭を当てました。すごい音がして外れた棚が落ち、跳びあがったJがPに体当たりをする格好になりました。すらりとカタナが抜けて今度は光を放ち、ぐっと手首に力を入れて柄を握ったPは、そのままの格好で土くれのような家を、飛び出していきました。

 どこへ?

 私たちの乗り物である鳥籠でしょうね、ここは鉄道惑星ではありませんから、自家用の乗り物が必要です。Jと顔を見合わせることもなく、二人でPを追っていきました。

 Pは私たちを迎え入れるようにして、膝をついてカタナを、もう片手の鞘に収め、にっこりと見上げてから、さっと片手で鳥籠を指しました。何が起こるのだろう!

 知りたい。ついていこう…


 Pが期待外れのことをしたことは一度も、ありません。

 さあ行こう! 

 宝石の中身  I  160130


 知りたくて知りたくて、たまりません…


 そんな物が僕の前に現れるだなんて。

 石の中の竜!

 Jが握りつぶしてしまった石の中から出てきたんです。

 すごい力ですねJは。さすが戦士と言うべきかな?

 童顔でもね。

 そんな怪力、知らなかったなあ。

 それとも砕けやすかっただけなのかな? かもしれませんね。

 石は二つ…

 もう一つの石の中には、何が入っているのだろう。あんまりにもひどい仕打ちですよ。こんなに、こんなに知りたがりの性格をしている僕の目の前に、かたく閉ざされた宝石が姿を現すんですから。

 ピンクのね。

 いわくありげじゃ、ありませんか。しかも見つけたのはBです。それとN。

 フンの中に入っていたなんて。

 羊の!

 しかも敵のマスコットのですよ。何か悪さをしそうじゃないですか?

 ホントに。えっ?

 僕たちは悪しき血です。そんなふうに考えるのが普通なんです。

 爆弾?

 ありえます。遠ざけるべきかな? かもしれませんね。でも一個はJが握りつぶしても炸裂しなかった。だから、もう一個も爆弾じゃ、ないかもしれませんね。

それか毒? Jが飲み込んでも死ななかった。

じゃあ、何だろう。何か、僕たちの仲間の間を裂くようなものかな?

優雅な…


石から出てきた竜が取り合いに合わなかったのは、あまり僕たちが物欲を持っていないからです。僕たちは何か受け取るよりも、とにかく戦って勝ちたい。

ぜひ。

戦士によりますが、敵に毒を盛っても、爆弾を仕掛けてでも勝ちたい、そう願います。物を持っているよりスクエアを決めたい。決めさせたいんです。どうしても、どうしても、そう思ってしまうんですよ。

戦士だから…

その呼び名に因んだTが受け取って、争いも起こらなかったのでしょうね。

竜は。

たくさんあるCの宝物は、例外です。Cは自分を戦士でしかないと思っているようだけど、なかなか芸術的な素養があるんでしょうね。コレクションをして愛でているなんて。

ないと我慢ができないと言ってますよね。

それこそコレクターの真髄ですよ。どうしても、どうしても、でしょう。

ないと戦えないなんて、戦士のコレクターらしくて僕は好きです。

でも宝石は欲しがらなかった。

珍しいな。

敵のマスコットから出てきたのに。自分の戦いに因んでいるのに。戦士のコレクターらしくないな。コレクションが限定されていて、なんでもゴミ屋敷のように集める者とは一味、違うのに。

近いかもしれないが…

なんでも欲しがる、というのは。

戦いに因んだ何かをね。

それで棚の上をいっぱいにしている… Bが、どかして拭いている。棚を拭け、棚を拭けと歌いながら、埃を取っている。

なのに何故Cが、宝石を欲しがらなかったのか、それには理由があるんです。


それより…

中に何が入っているのか。開けて見てみてもいいですか?

宝石を。

だめですか?

