6 終わりの終わり
ボクと優の関係は破綻した。
もはや昔のように接する事も出来ない。恋人の距離を保つ事も無い。
別れた。
優と別れた。
可愛い優と別れた。
世界一愛しい幼馴染みと別れた。
どうしてこうなったんだろう。
何が悪かったんだろう。
後悔は間欠泉のように吹き出し、留まる事を知らない。誰が悪い。ボクが悪かったのか? 優が悪かったのか? それとも……海津か。そうだよ。海津が悪い。アイツが優に告白なんてするから。ボクの優をかっさらおうとするからだ。海津の野郎が優をたぶらかした。クソ野郎。ぶっ殺してやる。
携帯電話で、海津に連絡を取る。奴はすぐに出た。
「どうした、堂島」
「優と付き合うんだってな」
「あー……」
照れたような、曖昧な濁し方。ネタは上がっているのだから、はぐらかす必要などない。なにせこっちは、その彼女から今しがた別れを切り出されたところなんだからな。
「ダメ元でもう一度告白したら、今度はOKをくれたんだ」
「……おめでとう」
にこやかな声で祝福をしてやった。
まるで肺の中に黒いヘドロを一杯に満たしたような不快な気分だ。頭の中で、海津は既に原型を留めぬ細切れの肉塊と化している。それほどまでに憎かった。
「どうやって、振り向かせた」
どんな汚い手段で優を籠絡したんだ。何をしてボクから優を掠めとったんだ。それを聞かないうちに、海津の命を奪う訳にはいかない。
「なんでか分からないんだけどよ、あの手紙で告った日から、妙に柳沢と一緒になる機会が増えたんだよな。宮本が事故ってアイツがマネージャーに来た時は気が気じゃなかったぜ」
また手紙か。ラブレターが全ての発端だとでも言うのか。よりにもよってボクがこの手で書いた、その下らん紙切れをやり玉に上げるのかよ。
「んでまぁ、部活の時も妙に二人になる事が多くてな……。遅くまで残ってたら二人っきりとか、備品の買い出しも二人で行かされたりな。一番酷かったのは合宿の時だよ。ちょっと二人で夜に買い出し出てる間に合宿場に鍵かけられてよ。柳沢と二人して締め出しだぜ。寝る訳にもいかねえからずっと話し込んでた」
ボクの知らない事実。ボクの知っている事実。
「赤点喰らいかけてあわや部活停止って時も、助けてくれたのは柳沢だった。勉強教えるから、ってんで部屋に呼ばれたときはマジで緊張して勉強どころじゃなかったぜ。それでもどうにか赤点回避出来たけどな」
それらを足し合わせると、二人はボクが思うよりもずっと惹かれ合っている。いや、本当にそうなのだろうか。
「夏祭りの日も、何故か柳沢が一人で縁日回ってて……偶然会ったんだよな」
その日ボクは親戚の寄り集まりに運悪くつかまってしまい、優と一緒に行くはずだった夏祭りの予定をキャンセルしていた。
「俺も友達とはぐれててよ。そこで別れるのもなんだからって事で、一緒に回ったりもしたっけ。なんか、デートみたいで結構楽しかったよ。フラれた相手だって分かってたんだけどな」
まるで見えない手が二人の背中を押して、互いを押し付け合っているようにも見える。殺意よりも違和感が先立った。背中を何かに触られている気分までしてくる。
「まぁそれで……ついこの間もなんやかんやあって、アイツ責任感じてたみたいで。全然気にすんなって言ったんだけど、それでもずっと入院生活中、世話してくれてさ。……やっぱり俺、諦め切れないなって思って、そんで告ったんだ」
向山君に借りたゲームのストーリーを聞いている気分だ。
有り得ない頻度で積み重なっていく、偶然。
優は偶然空手部のマネージャーになり、偶然合宿場で締め出しを喰らい、彼氏が偶然予定が合わずに祭りに行けず、偶然その会場で海津と遭遇し、偶然通り魔に襲われた優を、偶然通りかかった海津が助けた。そんなに都合良く二人の仲を近づける出来事が立て続けに起こるものなのだろうか。
事実は小説より奇なりと言うが、それにしたって急激過ぎる。
たかが二ヶ月だぞ。海津と優は、ボクと同じ中学……つまり、優と海津はもう三年以上も一緒に学生生活を送っていることになる。それだと言うのに海津の事を碌に知らず、その上ボクと言う恋人までいた優の心がそう簡単に動くのだろうか。
例えゲームだったとしても、ここまで強引なルート変換は不可能だろう。
じゃあなんなんだ?
なんで、どうしてこんなことになったんだ?
一体、何が起きているんだ?
