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You love him.  作者: ずび
第五話 〜Even if death do us part〜
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2 阿部真由美は死にたがり

「相変わらず大人気っすねぇ、先輩は」


 正面玄関で学生達が続々と帰路に向かっているのを見送りながら、東ちゃんは溜め息を吐き出した。手にはボクが今しがた奢ってあげた紙パックのカフェオレが握られている。両手で大事そうに抱えてストローの先っぽに口を付けてちびちび飲むその様は、彼女には面白いくらい似合わない。


「自販機に寄りかかるのは良くないぜ。買いに来た人が困る」

「はいはい……っと」


 ボクの忠言を聞いて、東ちゃんはその場でヤンキー座りしながら飲み続ける。手はそのままなので、まるでドングリを齧るリスだ。自販機の前面から動く気はないのだろうか。折角隣にベンチがあるんだからそこに座れば良いのに。ボクの隣はガラガラだ。


「迷惑をかけたね、東ちゃん。もう何度助けられたことか」

「その話はもう止めようぜ、先輩。こっちの気が滅入ってくらぁ」


 軽く手を振る東ちゃん。そうやって軽く流してくれるのはありがたい反面、尚更申し訳ない。

 実は阿部にラブレターを書くように強要されたのは、今に始まった話ではない。先月から始まり、今日ので四度目である。

 始めはただ、頼み込むだけだった。断ったら大人しく引き下がったので、その時は気にしていなかった。二度目は縋り付いてきた。諦めるように何度言っても離してくれない。困ったボクが東ちゃんに連絡すると、彼女が無理矢理引き剥がしてくれた。

 三度目はクラスの友達数名を引き連れて頼み込んできた。複数の女子に囲まれて罵倒されると言う恐るべき精神攻撃を喰らって心が折れかけたが、その時も東ちゃんが颯爽と現れ、彼女達を追い払ってくれた。そして四度目。ついに命に関わる事件に発展してしまった。今回、前もって東ちゃんに呼び出された事を言っておかなかったら……と思うとゾッとする。


「……んで、アタシとしちゃ納得がいかねえんだけど」

「何がだ」

「さっさとラブレター書いてやりゃいいじゃないっすか」


 あっけらかんと言ってのける東ちゃんは、飲み終えたカフェオレの紙パックを握り潰してゴミ箱に放り込んだ。

 そのまま自販機に向き直ってブレザーのポケットから財布を取り出し、自販機に入れる。まだ飲むのか。


「二本目くらい奢ってやるのに」

「要らね。つぅかよぉ。こっちは命助けてんだからもっと高ぇもん奢れよ。前のフランス料理とかみてえにさ?」


 期待に胸を躍らせる子犬みたいな顔をしているが、お生憎様である。


「メインディッシュも食わん偏食女は二度と連れて行かん」


 そんなお金も、もうない。中原家から金を頂いたのはかれこれ半年近く前のことである。欲しいものなんていくらでもあるわけで、十万円じゃ二ヶ月ももたなかった。後に残ったのは自分の金遣いの荒さへの後悔くらいなものだ。


「で、書いてやれ、と言ったか君」

「もう一回言います? 耳元で。大声で。鼓膜ぶち破る勢いで」

「ぶち破るのはドアだけにしておきな」

「それは良いのかよ」

「緊急回避だった。君が来なきゃボクは死んでたかもしれない。あのドアは必要な犠牲だ」

「なーんか話逸れてくなぁ……」


 東ちゃんは自販機で購入したいちごミルクの封を切って美味しそうに飲んでいる。なんかその幸せそうな顔が少し腹立つのはなんでだろうか。コイツがまるで人事のように言っているからか。……まぁ、人事か。


「例えば、ボクがラブレターを書いたとするな」

「ん」


 相変わらず興味なさそうにしてるくせに、時折視線はこちらに配っている。もっとがっつけば教えてやる気も湧くんだが。かといってここで話を止めても何も事態は解決に向かわん訳で。


