改めて、よろしくどうぞ
彼女の言葉に、数秒ほど思考が停止した。
どう返したら良いのか分からない。
ヴァルゴ達が死んでるって……。
「え、でも私、ヴァルゴにも所長さんにも触れたよ?これも私の霊力が強いからって言うの?」
「おいおい、なに情けない顔してんだよ。もしかして、怖いか?」
「怖くなんかないよ!で、でも、でもっ、二人が死んじゃってるって言うから……その……」
口から溢れる声は心なしか震えていた。
ヴァルゴ達が死者。もう、死んでしまっている人達……その事実になんだか胸が苦しくなって顔が歪んだ。悲しいような、寂しいような、よく分からない不安が膨らむ。
「あー、いや、確かに俺達は死んでるけど……何て言うか、別に悲しむような事じゃないんだって」
「そうですよ、茶倉さん。我々は肉体こそありませんが、“霊衣”という仮の器に魂を宿すことで、生物とほぼ変わらない生活を送ることが可能です。ですから、我々が死者であるということは、あまり意識しないで下さい」
困った様に眉を下げて笑うヴァルゴと、あくまで穏やかな表情の所長さんにそう言われたら、こちらも切り替えるしかない。それに、今自分の中に沸き起こっている感情が同情に似ている気がして、無理矢理意識の外へと追いやった。
二人が死者としての生活に不満がないというのなら、私はそれを素直に受け取って話を続けよう。
「あの、じゃあ、今おっしゃったレイイって何ですか?」
私の意図を汲んでくれた所長さんは、やっぱり先生みたいな丁寧な口調で答えてくれた。
「霊衣とは、私が作った魂の器です。作り方は複雑ですので割愛させていただきますが、魂は肉体がなければ本来“現世”に留まることはできません」
「確か、隠世に逝っちゃうんですよね?」
現世っていうのは小説か何かで聞いたことがある。この世のことだろう。生物が死んだら、魂は隠世に逝きまたこの世である現世に戻って生を謳歌する。それの繰り返し。これがさっき所長さんが言っていや輪廻転生か。
「はい。しかし、我々の様に魂だけで現世に留まってしまう存在ことが稀に起こるのです。我々はそれを“霊体”と呼んでいるのですが、この霊体は悪霊にとってご馳走になるわけですね」
「魂を守る肉体が無いから、ですか?」
「はい、その通りです」
考えながら言葉を紡いだ私に、問いに答えられた生徒を誉めるみたいに、所長さんは笑って頷いてくれた。
「じゃあ、怨霊と霊体って何が違うんでしょう?どちらも、死後に肉体から離れた魂だけの存在なんですよね」
「霊体に強く負の感情が関与すれば怨霊になる、といったシンプルな考え方で大丈夫ですよ」
つまり、幼稚な言い方をすれば、ヴァルゴ達は怨み辛みを持ってない優しいオバケってことだろうか。ホラーは得意じゃないから、今までの生活で怨霊に出会わずにやってこれて良かった。あとヴァルゴ達に負の感情が寄って来なくて良かった。
「ですから、悪霊や負の感情から魂を護るために、人間そのものの様に生活できる“霊衣”と、霊体に近い状態を保てる“霊鎧”を作ったのです」
「レイガイ?」
「霊鎧は、今俺が身に纏ってるヤツのこと」
首を傾げた私に、ヴァルゴはソファーから立ち上がって自身を指差すと、その場でくるりと一回転した。彼女の黒髪がふわりと踊る。
「その黒い着物が霊鎧なの?」
「いや、まあこの姿そのもの、かな。分かり易く言うと、霊衣は着ぐるみで、霊鎧は全身タイツ」
「あ、うん、ごめん。余計に分からなくなった」
彼女なりに、理解し易いように話してくれているのは分かる。けど、肝心な言葉の意味は、イラスト同様わけが分からなかった。ただ、彼女はめげない。というより、私の発言などなかったかの様に先を話し出す。
「だから、悪霊と戦うには霊衣より霊鎧の方がいいんだ。霊体に近い分動くの楽だし霊力も扱い易い。何より普通の奴らには認識されないからな」
ヴァルゴのその言葉にまた驚く。彼女の言う通りなら、この事務所に来るまでの間、端からは私が独り言を言いながら真夜中に町を徘徊しているアブナイ女の子に見えたのだろうか。
