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太陽系戦記  作者: キー
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一章:邂逅

連邦軍側のエースのお話。

 ハンス・マーストリヒトは小さい頃から戦闘機にあこがれていた。


 旧オランダ地区の郊外に住んでいた彼は、近くに宇宙港があったことから、よく戦闘機のドックを見学していた。当時の地球連邦軍の主力は艦隊戦であり、第二次世界大戦で花開いたかに見えた戦闘機主力の戦術は下火となっていた。


 戦闘機パイロットの募集は、その厳しさにも関わらず若干名しか採用されない為、少年たちからの人気は低かった。当時の少年たちは戦闘機よりも、艦船や艦隊を動かし、大軍を率いることに憧れていた。


 さて、そんな中連邦軍に転機が訪れる。


 きっかけは突発的に起きた連邦軍試作艦とミネルウァ宇宙軍偵察艦との戦闘だった。試作艦には戦闘機の母艦システムが搭載されており、ミネルウァ宇宙軍の偵察艦はあまりに小さいその目標に成すすべもなく沈められた。そして、そこで活躍したのが後に「最初のエース」と呼ばれることとなる、ハワード・バルクだった。


 そして、連邦軍の主力は戦闘機へと移り変わることとなり、それに伴う人員の募集が大々的に行われた。十八歳だったハンス少年は渡りに船とこれに飛びつき、かくしてパイロット候補生ハンス・マーストリヒトが生まれた。


 訓練は厳しいものだったがハンスは懸命にこれに打ち込み、遂に三年後、N.C.1671、月面基地セレーネに配属された。


 駐留する連邦軍第十一艦隊の宇宙母艦、《ガーネット》の艦載機パイロットとしてだった。


 そして、配属から一か月後、ハンスは初陣を迎える。哨戒艦として周辺の宙域をパトロールするだけの簡単な任務の筈だったが、ミネルウァの偵察艦と遭遇、戦闘となった。


 ビームと弾丸が幾重にも折り重なる中を必死にかいくぐり、何を狙っているのかもわからないままにターゲットカーソルに従って引き金を引く。


 気が付けば戦闘は終わっており、一緒に配属された同期はその数を半分に減らしていた。その時やっと、ハンスはこれが戦争であるという実感を持ったのだった。




 そして二年後、ミネルウァ本星と地球からの距離がほぼ等しい宙域。連邦からはΘ‐24とナンバリングされたその宙域で、ミネルウァ宇宙軍と連邦軍の大規模な武力衝突が起こった。


 始めは極めて小規模な偵察部隊どうしの戦闘だったが、両軍が呼んだ救援が何度も集合するうちに大軍がいつの間にか出来上がっていた。


 ハンスの所属する《ガーネット》は第二波の援軍として戦闘に参加した。戦闘機のコクピットから見た戦場はビームの光が煌き、ミサイルが爆炎を噴き上げる――その爆発一つ一つで人命が失われてさえいなければ――とても美しいものだった。


ミネルウァ宇宙軍の戦艦は対戦闘機の訓練が十分でないことを知っていたハンスは、火砲から断続的に打ち上げられるビームをかいくぐりながら、戦艦から百メートルほどという、宇宙での戦闘からすれば至近距離から姿勢制御用のバーニアなどに向けてレーザー機銃を撃ちこむという戦法で多大な戦果を挙げた。