「でまぁ、ボクのラブレターは必ず二人を愛し合わせる不気味な力がある」

「愛し合わせるって……」


 東ちゃんの声が少しトーンダウン。ちょっと俯き加減でちびちびいちごミルク飲んでる姿はむしろ同世代の女子高生よりも幼く見える。煙草吸ったり体育館の扉蹴り壊したりする結構アレな女の子には見えず、ボクは眠れる加虐嗜好を呼び起こされた。


「何? 照れてんの? 顔赤いよ? キモイよ?」

「うっせーよ」


 しゃがんだ状態から器用に足を蹴られた。しゃがみ大キックとかゲームでしか見た事ない。


「でも、その相手側は死んでんだろ? 先輩のラブレターは相手が読まなきゃ効果ないんじゃ?」

「……確かにそうだ。でも、問題はそこにある」


 正直、自分でも間抜けな話ではあると思う。だが、ボクと言うオカルトの権現が存在する以上、無視は出来ない事柄だ。


「果たして、オバケは実在するのかどうか」


 ボクはえらく真面目なつもりで話しているのに、東ちゃんときたら鼻からいちごミルクを吹き出しやがった。ゲホゲホ咳き込んでる。コイツは本当にまったくどうしようもない女である。


「笑ったろ。許さんぞ」

「先輩がオバケとか言うから! せめて幽霊だろそこは!」


 可愛らしいフリル付きの花柄ハンカチで顔を覆う東ちゃん。似合わないものばかり身につけるなよ。それか煙草とヤンキー座り止めろ。


「こちとら大真面目なんだぞ」

「読める訳ねえだろうが! 死んでんだぞ!」


 声が笑ってる。これ以上話すのも馬鹿らしくなってきて、ボクはベンチを立ち上がると、東ちゃんも立ち上がってボクの制服の襟を掴んだ。


「は、話はまだ終わってないっすよ先輩」

「でも君、笑うもんなぁ」

「それは謝ります。つーか笑ってねえ。ただちょっと驚いて吹き出しただけっすよ」

「じゃ、その鼻から下隠してるハンカチどけろ」

「嫌です。今、めっちゃ汚い顔してるから」


 別に東ちゃんが鼻水といちごミルクにまみれていてもボクは全く気にするつもりはないんだけれど。恥じらいとかこの娘にあったかしら。

 前にフランス料理食べに行ったときは思いっきりゲップしたこの娘に。実はさっきボクに跨がっている阿部を彼女が蹴り飛ばした時にボクから思いっきりパンツ見えてたんだけど、可愛い水色がコンニチハしちゃってたんだけど、それ言ったら怒られちゃうのかしら。あらやだ怖いわ。


「オバケが居ないと誰が証明してくれるんだい? 五十嵐君がラブレターを読まないと、誰が保証してくれる?」


 東ちゃんは答えに窮したようである。それはそうだ、居ない事を証明するのは、居たと言う情報全てを否定出来なければならない。俗に言う悪魔の証明だ。勿論ボクだってそんなにオバケがホイホイ存在してほしくないのだが、もしも存在していてボクが代筆したラブレターが読まれてしまったらどうなるんだ。


「……別にどうもならねえと思いますけどね」

「もしも二人が結ばれたらどうなる。片や生者、片や死者。死んでる人は生き返らないんだぜ。でも生きている人は死ぬ。黄泉の国で再会を果たす……なんて事態になりかねない」

「阿部先輩が死ぬって事っすか?」


 ボクは首肯した。もしも本当に死者との恋が叶ってしまったら、生者が死者の元へ旅立つ事でしか、二人を結ぶ事は出来ない。死後の世界に思いを馳せた事は殆どない。テレビで極々たまにやってる胡散臭い霊媒師の特番も、下らなくてすぐにチャンネルを変える。そもそも死後の世界なぞ存在するのだろうか。見てきた訳じゃないから分かるはずもない。

