49話:妹
私たちはその後、王宮御用達の装飾店へと立ち寄った。
失われたハンカチの代わりに、イヴへ贈るための髪飾りを選ぶ。彼女に似合う、気丈さと可愛らしさを兼ね備えた意匠の品を二人で探す時間は、私の心を温めてくれた。
選び抜いたスカーフに私が刺繍を施す間、ルイスは急かすこともなく店内を見て回っていた。
帰り道。馬車の中で、私は尋ねた。
「ルイス様。本当に良かったのですか?トパーズは——」
「君の全ては僕のものだ。よって、僕には君の大切なものを守る義務がある。」
前提が狂っているため、結論も誤っている。
「もう、いいです。」
私は窓に向かって白いため息を吹きかけた。
その時、不意に私の手に紙袋が握らされた。
「これは……?」
「同じ意匠の物をもう一つ買っておいた。僕から君へ。」
褐色の袋を開けると、そこにはイヴのスカーフリングと対になる、美しい光沢を放つリングがスカーフとともに収められていた。
私は俯いて、両手でそれを握りしめた。
「ルイス様……私はどうしたらいいですか?私はあなたに何も返せていません。」
「僕の名前を呼ぶ声も、滑らかな肌も、甘い匂いも……僕を見つめる瞳も、君の全てが僕にとって至上の報酬だ。」
彼は私の顔に手を当てて、親指で頬をくすぐった。
ぞわりと背筋に悪寒が走る。だと言うのに、触れられたところを中心に身体が真っ赤に染まるのを抑えることができなかった。
私は身を捩って彼から距離をとり、ベールを下ろした。
「あなたに尋ねた私が間違いでした。……ところで今夜の会食はどなたと?」
「いや、君は気にしなくていい。イヴと話す方が先だろう?」
「ですが……」
王都に着いた初日の会食は、公的なものではなく内輪で行われる。同席することは、私の役目であるはずだ。
「僕が一人で出るのはいつものことだ。珍しいことでもない。」
彼はあっけらかんとして告げると、私の肩を再び抱き寄せた。
「疲れているだろう。王宮までわずかな時間だが休むといい。」
「ありがとう……ございます。」
温かな膝の上に頭を預けて、私は意識を手放した。
王宮の大使館に着くと、私はルイスと別れてイヴの待つ部屋へと向かった。足取りは重く、不安で胸が詰まる。それでも、私は彼女からの信頼に応えるため、立ち上があると決めた。
「イヴ。聴いてほしい話があるの。」
彼女の淹れてくれた紅茶を挟んで、ソファで向かい合う。
私は彼女の目を見つめて真実を告げた。
冤罪などではなく、この手は確かに罪で汚れていること。子供たちの犠牲を止めるという大義の下の行動だったこと。今なお逃亡を目論んでいて、使命を諦めていないこと。
無垢な彼女にとって、耳を疑う内容だったはずだ。しかし、彼女は時に目を見開き、息を呑みながらも、私の言葉を咀嚼して頷いてくれた。
「私は近い将来、また断頭台に登ることになるわ。だけど、最期の時まで私はあなたに恥じない私でいると誓う。」
身体に嵌められた枷と首筋に迫った白刃の冷たさが脳裏をよぎる。体内の血が流れているのか止まっているのか、確かめるためにソファの脇に置いていた木箱に手を伸ばす。
「だから、イヴに——私のかけがえのない大切な妹に、受け取ってほしい。」
私の決意を、あるいは遺言を、彼女の前に差し出した。
「私がこの世からいなくなった後もあなたにずっと持っていてほしい。」
静寂の中、パチパチと暖炉で薪が弾ける音だけが、残酷なほど響く。
イヴはスカーフに刻まれたイニシャルを見据えたまま、微動だにしない。彼女の瞳の中で、過去と未来が激しく渦巻いているのがわかった。
長い沈黙が、私の心をじりじりと削っていく。
やがて、彼女は震える唇をゆっくりと開いた。
「それはできません。」
私は俯き、木箱を手元へと引き戻そうとした。
「そう……よね。ありがとう、イヴ。はっきりと答えてくれて」
公爵令嬢たる優美な笑みを取り繕う。
私の言葉が終わるより早く、イヴの細い手が箱に触れた。彼女はシルクの布を丁寧に取り出し、自らの髪に添えた。次いで、スカーフリングで、絹の帯を力強く結びつける。
「言ったはずです。お姉様が死ぬときは、私も一緒です。……私の主は、お姉様ただ一人ですから。」
野バラの花弁とつるを思わせる白い模様が描かれた黒地の生成りの絹。スカーフリングの中央、銀の台座には、ラウンドカット・トパーズが飾られている。
