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You love him.  作者: ずび
最終話 〜Scorning is catching〜
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11.5 東奈々の手紙

 堂島駿介へ。



 まずは謝りたい。

 ごめんなさい、先輩。

 先輩のラブレターの呪いを解く手段を、私は持っていた。

 それなのに素知らぬ振りをしてしまったのは、単に私がそうしたかったから。

 私の身勝手で先輩が苦しんでいる様を見るのは……今更こんな事言う資格はないかもしれないけど、辛かった。

 それは、かつての自分を見ているようだったから。



 私のラブレターは呪いを解く、なんてなまっちょろいもんじゃない。

 先輩のラブレターとは、本当の意味での真逆のブツなんだ。

 毒を薬で中和するようなもんさ。薬も摂り過ぎれば、また別の毒になるのと同じ。

 先輩のラブレターは差出人と受取人を恋仲にする。

 私のラブレターは、逆に、その差出人と受取人の仲を必ず引き裂く。

 具体的には何が起こってんのか、理由は私にだって分からない。

 でも、私の書いたラブレターを受け取った人は、差出人の事を嫌わずにはいられない。

 その人の醜い部分、ダメな部分ばかりに目がいくようになって、喧嘩に発展し、下手すれば殺す気さえ起きる。

 ただ、理由なく、そうなる。

 強いて理由を挙げるなら、私が書いたラブレターを読んだから。

 そんな……誰からも歓迎されない、先輩のよりも全然遥かにヤバい代物だった。



 先輩は、自分の恋人を自分のラブレターで失った。

 私も同じだ。

 私は、自分のラブレターで自分の親を失った。



 私の親は共働きで家にはあまり居なかったけど、二人ともとても優しかった。

 親父は私には甘くて、家に帰ってくると私が嫌がるのも無視していつも頬にキスをしてきた。

 お袋は逆に厳しかったけど、それでも私が嫌な事があった日は、何も言わなくても夕飯に私の好物の鳥の唐揚げを作ってくれた。

 私は、そうやって私に優しくしてくれる親父もお袋も大好きだった。

 ……でも、それも小学五年までだった。



 小五の頃、学校の授業で『両親への感謝の手紙』なんてのを書くのがあった。

 私はその頃は今じゃ考えられねえかも知れないけど、大人しくて真面目だったから、多分クラスの誰よりも長い手紙を書いたんだ。

 自分の親父とお袋がどれだけ素晴らしいか、自分が二人をどれだけ愛しているか。

 それを長々と綴った手紙を授業参観の日に読んだ。

 二人がおかしくなったのは、その日の夜からだった。



 その夜、親父は私を殴った。

 一発では済まさず、二発、三発、四発、五発……。大人の、男の拳でだ。

 お袋は何も言わずに、ただ生ゴミでも見るような目で殴られ続ける私を睨んでいた。

 止めて、助けて、と何度言っても二人は聞き入れてくれず、私はこのまま死ぬんだと思った。

 その日は顔をボコボコにされて足腰が立たなくなるくらい殴られた。

 次の日からも暴力は止まらない。学校に行けないような顔になった私は、家で一日かけて嬲られた。

 顔はマズいと思ったのか、服の下に隠れる胸や腹や背中や尻を狙って、打たれたり、ペンで刺されたり、アイロンで焼かれたり。

 全く、訳がわからなかった。なんであんなに優しかった二人が、鬼になったのか。

 その疑問への答えさえ手に入らず、地獄のような日々は中学の頃まで続いた。



 中学に上がると同時に、私は一時期親戚の家に引き取られた。

 両親の急な転勤、と言う話を聞かされたが、私には分かっていた。私は親に捨てられたのだ。

 その頃の私の心は今よりも遥かに荒んでいて、叔父さん夫婦とその子供には、随分迷惑をかけた。

 毎日のように弱そうな奴に突っかかって憂さ晴らしして、カツアゲで金を巻き上げて、家には週に一回くらいしか帰らなかった。

 人殺しとクスリ以外の悪いことは、多分全部やったと思う。

 でも……そんな私でも、中学生らしく好きな人が出来た。

 同じ中学のクラスメイトだった。

 碌に学校なんて行ってなかったけど、たまに行ってもクラスの奴らはみんな、怖がって話しかけてこようとしなかった。

 でも、ソイツだけは別だった。『ちゃんと学校に来なさい、東さん』なんて真面目くさって本気の顔で叱ってくる奴だった。

 学級委員だから、なんて言って、事あるごとに私に色々注意してくるんだけどさ。

 始めの方はただウザいだけだったんだけど、ソイツは掛け値無しで、私みたいな不良女の事もちゃんと考えてくれてる……すげえ良い奴だった。

 ソイツと話してると、段々妙な気持ちになり始めて……それが、好きんなるって事なんだって気がついたのは、中学二年の頃だった。

 私は自覚してからは、ソイツにグングン惹かれていった。

 喧嘩を止めた。タバコも必死で我慢した。遊び仲間達との関係も、色々ゴタゴタしたけど、断ち切った。

 学校にも行くようになって、ソイツに追いつこうとして猛勉強した事もあった。

 ソイツが入ってるから、なんて理由で途中参加で美術部に所属したりもした。

 その事では、周りの奴らにメチャメチャ冷やかされたりもしたけど。でもソイツは全然気にしなかったし、接し方も変わらなかった。

 のんびり、ゆっくりだったけど、私とソイツはどんどん距離を縮めていって、私の荒れ地みたいだった心にも、随分と余裕が出来てた。このまま普通の女の子みたいな生活を送れるんだ……なんて、酷い勘違いしていた。

