13話 翌日自宅にて 2
私が向かった先は本家。
本家と言っても、地元の名士の家だとか豪邸というわけではなく、私の何代か前のご先祖が分家したその大元の家という意味。ちなみにこの地元では、分家した家のことを‘新家’と呼ぶ。
本家に行くには田畑の畦道を伝っていくのが最短距離で、私はいつものように人ひとり分の幅の土の上を歩いていく。水の張った田んぼには連休中に植えられた緑色の小さな稲の苗が並んでいて、なんだか見るだけでちょっと楽しくなってくる。
兼業農家――普段は会社勤めをしている人など――は、この連休で一斉に田植えをするところが多い。ちなみに私は比較的時間の融通がきくし、連休はフェアに出展することもあって、連休前に田植えを済ませた。
このあたりは農地の区画整理――昔ながらの段差のある小さい不均一な田んぼを四角い大きな形に整地する――が進んでいて、農業用機械(トラクターとか田植え機とかコンバインとか)を使いやすいようになっている。ここよりもっと奥の地域だと、棚田の段差が大きすぎて整備できないところもあったりする。
空はよく晴れていて、着古したシャツにジーンズ姿の私を時折風が撫でていく。稲や踏みしめる草の香りに、帰ってきたんだという実感が湧いて心が弾み、足取りも軽かった。
本家の敷地に入ると右手には手入れの行き届いた植木と池。規模は小さいけれど、ちゃんとした日本庭園(風?)。これはこちらのお爺ちゃんのご趣味である。
お家の縁側の方から、キャンキャンと興奮した犬の声。
「きゃ~、四日ぶりだねっ、元気だった?」
鎖の長さいっぱいに飛び出てきて後足で立ち上がり、しっぽをバタバタ振り回してお出迎えしてくれたのは、本家に預かっていただいていたムゥくん(ミックス・雄・推定2歳)。体の大きさや顔つきは柴犬っぽいのだけれど、毛足が少し長くて、尻尾も丸まってなくてブラシみたい。柴犬の茶色よりは少し濃い茶色で、元気いっぱいのやんちゃ坊主である。
ムゥくんの後ろでどっしりと構えて静かに丸まった尻尾を振っているのは、同じく預かっていただいていた秋田犬の白雪さん(雌・11歳)。名前の通り真っ白で、日本犬で唯一の大型種と言われる存在感からくる威厳なのか、彼女のことは誰もが「さん」付けで呼ぶ。私は「シィさん」と呼んだりするのだけれど、シィさんの方は絶対に私のことを‘孫’かせいぜい‘娘’――いずれにしても後輩――だと思ってるよう。
二匹の体をさんざん撫でまくる私。あぁ~、このふわふわもこもこに癒されます~♪
「おはようございま~す」
本家のガラスの引き戸――このお家は家と離れの間に屋根をつけてそこにも戸をつけている――を開けて土間に入り、そのまま勝手口の扉を開けてご挨拶。
「あら、清香ちゃん、おはよう。もうあのコたちを迎えに来たの?朝ごはんは食べた?」
台所にいたのは順子おばさん。ふっくらした体つきに丸い顔にはいつもにこにことした笑みを浮かべている。
「はい、軽く食べてきました。これ、お土産です」
私が差し出したのは、フェアで買ったワイン1本とプーアル茶葉の徳用袋。本家へのお土産のうち、酒類は男衆用で、茶葉類はおばあさんや順子おばさんたち女性陣用。
「本当に気を使わなくていいのに。いつもありがとうね」
やっぱりにこにこと受け取る順子おばさん。
「こちらこそ、いつもあのコたちを預かっていただいてありがとうございます」
「いいのよ~、ムゥちゃんも白さんもとっても良いコだもの。子供たちもすっかり大きくなって小憎たらしくなっちゃったし、あのコたちがいてくれると私も楽しいもの~」
と、そこで、ずっとにこにこしていた順子おばさんの顔が少し曇る。
「でも、日向ちゃんがねぇ…」
あぁ、やっぱりですかぁ……。
‘日向ちゃん’というのは、我が家のもう一匹の家族であるイシガメのこと。推定年齢15歳の最古参である。私が小さい時にお祭りの夜店で買ってきたコで、名前のとおり日向が大好き。我が家で庭の池――リフォームの際に要らなくなった古い風呂桶(五右衛門風呂の)を庭に埋めたもの――で暮らしているせいか、まず水槽に入れられるのがとにかく嫌いで、本家に預けてもいつの間にか脱走して我が家に戻ってくる。本家の岩の池に放しても戻ってきてしまうのだ。
そんなに五右衛門風呂が良いのかしらとあきれるのが半分、よくまぁ毎回ちゃんと帰って来ますねぇと感心するのが半分。今となってはいつものことと諦めてますけれど。
順子おばさんにもう一度お礼を言って、ムゥくんとシィさんと一緒に本家を出る。
「久しぶりだから、ちょっと散歩して帰ろっか?」
二匹にそう言うと、ひときわ激しい尻尾の振りが返事として返ってくる。
家へ帰るのとは違う方向へ、畦道を歩き出した。
畦道は不思議です。辿っていると、時間が経つのを忘れてしまいます。
家の近くまで戻ったときには11時前。買い物に行かなければお昼ご飯の材料が無いことを思い出さなかったらもっと遅くなっていたかも(汗)。
二匹を庭につないで水を入れたボウルを置き、ついでに日向さんが無事に戻っているのを確かめ、家に入ろうとすると、
プップー!
聞こえてきた車のクラクションの音。
音の方向に目を向けると、白い軽トラックが庭に入ってくるところだった。運転していたのは祥くん――‘祥ニ’という名前で本家の次男坊、ちなみに私の幼なじみ――で、助手席に誰か乗せている。それはいいのだが、ぎょっとしたのが、軽トラックの荷台に4人くらいの人が乗っていること。
うわぁ、おまわりさんに見つかったら止められちゃいますよ~。……と言っても、最寄の交番は温泉の近くにしか無くて、ここいらには滅多に来ないんですけどね。……いやいや、そういう問題じゃありません。
よく見ると、皆さんスーツ姿で体育座りをしていらして、こころなしかタソガレているような雰囲気が……。
…………ドナドナ…………?
主人公の自宅は農村地域にあります。
モデルは作者の親の実家ですが、あくまで参考ですので、用語などから心当たりがある方はスルーを御願いできないでしょうか。
また、農業用語については、専門家ではないのでざっくりとした表現にしています。
読んでいただきありがとうございます。
次であの方再登場の予定です。