九、書庫に潜む怪異の話・其の肆
「どけ碧海!」「どきなさい水晶!」「がっ」
生絹と茉莉の両方に同時に突き飛ばされ、俺は顔面から床に沈んだ。
「悪霊か、死神!?」「いいえ違います、付喪神だと」「だったら碧海、貴様の出番ださあ逝け!」
「っておい! 漢字が確実に違う!」
「間違ったさあ行け!」
「やり直すのかよ! 意外に律儀だな!」
突っ込みまくる俺の胸倉に、一瞬にして生絹の腕が伸びる。って、
ぐいぃっっ
「う"っ」
俺の喉から響く音を軽やかにスルーして、生絹―――と、追随して俺の後頭部を蹴り飛ばした茉莉は、その人影の前に、俺を生贄に突き出した、って待てこら!
「がむばー水晶」
「征樹っ、てめぇ裏切るのか!」
「裏切ってないって、表立っ」「お前いっぺん死ぬか? 否壊れるか?」
「さっさと交渉しろ、水晶」
「…………」
はいはい、分かりましたよ。
逆光で、真っ黒に見える人影―――――小さな影に、一歩踏み出して、
書棚が一面、歪んで見えた。
「ここ、どこだよ………」
途方に暮れ、俺は呟いた。
目前に佇むは、白い着物の子供。着物と言うよりは、襦袢のような薄い服だった。
「ここ? 御伽草子だよ」
にたりと、色素の無い唇を左右に引き、三日月のように嗤う(喋れるんだコイツ……)。
「なにして遊ぶ? 和算で遊ぶ? お絵描きやる? かくれんぼする? ず――――っと、ずぅ――――っと、ここにいよう」
「やだよとにかく。俺帰る」
速攻で断ったつもりだったが、目前のちびっこ―――――外見は十歳前後、髪が長過ぎて男か女か分からないが、漆黒の瞳孔が、眼球の殆どを支配している様子は、はっきり言って非常に怖い――――には伝わらなかったらしく、血の気のない細腕で、俺に絡みついてくる。
「遊ぼうよ、遊ぼう。ず―――――っと、ここでぇ……」
「慎んでお断りさせていただきます。まだ課題終わってないんで」
「そんなのない……ここにいればそういうのみーんな関係なくなっちゃうんだよぉ」
やべぇ、今俺の中でぐらっと何かが揺れ動いた……って、ダメだダメだ、惑わされるな。俺はいつか妖怪どもときっぱり手を切って、死ぬその日まで平穏に暮らすのが夢なんだ!
「ていうか出せ。ここから。何この嘘っぽい空」
彩雲たなびく蒼穹の下、俺たち二人がいるのは、新緑艶やかな竹林である。時折、視界の端に真紅が引っ掛かるのは、鳥居が連なって道をつくっているからだ。
「物語だもの。当たり前さ」
言いながら、その子供は、狐の面を顔に嵌める――――――まるで、空から取り出したかのように、その白い面は現れた―――――まるで、壊れたゼンマイ仕掛けの人形のように、首を傾げる。
「遊んでぇ、薫?」
更新遅れましてごめんなさい……でも読んでくれてる人少ないもんね(むりやりポジティブ)!