三、屋敷を訪ねし客人の話
日曜日の、正午前。
今日は、非常に珍しいことに拓も征樹も茉莉も瑠璃も出払っていて、とても静かだ。奇妙なほど。
「…………」
静かっていいなぁ。
心地よい静謐が、屋敷中に満ちている。
このまま四人(人じゃないけれども)帰ってこなければいいのに。
とか、ちょっと酷いことを考えていた罰があたったのだろうか。
引き戸を叩く音、続いて「あ、チャイム見っけ」という子供の声と透明感のあるチャイム音。
なんでこんな時に限って来客が……
久々の、ほんと久々の沈黙を、一秒でも長く味わいたかったのに……鬼の居ぬ間に洗濯、ってヤツだが、とっとと相手して早急に帰ってもらおう。
「突然で悪いんだけど、拓いる?」
いりません。一人しかいない今の状況ですらアイツ叩き出したいぐらいウゼェもん。
「そういうことじゃなくて!」
俺のボケに苛立たしげに突っ込んだ子供―――――年齢は、拓と同じ位の十歳前後のガキ。長く細い茶髪をツインテールにし、オレンジのツナギを着ている。なかなかに可愛らしい外見だが、無造作に頭を掻く様子は悪童然として見える。
こいつ、拓の友達か何かか?アイツ、余計な類のモン引っかけてくるからな……。
「じゃあ、征樹とか茉莉は?瑠璃でもいいけど」
うん?茉莉とか知ってるってことは、こいつ人間じゃないのか。
「あー、生憎全員出かけてんだ。また今度にし」
「おっじゃまっしまーす」
「ってコラアアァァァアアアッ!!」
勝手に室内に上がり込み、気ままに部屋を覗きながら居間として使っている和室に入り込む。
「誰かが帰ってくるまでちょい待たしてよ」
座布団に胡坐をかき、俺が自分で飲もうと思って淹れたほうじ茶をずずっと啜る。
恐ろしいほど常識ハズレなこの少女に、俺は痛んできたこめかみを押さえる。
嗚呼、俺のささやかな幸せが……
「ボクは雛罌粟。彼岸桜……じゃなかった、拓の同僚さ」
え、?……『ボク』?
「お前、男―――――――ッ!?」
俺の絶叫が、家全体をビリビリと震わせた。
「今更何なのさ。もしかして、女だと思ってた?」
まさかはい、そうですと答えるわけにもいかず、俺は頭を抱えた。
「そういう君だって、まるで女の子みたいに髪なんか伸ばしちゃって。可愛いじゃない」
黙れこの野郎!可愛いとか言うな!!俺だって最近切りてぇと思ってるよ!
「で、ひ…拓は、ああもうめんどくさいな、彼岸桜でいいか、彼岸桜は何時頃帰ってくるの?瑠璃茉莉達は?」
「彼岸桜?」
俺の訝しげな声に、雛罌粟と名乗った少年は首を傾ける。
「あれー、知らないの?拓の本名だよ。『拓』はコッチのセカイでの名前。あいつは住み込みで働いてるからねー。瑠璃茉莉たちだってそうさ、黒猫の方は『鬼灯』って立派な名前があるのに、瑠璃茉莉が名前を怪しまれないように分割して使おうって言うからね」
「働く?」
アイツって何か仕事でもしてたのか?
確か、初めて遭った時に……
『俺は、あの世から世直しに来たんだ!』
……あー、そういやこんな感じの正義のヒーロー宣言してたな。
「ボクも、彼岸桜と同じ役職だけどボクは地獄での閻魔様のお手伝いだからねー。二つ名はいらないんだ」
「……じゃあ、征樹もそうなのか?」
「征樹?」
違うよ、と肩を竦めて首を振る。
「あのコは、彼岸桜の相棒。特別な事情で配属されたんだ。だから、肉体を持ってない人形でしょ?」
ふーん……。
何かややこしい事情がありそうだ。
「それで、その同僚サンが何か御用事で?」
「ちょっと伝達事項があってね」
雛罌粟はそう言うと、あろうことか座布団をくるりと丸め、寝っ転がろうとした(勿論その寸前で俺が止めたが)。
「何をするんだ客人に!」
「黙れ!勝手に家に上がり込んだ挙句に人ん家で爆睡しようなんて非常識にも程があるわ!」
俺に蹴られ、壁まで吹っ飛んだ雛罌粟が涙目でしつこく抗議してくるが、俺はそれを拳の一撃で黙らせ、ゆらりと立ち上がった。
「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って何この殺意、等身大あるだけの殺気をばら撒いて悪鬼が迫ってくるッ!!」
失礼な、死人に言われたかねぇよ、しかも本物見慣れてるだろお前はよ、まあここはとりあえず
「ぎゃああああああああああああああ何これ痛いうぎいぇいああああああああああ」
一発極めるか。
まあ、それから拓達が帰ってくるまでの三十八分間、雛罌粟があらゆる技でフクロにされたのは言うまでもない。最後の方は意識はあるのに抵抗しない感じになってたな。心が壊れたかもしれないけど俺が知ったことではない。
ドンドンばいおれーんすな方向に突っ走っていってますネ。これはヤバいです、作者がヤバい。
雛罌粟君の言っていた伝達事項は、また次回で。お楽しみに……してる人もいないだろうな……