7 小動物の猛攻
翌日、東ちゃんは学校を休んだ。その事について、まだ昼休みだと言うのにカンカンに激怒した紺野ちゃんに教室から引っ張り出され、屋上へ続く階段の踊り場で正座させられた。
一応彼女は人気の無い場所を選んだつもりなのだろうが、
「ホンット、先輩は最低です!」
二つ下の階にまで響き渡るような甲高い声で叱るので、野次馬が集まり始めている。階下からボクらの方を興味深そうに眺めている学生には同じクラスの奴らもかなり沢山居て、なんていうかホント勘弁してください。
「勝手に帰っちゃうし、奈々ちゃん放ったらかすし、その後連絡しても電話に出ないし……んもーっ!」
返す言葉も無い。ボクはただただ項垂れる。
流石に昨日は感情に身を任せ過ぎたし、自分勝手過ぎた。曲がりなりにも東ちゃんにはいつも世話になっている訳なのだから、もっと労るべきだったと思う。聞けば東ちゃんはボクが帰ったその後、本当に熱を出してしまったそうで、何をするにもにっちもさっちもいかぬ程に衰弱し切り、終いには紺野ちゃんに涙ながらに救いの手を求めたのだそうで、心優しい紺野ちゃんは自分の身が濡れるのも厭わずにもう一度家に行き、面倒を見てあげたそうだ。
今朝も東ちゃんの家に寄ってから来たそうで、本当にボクと違って面倒見の良い子である。
「変に気を利かせて黙って出てった私が本当のお馬鹿さんみたいじゃないですかっ!」
少し思い込みが強いのが玉にキズ、と言った所だろうか。やはり茶を買いに行く時何も言わなかったのは、ボクと東ちゃんを二人っきりにして、何か起こると期待しての事だったようだ。
馬鹿である。
「馬鹿は先輩だけで十分です! 余ってます! 在庫です! 不良債権ですぅ!」
最後の方の罵倒は訳が分からん。次いでに言えば……涙を目に一杯に貯めている紺野ちゃんも訳が分からん。なんで君が泣くんだよ。僕が泣かせたみたいで、野次馬の目が凄く痛い。
「奈々ちゃん、かわいそうです……女の子の一人暮らしですよ? きっと毎日毎日、すんごく寂しい想いをしてるに決まってます。それに奈々ちゃんのお家は……」
「お家は?」
「……とにかく!」
言い淀んで誤魔化されたが、紺野ちゃんの怒りの矛はまだ収まる気配さえ見せない。
「今日もお見舞い行きますよ!」
「断る」
「断るのを断る!」
「断るのを断るのを断る」
「断るのを断るのを断るのを断る!」
「拒否する」
「拒否するのを拒否する!」
「断るのを拒否するのを断るのを断るのを拒否する」
「断るのを拒否するのを拒否するのを……あれ? 断るのを断るのを……ん……っと? ……ああもう! とにかくダメ!」
「くっ……すまん、紺野ちゃん。ボク、昨日から両手を複雑骨折をしていて……病院に行かなきゃならなくて」
「え、だ、大丈夫ですか……って騙されるかーっ!」
地団駄を踏まれた。だが、傍目に見てもぴょんぴょん飛び跳ねてるようにしか見えない。紺野薫。全身が萌え要素で構築されている、ただ一人の少女。
「縄で引っ張ってでも連れて行きますからね!」
甲高い声で叫ぶ彼女は、必死に自分の身を守ろうと吠える子犬みたいで、恐ろしさは全くない。
だが、それ故に抗えそうにない。今ここで全力で拒否して、彼女に大泣きされでもしたら……。
野次馬を見る。男女問わず、ボクを見る目は些か殺気立っているような気がするのは、ボクの考え過ぎだろうか。
こんな健気な子の頼みを断るなんて、なんて冷たい男なのかしら。そう囁かれている、と思う。ボクは、どうすれば紺野ちゃんの頼みを断る事が出来るのだろうか。そろそろ真剣にその手段を考えておくべきかもしれん。




