ドキドキ言えるちゃん魔法、効いてますか!?
「じゃあまず、改めて最終目標を確認しときましょ?」
ローザ先生は、引き出しから一枚の紙を取り出すと、それをトントンと指で叩いてから、こちらに目を向けた。
「昨日、あたし言ったわよね? 『課題に向き合いなさい』って」
そう言いながら、見覚えしかない紙をこちらにちらっと掲げる。……やっぱり、成績表だった。
「課題としてはね? 普通の子なら、書いて提出するだけでOKなのよ、ほんとは」
さらっと言われたその言葉に、私は思わず胸をなでおろしかけて——
「でもリシアちゃん、成績が『お察し』だから〜〜〜〜♡」
にっこり笑顔のまま、ぐさりとくる一言。
「A評価とれたとしても、提出だけじゃ焼け石に水♡」
「実際に手紙渡してボーナス点、これがないと……留年まっしぐら、か・も♡」
やっぱりダメじゃん!!! 希望持たせてから叩き落とすスタイル、やめてーーー!!!
「……えっ、それって、ほんとに……渡さなきゃダメってことですか?」
かろうじて声に出せた言葉に、ローザ先生はうんうんと大きく頷いた。
「そ♡ 恋愛学は実践あるのみ! 言葉だけじゃ伝わらないのよ〜〜〜」
いやいやいや、言葉だけでもハードル高いのに!? 実際に渡すとか、そんなの……!
セレク君に? 手紙を? この私が!? ありえなくない!?
頭の中がぐるぐるしてきて、机に突っ伏したくなるのを必死でこらえる。……ていうか、これってもう、地獄の始まりフラグなのでは!?
「そ、そんな、いきなり最終課題とか……段階とかないんですか? 準備運動とか!」
必死に縋るように言うと、ローザ先生はぱちんと指を鳴らした。
「いい質問ね♡ もちろん、いきなり最終課題には行かないわよ〜。ちゃんと段階、踏んでいきましょっ。……というわけでぇ!」
「恋愛補習・第一課題、発表〜〜〜♡」
ローザ先生は両手を広げて、まるで舞台の幕を開けるかのように言い放つ。
「それはね──仲の良いお友達に、気になってる人がいることを打ち明けること!」
……は?
「恋バナって、いいのよぉ〜。誰かに話すとね、気持ちが輪郭を持ちはじめるの。自分でも気づかなかったことが見えてくるのよ〜〜ん♡」
気持ちに……輪郭? そんな詩的な魔法みたいなこと言われても。
「そ、そんなの、べつに言わなくても……」
うつむいて小さく反論しかけたけど、ローザ先生はぴしゃりと指を立てた。
「ダメよっ♡」
びくっ!
「今のあんたにいちばん必要なのは、恋を自分の中に留めないこと。閉じ込めちゃだめ。まずは、外に一歩、開いてみなさい?」
「そ、外って……え、ミナとかフローネに言えってことですか?」
ローザ先生は当然のようにうなずいた。
「そうよぉ♡ まずはそこから。『その子のこと、ちょっと気になってるかも』って、ぽつんとでも言えたら合格! 女子トークの力、あなどっちゃダメよ〜〜〜?」
──ムリムリムリムリ!!! そんなの絶対ムリ!!!!
今までの人生で、恋バナの『こ』の字すらまともにしたことないのに! それを突然打ち明けろとか、無茶ぶりにもほどがある……!
「えぇ〜……ムリです……やっぱりムリです……」
私がぐったりうなだれると、ローザ先生はぽんっと手を打った。
「しょうがないわねぇ〜〜、じゃあ今日は特別に! ローザ様の魔法、ひとつだけかけてあげる♡」
「え、魔法……!?」
「そうよぉ〜。恋の打ち明け成功率15倍(当社比)の〈ドキドキ言えるちゃん魔法〉♡」
謎のネーミングにツッコミを入れる暇もなく、ローザ先生は立ち上がって私の前に手をかざす。
「ぷいっ♪ はい、いったんバリア解除〜。よし、今なら言えるわよ、きっと!」
「……い、今ならって……!」
言えるわけ、ない。ないけど……でも、ちょっとだけ、胸の奥が軽くなったような気もする。
……って、まさか、ほんとに魔法効いてる……?
