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龍は唄う 神子と子守唄を  作者: イチイ アキラ


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07 それは呪い。


「嘉州梨璃」

 彼女はれっきとした嘉州伯爵家の跡取りだった。

「継ぐもん!」

「そう! じゃあ戻れなかったときのことを考えて、今からでもしっかりしなさいとわたくしは言っているの!」

 愛の鞭なのだと、蘭子のきつい言葉には優しさがあった。

 しかし、戻れない、とは?

「でもね、康史さまが学校を卒業するまで神子、続けてやるの!」

「……説明するわね」

 梨璃にため息をついて、蘭子が教えてくれた。


「彼女は、正真正銘、嘉州伯爵家、その跡取り令嬢です。こう見えても十七歳。本当に十七歳です」


 十七歳。さおりより一つ年上。

 その衝撃か、自分が十六であったことを思い出せたさおりだった。


「でも、これは呪いですの」


「……え?」

 続けられた言葉にさらに驚いた。

「《龍の眼》でもここまでしか防げなかったんだ……」

 麗が悔しそうに、悲しそうに唇を噛んだ。


 《龍の眼》。

 さおりはその言葉が気になったが、神子たちは説明してくれる気がないようだ。きっと神子ならば知っていて当たり前で、さおりが一般人としても記憶喪失なことをお忘れなのだろう。いや、自分がまだそこまで説明していないからか。


「梨璃ちゃんは第一皇子さまの呪いをその身で受けて……それでこんなにも幼く……」

 なんと。

「んー、でも、たまたま梨璃が近くにいたときだったし?」

 梨璃の母と皇子の産みの親が友人であったために。

 梨璃は幼い頃より皇子たちと知り合いだったそうだ。

 そして彼が呪いをかけられそうになったその日、偶然梨璃は近くにいて。

 その身でもって皇子の代わりに呪いを引き受けた。


「第一皇子が呪わられ――ご体調に何かあれば、その地位を継げぬと考えるものがいたのでしょう」


 蘭子が引き続き説明をしてくれた。

「呪いが若返りだったのかはわかりませんが……でも、だったとしても継承は難しくなったでしょうね」

 確かに梨璃のように幼い子には、政務なり難しいことはできないだろう。

 梨璃はどう見ても十歳未満だ。鯖を読んでも……十三歳は厳しいだろうか。


「いや、幼くなった程度で済んだのは梨璃が《龍の眼》で抑えたからでしょう」


 本当は命すら危うい呪いであったろう。


 けれども問題は他にもあった。

 梨璃は嘉州家の一人娘。

 神子として神殿にあがったのは梨璃の成人前に両親が亡くなってしまったのも理由の一つだ。

 だから現在、嘉州家は梨璃の叔父夫婦が継いでいるという。

 梨璃が成人するまで、代わりに。

 それがこの状況になってその話も延びているという。


 さおりは既視感を感じたが、自分のところは叔父さんにも引き継ぎは無理だったから、こういう代官的なお家もあるのだと感心していた。


 さおりは知らなかったが、本当は篠山家も叔父が継いだとして。彼が結婚して子どもが生まれたとしても。それはさおりが継ぐまでの代わりであり、叔父の次はさおりとなるはずだった。


「それでねー、康史さまもまだ学生だから、梨璃はまだ神殿に居なさい、だって」

 康史というのは梨璃の婚約者だそうだ。

 彼がまだ学生故に、彼の卒業を待って爵位を継ぐらしいのだが。

「……不穏ね」

「御家乗っ取り、あるあるですよね」

「麗、あなた、女官たちからの本の借りすぎじゃない?」

「いやでも、私の場合は世間一般の女性が、わからなくて……」

 神殿の女官たち――神子の世話係の女性たちも、麗に良かれと流行りの小説などを貸していた。


「麗の紹介の前に、梨璃のことをもう少し話しておきましょう」


 彼女も何やら訳ありそうと麗を見ていたさおりだったが、まだ梨璃の話は続いていたようだ。


「梨璃のお母様の先の嘉州夫人ですが、第二妃様の幼馴染みでした」

「第二……妃?」

「あら、やはりそこも?」

 さおりの記憶喪失は根深いぞと、神子たちがようやく。


「現帝様と妃様は幼い頃からの婚約者で、仲も本当によろしかったのですが……」

 結婚後、五年以上経っても。

「正妃である第一妃様が長く御子様を授かれなかったために、第二妃様が選ばれました」

 本来は「妃」という一人だけのところ、そうした理由で「第一妃」「第二妃」とした呼び方もできたのだと。

 第一妃は時には「正妃」とも。

「第二妃さまは梨璃のお母様が亡くなった後も、梨璃に優しいの……」

 それが第一皇子と第二皇子の母君。


「けれども……第三皇子さまは、正妃様の御子様なのです」


 第三皇子景行。

 彼こそ。

 長く待ちわびられた正妃様の子。


 けれども次の帝位は第一皇子に。


 正妃も第三皇子も、それが順当であると認めている。 


 その順当。

「どういう呪いかまだわからないけれど、第一皇子さまが若返ったら順番が代わると思ったのかな?」

 麗は「んー」とその形よい顎に手を置いて首を傾げる。

「きっと第一皇子を呪ったのは第三皇子を帝位に就けたい勢力だわ」

「駄目ですよ蘭子さん。まだわからないんだから」

「でも、一ヶ月前の……」


「……あの」

 さおりは言葉に迷った。

 まぁ気持ちはわかると、麗が察してうなずいてくれた。梨璃はきょとんとしている。

「第三皇子さま、私……婚約者って、言われたんですが……しおりの……」

「そうよ?」

 何を今更と、蘭子は首を傾げるが、麗に「その辺りも記憶が……」と囁かれてはっとなさった。


「第三皇子さまと貴方の婚約は、政略もあるでしょうけれど、ちゃんと皇子があなたを望んだのだから安心なさって?」


 にっこりと、優美に微笑えまれたけれど。さおりを安心させるように、神子たちは皆にこりと、にこにこと――。


 いや、ぜんぜん安心できません。

 さおりは失いそうになる気を、なんとか踏ん張った……。



 記憶喪失、大変…。

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