楽屋でホモと会う
アンコールまで終わると、いよいよ前島にとって気の重い、楽屋挨拶のイベントが思い出される時間となった。
「木田、まずはシタタリさんのところから行くから一旦そちらさんとは離れるぞ」
室井の後ろについていこうとした木田が櫻井に引っ張られてきた。
「あぁ!?なんでだよ!」
「一か所にいっぺんに行ってもしょうがねえだろ、それにまずは先輩からだ」
「バイバイギダユー」
「健嗣……」
半べそで引きずられる木田を見ながらやれやれと前島は息をついた。
先にシタタリに会うのは前島には好都合だった。
それならカルバンの方は適当に挨拶してすぐ掃けてしまえばいい。
楽屋前で櫻井がスタッフにパスを見せて中に通してもらう。
楽屋はいつも自分たちがライブをやる場所より清潔そうで広々としていた。
スタッフの人数もパッと見ただけでも違う。当然、舞台が大きくなれば動く人数も多くなるのか。
「あれ?ピーエムじゃん」
ドアが開いてすぐに気付いたのは、タンクトップにタオルを肩にかけた姿の外村だった。
「あぁ、外村さん!こいつらのこと覚えてますか」
「うんうん昔挨拶したじゃん、マネージャー君のことも覚えてるよ、櫻井くんでしょ。今日来てくれてたんだー早く言ってくれりゃ良かったのに」
外村の方から近付いてきて前島は急いで頭を下げた。
そういえば以前に挨拶した時も、やたら社交的でこちらに距離を作らない人だと感じたんだった。
「いや、本当に今日は……圧巻でした」
それは前島の正直な感想だった。
ライブが始まる前は話すことなんか何があるだろうと思っていたけど、今はいくらか伝えたいことや言いたいこともあるような気分だ。
「あーそれ麗二に言ってあげるとねー喜ぶと思うよ。麗二れーじー、お客さん来てるよーピーエムの子たちが」
外村は楽屋の奥へと声を張る。
奥の方に一つ人が固まった場所がある。
鏡に向いてこちらに背を向けていた人間が、こちらを振り向き立ちあがった。
「え~、今ちょうど化粧落としちゃったところなんだけどな」
香月はそう言葉を発しても、その口はそれがどうしたとでも言いたげに自信満々の笑みを浮かべている。実際、化粧を落としたところでその中世的な美しさは変わらない。
まだ汗の張り付いたワイシャツを着たままで、肩にかかった深い茶色の髪を掻き分けてこちらにゆっくり歩いてくる。
ライブスタッフなのか付き人なのか、香月の取り巻きはその姿を視線で追い恍惚の表情を浮かべていた。
たしかに綺麗ではあるが、なんだかその周囲だけ現実離れしているような気がして、前島は近づかれるのが少し怖くなった。
「んーと……事務所の後輩、なんだよね?ごめんね、俺覚えが悪くって」
香月の視線が木田、前島へと順番に移る。
「いやいや、こちらも何せまだまだひよっ子バンドですし……」
櫻井もオーラに気圧されているようで、笑顔を保ちながらも少し腰が引けている。
香月はアハハと笑ったあとに、木田の方を向いた。
「ごめんね、そういうわけで名前教えてもらっていい?」
「あぁ、木田悠、です」
前島から見た木田は、どうも普段とたいして変わりが無いようでむしろ前島が驚いた。
確かに緊張した様子はある、しかしそれは慣れない相手に対していつも見せる人見知りのようなもので、決して香月のような相手に限定される態度ではない。
「木田君か、どうだった?今日」
「え?あー……全然、俺らがいつもやってるライブとは違くって……人の入り方すごいっすね」
それは褒めているのか!?と前島が疑問に思ったところで「圧巻だったってー」と外村が横から助け船を出してくれた。
「そう?まぁ今日はラストだったからね、ちょっと気合い入れちゃったかも」
自信。
その言葉をここまで体現できる男がこの世にいるものだろうか。
