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You love him.  作者: ずび
最終話 〜Scorning is catching〜
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8 遅過ぎる解呪

 雨は連日降り続けている。それでも風の勢いが止んだのは幸いだとは、向山と八幡の言だ。彼ら二人と一緒に帰れれば気が楽なのだが、美術部の後輩の子を待たなきゃならん、と告げると奴らはボクを憎々しげに睨みつけて、肩を怒らせてゲームセンターへ向かっていった。この雨でよくやるもんだ。

 今日は部活も無いので、紺野ちゃんがボクの教室に迎えに来る頃だろう、一人寂しくと待ち構えていると、携帯電話が震えた。

 電話の着信。紺野ちゃんかと思ったが、残念な事に東ちゃんだった。どうにも出辛いので放っておくと、切れた。ポケットに戻そうとすると、メールが着信する。


「はよ出ろ」


 それだけ。

 メールをスクロールしてみても、他になし。わざわざメールで訴える程に、ボクと話がご所望か。再び鳴り始めた携帯電話を、渋々繋げる。東ちゃんは開幕一声、


「早く出ろよ」


 文句を垂れた。昨日のあのしおらしい君は一体何処へ行ってしまったのだろうか。


「……で、何の用だ。どうせ見舞い行くから後でも良いんだがな」

「え……来んの?」


 困惑気味の声。


「昨日は悪かったよ、東ちゃん。つい感情的になっちゃって」

「いや、まぁ……そんなんどうでも良いんすよ。それより、聞いて欲しい事があるんで」


 わざわざ改まって、東ちゃんは電話の向こうで咳払いした。ただの咳だったのかも知れないけど。しかし自分から言い出した割に、東ちゃんはなかなか口を開こうとしない。

 何だか焦らされるにつれて、ボクも段々と緊張してきた。通話時間だけが着々と積み重なっていく。痺れを切らしてボクが口を開こうとすると、東ちゃんの深呼吸が聞こえた。


「……吉田先輩は、まだ村井と付き合ってるんすよね?」


 意外な名前が出てきた。

 吉田夏美。ボクのクラスメイトであり、昨年の秋頃から、元生徒会長現大学生の村井と言う男と付き合っている。この村井と言う男は甘いマスクと細かい気配りのお陰か、女子からかなり人気が高かった。

 それ故ボクの元にも、彼宛のラブレターを書いてくれと頼み込む女子が吉田さんを含めて四人来た。ボクはその頃、自分の目的の為なら他人なんぞは路傍の石だと言わんばかりの外道だったため、村井先輩は四股と言う恐るべき女性関係を築く羽目になった。

 傍目には最低の男だが、彼もボクの被害者である。

 そして吉田さんはその可哀想で最低の男と、絶賛交際中である。それには間違いない。


「アイツらが今日、別れます」


 東ちゃんはそう言い放った。

 あまりにも迷いの無く断言するので、ボクは聞き間違いに違いないと思った。


「吉田さんと村井先輩が?」

「そうっす。覚えておいて下さい」

「おいおい、そりゃ無理だぜ。だってボクが」

「あ、ちなみに見舞いは無駄っすよ。アタシ今、家に居ねえから。んじゃ」


 それだけ言い残すと、電話は一方的に切れてしまう。

 無機質な電子音を聞きながら、ボクは彼女の言葉の意味を考えてしまった。別れる? 一体、どうして? どうやって?

 ……まさか呪いを解く方法が?


「いやいや、有り得ん」


 有り得ない。別れる訳が無い。理由は簡単、ボクがラブレターを書いたからだ。それは一番側でボクを見ていた東ちゃんだって良く分かっているはずだ。だが、他ならぬその彼女がそう言ったのだ。

 だからこそ、もしかして。


「本当、に……?」


 得体の知れない悪寒と胸の高鳴りを感じた。

 もしも本当に、別れたとしたら。ならば、優も。


「……っだぁ!」


 衝動的に携帯電話を床に叩き付けた。電池パックが外れて、教室の隅に吹き飛んでいく。今更じゃないか。何とか未練を断ち切ろうって、そう思ってる矢先に期待をもたせるような事を言いやがって。知らず知らずのうちに息が荒くなっていた。無意味に額に玉の汗が浮かんでいたので、腕で拭う。

 一つ深呼吸をして心と心臓を落ち着けると、ふと入り口付近で立ちすくむ紺野ちゃんの姿が見えた。ボクがただならぬ様子であるのに気がついて、少し怯えている。


「せ、んぱい……どうしたんですか?」

「……ごめん。最近ちょっと疲れてるんだ、きっと」

「携帯電話投げ捨てるなんて、普通じゃないです……」


 電池パックを拾って、恐る恐るボクに差し出していた。それを受け取ってはめ込む。外の塗装が若干剥げただけで、電源は無事点いた。


「今、東ちゃんから連絡があってね……」

「ま、まさかそれで携帯電話を……」


 紺野ちゃんが涙目で後ずさる。


「先輩、そんなに奈々ちゃんが嫌いになっちゃったんですか……?」


 別に嫌っている訳じゃないけど、実際アイツからの連絡に苛ついて携帯を投げ捨てた。そう考えるとボクは今、東ちゃんが嫌いなのだろうか。その辺りは、考えない事にした。


「……見舞いは来ないでいいんだとさ。家に居ないって」

「わ、わかり……ました。……あ、わ、私先に帰ります」


 紺野ちゃんは怯えた表情のまま、それだけ言って教室から走り去ってしまった。どうも本気で引いていたらしい。追いかけるつもりもしないので、ボクは黙って見送る。再び教室に一人取り残されたボクは、携帯電話でメールを打った。東ちゃんに向けて。


「風邪引いてんだから、外に出るのは程々にしとけ」

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