二、屋敷に住まう者共の話
俺は髪が長い。
男子の長髪など言語道断だという方も多くいらっしゃるだろうが、とにかくまあちょっとしたワケがあり俺は髪が長い。
それが何を意味するかというと、
「ミズキが逃げたー!」
「探せ、草の根を分けてでも探し出し、見つけ次第市中引き回しの上磔の刑だぁっ♪」
時代劇で覚えたばかりの言葉を使いたくてたまらないチビが、廊下をどたばたと走り回る。
「テニスの女王様程度でキレるなんぞ、短気にも程がありますよねー」
ふざけるな、誰が寝ている間に縦巻きロールの髪型にしろっつったこの糞死神。
「いっそ首を切り落として、美容師見習いの練習台っぽいマネキンにしたらどう?」
平然と言うな黒猫。死神なんぞに言ったら洒落にならない、リアルに首が落ちる。
「髪だけでもあれ高く売れますよね、時計の鎖でも買えそうなくらい」
そのネタが分かる奴が日本中にどれだけいるってんだこの野郎。
誠清々しい陽気、こんな日にゃ外に出るに限ると、自室から逃亡したのはいいが下が気になって全く落ち着けない。屈み込んでいるから見えないだろうが、それでも神経をすり減らす。
「ただいま、ジュース買ってきたけどどれがいい?」
「あ、俺ジンバブエー!」
ジンジャーエールだろうそれは!この上もなくシュールな会話だ。
「なぁマサキィ、ミズキがいなくなったんだよ~」
ジンバブエではなくジンジャーエールを飲んで、拓が言う。
「ふーん、屋根の上にでもいるんじゃないかな?」
平然と、実に適当な感じで征樹が言う。その言葉が脳に到達した瞬間、俺は思い切りよく屋根から飛び降りた。否、飛び降りようとした。
が。
「あー、いたー」
人間にはあり得ない跳躍力でもって、瓦の上に黒猫…瑠璃が飛び上がってきた。
くそっ、何なんだ征樹の勘の鋭さは!?
俺は脳内で征樹を罵倒する。で、再度屋根から飛び降りようと試みる。
しかし、人型の状態の瑠璃の手にがっちりと腕を掴まれ、身動きがとれない。
ネコの耳のようにはねた横髪が、わずかに上下する。
「いたよー、拓、茉莉、征樹ー」
続けて、三人が庭の木を伝って登ってくる気配がした。ぴょこっと、拓が顔を出す。
「すげー征樹っ、お前天才じゃんっ」
「うーん、まさかマジでいるとは……」
少し困った様子で頭を掻く征樹。
「随分適当なところに隠れたものですね」
実にムカつく無表情で、暇神が顔を出す。かけている眼鏡をつい、と直し、早々に屋根から下りる。下から「あぎゃあ!」という悲鳴と激突音が聞こえたが、無視する。
なんでこんなことになってしまったのか……。
二人と一匹に引きずられながら、俺は回想という名の現実逃避を始めた。
俺の家は、古い純和風の日本家屋だ。一階建ての平屋で、少し変わった作りだ。
ロの字を描くようにして、四角く建っている。部屋は全部で十部屋ほどで、障子や襖で仕切られている。
遊びに来た同級生からは、学校のグランドぐらい広い!と叫ばれるし、両親は仕事の都合で南米にフィールドワークに行っていていない。おかげで、ただでさえ大きな家を一人で使える筈だったのだが。
この世界はそんなに甘くなかった。
今現在、この屋敷には死人と死神と妖怪と人形が住んでいる。頻繁に幽霊なんかも遊びに来る。というわけで、合計四人と一匹+αで暮らすこの状況。
ちょっと待て、死神とか人形って数え方は「人」でいいのか?前々から気になっているんだが。
……話が逸れた。
そりゃ俺は小さい頃から色んなものが視えたし、話せるし、それなりに仲良くしてきたつもりだった。けれど、高校に上がってからはそういうものとの縁も薄れ、平和な日常を謳歌しようと思っていたのに。
ぴょこっと、頭部の双房のアホ毛をゴキブリの触角のように揺らし、死人―――拓が楽しげに手を叩いた。大きな、零れ落ちそうな瞳が特徴的な奴だ。外見は十歳前後。
「よっし、次はカルタやろーぜ、カルタ!」
「いつも負けているくせによくやりますね」
一度いろはカルタで四十七枚全てを取ったという実力者、死神―――茉莉がふふんと鼻を鳴らした。眼鏡をかけた優等生のような雰囲気で、理知的な雰囲気の美少女だ。彼女のパートナーである化け黒猫―――瑠璃は、漆黒の髪を揺らして頷いた。やや口調は拙いが、人の姿をとっている今はかなりの美少年だ。
「俺はどっちかっつーと百人一首の方が好きだなー」
人形―――征樹が、彼と茉莉以外できない競技を提案してくる。彼もまた、モノトーンでパンキッシュな服装にはやや合わない、白皙の美青年。拓のお目付け役として、数少ない常識人―――でもない。この界隈で、謎の最強且最狂且最恐の不良として名を馳せている。雪をも欺くような、透けるような肌に茶髪なので、不思議な雰囲気を醸し出す人形だ。ただし、首元や手首、脚に巻いてある包帯や常に着ている黒の上着を脱がなければ、外見はいたって普通の人間なのだが。
ちなみに俺―――碧海水晶は、髪が長いこと以外はいたって普通の高校一年生だ。
その普通の高校生は、ごちゃごちゃと協議している人外の後ろに立つ。
「え、ちょっ、待ってミズキ、何気に殺気立ち昇らせながら来ないで?めっちゃめちゃ恐いからあぁぁ ぁぁぁうぎゃああ痛い痛い痛い痛い離してマジお願いああああああああ」
「ちょっとは手加減しようよ、水晶いいいいいいい!?」
他人事のように見ていた征樹に、頭をぐりぐりして首を絞めた拓を投げつける。勢いよく二人で転がり、縁側から落ちた征樹の首から異様な音が聞こえたがはい無視っと♪
おかしな風に曲がった首を懸命に戻そうとする征樹に、さらに猫の姿に戻った瑠璃の尻尾をつかんで振り回してぶん投げる。今度こそ征樹の頭が取れたような音も軽く無視。運動音痴の死神も可哀想だから道連れにさせてやり、満足した俺は、機嫌良く散歩に出かけた。
え?三人と一匹はって?
放置したに決まってんじゃん、そんなの。