『そこまで』の世界と君の隣で
キッチンで本を読んでいて、一息吐こうと顔を上げたら蝉の大合唱が響いていた。開け放たれた窓からは涼しい風が入ってくるが、それでもその騒がしさときたら夏に飲み込まれそうだ。
「うるさいなぁ」
そう呟いたのは、私の向かいに座っていた君だ。別に心底うざったく思っている訳ではないけれど、あまりに耳に入ってくるから君はそう言ったのだ。何かに熱中することもなく、ただずっと私を見ていたのだろうから余計そう思うだろう。
「君は生命の死滅した世界で生きてみたいと思うかい?」
「お前はいつも突拍子もないことを言うなぁ。何もそこまで求めてないさ。ちょっとばかり騒がしいと思っただけだよ」
君はそう言うと机に置いていたサイダーのストローに口をつける。ガラスコップはそこそこに結露していて氷も溶けている為あまり冷たくなさそうだが、君はそれをズーっと音を立てて飲んだ。
「私は君の言う『そこまで』を、偶に体験してみたくなる時があるよ。誰もいない、荒廃しきった世界で自然と共に朽ちてみたいと」
「寂しいと思わないのか?」
「どうだろう。その寂しさも、人の温もりを知っているから感じるものだと思うな」
「読書家の言うことは分からないな」
君はもう一度サイダーを飲もうとしたが、そこにはもう何も残っていなかった。君は立ち上がるとコップに新たにサイダーを入れ戻ってくる。
「おれは偶に怖いよ。お前が本の中から帰ってこなくなるんじゃないかってね」
「まさか。そんなことはないよ。本は私を『そこまで』の世界に連れていってくれるけど、私がいるのは君の隣だ。君がいるから、私は『そこまで』の世界に遊びに行けるんだ」
「……読書家の言うことは分からないな」
君はまた同じ台詞を吐いたが、さっきとは違う表情だった。
「暑いかい?」
「少しだけ」
「ならアイスでも食べよう」
私は立ち上がるとファミリー用の大きなアイスの箱を取り出して、君が食器棚からガラス皿を持ってきてくれたのを受け取った。
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