第8話 宵闇の円卓、選ばれし十三の狂気
それは、世界から切り離された場所にあった。
御影 迅が『設定実体化』で創り上げた、次元の狭間にある秘密基地――【黄昏の宮殿】。
無限に広がる黒曜石の床、見上げれば天井はなく、毒々しいまでに紅い満月が、永遠の夜空に君臨していた。
その空間の中央に、重厚な黒檀で造られた巨大な『円卓』が置かれている。
その席数は『13』。
裏切り者の数か、あるいは救世主の数か。
意味ありげな数字が、それぞれの椅子の背もたれに、銀色の糸で刺繍されていた。
今、そこに集いし影たちがいる。
数日間の、御影による過酷な(そして楽しすぎる)スカウト行脚によって選抜された、世界を変える力を持つ十三人の異能者たちだ。
まだ主の姿はない。
だからこそ、円卓の空気は、彼らの自我の衝突で張り詰めていた。
「――おいおいおい!」
静寂を切り裂くように、チンピラ風の男が叫んだ。
金髪のリーゼントに、やたらと金具のついた赤い革ジャン。首元には、シルバーチェーンがジャラジャラと巻かれている。
彼は No.8 の席に、ドカッと行儀悪く足を組んで座っていた。
「円卓が集まるって話なのに、12人だけかよ! ボスはまだ来てねぇのか? ったく大物ぶるのも、いい加減にしろってんだ!」
彼、コードネーム『スカーレッド』。
能力は『暴虐の獣爪』。体の一部を獣化させるパワータイプだ。
街の半グレ組織を、一人で壊滅させた過去を持つが、その際に「俺の左腕は魔界と直結している!」と叫んで、ドン引きされた過去を持つ(御影にスカウトされるまで)。
「こんなんじゃ足りねぇぞ! 俺たちは世界を敵に回すんだろ? 相手は大群だぜぇ?」
彼は苛立ちを隠さずに、隣の席の人物に絡んだ。
「静かにしなさい、犬」
氷のような、冷徹な声が返ってくる。
No.4 の席。
そこには、先日スカウトされたお嬢様、レイこと九条麗華が座っていた。
アジト内での彼女は、黒のドレスに身を包み、優雅に(どこからか取り出した)紅茶を啜っている。
「品性が欠けていますわ。ボスの登場を待つのも、忠誠の一部ですことよ」
「あぁ!? 犬だぁ? 言ってくれるじゃねぇかよ、お嬢様よぉ!」
スカーレッドが激昂して立ち上がり、手の爪を一瞬で鋼鉄のように変化させる。
「そのすましたツラ、俺の爪でズタズタにして……」
「私の『茨』と、貴方の『爪』……どちらが速いか、試します?」
レイの影から、無数の黒い棘が鎌首をもたげる。即発、触発状態。
「ケッ、痛そうな茨だな。だが、お嬢ちゃんのヤワな精神ごと、叩き潰してやるぜ!」
「残念ですわね。私の『聖なる闇(堕天の聖女の力も付与済み)』でも、貴方のその救いようのない単細胞までは、治療出来ませんわ……」
皮肉たっぷりに、ため息をつくレイ。
「……あー、少し」
その時、二人の争いに割って入る声があった。
No.6 の席。
そこには、口元を巨大な『バッテン』印の描かれた奇妙な布マスクで覆った、小柄な少年が座っていた。
彼は気だるげに頬杖をつきながら、くぐもった声で呟いた。
「……うるさいよ。――『黙れ』」
ズンッ。
空間そのものが圧縮されたような、不可視の衝撃が走る。
「……!?」
「ぐっ!?」
スカーレッドもレイも、突如として喉が張り付いたように声が出せなくなった。
口を開こうとしても、何かに縫い付けられたように動かない。
(……ちっ、能力かよ! 言葉を実現する能力か? チートくせぇ!)
スカーレッドは、内心で舌打ちする。
そう、彼は『言霊』の使い手。
御影が「うるさい敵を黙らせる係が必要だ」と思って作った、便利キャラだ。
少年は肩をすくめて、「へいへい、俺は指示に従っただけですよ」といった態度で、再び沈黙に戻った。
殺伐とする円卓。
一人は、元・好青年バイトのライト、No.3。
彼は(あーあ、こりゃバイトのシフトより管理が大変そうだわ)と呆れつつも、内心ではワクワクしていた。
その時。
カツーン……カツーン……。
どこからともなく、足音が響き渡った。
冷たく、硬く、そして絶対的なリズム。
円卓の空気、いや、この異空間の大気そのものが震えた。
中央の上座、No.1 の席――『空席』だったはずの場所に、漆黒の靄が渦を巻く。
「――やあ。みんな揃ったようだね」
深みのある低音。
それは、声優・速水奨のような、渋くてセクシーで、有無を言わせぬカリスマに満ちた声だった(もちろん御影が『ボイス・チェンジャー設定』で作り込んだ完璧な声だ)。
黒煙の中から、総帥・御影 迅が姿を現した。
今日は特別な日だ。正装であるマントの下には、フォーマルな軍服風の衣装を着込んでいる。
ずずずずずず……ッ
御影が登場した瞬間、円卓の12人を、途轍もない圧力が襲った。
物理的な重力ではない。存在の質量だ。
「ぐぅッ……!」
さっきまで威勢の良かったスカーレッドですら、脂汗を流して席にしがみつく。
レイはうっとりと瞳を潤ませているが、呼吸は浅い。
ライトも涼しい顔をしているが、指先は震えている。
これは、御影が付与した『覇王色の威圧』……もとい『領域支配権』の余波である。
「……おっと」
御影は片手を軽く振った。
「済まない。少し抑えるよ。君たちの成長した魂が放つ波長に、私の覇気が共鳴してしまったようだ」
ふっと、圧力が消える。
