果たせなかった約束
ただ私を突き動かしていたのは、たった一つの約束だった。
幼い頃、私には女の子の幼なじみがいた。愛嬌があり、素直で、とても優しい──そんな子だった。過去形なのは、もうこの世にはいないからだ。
数百年も前に、彼女が人間に殺された。
魔王である私は、最奥にある自室の玉座にふんぞり返りように座り、侵入してきた人間を今か今かと待ち構えていた。
私は何度も人間をこの手で屠ってきた。使命を果たせず泣き叫ぶ人間の断末魔は妙に心地良い。
こうして耽っていると、巨大で重々しい扉が軋むような音をたてて開いた。
開けたのは人間。この私を討ち滅ぼそうとする邪悪なる存在。
いや、人間達にとってみれば、我々の方が邪悪なる存在か。
この世界を手中に収めるために、各地に魔物を解き放った。人間はこの世界では毒に等しい。人間を滅ぼし、魔族だけの世界をつくる。それが私の積年の想いだ。
「後はお前だけだ」
人間が剣の先を私に向けてきた。
人間の装備は軽いものだった。私の同胞を斬り捨ててきた両刃の剣、同胞をの幾千の攻撃を受け耐え続けた胸当て。戦うための装備はそれしかなく、逆によくそれだけでここまで辿り着けたものだ、と称賛に値する。
今までなら、全身に鎧を着込んだ重装備の奴もいたが動きが遅いため、手にかけるのは容易いことだった。
さて、この人間は私を楽しませてくれるか?
人間が剣を構えて突進してきたのと、私が魔法を放ったのは同時だった。
私の胸には人間の剣が突き刺さっていた。そう、私は負けたのだ。
全力だった。ただ人間の力が私の力を上回っていた。それだけだ。
どうやら、ここまでのようだ。
私はたぶん、あの女の子を愛していたんだと思う。そうでなければ、私は世界を手に入れようだなんて思わなかっただろう。
風前の灯、先に死に逝こうとする女の子の体を抱き締めながら、私は彼女ととある約束をしたのだ。
『もし、世界が平和だったら──あたしが死ぬことなんてなかったのかな?』
『……ああ、人間なんていなければお前が死ぬことなんてなかった。だから、もうこんな悲劇を生まないためにも、私が人間を滅ぼす。約束だ』
人間の間でやる呪いみたいなものだから抵抗はあったが、強引に彼女の小指と自分の小指を絡めて、私は約束をした。それが私の生きる糧になっていた。
人間さえいなければ、きっと世界は平和でいられたはずなのだ。その平穏を壊したのは人間だ。
体に力が入らなくなっていく。徐々に体が冷たくなっていく。
──どうやら、約束……守れそうにない。
せめて、お前と同じ所へ逝けたら──……。