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CLOWNS  作者: 夏宮涼
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初めてのおつかい

「確かにアレは狙われるな」


 事務所を出て徒歩二十分、そんなに大きくない商店街を歩きながらコンが隣で呟いた。その視線の先には、アクと一緒に八百屋を覗く美桜の背中。


「あんだけ霊力高くて、よくもまあ昨日まで無事だったよなぁ」


 悪霊に狙われるということの危険性を、アイツは何処まで理解しているのか。

 事務所を出て暫くガチガチだった表情も今ではだいぶ和らいで、ニンジンやじゃがいもを手に取りながら何やら楽しげにアクと話している。外ではずっと一人だったと聞いていたから、連れ出したのは失敗ではなかったらしい。たかが食料の買い出しだっていうのに、最初に会った時の下手くそな作り笑いが嘘みたいに、普通に笑えている。


「あーあ。今日の飯、美桜が作ってくれりゃあいいのに」


「彼女はまだ客人だぞ、ヴァルゴ」


 そんな美桜の横顔を眺めながら溜め息をつけば、コンにたしなめられた。“まだ”って言ってる時点で、コイツの本音だって似たようなもんだと分かる。学校の弁当は自分で作ってたって言ってたし、美桜だって多少なりとも料理はできるはずだ。


「でも、今日の食事当番ってアイツだろ?ぜっっったい食えたもんじゃないぞ。甘味百パーだぞ」


「それは、まあ、仕方ないだろう。調理は作り手に委ねられているのだから・・・・・・」


 俺が顔をしかめると、コンも複雑な表情を浮かべた。結局みんな本音は一緒だ。あそこの食事にクオリティは求めないからせめて食えるもんを出して欲しい・・・・・・それだけ。


「ねぇヴァルゴ」


「んー?」


 手招きされて傍に寄ると、アクに持たせていたメモを何故か美桜が持っていた。


 丁寧なのに筆圧が薄いせいで妙に読み辛い文字は見慣れたもの。急いで書いたのかいつもより形が崩れているが、アクが書いたものだろう。

 その買い物リストの下部を指して、美桜はさも不思議そうに首を曲げた。


「この“練乳2”って何かな?そのまま練乳二本ってことだと思」

「あーあー、それね!それ、気にしなくて良いから!ミスだから!」


「え?そうなの?」


「そうそう、そうなの!いやー困るよなー紛らわしいから隠しとこうなー」


 アクエリアスさんに聞こうとしたら八百屋の奥さんとお話中で。


 美桜の言葉を遮って練乳の文字を隠すように下の方だけ折り曲げてメモを返す。そんな俺に困惑しつつ、美桜は未だ絡まれているアクの方を指差した。

 なるほど、それで俺に聞いてきたのか。


 アクの奴も何でご丁寧にアイツの要求した物を漏れ無く書き留めてるかな。最後のは聞き流して良いヤツだろうに。と言うか聞き流して欲しかったわ。


 品定めが終わったらしい美桜に職員共有の財布を渡して、八百屋のおっちゃんから野菜を受け取っては買い物袋に詰め込んでいく。今日の食事当番を考えるとこの食材達も報われないなと溜め息が溢れる。


「おいおい、どうしたよボウズ。そんなんじゃ、幸せ逃げるぜ~?」


「いや、未来を想って今現在の幸せを噛み締めてただけっすよ」


「はぁ?なんだそりゃ」


 相変わらず変わってんなっと、おっちゃんが大口を開けて笑う。クラウンズの買い出しといったら大抵ここの商店街で済ませてしまうから、俺達職員とここの人達はおおよそ顔見知りだ。大所帯は大変だななんて言いながら、割引いてくれることも少なくない。その代わりとして、結構雑用を頼まれることもしばしば。


 コンと俺ですっかり重くなった買い物袋を持って、八百屋を離れる。まだ絡まれているアクのことはこの際放っておこう。きっとまた、商店街の掃除や入荷した品物の運搬なんかを依頼されているに違いない。後日になるだろうが、人手を要する地味な仕事ほど、依頼された本人は肩身の狭い思いをすることになる。俺は絶対御免だ。


