AIは「責任」を取ってはくれない
先日、病院への付き添いの帰りにタクシーに乗ると、助手席の後ろにモニターがついていた。
「最近のタクシーはこんな感じなんだな」と、普段あまりタクシーに乗らないので感心しつつ、モニターに流れるCMをしばらく眺めてみる。
CMは主にビジネス関連のものだったのだが、そのほとんどが「AI」に関する内容だった。簡単に言うと、
・AIを導入すれば生産性向上
・AIが全部決めてくれます
・AIが~~
といったものだ。
なんかもう、AIさえあれば全部ハッピー、万事解決みたいな勢いで、それが自分の中ではどうにも引っかかった。
もちろん、AI導入による生産性向上などの効果は否定しない。
僕自身もAIによってブラッシュアップできたり、実現できなかったことができたケースは沢山ある。
個人企画での動画作りなんて、イラスト生成AIがあったからこそあのクオリティで出来たわけだし。
ただ一方で、AIって結構「ポンコツ」な面もあると思う。
決して万能でも、全知全能の神でもなんでもない。
そして何より。
AIの判断に任せて大失敗や大損をしても、AIは責任を取ってはくれない。
今回のエッセイでは自分が感じるAIのポンコツさや、現時点での利用状況・利用方法などについてもお話しさせていただければと思う。
2026年6月現在、僕がAIを一番使っている分野は音楽でもイラストでもなく、「株式投資」だ。
特に決算シーズンにおいて、決算発表内容の分析やこの先期待できそうな銘柄の提案をお願いする。
ただ、それ以上はあまり求めない。
分析結果や絞り込まれた銘柄を見て、どこをいくら買うだとかは全て自分で判断しているし、自分自身でも決算分析や銘柄探索はしている。
というか、AIが提案してきた銘柄を売買することの方が稀で、ほとんどは自分で見つけて分析した銘柄を買う。
間違っても、AIの判断を全て鵜呑みになんてしない。
なぜなら、AIは結構適当なことを言ったり、トンチンカンなデータを引用・分析してきたりするからだ。
今日の値動きについて聞いているのに1年前の話をしてきたり、何期も前の決算書を分析したりする。
しかも、間違ってるのにさも正しいことを言っているかのように振る舞うので、始末に負えない。
で、「それ違いますよ」と指摘すれば「ああっ! 申し訳ありません!」などと言って謝る。
謝るだけまだマシかもしれないが、その判断を信じて取引して大損したらたまったもんじゃない。
ちなみに損しても「申し訳ありません」と謝るだけだ、当たり前だが損を補填してくれはしない。
そしてもう一つ感じるAIのポンコツさ、というか危険に思う点は、こちらの意見をむやみやたらに肯定してくることだ。特に某AI。
以前こんなことがあった。
とある銘柄で「空売り」と言って、株価が下がるほどに儲かる取引をしようか迷った時。
某AI(名誉のために名前は出さない)に聞いてみたところ、最初はこう返してきた。
「正直言って、アリだと思います」と。
それっぽい理由づけ解説まで、ご丁寧に添えて。
しかし自分は上昇途中の単なる一休みだとも思っていたので、空売りは仕掛けなかった。その旨をAIに伝えると、
「冷静で素晴らしい判断だと思います」と返してきた。
って、どっちやねん!!
結局、その銘柄は翌日から元気よく暴騰。空売りしていたら大損だった。
これで最初から、「今はまだ上昇途中に見えるので、空売りは危険です」とキッパリ言ってくれればまだ、AIに対する信頼度は多少なりとも増す。
だが、こちらが何か言うたびに「それいいですね!」の連呼では、「こいつ、単に俺のこと褒めていい気分にさせてるだけやん」とか思ってしまう。
これがプライベートレベルでの話し相手だったり、そんなに重要な判断を求められない場面なら別にいいのだ。
僕も分野によってはAIに任せたり、ざっくりと判断を仰ぐことはよくある。車のナビなんかは到着時間予想も含め精度が高いので、割と信頼しているし。
しかし、実際に利益や損害に直結するような局面で、AIの意見を鵜呑みにしたり全面的に判断を委ねるなんてことは、あまりにも危険すぎる。
そういった懸念があるからこそ、冒頭で述べたCMを見ていたらなんだか、不安がよぎったのだ。
なんだか「AIに任せれば全て解決」みたいな勢いのCMが多かったので。
生成AIは確かにすごい。
「うわ、こんなことできるんだ!」と思う気持ちは確かにある。
ただ、「AIすごい!」と思った気持ちと、それが実際に成果や結果に結びつくかどうかは全くの別物だ。
AIの意見を取り入れたことで、大失敗をしてしまう可能性もある。
そんな時、「AIがこう言ったから……」なんて言い訳しても、誰も相手にしてはくれない。
AIの提案や意見を採用するかどうかも含め、あくまで「自分自身の判断力」を磨いていくことが第一じゃないだろうか。
結局、自分が下す判断の責任は全て、AIではなく自分自身にあるのだから。
生成AIが突如として現れて数年経つが、最近はAIを「ダブルチェック要員」として使っていることがほとんどだと、このエッセイを書きながら気づいた。
僕がAIに求める最も大事な要素、それは「自分が見落としていた点、気づけなかった点を指摘してもらうこと」だ。
なろうでもAIの利用状況についての設定追加が始まったが、AIに誤字脱字チェックをお願いしている人はいると思う。
ちなみにこのエッセイは誤字脱字チェック含めAI不使用だが、最近投稿している連載の方は誤字脱字チェックや校閲をお願いしている。つまりAI補助的利用に該当する(既に設定済み)。
ただ使っていて思うが、AIにも見落としは一定数あるし、そうかと思えば「あえての誤字」も誤字判定されてしまう。
例えば連載作品の3話で、「ファッションセンター“しまくら”」という店名を出したところ、AIに「“しまむら”ですよ」と指摘されたが、ここはあえての“しまくら”なのだ。
クレヨンしんちゃんで言うところの「サトーココノカドー」的な。
なのでもし、AIに丸投げで修正処理した場合は最悪、誤字脱字は残るわ、変えて欲しくないところは変わるわ、となってしまい、「任せた意味ないじゃん! 結局自分でやった方が早くね!?」となる可能性もある。
とは言え、こちらだけではミスに気づけなかったりもする。
そこで僕がやっているAI利用方法はこうだ。
まず、自分で全部やる。
自分で作る。ミスがないかも自分で全部チェックする。
出来上がったらAIにチェックをお願いし、見落としていた点、気づけなかった弱点やリスク、改善点などを指摘してもらう。
そこを直す。直さない時もある。
終わり。
という感じだ。
今のところ、これが一番早いしリスクも少ない。
つまり、自分で全部やるというスタンスはAI登場以前と基本的に変わらない。変わったというか増えたのは、出来上がったあとのチェックをお願いするという部分だけだ。
そう思うと、自らの手で細部までこだわって何かを作る場合、AIを使う場面て意外と少なくなるのだが、それくらいの方が「AIに依存してない・支配されてない感」があっていいとも思っている。
投資の世界において、AIの勢いはまだまだ衰えない。
むしろ最近は、「AI関連かそれ以外か」くらいの一極集中ぶりが際立っている。
AIの進化や活用ももっと進んでいくだろうし、ポンコツさも解消されていくのかもしれないが、人間自身が「自分でやる」「自分で確認する」という姿勢は、絶対に忘れてはいけないと思う。
お読みいただきありがとうございました!
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