 最終的に戦闘が終了したとき、ハンスは戦艦三隻、邀撃ようげき用小型衛星二十二機という大戦果を挙げたのだった。


 この戦闘から、ハンスは「Θの英雄」と呼ばれるようになり、少尉から大尉へと異例の昇進を果たした。


 そしてハンスは「激戦地」と名高い地球の前線基地、ミネルウァ本星からほど近い軌道を流れるカプシ基地に航空隊隊長として配属されることとなるのであった。


 N.C.1698の事である。






 それは典型的な遭遇戦だった。


 カプシ基地から哨戒任務として周回していた哨戒部隊の目の前に、明らかに人工の光点が複数見えたのだ。


「現在、味方の艦は近くにいるか?」


 ハンスの現在の乗艦でもある《クンツァイト》、ボルツマン艦長は隣に控える副艦長にそう聞いた。


「いえ、そのような報告はありません」

「なら敵だ、全艦戦闘準備、艦載機発艦急げ」


 そういった会話が交わされ、哨戒部隊の五隻は戦闘態勢に入った。


『敵艦隊、艦主砲射程距離までおおよそ後65セコンド』

『ブルー隊発艦は72セコンド後』

『長距離ミサイル、発射用意完了』

『ミサイル、撃ち方始め』

『3,2,1…撃ッ!』

『敵艦、ミサイル発射! 至近弾数2!』

『CIBWS(Close In Beam Weapon System)用意』

『ミサイル第一波、弾着、今!』

『全弾撃墜、第二波5セコンド後!』


 オープンにされた回線から様々な部署が上げる報告を聞きながら、ハンス・マーストリヒトはコクピットのシートベルトをもう一度確認した。


 最前線に位置しているとはいえ、カプシ基地の戦闘回数はそこまで劇的に多い、というわけではない。


 せいぜいが月に二度、三度といったところで、それすらも小規模な遭遇戦や中規模艦隊での侵攻作戦がせいぜいだった。


 そして、その程度の戦闘であれば、カプシ基地の駐留艦隊だけで十分に撃退が可能だった。今回の戦闘

もそういった感じで終わるのだろうと、口には出さないまでもそう思っている兵がほとんどだった。


『ブルー隊、発艦用意』

「Roger(諒解)、発艦準備完了」

『ブルー1、発艦を許可する』


 管制官の言葉にハンスはスロットルレバーを押し込む。出力が上がったエンジンが青い焔を吹き出し、ぐん、とハンスの体にGがのしかかる。


 ハンスの乗る《ブラックカイト》は連邦軍の主力戦闘機だ。細長い胴体と、正面から見るとXを描くよう

に伸びた四枚の翼が特徴的なその機体は、機首に二門のレーザー機銃と、胴体に三十ミリ機関砲を持ち、オプションでミサイルポッドを胴体下部に装備することが出来る。


 黒く塗られた通常機とは異なり、ハンスの機体は青く塗られている。


 ハンスとしては目立つような塗装はしたくはないのだが、基地司令から「エースとしての責任」とまで言われてしまえば、ハンスは従うしかない。


  遠くにあるようにも、近くにあるようにも見える星々が後ろへと流れていく。


 コクピットのキャノピーは全面が透過するスクリーンになっており、そこにCGであらゆる情報を映し出す。後方を振り向けば、三機、自分が直接指揮するルビー隊の所属機がついてくるのが見えた。

 右上のレーダーには、まだ二百キロ程離れたところに位置する敵艦隊が表示されている。だが、これはこの機体のレーダーが探知したものではなく、母艦から送られてくる位置情報でしかない。

 一時期はレーダーの性能が飛躍的に向上したものの、それに対応するように、対抗するように、ジャミングの性能も著しく高まった。結果、レーダーシステムは誘導ミサイルと共に廃れることとなった。

 《ブラックカイト》にもレーダーは備え付けられているが、それはドッグファイトほどの近距離にならないと使用することは出来ない。


 レーダー波が跳ね返ってくる前に掻き消されることの無い近距離。それが現在のレーダーの限界だった。


『ブルー1、間もなく戦闘宙域に到達します。Bonne chance.』


 オペレータの声がヘルメットに響く。真空中において、このコクピットの中だけが音をハンスに伝えてくれる。轟、と鼓膜を揺らし続けるエンジンの音が心強かった。


「……ん?」


 前方に何かが見えた。


「ブルー2、前方に何か見えないか?」

 