 だからこのラブレターが五十嵐に読んでもらえるかどうかも分からないし、もし読まれたらどんな結果が待っているのかも分からない。


「でも可能性はあるわけだ。阿部が死んでからじゃ遅いんだよ」

「なるほどねぇ」


 納得いっているのかいないのか、東ちゃんの返事もどことなく上の空だ。ここまで考えているボクに呆れているのかもしれない。阿部が死んでもいいと思っているのかもしれない。

 ボクだって彼女は恐ろしいし、二度と近付きたくないし、死んでも構わないとは思う。けれども、ボクは人殺しにはなりたくないのだ。


「さて、そろそろ時間じゃねえのかなと思うんすけど」

「ん、分かるのか?」

「職員室の方から音が聞こえる」


 今回の騒動は事が大き過ぎる。今、ボクの母親が阿部の両親と教員数名を交えて面談をしている最中だ。警察には既に連絡がいっている。傷害罪になるわけだし、凶器もバッチリある。問答無用で家庭裁判所行きだろう。

 で、ボクら二人はその面談によって二三の事情を聞かれただけで解放され、そのままここで成り行きを見守っている状況である。

 時刻は既に午後五時半を回っていた。


「……堂島」


 職員室から出てきた担任の教師が溜め息混じりにボクを呼ぶ。表情は疲れ切っていた。多分、ボクの母親に色々とボロカスに言われたのだろう。ウチの息子の身の安否がどうのこうの、といちゃもんを付ける怒鳴り声がここまで聞こえてきていたから。

 申し訳ない。ウチの母もあれで必死なんです。


「お前ら、もう帰っていいぞ。後はこっちが片をつける」

「阿部はどうしたんですか?」

「今は職員室にいるが……」

「話をさせてもらえませんか。……ええっと、あの小ちゃい部屋……そう、相談室で」


 担任の顔が面白いように歪んだ。不審者を見るような目でボクを見下ろしている。


「何の話をするんだ」

「色々と」

「しかしなぁ……お前のお母さんもいる訳だし、もうお前をアイツに近づける訳にも」

「そこをなんとか。ボクも説得しますから」

「アタシも一緒にいりゃ安心ですぜ、センセー。いざって時は、まぁたぶっ飛ばしてやっからさ」


 東ちゃんが怠惰な態度で担任の方を見ずにそう言った。

 担任は渋い顔で頭一コ分低いところにある東ちゃんの笑顔を見下ろす。東ちゃんは余裕綽々といった様子で、歯を見せて満面かつ偽悪的な笑みを浮かべている。いつもなら教師に対しては出来る限り小言を言われないようにもう少し大人しい態度をとるのだが、今回の彼女は阿部の凶行を止めた、いわば英雄なのだ。横柄になるのも仕方ない。

 担任も彼女の態度に強く言い返す事は出来ないのか、少し悔しそうに歯噛みしてボクに視線を送った。


「……俺も付きそうが、構わんな?」

「あんまり人に聞かれたくないんですけど」

「何の話をするつもりなんだお前は!」

「やだなぁ、ただのコイバナですよ、コ・イ・バ・ナ!」


 多分、そこらのサスペンスドラマばりに重苦しいコイバナになる事必至だろうが。




  *




 相談室は基本的に無人である。日常生活に悩む学生が担任の教諭に相談したり、進路調査の際に利用する程度の寂れた狭い部屋だ。

 特筆すべき事と言えば、奥に給湯室があるくらいだろう。お茶っ葉も常備されているそうだ。何年前のものかは知らないが。昔は悩める学生が良くここに来て教員と将来の事について語り合ったそうだが最近のナメた態度をとる我々のようにゆとりな学生達がそんな事をするはずもない。

 ボクも初めて入ったのだが、思った以上に狭い。そして滅多に人が立ち入らない場所だからか、妙に埃臭い。学生机二つを向かい合わせたら、あとは脇を人一人分通るスペースしかない。空調もないし、天井も蛍光灯一本。窓の外から覗く、夕焼けに照らされた真っ赤な田園風景が唯一の彩りだ。