さっぱり見当がつかないな。一つが竜だから、もう一つも竜が出てくるかもしれないと言えるし、対の鳳凰かもしれないし。全く違った何かが出てくるとも言えるし。何も入ってないかもしれないとも言える。でも…

何が出てくるんだろう。

指輪が入っているには、石は小さすぎるし。

石を割ってはだめ? 何故ですか。

Pのものだから?

ああ、そうか。

小さい竜がTのものだから、対の宝石はPのものなのか。戦士の絆らしくて、とてもいい話だな。ええ、僕は無理です… 悪しき血が濃すぎて、誰かと絆を結ぶなんてことは。

無理、無理。

喧嘩相手にはなれてもね。

とても無理ですよ。TとPみたいな幼馴染みなんて、その仲が大人としての戦士までも続くなんて、とても羨ましい。僕はネガティヴな<2>や、機械いじりの好きなDと仲がいいけど、とても一緒に出かけるなんて、それも、いつも、そんなふうにはいきませんよ。

たまたま近くにいる。

それだけです。

まあ、Dなら一緒に出掛けられるかもしれないけれど、<2>とは、とてもね。せめてDなんです。あとは<彼>となら、出かけたり奥の深い話もできるかもしれない。

それくらいかな…

寂しいですよ。

自分が、とびきり血の濃い戦士であるということが。


それに僕は… 知りたがりのコレクターだから。

知識のね。

どうしても、どうしても知りたい。指輪が二つに、宝石が二つ、宝石の一つは砕けて、中から金細工が出てきた。

宝物が四つ。

対が二つ。

指輪より、もちろん僕は宝石の方が気になります。

だって…

何故? 何故? どうしてですか? 僕にとって知識は… なんだろう。武器? 違う、素手で戦う方が僕は好きです。でも武器なんだなあ。知識は。

使わないで大事にしているカタナのようなもの。

何かを判断するための基準かな。そうかもしれませんね。


だから…

知っていることがある。

Cは宝石を欲しがらなかった。その理由です。ルームで聞きました。

それよりマスコットを欲しがったんです。

この船にとね。

スケールが大きいですよ。


戦士らしい…


 というか少し変わっていて、守護者らしくて僕は好きです…

 

 


 仲間の心配 R 160131


PとTが出掛けてしまった。

Jを連れて。


何かおかしい。


仲間を心配する。そんなふうに生まれついてしまった。俺はCと同じ守護者だから、少し変わっているかもしれないが、特に守るという性格が突出しているんだ。

それだけだよ。

ああ、そうだ。この船には、そこが欠けている。<彼>は立派なリーダーだが内省的だし、<奴>はサブ・リーダーだが、やんちゃだ。こわもてのOは控えめな性格で、Bときたら開けっぴろげだ。疑り深いのはPだが出かけてしまった。

当てになるTも。

他の歴戦たちは眠っているし…

なんだ俺は、竜と鳳凰の戦士を、あの二人の絆を、ずいぶん当てにしてるんだな。言ってみれば、そうだ。他の戦士たちが戦いと戦いの合間を、静かな船で寝て過ごすと聞けば、ルームにいる仲間の内で当てにできる者と、妙に子どもっぽいのとを分けて考えるよ。

守護者の癖かもしれない。

船が無防備だからだ。

船自体が開けっぴろげだからだ。いつも開かれている。

外へ。

<双>の愛好者は熱狂的で恐ろしいほどの数がいる。放っておいたら船に、たかるようにして近づいてくるから、空戦場の枠の仕切りや、四色のゲートが内と外を隔てるようにできている。

だが、所詮は<双>は見世物だ。

<双>自体できるだけの味方が欲しいし、その人気には波だってある。近づいてくる者たちは拒まないように、基本的にはできてるんだ。敵でもなんでも、友好的なら弾かないんだよ。

おかしな話だ。

どんな変な者がいるか分からない。悪意を持つ者だっている。敵のマスコットの山羊だって、悪気はなくても変なものを食べてしまったりするだろう。それをフンから出して、BやNが拾ってしまったりするかもしれない。

