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太陽系戦記  作者: キー
3/5

一章:撃墜

遅くなりまして…

 暗い宇宙空間の感覚がぞわりと背筋を撫で、メイ・メイヴィスは思わずあたりを見渡した。


 感覚などとうの昔に電子化された筈なのだが、それでもかつて自分の身体があった時と同じような感覚が走る事がある。


生身などもはや脳味噌位しか残っていないのに、それでもなお私は私のカラダを受け入れているのかと、メイはふとおかしくなった。

 

メイが自分の身体を亡くしたのは五歳の頃、両親と共に定期の宇宙輸送船に乗っていた時の事だった。輸送船の航路決定コンピュータが暴走、小惑星帯にまっすぐ突っ込んでいった。船は大破、乗員は殆どが即死した。


装甲が破れ、宇宙服を着ていない乗員達が真空中に吸い込まれる。同時に船のメイン・コンピュータも機能を停止し、船内は物言わぬ鋼鉄の柩となった。


メイの両親は彼女に非常用の宇宙服を着せ、そこで宇宙空間に放り出された。メイも虚空を彷徨う事となり、運悪く身体を砕けたガラスの散弾に貫かれた。


ガラスの破片自体はその上から宇宙服の自己修復剤が気密を保つために固定されたものの、内部のメイの身体は傷付いたままだった。

 

そこでメイの意識は途切れ、次に彼女が目覚めたのはとある研究室の処置室だった。


 メイの身体は致命的なまでにガラスによって破壊されており、無事なのは脳ぐらいだった。折しもその研究員達、後からメイが知り得た事によるとそこがミネルウァ軍のアンダーグラウンドな研究機関だったのだが、彼等はまさにそのような被験者を探しており、メイは理想的なケースだった。


 脳に機械と接続する為のインターフェイスを埋め込まれ、更にそのインターフェイス群と、思考やカラダの各部位への指令を適合させる為のナノマシンを注入されたメイの脳は、光の早さで思考出来るようになった。そしてその頭で制御される機械じかけの躰。


 もはやメイ・メイヴィスという個人は完膚なきまでに消滅し、ただ彼女の自我というあやふやな物が自身をメイ・メイヴィスであると認識している状態であった。


 それからの時間は、ただひたすらに彼女の能力を発揮する為に開発された新兵器の訓練の日々。

 その開発の途中で、一般パイロット向けに操作系をデチューンされた一般機がミネルウァ軍の次期主力機に採用されたりもしたが、メイには関係の無い事だった。


 そして今、メイはその次期主力機、汎用人型戦闘機セイレーンのコクピットに収まり、宇宙空間を駆けていた。


 脳のインターフェイス群と密接にリンクされた機体の感覚は、メイにそれまで用いていた身体と同じように動かす事を可能としている。元々は宇宙空間での大型構造体建造の為に開発された人型作業機を軍事用に転用された《セイレーン》は、人間のそれとほぼ変わらない四肢を持つ。20メートル近い身長を誇る機械の人形は、なるほど自分が扱うのに相応しいものだとメイは感じた。


 あくまでも機能性を追求した結果ではあるが、完成したその機体はまるで若い女性が甲冑を纏った姿に見えた為、また、四肢を振り滑らかに虚空を動き回る様子が泳いでいるようにも見える為、旧い時代、もはや伝説の中の海の怪物、セイレーンの名前が冠されたのだった。


「敵機発見、攻撃許可を」

『メイヴィス二尉、許可する。敵機を撃滅せよ』


 メイ自身は一切の声を発していない。発声の意思を呼んだインターフェイスが音声データを通信に送り込んだのだ。

 

今メイの「目」となっている頭部のデュアルカメラには、数々のセンサー類に検知された四機の連邦軍機、《ブラックカイト》が捉えられている。


 ゆらり、と機体を前進させながら、メイは右腕にマウントされたビーム・ライフルを肩越しに構える。右掌部のアタッチメントからエネルギーが送り込まれ、発射準備が整う。彼女の脳内には、銃口にあるカメラとデュアルカメラからの映像、また各種センサーからの情報が処理され、ターゲットマーカーが現れる。ターゲットの予測位置、ビーム到達までの時間などが加味されたうえで、敵機にマーカーが重なる。これらの事はすべて、メイの脳内で行われている。光速の思考速度とインターフェイスの情報処理能力がこれを可能にしているのだ。