「お嬢さん、何買ってく?」


「えっと、牛肉を――」


 八百屋より数件先の肉屋。体力勝負なのか何なのか、ここの商店街で商売してる奥様方は体格が良い。ついつい美桜の細っこい腕と見比べてしまう。


「ちょっと、コンもヴァルゴも置いて行かないでよ~」


 ダークグリーンのマフラーをなびかせながら、さっきまで八百屋のおばちゃんに絡まれていたアクが走ってきた。先に行った俺達を口実に逃げて来たみたいだ。


「お疲れさん。どうだった?」


「どうって?・・・・・・ああ。大丈夫、今回は何も頼まれなかったよ。ただ、美桜ちゃんのことを新しい職員だと思ったみたいで、制服の事とかいろいろ聞かれてさ」


 なるほど。そういえば、俺の時も随分騒がれてたらしいな。新顔が増える度に過剰に反応し過ぎな気もするけど。まあ、こんな閉鎖的な市の中じゃ、小さなニュースでも話題になるのは仕方ないことなのかも知れない。


「そう言えばミオは制服のままだったな。四ノ季市内の高校の数など片手で足りる程度だから、どこの生徒かくらいはバレたか」


「まあ別に隠してるわけじゃねーからなぁ。それくらいは良いだろ。今後のためにも」


 肉屋のおばちゃんと楽しげにやりとりしている美桜を眺める。


 クラウンズの連中以外とも自然に接することができないと幸せな生活は難しいだろう、なんて最初は考えていた。

 けど、この調子なら何か問題が起きない内は、他者とのコミュニケーションに支障はなさそうだ。一人でいる期間が長かったみたいだから少し心配していたけど、思ったよりスムーズに人と会話ができている。




「あー、寒い。さっさと帰りたい」


「リストにあった物はもう全部買ったから、後は歩くだけだよ。頑張って」


「やっぱり、私も持つよヴァルゴ」


「いや、いい。大丈夫・・・・・・」


 男三人で荷物を分担しているから、体力的には全くもって辛くはない。けど、買い物を終えてここから更に歩くのかと思うと気分も沈む。

 日が高くなって来たとはいえ、風はまだ冷たい。霊体の俺達だって、生者と同じように寒さを感じるわけで。より快適な空間を求めるのは自然だと思う。


「いつも思うんだけどさ、もう職員用の車とか買っちゃえば?事務所とここの往復って結構めんどくさくないか?時間かかるし」


「そんな費用はないだろう」


「人間らしさを捨てれば苦じゃないってリブラ達は言うけど、僕やヴァルゴにはまだ難しいもんね」


 バッサリ切り捨てるコンと苦笑いするアク。コンや職員のほとんどの連中は、霊体としての期間が長い。古株の奴らなんて数十年も霊体として現世に留まっているらしい。人間としてよりも霊体としての生活の方が長い奴がほとんどだ。そりゃあ、人間らしさを捨てるなんて言えもするだろう。


 けど、俺やアクは霊体になってそれほど年数が経っていない。特に俺なんてまだ霊体歴一年くらいだ。クラウンズでも一番新米。未だに霊体としての生活に慣れていない。


 そもそも、俺やアクの場合は霊体歴以前に、生前の記憶が無い。だから自分が既に死んでいるって自覚も持てないまま、死人として生者に紛れて生活している。

 自分が何処の誰でどんなことをしていたのか、そんな事すら分からずに知らない街での生活を強制されているんだから、ストレスだって溜まりますとも。


 昼近い時間帯というのもあって、住宅街に入れば途端に周りから良い匂いがしてきた。


「そういえば、ヴァルゴ達も普通にお腹が空くの?」


 腹こそまだ鳴ってないが、空腹感を訴え出した腹を撫でていると、美桜が思い立ったように隣で口を開いた。俺が答えるより先に、その隣のアクが頷く。


「霊衣と霊鎧の話は聞いてるよね?僕らも悪霊と同じで、自分達の存在を保つために霊力を必要としてるんだ。霊衣は、その霊力を食物から効率よく摂取できるようになってる」


「霊力自体は、動植物だけじゃなくて空気中にも微量に漂ってる。俺達は、食事や呼吸をすることでその霊力を摂取してるってわけ」


 空腹を感じるのはそれだけ霊力が不足している証拠。昨日の二連続の対悪霊戦で、思ったより霊力を消費していたらしい。朝食として行きがけに四人でパンを買って食べたは良いけど、それだけじゃ足りなかったのは今にも鳴き出しそうな腹の具合から明らかだ。


