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【冤罪なし、反省ゼロ。溺愛の罰を召し上がれ】悪役令嬢、ヤンデレ王子に飼われ溶かされ壊される〜今さら謝られても、もう一生離さないよ〜  作者: 重井 愛理
五章

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50話:雷鳴の時

 同日、昼下がり。予想に反してルイスは早々に大使館へと戻ってきた。


「エルトマン嬢。君に見せたいものがある。付いてきてもらえるかい?」


 提案の体でいて切実さをにじませた声に、私は素直に頷いた。


 案内されたのは、王宮の中央にある尖塔。螺旋階段を登り辿り着いた最上階からは、王都一帯が望める。

 塔の門を潜る前に晴れ渡っていた空は、打って変わって厚く重たい雲が支配していた。


 その中央で、一人の女性が胸の前で手を組み、祈りを捧げていた。赤いマントからこぼれ落ちる、影にも似た暗い金色の長髪に目を奪われる。


 ふいに、彼女の胸の中央に刻まれた稲妻の紋章が、脈動するように青白く輝き始めた。空気が重く、粘り気を帯びて肌にまとわりつく。パチパチと産毛が逆立つ静電気に、私は息を呑んだ。


 続けて、彼女は静かに手を天へと掲げた。


 直後、世界を鋭利な閃光が染め上げた。


 鼓膜を直接引き裂くような、獣の咆哮。置き去りにされた衝撃波が、石造りの塔を、地平を、そして私の存在を根底から揺さぶる。心臓が意志と無関係に波打つ。眼球の裏、肺と喉の奥、内側にまで届く熱と光の残滓で、私は壁に寄りかかり立っているのがやっとだった。


(これが……大国を統べる雷の”能力”……!!)


 やがて、裂けた空を癒やすように、大粒の雨が降り始めた。


「アリエル様。よくぞお越しくださいました。民を代表して歓迎いたします」


 女王が赤いマントを翻して、こちらを振り向く。悲しいまでに慈愛を湛えた藤色の瞳が真っ直ぐに私を捉える。


 何故、彼女が私の名を呼んだのか。答えを求めて隣に立つルイスを仰ぎ見る。


「無理を言って、時間を作っていただいた。……何か、陛下に尋ねたいことがあるのだろう?」


 彼が、黄色い光のこびりついた瞳で私を覗き込む。その口元には、獲物が巣に隠した食糧を暴くような、歪な笑みが張り付いていた。


 あぁ、そうか。

 この場は、彼が用意した『舞台』なのだ。

 私は、一度、強く唇を噛んだ。彼の望み通りに動かされるのは癪だが、またとない機会であることも確かだ。私は指先をドレスの布地に沈め、震えを無理やり押さえ込んだ。


「陛下は、その力を望んで手にされたのでしょうか?」


「通常、”能力”とは個人の意思と無関係に発現する。雷も例外ではないわ」


 彼女は柔らかく微笑んだまま言った。

 公爵令嬢として”見られること”を意識してきた私にはわかる。これは作り笑いだ。華奢な身体を隠すように生地を重ねたドレスとマントが、私の心をかき乱した。


「周辺国を雷で威圧し、跪かせているのは、他ならぬ陛下ご自身の意思でしょう?」


「……抑止力なくして平和を保てるほど、人間は利口じゃないの」

 

「平和、ですか。……均衡のため、他国が払う犠牲を貴女はご存じないのですか?」


 脳裏によぎる”儀式”の記憶。息を深く吸って、溢れそうな言葉を飲み込んだ。

 

「心を痛めているわ」


 女王は淡々と答えた。私と年の変わらぬ女王は、本当に、善意からそう言っている。それが、何よりも残酷だった。理解した上で、力を振るい続けるしかない在り方が。 


「……陛下。心を痛めるだけで免罪されるのは、力を持たぬ弱者だけですわ。貴女のその痛みが、死にゆく民の命を一つでも繋ぎ止めましたか?」


 彼女は決して目を逸らすことなく、私の言葉の続きを待っていた。


「痛みを語るなら、せめて血の味を知ってからになさることです。高潔なまま心を痛めているだけでは、この世の『代償』は清算できませんもの」


 静電気は滞留したままだ。

 私はこんな事を言ってどうしたかったのだろう。彼女を責めても何も解決しない。そもそも、自国の民を優先しているだけの彼女に非難される謂れなどないというのに。


 女王は、遠くヴェルザードの方角へと視線を向けた。


「その代償が、あなたの思惑と関係があるということかしら?」


 心臓が跳ねる。私の正体についてカイから共有されているらしい。だが、想定内だ。こちらも作り笑いで応じればいい。


「いえ。私にだいそれた目的などありません。私はルイス様に運良く見初められただけの田舎者ですから」


 会話の終わりを悟ったルイスは女王に頭を下げ、私を階段へと促す。塔の入口でイヴとマヤからそれぞれ傘を受け取り、大使館へと戻った。




 正装に着替えて訪れた晩餐会の広間は、贅を尽くした光の渦に包まれていた。

 私の前に進み出たのは、この国でも有数の権力を持つ伯爵だった。彼は恭しく膝を突き、ビロードの箱を捧げ持つ。中には、青白い輝きを放つ宝石の首飾りが収められていた。


「アリエル様。ルイス殿下とのご婚約、心よりお祝い申し上げます。この地を訪れた至宝に、我が領地が誇る最高の輝きを献じさせてください。雷によって変質した地脈で、極稀に発見されるものです」


 周囲の視線が、一斉に私へと突き刺さる。

 ここで私がこの箱に指を触れれば、それはルイスの隣を自らの場所として国際的に認めた証となる。背後で、彼の喉が期待に満ちて微かに動くのを感じた。


「……まぁ、本当に美しい。これほどまでに素晴らしいものを私に?」


 私は微笑みを絶やさぬまま、けれど決してその宝石には触れず、ため息をついて見せた。


「ですが、伯爵。今の私には、これを身につける資格も、その余裕もございませんの」


「それは、どのような意図で仰っているのでしょうか?」


 困惑する伯爵と、眉をひそめるルイスに向けて続ける。


「先日の嵐で、我が国の港は大きな被害を受けたと聞き及んでおります。……ルイス様が民のために尽力されている今、私だけがこのような贅沢品で首元を飾るなど、それこそ殿下のお顔を泥で塗るようなものではなくて?」


 非の打ち所のない婚約者の顔でルイスを見つめる。彼は私の肩に手を置いて、穏やかに告げた。


「伯爵殿。聞いての通り、彼女は物欲に乏しくてね。この輝きを民の財産として……復興のためのシンボルとして役立てさせていただけるだろうか?」


「なんと高潔な……。陛下、よろしいでしょうか?」


「ええ、構わないわ」


 伯爵は女王の了承を得ると、宝石の箱をルイスに手渡した。


 広間が、感嘆の吐息に包まれる。

 彼の権威と信頼を使い、どうにか贈り物を躱すことができた。胸をなで下ろし、ふと視線を上げる。


 広間の中央で座する王の姿。大国の脆く危うい真実。雷は武力だけではない。大地を潤す天の恵みも、国賓への贈り物さえも、全てをたった一人の少女に依存しているのだ。


 『雷の能力者は自然発生する』と、女王は言った。ならば、祖国の”儀式”に成功の見込みなんてない。けれど、もし、”儀式”が成功することがあったなら――。

 国の優位性を揺るがしかねない実験は間違いなく戦火の火種になる。


 背筋に冷たい汗が流れた。

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