02 神子しおりの婚約者。
怖い夢をみる。
怒る男の人と女の人に――自分。
一番怒っているのは、自分。
その自分の手が、目に――。
さおりの退院の日が来た。
まだ痛々しい包帯が頭に。それは右目を覆うように巻かれていた。
黒髪に真っ白い包帯がまぶしいほどで、なんとも痛々しい。
そしてまだ両腕と両足にも包帯は巻かれている。右腕は折れていたから吊り下げて固定しなければならないが、左腕と足は酷い打ち身だけですんだのだ。他にもあちこちに擦り傷もおっていたが、それらはありがたいことに入院中にきれいに治していただけた。
これでも不幸中の、幸いだ。
「馬車ごと崖から落ちて、その程度で済んだ……」
命は助かったのだから。
「本当に……ですよね……」
「ご家族には災難だったが」
そう、さおりの家族は亡くなった。
本当の神子である妹まで。
「でも、家族のことが……あまり思い出せなくて……」
父も母も、双子の妹のことも。それどころか育った篠山子爵家のことも。
すべておぼろげで解らない。
それも事故の後遺症と思われた。
さおりは崖から落ちる途中で馬車から投げ出されたと、現場検証ではされていた。
そのおかげで崖下を流れていた川に落ちたのだ。
だが身体中を打ち付けて、目を失うほどに頭もぶつけたようだ。
嵐で増水していた川はその増水のおかげでさおりを受け止めてくれた。普段はそこまで深くなく、底がみえるほどのきれいな川であるという。それが、流れる途中で彼女をあちこち岩や流木にぶつけてくれた。
馬車が落ちたのは、その日は嵐で、雷に馬が驚いて暴走したからだろうと……。
「子爵家から都に来るのに、山道をわざわざ選んだようだ」
篠山子爵は何故に山道を選んだのかと――整備もされていない昔の道をと、現場を調べたものは皆首を傾げていた。
「あの道は確かに近道ですが、馬車が通るのがやっとで……と、いうより、かなり昔にもっと安全な道が作られたというのに……」
葬儀や家のことは叔父がやってくれたという。その叔父も兄家族がわざわざ山道を選んだ理由はわからないと、葬儀の最中も嘆いていた。
「神子を早く都に帰してやりかったのだろうか?」
何せ子爵領より都の方が華やかだ。
「姪のさおり……神子の姉も一緒に乗っていたのは、都見物したかったのでしょう……」
姪はきっと、憧れの都に行けることを喜んでいたに違いないと、叔父はまた涙を流した。
「神子は一人、馬車から投げ出されたと……やはり神のご加護でしょうか……」
さおりが一人助かったのは、馬車から外に出たからだ。
馬車の中に残っていた家族たちは――そのせいで落下の衝撃に耐えられなかった。
ほぼ即死だったのだろうと、検証結果だ。
苦しむことがなかったのもまた、不幸中の幸いだったろう。
「しおりには幼い頃に会ったきりで……」
報告と見舞いに来てくれた叔父に、さおりはほとんど覚えがなかったのだ。
「申し訳ありません」
その叔父のことがさおりにはわからなかった。妹の神子しおりも叔父のことは詳しくなかったろう。
「神子さまは、記憶に混濁がおありで……」
「ああ、なんと……」
何せ叔父は学者をしており家を出ていたため、亡くなった兄家族とは近年どころか昔からあまり会っていなかったこともあり。
神子として地方の神殿にいた姪が、いつの間にか都の大きな神殿に引き取られていたことを叔父たちも知らなかったようだ。
「では、皇子様のことも……」
「皇子様?」
キョトンとするさおりに、叔父が痛ましそうに、一緒にいた護衛士に視線を向けた。
それは退院に付き添ってくださる護衛士さん。
あの日、目覚めたさおりに会いに来てくれた護衛士さんだ。
彼は時間を見つけては見舞いに来てくれた。
小さな花の束や、食べる許可がおりてからは甘い菓子も土産にして。
優しいひとだなぁと、さおりは薬と痛み止めの副作用でいつも眠たくて、あまりしっかりお話できないことが申し訳なかった。
そんなのだからお名前も聞いていなかったと、さおりはようやく。
自分の間抜け具合に、きっと怪我のせいだと思うことにして。
「あの、お世話になっていたのに、お名前もお尋ねせず……」
「……そうだな」
彼は小さく、今も名前も忘れられてたのかと、ため息をついた。
「景行」
「かげゆき、さま?」
「ああ、第三皇子景行」
……だいさんおうじ。
さおりは何とか倒れるのを堪えられた。このときは。
何で、皇子様が、と周りを見渡すが、見送りに来てくれた医師さまや看護士の皆さまも「そう」とうなずいていた。
「そして神子しおりの婚約者だ」
――婚約者。
また皆さまはうなずく。叔父さんまで。
てっきり神殿の護衛士さんだから良くしてくださっていたのかと思っていた。
まさかの、妹の婚約者だったから。
まさか、まさか……――。
さおりは倒れ、また退院が延びた。
お気づきの方いらさるでしょうが、案外抜けてる主人公です。でもいきなり満身創痍…。
すでに出てきていた皇子さまでした。頑張れ。