輝く宝石と極上の生地が、笑顔と涙できらめいた。
そして、彼女は、ソファの向かい側から私の隣へと滑り込むように移動してきた。その視線は木箱の隣にある紙袋へと固定された。
私は紙袋の中身を見せた。
お揃いのスカーフと、金の台座にあしらわれた大粒のオパールカット・トパーズのスカーフリング。
彼女はそれを手に取ると、何も尋ねることなく、即座に私のイニシャルを刻み始めた。
針を動かすたびに、肩が触れ合う。黙々と作業を進める時間は、永遠を望んでしまうほどに心地よい。
数分後、彼女が刺繍を完成させたのを見届けて私は背を向けた。
彼女の手が、私の髪をいつもと同様に手際よく、どこか慌ただしく、梳き束ねる。
二人の髪に同じ花が咲いた瞬間、待ちきれないとばかりに、イヴは私へと飛びついてきた。
勢いのまま、私たちは後ろの広いソファへと倒れ込む。ぼふん、とクッションが沈む。彼女によって完璧に清掃された部屋は、埃一つ舞うことはなく、私たちの重なり合った体温と、互いの切実な存在を鮮明に伝えてきた。
胸に顔を擦りつける彼女の小さな背中。私はしっかりと手を回して抱きしめ返した。
翌朝、鏡の前に立つ私は、自分でも驚くほど澄んだ瞳をしていた。
泥濘に沈んでいた私の心には今、確固たる芯がある。
路地裏で味わった屈辱も、外套の中で教え込まれた甘い痺れも、消えたわけではない。ドレスの内側は、彼の熱を思い出して微かに震えている。
「お姉様、本当によくお似合いです……!」
お揃いの髪飾りを誇らしげに揺らしながら、イヴが私の支度を終える。
私たちは共に朝食の間へと向かった。そこには、既に席に着き、優雅に珈琲の香りを愉しんでいるルイスの姿があった。
私が足を踏み入れた瞬間、彼の動きが止まる。
「おはようございます、ルイス様。」
「……あどけない昨日の君も良かったが。今朝の君は眩しいな。」
ルイスが席を立ち、私に歩み寄る。
彼は吸い寄せられるように、あるいは自制心を失ったように右手を伸ばし、私の白い頬を愛おしげに撫でようとした。
わかってる。彼の手は温かくて、二人きりの時は熱くて、触れられるだけで蕩けさせてくれる。生を実感させてくれる。
だけど——。
「人前です。女性の肌に軽々しく触れるのはお控えください。」
その指が触れる直前、私は凛とした動作で顔を背け、彼の横を爽やかな風となって通り抜けた。
背後から、彼の視線が纏わりつくのを感じる。
「つれないじゃないか。昨日は僕の腕の中であんなにも可愛く啼いていたというのに。……まぁいい。もしまた辛いことがあれば、いつでもおいで。」
彼は態とらしく手を広げて言った。
「ご冗談を。そのようなこと、”これまでもこれからも”決してございません。」
冷ややかに否定する。真実なんてこの際どうだっていい。私の目には今、妹の姿しか映っていない。
私たちの間に、イヴが割ってはいる。
「お戯れはお辞めください。たとえ罪人であろうと、お嬢様の品格をいたずらに損なう発言は看過いたしかねます。」
黄金の瞳が、二粒の宝石を交互に捉える。
「……失礼した。つい無作法が過ぎたようだ。」
彼は立ったままコーヒーを飲み干すと、満足げにカップを置いた。
「だが、晩餐会ではよろしく頼むよ。君は僕の婚約者として出席するのだから。」
ジェラルドを伴ってサロンから出ていく。おそらく夜までも公務で詰まっているのだろう。
遠ざかる背中に向かって答える。
「ええ。心得ておりますとも。さあ、イヴ。冷めてしまう前に朝食の用意をお願いできるかしら?」
「はい!お任せください、お嬢様。」
——絶対に負けない。私は今、生きている。
皆様、拙い文章ですがここまで読んでいただきありがとうございます。
さて、本作ですが、今後も実験的にタイトルを変えていきます。
旧タイトルはあらすじに残しておきますので、検索でヒットするようにはなっていると思います……が、それはそれとして目印としてブクマいただけると光栄です!
旧タイトルは、皆様と本作を結びつけてくれた、すごく大切な看板です。
ただ、アクセス数の"母数"の時点でランキングには程遠いというのも実情でした。看板を磨き上げ、より多くの読者の方に届くよう頑張ってまいります。
勿論、そこに腐心して連載が滞ることはありませんのでご安心ください!




