新しき旅路へ
貴方方はこんな言葉は御存知だろうか?
不老不死に創造魔法、勇者―――
人は誰しも一度は夢見るものだ。
そんな存在になってみたいと。
だがなった後のことはいったいどうするのだろう?
ましてやそんな存在が現実に現れたら?
答えは決まっている。
それは―――
「おはよう、よく眠れたかね?」
辺り一面、視界が黒に染まる中聞こえた人の声。
問いかけられた男はゆっくりと瞼を上げる。
模様も何もない白い部屋。
無数に繋がった計測用の電子機器に拘束されたように佇むその男は自分でも久しく感じながらも口を開いた。
「おや? 随分と懐かしい顔が見えるな。
前の、いや、今の主任研究員殿はどうしたんだい?」
その返答に白衣を着た男は何度も繰り返し返してきた言葉を返す。
「ふふふ、知っているのにとぼけるとは酷いね。
彼なら今頃休暇をもらって深い海の中を泳いでる頃だろうさ。
おかげでこんなおじいさんにも仕事が回ってきたよ」
おどけるように言った言葉にふーんと適当に相槌を叩くと男はつまらなそうに近場にあった本を手に取った。
その態度に苦笑しながら壮年の研究員は持ってきた座席に腰掛け、懐かしむように話す。
「しかし君は変わらないな。
出会った頃のままだ」
対して男はため息を吐きながら返答する。
そりゃあそうだろうよと。
なんせ男は”不老不死なのだから”
男の名前は橋場 大作。
彼は元、異世界に召喚された勇者たちの一人であり、創造魔法の担い手にして不死鳥の血と心臓を喰らい、魔王どころか神を打倒した上に祖龍と呼ばれた存在の力を手に入れた現人類の希望のモルモット。
それが彼の肩書だ。
橋場もどうしてこうなったとしか思えないほど歪な人生を歩んできたこともあるだろうが。
元々、橋場も勇者などという存在の器ではなかった。
最初はどの物語にもあるような召喚から始まり、
自分も含めて4人の呼び出された勇者は王女たちの魔王打倒の願いを受けてそれぞれの考えを胸に王城で修練を積み、紹介された仲間たちと旅立った。
……自分以外は、と注釈がつくが。
他のものはそれぞれ勇者らしい才能があった。
曰く、剣の才能がある、すごい魔法が使える、聖剣を扱えるといった才能だ。
自分にはそれがなかった。
それどころか世間でいうとこの引きこもりだった橋場にはまったくと言っていいほど才能以前に基盤がなかったのだ。
王女たちも目に見えて落胆するほどに。
そして少し経った後だ。
余程腹に据えかねたのだろう、橋場は少しの賃金を与えられると王城の外に追い出された。
たった一人の従者を連れて―――。
この後は至って単純だ。
報復に燃える底辺勇者が力のない従者とともに這い上がり、不死の力を手に入れ、敗北寸前の勇者たちに止めを刺そうとした魔王を強襲し、打倒した。
その際手のひらを返して婚礼を結ぼうとした王女の顎を砕いてやったが些細なことだ。
それからは魔王を隠れ蓑に復活した邪神を倒し、世界を壊そうとする祖龍に決戦を挑んで―――。
3人の勇者を含むその従者たちと各国の精鋭を含んだ連合軍は全滅、その中には最愛の人となった彼の従者も含まれている。
生存者はたったの1名、祖龍と相討ち、死にかけている橋場大作ただ一人。
どうせ死ぬなら好きな人の傍で……。
体を引きずり、ようやくたどり着いた時、異様に大きな影が自分たちを覆っているのに気付いた。
……奴もまた生きていたのだ。
乾いた笑いが口から漏れる。
倒せなかったのかと、無駄に終わるのかと数々の思いが浮かんでは消えた。
「ようやく終わる。
この永遠の牢獄から抜け出せる……」
この言葉を発したのが今なお後ろで佇む祖龍だと気付くのにどれだけかかっただろう。
その時間が致命的だった。
「褒美をくれてやるぞ、小さき者よ。
儂の”永遠”をなぁっ!!」
そして―――
気が付いた時には祖龍と死闘を繰り広げたあの場所ではなく、
10年も経過した彼の生まれ故郷だった。
その時祖龍が何を思ったのかは知らないし、分からない。
だが自分は祖龍に助けられ、こうして生き恥をさらしている。
どうすればいいのかさっぱり思いつかなかった。
やがて自分の姿を見てやってきた―――おそらく通報を受けたのだろう―――警察官に連れられて取り調べを受けた。
そこで知った10年前に出されたと思われる捜索願の当事者であることや変わりすぎて原型と似もしない自分。
そして確かめるために行った身体検査―――。
この検査で後にD-ブラッドと呼ばれる万能薬液やら現代の賢者の石と壮大な2つ名がついた液体が発見される。
名前で分かるだろうが単純に言えば、採取された橋場の血液である。
それからは激動の日々だった。
あらゆる機関に招待され、監禁されるは人体実験されるはあげだしたらきりがない。
そうして紆余曲折をへて今に至るのだ。
この研究員との付き合いももう50年以上になるだろう。
そしてそんなに経って変わりのない自分はやはり普通ではないのだろう。
「外はどうなってるんだ?