通信を繋ぎ、モニタの端にルビー2の顔が映る。その顔もまた、名状しがたい表情を浮かべていた。


『私には、あれは人のように見えます』

「そうだ、人だ。だがありえない、まだあのヒトまで何キロあると思ってる?」


 スクリーンに表示されたHUD(Head Up Display)の情報を信じるのならば、まだ人間など見えるはずがない距離に「ソレ」はあった。

 それが意味するものは、


「まさか――」


 ハンスがはっと顔を上げ、前方の人型を見据える。その瞬間、ちかと一度だけ光が瞬いた。

 その一瞬後、ハンスの右を光が流れた。


『何――――』


 ぶつりと、通信が途切れる。


 あわてて後ろを向けば、機体に大きく穴をあけ、その周辺の装甲が赤熱する、ブルー隊二番機がそこに漂っていた。


 数瞬遅れて、ミサイルに引火したのか、機体は炎を噴き上げ爆発した。


 真空に音もなく広がる爆炎は、零下の宇宙空間に瞬く間に冷やされ、後には機体の残骸とガスだけが残っていた。


「散開!」


 思わずハンスはそう叫んでいた。さっきの光景を思い出す。あの人型が光った直後、二番機は撃墜された。そして一瞬だけハンスの右を照らした光。答えは一つしか無かった。


「あれは前方の人型からのビームだ! 各機全火器の使用を許可する、戦闘状態に移れ!」


 信じがたい事だが、二番機はソイツにやられた。「再来月、整備士の娘と結婚するんですよ」と出撃前に笑顔で報告してきた彼が、常に真面目に任務に取り組んできたミリアム・リンチが。


「ふざけるなよ…!」


 呟き、スロットルレバーを押し込む。ぐんと加速した機体が人型に迫る。二度、人型はビームを放ってきたが、光った瞬間に操縦桿を引きハンスはそれを回避した。


 至近距離――十キロほどにまで迫る。その人型は、まるで女性が騎士の鎧を着たような外見をしていた。

 兜をかぶったような頭の後ろからは、何の用途かコードのようなものが大量に伸びていて、それはまるで後ろでまとめられた髪を連想させた。

 胴体は流線型を描くように滑らかで、そこから伸びる四肢はしなやかさを見ただけで印象付けた。 

 腰はまるでドレスのように装甲が広がっており、そこからはスラスターの光が見て取れた。

 そして、その両手には、銃のようなものがしっかりと握られていた。

 左肩には楯のようなものが付けられている。

 その全身は、二十メートルを超えていた。


 ぎろり、と、そんな擬音が連想されるほどの人間臭い動きで、その人型はハンスの機体を見据えた。兜の奥には、赤く光る双眼。カメラアイなのだとわかっていても、ハンスは息を吞んでしまった。


「ミネルウァの奴ら、こんなものをいつの間に…!」


 呻く。


 ハンスの目の前で、その人型はまるで宇宙空間を「泳ぐ」ように、するりと「浮き上がった」。

 その速度は、その動作の優雅さとは桁違いに速いもので、あっという間にハンスは接近を許してしまっていた。


 コックピットを、人型がのぞき込む。


 見上げるハンスと、その人型の「目が逢った」。



用語解説

 《ブラックカイト》

  日本語でトビを意味する、連邦軍の主力戦闘機。四枚の翼を持ち、それをそれぞれ上下に振ることで機体の微妙な位置変更や方向転換などを行う。

  このシステムは慣性駆動と呼ばれ、これを用いることで従来のように偏向ノズルのみで飛行するより燃料の消費が二割ほど抑えられる結果となった。

 ハンス・マーストリヒトの機体は各部にチューンアップが施され、全体的に性能が一割ほど向上している、正真正銘の「エース機」である。


 CIBWS

  近接戦闘において、艦砲は役に立たない。それこそ牛刀である。

  その欠点を補うべく、自動で接近する敵機やミサイルを撃ち落とす兵器がCIBWSである。

  その弾はビームガトリングであり、一秒間に三十発ものビーム弾を発射することが出来る。

  ただ、宇宙空間での戦闘は基本的に高速で行われるため、コンピュータが認識してから射程外まで「接近される」まで、数秒しかないため、その効果は疑わしい。

  現場の連邦軍兵士からは「当たればラッキー」と呼ばれているとか。



 長距離ミサイル

  誘導式のミサイルは劇中でも言及されているように無用の長物であるが、相手を光学カメラなどで発見した後、その到達予測地点に向けてミサイルを放つ戦法は未だに取られている。

  大半はあらぬ方向に行ったり、小惑星などに惑わされ近接信管を作動させてしまうが、たまに戦艦までたどり着くミサイルも存在する。

  実際に長距離ミサイルにより沈められた戦艦も両軍共に存在するため、艦長は「当たればいいなあ」と希望と期待を込めて今日もミサイルを放つ。


 

 ミリアム・リンチ

  享年26。

  ハンスの同期で、ハンスとはカプシ基地で再会。以後、ハンスの僚機として行動する。

  再来月には自分の機体を担当する整備士の女性兵と結婚する予定だった。

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