……夜中で良かった。
とりあえず誰にも見られていないことを強く願う。
「ところで、どうして皆さんは危険を犯してまで悪霊と戦うんですか?」
なぜ、わざわざ悪霊と闘うのか。人に見えない存在を倒したとしても、決して誰からも感謝されはしないのに。襲われたならまだしも、わざわざ自分達から危険を冒して討伐しに行く意味はなんだろう。
今までと同じようにすぐに返答がもらえると思っていたけど、所長さんから返ってきたのは予想とは別のものだった。
「茶倉さん、今夜はもう遅い。続きはまた日が昇ってからにしましょう。空いている部屋があるので今日はそこに泊まっていって下さい」
「え?……はい。分かりました」
所長さんはさっまでとは違う、有無を言わさぬ笑顔を浮かべて早口にそう言った。唐突な所長さんの雰囲気の変化に何かいけないことを聞いてしまったのか不安になる。
「美桜、部屋に案内するから」
どうしたものかと戸惑っている私の隣で、行くぞ、とヴァルゴが立ち上がった。ヴァルゴは何かしら所長さんの意図を察しているのか、背を向けて歩き出す動作に躊躇いも戸惑いもない。
美桜。もう一度そう呼ばれて、私も立ち上がる。所長さんに一礼してから、彼女の後を追って唯一明るかったこの部屋を後にした。
※ ※ ※
「…………夢、みたいだなぁ」
秒針が音もなく滑らかに時を刻むのを、少々大き過ぎるベッドの上から眺める。
舞のこと、悪霊のこと、それからヴァルゴ達のこと……。本当に夕方からいろんなことが起こり過ぎて、家を出たのがとても昔のことのように思える。舞の見舞いに行ってから今まで、その時々の感情や状況に振り回されっぱなしでゆっくり頭の中を整理するなんて余裕はなかった。
「…………………………」
ヴァルゴに案内された部屋に置かれた足の短いベッドに座って、壁に背中を預ける。
全体的に“和”をイメージして造られているこの部屋は、入り口付近を除いて全て畳が敷かれている。事務所の造りとは様相が全く違っていたから、ドアを開けた瞬間に感じた畳の温かな匂いや落ち着いた雰囲気に、まるで旅館みたいだなんて内心少しはしゃいでしまった。
部屋の隅には背の低い和風の箪笥と竹細工の照明が置かれていて、その側に今私がいる低くて大きいベッドがある。
この部屋を使用するのが女性でも男性でも困らないように、サイズは大きめなのだとヴァルゴが言っていた。
それと、多少の抵抗はあったものの、こっそり確認した奥の襖には塵一つなくて、使っていなかったにしては全体的に随分と綺麗だった。その後に箪笥の中も調べてみたら、上下セットになった真新しい感じの薄桃色のフリル付きパジャマが、綺麗に畳まれた状態で一番上の段に入れてあった。
『所長もヴァルゴも気が効かなくてごめんなさいね。私のだけどまだ使ってないから良かったら今晩はこれ着てちょうだい』
綺麗な字で書かれたそんなメモも添えられていて、嬉しさが込み上げてきた。制服のまま寝るのに抵抗があったから正直有難いというのもあるけれど、それ以上に、まだ顔の知らないここの職員さんが、私に気遣ってくれたことが凄く嬉しかった。
早速そのパジャマを手に取り……。
「……ん?んん?!」
予想よりもサイズが大きくて、思わず二度見した。
上のパジャマだけでワンピースみたいになってしまったので、察して下のパジャマは箪笥の中に眠らせたままだ。これを貸してくれたのは、随分と背の高い職員さんらしい。
もしかしたらモデルさんみたいな人かも。色といい、フリフリといい、可愛らしい物が好きそうだ。
「…………ふぅ」
そんなこんなで、とりあえず寝間着に着替えてベッドに戻ってから数分。壁にもたれながら何ともなしにぼんやりと部屋を眺めていた。今気がついたけれど、この部屋には窓がない。まあ場所を考えれば、当然と言えば当然か。
この事務所を外から見た時に抱いた広さの疑問。それは、一階用具入れの奥にあった地下への階段を見て解決した。
