36話 翌日お見送り 3
とっさに思い浮かんだのが、ムゥ君が嬉しそうに尻尾をパタパタ振りながらはぐはぐとかぶりつく……
「…おやつ?」
ポロッと口から零れた言葉に、公子サマ――もとい、クラウスさんは(ユーリくんの通訳を聞いて)一瞬目を見張ったかと思うとプッと吹き出し、
「ククククッ……クッ、ククククク……」
…………なんだか、ツボにはまったようです。
セパシウスさんや護衛さん達も、笑いが止まらない公子サマ…じゃなかった、クラウスさんを見て呆気にとられているよう。
「頼むから日本人として恥をさらしてくれるなよ。ハグっつったら西洋の挨拶、抱擁のハグに決まってるだろーが」
心底呆れたという声とともに、ペシリと祥くんに頭をはたかれる。
祥くん痛いです。口だけじゃなく手も一緒に出すの止めません? 呆れるのは分かるけど、子供じゃないから言ってもらえば理解できるんだから。
恥ずかしいボケをしちゃった自覚はあるけれど、でも痛いので抗議の意味を込めてム~っと祥くんを睨むと、ちゃんと通じたのかちょっとたじろぐ祥くん。
……なんですか、そのシッシッて追い払うような手の動きは?
『~~~~~~.~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?』
「失礼しました。そう言えば日本ではこういう挨拶は一般的ではなかったのでしたね?」
私が祥くんを睨んでいる間に復活したらしい公子……クラウスさん。
『~~,~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~,~~~~~~~~~~~~~~~~~~~』
「ですが、私たちの文化ではある程度親しい間柄では一般的な挨拶ですので、ぜひ貴女にも慣れてもらいたいのですが」
にこやかに微笑んでそう言われると、断りづらいのが日本人(私だけじゃないですよね?)。
恥ずかしながら祥くんに言われてようやく気付きました。あれですよね? 海外のドラマとかで親しい友人や親戚同士で相手の体に腕を回してギュッてして離れる……。
衆人環視の中でそれをしろと言うのは名前呼び捨てと同じくらいハードルが高いんですが。ううぅ…でもクラウスさん側の皆さんたちには何も特別なことではないんでしょうし、これから友人として付き合っていくことを考えれば、そんな“一般的な”ご挨拶に慣れなきゃいけないんだろうとは思うわけで……。
え~い、田舎の女は度胸ですよっ!がんばれ、私!!
「えっと、よろしくお願い、しま…す?」
恥ずかしいのはどうしようもないのでセパシウスさんの顔から微妙に視線をそらしてそう言うと。
クラウスさんはユーリくんを手の動きで後方に留めたまま私にゆっくりと近づいて、その高い背を屈めて顔を私と同じくらいまで合わせてから、ゆっくりと腕を伸ばしてきた。
……ドラマとかだとお互いに腕を相手に回してたよね?
そう思ってこちらも(ぎこちなく?)腕を広げてみようとはしたのだけれど。
うっかり見ちゃったクラウスさんの顔に浮かんだ微笑みが、妙にこう、甘く――糖度5割増し、みたいな?――見えて、うっかり固まっちゃったその隙に、両腕の上からの抱擁となってしまいました。
あれ? これだとこっちが腕を回せないんですけど?
一瞬そう戸惑ったものの。
まぁ、初心者だから仕方がないってことで。と、自分を慰めました。
どうせすぐに終わるものですしね。
…と思っていたのですが。
5秒経ち10経ち……30秒経とうというのに解放されません。
どころか、身じろぎすると回された腕の力が強まるような気がします。
え~っと、もしかして私が思ったハグって何か間違ってた?
……すみません、どなたか“ハグ”の定義を説明していただけないでしょうか???
クラウス「“おやつ”だなんてとんでもない。こんな滅多にありつけないご馳走は、ちゃんと味わわないと」
↑
だと思いますよ~、清香さん。
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でもって、週1どころか月1になっている更新速度に申し訳が…(orz
精進いたしますので、見捨てずお付き合いいただければありがたく存じます。