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46話:謀略の時

「ところで、先月、ヴェルザードより殿下直々に罪人を引き受けたとか。」


 大広間での晩餐会も盛り上がりを迎えた頃、領主がルイスに探りをいれた。華やかな音楽と食器の触れ合う音が、急に薄ら寒い膜の向こうへ遠のく。


「……”雷の国”までお話は届いていましたか。」


 ルイスは表情を崩さず、ワイングラスを傾けた。紅い液体が、灯火を反射して怪しく光る。


「ええ。なにせ聖職者を襲い、戦争孤児のための予算にまで手を着けた悪女でしょう?それが今や国家間の火種になろうとしているのですから。」


 雷の国と私の祖国ヴェルザードは長く敵対しており、国交もない。共通の同盟国であるフロストリアスから内情を調べたい、といったところだろう。


 愛想笑いを浮かべたまま、無意識に膝の上で両手を握りしめる。その時、隣に座っていたイヴが、私の手をテーブルクロスの下で包み込んだ。


「ご心配には及びません。詳細は彼の国のレオン殿下とも交わしております。」


 ルイスがグラスを置いた。無機質な音が、不躾な探り合いを断ち切る。


「加えて、”我が王家のアリエル”を批判されているようで、僕としてはいささか心苦しい。」


「そういえば、同じお名前でございましたね。お気の毒なことです。何卒ご容赦願いたい。」


 領主がこちらに向き直り頭を下げる。


 こうも真摯に謝罪されては、ばつが悪い。嘘をついているのは私達の方なのだから。


「構いませんわ。貴方が仰ることは至極真っ当ですもの。」


 私は緩慢に頷いた。イヴの手が、太陽で炙った泥を飲み込んだように重い。

 沈黙を埋めたのは、緊張のあまり相槌を繰り返すばかりだったソフィーだった。


「……私は孤児院から殿下に引き立てていただきました。先日、アリエル様は、森に迷い込んだ私の大切な妹を助けてくださったのです。高貴なドレスを泥に汚し、自らを命の危険に晒してまで、です。」


 さらに、マヤが落ち着いた声で付け加える。


「こちらのアリエル様は孤児をないがしろにする方ではないと、私も思います。」


「流石、ルイス殿下が見初められたお方。世紀の悪女とは似ても似つきませんな。」


 領主が感銘に打たれた様子で応じる。


 銀食器に反射するルイスに飼い慣らされた女の顔は、滑稽で、どこまでも孤独に見えた。 いっそ拷問でもされたほうが幾らか気分が楽だったかもしれない。




 夜も更け晩餐会が終わると、私は這いずるようにして自室へと向かった。重厚なドレスから解放され、寝衣に身を包んでなお、背中には大広間の生暖かい視線がこびりついていた。善意で薄くなった空気を吸い込み、白い息に変える。



 ソフィーと入れ替わりで戻ってきたイヴは、扉を閉めると同時に、私の胸に飛び込んだ。


「お姉様!!ご立派でした……!あのような者の言葉、全く気にする必要ありません。」


 勢いに押されて、ベッドに尻もちをつく。いつもの慣れ親しんだ愛情表現だ。けれど、今の私には受け止める資格も心の余裕も残されていなかった。

 イヴはそのまま寝台に潜り込んでくる。上目遣いで私を盗み見るその瞳は、不安と期待で揺れていた。


「それで……あの。私、変ではなかったですか?」


 ルイスが用意した濃灰色のドレス。袖口と襟元のフリルには、銀糸で勿忘草の刺繍があった。その輝きは、イヴが動くたびにシャンデリアの光を掬い取って、硬質な美しさの中に少女らしい柔和さを醸し出していた。

 自慢の妹に相応しい装い。もし私が選んだとしてもきっと同じものに行き着いたことだろう。しかし、彼女の無垢な美しさを毀損した一つの事実だけが忌々しい。

 嫌で、嫌で、仕方なかった。


「最低の気分よ。あなたが私と同じ意匠を纏うなんて。」


「そう……ですよね……。申し訳ございません、お嬢様。」


 彼女は筋肉を強張らせて身体を起こすと、所在なげに俯いた。


「ち、違……っ!」


「ですが、侍女として、夜にお嬢様のお側を離れることはできません。この部屋のソファで身を休めることをお許しください。」


 穢れた祭壇に、花を飾ることなどできようか。

 ベッドから降りようとするイヴの細い手首を、私は反射的に掴んでいた。


「お願い。ソファはやめて……冷えるわ。」


 自分でも驚くほど、声が震えていた。


「わかりました……ありがとうございます。」


 羽毛布団の端と端で、互いに背を向けて横たわる。

 二人の間に、私の長い髪が氾濫した河のように乱雑に広がった。背中越しに伝わってくるはずの体温さえ、水底に飲み込まれて沈んでいく。

 ——私の存在ごと飲み込んでくれればいいのに。




 翌朝、カイが創り出した砂の雲は、重く垂れ込めた曇天の下を、昨日とは比較にならぬ速度で駆け抜けていた。流れる景色は灰色の残像となり、風を切る音だけが鼓膜を震わせる。