ああ、山羊は動物だから、敏感かもしれないな。

悪い呪いに。

でも、鈍感な動物だって、いるだろう。人間の悪い意識に、頓着のない獣だっているはずだ。もし宝石が悪い呪いだったら、そして指輪が同じものだったら、捨ててしまった方がいい。PとTは捨てにいったのかな? 竜の金細工を。

ああ違うな。

何か違う目的だろう。欲が、出てしまったのかもしれないな。

目が眩む。

危険に頓着がなくなる。危ない。俺は、そう思うよ。

よくないことだ。

戦士が宝物に、どうのこうの… そんな余裕は、ないはずだ。毎日を、血をこぼさないように戦って、必死で生きて戻ってくる。自分と仲間を守るので手一杯で、空では、そうなんだ。だから何か物に、こだわったりすると危険だ。

自分の身体と仲間とで手一杯のはずだよ。

なのに、でかけてしまった。

PとTは。


もし宝石や指輪が護符だったら、何か誰かを守るものだったら、俺は大事にするよ。

怪我をしないとか、仲間を墜とさないとか。

だとしたら汚くてもキスをして、俺は大切にして手放さない。

決して。

身体に縛り付けて、必死で落とさないように、守るんだろう。

飛んでいても。

でも、そんな護符は、ないだろう。

それに俺には、そんな暇はないよ…

護符を気に掛ける余裕はないんだ。自分の鎖骨代わりのスプーン… 人工骨の世話や、翼やハーネス、エンジンに耳傾けることで、手一杯だ。

靴の鋲なんかを気にすると、あっという間に時間が経ってしまう。

それで、スクエアの前に立つと、いきなり実戦の時間だ。実弾がピュンピュン飛んでくる。できる限りのことをしようと思うと、スプーンのことすら忘れてしまうんだ。

宝石のことなんか、考えられない。

指輪や…

細工物のことなんか、とてもだ。


石から竜が出てきたのは、とても素敵な話だよ。

うちには、竜の戦士がいる。

小さな金の竜なら、もしかしたらTの護符になるだろう。きっと名声を守ってくれるだろう。でも、それだって身体は守ってくれそうにない。<双>は苛烈だからだ。とても。

もしかしたら守ってくれるかもしれないな。

少しは。

でも期待しない方がいい。

俺は疑り深いのかもしれない… 護符かもしれない物を疑っている。宝石と指輪を疑っている。自分のエンジンを疑っている。<奴>を疑っている。

<双>を。

幸運なんか、期待していないよ。宝物に。

だから出かけていかない。

俺は船を守っている。

 いつも。


戦士に宝物はよく似合う。悪しき血と、豪華な飾りは讃え合うよ。響き合うんだ。

俺だって本当は迷信深い。誰かがジンクスを持っていたら、守ろうと思うんだ。

でも…


 本当は戦士に飾りは余計だ。

 俺はそう思うよ。

 そんなものを大切にしている余裕はない。俺には似合うと言われるけど。

 そんなものに目を掛けている時間はない。

 それに…


 ただでさえ目立つ。BやOのように。

 何か、もので目立とうとしたら…


とても危険だ。


 えっ?

 どうした、B。

 Pが戻ってきた…

  誘惑 M 160128


 目を疑った。


 半開きのドアからGとBの笑い声が聞こえたので、私は個室から翼廊に飛び出した。何か危険があるのだろう。

ルームに。

まずCの怪訝そうな顔が見え、次第に見えてきた、その差し出す手には宝石が乗っていた。その先には白い木の棒が見えた。

カタナだ。

かざしている。誰だろう、そんな危険なことを、たとえ鞘が、あったとしても…

信じられない。

あの落ち着いたPが。

闇の形相に変わっている。悪しき心を抱いた顔だ。Rが背に抱き着いて止めている。Jが腰を抜かしている。必死のIとTが手を差し伸べている。GとBは大爆笑だ。

<奴>と呼ばれる私しかいない。

<彼>はいない。

<彼>がいたら、こんなことは起こらないだろう…


 斬りたくて、斬りたくて、たまらない。Pの震える声がした。

 何を、宝石を。私は聞いた。

 はい… Pは溜め息だ。

 切ればいい。

 でも…

 どうした、斬れ! 私は叫んだ。

 そうだ! Bも叫んだ。

 そうしたら指輪を作れなくなってしまう… Pは答えた。

 そんなに指輪が欲しいのか。私は呆れた。

 竜の石と対だから。

 割ってみなければ分からないぞ、斬れ!

