表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/47

36話:再会の時

「おはよう。アリエル。」


 柔らかな光を浴びて私は目覚めた。

 ルイスは私を包みこみ、髪を愛おしげに撫でている。


「お、おはようございます、ルイス様。」


 しどろもどろに目を逸らす。逃げた先にあるのは、シワのできたジャケットの袖。昨晩の秘め事が現実のものであると告げていた。

 覚醒していく意識が、輪郭を明確にする。その時、気づく。手と手が繋がれたままであることに。

 私は身動き一つ取れずに固まってしまった。


「名残惜しいが、そろそろ行こうか。」


 彼は結び目を見せつけるように手を布団からだし、口元に近づけた。生暖かい風が肌を滑る。そして、戸惑う私をよそに平然と起き上がると、ドレッサーからコンパクトな瓶を手に取った。


 香水をつけられている間もドレスを着せられている間も、私は彼の顔を全く見ることができなかった。けれど、指先の動きを敏感になり過ぎた肌が追ってしまう。


「あぁ。僕のアリエルは今日も美しい。」


 アッシュピンクのドレスの上からひしと抱きしめられる。横抱きに移行し、ダイニングホールまで連れられた。



 デザートのブランマンジェを食んだ後、私は意を決して尋ねた。

 

「あの、夜更けに目が覚めたりしませんでしたか……?」


「いや?君を感じて朝まで深い眠りについていたよ。」


 答えるまで僅かな”間”があった気がする。ただ予期しない問いに詰まるのも当然だ。だけど、もしも——。


 不安が渦巻く。頭の中で思案していると、唇の端を優しく拭われた。


 確かな違和感。触れたのはナプキンでもハンカチでもなかった。彼の右手の人さし指は、白い液体で濡れている。ブランマンジェに載せられていた生クリームを彼は口に含んだ。


「舌の上でとろける濃密な甘み。……君の味だ。」


 喉仏が動く。それは、私の一部が彼に取り込まれた瞬間だ。

 背徳的な昂揚の前に、不安は霧散した。私は全身を彼に委ね、思考を放棄した。




 ルイスは五感全てで私という存在を堪能し、支配する。檻が完成したかに思われたその日の夕暮れ。転機は訪れた。


 ジェラルドの呼び出しから執務室に戻ったルイスは言った。


「君に客人が来ている。”イヴ”と名乗っているようだ。会いたいかい?」


 彼女の名前を聞いた刹那、なぜ、どうして、と嵐が吹き荒れた。私にはイヴにあわせる顔なんてない。


「……ヴェルザードに帰るように伝えていただけますか?」


「もう一度問おう。君はどうしたい?」


 眼前に迫る端正な顔立ち。彼は私の目を真っすぐに見つめていた。

 顔を固定されて逃げることはできない。熱い雫が、顎を掴む手を濡らした。


 彼は、有無を言わせず私を抱き上げると、ワードローブに連れ込んだ。そして、私の右手を絡め取り、指輪をするりと抜き取った。彼の手のひらの中で、黄金の瞳を映すトパーズが輝く。

 薬指に残った虚ろな赤い環。私の身体は彼の愛を失うことを恐れていた。


(あ……)


 震える肩で金属が擦れる音を聞いた。

 ルイスが取り出したのは、純金のチェーンだった。彼は指輪をそこに通し、私のうなじに回す。冷たい金属に触れたにも関わらず、肌は歓喜の歌声をあげた。

 トパーズがドレスの胸元へと押し込まれる。白い肌の上を滑り落ち、胸の中央、心臓の隣で止まった。鼓動に合わせて微かに上下する。それは外からは決して見えない、所有の証だ。


 ルイスは、ドレス越しに位置を透視したように、胸に人差し指を押し当てた。正確に円環の中央を射抜いた指先。彼の温もりを、脈打つ心臓が全身に運ぶ。


「大丈夫、僕が君のそばにいる。さぁ、行こうか。」


 ピンヒールから上質な革のパンプスに手早く履き替えさせられる。

 手を引かれて応接室までの廊下を歩いた。


 彼は私の手を一度強く握りしめてから離し、扉を開いた。そこには、小柄な体躯に、ミルクティーブラウンの髪を編み込んだ少女が立っていた。


「イヴ……。」


 彼女はゆっくりと顔を上げて、黄色みがかったヘーゼル色の瞳で私を見つめる。しかし、私には言葉を返さず、ルイスに向けて優雅にカーテシーをとった。


「お初にお目にかかります。ヴェルザードより参りました。イヴと申します。」


「長旅ご苦労。」


 彼が威厳に満ちた声で短く応じる。


 イヴの凛とした顔と声、それから洗練された所作。一目見れただけで、私の心は十分に満たされていた。

 涙を堪えて彼女を拒絶した。


「少し休んだら直ぐに国に帰りなさい。ここはあなたの来るべき場所ではありません。」


「罪人の指図は受けません。私は、レオン殿下の命を受けて参りました。罪人の世話を何か月も他国にさせる訳にはいきませんから。」


 イヴは冷ややかな表情を隠すように、口元を手で覆った。


「それにしても拘留期間が長すぎはしないでしょうか?随分と優秀な捜査官が揃っていらっしゃるようで。」


 私は、俯いて唇を固く引き結んだ。胸が太い針で貫かれたように痛い。イヴの性格を考えれば、こうなることはわかっていた。だけど、会いたいと思ってしまった。全ては私の罪だ。

 ルイスの目にはイヴの姿はどう映っているのだろう。


 彼は部屋の外で待機していたマヤに合図を送った。

 イヴはマヤから差し出された封筒を受け取ると、中から羊皮紙を抜き出した。調書に視線を走らせ、わざとらしくため息をつく。

 テーブルの上に無造作に調書が投げ捨てられた。


「出来の悪い作文にございますね。」


 彼女の反応はもっともだ。行商の襲撃事件は彼の捏造なのだから。加えて、事件の当事者である”らしい”私は、取り調べを受けた記憶すらない。


「心外だな。国家間の事件故、配慮した表現となっているだけだ。拘留期間もレオン殿下の許可を得ている。」


 レオンの名前を出されても、イヴが怯むことはなかった。彼女は次に、私ではなく私の纏うドレスを舐めるように観察した。


「罪人には不相応な装いですね。貴国でも指折りの仕立て屋による作品と存じます。」


「……ヴェルザードでの事件を我々は関知しない。この国での罪が確定するまで、彼女を公爵家の令嬢として扱うのは当然だろう?」


「ご冗談を。公爵家の汚点の噂は、フロストリアスにも届いていますでしょう?」



 両者全く譲らない舌戦が続く。

 数十分に及ぶ議論の末、意外にも先に折れたのはルイスだった。


「そして、今日これから、第一王子たる僕が直々に聴取を行う。……部屋を用意させた。貴女は旅の疲れを癒やすといい。」


「お気遣い感謝いたします。ですが、私までお世話になっては本末転倒です。お嬢様の部屋の片隅で問題ございません。」


 彼女は最後まで譲らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