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太陽系戦記  作者: キー
4/5

一章:帰艦

大変遅くなりました

「メイヴィス二尉、帰艦しました」


 目の前でそう敬礼する女性を熱のこもった目で見つめて、ミネルウァ宇宙軍第五艦隊所属艦、《エクメア》の艦長、トマス・ウォールは大きく頷きを返した。


「二尉、よくやってくれた」

「いえ、私はただ…」


 言いよどむメイの手を両手で握り、ウォールは興奮した声をあげた。


「たった一機で敵四機と戦艦一隻を沈めた、それを戦果と言わずして何と言うんだね? 素晴らしいことじゃあないか」


 わが艦にも《セイレーン》が正式に配属されれば、と喜色満面のウォールを意識の隅に追いやり、メイは思索を巡らせる。

 別段、戦艦が一隻撃破された程度、さしたる影響はない。遭遇戦でも、それぐらいの損害は普通だ。違うのは、その損害が「一機の艦載機」によってもたらされたということ。連邦は対戦闘機の装備を増強してくるだろう。

 

 そうなれば、多くの機体が撃墜される。


 それは避けたいことだった。


「と、二尉。君に本星から辞令が届いた」

「は」


 居住まいを正し、ウォールに向き直るメイ。通信官が書き写したプラスチックのプレートを手に、ウォールは艦長としての声を出した。


「メイ・メイヴィス二尉、本日をもって貴官は一尉に昇進、コルドバ小惑星基地、艦隊空機甲隊、隊長に命ずる」

「拝命します」


 敬礼し、プレートを受け取る。百グラムもないその薄い板に、人一人の人生を変えるだけの力があることが面白くて、メイはくすりと笑みをもらした。


 ともあれ、賽は投げられたらしい。その賽を投げたのは自分だ、最後まで付き合わねばならないだろう。


 それがたとえ、自分の意志ではないとしても。



       


コルドバ小惑星基地は小惑星を結合して作られた軍事基地で、その全長は二十キロメートルに及ぶ。


 岩塊で覆われているのは表面だけで、その下には金属の基地施設がカモフラージュされている。

 

 岩塊部は実弾、レーザー、ビームといった攻撃から基地施設を守る役割も備えており、これまでその役割は十全に果たされてきた。内部には二百隻からなる駐留艦隊が有事に備え日々腕を磨いている。

 

 そのコルドバ基地で、今回大規模な構成改変が行われる。先日の戦闘で、戦艦一隻、戦闘機四機という戦果を「一機で」あげた《セイレーン》を空機甲隊の機体として正式に配備するため、まず艦の設備から変えていかないといけなかったのだ。


 コルドバ駐留艦隊空機甲隊隊長。それが一尉となって初めて配属されたメイ・メイヴィスの立場であった。テストパイロットとして《セイレーン》に一番長い時間触ってきた、そのパイロットとしてのノウハウが求められているであろうことは容易に想像できた。


 軍のアンダーグラウンドな研究機関から来ました、などとはおくびにも出さず、表向きはセイレーン型のことを知り尽くした女性士官として基地内で通っていた。


 ましてや全身、脳にまで機械が入り込んだサイボーグだということも伏せて、右腕と左足の一部をサイボーグ化していると偽って。


 コルドバ基地は先ほど述べたように二百隻からの艦隊を保有しているため、ドックの設備も乾ドック、ドック共に充実しており、その内容は本星の港のものとそう変わらない。今、そこでは一隻の戦艦が正に改修されているところだった。


 戦艦、《レフア》。もとは黒だった装甲は灰色の金属光沢が眩しい塗装へと塗り替えられ、他の戦艦から比べて一回りほど大きかった船体を、更に大きなものへと拡張されていた。その大きさから艦隊運用に向かないとのレッテルを張られ、今の今まで冷遇されていたのだと、隣に立つ艦長がいくらか声を低くして教えてくれた。


「どうかね一尉、《レフア》は」


 そういってこちらを見る《レフア》艦長、タチアナ・レオーノフ二佐。未だ年若いであろうその顔には、わが子の成長を自慢するかのような色が見て取れた。


「鉄鋼で海原を征く時代の艦のようですね。圧倒されます」


 千七百年近く前の資料映像、そこで海を駆ける戦艦の様相を《レフア》はそなえている。灰色の対ビーム装甲は意図せずしてなのか意図してなのかはわからないが、金属の輝きをそこに再現していた。二股に分かたれた艦橋より先の船体、その上部や側面に主砲塔が見て取れ、重力に支配されていた時代との違いをそこに見つけられた。艦底部にも対空機銃などは取り付けられていて、一応は三百六十度に弾幕が張れるようになっている。砲塔の下などはそこだけ暗褐色に塗られており、耐熱装甲と対ビーム装甲のコントラストを生み出していた。