職員さん達の生活空間は全て地下に存在していて、私がいるこの部屋も地下一階にある。
『慣れないとこで不安だろうけど、ここは安全だから』
ゆっくり休め。
そう言って私の頭を撫でたヴァルゴの優しい目を思い出しながら、私は静かに意識を手放した。
※ ※ ※
寝返りを打って、うっすらと目を開く。真っ先に視界に映った見慣れない天井に、昨日の出来事は全部本当なんだなぁ、なんて他人事の様に理解する。まだ働いてない頭で仰向けのまま暫くボーッとしていた。
そこに、人影。
「よ、おはよーさん!」
「っ?!?!」
跳ね起きた。
突然視界に入ってきた見知らぬ顔に、寝惚けつつあった意識が一気に覚醒した。ベッドの隅、壁際まで素早く後退る。勢いで後頭部を打ち付けたけど、そんなことより。
「だ、だだだ誰っ!?ていうか、何勝手に人の部屋に入って来てるんですか!!」
「おーおー朝から元気だな。寝不足になってねぇかなって心配してたけど、その調子なら大丈夫そうか」
こっちはパニック状態だっていうのに、何を勝手に安心しているんだこの人は。歳はそんなに離れてなさそうだけど、そんなことはどうでも良くて。なんで仮とはいえ女子である私の部屋に男が上がり込んでいるんだ。ここは安全なんじゃなかったのヴァルゴ。これは恨むよ。
「ん?あー、寝惚けてるとこ悪いけど」
「もう寝惚けてないですよ!貴方、誰です?!」
ベッドの横に座り込んで、呑気に笑っている黒髪の少年に人差し指を突きつけて「不審者!」「変態!」と形振りかまわず叫ぶ。
しかし、そんな私にかまわず、彼は「そんなことより」と私の足元へ視線をやった。
「パンツ、見えてるぞ」
「うぎゃーーーーー!!」
変態少年の指摘に、咄嗟にパジャマの裾を下げる。見られた。見知らぬ男に、見られた。
羞恥と混乱で一気に顔が熱くなる。朝から何なんだこれは。不幸過ぎる。
「花柄か。かわい――」
「わーーーー!!」
殴った。丁度良い位置にあった彼の顔を思いっきり殴った。なんて朝だ。初対面の男子にパンツの柄についてコメントされるなんて。最悪だ。本当に最悪だ。
勢い良く後ろに倒れ込んだ変態男子を睨み付け、変態と罵り続ける。今更ながらパジャマの下も履いておけば良かったと後悔。いや、あれは履いても脱げてそうなサイズだったな。
「ちょ、今のは効いたわー。いきなり何すんだよ」
「それはこっちのセリフですよ!さっきからずっと聞いてますけど、貴方誰なんですか本当に!!」
イテテと左頬を擦りながら身体を起こした変態少年が不満げな目でこちらを見る。いや、文句言いたいのはこっちだよと言ってやりたい。
「誰って、ヴァルゴだよ」
「んなわけあるか!!」
「痛ッ?!」
再び拳を突き出せば、変態少年は悲鳴を上げて畳に転がった。
お前がヴァルゴであってたまるか。ヴァルゴは美少女で君の様な変態野郎じゃない。彼女が髪を切ったとしても、目の前の少年と見間違えたりはしない。
「ど、どうかしましたか!?」
この騒ぎが聞こえたのか、バタバタと廊下を走る足音を私が認識した直後、部屋のドアが開け放たれた。
「あ………………」
「………………」
薄水色の、春の空の様な髪をした男の子が、部屋に飛び込んで来た。目が合って、お互い固まる。
誰だ。また知らない人が増えちゃったんですけど。ヴァルゴ、どこ。所長さん、ヘルプ。
「朝から客人の部屋で騒ぐのは感心しないぞ」
「え…………」
そんな水色少年の後ろから、背の高い、外国人が現れた。天然の金髪青眼に色の白い肌。まるで絵本に出てくる王子様みたいだなと現実逃避する。
入り口に現れた二人は揃って私を見、次いで呻きながら起き上がった変態少年を見た。
水色少年が慌てて変態少年に駆け寄る。その際にちゃんと靴を脱いで揃える辺り、彼の性格が窺えた。
「ちょ、ちょっと何してるのさ“ヴァルゴ”」
「へ?」
水色少年の言葉に、間の抜けた変な声が出た。
ヴァルゴ?ヴァルゴって、この変態の冗談じゃないの?え?え?
