おいしそうなぽっちゃりちゃん
いきなりだが、俺はイケメンである。それに加えて成績優秀、運動神経抜群。そんな完璧な俺だから、もちろん女子からモテる。昨年のバレンタインには、チョコを12個もらった。
そんな完璧な俺の好きな人は、斜め前の席のクラス1の美少女の雪川……ではなく、その前の席の、鈴木花子だ。
鈴木の容姿は、完全に俺と釣り合わない。世間で言う、ぽっちゃり女子なのだ。ムチムチの太ももに、飛び出した腹、そしてハリツヤの良すぎるパンパンの頬。コロンとしていて、押してしまえば転がりそうな体型だ。初めて見た時、俺は鈴木のことを教室に迷い込んだボールかと思った。
顔は別に悪くないのだが、その体型のせいでモテない鈴木。そして顔も内面も完璧で、モテモテの俺。そんな訳だから、完全に釣り合っていない。だけど、俺はあいつの事を好いてやっている。だから、今日もこうして声を掛けてやるのだ。
「よう、鈴木。元気そうだな」
俺が言うと、鈴木は大きな体をゆっくりと動かして、こちらを見た。ちょうど昼飯の時間だ。友達と一緒に、こいつはサンドイッチをムシャムシャ食べている。
「あ、三木君。元気だよー」
「そうかそうか」
鈴木の話し方はゆっくりとしている。声を聞くと、クラスの女子の中で一番カワイイと思う。……いや、声だけじゃない。鈴木はクラス1女子力の高い女だ。いつもティッシュ、ハンカチ、バンソウコウを持ち歩いている事はもちろん、趣味はガーデニングと料理。おまけに、身の回りの持ち物はピンクのマイメ○ディーで統一されている。容姿にだって気を遣っていて、髪型は常にゆるふわの女子らしいボブだ。前髪には花の形のピンが止められている。
今時、こんなにきっちりとした女子力を誇る女などいないぞ。鈴木の問題はただひとつ、太っている事だけなのだ。
「三木君も元気そうだねー。よかったー」
「お、おう。まあな」
鈴木の笑顔はめちゃくちゃカワイイ。だから、変に緊張してしまう。ハリツヤ抜群のふっくら白い肌は鈴木だけの武器だ。
気が付けばこいつは、いつの間にかサンドイッチを食べ終えて、照り焼きハンバーグを口にしている。
「ねえデブ子。チョコちょうだい」
「もー、リサ。わたしの名前は花子だよぉ」
ついでに言うと、鈴木の友達はなかなか失礼だ。林リサは、いつもこいつのぽっちゃり体型を馬鹿にする。それでも鈴木は一度も怒った事がないし、いつもニコニコ笑ってる。そういうとこがいいんだ。
気が付けばこいつは、いつの間にか照り焼きハンバーグを食べ終えて、クリームパンを口にしている。ついでに、お菓子のチョコも。
「三木って、よく花子に絡みに来るよね。好きなの?」
何て唐突なんだ。林リサは嫌なニヤニヤ笑いをして、こちらを見ている。俺はとっさに「はあ!?」と大声を出した。すると林リサはさらに問い詰めるように「ほんとうはー?」と迫る。
俺は心臓がひっくり返る思いだった。本当に、林リサにはデリカシーというものがないのか。恥ずかしさで自分の顔が赤くなっていくのが分かる。ちらりと鈴木の方を見ると、同じように少し頬を赤らめていた。やばい、と思って力任せに声を出した。
「そ……そんなわけないだろ!?俺がデブなんか好きになるわけないって!」
……言った。我ながら何てアマノジャクなんだ。
だけど鈴木の方を見ると、相変わらずニコニコと微笑んでいる。そうだ、こいつは大丈夫な人間だった。心の広いヤツだから、たぶん俺の言葉を本気になんてしていない。こいつは優しいから、俺の事を理解してくれているんだ。俺が本心を言わなくても通じ合ってるっていうか、大丈夫っていうか。だってさっきも、林リサの失礼な言葉にビクともしていなかったし。
鈴木なら、きっと俺が本心を言わなくても分かってくれるはずだ。
「ひっどい男だねー。ね、花子」