 そんな部屋の奥側の席に、既に阿部は座っていた。

 俯き加減の彼女の目は、まるで死んだ魚のそれのように視線が定まっていない。


「じゃ、先生は表で待ってて下さい」

「時間はあまり取れないからな。お前のお母さんにキツく言われている」

「分かってますよ」

「……本当に、大丈夫だろうな?」

「何かあったら東ちゃんがいます」


 担任はまだ不服そうな顔をしていたが、東ちゃんが実に楽しそうに笑いながら彼の背中を押して部屋から追い出した。扉を閉めると、本当にこの部屋の狭さを実感させられる。こんなトイレみたいな空間に押し込められて、相談なんて出来る気がしないね。この部屋はもう撤廃しても良いと思う。


「さて……阿部さん」


 ボクは椅子に腰掛けた。東ちゃんには、ボクと阿部の向かい合う机の脇に立ってもらう。腕組みをしてふてぶてしく胸張る彼女は実に頼もしい。


「君は多分、学校を辞めさせられると思うけれど」

「……そうだね」


 阿部はまるで他人事のように、顔を上げぬまま小さく呟いた。


「君に聞いておかなければならない事がある」

「まるでコレが最後……とでも言いたげだね、堂島君」


 阿部は不敵に口元を歪ませた。かと思いきやそのまま首を逸らして笑い出す。


「ハッハッハッハッ……クフフ、ハハハハ……」


 渇いた笑い声が狭い部屋に響き渡る。ボクと東ちゃんは閉口した。と言うか……引いていた。この女は本当に頭がどうかしてしまったんじゃないのだろうか、と。


「少年院行き? 大した事ないわ。数年で出て来られる!」

「出てきた後も付き纏うってのか? キモイぜ、先輩。死人のストーキングだけでも十分だってのによ」

「うるさい、黙れこのススキ頭!」


 立ち上がった阿部が東ちゃんに飛びかかるが、東ちゃんは顔色一つ変えぬまま彼女の腹に容赦なくトウキックを突き刺した。前から思っていたが、彼女は一体どこでこんな腕っ節を身につけたのだろうか。実はボクの知らないところで不良同士の喧嘩とかしているのだろうか。そんな疑問を思い浮かべてしまう程鋭く迷いない一撃であった。


「ぐぇっ……」


 碌に声も出せずに苦悶に顔を歪めて尻餅をつく阿部。彼女の胸倉を掴んで無理矢理起こした東ちゃんは、彼女を椅子に座らせると何事もなかったかのように再び腕を組んで仁王立ちをした。頼もしいガーディアンであるが、少々やり過ぎだ。ボクの咎めるような視線を受けて、東ちゃんは顔をしかめる。


「んだよ、先輩。これは正当防衛だぜ」

「せめて黙ってろ。ボクはお前を、彼女を痛めつけるためにここに連れてきた訳じゃない」

「へいへい」


 手をヒラヒラ振りながら、東ちゃんは実につまらなそうにそう吐き捨てた。


「……ケホッ。最ッ高の後輩ね、堂島君」


 咳き込みながらも阿部はニヤニヤ皮肉を言いながら笑っている。自分の立場が分かっているのだろうか。

 高校は退学、行き先は少年院。前科者ってのは中々世間の風当たりが強いもんだ。案外、将来自動車修理工場とかで再会するかもしれんな。下っ端業務の阿部と。


「そんなのどうでもいいわ。貴方にラブレターさえ書いてもらえれば、それで全て終わる」

「……あぁ、本当に終わるかもしれない。だからダメなんだよ。ボクが説きたいのは、ボクがラブレターを書くのはどう言う事を意味するのか、って事でな」

「かもしれない、じゃなくて終わりよ。終わらせる。私は自殺するから」


 昼休みに弁当食ってる女子の会話の「その唐揚げくれたらハンバーグ上げるから」みたいな調子で話をするのは止めてくれないか。死ぬからってさ。死ぬからその後の事はどうでもいいんだとさ。ボクの腐心は一体なんだったんだよ。腹がよじれる。阿部の顔色は変わらない。彼女のそのムカつくニヤけ面を見つめて、ボクと東ちゃんは凍り付いていた。