見ているほどに大量のファンが付くのも納得のオーラだと前島は体感した。
「こんばんは…あれ、お集まりかい?」
入口の方から声がして、皆が一斉に振り向く。前島はゲッと声を出しそうになってしまった。
角北朋明、彼が今ここに入って来ようとは。
「トモさん!こっちにも顔出してくれてるんだ、嬉しいですね」
香月は心なしか自分たちに向けた笑顔より愛想のいいそれを角北に向けていた。
「いやいや、今回は僕たちが君たちの人気に乗っかった形なんだ、お礼くらい言わせてもらわないと。あれ?君たち……」
香月の肩をポンと叩いてから(香月にそんなことが出来る人間がいることに前島は驚いた)、角北はpmp一行に目を向けた。
「あっ私たちはpink motor poolといいまして、シタタリさんの後輩に当たるバンドなんです。私はマネージャーの櫻井です」
「あぁ、やっぱりそうか!君たち聞くよ、若いのに渋い音楽やってるって話で。俺の周りもファンが多いんだ」
角北は屈託のない笑顔で前島、木田、櫻井と手を取り握手した。
前島は愛想笑いを浮かべながら「これが大人の社交辞令か」と胸中で苦笑いを浮かべた。
「是非うちのバンドの奴らにも顔見せてってくれよ、まぁ喜ぶから!」
「えっ?」
前島はさっそく背中を押されて出口のほうに促されそうになる。
もちろんこの後行く予定ではあったが、あまりに唐突であることに戸惑ったし、まだシタタリへの挨拶をちゃんと済ませていない気持ちがある。
「そうそう、トモさん達の前座のバンドも素敵でしたね!」
香月が思い出したように手を叩いて、角北の歩が止まった。
「そうか?香月くんにそう言われちゃあいつらも喜ぶね」
「はい、ずっとツアーで一緒にいたけどみんないい子だったし、あっキヨシさんは先輩だしいい人ですね、でもギターの子とかすっごい礼儀正しいんですよ。背も高いしモテるでしょ?彼」
へーぇ、なんて風で角北は少し口角を上げながら数回頷いた。
「キヨタカは元々やんちゃだったけどねえ、なってないところはちょっと叱ってたからね。でもアイツがモテるかはどうかなぁ、取っ付きにくい子だよ?」
香月は口の端をクッと伸ばした笑顔になった。
「君たちはもう行くの?」
話題は突然pmpに振られて櫻井も含め全員が一瞬対応が遅れた。
「そ…そうですね、あまりお邪魔してしまっては失礼なので、カルバンクラウンさんの方にも顔を出してこようかと!…行こうか」
櫻井はこの場の空気を計りかね、即刻退場することを最善とした。
「あぁ是非是非!見てっておいで。一緒に行こうよ」
「あれ?トモさんももう行っちゃうんですか?」
「俺も顔出しに来ただけだから、あとで打ち上げの時にゆっくり話そう」
……なんだこの2人の近さは。
前島は少し気にもなったが、直属の先輩にまであらぬ疑いをかけるのはやめようと思い気付かなかったことにした。
それから角北が先頭になってシタタリの楽屋を後にした。
扉をくぐる際、前にいた櫻井が「お邪魔しました」と楽屋の方を向いて頭を下げるから、2人もそれに倣った。
前島は一瞬香月に目を向けた。香月はニッコリ笑ってこちらに手を振るだけだった。
前島はもう一つ気になっていることがあった。
さっきの、カルバンクラウンのキヨタカとかいう人間について、2人のやり取りはどこか取って付けたような唐突さと不自然さがある。
何かその2人のうちの、暗黙のやり取りのような。
「おーい麗二に見とれてるキミ置いてかれてるよー」
外村の声に前島は我に返り、慌ててもう一度会釈して後に続く列を追いかけた。
最後尾にいた櫻井が表情で早く来いと急かしている。
通路を歩きながら角北はこちらを振り返って愛想の良い笑顔を見せた。
「そうそう知ってる?うちのボーカルのジュンって子はさぁ」
「弟?」