「ふふふ、そうだねー」
気が付けばこいつは、いつの間にかクリームパンを食べ終えて、ティラミスを口にしている。
*・・・・・・・・・・
放課後の廊下を、俺は一人で歩いていた。それだけで、他のクラスの女子がチラチラ見てくる。だけど、気持ちには答えられないぜ。何て言ったって、俺は鈴木が好きだからな。
「ねえ、クラスの男子で付き合うんだったら誰?」
俺のクラスから声が聞こえて、ふと足を止めた。窓から覗き見してみると、クラスメイトの女子たちが輪になって喋っている。黒板には「男子総選挙」なんて書いてあって、ベタだなあと思った。本来ならこんなものには興味がない俺だが、今は別だ。女子の中に、鈴木の姿を見つけたからな。
きっとあいつは、この俺を選ぶに違いない。せっかくだから、聞いて行ってやろう。俺は見つからないように、廊下にしゃがみ込んだ。
「私だったら三木かなー。かっこいいし」
「ちょっとカッコつけてるけど……まあ、かっこいいのは分かる」
「あたしは断然、武藤君!かわいいしかっこいいし」
「実は私は伊藤が好きだんだよね」
「えー!絶対三木君!」
……やっぱりモテてんなー、俺。我ながら上出来だ。だけど、別にこいつらの意見なんてどうでもいい。早くあいつに話させろ。
「花子ちゃんはどう?最近三木とよく喋るよねー」
待ってました、と言わんばかりに、俺は拳に力を入れた。きた、きました!鈴木の番が!
「そうかなー?」
「そうだよ!花子ちゃんはどう思ってるの?好きなの?」
どきどきと心臓がうるさくなる。鈴木が照れながら「……好きだよ」という姿が、瞼の裏に浮かんだ。俺はしゃがみ込んだまま、ニヤニヤ笑いを隠せなかった。
「三木君は私のことが嫌いだよ」
……え?
一瞬にして、血の気が引く。稲妻に打たれたみたいに、意識がくらっとした。状況が分からない。
今、何て言ったんだ?
「えー?なんでー?」
「だって三木君、私にひどい事ばかり言うよ?すごく嫌われてるんだと思う」
「そうなの?」
「今日、デブは嫌いだって言われちゃった」
何で。
まさか、これは現実なのだろうか。鈴木が俺に嫌われてると思っているなんて。悪い夢か何かだと言ってほしい。
鈴木は出来た人間だから、俺が言わなくても分かると思っていた。どんな俺でも許してくれると思っていた。だって、いつもニコニコしてるあいつなんだぞ?
女子の声が、だんだん遠くなっていくようだ。胸が張り裂けそう、という表現があるが、今の俺はまさにそれだった。
*・・・・・・・・・・
それから一週間、俺は前のようにできなくなってしまった。
昼休みのたびに鈴木に話しかけることも、授業中にあいつをチラ見するのも。あいつに関わる行動のすべてが辛くなった。今まで、どうやって笑い合っていたのかも思い出せない。今の体育の時間だって、運動場でドッジボールをする女子の軍団を直視できない。
--ただ、一週間考えて少し分かった事がある。もちろん、鈴木のことで。
あいつの事だから、俺が何も言わなくても分かってくれると思っていた。だけど、そんなのはあり得ない。だって、あいつだって人間なんだから。言葉で伝えなきゃ分からないんだ。
俺がどれだけ好いてやっても、どれだけ想ってやっても、伝えなきゃ駄目なんだ。そのために、言葉はあるのに。
「鈴木さん!大丈夫!?」
--急に警報のように鳴り響いた、女子の悲鳴。サボっていた俺たち男子群は、反射的に振り向いた。特に俺なんかは、あいつの名前に反応して一番早かった。
「頭にボールをぶつけたみたいで!意識がないの!」
「どうしよう……先生か誰か呼ばないと!」
「とりあえず保健室だよ!」
女子の群れの真ん中で、何か大きなものが横たわっている。……鈴木だ。
どうやら気を失っているらしく、ぴくりともしない。パニック状態の女子を見て、数人の男子が口を開いた。
