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わたし、呼んでません!これっぽっちも!

 イスの背もたれにのけぞったまま、思わず声が裏返った。


「りゅ、りゅ、留年って……え、ほんとに!? あ、あの点数って、ギリギリセーフじゃなかったんですか!? あわよくばセーフくらいには……!」


「『あわよくば』で卒業できたら、誰も苦労しないのよ♡」


 にこにこしながら、まったく笑えないことをさらっと言い放つローザ先生。こわっ! なんなのこの人、圧がハンパない!!


「でもね……あたし、呼ばれちゃったのよぉ。リシアちゃんの中の小さな恋の種に♡ 起こしてって」


 そう言って、ローザ先生は私の成績表をパタパタと仰ぎながら、謎のキラキラした目でこちらを見る。

 

「だから最近、ちょくちょくリシアちゃんのこと、こっそ〜〜り見てたの♡」


 ……え、なにそれ。え、待って。

 よ、呼んでないっ! これっぽっちも!

 ……って、最近よく感じてた視線って、まさか——


 ローザ先生だったのーーーー!?!? 

 

「リシアちゃんの想い人は──そう、A組のあの子よね♡」


 ローザ先生は、うっとりとした目で宙を見上げた。 

 

「静かで落ち着いてて、ちょっと奥手。……でも、ふとした瞬間に見せるあの笑顔! あれはズルいわよねぇ〜♡」

 

「そのステージ、難易度は星五つ♡ でも燃えるじゃない? 恋って、そういうものよ〜〜ん!」

 

 あまりにもスラスラ出てくるから、私の口からなにか言う前に、ぜんぶ見透かされてるみたいだった。というか、見透かされてた。


「……って、知ってたならさっき『どんな子?』とか聞かないでくださいよ!!」


 思わず身を乗り出してツッコむと、ローザ先生はくすくすと笑った。


「ほんと、策士……!」


 私は唇を尖らせて小さくつぶやいたけど、負けた気がして余計に悔しい。まさかここまで見られてたとは……。 

       

「……あたしとしてはね、恋してるのに気づけない子が一番危なっかしくて、放っておけないのよ〜〜」

 

 先生はにっこり笑いながら、人差し指を私に向けてくるくる回してる。いやいやいや、こわい、こわい、捕まるっ……。

 



「だから、あたしがこの目で直接、あなたの観察・指導を担当することにしたの♡」

 

 ローザ先生は勢いよく胸を張りながら宣言した。なんか、すっごく楽しそうなんですけど……!? 


「えっ!? そ、そんな、強制イベントみたいなノリで……!」

 

 たじろぐ私に、先生はパチンとウインクしてみせる。 


「だって〜、あたしの鼻がビビッと反応しちゃったのよ♡ これはもう、運命の導きってことで……いいわよねぇ?」

 

 どこが運命の導きなの!? いや、でも、このテンションで押し切られると、もうどうにもならない……。 


「えぇ〜……」


 ぐいっと身を乗り出してくるローザ先生の顔が、ぐいぐい迫ってくる。なんか、空気ごと押されてる感じ。私はなすすべもなく椅子にもたれかかりながら、ぐったりとうなだれた。 


「でね、リシアちゃん。そのためにも、まずは課題に向き合ってもらわなきゃねぇ♡」

 

 にいっと笑ったローザ先生が再び椅子にどっかりと座り直した。なんか楽しそうだけど、こっちは気が気じゃないんですけど……。 


「課題って……あの、『想いを伝える手紙』ですか?」

 

 あれ。正直いちばん触れてほしくないやつ。 

 

「そうそうそれぇ〜♡ あの課題、あなたにとってきっと大きな意味を持つことになるわよ」

 

 先生は、まるで予言でもするような口ぶりで、ふわっと笑った。冗談みたいに聞こえるのに、なぜか笑えない。 


「……でも、うまく書けるかどうかなんて……」

 

 思わず下を向きながらぽつりとつぶやく。

 手紙を書く。そして想いを伝える。そんなの、今の私にできる気がしない。 


「書けるかどうかは問題じゃないの。向き合うことが、まず第一歩よ」 

 

 その声が、ふっと低く落ち着いたトーンに変わった。顔を上げると、ローザ先生の目がさっきまでと違う。冗談も装飾もない、真剣なまなざしだった。 

  



「ねえ、リシアちゃん。……あんた、自分で気づいてるんでしょ? 今のままじゃ、ダメだって」

 

 ズキン、と胸の奥を突かれたような気がした。


「っ……」

 

 言葉が出ない。なにも言ってないのに、心の奥を言い当てられたような感覚。 


「想いを伝えるなんて、無理。手紙なんて渡せるわけない。……でも、渡せたらどうなるかって、ちょっとだけ考えちゃった。……でしょ?」


 ドキッとした。


 なんでわかるの、この人……?