 でも…


 もし何も入ってなかったら…


 …その可能性はあるな。Tが言った。

 何故それを考えなかったんだ私は。Pは言ってカタナを投げ出し、頭を抱えた。その腕の隙間から艶やかな髪が、ハーネスから流れ出るかのように、こぼれ出た。

 だから指輪を盗んだんだろう。私は言ってやった…

 そうなのか。Tが問いただした。

 ただの指輪だ。Pは言い返した。

 うまく盗んだな、うまくないな。Gが腕組みをして言った。

鳳凰も竜も入ってない。Pは言い訳をした。

 抽象的な彫刻だ。私は助け舟を出してやった。

 だが対だ。Pは私の救いの手を振り払った。

 自分と幼馴染みに欲しいのか、対で。

 はい。Pは不安そうに言った。

 全部、欲しいんだな。私は聞いた。

 もちろんです、でも…

 宝石も指輪もカタナも。

 ちくしょう。

 どうかしている、おまえ。うろたえたTが言う。

 全部おまえのものだ。私は言ってやった。

 いいえ。

 正しく頼めば、全部おまえのものになったはずだ。私らしからぬことを私は言った。

 そんなことはありえない! PらしからぬことをPは言った。

分からないよ、分かるよ。Gも助け舟を出した。

 指輪はBとNに返せ。Tが言う。

 <彼>と<奴>のものだ。<奴>である私は尊大に言った。

 まだ決まってない。

 最上のものは私たちが取る決まりだ。私は言い放った。

 どうして私に権利がない。Pが声を絞り出した。

 Tが<彼>じゃないからだ。


 沈黙が降りてきた。ここに絶対があった。揺るがせられない何かだ。

 <彼>という絶対。

 内気で慎重なリーダー。内省的な英雄。いつも真剣で何も見逃さない。悲しむことはしても何も恐れないH。

 決して。

 うつむきがちな長身のボスは、いつも私たちに君臨していた。全てを捧げられる人だった。ありったけを。なのに<彼>は何も欲しがらないし、何か文句を言ったりはしない。

 それでも捧げられる。

 全てを。

 <彼>を初めて見た住民たちが、めいめい手にしたものを差し出すのを私は見てきた。盲目的な崇拝を<彼>は高みから軽々と受け取った。いつも尊崇と敬愛の先に<彼>はいた。悪しき血を濃く持つ戦士たちを、率いるのに相応しい人だ。おずおずと差し出された、その手に数多くの宝石を乗せてしまう人だ。

 その指には指輪を。

 たとえ大きすぎても。

 どんなものでも…

 自然に。 


 ありがとう。Pが察して言った。

 うん、許すよ。私は答えた。

 あなたは私に似ている。Pが問う。

 かもしれない。私は答える。

 次は飛ばせて下さい、あなたの横を。Pが懇願した。

 カタナも、指輪も、宝石も元に戻せ。私は釘を刺した。

 はい。

 それで… 雷撃したいのか?

 もちろんです。

 私とPとにインデックスをつけろ、みんな。私は見回して命令した。


 分かった。


いつの間にか来ていた<彼>が応えた…


信じられない。

こんな時に、へりくだれる人だ。

二人といない人だ…


闇よ<彼>をお守り下さい。

どうか。


  指輪の行方 H  160127


 何も起こらない。


 <彼>と呼ばれる私は、<奴>であるMと二人で捧げられた二つの指輪を繋げた。戦いが再開した後の新たな勝利の庭でだ。嵌めて、でなく手で持って繋げた。私たちの指には両方とも大きすぎたからだ。

少しだけ同時に息を止めた… 何かが起こりそうだった。

何も起こらない。

一緒に笑い出してしまった。

 ただの対の指輪だ。とても物理的な。

 繋げるだけ。

 魔法のような何かを期待しても無駄だ。なのに期待してしまった… 私とMだったからだろう、私たちが<彼>と<奴>だったからだろう。

だが、いったい何を?

