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【冤罪なし、反省ゼロ。溺愛の罰を召し上がれ】悪役令嬢、ヤンデレ王子に飼われ溶かされ壊される〜今さら謝られても、もう一生離さないよ〜  作者: 重井 愛理
二章

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13話:追憶の時

 マヤとソフィーの秘密を知ってから既に数日が経っていた。マヤの目を掻い潜るのは容易ではなく、時間だけが過ぎていく。



 その日、私は相も変わらず、彼の膝の上でディナーを取った。最後にデザートとして、薄い磁器の皿に載せて紫紺の葡萄が運ばれてきた。

 大粒の果実は、表面を覆う薄い糖衣シロップで輝き、皿には滴り落ちた果汁が微かに溜まっていた。


「ノクティス・グレープ。我がフロストリアス王国が誇る、至高の品種だ」


 彼は、自らの指先で、房から最も大粒の物をそっと摘み、私の唇の前に差し出した。

 皮を剥かれた果肉は、豊潤な果汁を湛え、彼の磨き上げられた爪を濡らしていた。


 私は、小さく口を開いた。

 その瞬間、彼の指先からシロップが一滴、張力に敗れて零れ落ちた。舌の上に甘美な痺れが広がる。続いて即座に、舌に葡萄が触れた。丸々と実った果実の両脇は凹み、冷たい果肉もわずかに生ぬるい。間接的に伝わる指の感触が脳を焦がした。


 私は罰の味を咀嚼し、涼しい表情を取り繕った。


「名前に恥じない格別の味わいにございました」


 彼の視線はじっと私の喉元を射抜いていた。そして、少し間を置いてから切り出した。


「満足してもらえたようで何よりだ。——今夜、君に見せたいものがあるんだ」


「ルイス様、明日ではだめでしょうか?」


 私は言葉を濁した。今は、夜に彼と二人きりになるのは避けたい。


「今夜がいいんだ。少しだけでもだめかい?」


 ルイスは、もう一粒摘むと、今度は自分の口へと運んだ。

 果汁で濡れた血色の良い唇。先刻、私の中に入ったすらりとした指。私は、彼がデザートを堪能する様子をぼんやりと眺めていた。

 

「……わかりました。短い時間でしたら」


 私が承諾を口にすると、彼は指をフィンガーボウルに浸して清めた。

 葡萄が、再び私の唇に軽く押し当てられる。

 それを口に含むと同時に、私の理性は抵抗を放棄した。抗う術もなく、ぐったりと硬い胸板にもたれかかる。私の中では、噛み締めきれない本能的な安堵が広がっていた。


「夜更け前に君を迎えに行くよ」


 熟れた果実より甘い吐息が耳元を熱くした。



 彼が迎えに来るまで、私は部屋で読書をして待った。

 しかし、集中力は長くは続かず、いつの間にか私の意識は、初めての社交界を追想していた。


 あの頃、私は祖国ヴェルザード王国の仄暗い真実も知らずに、未来は輝いていると信じて疑っていなかった。



 ――三年前の夜。


 舞踏会場は、シャンデリアのまばゆい光と、数百の貴族の熱気で、天上の宮殿のような壮麗さに見えた。宝石の煌めきと、空気を重くする白百合の芳香。そして社交辞令の賑やかなざわめきが、空間を満たしている。



 その日は、私の社交界デビューの日。一段高い場所に設けられたピアノの前に座っていた。


 象牙色の鍵盤に触れる。


 最初の一音。それは、会場のすべての音を掻き消す、澄んだ氷の雫の響きだった。演奏は、内に秘めた理想と平和への願いを、生の感情として訴えかけるように続いた。



 演奏を終え、私は鳴りやまない拍手の中でゆっくりと立ち上がった。

 その時、ホールの端に立っていた赤毛の青年に目が留まる。彼は、燃え上がる炎と冷たい月光が同居した、完璧な美貌を持っていた。

 不意に、彼が顔を上げて微笑んだ。私は黄金の瞳から逃れるように、周囲に向けて深く頭を下げピアノから離れた。



 壇上から降りた私を、レオン王子が迎える。


「アリエル。素晴らしい調べだったよ」


 彼は、労いを込めて私の手を取った。

 貴婦人たちの囁き声が、私の耳朶を打つ。


「あの方が……レオン殿下の?」


「えぇ。近く王宮から婚約の発表があるという噂よ。なんでも、両家が長年望んだ血の結びつきだとか」


 レオンにも聴こえたのだろうか。彼は照れくさそうに、あるいは、少年のように笑った。

 それから、彼に手を引かれてホールの中央へと向かった。

 貴族たちとの談笑の最中、赤毛の青年が私たちの元へ近づいてきた。レオンは、青年に向き合い、興奮を隠しきれぬ様子で話しかけた。


「ルイス殿下! 彼女の演奏は如何でしたか?」


 青年の視線が一瞬、レオンの腕に絡ませた私の手に向けられた。

 私は反射的に手を放して、流水のような動きでカーテシーを取った。膝を折り、ドレスの裾で美しい弧を描いて、王族への敬意を示す。


「お初にお目にかかります。アリエル・フォン・エルトマンでございます」


 私がカーテシーを解いて顔を上げると、彼は話し始めた。


「極めて洗練された響きでした。……まさに、王室にも相応しい品格が、音色となって結実しているかのような」


 彼の低く甘い声は、寸分の濁りも含まない清澄さを帯びていた。それは、自らの悲哀も苦悩も感じさせない、祝福の響きだった。

 そして、喧騒の中で、彼は静かに名乗った。


「アリエル様。お噂はかねがね。僕の名は、ルイス・ツー・フロストベルク。ただ今は、フロストリアス王室の代表を務めさせていただいております」


 私は、どうしてか彼の顔を直視することができなくて、襟元を見つめていた。



 ――現在。


 あの時、彼はどんな表情をしていたのだろう。

 

 私は、腕の中から、端正な顔立ちを見上げた。


「どうかしたかい?」


「いえ。何もございません」


 ルイスは、どんな状況でも直ぐに私の視線に気づき、妖しく微笑む。もしかしたら私の視線にだけ反応する探知機でも付いているのかもしれない、なんて。


 彼は、私を抱き上げて夜更け前の王宮の廊下を歩く。この先に何が待っていたとしても、私は——。

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