「本当に人間とあんまり変わらないんだね」


 信号が赤に変わって足を止めた。流れて行く車を並んで眺める。

 商店街のおばちゃん達も、車に乗って何処かへ向かってる名前すら知らない連中も、自分達の生活圏で死人が動き回っているなんて夢にも思っていない。最初は上手く生者らしく振る舞えているか出かける度に緊張していたもんだけど、バレることはなかった。


 まあ当たり前だ。生者らしさなんてものの定義がないのだから、目立つ真似さえしなければ普通に溶け込める。

 そもそも、アイツに「フツーにしてりゃ良いんだよ。練乳箱買いしても何も言われない世界だぜ?」と、笑って言われた時点で気をつかうのをやめた。


 そんな風に意識を他所へやっていたら、背後からキコキコとリズミカルな音が聞こえてきた。

 三輪車に乗った子どもが短い足で休みなくペダルを漕いで進んで行く。何処かで見たことのあるその懸命な様子を横目に見ていれば、後から若い女の人が小走りでやってきた。


「お母さんかな?」


「多分ね。あの子いくつなんだろ、可愛かったなぁ」


 外はまだ寒いけど、子どもは元気らしい。俺達四人に見送られながら、当の本人は周りも気にせず道路を渡って行く。母親らしき女性もそのあとに続いて一緒に横断歩道を渡って行った。


 信号の色が変わって、車の流れが途切れる。

 今から帰って調理を始めるとなると、食べられるのはいつになるのやら。


 そんな事を考えながら、目の前の青を見て一歩足を踏み出し――。


 ――空気が、震えた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・ヴァルゴ?」


 聞き慣れた声が頭に響いて、素早く言葉が紡がれていく。

 急に立ち止まった俺達に気付き、一歩道路に踏み出していた美桜が振り返った。訝しげに眉が寄せられる。


「アク、俺の荷物を頼む」


「わ、分かった!」


 俺やアクが美桜に何か言う前に、コンは持っていた買い物袋をアクに押し付けて来た道を駆け出した。


「あ!おい!・・・・・・あー、もう!美桜!悪いけどやっぱ大丈夫じゃないから荷物任せたっ!」


「えっ!?あ、ちょっ、ちょっとヴァルゴ?!」


 さっさと先に行ってしまったコンを追いかけるために、手ぶらだった美桜に右手の荷物を預けた。

 美桜は目を見開いてそんな俺を見る。突然のことで完全に混乱してるみたいだけど、残念ながら丁寧に説明している暇はない。


「アク、美桜を頼む!」


「ヴァルゴも行くの?!」


「当然!」


 振り返った先にもうコンの姿はない。軽く舌打ちして、直ぐ近くの路地に飛び込んだ。

 アクがまだ何か言っていたけど、今は申し訳ないが放置だ。


 身を潜り込ませた路地に人影が無いことを確認して、右手を胸に添える。体内を循環する霊力の流れをイメージして、心臓があるべき中心へと一気に集中させる。

 右手の甲に紋様が浮かぶ。光が、霊力が、膨れ上がる。


 視界が、白に染まる。


「・・・・・・任務開始」


 光の膜を切り裂くように地を蹴った。視界が鮮明になり、身体も軽くなる。

 いつもはない長い髪に少しうんざりしながら、袴をなびかせ駆ける。風を切りながら取って返し、再び表の通りへ。


 道路を流れる車と並走しながら、コンが向かったであろう方角へと足を進める。さっきの親子を通り越し、更にその先へ。

 少し広めの交差点に差し掛かった。目の前の信号が赤く光る。


「よっと」


 歩道の際で飛び上がってその信号の上に足をつく。と、更に力を込めて跳ぶ。三車線の道路を越えて、反対側の信号機へ。

 そこからもう一度飛び上がって左斜め前のビルへ移る。そこからは平らな屋上を走り抜け、建物から建物へ、屋根から屋根へと足場を変えた。


 民家や小さな店が建ち並ぶ区画を抜けると、視界が一気に広がった。


 港だ。


 赤や青のカラフルなコンテナが積み上げられた港の中央。早朝には漁師や買い手で賑わう市場の屋根の上に、コンの背中が見えた。


「コン!」


 駐車場を抜けて同じように屋根へと登る。ランチの匂いで溢れていた住宅街とは違って、濃い海の臭いと魚の生臭さが鼻についた。嫌いじゃないけど得意でもない濃厚な風のせいで、鼻に皺が寄る。


