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同居人  作者: 杠秋星
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五、黒猫に宿りし想念の話

 晩春。

 満開の、空を薄紅に染め上げんと咲き誇る桜も見応えがあったが、散り際の桜の方が瑠璃は好きだった。

 ひらひら、と、空から落ちてくるその花びらは、とても楽しいんだもの。

 どんどん透明な風に飛ばされて、いっぱい花びらが落ちてくる。目の前を降り落ちてくる桃色のそれに、いちいち視線を吸い寄せられては立ち止り、未練がましく地に落ちたそれを見る瑠璃に、数歩先をいく茉莉は、ため息をついて振り返った。

「早くしてくださいよ、桜を見るのもいいですけどね、今日中に"刈れ"とお達しがきているんですから」

 まったく、癖のある魂をもってくるな、と無理難題をふっかけておいて現金なものですよね、と茉莉は肩を竦めた。

「でも、珍しい。茉莉が、一緒にくるなんて」

 やや拙い雰囲気の言葉と共に、瑠璃は首を傾げた。

「ええ、今回は"案内"だけではすみませんからね。私が"契約"をとりつけた方ですから」

 随分とまた、久しぶりなことだと、瑠璃は思った。

「僕の、案内だけじゃ、ダメなひと?」

「そうなんですよ。ちゃんと手順にのっとって"回収"しないとね。これが"契約"の面倒くさいところですよ」

 その"契約"という言葉だけでは、何が何だかよく分からないが、そう、とだけ言って、瑠璃は口を閉じた。

 そうこうしているうちに、二人はとある建物の前に辿りついた。

 緑に囲まれた、大きくて白い建物。林の中の遊歩道では、車椅子の人や、見舞いらしき人がちらほらと、散り際の桜を観賞していた。

 その建築物の四階部分には、銀色の文字で大きく『梅枝市総合病院』と書かれていた。といっても、瑠璃は漢字が読めなかったのだが。

 高校生程度の年齢の少女に化けた茉莉と、小学生程度の少年に化けた瑠璃は、それぞれ手に小さな花束と、菓子の入った袋を提げている。無論、カモフラージュのためだが、死神がその気になれば、看護婦や医師などの眼に映らないように侵入することも可能なので、これは半ば茉莉の趣味である。

 受付嬢の眼を晦ませて(じゃあどうしてわざわざこんなかっこうしたんだ、と瑠璃は思ったが)二人は薄緑色の廊下を歩いていく。

 しばらく、迷路のように入り組んだ廊下をさ迷っていくと―――茉莉が、ぴたりと足を止めた。

「ここです」

 言うなり、まるで魔法のように花束を消し、人々の眼に姿が映らないように幻術を使う。いや、マジでなんでこのかっこうしたの? と瑠璃は真剣に悩んだ。

「ICU……?」

 テレビでよく見るような、ガラスがはめ込まれて中の様子が見られる病室。その前のベンチには、誰も座っていなかった。

 ちょうどよく、医師や看護師もいなかったため、二人はいとも簡単に侵入した。これは不法侵入というものではないかな、という疑問が瑠璃の脳裏をよぎるが、まあそんなことはおいといて。

 眩しいほど白いベッドに寝ていたのは、たくさんの管で機械につながれた少年だった。年齢は、瑠璃達の居候している屋敷の主―――水晶と同じくらい。

 薄く閉じられた瞼は、開かれる気配はなく、人工呼吸器をつけられているあたり、最早昏睡状態ととっていいだろう。額に巻かれた包帯は真新しく、まだ赤い血が滲んでいた。

「うーん……死因どうすっかなー……交通事故なんだし、脳挫傷でいっかなー……」

 病室内をうろうろと徘徊しながら、茉莉はぶつぶつ呟いている。

「よしきめた、脳挫傷でいいや」

 非常にアバウトなやり方(♪どっちにしようかな、というアレである)で、茉莉は彼の死因を決定したようである。

 無言で、右の掌を上にあげる。その手の中に、ぱっと大きな鎌が現れた。

 自分の身長ほどもある、大きな黒光りする鎌を肩に担ぎ―――茉莉は、横たわる少年に一歩近づいた。

 その時。

 ほんのわずかに、瞼が持ち上げられ―――黒い瞳が、茉莉をとらえた。

―――――――死神?

 そんな風に、まるで旅先で思わぬ友人に出会ったような、そんな表情を、彼は瞳に浮かべた。

「こんにちは、鍵宮(カギミヤ)君。久しぶりですね。状況を説明しましょうか?」

―――――――いや、いいけど……明らかにこれ、お迎えが来た、ていう状況だよな?

「ええ。まーどうしてこうなったかは自分でよくお分かりですよね?