 ぐ、とトリガーを引くイメージを送ると、銃口から加速されたビームが迸った。コックス博士が発見した粒子加速法は、900年近い年月を経てなお、エネルギー界で大きな割合を占めている。


 敵機の一つがビームにとらえられ、その数瞬後に爆炎をあたりに吹き散らした。


 動揺したように機体を揺すりながらも、残る三機は散開し、こちらに機首を向ける。隊長機だろうか、青い機体は一直線にこちらを目指してくる。牽制として放った二発のビームを最低限の動きで避け、青い隊長機はメイの至近距離まで接近した。


 ふと興味がわいて、メイはそのコックピットを覗き込んだ。一瞬の交叉、その中でメイは、おびえた目でこちらを睨む青年と、確かに目があった。


 ぐるりと回転し、メイは背後に過ぎてゆく青い機体を狙う。ロックオンが完了し、「Tourner(撃て)」と言うアイコンが意識に上る。


 トリガーを引く直前、メイは機体を後ろに下げた。その直後、さっきまでメイがいた空間を二条のレーザーが貫く。散開した敵機のもう二機が、回り込んでメイにレーザー機銃を撃ったのだ。だが、メイには360°の視界がある。機体各部のセンサー、それらがメイの知覚を押し広げている。


 応戦するように二度放たれたビームが、二機のコックピットを正確に射抜く。途端に動きを止めた機体を意識から外し、メイは反転して機首をこちらに向ける青い機体と向き合う。連続して放たれる機銃弾はしかし、青い機体の速度を乗せても《セイレーン》に届くことはなかった。


 人間のように動く《セイレーン》には、ハンスがこれまで培ってきた空戦技術の常識が通用しない。機銃弾を最低限の動作だけで避け、ライフルを向ける《セイレーン》の射線上から逃げると、青い機体は機首を《セイレーン》へ振り向かせ、レーザー機銃を撃ち放った。


「ちょこまかと」


 呟く言葉が空気を叩くことはない。そのように志向しない限り、メイの身体は最低限の機能以外シャットアウトされている。


 レーザーの射線から、放たれる前に逃げる。その時、思考センサーの右端に新しい機体が映り込んだ。


「新手、ということは、だ」


 その方向にはこの青い機体と新手四機、その母艦があるということになる。メイは機体を四機に向け、左手が腰にマウントされたビーム・マシンガンを掴んだ。


 引き抜いたビーム・マシンガンを撃ち散らす《セイレーン》に怯えるように、新たな四機は大きく弧を描いて回避行動に入る。自機を回転の軸にして扇状に無数の光弾を散らす《セイレーン》、その背後からハンスの青い機体が機銃弾を浴びせようと迫る。先制攻撃の意図を込めた小型ミサイルを機体下部のミサイルポッドから放出し、なお迫るハンスに勇気を貰ったのか、四機の新手もそれぞれメイに迫る。


 ぐるりと、軸を通じて振り向いたメイは、それに応じて回転する射線をミサイルに合わせ、計六発のミサイルを爆炎に変えた。


 撃ち散らすマシンガンの光弾に気を取られている一機を右手のビーム・ライフルで狙い、撃つ。狙いあやまたず光条は機体の中央を撃ちぬき、その機体は永遠に動きを止めた。


 一発、二発。さらにほかの機体を狙って放たれた光線は僅かに致命傷を避け、一機の姿勢制御翼と、もう一機の上部機銃をもぎ取るだけに終わった。


 追撃を仕掛けようと旋回に入った四機の動きが不意に止まり、翼を翻して同じ方向に飛び退る。



 この時、ハンスは無線と光信号の両方で撤退を指示している。八機中四機

が撃墜、二機が被弾という、結果としては散々なものであった。これ以上損害を増やすわけにはいかない。そんな思いがハンスの中にあった。


 エンジンを全開で吹かして母艦へと帰投する。後部モニタを確認すると、人型の敵は追ってきてはいなかった。


 ちかと視界が光る。コックピットの横をビームが通り過ぎ、飛散したビーム粒子がキャノピーを叩いた。回避行動をとれば、速度が落ちて、最悪敵機に追いつかれる。そう思ったハンスはスロットルレバーを更に押し込んだ。この時、ハンスの脳内には追ってくるそぶりを見せていなかった敵機が何故ビームを撃ってきたのか、という疑問は浮かばなかった。