「来たのか」


「当たり前だろ。それより、ピシーズが言ってたのってここか?」


 コンの隣に立って、周囲を見渡す。港の端にはコンテナの山ができているが、近くで見るとどれも錆び付いている。


「連絡通り、悪霊の気配が複数あるな。個体そのものの霊力は大したことないようだが」


「無駄に広いからな・・・・・・結界は?」


「コンテナ周囲に限定して問題ない」


「はいよ」


 コンが足元に霊力で練り上げられた札を貼り付けたのを合図に、俺も屋根から飛び降りた。人気のない港を走り抜けて、波が打ちつける際へ。空高く伸びる赤い鉄の塔を、跳び登っていく。その天辺にコンが持っていたのと同じ札を貼り付け、そこから地上へダイブ。着地と同時に地を蹴り、海沿いを駆けて岩壁を目指す。突き出た大岩に飛び乗って、適当にもう一枚の札を貼っ付けた。


 と、同時。

 コンも残りの札を貼り終えていたのか、緑色の透明な壁が天高くせり上がり港の端の一区画を囲む。悪霊との戦闘で、生物や建築物に被害が出ないようにするための結界だ。この壁の中で破壊された物質は、結界解除と共に再生する。

 詳しい原理は知らないし、説明されたところで到底理解出来ないから知ろうとも思わないけど、とりあえず、コレを創った所長とピシーズは器用だなと思う。


『ヴァルゴ、聞こえるか』


『ああ、音質良好だ』


 結界を貼り終えて手近にあった錆びたコンテナの上に立てば、何処かにいるであろうコンの声が頭に響いた。


 “念話”と呼ばれる意志疎通技術。俗にいうテレパシーみたいなものだと言われたけど、そのテレパシーを知らない俺からしたら、最初は不気味で仕方なかった。頭の中にいきなり他人の声が流れるんだから堪らない。初期はよく眩暈めまいに襲われたくらいだ。


 この念話は、距離や人数によって難易度が変わる。悪霊が出る度に念話で職員を討伐に派遣しているピシーズと、何度もボリューム下げろと言われている俺とでは、技量の差は歴然だ。技術力が霊力に比例してくれたら、俺にもそこそこ使いこなせる自信があるのに。


