七、書庫に潜む怪異の話・其の弐
図書室ではなく、図書館。
校舎から少し離れた、敷地の隅の林――その傍らに、図書館塔は立っている。
まるで西洋の城の塔のように、煉瓦を積み上げて作った三階建ての建物に、薔薇窓のような控えめだが美しいステンドグラス。尖った屋根の上には風見鶏。
……非常に異質な建物だ。
「すっげーっ、これなんか外国の家みたいだなー!」
無邪気にはしゃぎ回る拓。こいつを背負って塀を乗り越えるのは疲れた……。
「だって門から入ったら先生に事情を説明しなくちゃならないでしょう?」
しれっとぬかしやがる茉莉には後で制裁を与えよう。
「そもそも、部活動がある休日も開館しているというのは素晴らしいな。いつでも入れる」
涼しい表情で塀を飛び越えた生絹。……いったいこいつどんな運動神経してんだ? 塀軽く二メートルはあるぞ。
「今日は図書委員はいるか?」
「いいや、先生がるだけのはずだが、普通休日に来る奴なんていないからいない時の方が多い」
さりげなく皮肉を入れたが、四人が四人全員気が付いていない。
重厚な焦げ茶の扉を、出来る限り静かに開ける。まあどんなに丁寧に開けても盛大な蝶番の軋む音が響くのだが。
「いらっしゃい」
「「「ぎゃあああああ!」」」
俺と拓と征樹は、突然中から聞こえた声に思わず絶叫してしまった。
「やあ碧海、珍しいね君がここにくるなんて。そして人を見て叫ぶのはマナーとして良くないと思うよ私は」
赤縁眼鏡に三つ編み……どこぞの女学生的な外見的特徴を備えた女子生徒が言う。
「そこの少年二人と青年と少女二人は誰? 君の知り合いかい?」
「ああ、うん……俺の親戚なんだが、この図書館を見たいって言い出して」
「正確にはこの図書館に巣食う妖怪をだな」
「このバカァァァァ!」
口を閉じてろ! ホッチキスで閉じてやろうか強制的に!
「ほう」
眼鏡をチャキッと直し、その女子生徒―――確かクラスメイトだった―――はにやりと笑った。
「その情報はどこから?」
「ちょっと言えない筋からだ」
「ふうーん……」
少し考え込む素振りを見せたあと、女子生徒は指を上に向けた。見上げると、吹き抜けの両側をぐるりと本棚が取り囲んでいて、その合間を細い螺旋階段などがつないでいる。
「"出る"のは、三階らしい。気をつけていきな」
「でる?」
「その妖怪だ。落ちないようにしなよ」
落ちる、というのは恐らく階段のことだろう。確かに手すりは細く、頼りない。
「ありがとう」
それだけ言って、俺は拓と瑠璃の首根っこをつかんでつかつかと階段の登り口へ向かった。
「ああそこはよく見ると二重螺旋構造になっていてだね、登り口を間違えると違う場所に出るから気をつけて」
「ここはシャンポール城か!」
堪りかねて俺は叫ぶ。
「あと、私の名前は萩谷つばめだよ、碧海くん」
最後に付け加えるように言ってくれた。俺が名前を思い出せなかったこと気付いてたのか……。しかし変わった名前だ。
「―――ここに出るのは、どうも古い妖怪らしくてね。私は本か何かの付喪神だと思う」
「古い妖怪ねぇ」
俺も妖怪についてはけっこう詳しい方だ(だって本人たちと会うんだし)。おかげで、高校では無理やり『古典部』なる部活に入らされた。そこで日夜妖怪についてなどの民俗学に励んでいる。
「しかし、その情報どっから仕入れたんだ? ここの高校にお前の知り合いなんて―――」
「久遠を介してね、ちょっと調べてもらったんだ」
「………」
俺が絶句したのを見てとって、軽く生絹は肩を竦めた。
アイツと連絡をとったのか……。
「あとは水際あたりかな……あいつの情報網はとんでもないレヴェルだ。まるで脳内がアカシックレコードと繋がっているようだよ」
「水際とも会話できたのかお前……」
あいつと会話するなんざ、本当にこいつ人間か?