「案外、お前が直してくれた手紙が効いたのかもな! はははは……」
海津の笑い声は、無自覚にボクの事を嘲った。
*
これが最初の呪いだ。
この件を切っ掛けに妙な噂が広まり始め、ボクは他の人からラブレターの代筆を頼まれるようになる。失恋直後で失意の底に落ち込んでいたボクは、やけっぱちでラブレターを代筆した。
そして気がつく。
ボクがラブレターを書いてやった奴らの恋が、全て実っている。元々仲が良かった奴ら、碌に顔を合わせた事さえない奴ら、そんなものは一切問わない。
まるで、本当にオカルトじみた力が手に入ったようなようにさえ思えた。
そして手紙が十を超え、十五を超え……カップルがクラスの中で溢れかえり、ボクは戦慄する。
とんでもない力を芽生えさせてしまった、と自分がおぞましい存在のように感じた。
これじゃ、優が海津とくっ付いたのが本当にラブレターのせいみたいじゃないか。
だが、ちょっと待て。
もしもラブレターが本当に超自然的な呪いの力を持っていて、優と海津が奇妙な呪いによって引き合わされたなら、やはり優の心はボクを向いていて然るべきなんではないのだろうか。海津の最初の告白がボクの代筆してやったラブレター以外なら優は未だにボクの恋人として、ボクの隣に居てくれたんじゃないのか。
それに、気がついてしまった。
だからボクは、この呪いを研究するために、ラブレターを書く。
この呪いを解けるのであれば、優は悪い夢から覚める。そうだ! 優は、呪いの力で海津を愛してしまっているだけなんだ! だからボクは呪いを解きさえすれば、優とまたやり直せるんだ!
……何と言う、阿呆だろうか。
いや、ボクは真剣だった。本気でそう思っていた。
しかし現実はどうだ。
書けども書けども、呪いの解消に繋がる手がかりは現れず、書けば書く程、自分の呪いがどれほど強力であるかを思い知らされる。段々と自暴自棄になり、ラブレターを書くのも愉快になっていったのは、否定できない。なにせ皆が皆、ボクに縋り付き、結果ボクによって運命を弄ばれて、あまつさえ感謝にむせび泣くのだ。
人の心を支配するとは、すなわち人間を支配する事。
この世の全てを己の掌で転がしているかのような、全能感があった。
こんな虚しい行為に、しかしブッチギリの快感を覚えてしまっていたのだ。
一途に優への想いだけで、呪いの解明を目指していたのか、手紙を書き続けたのかどうか。今となっては、そんな簡単な事さえもボクには分からない。人の心と運命を捩じ曲げる、目的を忘れて暴走した、狂気の洗脳装置。それが、ボクだ。
本当に、心を込めて書いた手紙もあった。上手くいくと良いねと、本心で応援した手紙もあった。報われて、お礼を言われるのはちょっと気持ちがいい。依頼をした人は歓喜に溢れている。
しかし、例え全て円満に見えたとしても、何も知らずにその手紙を渡された恋人の片割れはどうなる。
全然興味すら持っていなかった人間を、手紙を読ませる事で無理矢理振り向かせる。その人本来の嗜好を無視して、ただ好きと言う感情を捩じ込むのである。そこに彼らの自由意志は介入しないのだ。
ボクがラブレターを代筆して上げた人々の相手側も、好きな人が別にいたかもしれないのに。あぁ、考えれば考える程恐ろしい所業。ボクはそんな罪深い事を、かれこれ四十も行なっている。
なるほど、これはもう潮時なのかもしれない。
「優は、諦めるのか?」
……もう疲れたんだ。こんな歪んだ日常は、もう懲りた。
「本当に良いのか? ボクは、優が誰よりも好きだったんじゃないのか?」
優は、海津と幸せになるのだろう。海津には、優を幸せにするだけの甲斐性がある。アイツは良い奴なんだ。
「ボクは、幸せにはなれないのか?」
人の運命をあれだけ歪めているんだ。神様ってのがもし居るのなら、ボクには天罰が下るだろう。
もしも神様が正義じゃないんだったら、まだチャンスはあるかもしれない。しかし、優と共に手に入れられる幸せは、きっともうボクの人生には存在しない。
「優と一緒でない人生に、幸せなんてあるのか?」
その自問には、まだ解答が用意出来ない。少なくとも、今のところはNOだ。
ボクの周りの人間が偽りの幸せを手に入れるばかり。ボクはそれを遠目で眺めるだけ。ボク個人は何も幸せを感じない。
こんな行為を続けることは、もう無意味なのだ。
吉田さんの青春を狂わせ、凉香お嬢も救う事は出来ず、雨橋との友情を守れず、叶えてやりたかった紺野ちゃんの恋を実らせる事も出来ないこんな半端な呪いの力なんて、振るったところで何になる。
「……もう、休んでいいんですよ」
東ちゃんの濡れた声が、どこからとも無く聞こえた気がした。
ボクはそれを、肯定する事にした。堂島駿介のラブレター不敗伝説は、四十戦を戦い抜き遂に破られる事はなく幕を閉じる。