『これから討伐を開始する。下級相手だからといって気は抜くな』


『分かってますよ、センパイ』


 コンとの討伐はこれが初めてじゃない。新人とはいえ、もう一人で任務に出向ける立派な正職員なのだから、そこは任せて欲しい。


 視界の隅で黒い影が動いたのを確認して、さっそく相棒である番傘を霊力で練り上げる。


 自分の中を巡る霊力を右手に集中。大気を漂う霊力も、そこへ。双方を練り合わせるように一つに。集めて、混ぜて、凝縮し、練り上げる。


 霊力が流れ、風を生む。速度を上げて、密度を増して。


 風が、踊る。


 ――華麗に、全力で。


 光を放つ霊力の塊を握り込む。温かなソレは、確かな感触へと変化する。


「さあ、派手に行こうか」


 形を成した番傘を片手に、コンクリートの上へ飛び降りた。物陰で蠢く気配を探して、首を巡らす。

 ふと視線を上げれば、右手の赤いコンテナの壁に見覚えのある形状を見つけた。ヌラヌラと鈍く光る赤黒い表面に、四方へ伸びる長細い足。


「イヤイヤ、イヤイヤ」


 潮の匂いに混ざって、死臭が鼻をついた。


「はっ、ネズミの次はタコかよ」


 悪霊にしては珍しくサイズはかなり控え目だ。人の頭ほどしかない。子どもの様な高く細い声で、蝉みたいに鳴いている。


「・・・・・・蛸って鳴くのか」


 いや、悪霊と本物を比べるのは間違いかもしれない。見た目がいくら似てようと、その実態は全く別物なわけだし。

 とりあえず、向こうの出方を窺うために距離はそのままで右手を標的に向かって突き出した。霊力を刃に変えて、風に乗せて放つ。


「・・・・・・・・・・・・ん?」


 ・・・・・・消えた。


 矢の様に飛んだ一撃は、コンテナの壁にへばり付くタコ型悪霊にそのまま直撃した。いつもと同じように黒い煙を上げて、呆気なく悪霊が消滅する。


 ・・・・・・ホントに雑魚じゃねーか。


 拍子抜けするが、出来るだけ体力を使わずに済むならそれに越したことはない。

 そのままコンテナの森を右に左にと進んでは、見つけた悪霊を撃ち落とす、何ともコメントに困る流れ作業が始まった。消滅する度に舞う黒い煙が空気をどんどん淀ませていく。

 早く結界ごと消し飛ばさないと、濃くなる腐敗臭に頭がやられそうだ。


『おーい、コンさーん。なんかもう終わりそうなんですけどー』


 大方駆除し終えたのか、あちこち走り回っても悪霊の姿を見かけなくなった。今ならアクやコンが「お前も?」みたいな反応を見せた理由が分かる気がする。

 確かに、今回俺要らなかったわ。でしゃばってごめん。美桜に荷物押し付けたのも後で謝らないと。


「イヤ~イヤ~」


 八本の足を滑らせぬるぬると接近してくる悪霊。あと二歩分という所まで迫ったソイツに、無言で番傘を突き立てる。また濃さを増す腐敗臭。


 痛む頭に顔をしかめたのと同時に、空気が震えた。


『こちらも片付けてはいるが・・・・・・最初に悪霊が密集していたせいで気配を探し辛くなってきたな』


『確かに、倒してんのに減った感覚があんまりしないな。結界張り直すか?』


『いや、その必要はない。残りを片す手段ならある』


 結界内に充満する臭気が悪霊の気配をぼかしているせいで、悪霊があとどれ程残っているのかも正確に把握できない。

 例の黒い煙のせいで頭痛いし吐き気はするし、体力的には何の問題もないのに、気分の方は最悪だ。


『・・・・・・それと、ヴァルゴには援護を頼もう』


『いや、ここで気を遣ってもらわなくても良いんだよ、コンさん』


『来ないのか?』


『行くけども!』


 別に必要ではないけど折角来てくれたし何かしらお手伝いさせてあげようかな、みたいな。後付けの応援要請に込められた言外の気遣いのせいで、素直に喜べない。いや、むしろ申し訳なさが増した気がする。


 とにかく、形だけでも援護を頼まれたのだから、こっちが無視するわけにもいかない。目に見える場所に悪霊がいないことをサッと確認して、跳んだ。まとめて仕留めるなら、見晴らしの良い位置がいい。

 側のコンテナを一つずつ跳ねて登っていく。


 一番高く積まれている塊の上を走ってコンの気配を探れば、案外すぐに見つかった。仕込み始めたのか、一点に質の違う霊力が集まっていくのが分かる。その中心に、コンがいるはず。


「さっすが。どんどん釣れるな・・・・・・」


 毎度ながら便利な能力だなと、こんな時なのに思わず笑ってしまった。

 コンの体質に引き寄せられて、あちこちに分散していた悪霊たちがどんどん集まっていくのが俺にも分かる。



 奴らの後に続いてコンの姿が視認できる位置に移動する。と、カラフルなコンテナが赤黒いモノに呑み込まれていく様が見えて、少し驚いた。

 あれだけ狩っておいたのに、まだあんなにいたのか。


「イヤイヤ、イヤ」


 駄々をこねる子どもの声に似た鳴き声を上げながら、悪霊たちがコンから一定の距離を取って囲い込む。

 コンテナの上はもちろん、凹凸おうとつのある側面にも、コンクリートの地面にも、うじゃうじゃと赤黒いタコが這い回っている。


 そんな気色の悪い光景の中心で、コンは得物の槍を地面に突き立てたまま、目を閉じて動かない。アイツの目の前にある槍が徐々に白い光を帯びていく。


 コンに集中しているのは、何も悪霊だけじゃない。コンが空気中に漂う霊力を槍の先端に凝縮しているということは、そのまま一気に片をつけるつもりなんだろう。“囮”の能力に費やす霊力の量なんてたかが知れているから、今集めているのは間違いなく次の一手のためだ。