呆気にとられて口が開いてることに暫く気づかなかった。
「え、あの、今、ヴァルゴって……」
「え?あれ?知らないで部屋に上げたの?」
いや、勝手に入って来てたし。
そう言うと、水色少年は垂れ目を丸く見開いて、起き上がったばかりの変態少年の肩を掴んだ。
「ヴァルゴ、女の子の部屋に勝手に入ったの?!しかも、この様子じゃ、ちゃんと説明もしてないでしょ」
「いや、説明しようとしたんだって!まあ、勝手に部屋入ったのは事実だけど。鍵開いてたし、まあいっかって思って」
良いわけあるか!と、今度は手元にあった枕を彼の顔面に投げつけた。低い呻き声が上がるが、今回はよろめくだけで倒れはしなかった。
「ヴァルゴ、異性に興味を持つのは構わんが、そういうことは朝にやるものではない。昔から夜這いという言葉があって、忍び込むなら――」
「待て待て待て待て!違うから!俺は別にそういう目的で来たんじゃないから!美桜も勘違いすんな!その手を下ろせ!」
金髪さんが真顔で大変よろしくない発言をするのを遮って、変態少年は冤罪だと叫んだ。この中でまともそうなのは、もう水色少年くらいだ。金髪さんがそんな人だとは思わなかった。王子様みたいだなんて考えた自分が恥ずかしいわ。
目が覚めてからすっかり騒がしくなった室内。急展開過ぎてパニックになっていたけど、こうして知らない人達の中に自分がいるなんて状況は初めてで、正直どうしたら良いのか分からない。一人でいた時間が長すぎで、改めて現状を見直すと最悪だ。所長さんとお話するのにも緊張していたのに。
「あー……その、悪かったな美桜、びっくりさせて」
ベッドの上で途方に暮れていた私に気づいたのか、変態少年がばつの悪そうな顔をした。あとの二人も、何だかんだ女子の部屋に上がり込んでいることを思い出したようで揃って大人しくなった。
金髪さんがベッドの傍らに跪いて、縮こまっていた私の手を取る。
「怯えさせてすまない。申し遅れたが、私はカプリコーン。ここクラウンズのメンバーだ」
「あ、えっと、茶倉美桜です」
洋画やアニメとかでしか見たことなかった恭しい所作に、こちらも背筋を伸ばして小さく頭を下げた。と、その流れで、カプリコーンと名乗った金髪さんが私の手に顔を近づけて……。
「あ……」
「っ!?」
口付け、た。
声を漏らしたのが誰なのかも分からない。顔が、熱い。何、今の。
「あー、ハイハイハイハイ。それ人によっちゃセクハラだから。アウトだから」
「そうなのか。分かった、以後気をつけよう」
硬直する私の手を金髪さんから奪って、変態少年が私達の間に割って入ってきた。金髪さんに口付けされた手の甲を自身が着ているジャージの袖でゴシゴシ擦ってくる。摩擦で赤くなってきた。別の意味で熱い。
「えーっと、僕はアクエリアス。なんか、騒がしくしちゃってごめんね」
「あ、いえ、大丈夫です。こちらこそ朝から叫んじゃって……」
すみません、と二人で頭を下げ合う。空色の髪をしている彼はアクエリアスさんというらしい。彼も変態少年と同じで、私とそう歳は変わらなさそうだ。もしかしたら歳上かもしれない。少し垂れがちな目尻の先、左目の下に泣き黒子がある。
苦笑いし合う私とアクエリアスさんを見ていた変態少年が、咳払いして居住まいを正した。アクエリアスさんと揃ってそちらを向く。摩擦で熱くなった手は、何故か握られたまま。
こちらを真っ直ぐ見つめる彼の深紅の瞳に、既視感を覚えた。
「改めて、俺はヴァルゴ。よろしくな」
ヴァルゴ。本当に、彼がヴァルゴ……。
「え、じゃあ、昨日あの子は?」
「ああ、夜中に話したこと覚えてるか?霊鎧と霊衣の話」
唐突に昨日の話題を振られ記憶を探る。
「あの、着ぐるみと全身タイツっていう……」