 ただ魔法をだけ?

 <双>に、よかれと私は思ってしまう。事故が一つでも少ないように、危ないことが少しでも起こらないようにと、そう願ってしまうのだ。

 後ろ向きだ。

 本当に戦士に向いているのだろうか?

 私は?

 そこまで考えてしまう。気持ちが沈んでしまう… みんなが慰めてくれるが、心は晴れない。元来<双>は、とても危険だ。迷信に陥るほど。

 指輪に祈るほどの。

 偶然の…

 どんなものの力も借りたい。<双>は危険極まりない。そして私は恐怖を抱かないから、恐らくは鈍くなってしまっているのだろう。

 そのことが恐ろしい。

 仲間に並はずれた危険を強いていないだろうか?

 無理な飛行や戦いを?

 危険そのものを?

不安だ。

 だから偶然、手に入った指輪とは言え、対であることに何かの不思議を感じてしまう。それが世界を、<双>を好転させるかもしれないと考えてしまったことが、私が前向き思考であることの証であればいいのだが。

 少しでも。

 反対だと言う者は、いるだろう。この壮大なゲームである<双>の好転を願うのならば、今は悪辣だと言っているのも同じだ。


 そうだ、奇跡は起こらない。戦いは相変わらず危険なままだ。指輪の魔力に屈して逸脱をしたPも、たちまち正気を取り戻し、最悪の局面へと戻っていく。

 Mとともに。

 罪人と告発者が、パートナーになって飛んでいく。<双>は不思議だ。清濁あわせ飲んでしまう。減機だが私は飛ばない。Mは成熟し、私以外とも二機で飛べるようになった。

 Pは、もちろん。


 …なんのための指輪だったのだろう?

 どうして私たちの手に渡ってきたのだろう?


 かつて恐らくはパートナーの証だったのだろう。だが証しなければならなかったとは。それほどまでに弱い絆だったとは。そのことが私を落ち込ませる。わざわざ細工物で証を立てなければならない。束縛しなければならない。

 繋がり合う指輪で。

 Pならば理解するのだろうか…

 私には分からない。飛びに飛び、空で助け合い、勝利することが私の証だ。

 そんなふうに生きてきた。

 そんなふうにだけ。

 だから物に頼る者たちが理解できないのだ。ささやかな記念品を愛するCは別だが…

 …今日は敵に打ち勝った。私たちは強く、勝ち続ける。


 だが…

 いつかは互いのために死ぬのだろう。負けて打ちひしがれもするだろう。その時のために指輪は必要かもしれない。BとNが見つけ、ひそかにPが奪い取り、そしてMの手に戻り、私たち二人に再び決然として贈られた、汚れた美しい指輪が。

 決死の瞬間のために。

 いつか…

 敗北のために。ああ、そのことを考えると私は憂鬱になる。恐怖はないが悲しくなる。その気持ちを振り払えるなら、指輪も有用かもしれない。

 振り払えるだろうか。

 かもしれない。分からない。こんなものが出てくるなんて。

 私たちが倒した敵のマスコットから。

 その体内から。

 いろいろ考えさせる。そのことが奇跡かもしれない。指輪を繋げても起こらなかった奇跡よりも、そのことで耽った思いが大切だ。贈り物、いさかいと仲直り。

証。仲間内での外出。

戦いのあとの見つけもの、信じられないくらいの偶然の重なりから、私たちの手に渡ってきた指輪。私たち<二人>の手に落ちつき、再会の約束を果たしたように見える小さな装身具。必要かもしれない、何かあった時のために、互いを証するために。


だから小さな奇跡だ…

この指輪が?


この機会を支度した…

<双>が奇跡なのではないか?

 世界が!


 そうだ。

 

世界の存続を、どうか…



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