先生はウインクひとつ、さらりと残して、すました顔で言った。
「じゃ、あとはリシアちゃんの勇気しだい♡ ──というわけで!」
急に手をパンッと叩いたかと思うと、ローザ先生は立ち上がり、デスクのまわりをすいすいと回り込んでくる。
「ほらほら、行ってらっしゃ〜〜い! 恋のトキメキチャレンジ、ファイト〜〜♡」
「えっ、ちょっ、ま、待って待って!? 心の準備が!!」
「そんなの後からついてくるのよ〜〜〜!!」
肩をぽんっと叩かれたかと思うと、その勢いで背中を軽〜く押される。いや、軽〜くっていうか……ごり押し感あるんですけど……!
……そして気づけば、私はまた廊下に放り出されていた。
扉の向こうから、軽快な声が追いかけてくる。
「くれぐれも、魔法の効果が切れないうちにね〜〜♡」
バタン。
……こ、これが噂の、『ローザ様に目を付けられたら、もう逃れられない』ってやつ……!?
「……はぁぁぁ〜……」
どうしろっていうのよ、これ。誰か説明して……。
ローザ先生の部屋を後にして、私は学園の廊下をとぼとぼと歩き始めた。窓から差し込む夕方の光が、床に長く影を伸ばしている。
なんだかいつもより、足音がやけに重く感じる。
──魔法の効果が切れる前に、って言ってたけど。
そんなの、ほんとにあるの……? あるとして、どれくらいもつの……?
いやそもそも、効いてるの? これ。
そんな疑問がぐるぐる頭を回って、何ひとつ解決しないまま、私はもっさりと階段を降りていった。
* * *
家に帰ってからも、ずっと考えてた。
……なんて言おう。どこから話せばいいの、こういうのって。
「気になる人がいるんだよね」って、サラッと言えればどんなに楽か。でも私が言ったら、絶対「誰?」ってなるでしょ。で、「……セレク君」って答えたら——
その瞬間の空気、想像できる。
時が止まる教室。ゆっくりと私を振り向くミナとフローネ。沈黙。秒で察する空気。
「……あ、ごめん、ちょっと水飲んでくるね」って立ち上がるミナ。
「……リシアちゃん、えっと……夢は、自由ですわよね?」ってフォローするフローネ。
あああああああああああああ!!!!
やっぱムリ!! 私なんかがセレク君を好きだなんて言えない!!
私はベッドの上でごろごろ転がったあと、バタっと大の字になって天井を見つめた。
……はぁぁ〜〜〜……。
もっさり前髪が目にかかって鬱陶しいけど、今は動く気力もない。というか、今日のあれこれ、情報量が多すぎたんですけど……。
恋の補習とか。
ドキドキ言えるちゃん魔法とか。
恋バナしなさいとか。
なんなんですかね、ほんと……。
ゴロンと寝返って、枕に顔を埋める。
「む〜〜〜り……っ!」
くぐもった声で叫んでも誰にも届かない。ていうか誰にも聞かれたくない。
明日、あの二人に打ち明けるとか……ムリ。ムリの極み。どの口が言うんだよってなる。
……でも。
「言えなかったら……ローザ先生に、『魔法効かなかったんですけど〜〜!?』って文句言お……」
小さく呟いて、枕をぎゅうっと抱きしめた。
……うん、それでいいや。まずはやってみるだけ。言えなくても、別に死にはしない。きっと。たぶん。おそらく。
ローザ先生には、言えなかったって報告して、文句のひとつでもぶつけて……そしたらまた、とっておきの魔法でも出してくれる、かも?
……ま、万が一言えたら……どうしよう……。
脳裏に浮かぶのは、セレクくんのくしゃっとした、あの笑顔。
……ちょっとだけ、心臓が跳ねた。
「……バカじゃないの、私……」
そう呟いて、もう一度枕に顔を埋める。
今はまだムリだけど。
でも……明日、ちょっとだけ、がんばってみようかな。