よく分からないと言いつつ結局あの珍妙な例えが一番に思い出されている時点で、彼女の話もイラストも無意味ではなかったのかもしれない。いや、イラストは要らなかったか。
「そう、それ。美桜に会った時は霊鎧を纏ってた状態だったからあんな格好してたけど、俺の本当の姿はこっち」
そう言いながら、ヴァルゴを名乗る少年は自分を指差した。彼の黒い髪や紅い瞳には確かに見覚えがある。顔そのものに昨日の彼女の面影はないけれど、確かに口調は今の姿の方がしっくりくる気はする。
「じゃあ、今は霊衣の姿ってこと?本当にあのヴァルゴなの?」
「本当にほんとだって。橋の上での約束も、ちゃんと覚えてるし」
そう言いながら、彼は小指を立ててみせた。私との指切りを指しているのは明白だ。
「本当にヴァルゴなんだ……え、てことは、アクエリアスさんやカプリコーンさんも霊鎧を纏うと女の子になっちゃうの?」
傍にいた二人に顔を向ければ、ヴァルゴは笑いながら首を横に振った。
「いや、コイツらの見た目は変わんねーよ。というか、霊鎧と霊衣で姿が変わるのなんて俺くらいなもんだと思うけど」
「スコーピオも姿形を変えはするが、あれは奴自身の意思でそうしているだけだからな。ヴァルゴに女装癖が無いのであれば、原因は我々にも分からん」
「俺にンな趣味はないし、その話はもう随分前に終わったことだからやめてくれコン」
深い溜め息をつくヴァルゴに、コンと呼ばれた金髪さんは真顔で分かった、とだけ応えた。ヴァルゴとしては、霊鎧時にあの姿になるのを快く思っていないみたいだ。まあ、彼の今までの言動を顧みると、確かに女性に成りたいという願望は微塵も感じない。
「っと、そうそう、こんなとこでのんびりしてる場合じゃなかったな」
「あ、そっか、所長さんとのお話が途中だったよね」
そこまで言って思い出す。そういえば、私の質問の後、急遽所長室から出されたけど、やはり私は何か不味いことを聞いてしまったのだろうか。
改めて心配になってきてヴァルゴに聞いてみたら、問題ないから気にするなと言われた。けど、それなら所長さんの雰囲気が急変したアレは何だったのか。
「質問?ミオは何か聞きたいことがあったのか?」
私とヴァルゴのやりとりを聞いていたカプリコーンさんが首を傾げた。
そういえば、カプリコーンさんもアクエリアスさんも普通に私と自己紹介していたけれど、私の立ち位置ってどうなっているのだろう。最初、カプリコーンさんは客人と言っていた気がするけど。
「ヴァルゴやここの、クラウンズの皆さんが、どうして危険を冒してまで悪霊と戦うのか気になったので聞いてみたんです」
「ああ、なるほど。まあ、当然の疑問ではあるな。だが、それならわざわざあの人に聞くまでもないだろう」
そう言ってカプリコーンさんは、所長さんに代わって昨夜の続きを話してくれた。肉体を離れた魂が隠世にいくという話は聞いたか、と問われて頷き返す。
「だが、悪霊に喰われた魂はそうはいかない。そのまま悪霊の一部として取り込まれ、現世に留まり続ける。その悪霊が消滅しない限り永遠にな」
「それじゃ、悪霊に食べられてしまった魂は、輪廻転生の輪から外れちゃうってことですか?」
「そうなる」
だから、この人達は戦っているのか。取り込まれてしまった魂を救うために。狙われた魂を悪霊から守るために。
「まあ、もちろん、悪霊に力をつけられてから暴れられると厄介だからってのもあるけどな」
ヴァルゴがそう付け足して立ち上がる。
「実は所長、用事で今忙しいみたいでさ。美桜が良ければ、俺達の買い出しに付き合って欲しいんだけど」
「買い出し?」
「そ。今日の昼と夜、それから明日の朝の分の食料を買いに行かなきゃならないんだよ。本当は俺とアクの担当なんだけど、コンも暇らしいし、折角なら美桜も一緒にどうかと思ってさ」
一人で部屋に籠ってると萎えるだろ?