木田が言い終わる前に即答する。櫻井は一瞬木田を睨んだ。
「あぁやっぱり知ってるかぁ、それにしてもお兄さんの方と全然雰囲気も違うだろ?」
「はは…確かに」
前島が先に相槌を打っておいた。
「でも面白かったろう?彼」
「そうですね、なんかショーって感じの動きに慣れてるなぁって」
前島の答えに角北は人差し指を立てて「そう」と頷いた。
「彼のいいところはね、自分が見世物であることと見世物としての動きを熟知してるんだ」
「見世物?」
木田の鸚鵡返しを受けて角北は更に語り出す。
「シタタリなんかは完全に観客の上に降臨して自分たちを崇拝させるようなライブをするじゃない。
ジュンがするのはその逆で、完全に自分は観衆よりも下であるという見せ方をするんだ。
客が安心して自分を笑い、バカにして、値踏みできるようにね」
木田が少し眉をしかめた。
「いやこれは重要なことでね、自分たちがステージ上の人間より大きくいられるというのは見ていて気持ちがいいんだよ。
奴隷の剣劇の頃からそうだ、舞台に立つ人間は笑い者であるか教祖であるかでないと人の心を掴み損ねるんだよ」
角北は急に真剣な顔つきになって、後ろ向きに歩き出した。
「だけど演じる側だって人間としてのプライドがある。
バカにするのが気持ち良くても、バカにされるのが気持ちのいい奴なんてそうそういないだろ?
そこを割り切って人のプライドを放棄し、見世物としてのプライドだけでステージを動ける奴はね、それだけで才能だ」
「分かりますよ」
最初に声をあげたのは木田だった。
「覚悟、アイツのはすごいと思います」
角北は一瞬キョトンと目を丸め、それからハハハと口を開けて笑った。
「そうなんだよねぇ、そこまで見抜かれると逆に尊敬されちゃうんだよな。
だからこそ救いがあるわけだが……あの覚悟はどこから来るか分かるかい」
木田は表情を少し曇らせ、「なんとなくは」と小声で答えた。
「そうか。じゃあ、俺の聞いた噂は本当だったのかな」
角北の笑みに一同すくんで、視線が木田に集まった。木田は一息置いてから「ピーチクパーチク言ってる奴がいんだなぁ……」と頭を掻く。
「それは肯定か?まぁなに、僕の君への評価がそれで変わるわけじゃないからさ。僕にも分からないことじゃないし」
サラリとした告白に一同反応に困っていると角北はまた笑う。
前島にはジュンの覚悟というものがどこから来るのかだけ分からなかった。
木田が既にジュンと挨拶したことは知っている。
それで何か話を聞いたか、もしくは何か察するところがあるのだろう。
この男は人の本質に対する観察眼は妙に鋭いから。
それよりも、前島は自分が角北の仕掛けにまんまとハマったような気分がしておもしろくなかった。
一目ジュンを見たときは、ふざけた格好で音楽をしていることへの腹立たしさを覚え、彼を批評する視線で見ていたのだ。
そこからいつの間にかステージにくぎ付けになっていた。
パフォーマンスの本質を見抜くことも出来ず、上から面白がって夢中になっていたんだ。
ジュンに対しても香月に対しても自分は愚かな聴衆でいられることしか出来なかった。
それはまるで自分がつまらない人間の証明であるかのようだ。
木田は破天荒だし酒癖が悪いし常識も社交性もないが、音楽的センスや観察力の鋭さは自分を圧倒している。
まさしく天才肌の人間だ。
室井も同じようなふしはある。似たもの同士惹かれあったというところが、この2人にはあったのだろう。
木田と、世の天才たちと比較して自分はなんて平凡でつまらない人間なのか。
何年も一緒にやってきて、前島は度々そのコンプレックスに苛まれることがあった。
平凡でつまらない、アーティストとしての自覚を持つ前島にとってその意識は頭を掠めるだけでも気持ちを急速に沈めていった。