「あれ、運んだ方がいいんじゃね?保健室に」
「……でもさ、持てねえよ。あんな巨大な体」
「重すぎて絶対ムリだよ」
「って……おい!三木?」
……気付いたら体が動いていて、俺は女子の輪に割って入っていた。みんなの視線がジリジリ突き刺さる。けど、今はどうでもいい。
「よ……っこ……らせええ!」
俺は、一気に鈴木を持ち上げる。予想以上にずしっとしていて、思わずよろける。が、何とか立ち直る。そして、やっとの思いで姫だっこの状態まで達成した。
鈴木の感触はプニプニで柔らかくて、じんわり温かい。いつもは笑っている目も、今はしっかり閉じている。
「お……重い……」
俺は保健室に向かって運動場を走りながら、汗を流した。大好きな鈴木をしっかりと抱いて、そのまま真っ直ぐ。こんな風に鈴木が苦しんでいる時、助けられるのは俺だけでありたい。いや、俺だけのはずだ。何て言ったって、この俺なんだから。
……それにしても重い。重い。本当に重い。華の女子高生ってこんなにボリュームのあるものなのか。だけど、それが何だって言うんだ。俺は鈴木が好きなだけだ。これは、愛の重さだ!
*・・・・・・・・・・
「大丈夫。もう少ししたら目を覚ますはずよ」
保健室の先生がそう言って出て行ってから、どれくらい経つだろう。俺は白いベッドで眠っている鈴木を、椅子に座って眺めていた。
パンパンの白い肌が、血の気を取り戻してきたようだ。太っているくせに、意外と寝息は静かだなあと思う。まつ毛も結構長いし。ムチムチのモミジマンシュウみたいな手の平が、布団の端から覗いている。
あー、カワイイ。
「……言葉で伝えなきゃ駄目だよな」
こいつに俺は何を伝えてきただろう、と思い返してみる。大事なこと、何一つ言ってやらなかったな。いつも笑っているところも、美味しそうに飯を食べるところも、授業中の真剣な横顔も、食堂でおかわりする姿も、ぽっちゃりおいしそうな体も、全部大好きだ。
「……三木君が、ここまで運んでくれたの?」
「お、おう!」
俺が考え込んでいる間に、鈴木は目覚めていたらしい。良かった。しばらくぼんやりと天井を見つめていたが、やがてこっちを見た。顔の肉が、重力で流れている。でも、そんなところもいい。
「ありがとう、三木君」
「いや、いい。それより俺、鈴木に言わなきゃいけないことがある」
俺が言うと、こいつはキョトンとした表情を浮かべた。二人きりの今しかないぞ、と自分に言い聞かせる。
「……俺は」
体温が上がって、耳まで熱くなる。緊張する。……でも、言葉で伝えなきゃ駄目だ。
「俺は、鈴木の……」
舌がうまく回らない。瞬きをする鈴木の顔を見ると、特に。
「俺は、鈴木のことが……」
よし、今だ。言えよ、俺!
「俺は鈴木のことが嫌いじゃない!」
……うわ、間違えた。
告白になってないだろ、それでは。何てアマノジャクな人間なんだ。俺の大きな声が部屋に響いている間、俯いて顔を赤くするしかなかった。
「嬉しいよ」
声が聞こえて顔を上げると、鈴木はニコニコ笑っていた。いつも通りの、フクヨカで幸せそうな笑顔だ。いつもの鈴木だ。
「今日、チョコレートプリン作って来たの。よかったら、あとで食べる?」
「お……おう!ありがとう鈴木!」
感動で、胸がジーンと熱くなる。鈴木が俺の魅力に気付くのは、きっともうすぐだろう。何て言ったって、俺は一歩前進したんだからな。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます(^^)なんか、こんな話を投稿していいのか……(笑)
花子は「らーmen」という小説に出てくる主人公の友達ポジションです。あまり登場しない彼女なので、番外編書けてよかった!本編もよろしくです♪