そう言ってヴァルゴが笑う。どうやら、昨日散々泣き散らした私を気遣ってくれたらしい。
誰かと一緒に外出なんて、いつぶりだろう……。
そこまで考えて、温かくなっていた気持ちが急に冷めた。
――駄目だ、私は。
「ごめん、でも私……」
私は他不幸体質だ。安易に誰かと出歩くべきじゃない。そもそも、アクエリアスさんとカプリコーンさんは私の体質のことなんて知らないはずだ。一緒にいて何かあったら、私は絶対に後悔する。
「おい」
後頭部に衝撃。いつの間にか落ちていた視線が揺れる。顔を上げたらヴァルゴの手刀が見えた。また、チョップを食らったらしい。
「お前の体質のことなら心配すんな。クラウンズの人間が三人もいるんだ、何が起きてもまず問題ねーよ」
「で、でも」
「でも、じゃない。変わりたいなら行動しろ。サポートするって言ったろ」
外で待ってるからな、と言い放って、ヴァルゴはさっさと部屋を出て行ってしまった。カプリコーンさんもそんなヴァルゴに続いて去っていく。
呆気に取られている私に、アクエリアスさんが声をかけてくれた。
「ヴァルゴの言う通りだよ。通称何でも屋のクラウンズだからね、困ってるなら力になるから。まあ、今回は僕らの買い物に付き合ってもらうわけだから、立場は逆かも知れないけど」
そう言って苦笑いするアクエリアスさんに、何て言ったら良いのか。誰かと一緒に外を歩ける、一緒に買い物ができる。それが凄く嬉しくて。頼って良いと、心配要らないと、そう言ってもらえたことが嬉しくて。
「……ありがとう、ございます」
「こちらこそ」
そう一言返せば、アクエリアスさんも笑って応えてくれた。
「ああ、言い忘れていた」
アクエリアスさんが部屋を出ようとドアを開けると、入れ違いでカプリコーンさんがひょっこり顔を出した。
何事かとベッドから降りる。もちろん、裾が捲れてないかはチェック済みだ。もうあんな失態は繰り返さない。
「洗面所はそこの壁に掛かっている掛け軸の向こうにある。良かったらそこを使ってくれ」
「え?掛け軸、ですか?……って、居なくなるの早いなぁ」
彼の指差す方を向いて振り返るまで約二秒。既にドアは閉じられていて、当然ながらそこに彼の姿はなかった。
「掛け軸の裏って……そんな忍者屋敷みたいな」
カプリコーンさんが指し示した先にあったのは、鯉が滝を登ろうとしている絵が描かれた掛け軸。近付いてみても、普通の掛け軸にしか見えない。けど、それに手を添えて手前に引くと……。
「ほんとにあった……」
掛け軸の幅だけ壁がくり貫かれていて、その奥には言われた通り洗面所が。その上更に奥にトイレと思しきドアもあった。
何これ、本当にホテルだ。
新品の歯磨きセットやブラシまで置いてあって、まるで宿泊施設だななんて感動しながら、外で待つ彼らのために大急ぎで身支度を整えた。
ようやくちゃんと主人公登場。
男性率高めですが逆ハーレム要素はないのでご了承ください。