 まるで、私の頭の中を覗いてるみたい。

 

「恋って、自分を映す鏡なのよ。誰かを想うことで、あんた自身がどう変わるか……それが、いちばん面白いの」

 

 ローザ先生は、椅子に深く腰かけたまま、まっすぐ私を見つめていた。声に力はこもっていないのに、不思議と耳に残る。 

 

「……私が変わる……」

 

 小さくつぶやくと、その言葉が自分の口から出たのが信じられない気がした。 


「そう。恋ってね、勝手に変わっちゃうもんじゃないの。自分で変わりたいって、願って、選ぶのよ」


 机の上に組まれた先生の指先が、そっとほどける。その仕草さえも、どこかやさしかった。

 そして、ローザ先生はふっと微笑んだ。


「リシアちゃん。あなた——変わりたくない?」


 その言葉は、思ったよりもずっと静かで、あたたかかった。まるで、誰かの手がそっと背中に触れたような——そんな感触。


 私は、息を呑んだ。 


 ……え、ちょっと待って、なにこの空気。

 今、私……感動しかけてない? いやいや、ないないない!!


 でも……ほんのちょっとだけ。

 ほんの、ほんっの少しだけ、胸の奥が——ぐらっと揺れた気がした。

 



「……あの、先生」


 声が自然と漏れた。気づいたら、聞いてしまっていた。

 

「先生って……恋を成就する魔法が、使えるって、噂を聞いたんですけど……」 

 

 言ったあとで、心臓がどくんと跳ねた。しまった、変なこと言ったかも。


 ローザ先生は一瞬だけ目を細めたあと、「ふふっ」と小さく笑って、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

  

「うわ〜、出た出たぁ〜。そういう噂って、勝手にひとり歩きしちゃうのよねぇ〜♡」


 ひらりと手を振るようにしながら、先生はくるっと踵を返した。背中越しに、どこか楽しそうな空気をまとっている。 


「あたしが魔法を使えるのは、ほんとよ?」


「えっ……!」

 

 振り返りもせず、さらりと投げられた言葉に、息が止まりそうになる 


「でも、あんたに使うかどうかは——あんた次第」    

 

 ローザ先生はゆっくりと肩越しにこちらを振り返り、にっこりと笑った。さっきまでとは違う、深い何かを含んだ微笑みだった。 


「もしあんたが、変わりたいって本気で思って、一歩踏み出すなら……」

 

 そのまま指先をくるっと立てて、パチっとウィンク。まるで、呪文を唱える儀式のように軽やかで、不思議な重みがある。

 

「そのときは……使ってあげるかもしれないわね〜〜♡」


「…………っ!」

 

 胸の奥が、きゅっと鳴った。今の言葉、たしかに魔法みたいだった。 




「じゃあ、決めなさい。明日、またここに来なさい」

 

「えっ、明日……?」

 

 戸惑っている私に、先生はさらっと言い切る。 


「来たら、あたしが特訓してあげる♡ 来なかったら、それもまた、あなたの選択。いい? 恋ってね、自分で選ぶものなのよぉ〜♡」


 言いながら、ローザ先生はくるっと私の横に回り込むと、肩に手を添えて、ぐいぐいと押し出すように歩かせ始めた。


「え、ちょ、ちょっと待って……!? まだ心の準備が……!」


「じゃ、また明日ね〜〜ん♡」


 そのままドアの前まで押し出されて、気づけば私は廊下にいた。パタン、と扉が閉まる音が背中越しに聞こえる。


 ぽかん、と立ち尽くす。


 ……なにこの展開。

 思考がぜんぶ、置いてかれた。 

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