しばらく出てないからわからなくてな」
橋場は研究員に質問する。
彼の名前を覚えていないわけではないが絶対に呼ばないことに決めている。
それは彼がここに監禁されて以来自分で作り上げたルールだ。
まあ、単に八つ当たりの嫌がらせなのだが。
「そうだね、第3次世界大戦ももうすぐかな?」
もちろん君の身柄を巡ってだよ―――心底愉快そうに笑いながら研究員はそう告げると表情を変えて橋場へと向き直る。
「君の血で身体機能の強化に加えて若返るという異常な効果が確認されたよ。
今まではなかったというのにね」
「今までそんな効果は確認されてなかったじゃないか。
どうして急に?」
「……いろいろと要因はあるだろうけど簡単に言えば君の臓器から生産される酵素と特殊な培養液を用いることで効能を変えるらしい」
「というと?」
「今まで通りに血液を輸血すると免疫細胞が君の血を糧に強化され、一部の異常細胞が正常化するといったことが起きた」
研究員はどこから取り出したのか分厚い紙束1枚1枚読み上げる。
「これをとある酵素を使い、培養液を使って薄めると―――」
ピラッと1枚目の前に写真を差し出された。
なるほど、どうもアメーバみたいな細菌ができるようだ。
「彼らはこれをフェニックスと名付けた。
この細胞に入り込んでテロメアを書き換える寄生細菌をね」
君にはすごい皮肉だろうけどと続ける研究員に橋場は何となく察しがついてきた。
要するに元主任研究員殿は上に内緒で勝手に人の臓器を取り出してこんなものを作っていたらしいく、それがバレて海の底をダイブしているようだ。
「しかも、ご丁寧に素敵なお嬢さんにこれと君を手土産にこちらに来ないかと誘われたらしい」
おまけにハニートラップの女性に入れ込んで国まで売り渡そうとしたらしい。
とすると
「そのお迎えとやらが予約もなしに迎えに来るかもしれないわけか」
そういうことだねと研究員は相槌を打つとその資料をしまった。
ふと考えてしまう。
いつまでこうしていられるだろうか?
彼と出会う前もこんな思いで色々な場所に連れていかれたのだ。
だがどうしても自分から動く気は起きず、どうにも何かをしようとする気にはなれない。
かつての持ち物も一部は各研究機関に持ち去られてしまったし、彼らに創造魔法が使えると教えたところであらゆる状況に拍車がかかり、情勢が悪化するだけだ。
何かきっかけでもあれば……。
そう思って意識を戻すといつの間にか目の前で話していたはずの彼が消えていた。
おまけに外も騒がしくなってきている。
どうも予定外の招待状が早めに届いてきたらしい。
だが、どうやら招待状は1枚ではなかったようだ。
「おやおや……」
橋場を包むようにして現れる紫色の光の粒。
かつて彼が用いていた魔力の光だ。
慌ただしい音とともに銃を構えた招待者たちがなだれ込んでくる、が彼らは少し遅かったらしい。
「悪いね、こちらの招待状のほうが先だった。
まぁあきらめてくれ」
そうして橋場は激しく溢れる光の中で笑う。
どんなことが待ち構えているのかはわからない。
かつてのように散々な目にあうかもしれないし、愛しいものが死ぬかもしれない。
だが、
「それもまた人生だろうよ」
その言葉を最後に彼は光にのまれて消え去った。
この世界に更なる混沌を残して―――。
あとはまぁ簡単に想像がつくだろう。
一人の男が残した遺産は希少な物品を水準に維持できなくなり、それを求めてお互いが殺しあった。
不老不死、それは人が望む夢であり、業であり、そして―――
人を蝕むとてつもない猛毒である。
そして、そんな彼が降り立った世界の初めての景色は少しくたびれた元は良かったのだろう衣装を着飾った自信の無さそうな少女だった。