「なあなあ、クオンとかミギワとかって誰? 親戚?」
「久遠は親戚だが、水際は違う。ちょっとした縁でな」
「なんか如何にも危なそうな人ですね、あなたの評価を聞いていると……」「お前らよりマシだ」「ミズキ、それはないんじゃないかなぁ」「少なくともお前らと違って人間……っぽい?」「ぽいってなんですか疑問形じゃないですか」「なあお前ら静かに」「いーやたぶん人間だ、うんきっとそうに違いない、そう信じよう」「完全に怪しんでんじゃないですか!」「だからお前ら静」「会いたいよその人たちー」「静かにし」「うん、そう。おもしろそう」「黙れやぁー!!」
最終的に征樹の怒号が炸裂し、超弩級の雷が落ちてきた。
「久遠によると、目撃者は今のところ五人。脅して聞き出したところによると、いずれも時間帯は夕方で夕焼けの中に逆光で影が浮かぶと」
「ちょっと待て、今なんか物騒な単語が」
「細かいことはその話では分からなかったらしいが、水際に調べさせたところ、その影とやらはどうも人型らしい。鬼丸に聞いたが、その妖怪は彼女の与り知らぬ者だと」
「ちょっと待て鬼丸って誰だ」
「この辺一帯の妖怪を束ねる妖怪の親玉桜守り一族のエースだ」
「いやー!?」
なんでお前まで妖怪と知り合いなんだよ!?
「貴様の噂を聞いたから今度遊びに行くとか言っていたぞ」
「断固拒否する! 絶対阻止しろ!」
「明治の世からここいらの妖怪をまとめているエラーい御仁だ、くれぐれも失礼な態度はとるなよ」
「は!?」
「わーおもしろそー! ミズキ、呼ぼうよその人!」
「寝言にしちゃ眼が開き過ぎてんな拓? てか声がでけぇよ萩谷に聞こえたらどうすんだ」
クラスメイトにこんなこと知れ渡ったりしたら俺はもう明日からこの世界に存在できない!
「っていうか、今は午後二時だ! 夕方じゃない」
「待つに決まっているだろうバカめ」
「はああ!?」
「もしよろしかったら私たちが呼び出しますけど?」
「ああ悪い、じゃあ頼むよ」
「ちょっ、やめえぇ「ゴギッ」ええああぁぁああぁ」
俺の必死の声は途中から茉莉と瑠璃に髪を引っ張られたことによる痛みの叫びに変わった。首からとんでもない音がした、そうまるで征樹の首の関節部分がずれる時のような……。
「ぎゃああミズキが死んだー!」
「碧海、貴様はよく頑張った。安らかに眠れ」
「水晶、あなたを失って本当に悲しい。心から冥福を祈ります(棒読み)」
「いやいやいやふざけてないでマジでヤバいから! 首ひねった挙句手ぇいきなり離されて階段転落とかどんな死に様だ!?」
ご丁寧に解説ありがとう征樹くん。作者も君が居ると便利だよ。
「何出てきてんだバカ作者――「ぎゃふうっ」―――っ!!」(作者、征樹に殴られ強制退場)
周りはぎゃーぎゃー煩いけど、なんだかそれもぼんやりと聞こえる。
ああ、意識が遠のいていく――――
すみません、なんていうかあの……ほんとにすみません。
ついノリで……っていうかキャラ入り混じって会話してますけど、あれ誰が誰だか分かります? 分かりませんよね、そうですよね! 次回答え合わせするので、みなさん予想しておいてください(←いっぺん死んでこい
今回水晶ほんとに酷い目にあってますねー……。最後、髪を引っ張られた彼は首をひねってその衝撃で倒れるんですが、その時茉莉と瑠璃が躊躇いなく手を離したおかげで階段を二十段近く転落しました。きっと彼は、帰ってからこの報復を茉莉と瑠璃に三十六倍くらいで食らわすんでしょうね……