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断罪された悪役令嬢は、なぜか隣国の美しい王子様に支配され溺愛されます。【※ただし、冤罪ではない】  作者: 重井 愛理
一章

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1話:断罪の時

 硬く冷たい石畳に跪かされた私は、降り注ぐ民衆の罵声を聞きながら、心の中でため息をついた。

 ——あぁ、うるさい。


「これより、公爵令嬢アリエル・フォン・エルトマンに対し、聖教会の司教への暗殺未遂、および国家予算の巨額横領の罪をもって、処刑を執行する!」


 聖職者の高らかな声が広場に響く。私の両隣には、涙ぐむ両親と、苦悶の表情を浮かべた元婚約者であるレオン王子が立っている。

 私はできる限り顔を上げて、嘲弄(ちょうろう)にも似た薄い笑みで返した。


「本当に……本当に、君がやったのかい……?私には、もう君のことがわからない……!!」


 レオンの喉の奥から、無様に言葉を詰まらせたような、か細い声が絞り出された。


「ええ。人が欲望を叶えるのに、何か理由が必要かしら?」


 私は、彼の曇りのない幼い頃のままの青い瞳を見つめて、優雅に微笑んだ。

 暗殺には失敗してしまったが、横領には成功した。でも、これで及第点だなんて思わない。



「まだ聖教会には、私の息のかかった者が潜んでいるわ。身の安全のためにも、あの司教は早いところ他へ回してあげたほうがいいんじゃない?」


 周囲がざわつく。当たり前の反応だ。彼らは皆、惨めに命乞いをする私を見に来たのだろうから。最後まで憎まれ口を叩く姿なんて見たいはずがない。

 どうせ死ぬのなら、少しでも彼らに不安の種を蒔いておきたかった。


 レオンの顔が、怒りよりも困惑で歪んだ。その情けないまでの混乱が、既に凍てついた私の良心を、針で縫うように締め付けた。


「アリエル……。君との時間は、紛れもなく幸せだった。これ以上……思い出まで汚したくない。」


 彼は、傍に控えていた首切り役人を下がらせると、震える手で剣を鞘から引き抜いた。


「せめて、私の手で安らかに……。」


 レオンが剣を振り上げる。喧騒は遠ざかり、白刃が風を切る音と、両親の息を呑む音だけが聞こえた。私は目を閉じてその時を待った。


(ごめんなさい……みんな……。)



 意識が白く染まり始めた、その瞬間。

 広場の門が、轟音とともに吹き飛んだ。砂煙の中から現れたのは、隣国から外遊に来ていたルイス王子の姿だった。燃えるような赤毛と、飢えた獣を思わせる煌めく黄金の瞳を持つ彼は、一切の慈悲を拒む絶対的な造形美をもっていた。


 突如現れた隣国の王子に、広場は静止したように静まり返った。規則的な足音だけが広場に響く。

 彼は迷うことなく断頭台へ上がると、剣を止めて固まっていたレオンの腕を制した。


「ルイス殿下。いかなるご了見でしょうか?」


 レオンが、黄金の瞳をじっと見据える。


「同盟国たる我が国の行商が、彼女の手の者に襲われたとの報を、今しがた得ました。調査のため身柄の引き渡しを求めます。」


 ルイスは、彼の耳元で、低い声で囁いた。

 その言葉は、私の脳内にもこだました。違う。あれは正当な交易だ。”これに関しては”冤罪だ。


 彼は、静かに、しかし有無を言わせぬ威圧感のこもった声で続けた。 


「どうかこの場は、僕の顔を立てていただきたい。」


 レオンが私を一瞥する。そして、鋼の軌跡が空に弧を描いた時、既に彼は剣を鞘に納めていた。

 二つに割れた足枷が、乾いた音を立てて地面に転がる。私の首は繋がったままだった。



 ルイスは深く頭を下げると、私の体を支えて立ち上がらせた。微かに彼の口角が上がったかのように見えたが、その表情から真意を読み解くことはできなかった。




 それから、私は半日ほど馬車に揺られて、隣国へと連れられた。


 馬車の扉が閉じると同時に手錠は外されていた。『君の美しく白い肌に、こんなもの似合わないからね。』ということだった。やはり彼の考えていることは、よく分からない。


 道中、彼はほとんど口を開かずに、ずっと窓の外を眺めていた。端正な横顔と長い睫毛に、思わず見とれてしまう。というか……、王子ともあろう御人が罪人と二人っきりでいいのだろうか。


 彼は広場の門を破るときにおそらく”能力”を使ったのだと思う。確かに、能力者ならば、私の抵抗など歯牙にもかけないのかもしれない。

 ぼんやりとした頭で考えていると、ふと彼の耳を飾る赤い小さな宝石に気づいた。


(あれ……?この宝石、私どこかで……。)


 その時、馬車の扉が開いた。

 視界に飛び込んできたのは、まるで白い雲の上に浮かぶような、ため息が出るほど豪華絢爛な城だった。

 夕日を浴びて輝く、毛足の長いカーペットが敷かれる。しかし、そのカーペットの柔らかさを私が知ることはなかった。



 ルイスは私を抱き上げると、横抱きにした。

 鍛え上げられた胸板は硬く、近づいた首元からはローズマリーと白檀の混ざった高貴な香りがした。拒絶を命じる理性は、しなやかな圧力に吸い込まれた。彼の掌が私の腰の窪みを正確に捉え、密着を深める。