12人の肩から重しが取れ、彼らは改めて畏怖の念を込めて、この「若き支配者」を見上げた。
「さて」
御影はゆったりと、No.1 の椅子に腰を下ろした。
タロットの「魔術師」が刻印された背もたれに背を預け、組んだ両手を口元に当てる。
全員の視線が集まる。
彼はこの瞬間のために、何回風呂場で練習したことか。
「13人。円卓の騎士は揃ったわけだ。……まずは、この世界に来てすぐに、君たちのような12名の『逸材』と巡り会えた、その幸運に感謝しよう」
御影は微笑む。
「まあ……『幸運』ですらも、私の手のひらの上で踊る、一つの事象に過ぎないがね」
カッコつけポイント+1000点。
レイがお茶を飲む手を止めて聞き入っている。
言霊の少年が、マスクの下で小さく笑う。
「単刀直入にいこう。議題は『魔獣』の動向だ」
御影が指をパチンと鳴らすと、円卓の中央にホログラムのように、世界地図と無数の赤い光点が浮かび上がった。
もちろん、これも能力による演出だ。
「彼らは闇に潜み、人類をエサとして漁ってきた。……それも、太古の人類が猿の時からだ」
「マジかよ……そんな昔からか」
スカーレッドが唸る。
自分たちの知らない真実に、戦慄している。
「彼らの被害は、世界律によって隠蔽されてきた。人間は食われても、ただの行方不明や事故として処理される。なんとも都合のいいシステムだ」
御影の声が、冷徹さを帯びる。
「だが――」
彼が立ち上がり、ホログラムの地図を鷲掴みにするジェスチャーをした。
「その黄昏も、終わりだ」
握りしめられた地図の上で、赤い光点がいくつも弾け飛ぶ。
「なぜなら……我々がいるからだ! この世界を正しき形へ導く、真の支配者がな」
おおぉぉぉ……!!
12人の心の中に、熱い火が灯る。
彼らは今まで、誰にも理解されない孤独な戦士(自称)だった。
だが今、この場所で確固たる使命を与えられたのだ。
「君たちには今後、魔獣を狩る任務についてもらう」
御影は、全員の顔を見回した。
「もちろん君たちにも、表の顔としての日常生活がある。学生、フリーター、あるいは会社員……。無理にとは言わないが、どうだね?」
無理にと言われても、断る奴などこの部屋にはいない。
スカーレッドが、ニヤリと牙を剥く。
「へっ……断る理由なんてねぇよ。獲物には困らねぇってわけだな! 暴れ足りなくて、ウズウズしてたとこだ」
レイも紅茶のカップをソーサーに置く。
「私はもう誓っておりますわ、マスター。貴方の敵は、私の敵です」
ライトは肩をすくめて、ポケットから手を出した。
「やれやれ、ブラック企業顔負けの過重労働になりそうですが……まあ、退屈よりはマシです」
全員の意志は固まった。
No.9 の席に座る知性派の男(能力:電子情報解析『アカシック・ハッカー』)が、冷静に挙手した。
「ボス、質問が。……警察はどうします? 先日の新宿の一件で、警察組織、いや国家レベルで、こちらへの関心が高まっています」
当然の疑問だ。国家権力は、敵に回すと面倒だ。
「警察? ……ふむ」
御影は鼻で笑った。
「警察ごときに、高位次元の存在たる魔獣が、どうにか出来る相手ではないが……」
ちらりと横目で見る。
「だが、弾除けや事後処理係としては役に立つ」
「協力した方が良いかもしれませんね。彼らも必死です」
「しかし、我々の存在やアジトの場所を教えるわけにも行かない……」
御影はため息をつく。
「世界各地に魔獣は無数にいるからね。単一国家の警察機構が、役に立つとは思えないよ」
彼らの武器(銃弾)では、魔獣には傷一つ付けられない(と御影が設定したからだ。先日は特例で、ちょっと当ててあげたけど)。
「しばらくは無視だよ。彼らが我々の存在に恐怖し、そして『依存』し始める、その時まではね」
「了解です、ボス」
知性派は納得して眼鏡を直した。
「つまり、向こうが泣きついてくるまで放置プレイ、ということですね」
スカーレッドがゲラゲラと笑う。
「そりゃあいい! 俺様たちが助けてやるまで、公務員共にはせいぜいダンスを踊っててもらうか!」
「結論は出たな」
御影は満足げに頷いた。
実際には、警察にはもっと動揺してもらって、最終的に「あの黒い人たちしか頼れない!」と公式に頭を下げてもらう算段だ。
「では、最初のミッションだ。……世界各地に散らばる魔獣を討伐し、この世界の浄化を開始する!」
彼が再び手を振ると、ホログラムが変形し、いくつもの「扉」の映像に変わる。
「世界各地に飛べるように、空間回廊は組んである。NY、パリ、ロンドン……好きな戦場を選ぶがいい」
これも事前に、アジトと現実世界の有名都市を繋げる『定点ゲート』の設定を、徹夜で作っておいたおかげだ。
「我々【真・国家保安特務機関】(仮称だが、今はこれでいい)のデビュー戦だ」
御影は片手を天に掲げ、朗々と宣言した。
「思う存分、暴れたまえ。世界の裏側で英雄になる時だ!」
「「「イエス・マイ・ロード(御意)!!!!」」」
12人の叫びが、アジトにこだまする。
それはただの厨二病の叫びではない。
本当に力を持ってしまった者たちによる、世界への宣戦布告だった。
この日から、世界の未解決事件のリストから、次々と項目が消えていくことになる。
そして代わりに、謎の『13人の影』の伝説が、都市伝説のように世界中へと広まっていくのだ。




