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太陽系戦記  作者: キー
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二章:脈動

要塞攻略作戦、始動。

 N.C.1698、10月。



 コルドバ基地でメイが、カプシ基地でハンスがそれぞれ麾下の部隊の練度を高めようと訓練に励む中、ミネルウァ本星では新たな大規模出兵が決まりつつあった。

 

 カプシ基地の攻略。

 

 ミネルウァ本星から一番近い連邦軍基地であり、これまで幾度となく大部隊の踏み台となってきたこの基地を、此度の遠征で完全にミネルウァのものとする、そのための計画が練られていた。

 

 その事をメイが知ったのは作戦が立案されたあとであり、その時にはもう事態は動き始めていた。


 連日、コルドバ基地に輸送船や補給艦、ひいては新造の戦艦、駆逐艦などがひっきりなしに訪れ、港を埋めていく。遂には収容可能数を超え、基地周囲に停留する艦まで現れた。《レフア》の妹艦である《ハイビスカス》、《シルバーソード》も基地に到着し、戦闘機母艦兼戦艦、略して戦母は三隻になった。







「今回の作戦では、戦艦十二隻、軽巡航艦八隻、重巡航艦十六隻、駆逐艦三十四隻の計七十隻を出す。そこに十一隻の特殊艦が加わり、今回の作戦艦隊となる」


 ブリーフィングでコルドバ基地司令、グラス・ケンプェルがそう切り出す。部屋には艦長以下参謀、メイのような隊長までが集められ、話を聞いている。


「特殊艦とは、本星で開発された新型艦、I001から011までのことだ。これらは大砲艦という種類で、極めて強力な火力を持つ艦であり、今回の作戦の要だ」

「……大砲艦、ですか」


 タチアナがぽつりと漏らしたその一言は、静まり返った室内に、嫌に大きく響いた。


「そうだ、レオーノフ二佐。大火力で一気呵成に敵艦隊を撃破、その流れで要塞を陥落せしめる。今回の作戦は大砲艦と《セイレーン》なしでは成り立たない」


 ふと、メイはケンプェルの視線がこちらに向いているのに気付いた。《セイレーン》の初陣で戦艦を沈めたエース、天性の操縦センスを持つ美人、謎のサイボーグ。基地内で自分がそう呼ばれているのは知っているが、ケンプェルまでもがその噂を信じているのだろうか。


「君の艦、《レフア》は今回の作戦で大きな役目を務めてもらう」


 ケンプェル将には思惑があった。この進攻戦で《セイレーン》を用いて大勝利を収める。するとどうだろう、彼はいち早く《セイレーン》で戦果を挙げた名将となる。その先見の明は高く評価され、昇任することも夢ではない。

 そのためにも、今度の作戦を失敗させることは許されなかった。


      




 首脳陣のブリーフィングが終わり、兵士にその内容が伝えられた後、メイは下士官室ガンルームへと足を運んだ。そこでは彼女の直属の部隊である空機甲隊の面々がコーヒー片手に作戦についていろいろと言い合っていた。


「しっかし、なんでまたこんな時期にこんな作戦をやるんですかね」


 そうメイに話しかけてきたのはケンタ・タニザキ三尉。メイの小隊三番機を務め、スピードを活かした戦闘を得意としている。


「さあ。案外、司令の昇進のため、とかだったりしてね」


 二番機を務めるエリザ・カストネル二尉の顔は浮かない。


「そうだとしても、我々が矢面に立つのですよね」

「そうだ。その分、友軍の被害が減る。そう考えろ」


 そう言い含めたメイ自身も、今回の作戦には気が進まない。五事七計のいずれも今のミネルウァには十分ではなく、まず敵を討つという考えそれ自体がそもそもおかしい。


 戦争で最上なのは敵を謀略で破る事であり、敵の城を攻める事は最低の用兵である、と古代の戦術家は言った。それから考えるとこの作戦はその「やむを得ず行うべき戦争」を進んで行いつつある。まず前提からして駄目なのだ。


 しかし、やれと言われればやるしかないのが軍人というものだ。他にこんな機械人に行くあてなどあるわけはなく、結局のところメイは、なるべく友軍の被害を抑えるべく動くしかないのであった。


「まあ、今回は君らの《セイレーン》初戦にあたる。武勲に逸ることなく、冷静に、慎重に行こうじゃないか。上層部の悪口も生きているからこそ言える、死なないように戦おう」


「はい、」と一斉に返事をする部下に対して、このようなことしか言えないのが今のメイの立場であった。


 様々な思惑を孕みつつ、カプシ基地侵攻作戦が幕を開ける。








『攻略隊、発艦開始』


 コルドバ基地の岩塊が動き、その下に隠された金属の基地港と宇宙空間がつながり、そこから次々と艦が発進してゆく。その数八一隻。その半数近くは戦艦や重武装を施された巡航艦であり、それらに守られるように十一隻の細長い艦が中央後方に並ぶ。その後ろ、背後に一隻の戦艦と五隻の駆逐艦を並べて《レフア》がある。


 灰色の装甲を太陽光に煌かせ、攻略隊最重要艦の一隻としての勇姿を見せる次世代の戦艦、そのブリッジでメイは静かにモニタを見つめていた。空機甲隊長としてブリッジに与えられた席に腰を下ろす彼女の脳内で、セラミックと金の思考細胞が活発に動き始める。


「オペレーション・コンクェスト」と名づけられたこの攻略は、恐らく甚大な被害を出すだろう。それはもとよりわかっていることだが、問題は別にある。攻略が成功するか否かだ。

 

 成功すれば、ミネルウァ軍はカプシ基地という、地球侵攻へ向けての橋頭保を確保する。そうなれば、地球連邦も交渉のテーブルにつくだろう。だが、失敗すればどうなるか。


「カプシ基地の戦果を増やすだけだ」


 ぼそりとつぶやき、モニターに向けた視線をブリッジにまわす。幸い、今の発言は誰にも聞きとがめられることはなかったようで、皆それぞれに自分の仕事をしていた。


 カプシ基地まではあと二日ほどかかる。考える時間は、十分にあった。


 眼前には、五十を超える光点がある。その光一つ一つが艦のスラスター光であり、そこには三百を超える人間がいる。

 その事をふと思い出し、メイはふと悲しくなった。

 

 この艦も、前の艦隊も、敵艦の主砲を機関部に受ければ、核の光がクルーもろとも蒸発する。

 

 その時には三百人は一斉に死亡することになり、彼らは自分が死んだことにも気が付かないうちに原子にまで分解されるだろう。


 自分はこの間、そんな大量殺人を行った。ただ、それが任務であるという理由だけで。

 

 軍人だから、


 任務だから、

 

 戦争だから、

 

 撃たねば自分が殺されるから。

 

そんな理由で、人は殺人を犯し続けている。宇宙空間での惑星間戦争だけで言っても、七十年以上も。何故そんなことが許容されるのか。



 まだ、答えは出そうになかった。




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