 時刻は午後三時。視界の先に王宮の鋭利な尖塔が、姿を現した。天を突く石造りの巨塔は、まるで大陸全土を見渡す柱のようにそびえ立っている。


 やがて砂の雲が速度を落とし、王宮の一角で停止した。私の足が地面の感触を捉えた瞬間、カイが語り始めた。


「さて。大使館の敷地内は治外法権。フロストリアスの法が適用される。……あんたが連れてきた女は、王家の人間ではないな?」


 彼の琥珀色の瞳がベールの上から私を射抜く。

 ルイスは、その視線を遮って私の前に立った。

 

「我が王家の系図を全て把握しているわけではあるまい。」


「とぼけるなよ。俺の記憶力は知ってんだろ?」


 周囲の砂が鎌首をもたげた蛇となって浮き上がり、大使館を取り囲む。

 間違いない。カイは私の正体に勘づいている。証拠を握られてしまえば、ルイスの立場もただでは済まない。

 背筋に冷たい汗が流れた。一歩でも外に出れば、敵国の人間として私の身体を圧し潰さんと砂が迫るだろう。動悸を必死に抑えて、背筋を伸ばす。


 逃げ場を封じる砂嵐の咆哮に紛れて、ルイスはわざとらしく溜息をついた。


「…………僕の妃となる女性には、相応の身分が求められてしまう。だから、やむを得ず僕の遠縁とした。これで満足かい?」


 軍靴が石畳を叩く。トントン、と規則的に刻まれる乾いた音。微かな振動は忍耐の限界までの距離だ。

 彼らは真っ向から睨み合いを続けている。一触即発の火種を巡って、互いの喉元に言葉の刃を突きつける。


「所作の節々から育ちの良さが滲み出てんだよ。”名乗れもしない家”の生まれと言い張る割にな。」


「君の社交界での礼法は完璧だ。家柄と品格は、必ずしも一致しない。」


 ルイスが冷然と言い放った直後、砂嵐がぴたりとやんだ。


「チッ……そういうことにしておいてやるよ。」


 彼は自己紹介の折、ただ『カイ』と名乗った。姓がない、つまり、平民の出ということだろう。夜会での彼の姿を思い出して舌を巻く。あれは確かに、幼少期からマナーを訓練されてきた者にしか見えなかった。


「カイ。王宮までの案内、感謝する。」


 ルイスから謝辞を受けたカイは、手をひらひらと振りながら、大使館から立ち去った。




 ルイスは、振り向くと不敵に微笑んだ。


「気にしなくていい。あれはただの脅しだ。」


 その言葉は、私の背後で膝を突き、崩れ落ちていたソフィーへ向けられたものだった。彼女は肌を刺す二人の殺気にすっかり気圧され、立っていることすらままならない様子で肩を震わせている。

 無言で歩み寄ったマヤが、怯える彼女の肩にそっと手を置く。


「カイ様はかなり消耗しているはずです。強大な能力や便利な能力ほど疲労も大きいものですから。」


 傍らに控えるジェラルドが、落ち着いた声音で補足する。


「その通りです。本気でことを構えるつもりなら、王宮まで飛ばしたりはしないでしょう。」



 ルイスがふいに天を仰ぐ。太陽の眩い光は厚い雲に阻まれて届くことこそないが、雲の奥に潜む巨大な光源が、世界を平坦に照らしている。

 本来であれば、私たちは午後七時頃に王宮の門を抜けるはずだった。


「カイ様は何故王宮への到着を急いだのでしょうか?」


 イヴは耳を澄まして警戒を続けていた。彼女の抱いた純粋な疑問に、ルイスは遠い目をして答える。


「カイにも、少しでも早く会いたい人がいるのかもしれないね。」


 彼はくすりと笑った。

次回、デート回です!!


皆様、拙い文章ですがここまで読んでいただきありがとうございます。


さて、本作ですが、今後も実験的にタイトルを変えていきます。

旧タイトルはあらすじに残しておきますので、検索でヒットするようにはなっていると思います……が、それはそれとして目印としてブクマいただけると光栄です!


旧タイトルは、皆様と本作を結びつけてくれた、すごく大切な看板です。

ただ、アクセス数の"母数"の時点でランキングには程遠いというのも実情でした。看板を磨き上げ、より多くの読者の方に届くよう頑張ってまいります。


勿論、そこに腐心して連載が滞ることはありませんのでご安心ください!

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