「……後追い、か」


 ラブレターがオバケに……もとい、幽霊に読まれるかどうか、それ以前の問題だ。


「貴方のラブレターをあの世に持って行って、哲郎に読んでもらうのよ。そうすれば、私達は絶対に恋人になれる」

「……おいおいマジなのかよ、これ。イカレてやがるぜ……」


 東ちゃんが思わず頭を抱えてしまうのも無理はない。ボクだって抱えたい。と言うか一刻も早く逃げ出したい。逃げ出して自室の部屋のベッドで寝転がって小鳥達のさえずりと朝の柔らかい日差しに包まれて明日を爽やかに迎えたいぞこの闇んでれ女が。


「貴方に迷惑はかけないから」

「もう既に迷惑だ」


 要するにボクのラブレターが起爆剤なのだ。彼女が死ぬのはボクのせいと言うこと。想定していた通りの最悪の結末が、過程をすっ飛ばしてにボクに迫っている。


「ボクは自殺幇助なんてしたくない」

「別に貴方に手伝ってもらう訳じゃないけど……」

「ボクがラブレターを書かなけりゃ、君は自殺なんてしないんだろ?」

「死にたくても死ねないわ」

「いっそ関係ない事で死んでもらえればいいかもな。ボクの荷も軽くなる」

「それは困る。あの世で哲郎にフラれたら、私は悲し過ぎて死んでしまうわ」

「二度も死ぬのか君は」


 会話が疲れる。いつ地雷を踏み抜くのかと言う怯えもあるが、何より彼女の頑固な意見を歪める糸口が一向に見えてこない。埒があかない。書け書かぬと実のない問答を止めるつもりがあるのは多分ボクの方だけなのだし、ここは少し頭を柔らかくしよう。


「そもそも、だ。後を追っても、再会出来るかどうかも怪しい訳だし、君、死後の世界なんてものを本気で信じて」


 ボクの言葉を遮るように、阿部は立ち上がって机を殴りつける。東ちゃんが構えたのを見て襲いかかるのは躊躇ってくれたようで、渋々と再び席についた。

 ……死後の世界否定案、却下。


「五十嵐君だって、君には後を追ってもらいたいとは思っていないだろうさ」

「一緒に居たいの。私が」


 五十嵐君も君の身を思いやっているよ案、却下。


「ボクのラブレターは相手に読んでもらわなけらならないし、天国に確実に持って行ける訳じゃないと」

「そんなの貴方に分かる?」


 君に分かるのか、と聞きたかったが無駄だろう。妙な宗教観を唱えられて終わる。ラブレターなんてただの紙だよ案、却下。残念な事に、ボクにはもう手がない。東ちゃん、何か言ってやれ。アイコンタクトを送ると、彼女は呆れたような溜め息を吐き、人差し指で唇をなぞる。なるほどお口にチャックですか。都合いい時だけは良い子ちゃんだな。

 万策尽き、さてどうすべきかと頭を回していると、背後のドアが音を立てた。


「堂島、そろそろ時間だ」


 担任の控えめな声が聞こえてきた。早めにとは言われていたが、制限時間なんてあったのだろうか。初耳である。


「……仕方ないな」


 ボクは席を立った。阿部は全く歪まない。これ以上ここで何を言っても、聞き入れてくれる気がしない。背を向けたボクの手を、東ちゃんが掴んだ。


「……先輩」

「行くぜ、東ちゃん。じゃあな阿部、願わくば、二度と再会しないことを祈るよ」

「でも……」


 そう不安そうな顔をするなよ東ちゃん、いじめたくなっちゃうじゃないか。


「後追い自殺なんて虚しいだけだぜ、阿部」


 負け惜しみみたいな、陳腐な捨て台詞だと自覚はしているが、これ以上の言葉は生憎思い浮かばなかった。阿部は何も言わなかった。彼女がその時、どんな顔をしていたのか、ボクは見たくもなかった。

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