12 気の狂いそうな闇の中で
全てを読み終えた途端に、胸の底から沸き上がってくる黒い感情を自覚した。
これこそが、東ちゃんの呪いなのだ。
彼女からのラブレター。宛先はボク。
ボクの憎悪の全てが彼女に向かう。
あぁ、東が憎い。
今すぐ殴りつけたい。蹴り飛ばしたい。踏みつけたい。殺してやりたい。
凄まじい速度でボクの感情が塗りつぶされていく。
「……バカがッ!」
バカだ。コイツはバカだ。
なんだよ。こんなのズルいじゃないか。
今更そんな事実を明かされても、ボクは抵抗できないじゃないか。
彼女は隠し続けるべきだったのだ。
ボクが苦しんでいる様なんて見ている必要もなかった。そんなお世話を焼かずに、見て見ぬ振りをするっていう一番楽な手段があった筈なのに。
なのに彼女はボクのためだけに、自分を犠牲にしてしまった。
ボクに『東奈々を憎む』呪いをかける事で。好きな人から殺意さえ抱かれるという、恐るべき罰を自分に課した。
なにが『幸せになって下さい』だ! 自己満足の塊じゃねえか! なんでだよ、反吐が出ちまう!
どれだけ献身的な奴なんだよ。気持ち悪い。吐き気が止まらない。畜生、なんて呪いだ!
……今更こんな真実を知らされて、それでもボクはアイツを憎むのか。
こんなに可哀想な、こんなに辛い人生を送ってきた、それでも優しさを取り戻す事が出来た、そんな彼女の事を憎むのか。
ボクはそんなクソ野郎になるのか。
なにもかも東のせいだ。あの女のせいだ。憎い。憎くて憎くて、ボクの頭がおかしくなりそうだ。
記憶の中にある、東の笑顔が。
あの朗らかな微笑みが。
照れ隠し丸出しの態度が。
ボクを優しく慰めてくれた彼女の慈しみさえもが。
記憶の中の全ての東奈々が、恐ろしい速度で憎々しげに変貌していく。行動全てに裏があるように思えていく。
東奈々の全てがおぞましく、汚らわしい存在に早変わりしていく。
……確かに彼女は、ちょっと恐いところはあるけれど。
ボクは彼女の優しさだって知っていたはずじゃないか。
彼女の可愛らしい面だって知っていたはずじゃないか。
確かに乱暴だけど、でも真っ直ぐで気の良い子だって、知っていたはずじゃないか。
なのにどれだけ頭の中を探しても。
確かに脳裏に焼き付けた筈の、数々の思い出は浮かんできてくれない。
優しかった東奈々なんて存在しないと脳味噌ががなり立てる。アイツはウザくて暴力的で、いいとこなんて一つもない最低の女だ、と心の奥が叫んでいる。
こんなのはあんまりじゃないか。
ボクの高校生活は、彼女と共にあったのに。
その全てが黒色に染まるなんて。
「こんなのは……嫌だ!」
嫌だ。ボクは東ちゃんを嫌うなんて。彼女の事を嫌いになるなんて、嫌だ。
彼女はボクの大切な友達で、大切な後輩で、大切な人だ。
今、気がついた。
ボクが好意を向けるべき相手は、誰だったのか。
それは、本当に優だったのか。
こんなにもボクを想ってくれた彼女から、ボクは何故目を背けた。いつまで、目を背けていたのだ。
大切な人なんだろ。
誰より大切にしてやらなきゃいけない人なんだろ。
……好きなんだろ。
生意気な態度が。頼もしい微笑みが。気怠そうに見えて、熱い心を見せるそのギャップが。時折見せる、心配性な性分が。
好きなんだ。
ボクだって、好きだった。
ボクが見るべき方向は決まっていた筈なのに。
なのにいつまで未練に縛られていたんだボクは。
いつまでボーッと突っ立っていたんだよボクは!
……だからこそ、なのか。
これはもしや、いつまでも幻想を引き摺っていたボクに下された、神からの本当の罰なのか。
このままボクは自分の過ちに気がつきつつも、本当に大事な人に向けて憎しみを抱き続けるのか。
そんなのはあんまりじゃないか。
東ちゃんだけじゃない。ボクだって幸せになんか、なれない。
東ちゃんのこんな気持ちを知って、ただのうのうと優と寄りを戻すなんて。
そんなバカが出来る訳がないじゃないか。
「……畜生!」
心が真っ黒になるまで、幾ばくもないだろう。
このままでいいのだろうか。
このままなす術なく、呪われてしまって、いいのだろうか。
嫌だ。絶対に嫌だ。
だったら今一度、考えろ。
ボクは一体何者だ、堂島駿介。
四股の愛憎劇をこの手で生み出した。
醜い富豪と深窓の令嬢の望まぬ恋を実らせた。
死者の恋さえ実現させてやった。
深く愛し合っていた幼馴染同士の恋人の仲を引き裂いて、ポッと出の男とくっ付けてやった。
このボクは、一体誰なんだ。
「……縁結びの、現人神だろうが」
そうだ。
そうだろ、ボクよ。
ちょっと手を加えれば、誰かと誰かを問答無用で両想いにさせてしまえる、縁結びの現人神だ。
呪いがなんだ。
愛し合う人々の間を引き裂く呪い、だと。
罰は受けなきゃならない、だと。
東奈々。なんて愚かな女だ。
実に滑稽だ。笑える。腹がよじれる。
そんなちゃちぃもので、このボクの呪いを押さえ込んだつもりか。
二年間も恋の呪いを生み出し続けた、このボクに勝ったつもりでいやがるのか。
「ふざけるな!」
所詮お前程度とは熟練が違う。お前は高々三つじゃないか。ボクは四十もの呪いをバラまいているのだ。
修羅場を潜ってきたのはお前だけじゃない。
側で見てきたくせにそんな事も分からないか。いっちょまえにタバコなんて吸いやがって。やっぱりお前はシガレットチョコがお似合いなんだよ。
……ボクだって地獄を味わってきたのだ。
お前のとは全く違う、生温い地獄かもしれない。
けれども。けれどもボクだって。愛する人に裏切られた苦痛は知っている。
それでも必死に耐えてきて、自分の意志を無理矢理貫いてきたのだ。
意地と狂気の狭間を散々彷徨ったこのボクの意志を舐めるな。
「……くっそおおおぉぉ!」
そして、ボクは。