 状況は未だ呑み込めない。それでも、どこか懐かしさを感じる温度に目元が熱くなった。


 彼は、腕の中にすっぽりと収まった私に微笑みかけた。


「長い移動で疲れただろう?今日は、ゆっくりと身体を休めるといい。」


 耳の付け根の柔らかな部分に、吐息がかかる。

 喉の先までこみ上げてきた嗚咽を押さえ込んで、小さく頷いた。私は、顔を隠すように彼の首元に押し付けた。逞しい腕にほんの僅かに力が込められた気がした。



 私が通された部屋は、もはや現実を超越していた。

 足を踏み入れた瞬間、まず鼻腔をくすぐったのは、彼と同じ上質な白檀と微かなローズマリーの甘い香り。部屋全体が、黄金の光を浴びたような暖色で統一されており、壁にはきめ細かな絹織物が張り巡らされている。窓の外には、隅々まで手入れされた広大な庭園が広がっていた。


 私の身体は、床に下ろされることなく、直接、天蓋付きのベッドに滑らかに着地した。それは、羽毛のように柔らかく、体が重力から解放されたかのような錯覚を覚える。

 ルイスは私に背を向けて、ドアノブに手を掛けながら言った。


「食事が必要なら用意しよう。そのベルを鳴らせばいつでも使用人が駆け付ける。」

 

 立ち去る彼の背中を見送ると、自分の首に手を当てた。規則正しく体内を巡る血の音。断頭台から解放された事実が、強い倦怠感となって全身に広がった。私は、そのまま意識を手放した。




 次に目を覚ました時、周囲は暗く、空には星々が散りばめられていた。一際強く輝く赤い星。それに惹かれるように、私は部屋を出た。


 冷たい夜風が、腫れた目元に心地いい。城のバルコニーから庭園に降り立ち、王宮の裏門までのルートを確認する。


「そんな格好で出歩くのは感心しないな。」


 いつの間にか背後にルイスが立っていた。

 彼は、私の肩に無垢な白いガウンを掛けてくれた。


 赤い耳飾りが揺れる。

 王宮まで連れてきた真意を問いただすつもりだった。だけど、私の口は思うようには動いてくれなかった。


「……ルイス様。どこかで、私とお会いになったことが、おありでしょうか?」


「何度も社交界で会っただろう?どうしてそんなことを?」


 彼は、訝しげに私の顔を覗き込んだ。


「勿論、承知しております。レオン様の婚約者として幾度も。ですが、そうではなくて……。」


 “レオン様”と口にした瞬間、均衡の取れた相貌に影が差した。怒気を孕んだ濁った声が私の言葉を遮る。


「どうやら君は、自分の立場がわかっていないらしい。」



 彼は躊躇いなく私の腰を掴み、強引に抱え上げた。そして、本宮へと歩き始めた。

 向かった先は、扉の両脇に衛兵が二人控える、本宮の奥まった場所にある私室だった。重厚な扉が閉まる音が、私を外界から切り離し、静寂の中に幽閉した。


 ——怖い。


 恐怖に身体がすくみ、悲鳴をあげるための空気も肺に入らない。


 彼は、私をベッドに下ろした。その手つきは、王宮に着いた時とは決定的に違っていた。寝台の骨組みが呻き声を発し、私はマットレスの弾力で体が跳ねる程荒々しく押し倒された。押さえつけられた肩の痛みが、これから起きることが現実であると告げている。


 私は今日死ぬはずだった。

 そうか。形を変えた”死”を迎えるのか。


 彼の影が、天井を覆い隠す。

 私の唇に食らいつくように顔を寄せる。

 鼻先が触れるような至近距離。


 その時、黄金の瞳に私の顔がはっきりと映り込んだ。


 彼は瞼を閉じて深く息を吸った。


「すまない…………」


 ルイスは私の隣に身体を横たえた。彼は暫くの間、掌で目元を深く覆い沈黙していた。

 やがて、その大きな手を私の頭へと伸ばした。夜風に晒されて乱れた髪を撫でる。指先が、頭皮をそっと掻き上げ、髪の流れを整える。


「君の身体は、髪の毛から爪先まで全て僕のものだ。」


 煮詰めた蜜のような声が、至近距離から鼓膜を震わせる。彼の指は髪を梳くのをやめ、耳介を這うように首筋へと降りていった。


 指先が、頸動脈の鼓動を確かめるように、輪郭だけが触れている。自分で触れたときとは違う、溶けてしまいそうな熱に、身体の境界が曖昧になる。


「君はもう何もしなくていい。ただ僕のそばにいるんだ。……アリエル。これが君への罰だ。」



 夜風で冷えた身体に、ルイスの体温が生命線のように染み渡っていく。それなのに、背筋に冷たい汗が、すうっと一筋流れるのを感じた。熱いのに寒い。意思に反した小刻みな震えを抑えられない。


 彼は、熱と冷気の揺らぎが落ち着くまで、脈打つ首筋に掌を添えて、温もりを伝え続けた。

 彼の手がそれ以上私の肌に触れることはなかった。代わりに、私の額に、深く、優しい口付けを一つ落とした。そのキスは、手枷よりも足枷よりも重たい、透明な檻だった。



 私は絹糸が沈む豪奢な寝台で、ルイスの腕に抱かれて眠りについた。"死"を迎えることはなかった。それでも、彼の不可解な行動は、私にとっては確かに罰だった。いや、その温もりに安堵して眠りについたことで罪を重ねていたのかもしれない。




 その日、夢を見た。

 レオン王子とともに視察した孤児院。

 柔和な司教と、笑顔の絶えない幼い子供たち。

 その裏に隠された暗い真実。



 私は断頭台から生き長らえた。ならば、この命を使って、成し遂げなくてはならないことがある。


 明日、私はこの王宮から脱出する。

コメント、ブクマ、評価もらえると嬉しいです。


もう一本同時連載でファンタジー書いてるので、よかったらそっちも読んでみてください!

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