 ――――貴方の魂を、回収しに参りました」

 瑠璃は、少し面食らった。

 随分仲がよいようだ。そりゃ、茉莉が契約をとりつけたのだから、知り合いなのだろうが……。

 茉莉は、少年に、大概の標的が望むことを尋ねた。

「親御さん呼びます? まだ来ていらっしゃらないようですけど」

――――――いいよ、呼んでも来ないだろうし、来れないだろうし

「……なんか冷めてますね。この世に未練は?」

――――――あるっつったって生き返らせてくれるわけじゃねーだろ

「確かにそうですけど……伝言とか?」

 茉莉は困って首を傾げた。ここまで淡白な人間は、ついぞ見たことがない。

 ふうむ、これが噂に聞くてれぱしぃというものか、と瑠璃は感心した。少年―――鍵宮、というらしいが、彼の思ったことは瑠璃には分からないが、どうも、茉莉と少年との意思の疎通ははかれているらしい。

 何か、鍵宮が茉莉に頼んだようだった。うんうん、と頷きながら茉莉は、その頼みを聞く。

「分かりました」

 大きく頷き、茉莉は大きな鎌を振り上げた。

「ちゃんと、伝えますからね」

 彼の胸に、その切っ先を


「また、来世で」


 突き立てる。

 まるで、ドラマで見るように―――心電図の波形が、真っ直ぐになった。


「Arrivederci」


 茉莉は、死者に深く頭を垂れた。
















 その次の次の日、水晶は黒い服を着て出かけていった。

「どこへいくの?」と拓が尋ねても、何も言わなかった。ただ、眼を伏せて答えなかった。

 晩春と呼べる季節は、もう過ぎ去っていこうとしていて、初夏の爽やかな空気が屋敷内に満ちていたにも関わらず、なんだか雰囲気は奇妙に静まり返って、いたたまれないような気持ちになった。SKY(スーパー空気読めない)と評される拓でさえ、幽霊などを連れ込むことも、騒ぐことすらせず、大人しく本を読んでいた。

 特に、茉莉は、帰ってきた水晶と顔を合わせることもせず、二人とも、まるでお互いがそこにいないかのように振舞っていた。

 瑠璃は、真っ黒な毛並みを整えながら、縁側でその様子を眺めていた。

 すると、水晶は思いもよらぬ行動にでた。彼は、縁側で寝ていた瑠璃に近づき、その暖かな身体を二度、三度とゆっくりと撫でた。

 先程までの冷たい空気はどこへいったのか、彼にしては非常に珍しい柔らかな表情を浮かべ、何度も撫で続けた。

 ふと、その手が止まり、水晶は口を開いた。

「……(こよみ)

 ぽつりと、まるで囁くように呟いた水晶の言葉は、誰もいない和室に響いた。

「なんで、あいつが死ななくちゃいけなかったんだろう」

 苦しげな声に、瑠璃はちくりと心を刺されたような気がした。

「あいつは、俺より優しかったし、俺より聡明だった。周りの人に貢献してきたし、才能だってあった。なのに、なんで」

 瑠璃の背に、雫がぽたっと落ちた。雨か、と思って上を見ると、空は晴れ渡っている。

「俺の方が、死ぬべき人間なのに」

 立てた膝に顔をうずめ、水晶は言葉を絞り出した。その声が震えていた。

「『先に行ってる』? 『いきなりでごめん』? 『気の利いたことばが思いつかないけど』……?

 ふざけるな、昔から動作の早い奴だったけど、死に急ぐんじゃねぇよ」

 先に並べた言葉は、どうもその暦という人からの伝言らしい。

 まったくもって、人間とはなんて面倒くさい生き物なのだろう。

 瑠璃は、そう思った。

 どうも、ミズキは何か大切な人を亡くしてしまったらしい。彼のいう言葉の半分も、瑠璃には理解できないが、今までに出会ったどの人間も、残された方はこんな風に悲しんでいた。

 なぜそんなに悩むのだろう。もう、死んでしまったものはしょうがないじゃないか。その人との思い出を大事に、また人生を歩んでいけばいいのに。

 そう思うのは、自分が大切な人を亡くしたことがないからだろうか。

 少しは気持ちが凪いだのか、水晶は瑠璃から手を離し、少しだけ顔を上げた。

「ありがとう、瑠璃」

 初めての感謝の言葉に、瑠璃は思わず「ニャー」と照れて逃げてしまった。


「人間はとてもややこしい生き物ですから、時には単純に生きられるあなたたちが手を貸してあげることも必要なのですよ」

 夜、とても唐突に、茉莉は瑠璃にそう言った。

「でも、だからこそ人間は面白いのです。水晶にしろ、鍵宮君を亡くしたショックは大きいでしょうけれど、きっとすぐ立ち直って、私たちに暴力と罵声を浴びせられるようになるでしょう」

 そういうと、茉莉はいつもと同じように、瑠璃をきっ(・・)と睨んだ。

「ほら、今日も案内人のあなたは仕事があるんですからね! さっさと出かけてください!」

 ため息をつくと、瑠璃は猫に化け、窓から夜の街へ飛び出した。

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