 今、時代はその海に浮かぶ戦艦が活躍したころに戻りつつある。戦艦に何よりも重視されるのは装甲の厚さと主砲の威力。

 艦載機などはその重要性を軽視されており、戦闘機母艦の数は少ない。そんな中、《セイレーン》の配備がやけに早く始まったのは、月のほど近くまで威力偵察に行った二個艦隊が粉砕された、Θ‐24会戦の影響なのだろう。


 何にせよ、《セイレーン》が主力となるのなら文句はない。そう結論付けて、メイは《レフア》に視線を戻した。


「さてメイヴィス一尉、真面目な話だ」そう切り出したタチアナの顔は真剣

なもので、メイは背筋を伸ばして次の言葉を待った。


「今回の改修で《レフア》には《セイレーン》が三個小隊配備される。一尉にはその指揮を執ってもらう」

「はい」

「故に、艦橋ブリッジに席はあるが、戦闘中は君はコックピットの中だろう。その辺を承知しておいてもらいたい」

「心得ています」

「クロッショ。ならいいんだ」


 大昔、彼女の故郷で話されていたであろう言語で会話を締め、タチアナは目を細め《レフア》を見つめた。


「そうそう、彼女には姉妹艦がいなかったんだが、今回めでたく二隻、建造されることになったよ」


 完成次第ここに来るはずだ、とタチアナは声をはずませた。


「艦名はもう決まっているのですか?」


 ああ、と頷き、タチアナは二つの花の名前を挙げた。


「《ハイビスカス》と《シルバーソード》」


      




 メイがコルドバに来てから一か月が経った頃、地球連邦軍軌道基地、カプシのブリーフィングルームにハンス・マーストリヒトの姿があった。

 

 ハンスは母艦であった《クンツァイト》の爆発から間一髪逃れた後、僚艦に収容されカプシ基地まで戻っていた。急激にGがかかった体は二週間ほどの休養を必要としていて、ハンスは今休暇が終わった所だった。


「マーストリヒト「少佐」、君の次の乗艦を伝える」


 目の前に立つダニエル・ケーブ基地司令に、ハンスは思わず聞き返した。


「待ってください、少佐? 私が?」


 重々しくケーブ司令は頷き、「仕方がないんだ」と漏らした。


「戦艦一隻を失い、相手に何の損害も与えることが出来なかった。こんなことを表に出すわけにはいかない。君には悪いが、「空戦隊唯一の生存者」として注目を集めてもらう」

「しかし、それでは!」

「命令だ、従ってくれ。……頼む」

「……はい」


 ハンスは納得がいかなかった。戦闘の結果を隠ぺいすることもそうだが、何よりも国民の目を逸らすという発想がどうしても浮かばなかったのだ。「Θの英雄」などと装飾過多な肩書で呼ばれていることもそうだが、ハンス自身にそのような、自分がエースだ、などという考えはない。あくまでも最終的に撃墜したのが自分なだけで、そこに行きつくまでには僚機の援護が欠かせない。そのことを何度も説明してきたのだが、それは空しい努力に終わった。


「少佐、君はこれより《セレスタイト》に乗ってもらう。空戦隊指揮官だ」

「ちょっと待ってください、《セレスタイト》? 基地艦隊旗艦じゃあないですか」

「そうだ。唯一、「人型」との交戦経験がある君を簡単に喪うわけにはいかないという上からの指示だ」

「………」


 こんなことならいっそビームに焼かれていれば、と思ってはいけないことはわかっている。それは散っていった仲間たちへの侮辱に他ならない。生きて敗北を雪ぐ、それはわかる。だが、自分がパンダになりつつある今、ハンスはどうしてもそう思えてならなかった。


「拝命、します」

「…すまない」


 なんとか敬礼をし、ハンスは部屋を後にした。

 基地内を移動すること五分。ハンスは自分の乗機をキャットウォークから見下ろしていた。

 前回の戦闘でビームの飛散粒子に焼かれた装甲はあちこちが焦げ付いたり熔けたりしている。大規模な修理が行われている《ブラックカイト》は、相変わらず四枚の藍色の翼を伸ばしている。


「次はとす…!」


 ぐっと握った拳を手すりに打ち付けて、ハンスは「人型」への雪辱を誓った。








 N.C.1698、5月、両軍は新しい体制に向けて力を蓄えつつあった。しかし、そのエネルギーが爆発するまで、もう五か月ほどの時間が必要だった。





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