「さぁ、どうぞ」
前島の気持ちの浮き沈みに関わらず、一行はカルバンクラウンの楽屋に辿りつき扉が開かれた。
扉が開かれた瞬間、前島の悶々とした悩みは吹き飛んでいった。
「なぁ悠にぃにはちゃんと満足さしてもらっとるの?なんなら悠にぃには1から69までみっちり俺が教えこんで……あ~んトモさ~んお帰りなさ~い」
室井の腕に抱きつきピットリとくっついていたジュン……が、今度は角北の方に駆け寄ってギュッと抱きついていた。
「はいただいま、お兄ちゃんと遊んでたの?」
「んーだめ健嗣にぃはガード堅くってぇ。あっ!悠にぃ~お久しぶり~、やーん今の聞いとった?だいじょーぶ嫌なら俺が迫ってきても張り倒してくれりゃあいいのよんふふ。あっ、それでそれで彼でしょ悠にぃの隣の人、こーちゃんさんって人!見てる聞いてる、んー確かにイイ男、けっこー俺の好みかも、んふ」
ジュンは前島の両手を取って上目づかいに前島を見つめている。
完全に固まっている前島は数秒置いて、
「マジのオカマじゃねえかああぁっ!!?!?」
今見ている目の前の人物について率直な感想を叫んだ。
「んー違う違う、俺こう見えて身体も心も工事の予定ないんだわ。確かめてみる……?」
「うわああああ触らせるな手を取るな俺から離れろ!!!!」
手を振り払うと前島は一気に楽屋の奥まで逃げ込んだ。
「イテッ!」
「あっ!ごめんなさ……」
背中が誰かとぶつかって咄嗟に振り向くと、視線の下の方、やたらと背の小さい男が、鬼の形相でこちらを見上げている。
「いってーなクソ……」
「あ、キ、キヨシさん!?」
その小さな猛獣はカルバンクラウンのキヨシである。
小柄なのは前から知っていたが、こうして近くで見ると中学生のようだ。
「あああすいません!ちょっと慌てて……」
「前島バカ!お前先輩相手に何やってんだ!」
入口の方から櫻井の怒号が飛んだ。
「やーん何でそんな慌てるのー???」
「わあああああっ!!!」
謝ってる最中にもジュンが背後から抱きついてきて前島は絶叫した。
キヨシが舌打ちを打ってやかましそうに耳を塞ぐ。
「おいジュンはしゃいでんじゃねーよ、てめーはあのホモの傍で大人しくしてろ!」
キヨシが顎で角北の方を指すと角北はピクッと笑顔をひきつらせた。
ジュンはハーイと大人しく角北の腕に抱きついて止まった。
「……でね、えーと」
角北は周囲の注目を集め、目を泳がせながら言葉を選んだ。
「とりあえずね!せっかくpmpのお二人が挨拶に来てくれたわけだから、ちゃんと自己紹介していこう。キヨシもちょっと頼むよ、隅の二人もハイ来て!」
角北の号令でキヨシと、奥の方に固まった二人がノロノロとこちらまで近付いてきた。
「まぁ、とりあえず、ジュンからでいいかな?」
「ハーイおばんです、健嗣にぃの弟でカルバンクラウンボーカルのジュンでーす、こーちゃんさんと櫻井さん?は初めまして―」
ジュンは挨拶しながらも角北の腕に抱きついたままで、角北もさすがに苦笑している。
前島は未だに唖然としていた。
声は兄によく似ているし、顔も髪が長くてよく見えないが雰囲気は室井と近い。
しかしキャラが強烈すぎる。
室井は側でいつも通りの佇まいでいるが、この兄弟の会話というのが前島には到底想像がつかなかった。
「前島君はキヨシのことは知ってるのかな?木田君も」
「あ、会うのは初めてで……多分木田も」
木田は室井のすぐ隣にじっと丸まっていた。
顔はジュンの方を向いて固まっている。
あれは天敵に怯える小動物の目だ。
「木田!お前もちゃんと前に出てこい」
櫻井に呼ばれて木田はおそるおそる前島の隣、ジュンから離れる位置に立った。
「キヨシさんすみません、先ほどは初対面であんな……」