 そして私はある日とうとう、彼に告白した。

 直接好きです、なんて私には到底恥ずかしくて、言える訳が無い。だから不幸な事に、私はラブレターを書いてしまった。

 一生懸命書いた。足りない言葉を尽くして、なんとか気持ちが伝わるように、頑張って書いた。

 結果は散々だったよ。

 当然のようにフラれた。

 次の日から、目も合わせてくれなくなって、一緒に過ごす事も嫌がられた。

 他の人との接し方は全く変わらないのに。私にだけ、特別冷たく当たるようになった。

 優しかったソイツの面影はなかった。両親の時と同じで、本当にまるで悪い霊が取り憑いているんじゃないかと思う程の変貌ぶりさ。

 終いにゃ、お前みたいなアバズレは死んでも嫌だって言われちまった。



 私はその二つの経験から、ようやく理解した。

 私の書く手紙……親愛を込めた手紙が一体何を引き起こしているのか。

 元々そう言う超常現象とかは信じてなかったけど、信じざるを得なかった。

 私は手紙を書いてはならない。

 手紙を書くと、その相手に憎まれる。理由なんてない。ただ、憎まれる。

 だから私は、二度と同じ過ちはしないと誓った。



 高校に上がるにあたって、親は私にアパートを借りてくれた。

 親戚の間でも評判の悪かった私を、両親は隔離しようとしたみたいだった。

 それでも世間体があるのか、たまに私の家に来る。

 そして私の顔を見るなり、二人とも私を罵倒して、暴力を振るう。

 今でもだ。

 体に傷があるのは、先輩の思った通り。私は、虐待されているからだ。

 これから毎日、一人で孤独に暮らして、たまに来る親に恐怖する日々を送るんだと思うと、本当に死にたくなったし、何度か死のうとした。……結局、怖くて失敗したんだけど。



 でも、多分先輩に会えなかったら、いつかは自殺も成功してただろう。

 だから、こうやって今生きていられるのは、先輩のおかげなのかもしれない。



 高校に上がってから最初に会話したのは、実は先輩だ。

 先輩は私が好きだった人にちょっと似てて、最初に話しかけられた時、ぶっちゃけ結構ビビってた。

 美術部に入った時に先輩が居た時はもっとビビった。

 そんで、先輩のラブレターの噂を聞いた時は、本当に鳥肌が立った。

 私と同じ奴が居る。いや、同じじゃないけど。同じじゃないけど同類がいる。

 似たような苦しみを抱えている人間が居たって事だけで、孤独じゃなくなったような気がして、先輩には悪いけどその時は少し安心した。

 でも、すぐに不安になった。

 この男は、自分がやっている事の意味が分かっているのだろうか。

 自分がどれだけ酷いことをしているのか自覚があるのだろうか。

 先輩には、何度も注意した。止めた方がいいと。でも、先輩は聞き入れてくれなかった。

 私は自分の力をばらすべきかどうか、悩んだ。

 私の力を使えば、先輩の力なんて無駄に終わると言えば、止めてくれるかも知れない。

 でも、どうしても私は自分の力を使いたくなかった。

 だってそうだろ、先輩。

 あんなのは洗脳だ。先輩みたいにチュッチュし合うならまだいい方だよ。

 私のは……私のは本当に、殺意が沸いてくるんだ。下手すりゃ死人が出る。冗談じゃなく。

 そんなもん、使う訳にはいかなかったんだ。



 先輩の力が気になって、私は最初のうちはそれを観察するために先輩の側にいた。

 でも、先輩と一緒にいるのが段々当たり前になって来て、目的と手段が入れ替わり始めた。

 二人で話をするのが楽しくて、一緒に出掛けるのも嬉しくて、戯れ合うのが幸せだった。

 先輩はジジ臭いし、堅苦しいし、ケチだしウザいし自己中だし超が付く程情けなくて頼りないけど。

