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同居人  作者: 杠秋星
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十、書庫に潜む怪異の話・其の伍

 和綴じの本。臙脂の表紙には、題名も作者名も書かれてはいない。

 中を繰ると、読みにくい行書で縦に文字が綴られている。目を凝らして読むに、それなりに古い文体だが、わざと意識して書かれたのかそれとも時代背景の所為なのかは不明だ。

「付喪神、にしては新しいですよね?」

「ああ、だがこの手のことは碧海に訊かないと分からないな」

「私も妖怪(こっち)方面は専門じゃないんですよねぇ……」

 通常、付喪神の定義としては大切に扱われた品や、名のある職人などが作った高貴なものなどが、百年を経て傷もなければ、意識を持ち、妖として成ること、というものがある。水晶が今までに調べた文献を要約すれば、こんな感じだ。

「というか、なんでこんな本が一介の高校の図書館(ここ)に……」

 如何にも手書き、仕様とは思えない文字と文体。何より、題名も作者名も載っていない和綴じ本だ。どこかのサークルの部誌だとしても、何故こんな関係ない(植物学の)書棚にあるのかが分からない。

「おーい、茉莉ぃ。なんか……」

 速読しているのかただ単にめくっているだけなのか、ぱらぱらと頁を見ていた征樹が茉莉を呼んだ。

「けっこー面白いことが中で起きてるっぽいぜ」

 口元のみで笑いながら、開いた状態でその本を二人の前に突き出した。

「ほう……」

 生絹が、感嘆とも興味深そうな声とも言えるような溜息を洩らす。

 白紙(・・)の頁……そこに、物凄い勢いで文字が浮かび上がり、物語は綴られる。まるで、パソコンに猛スピードでタイピングしているかのような現れ方。見えない手が、見えない筆を操って墨を描いている様だ。




「だっから、俺の名前は碧海水晶。断じてカオルじゃないから」

「嘘だぁ、だって髪が長」

 餓鬼は俺の拳を喰らって派手に吹き飛んだ。

「それには絶対に触れるな。いいな?」

「わーい、やっぱり薫だぁ」

 俺は思わず舌打ちをした、どうもこの餓鬼は、俺を誰かと―――しかも、髪の長い男―――と勘違いしているらしい。

「だから違うって」「ねぇ、久しぶりにかくれんぼする? 薫僕に勝てたこと一度もないもんねー」

 どんだけ隠れ下手なんだそいつは。この世界―――悲しいかな、恐らくは書物の中―――隠れる処なんて山ほどあるんだが。

「だから違う。本気で違う。というか俺はかくれんぼ得意…………でもなかった」

 思い返されるは春のあの日、屋根に上って今度こそは! と思ったらジンバブエを買いに行って(なんか違う)いた征樹に看破され、とっ捕まえられて……過去のことがどんどん芋づる式に思い出されてくる。

「とにかく!」

 ぺたっと張り付いてくる餓鬼をはがし、俺はきっぱりと言う。

「俺はそのカオルとかいう奴じゃない! 他人の空似だ!」

 そう言いながらその子供の胸元を何の気なしに見て――――ぞっとした。


 白い着物の合わせが、逆だった。








 トゥルルル、トゥルルル。

 ガチャ。

「…………………」

「……水際か?」

「うん、ボクだけど」

「至急、碧海の通っている高校の卒業生を全員洗え。その中で、男性、整った容姿、黒髪でロン毛。名前は"カオル"。この生徒を探し出せ」

「報酬は?」

「(舌打ち)……急ぎなんだ、後で必ず払う」

「舌打ちしたよね何気に。うん別にいいよ、生絹ちゃんはいつもちゃんと払ってくれるから」

「ありがとう」

「心にもない感謝っていう感じだねその声。まァいいけど。ところで生絹ちゃん」

「何だ」

「矢数俳諧って知ってr」「お掛けになった電話番号は、現在使用されておりませ」「ひどいよスズちゃんってば」「黙れカス。私をスズと呼ぶな」「で、知ってr」「(ガリガリ)あれっ、電……よく…聴こえな(ガガガガガ)」「爪で携帯の送話機能のとこひっかくのやめよーよ。全然音似てないから」

「この機械オタクめ。……まあいい、二十分以内に調べ上げて折り返し連絡してこい」

 ブツッ。……ツーツーツー…。


「………せっかく話し相手がきたと思ったのに」

 暗い部屋の中には、三台のパソコンのディスプレイから白い光が零れている。

 延々と続く、真っ白な画面の数式が、白い手がキーボードの上を舞うことによって一旦消える。

「まあいいさ……後で新しい100テラpc買ってもらうから」

 とんでもない浪費作戦を企てているその人間は、三台のパソコンから目を離さない。

「ボクは"永久中立永遠技術(アカシックレコード)"、百日紅(サルスベリ)水際(ミギワ)

 一人呟かれる言葉は、茫洋とした暗がりに吸い込まれて消える。

「この銀河の情報は、全てボクの手の内さ」

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