「あー別にいいよ、俺もやかましいの嫌で後ろ向いてたし。で、前島と、木田?それでpmp?」
「はい!改めまして、初めまして」
「よろしく」
前島と木田が順番に握手する。木田はまだ何も発せられずに会釈して手を握り返した。
「じゃあ2人とも挨拶。とりあえずキヨタカからで」
「あ、はい。ギターのキヨタカです」
背が高くほっそりした男が頭を下げた。
先ほど話題に出たのがこいつかと考えながら前島は笑顔で手を伸ばす。
「初めまして」
キヨタカは二コリともせずに軽く手を握った。
少しカチンとはきても、前島にとっては慣れた相手だから特に何も言わなかった。
先輩でもアンタらには負けてない、眉の細い生意気そうな仏頂面にはっきりと書かれている。
そんな相手の方が、少なくともジュンや角北よりはよっぽど対応しやすい。
「……ベースのヒロミです」
低くボソボソした声で、前髪の長い男が手を出してきた。
「おー、キミがベースか」
「はい」
握手はしてみたものの、やたらとリアクションが薄い。
会話の続行に困っていたところで、また横からジュンのマシンガンが飛んできた。
「んーヒロミちゃん随分と緊張してるんでない?いつもならもう一言くらい続けられんのにねぇ。
キヨタカもけっこー悠にぃのバンド聞いてるくせに失礼な態度取っちゃってぇ」
「ジュン、お前が一番失礼だよ」
傍観していた室井がやっと口を開いた。
気付いたら既に木田はまた室井の隣で背中を丸めている。
「ごめんねこーちゃん突然、でもジュンは初対面の人とすぐに壁を取り払いだけで悪気はないんだ」
「あー、まぁ、大丈夫……っすかね」
「そうそう健嗣くんも今日は来てくれてありがとう、俺も嬉しいよ!」
角北はズイっと前島の横から入ってきて室井の両手をかたく握った。
「俺の方こそ、弟の面倒を見てもらってて感謝してます、いつもありがとうトモさん」
室井は珍しく笑顔など浮かべて丁重に返答していた。
前島はやはり角北の距離の近さが気になってつい木田の様子を窺ったが、木田は何やらそっぽを向いていた。
その視線の方を辿ると、そこにいたのは玉谷だった。
その玉谷、何やら背後に赤黒い炎を燃やして角北を睨みつけている。
と思うと玉谷はツカツカと室井に歩み寄り、肩を掴んで出口の方に促した。
「そろそろ帰るぞ健嗣!あまり長居してもお邪魔だからなぁ!」
やたらと大きい声で少し引きずり気味に室井を外へと連れ出していく。
「おやぁ?マネージャーくん、そんな風にアーティストを乱暴に扱うようじゃ噂されるよ?」
角北は腕を組み、顎を上げ気味に笑って玉谷を睨みつけていた。
「ここにいるほうが安全でないと判断しましたんでね!失礼します!」
「へぇーそう、健嗣くん!良かったら打ち上げにも顔出しておいでよ!」
「俺はそうしようと思います」
「健嗣っ……お前自信の安全と木田君のことを考えてだな!……」
何やらぶつくさと言いつつも、2人は楽屋を出ていった。
木田は名残惜しげに2人の行く道を見つめている。
「んー健嗣にぃ帰っちゃったねぇ悠にぃ?」
ジュンが木田の腕に絡みつくと木田はビクビクゥッ!と震え、体勢は丸まったままで白目を剥き気味に小刻みに震えだした。
「そうだ、2人も打ち上げに遊びに来たらどうだい?」
「えっ!?」
角北の突然の提案に前島は思わず声が大きくなった。
実のところ、室井が帰っていくのに乗じて自分もそろそろ掃けようと思っていたところなのだ。
「どうせならうちの若いのに色々教えてやってくれよ」
角北の笑顔にはっきりノーとは言えず、救いを求めるように櫻井の方を見た。
櫻井は前島に向かい数秒渋い顔をしたあと、角北の方を向いて「では、よろしければ」とほほ笑んだ。
「なぜだ……」
前島は無言で櫻井の方を睨み呪った。
ジュンは震える木田の傍で、満悦そうに笑っていた。