 やっぱり先輩と一緒に居るときが、私は一番……良かった。

 楽しいっつーか、むしろ落ち着くっつーか……ぶっちゃけ私にも良く分かんねえんだけどさ。

 ……でもなんだかんだ言っても、私にとって先輩は、誰よりも大事な人なんだと思う。



 で、つい先日。

 私は、先輩がどうして自分のラブレターの呪いを解くのに躍起になっているのか、ようやく知った。

 先輩の幼馴染みから話を聞いて、すぐにピンと来た。どうして先輩がラブレターに固執しているのか、も。

 幼馴染みと別れた原因が自分の呪いの力だって分かりゃ、そりゃ必死にもなるよな。

 それに、先輩がまだ幼馴染みとの恋に未練が残っているのも知った。

 私は悩んでしまった。

 私がちょっと力を使えば、柳沢先輩と海津先輩の仲を簡単に引き裂けるだろう。

 それで、先輩の望みが叶う。

 たった一度、たった一度使うだけで、可哀想な私の同類が幸せになれる。

 散々悩んだ。

 呪われているとはいえ、今は普通に恋人同士上手くやってる二人を無理矢理引き裂くなんて。

 私の手で私が不幸になるなら、まだいい。それは自業自得なんだから。

 でも、今度は他人を不幸に陥れることになる。

 許されない事は今まで沢山やってきた。警察にも何度も世話になってきた。私を殺したい程憎んでいる奴も沢山いるだろう。

 でもだからこそ。

 他人の、心の芯を傷つける行為の罪深さを、私は人よりちょっとは知っていると思う。

 到底出来ない。やっちゃいけない。もう罪を重ねるのは、嫌だった。

 ……でもいいのか? このまま、先輩は全てを諦めたままで。

 理不尽な呪いを宿す力をもった私達は、結局最後まで幸せになんてなれないのか?

 ……そんなのは、もっと嫌だ!

 このままじゃ私達は、何か大事なものが欠けたまま、死ぬまで何も変わらないじゃないか!

 惨めに生まれて惨めに生きて惨めに死ぬだけの人生なんて何の価値もねえだろ!

 折角人間様に生まれたんだ、「最後の最後まで不幸な人生でした」なんてくっだらねえ終わり方は、絶対にしたくねえ!

 だから先輩。先輩だけでも、幸せになって欲しい。呪いの力をもった人間でも、幸せになれるって思いたかったから。

 私は、誓いを破った。



 高校生活は、先輩のおかげで本当に楽しかった。

 荒んでた私の人生で、一番輝いた一年間を、先輩がくれた。

 だからさ、私はもう十分だ。もう十分、幸せだよ。

 先輩との思い出があれば、私はこれから先もきっと、頑張って生きていけるから。

 ……次はアンタが幸せになる番だぜ、堂島駿介。



 手紙はもう渡してある。

 柳沢先輩は良い人だから、間違いなく海津先輩に私の手紙を渡してくれるだろう。

 差出人を私以外の人間にしてもこの呪いが効果を発揮するのは、吉田先輩の件で分かってる。

 ヒントをくれたのは先輩だ。ありがとう。

 これで柳沢先輩は、海津先輩と別れる。

 後は成り行きに任せれば、また先輩はよりを戻せるだろう。……頑張れよ、先輩。



 私は誓いを破った。

 海津先輩、それから吉田先輩達には、本当に申し訳ない事をしたと思っている。

 また私は、自分の手で人の意志を曲げた。運命を変えてしまった。

 その罰は受けなきゃならない。私と先輩にしか分からない罪だけど、罪は罪だ。

 裁けるのは私だけ。だから、私は私を罰する。

 先輩は何も考えずに、柳沢先輩と幸せになって下さい。

 一度は失った幸せを、今度は絶対に逃がさないで下さい。



 いままでありがとう。



 それと、さようなら。



 先輩、大好きです。



 東奈々より

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