 ゆらり、と機体を前進させる。両手を振るい慣性で更に加速したカラダをよそに、思惟を前に向けると、スラスター光をひらめかせる四機がセンサーに捉えられた。

 牽制のビームを放つ。威力を犠牲に弾速を高めるよう設定されたビーム光弾は彼我の距離を一瞬で詰め、青い隊長機の右を通り抜けて行った。


『二尉、追撃し敵母艦を撃沈しろ』

「了解」


 加速し、銃口を前方に向ける。視界には、《クンツァイト》以下五隻が視界に映り込んできた。



 この時、ハンス達四機は《クンツァイト》への着艦を済まし、再出撃の準備をしている。ハンスの《ブラックカイト》は大きな損傷も無く、機銃弾やエネルギー、推進剤などを補給しただけで準備が整っている。ハンスは追ってくるであろう敵機を迎え撃つため、単機発艦シーケンスに入った。



 轟と響くGも機械化されたメイの体には普段と何のかわりもない。高速で敵戦艦に迫る《セイレーン》の機影は《クンツァイト》のレーダーにも捉えられていたが、速すぎてCIBWSのコンピュータがロックオン出来ず、一発のビーム弾すらも有効弾を撃つことができなかった。


 右手のビーム・ライフルの狙いを定めつつ、左のビーム・マシンガンで機銃砲塔をなぞるように撃ち散らす。ビーム弾をその船体に受け、装甲がぐずぐずに熔解した。ビーム・ライフル弾が装甲を突き破り、船内に爆炎が広がった。



《クンツァイト》の船体に激震が走る。被弾したのだ、と肌で感じ取ったハンスは、ヘルメットの無線がブリッジに通じていることを確認しながら「発艦シーケンス省略、ブルー1、出ます!」とマイクに叫び、スロットルレバーを思いっきり押し込んだ。



 連射するビーム・ライフルの光条が、戦艦の装甲を白熱させる。熔解した装甲は虚空へ口を開け、艦の内部に灼熱のビーム粒子が吹き荒れる。数十発とビームを撃ち込まれた戦艦はあちこちからガスを噴き出し、そのガスが宇宙空間で冷やされ、氷となって周囲を漂っている。


 何発目とも知れないビームが艦橋構造体を直撃し、艦橋が一瞬の炎を噴き上げる。同時にどこかの姿勢制御スラスターが馬鹿になったのか、艦がゆっくりと右に回転し始めた。


 ぐるりと自機の正面にまわってきたメインエンジンに、出力を最大まで上げたビームを叩き込み、急加速で離脱する。

 

 後部光学センサーが捉える白色の大爆発を背に、メイはひとり母艦への帰投ルートを機体に辿らせた。



用語解説

 《セイレーン》

  ミネルウァ軍が開発した次期主力艦載機。

  人型をしており、宇宙空間を泳ぐように進む。

  基本武装は右腰にビーム・ライフル、左腰にビーム・マシンガンを持ち、後背部には近接戦闘用のブレード、また手首には牽制用のビーム・バルカンを具える。

  本来、ビーム兵器は戦艦にしか積めなかったのだが、新開発の核エンジンの高出力と、コックス粒子の空間からの収集方法が開発されたため、艦載機クラスの兵器に搭載することが可能となった。

  《ブラックカイト》のレーザー機銃は高熱のレーザーを照射するものであり、ビームとは大きく異なる。そのエネルギーを喰う性質上、レーザー機銃の連射能力は低い。

  現在のパイロットはメイ・メイヴィス二尉のみ。


 《クンツァイト》

  地球連邦軍コルドバ基地防衛艦隊所属の戦艦。ハンス・マーストリヒトの母艦でもあった。

  Θ‐24会戦の頃からの戦艦であり、歴戦の艦であったが、N.C.1698五月十日に沈没認定される。

  その最期は、奮戦するも姿勢制御バーニアの不調、ブリッジの壊滅といったことが重なり、機関部への直撃が核エンジンの誘爆を招き蒸発するといったものであった。

  ライラック・ピンクの装甲が非常に華麗な艦であった。


 軍のアンダーグラウンドな研究機関

  メイ・メイヴィスが幼少の頃拾われた機関。人体と機械の融合を目標に掲げており、メイはたった一人の成功例である。現在は新規の被験体での研究をやめ、メイのモニタリングならびにバックアップを行っている。

  《セイレーン》の基本設計もここが行った。

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