「って、はなから自分一人で終わらせる気じゃねぇか」


 一撃で終わらせると言わんばかりの霊力の集中に、一人苦笑いする。一掃する気満々の奴から援護を頼まれても、困る。一匹の獲り零しすらしない勢いだ。


「結局最後は見学か・・・・・・」


 少々不満は残るが、ここはお言葉に甘えて高みの見物でもさせてもらおう。日に照されて緩く熱を持ったコンテナに腰掛けて頬杖を付く。

 寄せ集まっていた悪霊達はコンの攻撃で一網打尽。任務完了。何とも呆気ない。そんな事を考えていたら欠伸まで出てきそうになって、慌てて噛み殺した。


 その時。


「っ?!」


 イヤイヤと鳴いていた悪霊どもが、一斉に何かを噴き出した。黒い煙。けど、悪霊を倒した時に上がるソレとは違う。


「っ、コン!」


 咄嗟に叫ぶ。声が届いたかは分からない。一瞬で真っ暗になってしまったから、コンの状況を把握する暇はなかった。見えなくなるその瞬間まで、ヤツは目を閉じていた気がしたけど・・・・・・。


 俺の高さまでは覆われていないが、当然今はコンの姿も悪霊の姿も見えない。あの量のタコ野郎が噴き出した黒煙の量も相当で、黒い沼地に足元のコンテナだけが浮いているのかと錯覚しそうになる。



 一点集中。



 右手の番傘に霊力を注ぐ。


 威力はともかく範囲は広めに。淀んだ空気をかき混ぜて、使える物は全部余さず使うつもりで。悪霊の残骸である黒い煙ごと、霊力を練り上げる。


「・・・・・・っ」


 瞬間、身体を貫く鋭い痛み。僅かに呻く。顔が歪む。それでも、集中だけは途切れらせずに。混ぜて、回して。どんどん繋いで。番傘の纏う風の速さを、強さを、上げていく。

 右手を掲げ、番傘を天へ。


 対象は、空間。この黒い沼地。太陽の光を呑み込むその全てを――


「吹き飛ばすっ!!」


 左手を添えて、一直線に番傘を振り下ろした。

 唸りを上げて風の塊が走る。真っ直ぐに。揺るがずに。沼地を、切り裂く。

 そして――。


「・・・・・・主命は必ず、我が手で」


 静かに、はっきりと、声が届いた。


 風塊がコンクリートに到着、四散した直後、広がった視界に稲妻が駆けた。蒼白い閃光が四方八方へと伸び、這いずる悪霊を焼き殺していく。その様は、無数の竜が大地を蹂躙しているかのようで。


「相変わらず派手だねぇ」


 乾いた笑いが溢れる。

 悪霊による被害よりもヤツの攻撃による被害の方が遥かにデカそうだな、と何度思ったことか。

 成す術もなく焼き消されていく悪霊達の悲鳴を聞きながら、今度こそ片がついたと安堵する。憐れな悪霊達を消し飛ばしている稲妻の大元は、真顔で任務を遂行中だ。




「すまないヴァルゴ。待たせたな」


「まったくだ。おかげで吐きそう。なんか奢って」


「吐きそうなのだろう?大丈夫なのか?」


「そういうツッコミはご遠慮願います」


 時間をかけ過ぎた、と無表情で謝ってきたこの騎士様に、果たして罪悪感はあるのかどうか。そもそも、連中の目眩ましであるあの黒沼現象に気づいていたかすら怪しいところだ。


「ま、とにかくさっさと帰ろうぜ?」


「ああ」


 瞬き毎に濃くなる腐敗臭に、そろそろ頭どころか身体中が限界だ。

 頷くコン。直後に消滅する結界。吹き込む涼やかな風。


 俺は全力で新鮮な空気を堪能した。

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